倖せになる方法 11月分、12月分 | 虹の戦士からのメッセージ

虹の戦士からのメッセージ

~ 倖せになる方法 ~

先月11月はぎっくり腰をしたため毎月のお便りをアップし忘れていましたので、今回11月分と12月分の2か月分を同時にアップさせていただきます。


2011年11月は「毎月のお便り」としてお客様に
商品と共にお届けしているメッセージです。

2011年11月

倖せになる方法・・・認める勇気を持つ

時代は動いています。

科学が進み、人間は何を勘違いしたのか、取り返しのつかないような放射能をまき散らす原発事故を起こしてしまいました。

かなり横暴な生き方をしてきたようです。

自然は地震津波を通して警告を発しているような気がします。

いくら科学が進歩したとはいえ、現代の人間にはまだプルトニュウムのような放射性物質を、確実に最終処分できるまでの知識を持たないまま推し進めたようです。

人間はおろかですので間違った選択をすることもあると思います。

しかし、間違えに気が付いたらその時点で、正直に至らなさを認める勇気を持つことが大切です。

身近なことで思い当たる出来事はありませんか?

何事も終局を迎えるときは、時間が早く進みます。

こころの準備をしておかないと、不意に時代が動いたとき、こんなはずではなかったと後悔しても後の祭りです。

巷の情報では、フォトンベルト現象で地球いや宇宙の周波数が変わり、今までの時代が終わるといわれています。

もしそうであるなら、人類すべてに起こる現象でしょう。

よく宇宙は愛で満たされているとか、科学的には宇宙はクオークの海であるとか言われています。

私は、宇宙は調和で満たされていると思っています。

「万調・皆善・無尽蔵」

ですので、自然をお手本として、今の自分が時代の調和を実践しているかどうかを確認する必要があるように思います。

“ネバならない”とか“こうあるべきだ”という、自分の都合を今すぐなくすことは難しいかもしれませんが、一年ぐらいかけて減らして生きませんか?

いつの間にか、世の中が明るく、今までの自分の世界とは全く違った世界が現れますよ!

すでに実践されている方は、時代の変化に気づかないかもしれません。

コツは、今自分の置かれた立場で、今という瞬間を楽しむことです。

楽しいことだけをするという決心をすることです。

あなたの未来が健やかで明るいことを思いながら、また、次回。



2011年12月は「毎月のお便り」としてお客様に
商品と共にお届けしているメッセージです。

2011年12月

倖せになる方法・・・茶筒の思い出

私は年の離れた父に育てられたせいか、子供の頃から願をかける時など、お茶断ちするくらいお茶が大好きでした。

そんな私ですので、桜の皮で貼った茶筒を見かけたとき大変気に入って、確か当時(20年以上前)一万五千円以上した茶筒を、私には清水の舞台から飛び降りる思いで購入しました。

毎日お茶を飲むとき、その茶筒を眺めては良いものを買った、一生大事に使おう、後々の思い出にと、底には購入した日を書いたシールを貼って、大変満足して使っていました。

ある日、お茶っ葉を満杯した茶筒に、認知症の父がポットから直接お湯を注いでるではありませんか!

私は思わず怒鳴り叫んでいました。「お父さん何をしているんですか?」

急いで茶筒からお茶の葉を取り出し乾燥させ、茶筒はどうにか原型を保つことができていました。

怒られた父は逆にカーッとなり、私にすごい勢いで怒鳴りかかってきました。

認知症になる前の父は、クリスチャンであり、昔は山高帽をかぶったオシャレで穏やかな人格者だったのです。

認知症の父には、自分が悪いことをしたという思いはなく、息子に怒鳴られた事への怒りだけが心底にはあったようです。

数日後、父が同じことをしていて、妻に叱られている光景を目にしました。

父は嫁に叱られて、家長としてのプライドにふれたのでしょう、前回にも増して狂ったように怒っていました。

いっきに認知症が半年ぐらい進んだように見えた私には、その場の対応に大変苦労しました。

その後妻と話し合い、父の行為は認知症という病気がさせたことであり、テーブルの上に茶筒を置いている私たちが悪いのであって、父を怒った私達が悪かったと反省しました。

その日から茶筒を茶棚に直すようにしたら、父は茶棚から取り出してまで茶筒にお湯を注ぐことはしませんでした。

ある日私たちはうっかりテーブルの上に、大事に使っている桜の皮を貼った茶筒を置き忘れていたのです。案の定父はその茶筒にお湯を注いでいました。

それを見かけた私たちは、父と一緒に笑いながら片付けをしていたのです。

一回目も二回目も三回目も、父がした行為は同じことです。でも私たちの父に対してとった行為はまるで反対でした。

三回目の後の父の表情はとても穏やかで倖せそうでした。

父は今まで築き上げてきた人格を捨ててまでも私達に、物事は見方、考え方次第で、まるで反対の行為になることを教えてくれているようで、ありがたく父への感謝の気持ちでいっぱいになりました。

自分に都合の悪いことをされたり、悪口を言う人は、もしかしたら自分の考え方次第で、悪い人ではなく、わざわざ嫌われることを言ってくれる、してくれる、とても大切な人なのかもしれませんね!

あなたの未来が健やかで明るいことを思いながら、また、次回。