24時間テレビでドラマ化された心理カウンセラー長谷川泰三 -6ページ目

24時間テレビでドラマ化された心理カウンセラー長谷川泰三

24時間テレビでドラマ化された心理カウンセラー長谷川泰三の公式ブログ

ある夜、一人の男があなたと共に海岸を歩いている夢を見た。

大空には、彼の人生の一コマ一コマが写しだされ
それぞれのシーンに二組の足跡が砂の上にあるのに彼が気が付いた。

一つは彼のもの、そしてもう一つはあなたのものであった。

人生の最後のシーンが写しだされ彼は後ろを振り返り、砂上の足跡を見た。

彼はその中で何度も、足跡がたった一組になっていたことに気が付いた。

そしてそれは彼が人生の中で最も落ち込み悲しみに満ちていた時であった。


そのことで彼は悩み、あなたに聞いた。

かつて私があなたに 従うと決心したら
あなたは全生涯私に伴ってくださると言われました。

しかし私は、一生の最も苦しかったときに
一組の足跡しかなかったことに気がつきました。

あなたを一番必要としている時に、なぜあなたは
わたしを見離したのか分かりません。

あなたは答えられた。

わたしの最愛の人よ、わたしはあなたを愛している。
そして、決してあなたから離れはしない。

あなたの試みのとき、悩みのとき足跡が一組しかなかったのは
その時わたしがあなたを背負っていたからだ。

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この詩に何度も救われた 長谷川

この詩をもとに作られた歌です。聴いてみてください。『足跡』
 ↓ ↓ ↓
http://www.youtube.com/watch?v=d08X2lN669k&feature=player_embedded
私は本年中に日本においてのカウンセリングの普及

カウンセラーがちゃんと食べていけるようにする為の会社を立ち上げようと考えております。

何故、そのようなことを考えているのかというと、

現在、さまざまな団体がカウンセラーの育成、養成講座を行っているのですが、
実際のところ民間団体の資格を得たところで、日本の平均年収を得ている心理カウンセラー
は一握りであり、大半の方はボランティア、いやそれですら出来ない環境にあるのが実情です。

最近の大学の心理学科は昔とは違い、大人気で入ることでさえも難しい状態になっています。
皆さん、臨床心理士を目指されて頑張っている訳ですが、日本で認められている資格
臨床心理士(認定資格)においても就職が保障されている訳ではありません。

その上、今後たくさんの臨床心理士の方が排出されていく模様です。

国家資格でもない臨床心理士が国からの保証(医師・弁護士・看護士など)も受けられること
もなく、さらに就職及び開業が難しくなることが考えられます。

もし、そのような現実が実際おきた場合(現在すでにおきています)
誰が心理カウンセラーを目指すのでしょう?

実際問題、知識としては大学、大学院において勉強をされている臨床心理士なのですが
自死、虐待、ホスピスケア、不登校、素行不良の子供たち、障害者やその親族の皆様のサポート、
現在問題となっている薬物汚染問題などの自助グループなどとの交流、本当は臨床の経験こそが
心理カウンセラーとしての本当のレッスンとなるはずですが、ですがそこが弱い。

私個人としては幸い、様々な団体との交流、実際の臨床を行えている訳ですが、皆さんが
同じ経験を積めるわけではなと思っています。

ですから、様々な現場の人たちを講師に迎え講演、講義を行い、自助グループの皆様から
当事者の生の声を聞いていただき、様々な問題に対応ができるレッスンを行っていきたい
と思っています。

その上で、集客もふまえたシステム(インターネット予約システム)を開発し、全国でおられる
心理カウンセラーの皆様が一定のトレーニングを受けた上で登録していただくことも考えて
います。

それは、臨床心理士だけに及ばず様々な団体のカウンセラーも含め、日本のカウンセリングに
貢献できることをしたいと思っております。

私、個人の力は小さいものですが、私の友人、知り合いの方のお力を借りて、その業務をやって
いきます。

この会社は利益を追求したものではなく、カウンセラーの皆様、カウンセリングを必要とされて
いる方のために立ち上げたいと決意しています。

日本は社会保障も整っているのにもかかわらず、先進国ではロシアについで二位という不思議な
現象がおきている国です。自死を考えている方のお力になりたい、それをおこなっていくには
皆さんのご支援が必要になります。

どうか、皆さんのご意見を聞かせてください。
質問や提案がある方はこのブログにメッセージを頂くか、
ブイリターン総合心理研究所 長谷川までお問い合わせください。
http://www.v-return.com/

