例えば、靴を履いたことがない、どこかの国の人がいると思ってください。
靴を知らないんです。
自分が歩き回って、足の裏が怪我だらけなんです。その怪我だらけの足を見て、何か問題だと思うでしょうか。
ああいつものことだし、足に刺さったとげなんかを抜きながら、ああ毎度のことだと思うだけでしょう。
ところがその人が一足だけ靴を誰かからプレゼントされたと思ってください。
普段すごく歩き回る人ですから、あっという間に履き潰しますよね。
そして靴がなくなるんです。また素足で歩く生活になるわけです。
また自分の足が怪我だらけになるわけですけれども、その足を見た時にどう思うか?
「ああ、問題だな」
と思います。
なぜかと言うと、靴という答を知ってしまったからです。
以前はそうは思いませんでした。
なぜかと言うと、靴という答がわからなかったからです。
これは心理的にも同じことが言えます。
私たちが問題を問題として捉える時に実は同時に答えも見えているということです。
でもその中には、なんか嫌な感じ、悲しい感じ、寂しい感じ、罪悪感etc.
まるでカーテンのように何重にも感情がブロックになっている時に答が見つからないようです。
じゃあ答を教えてあげるのではなく、そこの感情のカーテンを開いていけば自ずとその人の解決策が見えるわけです。
どういうことかと言うと、わかってあげるということです。
「そうすればいいのは分かっている、でも辛い、寂しい、悲しい、しんどい・・・」
その部分を一枚、一枚カーテンを開けていくごとく、共感して認めていくと、その人は自ずと答を見つけ出すのだ。
それが長いカウンセリングの経験の中でわかったことです。
次号へつづく