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虹の戦士からのメッセージ

~ 倖せになる方法 ~

当り前」とは、そうあるべきこと。当然。「そんなことは当り前だ」とか、ごく普通であること。並。「当り前の服装」など、ごく限定された範囲内で使われます。

海外旅行に久しぶりに出掛けて、日本では当り前のことが、妙に違和感を感じる出来事が沢山ありました。

例えば、デパートの店員さんの対応、ウォシュレット付トイレが一つもない、地下鉄が意外と簡単に乗れた、小さなことを挙げれば限がないくらい、違和感を感じてきました。

ほかにも旅行社から海外旅行時の注意事項などがあります。
日本ではハンドバックをちょっとそこに置いて、レストランのお勘定やホテルのチェックイン等の対応をします

海外では危ないことを情報で知ってはいるのですが、日本では置き引きなどほとんどありませんので、当り前のように、癖というか習慣は、ついうっかり油断していて盗られたりします。

お陰様で今回の旅行中は、ツアー仲間全員だれも被害にあいませんでしたが、当り前と思っていると意外と落とし穴があるものです。

次に、物事をもう少し大きく見ますと、銀行や保険会社は倒産しないことが当り前でした。

ベルリンの壁の崩壊や、ソビエト共産主義社会は約70年続き、この体制がこのまま続くことが当り前でした。

これらのことがらは、通常当り前ではない現象なので、私たちは、個人的によほど直接かかわっていない限り、影響はないものです。

旅行時の体験などは、影響があったとしても、その場で気持ちを切り替えれば解決できる程度のものばかりです。

しかし、時代はいよいよ単純に、個人的な気持ちの切り替えだけでは、対応できない時代に入ってきようです。

当り前の意識を、何かが起こってから切り替えるのではなく、情報の先取りをして、そんなことが起こるはずはないというような情報にも、目や耳を貸し、当り前意識の周波数の範囲を広げておく必要があるようです。
何らかの情報を知っているだけで、精神的に穏やかに暮らせるものです。

原子力発電は安全でクリーンなエネルギーだと日本政府も各電力会社も宣伝してきました。

多くの人が原子力に対して、どこか?を抱きながらも、政府が認めているし、テレビや新聞では安全性をどんどん宣伝しているので、安全でクリーンであると当り前のような気がしていたのです。

福島第一原子力発電所爆発事故の結果、安全でクリーンというキャッチフレーズが真っ赤なウソであったことが露見しました。

原子力に?を抱いた私たちの心が、甚大な被害を通して、目に見える形で露見したのです。(例えば、?=都会地に供給するための電気を、なぜ田舎でつくるのか?安全でクリーンなものなはずなのに!)

共産主義社会が行き詰まり、有限な資源を無駄遣いし、お金に目がくらんだごく一部の亡者による資本主義社会のなれの果てを、ここに見ることができるような気がします。

(いまだに、原発を推し進めたがる人がいます。
これだけ甚大な被害をもたらし、これから数年後に起こるであろう健康被害、特に子供たちに及ぶであろうガンや白血病など見えない恐怖を抱えて過ごさなければならないことを思うと、私には信じられません。)

私が関係している医療関係も似たり寄ったりというか、もしかしたら原発事故以上の信じがたい結果をもたらすかもしれません。

そろそろ、当り前意識の周波数を、頭(顕在意識)で考えるのではなく、潜在意識から発せられる情報をこころで受け止め、素直になってみませんか?

もしかしたら、科学が絶対と思う「科学という宗教」に侵されているかもしれません。

政府が言うことは間違いないとか、偉い○○博士がこう言ったからそうだ!とか、何事にも洗脳されると、自分で物事を考える力をなくしてしまいます。

これからは自分で判断する時代です。情報はインターネットやユーチューブなど本物を知ることができる機会が多くなりました。

本物の情報を入手する方法は、まず自分が素直で本物の人である必要があるようです。

人生って早いものです。

若くして私24歳、妻22歳、で結婚しましたので、去年の10月で結婚30周年を迎えていました。


昨年の秋はとにかく忙しく、記念旅行の計画はしていたのですが、行けずじまいであきらめていました。


9月に入ってやっと時間が取れ、気が付けばまだ30周年目の期間内ではないですか!


