虹の戦士からのメッセージ -18ページ目

虹の戦士からのメッセージ

~ 倖せになる方法 ~

私は医者ではありません。しかし、薬草ガジュツや植物ツルボを用いた医薬品を取り扱う医療関係者です。

父の代から60年間、ガジュツとツルボという植物の力を、自分自身もですが、家族やお客様、関係者を通して、治る、治せる、の実証体験をしてきました。

言い方を気をつけないと揚げ足を取られるかもしれませんので、あくまでも私が手を下したのではなく、皆さんが自分で治されたのです。

あるとき、デルモーゲンという医薬品を前にして、県の元薬務関係者にお尋ねしたことがあります。

その方はデルモーゲンの幅広い薬効をご存知の方で、快く「何でも質問してください」といわれました。

そこで私は、「病気は治してもいいのでしょうか?」と、聞く人によっては変な質問に聞こえるかもしれないような質問をしたのです。

すると、ニコッとなさって「模範解答をしますね!」と言われました。

「その説明書に書いてある薬効についてはどんなに書いて説明されても構いません。でも、説明書に書いてない薬効、症状は、書かずに喋ってください。」と言われたのです。

続けて「個人的意見として、病気を治してはいけないことはないと思いますよ。」と付け加えられました。

その方はデルモーゲンが植物性で説明書以外のいろんな効能があることをご存知なのです。化学薬品は限定的です。

ただ、わざわざ個人的意見と付け加えなければならないところに、時代の変な空気を感じられます。

【疑問】
テレビコマーシャルで簡単なニキビ治療を病院に行くことを進めるコマーシャルが放送されていました。それも健康保険が使えると宣伝しているのです。

ニキビは命に別状はありません。ましてや簡単なニキビ治療にまで健康保険を使用されたら、健康保険料を払っている我々納税者はたまったものではありません。

私は続けて、「でも今世の中は、医者以外は治したらいけないような空気がありますよね!」と言いましたら、認めるかのように首を振って笑っていらっしゃいました。

化学薬品、西洋医学ばかり勉強していては分からないような、今の科学では証明できないような薬効や治り方が植物にはあるのです。

ですから、今の西洋医療に偏った医療制度、医療行政では、治る病気もお金ばかり掛かって治せないケースが沢山あるのです。

場合によっては薬が薬を呼ぶ場合だってあるのです。いや、初診を診間違えると結果は治らないのですから、先にいく程薬害の率が高まります。

化学薬品は切れ味が良く、使い方を間違えると大変危険なのです。だから薬剤師が必要なのです。

【疑問】
最近、NHKの「ためしてガッテン」という番組を見ていたら、公平であると思っていたNHKが、どこかの団体の手先であるかのような放送を流していました。

例えば、骨盤矯正ダイエットは間違っている、と言うのです。

骨盤矯正自体が体に悪いのであればまだ分かるのですが、結果は痩せなかっただけです。

骨盤矯正することで健康になるのであればいいのではないですか?

無作為かもしれませんが、たまたま検査した数人が骨盤調整しても痩せなかったということだけです。

NHKがわざわざ公共の電波を使って、骨盤調整をすることで、いろんな病気に罹りにくくしている整体院やカイロプラティックの経営を妨害する必要があるのでしょうか?


その前は、肝臓病に鉄分が悪いと言うことでウコンを取り上げ、あたかもウコンは肝臓に悪いかのような印象を与えているのです。

他の食品にもウコンより沢山の鉄分が含まれていることは一切言わずにです。ウコンの素晴らしさを全部分かっているのでしょうか!



私は決して化学薬品や西洋医療全般が全部悪いと言っている訳ではないのです。
ブログ:人生はシナリオ No.14 痴呆症介護の始まり”では化学薬品のありがたさも書いています。

ここまで読んでいただくと、ガジュツ、デルモーゲンはいったいどんな効能効果があるのだろうかと気になる方もあると思いますので、次回は体験談をいくつか書いてみたいと思います。

                      続きは次回
38歳の時から人生の転機が始まりました。

20歳の時の人生の転機のきっかけは、妻との出会い、信念の魔術という本だったかもしれません。

40代はピンポイントで準備してあったかのような、気功や精神世界、宇宙、ユダヤ問題、預言書、サイババ、水、環境問題、まだまだ数え上げたら限がないくらいの講演会を通じて出会った、他人との関係性から転機が始まっています。