では、よいお年をお過ごしください。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


カウンセラー長谷川泰三のブログ




凍りついた感情


前回のつづき



カウンセラー
「許してください」



わたし
「誰を?親を?婆ちゃんを?」



カウンセラー


「やすぞうさん、あなた自身をですよ。今まで何があったのかはわかりませんが、郵便ポストが赤いのも自分のせいみたいに感じてる」



わたし


「・・・」



カウンセラー


「子供ってのは親の喧嘩でさえ自分のせいだと思っているところがあるんですよ」



わたし


「たしかに、母親からお前は夫婦喧嘩しているとき、いつもゴメンチャイって言ってたらしいです」



カウンセラー


「やすぞうさんは生まれる前に神様と約束してきたんじゃないですか?」



わたし


「何をですか?」



カウンセラー


「わたし、あそこに生まれる!そしてあの人たちを助けるんだ。そう思うからこそ、両親が喧嘩をしたときにやるべきことをしていないって思ったのかもしれませんね。だから自分を責めるんです」



わたし


「・・・」



カウンセラー


「もう、一人ぼっちの刑はやめませんか?あなたは自分を誰にも愛させようとしてきませんでした」



わたし


「父ちゃんが好きだった、愛して欲しかった、でも捨てられた。母ちゃんが好きだった、でも捨てられた」



カウンセラー


「愛してもらって、何て言いたかったのでしょうね」



わたし


「いっぱい、いっぱい、ありがとうって言いたかった」



カウンセラー


「本当はそのありがとうを、お父様、お母様だけに捧げたかったから誰にも助けを求めなかったんじゃないですか?」



わたし


「・・・」



カウンセラー


「今、やすぞうさんの心の中でお父様とお母様との絆が切れています。自分は迷惑で毒で役立たずだと思っているのでしょう。実は、ご両親もあなたと同じことを感じていたのですよ」



わたし


「父ちゃん、母ちゃんが?何で?」



カウンセラー


「ちょっと目を閉じて、子供のころを思いだしてください。ボロボロになっている、一人ぼっちのあなたです」



わたし


「はっ、はい」



カウンセラー


「どんな感じですか?」



わたし


「抱きしめてあげたい



カウンセラー


「それがご両親が感じていた感情です。今のあなたなら分かりませんか」



わたし


「ホンとにですか?」



カウンセラー


「自分は親として失格だ、と自分を責めていたのでしょう。あなたにとって自分が毒だと思ったのでしょう。自分がもし、エボラ出血熱にかかったならば、近くに愛している人を置きますか?」



わたし


「絶対近くに置きません。出来るだけ遠くに置きます」



カウンセラー


「そのとき、どんな気持ちになるのでしょう?」



わたし


「愛してあげたいのに、何もしてあげられない」



カウンセラー


「何もしてあげられない、役立たずという感情をあなたとご両親が同じように感じていたわけですね。感情は共鳴していた。私たちはそうやって、愛すれば、愛するほど、役に立てない自分を責める」



わたし


「親父にも何もしてやれず、最悪な形で死なせてしまった」



カウンセラー


「どうしてあげたかったんですか?」



わたし


「助けてもらって、いっぱいありがとうって言いたかった」



カウンセラー


「やすぞうさんもご両親を助けて、いっぱいありがとうって言ってもらいたかったんですね」



わたし


「そうかもしれません」



カウンセラー


「あなたがイメージでご両親の目になって、一人ぼっちで寂しがっている子供のころのやすぞうさんを見てあげてください」



わたし


「抱きしめたいけど、抱きしめられない」



カウンセラー


「愛している子供を抱きしめられない親の悲しさがわかりますか?」



わたし


「はい・・・悲しいです」



カウンセラー


「今、やすぞうさんは親の気持ちを理解できたようです。天国のお父様、そしてお母様になりかわって、ご両親が本当にしたかったことをしてあげませんか?」



両親からバトンをもらって、かわりに


その子を抱きしめてあげてはどうですか?



わたし


「はいっ、でも凍えて死にそうになってます」



カウンセラー


「聞いてあげてください。私の体はあったかいですかって」



わたし


「うん、ってうなずいてます」



カウンセラー


「その子は泣いてますか?それとも笑ってますか?」



わたし


「引きつった顔で笑っています」



カウンセラー


「では言ってあげてください」



泣きたいときには泣いてもイイんだよ。


きみはそうやって、いつも泣きたいときに作り笑いをしてきた。


わたしは知っている、だって私はあなたなんだから。



カウンセラー


「その子があったかくなって、あなたのあったかいハートの中へ解けて入っていきます。そしてその子はあなたの一部になるのです」



わたし


「いろんなことを思い出してきました。悲しいことだけじゃなく、楽しいこともあった」



そうだ、わたしは一人じゃなかったんだ!




