ある子供がいました、親にすごく反抗していると想像してみてください。
そんなお子さんのカウンセリングをしました・・・
「何て事を言ってるんだ。お前はちょっとは親には感謝しなさい!」
っていうことを言っても、その彼は言うことは聞かないわけです。
「君もしんどいよな。よくがんばってるよね。クラブして、帰って勉強して、くたくたになって、朝遅刻もしないで、本当によくがんばってるよ。おっちゃんは君ががんばってることわかってるからね」
そういうふうに伝えると、彼は
「そうかな。おれがんばってる?」
と、答えたので、私は
「うん、がんばってるよ」
と返事しました。
すると、彼は、、
「ああ、お父さんにも迷惑かけてるしな。お母さんにも楽させてあげんといかんしな。。。」
自然に彼は両親に対しての愛情が出てきたようです。
私が彼を批判するようなカウンセリングをした時には出てこなかった言葉だと思います。
彼は答はわかっているんです。
ただ、しんどいのを誰かにわかってほしいんです。
この法則がわかるまでに3年ぐらいはかかりました。
ということで、みなさんの人間関係にもこの法則使えるんじゃないかと思います。
参考になれば幸いです。
最後までお読み頂きありがとうございました。
幸せのメカニズム ~アドバイスの罠~ 完
例えば、靴を履いたことがない、どこかの国の人がいると思ってください。
靴を知らないんです。
自分が歩き回って、足の裏が怪我だらけなんです。その怪我だらけの足を見て、何か問題だと思うでしょうか。
ああいつものことだし、足に刺さったとげなんかを抜きながら、ああ毎度のことだと思うだけでしょう。
ところがその人が一足だけ靴を誰かからプレゼントされたと思ってください。
普段すごく歩き回る人ですから、あっという間に履き潰しますよね。
そして靴がなくなるんです。また素足で歩く生活になるわけです。
また自分の足が怪我だらけになるわけですけれども、その足を見た時にどう思うか?
「ああ、問題だな」
と思います。
なぜかと言うと、靴という答を知ってしまったからです。
以前はそうは思いませんでした。
なぜかと言うと、靴という答がわからなかったからです。
これは心理的にも同じことが言えます。
私たちが問題を問題として捉える時に実は同時に答えも見えているということです。
でもその中には、なんか嫌な感じ、悲しい感じ、寂しい感じ、罪悪感etc.
まるでカーテンのように何重にも感情がブロックになっている時に答が見つからないようです。
じゃあ答を教えてあげるのではなく、そこの感情のカーテンを開いていけば自ずとその人の解決策が見えるわけです。
どういうことかと言うと、わかってあげるということです。
「そうすればいいのは分かっている、でも辛い、寂しい、悲しい、しんどい・・・」
その部分を一枚、一枚カーテンを開けていくごとく、共感して認めていくと、その人は自ずと答を見つけ出すのだ。
それが長いカウンセリングの経験の中でわかったことです。
次号へつづく
例えば、誰かの文句を言っている人がいるとしましょう。
「いや、その文句は違うよ、こうでああでね、それは相手を理解してあげてね、こうしたほうがいいと思うよ」
と言えば言うほどクライアントは怒りました。
これが「ああ、だめだな」と思った時に、
「この人って解決方法を求めてるというよりも、そこにある寂しさや苦しさやしんどさをわかってほしいんだな」
って気付いたんです。
そこでカウンセリングのやり方が変わりました。
「ああ、そうですか。しんどいんですね。ああそれは辛かったですね。それは当然そうだと思いますよ」
自然に身についたやり方なんですけれども、それからクライアントさんが変わっていきました。
「おれ、あいつに謝ろうかな」とか、「おれも悪いとこあったしな」
自分で気づいてるんですね。
本当はどうすればいいかっていう結論なんか、最初からわかっていたという感じです。
それにたどり着くまでの、しんどさの部分に関して誰か分かってほしい!