さっそく旅行会社のホームページにアクセスして、去年計画していたプランを探しました。


世の中不景気と言われていますが、円高ドル安、ユーロ安の影響か、どこも満席いっぱいです。


季節的に10月のフランス・パリは寒さを覚悟で訪れたのですが、異常気象のおかげで、暑からず寒からず、天気にも恵まれ、楽しい時間を過ごすことができました。


今年のパリは8月にストーブを焚いたそうです。


虹の戦士からのメッセージ-モネ・睡蓮の池   モネの睡蓮の池


また、私たちが訪れた前の週は気温が33度あったそうですから、準備して持っていたセーターなどが無駄な荷物になったこと以外はラッキーだったようです。


以前絵画で見たモンサンミッシェルに感動し、いつか実際に観てみたいと思っていました。


虹の戦士からのメッセージ-モンサンミッシェル  モンサンミッシェル


最近は車のTVコマーシャルでちょくちょく見かけるようになっていたので、思いはいよいよ募っていました。


虹の戦士からのメッセージ-凱旋門
                凱旋門    

虹の戦士からのメッセージ-凱旋門



30年はあっという間だったように思われますが、一つ一つ振り返るといろんなことがありました。


妻は高校生のとき腎臓を患い、体育の授業を受けていませんでしたし、就職は机をあまり動かなくていい職種を選ぶようにとか、将来結婚はいいけど、赤ちゃんは生まないほうがいいとまで言われていました。


しかし、二人のお付き合いが続くきっかけとなった莪述(ガジュツ)を妻が飲み続けた結果、3人の子供たちにも恵まれ、妻の就職は動き回らなければならない旅行、保険業についていました。


子育てと同時期に、年の離れた父の介護を12年間自宅で看ました。


いろんなことがあわただしくあったからこそ30年という年月が早く感じられたのかもしれません。


もしこれらのことを一人だったら、考えただけでもゾッとします。


私の母は50年前に亡くなりました。父の苦労は半端ではなかったでしょう!


しかし、時の流れはもっと早かったのかもしれません。


とにかく、妻のお蔭で、この30年間を楽しむことができたし、結婚30周年を迎え、仲よくフランス旅行をすることができました。


虹の戦士からのメッセージ-エッフェル塔   エッフェル塔


またいつかフランス・パリを訪れるために、セーヌ川クルーズを残してきました。


ツアーの仲間に結婚50周年というご夫婦がおられました。


お二人ともお元気で、ご主人曰く、「毎日女房に叱られいます。」と、楽しそうに免税ショップでタバコをやっと買った(勝った)とニコニコされていました。


夫婦円満、長続きのコツは”怒るより怒られろ”なのかもしれませんね。


私たちも結婚50周年に向かって、これからもお手柔らかに!


お母さん、ありがとう


2011年10月は「毎月のお便り」としてお客様に
商品と共にお届けしているメッセージです。

2011年10月


倖せになる方法・・・種を蒔き、土壌を肥やす

先月のお便りで、因果応報について少しばかり書きました。

因果応報とは、過去における善悪の業に応じて現在における幸不幸の果報を生じ、現在の業に応じて未来の果報を生じるという意味です。

過去にどの様な種を蒔いたかによって、今起こっている現象が変わるという意味です。

でも、種がどんなに立派な種であっても、畑の手入れや水遣りなど、その後の畑の管理を怠っていたら、実るはずの立派な実が生らなかったり、花も咲かせることはないでしょう!

その逆もあります。あまり立派な種でなくても、その後の畑の手入れがよかったら、ある程度素晴らしい実をつけ、美しい花を咲かせることでしょう!

人生において、過去に蒔いた種を取り替えることはできません。

どの様な種であっても前記したように、人生の畑の管理次第で実り咲くものが変わります。

畑の管理、手入れとは、今という一瞬にしか生きることのできない私達は、今という瞬間を受け入れることからはじめることです。

それは、過去に蒔いた種が、今まで管理耕してきた畑に実った結果という現実(実であり咲いた花)なのです。

お気づきのように、倖せになる方法は、過去に蒔いた種をいかに素晴らしく美味しい実を実らせたり、綺麗で素敵な香りをかぐわす花を咲かせる土壌を耕すかです。

また未来に向かっては、未来を想像し、夢のような人生の現実を見越すような種を蒔いておくことです。

人生の畑とはどの様な畑でしょうか?耕すとはどの様なことをすることなのでしょうか?

