虹の戦士からのメッセージ -15ページ目

虹の戦士からのメッセージ

~ 倖せになる方法 ~





ある日、千葉県の男性(60歳代)の方から健康相談電話が掛かってきました。

知人から私を紹介されたとのことでした。

私は毎日全国の方からの健康相談を電話で受けており、いつもの通り体調などご相談の内容をお聞きしたのでした。

すると、十年ほど前から体調を崩し、色んな病院に掛かり続けてきたが一向に改善しないので、西洋医療に疑問を感じるようになってきた。それどころか、最近は病院から出された薬を飲むことに体が抵抗を感じるようになってきたので、是非お話を伺いたいとのことだったのです。

私は莪述(ガジュツ)とデルモーゲンを通しての体験談をお話していますので、結果から診た帰納法(具体的事実、実体験)的になります。

帰納法に対して演繹法という言葉がありますが、うまく説明してある、ある本の感想ブログを見つけましたので貼り付けさせていただきました。

演繹法というのは、「○○だから、~」という理屈が先に立つ議論の仕方。

帰納法というのは、「こういう事実があるのだから、それに合致する理論はこうなんじゃないか」と考える方法。

私は臨床では演繹法よりも帰納法の方で進めていく方がうまくいくと感じていますし、筆者も医学の世界では演繹法よりも帰納法の方がうまくいく可能性が高いと経験的に思うそうです。

しかし日本の医療は、伝統的に演繹法に基づく考え方が支配していたそうです。

「こうなるはずだから」という理論が先立って、それを実際に試しもせずに患者さんの治療に応用する。ということが横行していたそうです。

これは歴史的に日本がドイツから医学を輸入したため、ドイツ流の観念論が学問で支配的であり、また基礎医学を重視して、臨床医学(実際に患者さんを診る医学)を軽視してきたからではないか。という意見もあります。
http://tah0130.blog117.fc2.com/?mode=m&no=161



私の体験談で宜しければいくらでもお話ししますよ、と断って話しを始めました。

私がその時何を言ったかは覚えていませんが、その60代の男性の口から、「医者はそういいませんでしたよ!」と私の体験談に疑問を投げかけられてきたのです。

私は立場上ドクターの言われることに逆らう気持ちはさらさらありませんでしたので、「そうですかドクターとは違う意見でしたか?そしたら、どうぞお医者様の言われるとおりになさってください。」と投げ返しました。

私はその60代の男性が、長年医者の言うとおりにしてきた結果一向に体調が回復せず、私の話を聞きたいと言われるので、体験談を話しただけです。

ましてや、莪述(ガジュツ)やデルモーゲンを売るために話をしている訳ではないので、私はあっさり引き下がったのでした。

60代の男性が「私何か変なことを言いましたよね!」と、あっさり引き下がった私の態度に、自分がおかしいことを言っていることに気づかれました。


ここでお分かりのように、その男性が西洋医療に疑問を持ったところまではわかるのですが、こころのどこかに西洋医療または医師に対する信仰に似た洗脳がうかがえます。

もし私が物を売ることに徹していたらそこまで読み取れなかったと思います。

洗脳されているとは、自分は洗脳されてはいないと思っていても、深層心理が頭で考えていることと矛盾する態度や言葉を言ってしまうことがあるということです。

皆さん、いかがですか?

自分は洗脳なんかされていない思っていませんか?大丈夫だと思いますか?

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治 る ・元 気 ・愉 し 
和草堂こころ研究所・・・松本康秀
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この世の中は見える世界と見えない意識からできています。


だが、ほとんどの人は、見える世界に意識が囚われた状態で生きています。


病気という字を見ても、という見える症状と、という見えない意識で、病気という字が完成しているのです。


昔から「病は気から」という格言があることを多くの人は知っているのに、やはり病(症状)にのみに囚われて、対症療法を受け入れてしまいがちです。


資本主義の考え方からすれば、医療も対症療法の方がお金儲けしやすいので一般庶民をその方向に仕向けているのでしょう「民」という語源は目を針でさす様を描いたものです。つまり庶民とは盲目で従順である。)


前のブログにも書いたように、そろそろ資本主義の山も下山する時が来ているし、国家予算をこれ以上医療にばかり使うことはできないようですので、病(症状)に囚われた病気治しは終わるでしょう!




