もっと、ドロドロした感じの宝島かと想像して席に着いたら、元気に明るく楽しくて、進行係のほら吹きレディに乗せられて、歌など歌い、手拍子している自分が居ました。ラスト辺りでは、プラスティックの鉄砲で、海賊退治に参加したし。

 

 不思議の国のおもちゃ箱、サーカス、大道芸が山盛りで、ジム少年も、海賊も、歌って踊って、宝探し。

グロっぽい衣装もなんのその、怪しく怖いシルバー船長も、怖い海賊もカッコ良げで、楽しそう。

 

 でも、この作品は寺山修司への賛歌、挽歌でありまして、冒頭とラストに帽子にトレンチコートの寺山さんが現われて、去っていく。

暗い照明の中、メンバーの手に握られた燭台に火が灯って、寺山修司の屈折した短歌が歌い継がれ、セリフの端々にも挟み込まれて心がざわつく。

 

 ダンスも随所に挟まれ、ラオコーンかネプチューンか、カモメや人魚やイルカを模したダイナミックな振付に心喜ぶ。

 

歌って踊っての俳優さんたちは手練れの境地で、少し胡散臭い海辺の住人たちは見ているだけで寺島ワールド、まああまり毒気はないのだけれど。もう少し、暗い猥雑感が欲しいところだけれど、当初は子供向けだそうだから、そこは無いものねだりかも。

 

 黒色すみれのカルメンや、トーランドっトの替え歌で歌われる歌唱も作品をドラマチィックに華やいで、池袋の地でまさしく「真冬の夜の夢」を堪能しましたです。

 

 

 

 もっと、ドロドロした感じの宝島かと想像して席に着いたら、元気に明るく楽しくて、進行係のほら吹きレディに乗せられて、歌など歌い、手拍子している自分が居ました。ラスト辺りでは、プラスティックの鉄砲で、海賊退治に参加したし。

 

 不思議の国のおもちゃ箱、サーカス、大道芸が山盛りで、ジム少年も、海賊も、歌って踊って、宝探し。

グロっぽい衣装もなんのその、怪しく怖いシルバー船長も、怖い海賊もカッコ良げで、楽しそう。

 

 でも、この作品は寺山修司への賛歌、挽歌でありまして、冒頭とラストに帽子にトレンチコートの寺山さんが現われて、去っていく。

暗い照明の中、メンバーの手に握られた燭台に火が灯って、寺山修司の屈折した短歌が歌い継がれ、セリフの端々にも挟み込まれて心がざわつく。

 

 ダンスも随所に挟まれ、ラオコーンかネプチューンか、カモメや人魚やイルカを模したダイナミックな振付に心喜ぶ。

 

歌って踊っての俳優さんたちは手練れの境地で、少し胡散臭い海辺の住人たちは見ているだけで寺島ワールド、まああまり毒気はないのだけれど。もう少し、暗い猥雑感が欲しいところだけれど、当初は子供向けだそうだから、そこは無いものねだりかも。

 

 黒色すみれのカルメンや、トーランドっトの替え歌で歌われる歌唱も作品をドラマチィックに華やいで、池袋の地でまさしく「真冬の夜の夢」を堪能しましたです。

 

 

 

タイムトラベルものは、トラベラーが移動していった時代での、びっくり感や戸惑いが面白要素になっている。

 今回も、幕末から太秦の撮影所に入りんでしまった、新左衛門の異文化体験のびっくり感が大袈裟でない滑稽感を生みだし、舞台を弾ませている。

 

 鳳月杏さんの描き出す、新左衛門のキャラが共感を呼ぶ。実直で誠実、時に愛らしくて思わず笑顔になってしまう。

思慕する優子殿に近づく男をけん制する振る舞いは可笑しくて、見どころだし、鳳月さん上手すぎ。

 

 この作品の要は、過去の会津藩が登場して、時系列で滅んでいる姿を舞台上で見せていることである。

 幕藩体制の終わり、近代の夜明けの中で、滅びゆく人々の慟哭が胸迫る。

 とりわけ、年若い白虎隊の健気さに涙が誘われる。会津藩の消滅を知り、命ながら得てしまった新左衛門の苦悶する姿が切ない。

 

 この作品でも、小柳菜穂子さんの脚色、演出の冴えが素晴らしい。

無用のすけ撮影シーンのギャグっぽい演技。所長の極端なジェスチャー、作品に溶け込んでおかしさが増す。アホっぽくならないのがすごい。

佳城さん、英さんが、さすが上級生で、しかも楽しんでいるところが素敵。

大楠さんのワイルドな監督さんも上手い。

 