畑とは想像です。人生のフィールドにどの様な未来の構想を画くか!なのです。

耕すとは、言葉や行動です。

まず、自分にまつわる極身近な人に前向きな言葉がけをする。

いくら社会的に大きいことをしていようと、身近な人を倖せにできなくては、因果という種は立派な種だとはいえません。

いくら世間的に素晴らしい行動をしていようと、身近な人をないがしろにしていては、自己満足という因果の種を蒔いたに過ぎません。

あなたの未来が健やかで明るいことを思いながら、また、次回。


     見えないものにご用心


原発事故後、放射能・放射線について関心を持たれた方が多いと思います。

放射能・放射線にせめて色がついていたり、匂いがあればよかったのですが、
何も見えないし、直ぐに感じることもできません。

しかし、放射能・放射線に多く触れていると、確実に体に悪影響が現れます。

子供は特に成長段階ですので、新しく増えていく細胞に影響が起こったり、
白血病や甲状腺がんにかかる恐れが増してきます。

妊婦さんが放射能を浴びることで、障害を持った赤ちゃんが生まれる確率も高くなります。

ここまではネガティブな思い(情報)を与えたかもしれません。

しかし、このような情報もあるのです。

宇宙から地球に26000年周期で回ってくるといわれているフォトンベルト(光の帯)で
放射能が浄化されるというのです。

微生物も通常人の目に見ることが出来ません。

しかし、土中に微生物がいなくなったら作物は育ちません。

昔から腐葉土や堆肥を使い、畑の土を肥やしてきました。

科学で微生物の存在が証明されたのは、長い農業歴史からすれば
ごく近年のことです。

前のブログでも書いたように、この世の中は科学では証明できないことが沢山あります。

インドの預言書(アガステアの葉、バラドアジャ・リシの預言書など)も科学的には証明できないのです。

時が経過し預言書に書かれている通りになったら、現代科学がまだ遅れていて証明できない程度だということになります。

見える科学も、見えないものにしろ、盲信しては危険です。

見えないものは放射線や放射能だけではありません。

人の心の中も見えないのです。

人は都合の悪いことは言わないし、電力会社のやらせのように圧力をかけて、
原発が安全であるかのようなアンケート結果をねつ造したりもします。

放射能は放射能測定器で測ることができますが、人の心状態は測ることが出来ません。

ではどうすればいいのでしょうか?それは、

自分自身を測定器するしか方法がありません。

類は友を呼ぶというように、関わり合う人が自分に影響を与えます。

自分とよく似ている心の周波数を持っている人と出会います。

せめて見えない電磁波より細かい周波数でいつも心を満たしていたいと思っています。
科学では証明できない何かが和草堂のガジュツにはある。

約500年前にガリレオが天動説から地動説を唱えました。

その頃から何事においても、科学的証明がなされなければ説得力がなく、多くの人に納得されなくなってきていました。

それが、時代を経るにしたがって、現代では科学的であることが絶対条件のようになり、科学的証明がないものを偏見視する風潮すら生まれてきています。

ここで気づかなければならないことがあります。

はたして科学は絶対なのでしょうか?

例えば、オーパーツという現代の科学の粋を集めても作ることができないという、
アステカの水晶髑髏(どくろ)をご存知でしょうか?科学はそれを証明できていません。

また、病気に関する検査数値なども、時代と共にもっともらしい理由は付きますが、いつの間にか変更されていきます。

もし科学が絶対なら、その時の科学を信じた人は、今から見れば嘘を信じさせらたということです。

つまり現代科学は全てが絶対ではないということです。

科学が昔に比べ、確かにずいぶん進歩したかもしれません。科学の進歩が、人間の寿命を延ばしたかもしれません。しかし、放射能漏れという取り返しのつかない原発事故を起こしたのも事実ですし、それを作ったのも科学です。

体の症状はチェルノブイリ爆発事故による放射能漏れでも証明されているように、数年後には確実に、特に子供たちの体や産まれてくる赤ちゃんに現れてくることでしょう!