「お陰様」という言葉が日本語にあります。


例えば、自分が努力して合格した時でも、日本人は「よく頑張ったね!」と言われると、「私が努力したからです。」とは言わずに、「お陰様で合格できました。」などと言います。


多くの日本人は、お陰様という見えないものを無意識に使っているときがあります。




この宇宙には 始まりがあって、爆発のように膨張して現在のようになったというビッグバン理論が一般的です。


その理論を前提に考えるなら、見える世界はビッグバンから始まったことになります。




昨年12月にヒッグス粒子(神の粒子)物質を構成する素粒子に質量を与えたとされる未知の粒子を発見か?というニュースが流されました。


結局この宇宙が始まった時には秩序だった法則性はなかったが、神の粒子と言われるヒッグス粒子という神の意識によって形作られたということなのでしょう。




物理学の世界では、宗教をも解き明かしそうな、見えない意識の世界にまで学問を進めつつあります。


あるドクターから聞いたことがありますが、工学系、文学系の大学に進んだ人が、思うところあって医学に転身したという人は多いそうです。


しかし、自分のように物理学に進んだ人間が、最終的に医学に転身している人は少ないとのことでした。


何故あなたは医学を目指したのかと尋ねたら、意識で物質を変化させられることが分かったから、人間の体も物質なので、恐らく心療内科で病気も治せると確信して、医学部に進みなおしたそうなのです。


現代医学は未だに見える、証明できる世界だけに固執しているのはよほどの事情があるのでしょう!


見える世界が先か?見えない意識が先か?卵が先か鶏が先かのようですが、少なくとも見える世界に存在している、それも法則にのっとた宇宙に存在できているということは、ヒッグス粒子(神の粒子)理論からしても、見えない意識に操られているということです。


世の成功者は間違いなく潜在意識を活用して、成功しています。


『心(神)主肉(形)従』(しんしゅにくじゅう)=意識が先で形あるものはそれに従うという意味です。


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倖せになる方法・・・下山の思想


年明け早々五木寛之著「下山の思想」という本を読みました。

大まかに言えば、今の時代は資本主義という山の成長神話が終焉し、下山に差し掛かっているよ!

登りつめた山は必ず下りなければならないので、だったら下山を楽しみなさい。と言われているようです。

そして、新たに登る山を探しなさいと言われているのです。

個人の人生にもいろんな山があります。

例えば多くの人の十代は受験という山でしょうか?

高い山、低い山いろいろな学校という山を受験(登り)し、下山(卒業)します。

中にはせっかく登り始めた山を途中でリタイヤ(退学)する人もいますが、卒業しなくてもどこかの時点で下山し、社会人としての新たな山を登り始めます。

社会に出ると、仕事山、結婚山、子育て山、親の介護山など一つ一つは小さい山でも結構険しかったりして自分を見失うことさえあるものです。

人生思うようにならないものです。

仕事山は、もし自分に合わない職種についたとわかったら、決して無理をせず別の山を目指すことも考えることです。

結婚山は、登る前に見極め、登りかかったら自分に合ったペースで登り続けることです。
必ず二人を分かつ下山(死)する時が来ます。

子育て山は、快楽の結果と考え、ある段階(自立)まで投げ出すことを許されません。
真剣に登れば老後山がすごく楽な山になるかもしれません。

介護山は、感謝の気持ちで登れば充実した時間をおくれることでしょう!
他人(お世話をしていない人)の無責任な言葉に惑わされないことがコツです。

介護を一生懸命にやったら体力や気力が持ちません。
ただ淡々とやり過ごしましょう!

