ある日、千葉県の男性(60歳代)の方から健康相談電話が掛かってきました。
知人から私を紹介されたとのことでした。
私は毎日全国の方からの健康相談を電話で受けており、いつもの通り体調などご相談の内容をお聞きしたのでした。
すると、十年ほど前から体調を崩し、色んな病院に掛かり続けてきたが一向に改善しないので、西洋医療に疑問を感じるようになってきた。それどころか、最近は病院から出された薬を飲むことに体が抵抗を感じるようになってきたので、是非お話を伺いたいとのことだったのです。
私は莪述(ガジュツ)とデルモーゲンを通しての体験談をお話していますので、結果から診た帰納法(具体的事実、実体験)的になります。
帰納法に対して演繹法という言葉がありますが、うまく説明してある、ある本の感想ブログを見つけましたので貼り付けさせていただきました。
演繹法というのは、「○○だから、~」という理屈が先に立つ議論の仕方。
帰納法というのは、「こういう事実があるのだから、それに合致する理論はこうなんじゃないか」と考える方法。
私は臨床では演繹法よりも帰納法の方で進めていく方がうまくいくと感じていますし、筆者も医学の世界では演繹法よりも帰納法の方がうまくいく可能性が高いと経験的に思うそうです。
しかし日本の医療は、伝統的に演繹法に基づく考え方が支配していたそうです。
「こうなるはずだから」という理論が先立って、それを実際に試しもせずに患者さんの治療に応用する。ということが横行していたそうです。
これは歴史的に日本がドイツから医学を輸入したため、ドイツ流の観念論が学問で支配的であり、また基礎医学を重視して、臨床医学(実際に患者さんを診る医学)を軽視してきたからではないか。という意見もあります。
http://tah0130.blog117.fc2.com/?mode=m&no=161
帰納法というのは、「こういう事実があるのだから、それに合致する理論はこうなんじゃないか」と考える方法。
私は臨床では演繹法よりも帰納法の方で進めていく方がうまくいくと感じていますし、筆者も医学の世界では演繹法よりも帰納法の方がうまくいく可能性が高いと経験的に思うそうです。
しかし日本の医療は、伝統的に演繹法に基づく考え方が支配していたそうです。
「こうなるはずだから」という理論が先立って、それを実際に試しもせずに患者さんの治療に応用する。ということが横行していたそうです。
これは歴史的に日本がドイツから医学を輸入したため、ドイツ流の観念論が学問で支配的であり、また基礎医学を重視して、臨床医学(実際に患者さんを診る医学)を軽視してきたからではないか。という意見もあります。
http://tah0130.blog117.fc2.com/?mode=m&no=161
私の体験談で宜しければいくらでもお話ししますよ、と断って話しを始めました。
私がその時何を言ったかは覚えていませんが、その60代の男性の口から、「医者はそういいませんでしたよ!」と私の体験談に疑問を投げかけられてきたのです。
私は立場上ドクターの言われることに逆らう気持ちはさらさらありませんでしたので、「そうですかドクターとは違う意見でしたか?そしたら、どうぞお医者様の言われるとおりになさってください。」と投げ返しました。
私はその60代の男性が、長年医者の言うとおりにしてきた結果一向に体調が回復せず、私の話を聞きたいと言われるので、体験談を話しただけです。
ましてや、莪述(ガジュツ)やデルモーゲンを売るために話をしている訳ではないので、私はあっさり引き下がったのでした。
60代の男性が「私何か変なことを言いましたよね!」と、あっさり引き下がった私の態度に、自分がおかしいことを言っていることに気づかれました。
ここでお分かりのように、その男性が西洋医療に疑問を持ったところまではわかるのですが、こころのどこかに西洋医療または医師に対する信仰に似た洗脳がうかがえます。
もし私が物を売ることに徹していたらそこまで読み取れなかったと思います。
洗脳されているとは、自分は洗脳されてはいないと思っていても、深層心理が頭で考えていることと矛盾する態度や言葉を言ってしまうことがあるということです。
皆さん、いかがですか?
自分は洗脳なんかされていない思っていませんか?大丈夫だと思いますか?
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・治 る ・元 気 ・愉 し
和草堂こころ研究所・・・松本康秀
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