思い出しただけでもそれまでの人生を「静の人生」とするなら、38歳から序章期間を2年間として、40歳からの人生は「動の人生」です。

40歳までの私は、社会人になってから一度も出張したこともなければ、飲みに出かけたこともありませんでした。

お酒を飲み始めたのが38歳からなのです。

それまで一回たりとも出張で家を空けたことのなかった私が、毎月ジェット機に乗って、それも一月に3回のペースで出張し始めたのです。

一ヶ月のうち10日以上、三分の一は熊本に居ないのです。

私自身が面食らっていました。

世の中もコンピューターウインドウズ95が出た頃から、世の中の動きが一変したきたように思われます。

和草堂にもコンピューターを導入し、ホームページを作成しましたが、当時ガジュツ と検索しても100件くらいしかヒットしませんでした。今は62万件以上ヒットします。

世の中の転機と私の人生の転機はあたかも同調しているようにも感じます。

地震、津波、原発事故を通して、政府の無策、電力会社などのやらせ問題発覚など、世の中は一部の権力を持った、都合のよい人たちによる管理下で私たち庶民は動かされていたことを知ることとなりました。

今年7月24日からテレビがアナログ放送からデジタル放送に切り替わりました。

2012年12月21日でマヤ暦が終わっているそうです。

そろそろ今までの時代が終了し、まったく新しい世界がやってくるのかもしれません。

今までの時代に都合を沢山持っている人ほど苦しむ時代ではないでしょうか?

前のブログで、バラドアジャ・リシの預言書について書きましたが、一種の神智学を用いなければ先が予測できない時代かもしれません。

恐らく数年も掛からずに世界は一変すると思います。

悪くなるのではなく、悪い今という時代が終焉するということです。

科学は絶対ではなく、まだ遅れているということが原発事故を通して分かってきました。

今という時代が終焉するのであれば、次の時代を予測しなければいけません。

科学では予測できません。そこで活用できるのが神智学です。

誤解しないでください。神智学は宗教ではなく弁証法を用いた学問です。

唯物論でしか物事を考えることのできないこころの弱い人は、他人に圧力をかけてでも今という時代(権力を持って、都合よく生きている人の時代)を護ろうとすることでしょう!

私は戦いたくありませんので、時が来るのを待とうと思います。

           続きは次回

痴呆症との闘い。



戦後満州から引き上げてきて、貧乏のどん底を味わってきた父でしたが、クリスチャンでおしゃれな、明治生まれの気骨のある、かくしゃくとしていた父でしたので、父が痴呆症になるなんて信じられない思いでした。




まだらボケから始まりますので直ぐには気づきません。2年位たってから、今までの父の考え方とは明らかに違う言動が増えてきて気づきました。



雑誌やテレビ、映画などで、何がなくなったとか、俳諧などいろんな認知症についての症状が知られていますが、12年間も見ていますと、そのほとんどを体験しました。



認知症だと気づくまでが父に対しての私の葛藤でした。そんな父ではなかったはずの父が、少しずつ現実の現象として現れてくるのです。子育て中の妻はもっときつかったかもしれません。



エピソードを一つお話しますと、私は仕事に出かける寸前でしたが、妻がおかしいのです。洗面所でガタガタ震えながらしゃがみこんでいるのです。



父がウーウーといいながらずっと妻の後をついて来るのです。ひと時も離れないのですから妻としては精神的にたまったもんではありません。



妻は震えるだけでなく頭の中は混乱し、様子は尋常ではありません。



私は父をほったらかしにして、直ぐに妻を抱えて家を出て、近くの病院に助けを求めました。



私はその時何を考えたかと言いますと、
・妻がここでおかしくなって家庭崩壊したら、以前の父だったら喜ばないだろう。
・父が後追いしてきて、たとえ交通事故に遭っても相手に文句を言わないし、それどころかこちらから謝ろう。 
・仕事は今日は休む。
      そのようなことを考えていました。