 物語の要はもう一つ。切りあいをしていたときの相手が、少し前の時代にタイムトラベるし、俳優として、巡り合うこと。

 この原作がすごいですね。風見になる風間さんも上手くって、二人の真剣の対戦はどんだけ練習したのでしょうか。力漲って息をのみます。

 

 宝塚らしく華やかなショーの場面も違和感なく盛り込んで、フィナーレも大まじめの銭形平次や、水戸黄門、必殺仕掛人の楽曲で踊る二人はセクシーでしたね。

 

 専科の皆さんの存在感は抜群で、作品に重みが出ました。また、歌やダンスを見せて下さい。

 

 

 土台がしっかり固まっているので、その上に構築された物語は、ぶれずに、しっかりラストまで運ばれていくがために、お話が気持ちよく収まっていく。構造が緻密に計算されていて、沢山のシーンが交通整理されているので、物語の展開に戸惑うことがない。

 物語は渤海という歴史上あまり耳にしない国を舞台にした貴種流離譚をベースにしている。

 身分の高い者が放浪して世界を見て国に帰って善政をするというパターンを見事に使いこなし、哀しく切なくもドラマティックなお話を展開している。

 

 細部の仕掛けもたくさん考えられている。インソンと王妃の結婚式の髪の毛の袋が、別れにまた出てきたりして涙を誘うとか、妹の結婚衣装の赤が、再会したセオンとインソンのラストシーンに使われたり、渤海の歴史書とか、セオンが絵描きというのも後から意味を持ったりして、細かいアイディアに満ちている。

 宝塚は上田久美子さんという、素晴らしいストーリーテラーを失くしたけれど、新たに、平松さんを得て幸いです。

 

 上田さんと平松さんとの違いは、細やかな心理描写が平松作品にはあることです。上田さんは恋愛感情の機微とか、行動の奥に潜んだ心理のあやとかにはあまり興味がないようなのですが、平松さんは少女コミックのようにその辺を大事にしていて、そこが乙女心を刺激します。

 役の配置も見事で、沢山の役を作って、それぞれの見せ場を作っています。ここいらあたりは柴田先生を思い出します。

 

 

 彼女の戯曲は一般の男性作家とは違います。平和主義、フェミであり、宝塚史上初めての主役がBLでありました。フィナーレのデュエダンは男役同士でびっくりです。

 

 乱世を扱う場合には我が国とか、国家とかが声高に叫ばれて、国の為に戦うシーン等の勇壮な話が多いのですが、平松様は、平和主義、個人の命を大事にし、高麗へと、国をあげてエクソダスをします。軍事力が跋扈するきな臭い今の世界の中で、しっかりと、人道主義を主人公に選択させています。

 そして、王妃もディズニーの主人公のように聡明で政治に参加し、刀を抜いて戦います。

 

インソンとセオンの関係は最初は恋と気づかない。しかし、世間や、自分の偏見から自由になって、恋心を発見するのです。成長物語でもあります。

 

 役者さんも、やりがいのある役をもらって、全力で演技してました。作品は役者を育てるのです。

 礼華さんは、時に力が入りすぎがちなのですが、自然体の国王で一皮むけました。彩海さんも、朴訥で、心根の優しい青年をうまく描き出して良かったです。王妃の乃々さんにはびっくり、気品と強さがしっかりと表現されて、演技も歌も抜群で研3とは驚きです。瑠皇さんも美しい悪役でアピールしてました。

 夢奈さんはいつの間にか貫禄十分になっていました。

 やはり、重ねて言いますが、作品は役者を育てますねえ

 ジェシカラング演じる老境の舞台女優を見ていて、日本の森光子を思い浮かべてしまった。

 

「放浪記」を演じて50年、ラストは89歳だった。そのころにはテレビに出ても表情は乏しくなっていて、立ち居振る舞いもぎこちなかったのに、「放浪記」を見たい観客は芸術座に足を運んだ。

 あの店の料理を食べなくては,と似た類の現象が起きて、

森光子の放浪記を見なくてはと、思ってしまったのだろう。

 

 森光子も舞台に立ち続けたいと願ったし、森光子以外の林芙美子は、劇場関係者も、本人も観客もあり得ないと思ったのだ。

 他の俳優では客が入らない。この映画と同じ理由だ。代役不能だった。死後に、仲間由紀恵が演じたが、一回で終わってしまった。

 

 なので、主人公の大女優リリアンホールが、体調悪く、セリフも飛んで、突飛な振る舞いをしても、演出家は彼女の出演に拘るのが理解できた。物語の最後には演出家も彼女が認知症であることがわかっても、初日の舞台を開けることにしたのは少々嘘っぽくもあるのだが。