人生の山(夢山、末は博士か大臣か!など)も全員が頂上まで登れないでしょう。

しかし、全員必ずいつかは下山(引退)する時が来るのですから、下山の仕方や下山した後のことを考えておくことが幸せになる方法です。

あなたの未来が健やかで明るいことを思いながら、また、次回。

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治 る ・元 気 ・愉 し 

和草堂こころ研究所・・・松本康秀



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第一番目の関係性とは、生まれ落ちた時から始まるのでしょうか?

それとも母親が受胎した時からが関係性の始まりなのでしょうか?

神様との関係性から言えば、もしかしたら受胎する前の魂の存在からかもしれませんね。

ここではとりあえず生まれ落ちてからの、見える世界の関係性のお話を始めたいと思います。

前置き:


この世の人(動物)は、見える世界に存在しているけれども、同時に意識(こころ)という見えない世界が

ず関係しながら存在しますので、二つを分けることはできません。

(関係と関係性についてこだわる人がいるようですが、それについてはあまり深く考えないでください。)


生まれ落ちた時から人は、人との関係性で始まります。大まかに第一番目は母親です。

一般的に母乳を必要とする赤ちゃんは、お乳をくれる母親との関係を密にします。

その時の父親との関係性は何なのでしょう?

私の子供は3人ともほとんど人工ミルクを飲んでくれませんでしたの、私の存在は赤ちゃんにすればほとんどゼロに等しく感じられたことでしょう!

赤ちゃんはお腹が減れば一方的に泣き叫びます。昔は、おむつが湿っても気持ちが悪く泣くこともあったのですが、近年は紙おむつになり楽になりましたね。

母親は無条件でお乳を飲ませます。
父親は何もできません。それが夜中だったら、それも特に共働きだったりしたら夫婦の関係性からすれば、妻としては夫に一緒に起きていてほしい、という気持ち(こころ)がどこかにあるのではないでしょうか?。(個人差はありますが)
しかし、お乳を飲ませるからこそ子供と母親との関係性が強くなるように思います。

何もできない父親でも、父親は無条件で積極的にかかわりを持っていないと、赤ちゃんは小さく何もわからないだろうと思っていたら、赤ちゃんは父親に関係性を感じられなくなります。

やがて父親や兄弟姉妹、家族との関係性が始まり、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、社会人、その間には部活や恋愛やいろんな習い事など、複雑な関係性を持って成長していきます。

大概の人は生まれ落ちた時からすれば、大人になるにしたがって関係性が複雑になっていきます。

関係性には必ず人と人との関係(かかわり)があり、そこには思いというこころ、感情が関係しているということです。中には犬猫馬牛などとの関係性のある人もいることでしょう!

その場合は特に言葉が通じないために、人がお世話をすることから生まれるところの、こころが通じ合うというという、見えないテレパシーのようなものを通じての関係性になります。

お気づきかもしれませんが、関係性とは見える世界の現象のようであって、そこには見えないこころ(意識)の世界が作り上げる現象が織りなす複雑系が新たな関係性を生み出すのです。

だんだんややこしくなりがちですので、結論を言えば、関係性はなるべく単純であることが好ましいように思われます。

ちなみに、神様との関係性は調和です。

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 ・治 る ・元 気 ・愉 し 
和草堂こころ研究所・・・松本康秀
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私は宗教のことをよく知りませんが、私の思う宗教とは、「宗」という見えない悟りの世界を、選ばれた人による修行によって知りえたことを、庶民に「教」という形を持って教え伝授することととらえています。

文字や言葉だけでは伝えにくいので、見えないものを五感に訴える方法として、音楽や仏像、絵画のような芸術美術品を通して、見える形にして伝える工夫をされたのだと思います。

一般庶民が「宗」という悟りの世界に到達することは恐らく無理ではないでしょうか?

上から啓示を受けた、選ばれた人が何らかの修行を通して得られた世界ではないでしょうか?