近くの内科病院で順番を待っている間に、妻も精神的に落ち着きを取りもどし震えもとまっていました。



先生から国立菊池病院精神科を紹介され、その足で菊池病院を訪ねました。



精神科の先生に父の様子を話すと、妻と私の様子から察して信じていただき、父を診ることなくセレネースという抗精神病薬を処方していただきました。



本人を診ることなく処方していただけるような薬ではありませんので、そのときの私達の様子は尋常ではなかったのでしょう!大変助かりました。



薬を飲みたがらない父のために液薬を処方してくれました。



最近気が荒くなっていた父を妻は恐れていました。その父に、セレネース液をご飯にかけて飲ませると以前のやさしい父に戻っていったのです。



その時ほど、化学薬品のありがたさを痛感したことはありません。



しかし、弛緩するとか副作用も沢山あることが分かっていましたので、症状が落ち着いた頃、一ヶ月もしないうちに中止しました。



エピソードを書き始めたらきりがありませんので、ウンチ隠し事件とか、着物にネクタイ3本とか、いつか機会がありましたらまた書きたいと思います。

とにかく私は父の46歳の時の子供ですので、周りの友達より早く子育てと同時期に老人介護をはじめていました。

正確には34歳から47歳までの12年半です。

父の介護を通じて多くのことを学びました。

父をどこかに捨ててくるわけには行かないのです。いつまで続くか分かりません。ですので、何も考えず毎日毎日を淡々と!を学びました。

そんな父ではなかった父から、自分の人格をなくしてまでも、私に人生の哲学を学ばせてくれました。今思うとありがたい存在でした。

まだまだ、沢山のことを学ばせてくれました。


    続きは次回

8月1日、2日と税務署から5年ぶりの税務調査がありました。


結局何もなかったのですが、二日間仕事も十分にできず大変迷惑しました。


調べる方と調べられる方、どちらがいいですか?


私はどちらもいやですが、調べられる方(私)は自分にやましいところがなければ単なる自分自身の気持ちの問題です。


調べる方(税務署員)は、調べられる人の思い、いやな奴らだと思う気持ち(負のエネルギー)を浴びるわけですから気の毒だと思って二日間過ごしました。


私が画いた負のエネルギーは私自身にも影響します。しかし、二日間だけです。


税務署から来られた方々は少なくとも税務署を辞めるまでは、調べる先を疑いながら毎日毎日過ごし、調べる先が変わるだけで、負のエネルギーを常に相手先から浴び続けています。


エネルギーは目に見えませんので、何も感じないと言う方も多いかもしれません。でも目に見えないけど、調べると分かる放射能、放射線は怖いですね。


近未来には負のエネルギーを測定できる世の中が出現するかも知れませんよ!


会話の中でついつい言っちゃいました。


私の会社を調べるよりも、特別会計をむさぼっている天下り法人関係を、あなたたちプロの目で調べた方が沢山の税収があるかもしれませんね!と。



2011年8月は「毎月のお便り」としてお客様に
商品と共にお届けしているメッセージです。

2011年8月


倖せになる方法・・・正直に素直に生きる

一つの時代が収束するときは急速に時間が短くなっていきます。

「応仁の乱」のあった1467年から徳川家康が幕府を開き豊臣家を滅ぼした1615年までの約150年続いた戦国時代も、天下分け目の関が原の戦いから約15年で終わっています。

江戸時代は約250年続きましたが、(安政の大獄)大老井伊直弼が桜田門外で暗殺されてから明治維新が成し遂げられるまで約7年で終わりました。

その後開国し幕府政治から明治新政府になったものの封建制度は残っており、八〇年間の軍支配政権も第二次世界大戦の約3年半で終わりました。

気づきませんか?一つの時代が何百年間続こうと、収束する期間は短いのです。

もう一つ気づきませんか?収束する期間ですら短くなっていることを!

収束するにはきっかけがあります。(関が原の戦い)(安政の大獄)(第二次世界大戦勃発)

私は今回起こった東日本大震災?原発事故?何がきっかけかは未来に行って検証しなければ分かりませんが、もしそうだとしたら、あと約1年半くらいで今の時代が収束するのではないか?と思えるのです。。

また、新しい時代は今までとは違う時代なのですから、個人的都合をはずし、深層心理に近い本心、本音で毎日を過ごしていなければ倖せにはなれないでしょう!