そう思いでカウンセリングに来られたような感じです。
それがわかってからは、
「あ、方法論、解決方法に関してはアドバイスがいらないんだ」
カウンセリングルームのドアをノックした時、電話をかけてきた時に、どこかでクライアント自身がその答を知っているんだということがわかりました。
問題というもの、自らが問題だと自覚し発見した時に、私たちは同時に解決方法までも潜在意識か無意識かわかりませんけれども、答を持っていると言われています。
この事をとっても分かりやすく表現した例えがあります^^
次号につづく
カウンセリングを始めたばかりの私の失敗談です。
クライアントにあれこれ分析をし、よかれと思ってアドバイスをしたのですが・・・
「あんたにそんなこと言われたくない、決めつけないでよ! それはあなたの考え方でしょ?」
クライアントからの苦情ばかりでした。
当時の私は自信がなかったのでしょうか、クライアントに対して心理学で学んだ専門用語のオンパレード。。
相手は全く理解などしてはくれません。
当時の私のアドバイスはあまり効果がなかったようです。
本来、心理分析はクライアントの苦しみや悲しみを理解するために使うもの。
そこに焦点を当ててお読みください。
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昔、カウンセラーの勉強をして、プロになりたての頃の話なのですけれども、私は自信がないから、心理学で学んだ法則をクライアントに押し付けていました。
「ここが悪いんだよ。こういうふうにすれば問題は解決されるよ!」
そういうアドバイスばっかりしていたんです。
すると相手にうるさがられました。
これをクライアント、お客さんだけではなく、友人に使うと大変な目にあいましたね。
特にこれを恋人とか夫婦間で使うと大変な目にあいますから、気をつけてくださいね(笑)
特に学びはじめの頃です。
「心理分析は他人に使うものではなく、自分に使うもの!」
このことを頭によく叩きこんでおかないと、心理学を学びそれを人にそのまま教えようとすればするほどあなたは嫌われます。
「あんたにそんなこと言われたくない! 人の心を勝手にのぞかないでよ」
という感じです。
言っていることが批判的に相手は感じるみたいです。
よかれと思い、あなたが心理学で学んだ法則をあれよこれよと伝えれば伝えるほどあなたの友達は減っていきますから、そこは肝に銘じておいてください。
そういう私だったんですけれども、お客さんにアドバイスすればするほど相手の気持ちが引いていく。
今でこそ、心理分析士という仕事について、お客さんの的に当たった、思いやりを持った心理分析。
特に相手の痛みとか悲しみを共感するための心理分析をやっているわけですけれども、やっと板に付いてきた感じがします。
それは20年間の修行によるものだと思っています。
最初の私はそうではありませんでした。。。
次号へつづく
家族の役割 その③
「チャミーマスコット、ピエロ」
ピエロって言うのはね~
サーカスにいるでしょ?
大きな玉に乗ってコロコロ回しながら曲に合わせて
何かをやっているピエロですよ。
ピエロさんの顔を見てください“顔”
口がニッて笑っているんだけれども
目が泣いているんですよ
涙が書かれています。
泣きたい時にも笑うニコニコ〃ニコニコ〃って 涙をこらえて
グット笑う
笑う事しかできないって言う人を
チャミーマスコット、ピエロと言います。
「スケープゴート」
スケープゴートと言うのはね~
家族の中の問題を外に引っ張り出すために
暴力事件や少年非行やいろいろな犯罪をやって
警察とかの外からの介入を得て
やっと、家族の中の問題が家の外に出るような
役割を持つ暴れん坊みたいな子供や人
「家なき子」
最後に家なき子は、「私は、何もできない!」
「私には、居場所が無い!」
ごめんなさいね~、ごめんなさい、ごめんなさい
と言うような感じの子や人です
この5つのパーターンから家族の役割は作られます。
複数のパターンから成り立っていることもあります。
家族の役割 その②
家族の役割は
まるで椅子取りゲームの様にキッチリとその椅子に座るんですね~
例えば
お父さんは、「ヒーロー」になって
みんなを背負い頑張るぞ~って家族のために
身を粉にして頑張るわけですよ~
お父さん頑張って~みたいに
で、お母さんは
私が我慢をして子供達や家族が幸せになればいいのよ~って
私は、日陰でいいから
私は、食べんでいいからみんなが、お食べ~、はよ~食べ~みたいな
そんな、母さんみたいな生き方をする人を
「殉教者」といいます。
質問
心理学の勉強をしていて「家族の役割」と言うものを知りました。詳しく教えてください。
回答
“家族療法”と言う家族の問題を解決していくやり方の中の1つですね!
この「家族の役割」は、大まかに分けて5つあるんですよ
「ヒーロー」
みんなを背負って「よ~し!頑張っていくぞ!」と言うような皆が「ヒーローさん頑張って~!」と言うようなね~役割を家族の中でに引きうける人
「殉教者」
この家族の為に私は海にでも沈みます!みたいな感じの人
「チャマー」
これは、いろんな呼び方がありますがね
チャーマーマスコット、ピエロとか、そんな風に呼ぶ場合もあります。
「スケープゴート」
暴れん坊(問題児)的な、役割を演じる人
「家なき子」
ここに居場所が無い、私に居場所が無い、家が無くってうろうろするような役割
この様な5つの役割に僕たちは、はまります。
もしくは、幾つか持ち合わせると言われています。
まるで椅子取りゲームの様にキッチリとその椅子に座るんですね。
この役割と言うのにはね、目的があってその役割があります。
みんなね、家族を助けたいという想いがあるんだよ!