NHKの「100分で名著」という番組でブッダのことを優しく伝えられていました。

その中で、さんざん体を酷使する修行を行ったブッダが、今までおこなってきた水行や断食など、すべて無駄だったと突然修行をやめたと言っていました。

私の知っている人で、阿蘇の山中で43日間断食瞑想を2回された方や、ミャンマーで13日間水も食べ物も一切口にせず、瞑想をされたといわれる人がいますが、お二人とも啓示があったと言われていました。

宗教というものはいろんなことを教えてくれているのかもしれません。

しかし、時代背景による環境や教育程度、死生観の変化というものがあり、今の時代の人々に、当初の教えをそのまま伝えても、なかなか理解できないのではないでしょうか?

宗教の世界に関係性という言葉がよく出てきます。

宗教の教えというものを私はほとんど知りませんが、もしかしたらこの関係性という言葉が一番大事なことを教えているのではないかと思っています。

宗教が教えている関係性とは神様との関係性でしょうか?

私が考える関係性という言葉は、神様であれ、お隣様であれ、友人知人、夫婦、親子、姉妹などの関係性をも同じだと考えています。

いつの時代でも変わりなく続いてきたし、今からも続いていくことでしょう!不変です!

人は神の子と言われますが、言い換えれば我々人間は皆神であることになります。

今は形(体)があるので、もし現在が神と言えないのであれば、神にいづれなる子とも言えるのです。

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 ・治 る ・元 気 ・愉 し 
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30年以上前のお話です。

当時結納金は月給の3か月分、婚約指輪、結婚指輪2個、と新婚旅行というパターンが一般的だったように思います。

今の時代もそうなのでしょうか?

当時の私の収入は、父の手伝いと言っても丁稚のような存在でしたので、毎月数万円しかもらっていませんでした。

ですので、丁稚を始める前の一年間、製薬会社で務めた時に貯金していた50万を結納金に当てたように記憶しています。

婚約指輪を買う余裕は当然ありませんでした。彼女が特別欲しがらないことをいいことに上げませんでした。

でも私の心のどこかに買ってあげたい気持ちがあったことは間違いありません。(本心)

結婚指輪も私ははめないし、自分の分はいらないと思い、最初18金の指輪を一個(\5,000)だけ買いました。

でも式の時恰好がつかないという理由で、あらためてプラチナの指輪を二個(二個\10,000)買い求めました。

いずれの指輪もカーテンレールのようなかまぼこ型のものです。

後で知ったのですが、彼女は少しデザインされた平台のものが欲しかったようです。

ということで、奥さんの指に結婚指輪をはめた姿をほとんど見たことがありません。(涙)

当時バブル期に差し掛かる頃の新婚旅行と言えばグァムかハワイ、新婚さんは国内旅行から海外旅行へというのがブームでした。

お金の無い私は、彼女の勤める保険、旅行代理会社の社長さんからいただいた優待券を使って、一人が無料、一人が子供料金という格安北海道道東へのレンタカーによる新婚旅行になりました。10月の終わりころですのですごく寒く、行楽地は人気がなく、閑散としていたという思い出ばかりです。

ここまで書くと奥さん可哀そうと思う人もいるかもしれませんが、一般的な夢を叶えてあげられない私も可哀そうなのですよ!(ちょっと開き直りかな?)

それでも私達はその後楽しい新婚生活が始まりました。

ある日二人で大型スーパーに買い物に出かけた時でした。

店内に大型のジュエリー販売店があり、ワゴンにはどれでも一万円という広告が目に入り、ちょっと見てみようかと奥さんを誘いました。

ジュエリーにあまり関心のない奥さんではあったのですが、(関心はあっても買えないとあきらめていたのかも?)少し嬉しそうな表情がうかがえました。

私はいつの日か買ってあげたいという気持ちはあったのですが、ワゴンをのぞくとどれもパッと目を引くような指輪がありません。

もっと奥に誘うと20万~30万円程度のローンを組めば買えそうな指輪が目に入ってきました。

私は思わず「○○にはもっと大きく高価な美しい指輪が似合うよね!」と言って、もっと奥のショーケースに誘っていました。

当然値段が一桁違っていて当時の私には不可能な金額でした。

そこで一言「○○は背も高いし(167㎝)これぐらいのものが似合いそうだね!」という将来への夢を与えてその場を去りました。

あれから30年私はどれだけ彼女の夢をか叶えて上げることができたでしょう?