最後まで読んでくれてありがとうございました。





【最後に】


年末が近づいてきましたね、私は正月トラウマ?ってのをもっていまして。


帰るところがないので、異常な孤独を感じてしまうのです。


おっさんになった今でもなおりません。


皆は帰る家がある、家族がある、でも私はずっと一人でいましたので、後遺症みたいなものでしょうか?


今年の正月は孤独を選ぶのではなく、誰かに自分を愛させることにチャレンジしてみようと思っています。



誰か私と『鍋』つつきませんか?



長谷川泰三











22sai



  ↑ ↑ 


ひえ~!またまた出てきたデザイナー時代の写真 






凍りついた感情

前回のつづき






カウンセラー

「私が言っているのは、本当にあなたは悪くないってことですよ」




わたし

「何で涙が止まらないんでしゅか?」




カウンセラー

「泣きたいときに泣きそこねたからですよ。きっと、心にたまり溜まった涙が出てるんでしょ」




わたし

「ダムが決壊したみたいになってましゅカゼ




カウンセラー

「はいっティッシュ、涙と鼻水でスゴイ顔になってますよ」




わたし

「あじがどう」




カウンセラー

「何を思い出したんですか?良ければ話してみませんか?」




わたし

「・・・・」




カウンセラー

「今までズット話さないように頑張ってきたんですね。初めて話しするのですから、ちゃんと話せないのは当たり前、うまく話せなくてもイイですから心にうかんだことを話してください」




わたし

寂しかった!

捨てられた!

ずっと一人だった!

泣いても、泣いても誰もこなかった!


だから俺は一人で生きて行くと決めたんだ!




婆ちゃんところはとても貧乏で、掘っ立て小屋みたいな家でした。


家の柱に折れた電柱使ってて、風呂はマキで炊く五右衛門風呂。


そんなところに8人も住んでて、私が寝るスペースもなく200m

くらい離れたところに共同便所の部屋かりてもらって住んでました。




ご飯食べるときと、お風呂入るときは婆ちゃんところで、

それ以外は邪魔になるから部屋に帰って布団に入って目をつむってました。




三帖くらいの部屋がとても広く感じました。




テレビもない、タンスもない、布団以外何にもない部屋で三年間


一人で何も考えないようにしていました。




その時、ただ怖かったことだけを憶えています。




婆ちゃんも父ちゃんも母ちゃんもみんな余裕が無かったんでしょうね。


誰かが面倒をみてくれているって皆が思っていたんでしょうね。




小学校に上がってしばらくすると、毎月あった仕送りがパタッと無くなりました。






わたし

 


 朝の三時に起きて新聞屋さんでご飯食べて、


 チラシの折込して300部配達して、


 六時半から駅前にたって、もらった新聞10部ほど売って、


 そのお金でパン買って、学校行って、


 帰ったらすぐ隣の石綿工場に行ってご飯食べて仕事して、


 工場にあるお風呂に入って、


 日本語を話せない女の子と二人でテレビ見て、


 部屋に帰って寂しくなったら勉強して・・・・




カウンセラー

「まるで戦後の話しみたいですね」




わたし

 同情はいらん!

 思い出したくもない話しさせないで下さい!




カウンセラー

「そんなに自分を嫌ってはダメですよ」




わたし

「嫌ってない!」




カウンセラー

「いや、そうやって子供のころの自分を遠ざけているじゃないですか。思い出したくもないんでしょ? ずっと無視してる」




わたし

 じゃあ、どうすればイイっちゅーねん?





カウンセラー

「許してください」




わたし

「誰を?親を?婆ちゃんを?」






つづく



24才のやすぞう



24歳の私の写真、同じ人間とは思えない ↑






凍りついた感情

前回の続き






カウンセラー

「さて、今までどんな辛いことがあったか白状してもらいましょうか?」




わたし

「へっ?何のことでしゅか?辛いことなんか一度もなかったでしゅ」




カウンセラー

「では、何故そんなに鼻水たらして泣いてるんですか?」




わたし

「わかんない」




カウンセラー

「仕方ありませんね。では休憩にしましょう♪」




わたし

「へっ?いきなり休憩ですか?」

(やっぱり、コイツなめとる!闇討ちしたろか!)




カウンセラー

「休憩しながら、その感情を感じ続けていてください」




わたし

「・・・」




それから20分くらい、カウンセリングルームでボーっとしてました。






すると、どっかーん!