 

 それにしても、自己の老いに戸惑い、不安に慄き、、否定しようとふるまうジェシカラングの演技は凄すぎる。

 演劇界のレジェンド、リリアンを、70歳を超した身体でもスリムな説得力ある肢体で演じる。威厳があってユーモアがあって、老いてもセクシー。

 

 どうして彼女があまたある映画賞にノミネートされなかったのか、不思議。

 昨年の「アノーラ」の三流新人に主演女優賞をあげたりするのだから、ハリウッド映画界の賞レースは胡散臭いにしてもこのジェシカラングが何にも賞を取っていないには変である。。

 物語自体も、演出、脚本も良く出来ていて、認知症になった人間の戸惑いをよく描き、その後、人生を賭けた女優という仕事を全うしたいという、自己のアイデンティティを賭けたラストは、胸に迫る。

 

 ハイテク遠隔イヤホンで、忘れてしまったセルフをプロンプターが教えるという手立てがあってこそ舞台は成功するのだが、この家政婦さんキャシーベイツとの友情、信頼関係も良かった。

 

 

 

 舞台は大きな舞台装置が動きまわり、イギリ社交界のにぎわいも、豪華絢爛、c’est beau !でありました。

 ワイルドホーンの楽曲は高らかに、時にロック調、耳に快く、組子の皆様、素晴らしく歌いこなしておりました。耳福です。

 

 主人公のブランメルはジュリアンソレルを思い出させる野心家。

平民から身を起こし、貴族社会での成功を意図する自己承認欲求の強い自己中男。その反面、コンプレックスの塊で何とか、強がりを言って、自分自身を奮い立たせる未熟な青年。なので、キャリアアップを目指して、女優の卵の恋人を捨てる。

 社交界の寵児となった後に、再会した恋人は、皇太子の愛人となっていた。

 

 貴族の仲間入りを果たし、成功で有頂天となっていたブランメルは王室をも凌駕しようと、自己愛を膨れ上がらせ、捻じれたな成功欲を持つ中で、皇太子から愛人を奪うという振る舞いに及ぶ。ブランメルは未熟なので、恋心を再び炎上させてしまって、それで身を亡ぼすことになる。

 

 計画的で慎重な野心家だったジュリアンソレルもマチルドへの純愛で身を亡ぼす。ブランメルも同様であるが、その辺の心理をもっと掘り下げて、セリフやシーンで表現されていないので、芝居的に共感しずらくて、しっくりこない。

いつもの生田大和風、処理の下手さがあるのですね。

 

 トーリー党や、ホイッグ党とか出て来るけれど、華世京さんとか、咲城さんとか、シドコロなくて可哀そう。あと少し考察、検証すればグッと、胸に来る悲恋モノとして、成功したのにと惜しまれます。

 

 ショーは大群舞がいっぱいで、迫力十分、オギヨンチャなんぞ、素晴らしかった。朝美絢さんは声量増しましで、存在感がすごかったです。美だし。

今回は目立ったのは、縣千さんが美しくなって歌がレベルアップ。夢白さんは華麗で、パワフルな舞台を有難うです。

 

 

 

 大部屋俳優のヤスは、映画スターの銀ちゃんの付き人をして10年になるが、鳴かず飛ばずでその他大勢のわき役を脱出することができない。金はなく、汚いアパートの一人暮らし。気が優しいが、はっきりしなくて、見栄えも悪いので、全くモテない。

 大学を卒業したのに、俳優の世界にあこがれ、劇団に入っていたが、ある時、銀ちゃんに巡り合う。その時、ヤスの心に火が付いた。このスターが大好きだ。心を奪われ、その時から銀ちゃんに自分の夢をすべて預けることになる。銀ちゃんを実現したい自分に重ねるのだ。自分ではなることができない輝けるスター。それが銀ちゃんだ。それは恋に似た感情である。

 銀ちゃんは自分だ。輝けるスター傍にいられることがこの上ない幸せだ。彼の悲しみは自分の悲しみ。どうにかしてやりたいと切に思う。

 しかし、銀ちゃんの彼に対する態度は理不尽、不機嫌な時に殴られ、嬉しくても突き飛ばされ、挙句の果ては妊娠してしまった愛人を押し付けられる。

 それでも、ヤスは、受け入れる。スター銀ちゃんを輝やかせるために。それは自分が輝くことになるのだから。

 