原発の爆発によるメルトダウンも最初から起こっていたことが後でばれるし、先月ニュースになっていました九州電力の裏工作もばれて、いずれも会見による言い訳は実に恥ずかしいばかりです。

まだ表に出ていませんが、医療も同じです。まともに研究している方が医療現場の裏事情の実態を知ってノイローゼになったりしています。

今新聞やマスメディアを通して流される情報のみを真実と信じている方は是非自分の知っている情報とまるっきり違う情報にも耳を傾けてください。

自分にとって都合の悪いことを言う人ほど大事な情報源かもしれません。そう思いませんか?

何故なら、嫌われることを分かっていてわざわざ言ってくれる人なのですから。

もしかしたらその人は一番身近なご主人や奥様かもしれませんね!

あなたの未来が健やかで明るいことを思いながら、また、次回。
6時間働くということは、私にとって残りの時間にゆとりを持つことができました。

普通自分で商売をしていたら大概の方は、もっと長時間働かれるのかも知れません。

私の人生哲学からして、一日を四つに分ける人生に気づいた以上、他人にそのことをお話しする上において、それに沿うような生き方をしなければ空論に過ぎません。

当然早く帰宅することになります。早いときには3時ごろには帰宅ているのです。

妻から世間体が悪いので「もう少し遅く帰ってきて欲しい」と頼まれました


妻は「もう少し遅く帰ってきて」といったのであって、決して「もっと働いて」とか「もう少し稼いできて」とは言わなかったのです。


私が働くことを嫌だったわけではないのです。その頃は酒も飲まず、贅沢もしないのですから食べていくだけなら収入は十分ありました。


お金より子供と遊んでいるほうが私にとっては充実していたのです。子供たちは私が全員(3人)最後までお風呂に入れました。


それにしても3時帰宅は早すぎるということで、やがてボーリング場に寄り道するようになり、3時ごろですので広いボーリング場でたった一人で3,4ゲーム投げて帰っていました。


すでにボーリングブームは去っていた頃でしたので、友達にマイボール、マイシューズを買ったことがばれたら、思いっきり笑われてしまいました。


しかし、だんだん上達してくるではありませんか!すっかりはまってしまったのです。ちなみにその頃のアベレージは180以上で、スコアーシートにミスはほとんどなく、帰宅したら家族に自慢していました。


日曜日には家族全員でボーリングをして愉しんでいました。

そこのボーリング場はサービスタイムがあり、一回だけ何十レーンもあるレーン全体で、各レーンの代表が一回だけ投げてストライクが取れたら全員1ゲームタダ(無料)になるのです。


必ずストライクを取りました。子供たちから尊敬されるし、父としての面目を保てていたようです。


私は子供の心理とは、小学生くらいまでは、親の出世やお金ではなく、どれだけ一緒の時間を持ちスキンシップを多くもてるかではないかとその頃から思っていました。


                   続きは次回
和草堂こころ研究所・・・は私の信用を高めると同時に、私自身にも真理を探究させてくれました。

一般的に心理学や哲学は大学や本などで学んでいかれると思いますが、私はその類の本はほとんど読みませんでした。では何で学んだかといわれますと、自分自身で考えたのです。

心理学を専門で学んだ方からすれば、「あなたの心理学は科学的ではない」と言われそうですが、今回の原発事故から考えても、科学こそ絶対ではないことが証明されたのですから、科学的を宗教であるかのように思い込んでいる、科学こそ謙虚である必要があるように思います。

とにかく、その成りゆきも私自身が持って産まれたシナリオなのでしょう!いくらでも深く深く探求できます。

ですので、過去の賢者がどう言っているとか、ああ言っているとか言うことを知りません。本などを読んでの記憶力を必要とする知識はほとんどないのです。

私の考えた(気づいた)ことがどの程度の評価をいただけるかは分かりませんが、実生活にマッチしたことについて考えています。


例えば、本日のブログテーマの『一日を四つに分ける』について考えて見ましょう!