いきなり頭の中で映像が次々と出てきたのです。




子供の頃、ある日家に帰ると一通の置手紙がお膳の上に置かれていました。




お母さんが書いたものであろう、その手紙を4才の私が読めるハズもなく、


お父さんが帰ってくるのをひたすら待っていたのです。




お父さんが帰ってきて・・・




父ちゃんこの手紙よんで、よんで!

お母ちゃんいないよ!




父ちゃん

「お母ちゃんとこの婆ちゃんとこ行こう」




子供のわたし

「どうして?お母ちゃんどこに行ったの?」




父親は何も言わずに祖母の家に私を連れていき、

祖母と父親が泣きながら話しをしていました。




もうお父ちゃんとお母ちゃんと暮らすことはできない。


その時の絶望に耐え切れなかったのでしょう。


記憶がありません。




気を失ったようです。




かわいそうや!




かわいそうやんか!




それで、この子、一体、誰やーー!






子供のころの記憶が全くと言ってない私が、その子が

自分自身だと自覚するには少し時間がかかりました。




カウンセラー

「古傷が上がってきましたか?遠ざけられた記憶が蘇えってきたんじゃないですか?記憶と感情はセットになってますからね」




わたし

「どういうことでしょうか?」




カウンセラー

「簡単に言えば、感情を感じるとその感情を感じたときの記憶が蘇えり、記憶を思いだすとそのときの感情を感じるというシステムがあるからですよ。やすぞうさん子供のころの記憶ってあまり憶えてないでしょ?」




わたし

「まあ、そう言えば何にも覚えてないね」




カウンセラー

「これから、あなたの感情のセラピーを行います。そして、その記憶とともに遠ざけた感情を癒すことをしていきます。癒すって『考え方』ではなく『感じ方』を変えることですから」




わたし

「そんな、昔のこと穿り返して何になるっちゅーねん!」




カウンセラー

「やすぞうさんは、その奥にしまったハズの感情に振り回されて生きています。簡単に言うと感情アレルギー体質ってことですね。だから感じ方に対しての誤解を解きます」




わたし

「誤解?何を???」




カウンセラー

「あなたは悪くない」




わたし

「うん、俺は悪くないで」




カウンセラー

「私が言っているのは、本当にあなたは悪くないってことですよ」






ズキッ!






またや




何でこんなに涙が出るんや。




俺は一生で三回しか泣かへんって決めてたんや。


そやのに、もう三回も号泣してもた。




もう一生泣かれへんやんけ!!







つづく

先日のつづき








約束の一週間後。




寝不足で目が真っ赤か、

頭はボーっとしていて何も考えられないような状態で

カウンセリングルームにたどり着いた私・・・




カウンセラー

「何かわかりましたか?」




わたし

「はまちゃんが、ふぁらってる、ふぁらってるよ」




カウンセラー

「やすぞうさん、ろれつ回ってませんが大丈夫ですか?」




わたし

「しぇんせい、わたしに何したんれすか?」




カウンセラー

「チョッと薬が効きすぎたようですね(汗)

 どうも、あなたは真面目すぎるようです。

 ホントに人は見かけによりませんね~(笑)」




わたし

「ワレ、何、笑っとるんじゃ!ナメとんのか!」




カウンセラー

「段々、瞬間湯沸かし器みたいになってきましたね」




わたし

「それがどうしたっちゅーーーーねん!」




カウンセラー

「やすぞうさん、ずっと寂しかったんでしょ?」




ドキッ!




カウンセラー

「あなたは今まで誰にも泣き言を言わなかった」




グサッ!




わたし

「なんか分からんけど、なんでやろ?」




何で?




何で?




何で涙が止まらんのじゃ~!




カウンセラー

「怒りの下には悲しみがいっぱい詰まっているからですよ。

 感情のフタを緩めるのに、つりバカ日誌を見てもらったんですが、

 思った以上に効果があったみたいでよかった♪」




わたし

「・・・・・」




カウンセラー

「さて、今までどんな辛いことがあったか白状してもらいましょうか?」





つづく

私は共感能力(エンパシィー)を使って心理状態を分析し


カウンセリングを進めていきます。




簡単に言うと、感情は共鳴する!