 倉丘銀四郎は、主演映画を何本も撮っているが、少し落ち目の自己愛ギラギラの映画スター。

 常に真ん中でなくては気が済まず、常に人気や、作品の評価が気になって、不安にさいなまれているので、駄々をこねたり、居丈高にふるまったり、常に精神は不安定。なので、理解不能の暴力的言動に及ぶ。自分銀四郎は思う存分にヤスを手荒く扱う。ヤスは、それを驚くべきことに受け入れ、それどころか、嬉しくもあるのだ。

 共依存の症状である。彼の理不尽はすべて、自分が受け入れる。自分が彼を輝かせるという役目を負っていると思い、銀四郎は自分が支えているという自負心がある。

 銀四郎はヤスの思いを心の底で気づいているので気に食わないので、殴る。

 DV関係にある夫婦のようだ。暴力を通して依存しあっている。

 

 つかこうへいはこの銀四郎とヤスのねじくれた関係を映画の世界で表現した。それ、も、かなり暴力的に荒々しく。

そして、全編に流れているのは映画へのオマージュ。撮影所全体が映画への愛に満ちていることが舞台全体から伝わってくる。

 

 残念なことに、銀四郎の愛人である小夏の扱いは、家父長制の枠を超えていない。忸怩たる思いがするのだが、つかこうへいは昭和の男で、女性を母性と家庭に閉じ込める。

 落ち目のスターでも、俳優という表現者よりも、母親役割を選らばせて、平然としている。

 

 花組のメンバーはこの作品を素晴らしく演じて、高い舞台成果を上げている。

 

 何より、ねじれたキャラクターを解析し、理解し、完璧に舞台上に出現させている。いつもの作品とは全く違う速いテンポのセリフ回し、演じたことのない、見たこともない極端なキャラクター、見事に自分のものにしている。

 スターの銀四郎を美水舞斗さんが軽やかに美しく演じ、うだつの上がらない、滑稽ながらもいい奴キャラを演じ切りった飛竜つかささん、小夏の星空美咲さんは、研3くらいかな、素晴らしい芝居を見せてくれました。

 

 2021年のこの作品、かなりの生徒さん、退団しているのですね。時の流れは速い。

 

 

 

 

 一茶がフランス革命時のパリに現れるというびっくりする筋立てなので、頭の中で整理されにくいお話なので、最初はわけがわからなくて、とっつきにくくて、なかなか、物語に乗れないのだが、シーンを重ねるうちに、そのインテリジェンスあふれる趣向に取り込まれていく。

 

 先ず舞台装置の、在り方が素晴らしい。舞台いっぱいの大きな屏風、少し小さい三つ折り、四つ折りになる屏風が変幻自在に活躍する、俳句を映像を投影したり、屏風にあけた穴に人が立って歌ったり、ただただ驚く仕掛け。

 

 そして、色彩、遊郭のベンガラ格子の向こうに立つ遊女たちの居姿の配置の美たるや。名シーンが次々と現れる

 

 照明も勿論、物語に陰影と活力を与えている。水平撃ちみたいに二階席にまで届くレインボウカラーなんて、目を奪う。

細かくいったらきりがないほどに考えられた舞台で、演出の藤田俊太郎さんの才能にただひれ伏しました。

 

 音楽の美しさ。様々なジャンルの音楽がないまぜになり、「ナイチンゲール」のメロディなんぞ、様々な楽器が醸し出す天国の響き。

 主人公は才能に行き詰まるミュージッシャン。彼の母親は一茶の研究者で、パリで客死してしまうという所から、話は始まるのだが、作品の狙う所は、言葉は、世界を変えることができる。そのテーマを俳句を中心にフランス革命を通じて表現しているのだと解釈した。

 なので、少し、難解なのですね。頭をフル回転させて、舞台を追っていると、いわゆる感情とかが高まらないので不安になって、共感性が宙ぶらりんになってしまう。

 けれど、最後は美しいものを見たな、と強引に納得させられてしまう。作品の持つ力である。

 

 これだけの斬新で美しい作品をもっと見てもらいたいと思うので、ちょっと一言。

私的には母親との葛藤をもっと、主軸に盛り上げていけば、わかりやすく、共感性が高まると思うのだけれどね、下世話になってしまうけど。

 母親になる彩吹真央さん大活躍で、嬉しかったです。情感のある素晴らしい歌唱でした。もちろん海宝さん、岡宮来夢さん,難曲を歌いあげていて、耳福でした。海宝さんの歌声は神ですね。

戯曲、作曲、作詞のモーリーイエストンさんは凄すぎです。和の世界、俳句の世界を世界標準化せて、見せてくれました。

 

 

  落語家の道を選択した助六と、菊比古という二人の男、ライバルとしての宿命を、波乱に満ちたエピソードを交えてミュージカルとして描いていく。

 