あくまで私の考えることであって皆さんに当てはまるかどうかは分かりません。


一般的に一日を、仕事家庭睡眠の三つに分けている方がほとんどだと思います。すると一つが8時間×3=24時間ですね。


心のどこかで仕事、家庭、睡眠の三つでは何かが足らないと感じるのです。その何かは科学では証明できないと思います。


自分のこころを探求した結果、四つに分けることを考えたのです。


もう一つは”ボーットする”ことです。


ですので、仕事時間もおのずと6時間になりますのでサボっている暇はなかったですね!


当然人によって各々条件が違いますのできっちりと分けることはできませんが、一つの目安として潜在意識にそのように書き込んでいったということです。


ボーットするとは何もしなく瞑想や座禅でもしているということではありません。
何にでもつかえる時間のことであって、基本はボーットすることです。


自分の生き方を試されている時間です。


              続きは次回



30歳代になった私は、20代で失敗したようなことを30代に繰り返していてはいけない。30代は信用づくりと考えた私は、つねづね父が言っていた言葉を実践したいと考えていました。

男は40歳になったら演壇に立てるような人に成らなければならない」です。

その言葉を心に秘めながら、何事にも一生懸命働きました。


結果信用信頼をしていただいたのだと思いますが、39歳11ヵ月のとき福岡県南筑後地区の退職教職者文化祭で、約80人の前で初講演をさせていただきました。



公演時間は1時間半くらいでしたが、演題を「自然からのメッセージ・・・。」として環境問題を話しました。そのあと健康相談会をして欲しいとの要望が出て、別室で15,6名の座談会を3時間以上行いました。


演題はなんでもよいと言われていたので、その頃関心のあった環境問題を演題に選んだのですが、結局私には皆さん健康関連の話を期待されていたようです。

とにかく何事にも一生懸命働いているとまつわる他人から信頼され、また、いろんな閃きや、勘、が働くようになります。

あるとき年格好が同じくらいの、検査結果も同じ程度の胃潰瘍の女先生お二人から相談を受けました。

お一人の先生はガジュツを飲んだだけであっさり快復されました。しかし、もう一人の女先生は全然効果がないと訴えられると同時に、同僚に言えない不満ごとを沢山吐き出されたのです。

するとどうでしょう!のち一週間もしないうちに胃潰瘍が治ってしまわれたのです。

そのとき私の心のどこかに病気の始まりは”こころ”にあることをはっきり確信しました。

それから名刺に”こころ研究所”と書きたいと妻に相談をしたら、時代はこころという言葉を今のように使われていない時代でしたので、「恥ずかしいからやめてよ!」と言われてしまったのです。

それでも私の心から”こころ研究所”の言葉は消えることはなくますます深まっていったのでした。

数ヶ月後いよいよ名刺がなくなる時だったのですが、やはり”こころ研究所”の文字を入れたいという私の熱意に、妻はそこまで思うなら書いたらという一言で「和草堂こころ研究所・・・」が始まりました。

続きは次回




潜在意識を活用するといっても何か特別なことをするわけではありません。

私がやり続けることですから大したことではないのです。

しかし、成功するシナリオになってない人は、こんな簡単なことですらしないようです。というか、成功していない私が潜在意識活用術を教えても信ぴょう性がないということかもしれません。

とにかく、欲しいものや、なりたいことなどを箇条書きにして毎日書くだけのことです。

・万調 皆善 無尽蔵 ・できる できる 必ずできる ・富裕 ・成功 ・幸福

このようなことを毎日書いていました。

今にして思うと、もっと目先の欲望(1000万円欲しい、高級車(社名も書いたほうがよい)に乗りたい、世界一周したいなど)を書いておけばよかったかな?とも考えたこともありました。

きっと叶ったでしょう!それが潜在意識です。

何故なら、バブルの時代もありましたし、今までの人生がもっと金銭的余裕のある人生を送れたのではないかと思われるからです。

でも今現在そのような気持ちはないですね。これで良かったと思っています。一生懸命100%で生きてきたので後悔がないのです。これが私のシナリオなのだと信じているからです。

そのほかにしたことは、毎月一日のお墓参りと、毎日仏壇へのお茶と線香ぐらいでした。

何かをするというより毎日何も考えず潜在意識に将来の夢を託し、ただ一生懸命生きていたように思います。

26歳の時、それまで何をするにも自信のなかった私の心に変化が起こり始めます。

その頃元NHKアナウンサー鈴木健二さんの著書で『30代に男がしておかなければならないこと』『男は20代に何をなすべきか』がベストセラーになっていました。

そのタイトルが私の心に変化を起こしたのです。

”できる できる 必ずできる”となぜ書いていたかといいますと、自信の持てない自分の心の裏返しを書いていただけなのです。

本のタイトルを知って何を考えたかといいますと、もし20代の若者の行動を30代、40代、50代の人が見たときどう思うだろうか?