医療の進歩とは長生きさせることだけでしょうか?

考えてみてください。100年後には今地球にいる人のほとんどは入れ替わっているはずです。

私の医療に関する意見は、「死ぬまで如何に楽しく、愉快に、過ごせるか!」

言い方を変えれば、「食物を美味しく食べられて、排便排尿がうまくいき、自分のことが自分ででき、人のお世話の一つでもできる。」それが人生だと考えています。

医療や科学の進歩は、国家予算から膨大な額の医療費を費やし、病人が減るどころか増えるばかりです。また、放射能漏れは未来に向かって莫大な保障や除染に膨大な額のお金を費やすことでしょう!

その結果

話が少しずれていきそうですが、
証明できないことが沢山ある限り、科学者は現代科学がまだまだ遅れていることを認め、謙虚にならなければ、もしかしたら大事な何かを否定してしまうことで、一部の権力を持った人によって、偏った方向に人類を導いてしまいかねないということです。

(福島第一原発放射能漏れ事故が起こるまでは、原発安全神話が作られてきました。事故後も、原発推進を推し進めたがる電力会社の圧力によるやらせなども発覚しています。)

当然科学を無視することをするべきではないと思います。

ガリレオの時代、地動説を唱えたために処刑された人もいます。そのくらい宗教という絶対的権力の横暴があったことも事実です。

時代は繰り返されるといいますが、宗教という絶対権力=科学という名の洗脳とが、私にはかぶって見えて仕方ありません。

科学という宗教

恐らく、多くの科学者も自分達が洗脳されていることに気づいていないのでしょう!

もしこの意見に怒りを覚える人がいたら、洗脳されている人です。


地動説のように、誰の目から見ても、明らかなことならまだいいのですが、実際に病気が治っているとか、事実という結果が起こったことなら、科学的な証明がなされていなくても、今の現代科学が証明できないだけですので、事実を認めるこころの余裕を持ちたいものです。

あるとき、ある有名なドクターから認めてもらいたければ証明して来いといわれました。

私は医師、科学者ではありませんので、科学的証明をするすべがありません。
科学者でない私たちには証明するための手立ても予算もありません。

ただそこに事実があるだけです。

その事実を認めることに何か不都合でもあるのでしょうか?といいたくなります。

私は科学を無視しろと言っているのではなく、科学に事実を無視しないで!と訴えているのです。

上記のような思いの中で和草堂純ガジュツを父の代から約60年間取り扱って参りました。

証明はできませんが、木霊(こだま)というガジュツの精霊がお手伝いしているとしか思えないような現象が沢山ありました。

下の写真はヤラセではありません。沢山のオーブ、木霊、たまゆら、精霊という発光体が写っています。

       乾燥所の写真


虹の戦士からのメッセージ


 上の写真を見て、ガジュツは形を変え商品化されることを喜んでいる。その笑顔はガジュツそのものの笑顔です。と、ある人にガジュツの精霊からのメッセージを翻訳してもらったことがあります。

和草堂純ガジュツを飲まれた方は、病気が治ったとか運命が好くなったとかだんだん倖せになってきたとか、人生において好ましい状況になってこられているようです。

和草堂純ガジュツは栽培するとき、自然に生えてきた草をすき込み、途中で生えてきた草は手で掘り、屋久島の自然の雨水だけで育てています。

商売的には肥料をやり、芋を太らせた方が儲かるのかもしれません。

また11月以降は収穫時の芋の大きさと変わりませんので、早く収穫することもできますが、和草堂では2月に入ってからでないと収穫しません。

なぜなら、芋が土中の薬養を吸収することを止めるのが2月に入ってからなのです。2月に入ると、ひげ根の先にある薬養の元である小芋(水の玉)が勝手に離れます。

つまり、「もう完璧だよ!どうぞ困っている方のお役に立ててください。」と、言っているようです。

和草堂純ガジュツは植物の自然の営みを大事にして育てているため、ガジュツ自信にストレスがなく、自然その物なのです。

水は情報を蓄えることをご存知でしょうか?