 二人は全く正反対、自由で無頓着、八方破れの助六、真面目で、堅物、繊細な菊比古、芸風も、型破りの助六。端正でオーソドックスな菊比古。

 同じ師匠の下で修業しながら、一歩先を行く天才肌の助六に対する菊比古の心理の変遷がみものである。友人でありながら、彼に対する嫉妬、尊敬、押しよせる劣等感、押し返そうとする自己愛のせめぎあいが菊比古を苦しめる。

 一方、時代に取り残されないように、新しい落語を想像しようともがく助六。二人の関係は、芸者のみよ吉を挟んで、さらに混とんとする。芸を巡る想いを縦糸に、一人の女性を巡るメロドラマを横糸に、心に沁みる物語。要所要所に時代を表す歌やダンスが挟まれて、心に残る作品になった。

 

 助六と、菊比古には、過去の実在の落語家の姿が投影されて、あれ、これはあの人かなとか、想像すると楽しい。

たとえば、菊比古には文楽や、円生を想像し、助六には、しん生、立川談志や、林家三平(彼は新作でものすごいで、人気者だった)

 

 心に迫る素敵な作品で、傷つける気はないのだが、お二人は落語家には見えないのでありますね。

 助六さんは、身なりがだらしなくて、自堕落な私小説家みたいだし、菊比古さんは品が良すぎる歌舞伎の女形みたいです。

 

しかし、このことは全く、この作品の傷にはなっていない。落語家像は、梅雀さんがしっかり出しているので、ダイジョブ。

 彼らの仕事は、全く異なる個性を持った人間を対比的に描くことにあるからである。それには十分に「素晴らしい仕事をしています。

 二人の男の間を揺れ動く女性、みよ吉、明日海りおさんのシンパシーある存在感がお芝居に熱さと切なさを与えています。芸者姿、派手なドレス、場末のホステス、貧相なワンピース姿の七変化に目が忙しい。いつものかっちりとした役ではなく、生活感のある、生身の女性姿が見られて感無量でありました。

 子役さんたちの演技も素晴らしく、素敵な作品を見られて幸せです。小池修一郎さんgoodjob。

NHKさん

テレビで放送してくれてありがとうです。

 

 

 

 原作はまるで知らず、公演の紹介と、新潮社の簡単な用語解説を読んだだけで、観劇に臨みました。やはり、独特の世界観や用語があまりよくわからなくて、混乱しました。用語解説だけでも読んでいて良かったです。

 

 しかし、十二国の世界認識について確たる理解がなくとも、舞台は楽しめました。それは、簡素な舞台装置に、くるくると変わる変幻自在の映像と照明の表現力の豊かさのお陰です。

 おどろおどろしい異界の雰囲気や、劇的場面を巧みに表現し、物語へと誘いこんでくれる。

 音楽もまた然り、独特の旋律が心理や激情をを伝えるのに十分効果的だ。

 

 しかし、一番の見どころは、パペットや、影絵のような切り絵だ。次々と襲い掛かる怪獣のような妖怪や妖魔、紙や木で作られていて、それを何人かで担いだり、振り回したりして豪快に操る。その扱いが巧みで紙芝居のような安っぽさがない。

優れた工芸作品を思わせる作りや緻密に考えられた動きで見どころ十分である。この作品の成功はこのパペット群であるといってよいだろう。

 以前、同じく日生で見た「精霊の守り人」ミュージカルのペラペラ感を思い出してしまった。あの演出家にこの舞台を見せてやりたい。(薄っぺらで悲しかった)

 本作品の演出家山田和也さんの実力、彼を中心としたスタッフの腕力を称えたい。

 

 肝心の物語であるが、中島陽子という高校生の成長物語の姿で語られる。前半は意志のはっきりしない、自己肯定感の薄い高校生活が語られ、魔界に侵入してしまったのちも、己の立場がわからず逡巡し、翻弄される。

 

 後半は天命として、王になっていくのだが、その過程がよくわからない。何となく戦いの力がついて、己の使命を自覚していくようなのだが、はっきりその思いが伝わらずもどかしい。

 なので、なんとなく晴れがましい陽子の姿を見て、良かったねと、柚香光さんの凛々しい姿拍手を送るしかない。

 俳優としては原田真絢さん、声の力に圧倒されました。

 

 とまあ、お話の展開がつかめず歯がゆいのであるが、おどろおどろしい異界をさ迷う美しい柚香光さんを堪能出来て満足ではありました。それにしても、光さんは相変わらず「悩める王子様」でしたね(笑)。カーテンコールの白い着物みたいな衣装でくるりと回ってくれて歓声を浴びてましたわ。