たとえ失敗しても若造だから仕方ない、と思うだろう!私が年長者だったらきっとそう思うに違いない!と考えたのです。

そのときから一心不乱に今の自分にできることを躊躇することなくやりはじめていました。

結果は99%失敗の連続でした。しかし、何故か信用信頼されている自分に気づき始めていました。

100%で生きていると、実力が不足する分をお陰様(精霊、守護神など)がお手伝いをしてくれることが後に分かりました。

内緒ですが、お陰様は暇だそうです。護っている人のお手伝いをしたがっているらしいのです。しかし、100%で生きている人にしかお手伝いをしてくれないそうなのです。

いよいよこれからが30代です。

     続きは次回

 

彼女と付き合い始めてからの人生は、楽しい変化のある時代を過ごしました。四季で言うなら夏の時代です。


ベストセラー小説『アミ 小さな宇宙人』の中の少年ペデュリートと少女ビンカのごとく、彼女をソウルメイトとして人生の伴侶だと感じていましたので、私は彼女と幸せな人生を送るために成功したいと考え始めていました。

その頃の私は、人生を豊かに過ごすためには何か特別な資格を取得するか、他人より抜きんでた運動能力や楽器などの才能がなければ成功できなと思っていたのです。

しかし、私の人生のシナリオはそれらをことごとく阻んでいました。

ある日、父から薦められるまま、ダイヤモンド社から昭和29年に初版された『信念の魔術』という本を読んでみたのでした。

それには人生を成功に導くための、潜在意識活用の重要性について書いてありました。

ある会社の会長さんから「お前は”信念の魔術”という本を読んだか?」と聞かれ、ちょうど読み終わったときでしたので、「はい読みました」と答えたら「ヨシ!あの本は読んでおいたほうがいい」と言われたとき、やはりこの人も潜在意識の本を読んでいるんだと思ったことを覚えています。

それから私は3回読みました。本の詳しい内容は記憶力を削がれて産まれてきた私には、ほとんど頭に残っていないけど(-_-;)

あの頃TVモーニングショーで「宮尾すすむのああ日本の社長」という番組が放送されていて、数十回放送された中で、数人の社長さんが『信念の魔術』を読んで自分は変わったと言われていました。

あっ!これだ!私のような凡才以下の人間でも神様は平等に人生のシナリオをくれている、と私は確信し潜在意識活用に人生を賭けてみようと思ったしだいです。

世の中、成功している人は、自分自身で意識しようがしまいが、必ず潜在意識を活用していることをその頃知りました。

そのあとずっと潜在意識に関する本を私は探していたのですが、その頃はまだ潜在意識に関する本がありませんでした。すると、私にとっては不思議なことが起きるのです。

仕事帰りの国道沿いに、大きなショッピングセンターがオープンしていて、いつか立ち寄りたいと思っていたので、ぷらっと見物がてら立ち寄ることにしました。

表に駐車場があるのに、何故かわざわざウラの駐車場に止めたのです。

ウラ入り口からショッピングセンター内に入ると、入口の直ぐ横が本コーナーになっていました。

ショッピングセンター全体を見物したかった私が、また何故かどこにでもある本屋さんの、それもレジの正面の本棚の前に立ち、目にしたものが『マーフィー100の成功法則』という本だったのです。

その本をパラパラとめくると潜在意識の文字がいくらでも出てくるのです。これだ!と思った私は、¥1200でその本を買い求め、ショッピングセンターを後にしました。

新装オープンしたショッピングセンターを見たかったはずなのに、そんな気持ちはどこへやら?

人生のシナリオは印籠(決まっていること)を出すタイミングを間違えません。

これからが潜在意識活用、実践の始まりです。

    続きは次回