これを読んだ方の想像にお任せしますが、どうにか離婚せずに夫婦を続けていられるのは、その後の私の力量や度量のデカさか?、それとも奥さんの我慢や器量が勝ったのか?さてどちらでしょう。(笑)

治 る ・元 気 ・愉 し い
和草堂こころ研究所・・・松本康秀

顕在意識と潜在意識の関係をよく海に浮かぶ氷山にたとえられ、海面上に見える部分を顕在意識、海中に沈んで見えない部分を潜在意識と言われます。

海上(顕在意識)に見える氷山は、海中(潜在意識)の氷山によってどのようにも動かされます。

建物と基礎を顕在意識と潜在意識にたとえるならば、建物がどんなに立派で美しく見えても、基礎である潜在意識(見えない部分)が貧弱であったら、やがて建物は壊れてしまいまうように、家を建てるときは基礎にお金をかけろと言われます。

基礎である潜在意識が大事なのです。

人の世界も顕在意識と潜在意識の関係から言えば、この見える世界(顕在意識)はこころという見えない意識(潜在意識)が作り出しています。

潜在意識の法則というのがあり、顕在意識で強く思い続けると潜在意識がその思いをキャッチして何でも叶えてくれるという法則です。

世の中の成功者と言われる方は、意識するしないに関係なく、潜在意識を間違いなく活用しているようです。

今まで日本は資本主義経済、民主化の名のもとに、大国の都合に合わせて、経済成長一辺倒に進んできました。

それは、大国を動かすごく一部の頭脳集団の顕在意識=潜在意識に民衆が洗脳される形で進んできたのです。

民衆も昨年の3・11東日本大震災と福島原発がきっかけで、「成長こそが全て」という考え方が一変したように思います。

ちなみに「民」という字の意味を調べたことがありますか?

実はこの「民」という語源は目を針でさす様を描いたもので、目を針で突いて目を見えなくした奴隷をあらわしています。のちに目を見えなくし、分別を出来にくくすること、支配下におかれる人々という意味で派生したのが「民」という字で、情報を極力与えない、内容をわかりにくくして煙に巻く、という裏の意味があります。(浦安市議 西川よしずみ氏のブログから抜粋)

いよいよ民衆は両目を開き永続可能な地球を再生する時が来ているように思います。

国民総生産(GNP)に変わる指標として、ブータンの掲げる国民総幸福感(GNH)を多くの民衆が求めるようになったらどんなに幸せでしょう!

直ぐに意識を変えることは難しいかもしれませんが、やがて変わらざるを得ない世の中になるように思います。

一緒に考えてみませんか?