人間の体も60パーセント以上水でできていますので、その水が綺麗か汚いかで体調が違ってきます。

体調不良の時、化学薬品を補う(+する)のではなく、ガジュツを飲んで悪いものを体外に追い出す(-する)ことを心がけるとで、いつの間にか元気になっていきます。

でも究極は、ガジュツを取り扱ってはっきり分かってきたことなのですが、昔から病は気からといわれます。

心主肉従

症状を現すのは肉体ですが、多くの症状の始まりの原因は、こころにあるということです。

それが分かってから”和草堂こころ研究所・・・”を始めました。

我が家にはもう直ぐ一歳8ヶ月になる孫(健斗男の子)と、9歳三ヶ月のパグ犬(ウェンディーわんわん)がいます。

二人は大の仲良しです。≧(´▽`)≦

数週間前まではウェンディーの方がお姉ちゃんでした。

健斗が何か食べ物を持っているとウェンディーに追いかけられて、取られ食べられては泣いていました。。(´д`lll)

今でもまだ健斗にすきがあれば、たちまちウェンディーに取られるのですが、他の事ではウェンディーをしのぐようになってきました。

毎日、市の有線放送で18:00に 子供達に帰宅を促す音楽が流れてくるのですが、そのリズムに合わせてウェンディーは庭中を走り回りながら「ウオ~♪ウオ~♪」と気持ち良さそうに歌っていました。



ところが最近になってそれを見ていた健斗が面白そうだと思ったのか、ウェンディーより先に庭に出て、走り回りながら「ウオン♪!ウオン♪!」と吠えるともなく叫びはじめたのです。

お株を取られたウェンディーは、 健斗の勢いに歌うことをやめてしまいました。


一日中ほとんど吠えることのないウェンディーにとって、唯一の楽しみだった恍惚の雄たけびだっただけに、ストレスが溜まっているのか散歩に出かけても決して吠えることもなく、よその犬とすれ違う時はとても仲良くしたがっていたのに、最近は喧嘩をしかけるようになって、吠えかかっていきます。


人間も犬も一緒ですね!人生、いや犬生は思うようにならないものです。

      

2011年9月は「毎月のお便り」としてお客様に
商品と共にお届けしているメッセージです。

2011年9月

 倖せになる方法 ・・・怒らない考え方


何十年か生きてきて、今まで一度も怒ったことのない人はほとんどいないと思います。

ついつい怒ってしまって、後で冷静になってみたらあんなに怒らなければよかったとか、反省仕切りなんてこともありますよね。

喜怒哀楽といって怒りは人間感情のひとつですので、怒りが全て悪いというわけではないのです。

しかし、怒ったことのほとんどは、後で思い返すと怒るに値しないようなことだらけなのです。

過去に怒ったことについて今でも怒っていますか?

そのほとんどはあくる日か、少なくとも数ヶ月もしたら忘れているし、相手を赦しているのではありませんか?

いらいらすると胃が痛くなるとか、動悸がするとかがあります。

相手ではなく、怒った本人に症状が現れるのです。

相手がいくら悪くても怒ることで自分の体が傷ついたら馬鹿みたいですよね。

このように考えてみませんか?

数日か数ヶ月もすれば忘れるとか、赦すことができる程度の出来事なら、意識(思い)は四次元ですから時間がありませんので、数ヶ月後に忘れられる日を、怒った瞬間にその気持ちをワープさせてみませんか?

自分が百%悪いことをしたと思っている相手だったら、きっと反省しているし、怒られても当たり前の相手に、その時赦してもらえるのですから、あなたのことを、なんと器のでかい人だと思うだろうし、いつかお返しをしたいと思うのではないでしょうか?

因果応報といいまして、過去における善悪の業に応じて現在における幸不幸の果報を生じ、現在の業に応じて未来の果報を生じるという意味です。

ですので、もしかしたら過去の自分が相手に怒るようなしてしまった結果、今報いが来たのかもしれないのです。

多くの人は相手の喜ぶことをして上げたいと思っています。いやなことはしたくないものです。

あえていやなことをしたのであれば、過去の因果がそうさせたと考え、もっと深く考えて、いやな事をした相手を怒るのではなく、そうさせた自分の因果を謝らなければならないことになります。

とにかく、怒らないと得をし、徳を積む結果となるようですよ!