ただしね!その原動力は“やらねばならぬ”という感じですね~
“やりたい”と言うより、
“こうしなければならない”と言う感じでやるやり方
助けたいけど、助けられない
じゃあ!この役割を背負って頑張って行こう
みたいな感じで。
次号に続く
でも更に深くいくと・・
僕は昔、親に捨てられ、暴走族に入り、車椅子生活になるような大事故を
起こし、神経痛に悩み、痛み止めのための大量の薬を持ち歩き、そこから
逃れるために何度も自殺を繰り返し、病院に入り、結婚や離婚があり、
その度にまた悩み、死ぬことを考えたりなど、いろんなことがありました。
古傷は、炭のようなもので、火をつけると燃える、燃えているとき、あまりにも
熱いので、水をばっとかける。
炭に水をかけると何になるでしょう?
炭に水をかけても、炭はすみのままで、また同じ環境や状況になったときに、
フラッシュバックというが、また火のついた状態となる。
また熱いから水をかける。炭の状態が心の中にあるとき、私たちは振り回されて
いる状態になる。
そこに近づかないように、そこから逃げるように生きるが、逃げきれずに、
また同じような状況になる。というのが古傷に振り回されている状態。
心の中ではその古傷を記憶から消したい、なかったことにしたい、と思っている。
癒されていると、バラバラの杭に点と点を結ぶひものように結んでいくと、
流れが見えてくるというか、まるでパズルが埋まっていくように、なるほど~
こういう意味でこういうことが起こったのだと、今歩いている人生、道が、
これをするためにあの出来事があったのかと、全ての出来事、全ての嫌な
体験、全ての喜ばしい体験がつながる。
これを体験したときに、僕らの人生は全てがOKになる。
責めることも、正すこともなく、全てがOK!と思えたときに、過去に失敗が
ない訳だから、未来にも失敗がなくなる。
未来を信頼して、安心した状態で、未来を迎えることが出来る、冒険が出来る、
チャレンジできる、そこにドキドキとワクワクがある。
僕はこれが 『癒された』 状態の一つだと思っている。
全ての出来事が、点と点が線で繋がって、行く先の道を照らすようなとき、
これが私の人生なんだ、なるほどな~と、全てが繋がって明るい未来が
見えたとき、 『癒された』 と思うのではないでしょうか。
結果的に、車椅子になることで、いろんな人を頼ることが出来て幸せになれ、
車椅子が僕を幸せにしてくれたのだと、本当に感謝しています。
この車椅子に、この身体に。
車椅子になったトラウマというのが、癒された。
車椅子に乗ってなかったら、たぶん僕は死んでいたと思う。
そのようなどうしようもない生き方をしていました。
車椅子に乗って人の愛を感じられるようになって、カウンセラーという職業に
就いて、いろんな人に助けられながら、それまでは親に捨てられたと思って
傷ついていたので、こんな自分は誰から愛されるのだろうか、と思い、誰にも
頼らずに一人ぼっちで生きてきました。
でも今は一人ぼっちではなく、いろんな人に助けられながら生かされているんだ
なと思えるようになったからこそ、車椅子になってありがとうと言えるようなった。
これが私の考える 『癒し』 の一つです。
2013/7/23 #2
質問
本やセミナーなどで 『癒し』 という言葉がよく出てきますが、分かったような
分からないような感じがします。
いい気持ちや、楽な気持ちになること、ため込んでいた感情が解放されること、
今までと違った物の見方が出来るようになることが 『癒し』 だと自分では理解
しています。
でもこれは表面的な理解で、もっと深い理解があるような気がします。
長谷川さんの長年の経験をもとに、『癒し』 について教えてください。
回答
あなたが理解されているように 『癒し』 には、気持ちが楽になったり、
ものの見方が変わったなどという要素があります。
その中でも、「ものの見方が変わった」ということに重点を置いています。
例えば、過去に辛いことがあって、それを思い出すだけで辛くなってしまう。
ということがしばしば起こってしまう状況のことを「フラッシュバック」といいます。
その時は苦しかった、でも今の現状を考えるとそれほど辛くはないけれども、
少しでもそれに似たような環境や状況になったときに、まさにあの時の、底なし
地獄に引きずりこまれる感覚があるときに私たちは、古傷(トラウマみたいな
もの)に振り回された人生になる。
「そんなこともあったね」と笑って過ごせるようになったとしたら、見方が変わった
ということ。
深刻な出来事について、笑って話せるようになったということは、本当に癒された
人にしかできない必殺技です。
笑うことは出来なくても、古いアルバムをめくって一瞬心が辛くなるけど
それに振り回されることなく、次の日に元気に仕事に行けて笑顔を出せる、
そんな状態が 『癒される』 ということです。
でも、更に深くいくと・・・ その②へ続く
2013/7/23 #1