治 る ・元 気 ・愉 し い
和草堂こころ研究所・・・松本康秀



いま自分が幸せか?不幸か?は、自分自身にしかわかりません。


つまり同じ境遇にありながら幸せと感じられる人と、不幸だと感じてしまう人がいるからです。


ですので、各自がどの位置を以て、幸不幸の基準値とするかで違ってきます。


少なくとも基準値をお金や学歴、家柄で計っていたら幸せにはなれません。


自分に与えられた境遇を受け入れることから始めることです。


生き方、考え方に矛盾があると、やがてその矛盾は負のエネルギーをため込んで、わが身に戻ってきます。


一つ一つのことを、調和という秤で計りながら人生を進んでいくと、時々どちらの方向にも進めなくなるときがあります。


しかし、時の流れというものがあって、自分の意思とは関係なく踏み出さなければならないタイムリミットの一歩があるのです。


その一歩が、自分が考えてきた調和というものからかけ離れた矛盾に満ちた一歩であっても、それこそが自分の人生のシナリオなのです。


その時の矛盾は、自分の意識での矛盾であって、人生のシナリオからすれば矛盾ではなく、幸せになる修正のための矛盾にすぎないのです。


人は人生のシナリオを持って生まれてきています。


預言書を通して見ることが可能な人もいます。


しかし、そのシナリオが当たっているのかどうかは、過ぎ去って検証してみなければ正確なところはわかりません。


でも私は、全ての人の人生のシナリオは、幸せになれるかどうかわからないのではなく、全ての人が倖せになるようになっていると信じています。


人生とは思うようにならないことの方が多いかもしれません。


結果を受け入れるしか仕方がないのです。


どうせ受け入れるのなら、都合よく行くように思ってもいいのですが、究極的には結果に従うことを良しとする決心をすることです。


それも今が幸せでないと思っている人には難しい考え方かもしれません。


せめて他人の幸せを喜んで上げる広い心の持ち主でいたいと思いませんか?
生と死の境目がどこにあるのか知っていますか?

どの位置に意識を置くかで違ってきます。


体の死(心臓停止?脳死?)を持って死ととらえることが一般的かもしれませんが、

私の意識は魂の死を死と考えていますので、少しばかり一般的とは違っています。


またこの三次元宇宙では、魂に死はないと思っていますので、私にとっての生と死の

境目は無いということになります。


メビウスの帯のように最後がないということです。


虹の戦士からのメッセージ  メビウスの帯

でもメビウスの帯には表の面と裏の面とがあり、表か裏かどちらかがこの世の魂の

生であり、その反対があの世の魂の生だととらえています。


2012年1月は「毎月のお便り」としてお客様に
商品と共にお届けしているメッセージです。

2012年 1月

倖せになる方法・・・この世はバランス

あけましておめでとうございます。


世界中経済が不安定で、近年は暗いニュースばかりです。


一触即発で戦争だって起こりかねない状況です。


国内においても年金、医療、原子力問題など難問が山積しており、これから先、一体全体どうなるのだろうと未来が不安視されます。


また、ニュースや情報番組では殺人事件が日常茶飯事の出来事のように流れてきます。


新年早々暗い話で書き始めましたが、この宇宙はすべてバランスされています。だから、やがて反転する時がやってきます。


夜明け前は一番暗いと言います。今がその時です。


若く元気で体調がいい時は、少なくとも健康に関してはほとんど関心がないものです。でも必ず生老病死を迎えます。


それと同じように時代というものは繰り返されますので、今地球人全体の集合意識が病死を迎えようとしているのです。


集合意識を一個人がどうこうすることはできません。でも、自分の関係する周りくらいは変化させることはできるかもしれません。


もしかしたら、置かれた立場によっては変えられなくても、せめて個人という自分自身の思いぐらいは変化させることができるものです。


生老病死が繰り返されるなら、地球は近い将来(数年の内)病死を迎え、新たな生がやってきます。


私たちは生きて新生地球人として元気で希望にあふれた社会に暮らしていたいものです。


では新生地球に存在する意識とはどのような意識でしょうか?


優しく愛情にあふれた意識でしょうか?


そうではありません。


バランスの取れた意識です。矛盾があってはいけません。愛情が悪いと言っているのではありません。情には案外お節介という自己中


心的な思いが隠れていることがあるものです。優し過ぎ、と自己中心的なお節介を混同している人がいます。


あなたは優し過ぎていませんか?


それはともかく、今何をするべきか?を考えましょう!それは自分の置かれた立場で、精一杯楽しむことです。


他人と比べてはいけません。


隣の芝は青く見えるものです。


あなたの未来が健やかで明るいことを思いながら、また、次回。