あなたの未来が健やかで明るいことを思いながら、また、次回。






膝の痛みと言っても、いろんな原因があります。最近体験したお話です。

膝が痛くて歩けないし、傍から見ても歩き方がおかしいと指摘される、という方からご相談電話をいただきました。


何か原因があるはずですが、一応病院に行かれたかどうかお尋ねしました。


実は4ヶ月前に駐車場の輪留めコンクリートでけつまずき、足の指を脱臼骨折し、手術をしてギブスが取れたところだと言われるのです。
また、今靴敷きに足低板をはめて歩いているとのこと。


足低板はまだ後4ヶ月はめていなければならないといわれているそうです。


ところで、「病院では膝の痛みに対して何をされましたか?」と聞くと、膝に電気を当てられただけで、痛みはまったくとれず、リハビリの先生はとにかく歩くしか治る方法がないと言われたそうなのです。


私はピンときました。痛みは膝だけど、原因は足底にあると!


さーデルモーゲン の登場です。


西洋医学はそのほとんどが対症療法です。ですので、デルモーゲン が原因療法であることを詳しく説明して、膝ではなく痛みの原因であろう足底に塗っていただくことにしました。


その方は最初、「足は今は痛くないんですよ!膝がいたんです。」と言われていたのですが、私の説明に納得されて、「言われるとおり塗ってみます。」と、デルモーゲン が届いた日に、一日中塗っていただきました。

するとあくる日電話があり、「嘘のようにすっかり膝の痛みが無くなりました。」と喜びのご報告いただきました。

私は医者ではありません。しかし、薬草ガジュツや植物ツルボを用いた医薬品を取り扱う医療関係者です。

父の代から60年間、ガジュツとツルボという植物の力を、自分自身もですが、家族やお客様、関係者を通して、治る、治せる、の実証体験をしてきました。

言い方を気をつけないと揚げ足を取られるかもしれませんので、あくまでも私が手を下したのではなく、皆さんが自分で治されたのです。

あるとき、デルモーゲンという医薬品を前にして、県の元薬務関係者にお尋ねしたことがあります。

その方はデルモーゲンの幅広い薬効をご存知の方で、快く「何でも質問してください」といわれました。

そこで私は、「病気は治してもいいのでしょうか?」と、聞く人によっては変な質問に聞こえるかもしれないような質問をしたのです。

すると、ニコッとなさって「模範解答をしますね!」と言われました。

「その説明書に書いてある薬効についてはどんなに書いて説明されても構いません。でも、説明書に書いてない薬効、症状は、書かずに喋ってください。」と言われたのです。

続けて「個人的意見として、病気を治してはいけないことはないと思いますよ。」と付け加えられました。

その方はデルモーゲンが植物性で説明書以外のいろんな効能があることをご存知なのです。化学薬品は限定的です。

ただ、わざわざ個人的意見と付け加えなければならないところに、時代の変な空気を感じられます。

【疑問】
テレビコマーシャルで簡単なニキビ治療を病院に行くことを進めるコマーシャルが放送されていました。それも健康保険が使えると宣伝しているのです。

ニキビは命に別状はありません。ましてや簡単なニキビ治療にまで健康保険を使用されたら、健康保険料を払っている我々納税者はたまったものではありません。

私は続けて、「でも今世の中は、医者以外は治したらいけないような空気がありますよね!」と言いましたら、認めるかのように首を振って笑っていらっしゃいました。

化学薬品、西洋医学ばかり勉強していては分からないような、今の科学では証明できないような薬効や治り方が植物にはあるのです。

ですから、今の西洋医療に偏った医療制度、医療行政では、治る病気もお金ばかり掛かって治せないケースが沢山あるのです。

場合によっては薬が薬を呼ぶ場合だってあるのです。いや、初診を診間違えると結果は治らないのですから、先にいく程薬害の率が高まります。

化学薬品は切れ味が良く、使い方を間違えると大変危険なのです。だから薬剤師が必要なのです。

【疑問】
最近、NHKの「ためしてガッテン」という番組を見ていたら、公平であると思っていたNHKが、どこかの団体の手先であるかのような放送を流していました。

例えば、骨盤矯正ダイエットは間違っている、と言うのです。

骨盤矯正自体が体に悪いのであればまだ分かるのですが、結果は痩せなかっただけです。

骨盤矯正することで健康になるのであればいいのではないですか?