ということを言っているわけですが、




この感情の共鳴というものを簡単に説明すると、




誰かからプレゼントをもらったり、


優しい言葉をかけられたりして嬉しい気持ちになったとき


相手に対しても同じように嬉しい気持ちになって欲しいと思い


そのような言動や、行動をします。




逆に文句を言われたり、傷つくようなことをされると


相手に対しても同じように気分が悪くなるようなことをしてしまいます。




意識的にも無意識的にも相手に自分と同じ感情を感じさせようとする


システムが私たちの中にあるようです。




実はこの事を本当に理解するまでにはかなりの年月がかかりました。




何故ならば、私自身の感情がまるで凍りついたように「無感覚」になっていたからです。


心の中に仕舞い込んだ、感じたくない感情がたくさんあるために


まるで、心の痛み止めをたくさん飲むがごとく何も感じないようにしていたのです。




カウンセラーになる前の私は泣くこともなく、笑うこともなく、


心の心電図があるとしたら「無反応」といった感じで、


まるで死んだように生きていました。






周りの人が何を感じているのかも全くわからない・・・


自分の感情さえ分からない・・・




そんな私が人間関係において、うまくいくハズがありません。






問題をたくさん抱え、カウンセリングを受けたときのこと




カウンセラー


「私はあなたをどうにも出来ません」




わたし


「どうしてですか?」




カウンセラー


「感情がないからです」




わたし


「へっ?ほんならどうしたらエエっちゅーねん!


 感情やったらあるで!俺、今ムッチャ怒ってるし!」




カウンセラー


「それは本当の感情じゃありません。まあ、言うならば感情のフタみたいなものです」




わたし


「・・・????」


(その時、完全にコイツ絶対イってしもてると思いました)




カウンセラー


「ええっと、宿題出してもイイですか?それで一週間したらまた来てください」




わたし


「宿題って何をしたらいいんですか?」




カウンセラー


「つりバカ日誌っていう映画あるでしょ。全巻借りてビデオ見てきてください♪」




真面目な私はビデオを借りずに、買ってまで、そのビデオをズット観続けました。


(きっと、何かがあるハズだ。どこにヒントがあるのだろう???)




朝から朝まで観て、




観て




観て




とうとう一週間がやってきました。




一日平均睡眠時間二時間




ズットつりバカ日誌を観ていました。




多分、あの時の私はランナーズ・ハイ状態になっていたと思います。




ぎゃーはっはっはーー!




笑ったのです。


あんなに笑ったことって何年もなかったように思います。




眉間にシワよせて深刻に生きていた私が


アホみたいに大声を出して笑ったのです!




すると、いろんな感覚が出てきました。




はまちゃん幸せそうやん!


好きなことやって、奥さんも笑ってるし、


周りの人たちも笑ってるし、




何で? 何で?




なんじゃこりゃー!




凍りついた感情が笑いとともに溶けていくようでした。




まあ、それからが大変だったのです。


決して感じないように、深海5000mまで沈めていた感情が上がってきたわけですから・・・




つづく









「自信がない・・・ そんな自分のことを好きになれない」




どうしたら自信を持てますか?




という相談が多いのですが、そんな方にこちらから質問してみます。




「今、何がしたいですか?」




「何って?? そう言えば、ここ最近自分のしたいことが分からないんです」




ということです。




きっと、やるベキとこばかり取り組んできた後遺症的なものなんでしょうね。




やりたい事が分からない




心の中でこんなことがおきているんでしょうね。




例えてみると・・・




何人かの仲間がいると創造してくみて下さい。




その中で自分と瓜二つ、まるで双子のごとくそっくりの人がいたとしましょう、


何故かその人は他の人との約束は守るのに、私との約束は必ずブッチする(泣)




そんな友人を好きになれますか?




周りの人との約束だけは守って


自分との約束をおろそかにしてしまうってのも、


何か差別しているようで変な感じですよね。




何回も約束を破った友人とまた約束をしようと思いますか?




思いませんね、


信頼できません。




自分を信頼するってのが自信だとすれば、


約束の優先順位を平等にするってのもイイかもしれません。




他人との約束も大事だけど、




自分との約束も大切♪




最初は「もうイイよ、どうせ他の人を優先するんでしょ!」


と心の中のもう一人の自分が癇癪をあげます。




「もう、いらない!あの時欲しかったけど、今はいらない」




ゴメンね、ずっと無視してて、キミを放ったらかしにしていた。




「それで、何をしたい?」




もう一人の自分に何度も何度も聞いてあげると




「本当に?本当に言ってもイイの?」




と欲しいものが見えてくるかもしれません。




そして、その欲しいものにベストを尽くしたとき




もう一人の自分が




ありがとう♪




って言います。




それが自信というものかもしれません。




最後まで読んでくれてありがとう。


また明日!


明後日から大阪だ♪