無作為かもしれませんが、たまたま検査した数人が骨盤調整しても痩せなかったということだけです。

NHKがわざわざ公共の電波を使って、骨盤調整をすることで、いろんな病気に罹りにくくしている整体院やカイロプラティックの経営を妨害する必要があるのでしょうか?


その前は、肝臓病に鉄分が悪いと言うことでウコンを取り上げ、あたかもウコンは肝臓に悪いかのような印象を与えているのです。

他の食品にもウコンより沢山の鉄分が含まれていることは一切言わずにです。ウコンの素晴らしさを全部分かっているのでしょうか!



私は決して化学薬品や西洋医療全般が全部悪いと言っている訳ではないのです。
ブログ:人生はシナリオ No.14 痴呆症介護の始まり”では化学薬品のありがたさも書いています。

ここまで読んでいただくと、ガジュツ、デルモーゲンはいったいどんな効能効果があるのだろうかと気になる方もあると思いますので、次回は体験談をいくつか書いてみたいと思います。

                      続きは次回
38歳の時から人生の転機が始まりました。

20歳の時の人生の転機のきっかけは、妻との出会い、信念の魔術という本だったかもしれません。

40代はピンポイントで準備してあったかのような、気功や精神世界、宇宙、ユダヤ問題、預言書、サイババ、水、環境問題、まだまだ数え上げたら限がないくらいの講演会を通じて出会った、他人との関係性から転機が始まっています。

思い出しただけでもそれまでの人生を「静の人生」とするなら、38歳から序章期間を2年間として、40歳からの人生は「動の人生」です。

40歳までの私は、社会人になってから一度も出張したこともなければ、飲みに出かけたこともありませんでした。

お酒を飲み始めたのが38歳からなのです。

それまで一回たりとも出張で家を空けたことのなかった私が、毎月ジェット機に乗って、それも一月に3回のペースで出張し始めたのです。

一ヶ月のうち10日以上、三分の一は熊本に居ないのです。

私自身が面食らっていました。

世の中もコンピューターウインドウズ95が出た頃から、世の中の動きが一変したきたように思われます。

和草堂にもコンピューターを導入し、ホームページを作成しましたが、当時ガジュツ と検索しても100件くらいしかヒットしませんでした。今は62万件以上ヒットします。

世の中の転機と私の人生の転機はあたかも同調しているようにも感じます。

地震、津波、原発事故を通して、政府の無策、電力会社などのやらせ問題発覚など、世の中は一部の権力を持った、都合のよい人たちによる管理下で私たち庶民は動かされていたことを知ることとなりました。

今年7月24日からテレビがアナログ放送からデジタル放送に切り替わりました。

2012年12月21日でマヤ暦が終わっているそうです。

そろそろ今までの時代が終了し、まったく新しい世界がやってくるのかもしれません。

今までの時代に都合を沢山持っている人ほど苦しむ時代ではないでしょうか?

前のブログで、バラドアジャ・リシの預言書について書きましたが、一種の神智学を用いなければ先が予測できない時代かもしれません。

恐らく数年も掛からずに世界は一変すると思います。

悪くなるのではなく、悪い今という時代が終焉するということです。

科学は絶対ではなく、まだ遅れているということが原発事故を通して分かってきました。

今という時代が終焉するのであれば、次の時代を予測しなければいけません。

科学では予測できません。そこで活用できるのが神智学です。

誤解しないでください。神智学は宗教ではなく弁証法を用いた学問です。

唯物論でしか物事を考えることのできないこころの弱い人は、他人に圧力をかけてでも今という時代(権力を持って、都合よく生きている人の時代)を護ろうとすることでしょう!

私は戦いたくありませんので、時が来るのを待とうと思います。

           続きは次回