うみねこ島 ベストセラー以外の本を読みたい人のために

うみねこ島 ベストセラー以外の本を読みたい人のために

ベストセラーやポピュラーな本もいいけど、ちょっとつまらない、物足りない、
という人もいるでしょう。

このブログは、中世ファンタジーでなくても、魅力あるヒーローは作れることが実感できる
「黒ねこサンゴロウ」シリーズをみなさんに紹介するために開いております。

ブックセラーズ・ダイアリー ショーン・バイセル/矢倉尚子訳

 

ちょっと皮肉屋の古書店店主が書いた日記、

なだけなのだが、なんだかつい読み進んじゃう。

どこまでが本当かわからない、

著者のグチだけで一冊読んでしまうという、不思議な本。

 

それにしてもおかしな客ばっかりだ。

この店の特徴なのか、イギリスおよび世界の古書店はみんなこんなものなのか、

それともすべての“店”はこんな客ばっかなのか。

 

時間をかけて何冊も読み、何も買わず、本も戻さず出ていく客。

(買わないのを“客”と言えるのか)

こんなのは序の口だ。

 

書名を聞き出して、おそらくAmazonで買おうとする電話の主を

うまくあしらう著者のエピソードは笑える。

 

古書店の場合、買い取りもある意味“客”だ。

こっちもすごい。

まあ、自分が思うほど蔵書に金銭的な価値はないってことだよね。

 

それにしても店員ニッキーの、傍若無人の振る舞いが強烈だ。

それなのに、店主はニッキーを雇い続けるし、

夜遅くまで一緒にビールを飲んだりする。

そう考えると、ニッキーに対する毒舌は「盛ってるよね?」と思えてくる。

グリーン・ノウの子どもたち ルーシー・M・ボストン/亀井俊介訳

 

このシリーズ、知らなかった。

三辺律子(ジョーン・エイキンの翻訳者)さんの新聞コラムで知った。

 

イギリスの男の子が、ある事情で郊外にある(ひい)おばあさんの家で過ごすことになる。

そうなると思い出すのはフィリパ・ピアスの『トムは真夜中の庭で』(1958年)だよね。

本書(原書)は1954年だから、執筆年も近い。

 

すごく似ているところもある。

ネタバレになるので詳しく書かないけど、

本書の方が、やや“幻想味”がある。

そのため、少しわかりにくいところもあるけど、

そこが本書の味でもある。

 

もちろん『トム』は名作だと思うけど

本書もそれに匹敵するんじゃないかな。

こっちは6冊のシリーズなので、ほかのも読んでみる。

『トム』の雰囲気が好きなら、本書も気に入るかも。

ふつうのオオカミたち セス・キャントナー/池澤綾羽訳

 

「アラスカで生きる」ことが書かれている。

書名や装丁からして、野生動物のことが多く書かれているのかと期待したのだが

そうではなく、人間視点。

(オオカミ視点のものが幕間的に挟まるが)

小説の形をしたノンフィクションとして受け止めるのが

いいんじゃないかと思う。

 

舞台はエスキモーが暮らすアラスカのへんぴなところ。

1960~1980年代。

主人公は父親と一緒にそこへやってきた白人で、

白人はエスキモーたちからは差別されている。

(世界中の少数民族に対する差別の逆バージョン)

 

犬ぞりだった移動手段がスノーモービルに替わったり、

国から巨額の補助金が出たり、

エスキモーたちの環境がどんどんと変わっていく姿が

すごくリアルに描かれている。

北海道やアマゾンなどとちょっと共通するところと、

アラスカ/アメリカ独自のところがあって、

なかなか興味深い。

 

全体にいろんなものが“対立するもの”として描かれているところが

西洋的というか、アメリカ的だな、と感じる。

野生動物と人間

僻地と都会

伝統的な暮らしと現代生活

少数民族と白人

など。

 

とくに「野生動物と人間」の扱いは

なんか「米国人らしいな」という気がした。

いや、あまり一般化してもいけないか。

馬のこころ――人の相棒になれた理由 瀧本彩加

 

馬を触りに行きたい!と思う本。

人間にとって大事な動物(というのもちょっと引っかかりがあるが)としては

猫と犬が一番重要だが、

馬もそれに匹敵するな、と思わせてくれる。

 

馬同士、馬と人、この間でのコミュニケーション能力がいかに高いか、

それがサブタイトル「人の相棒になれた理由」なのがひしひしと伝わってくる。

 

本書に出てくる、日本在来馬の一つ、都井岬の御崎馬がこれ。

 

著者さんが研究者なので、論文をベースにしたしっかりした内容。

ただ、パンピーにとっては、論文による厳密さと積み重ねの、

一般化したロジックがちょっと苦しいときもある。

もう少し、(一般化はできないとしても)エピソード(がもっとあるはず)を

ちりばめてもらってもよかったかもしれない。

 

「馬とのつきあい方」について、

もっと私的な面に踏み込んだものとしてはこれがある。

どっちのアプローチも大事だしおもしろい。

 

動物がらみでは『電柱鳥類学』とか

 

『カイメン すてきなスカスカ』とか

 

岩波科学ライブラリーにもおもしろいのがいっぱいあるよね。

ヒロシマめざしてのそのそと ジェイムズ・モロウ/内田昌之訳

 

「アメリカノリ」がずっと続くのかな、と思っていたら、

読ませどころ1カ所と、意外な展開があった。

 

第2次大戦中の米国海軍が火を噴く巨大トカゲを開発。

実戦に使うのは難しいので、この着ぐるみがミニチュアの日本を破壊するシーンを

日本の使節団に見せて降伏させようとする。

書影を見てもわかるけど、ゴジラだよね。

 

著者はB級や特撮の映画好きなんだろうな、と思わせながら、

アメリカーンな感じで話が進むけど(個人的にはあまり趣味ではない)、

ひとまずの終着点、トカゲが暴れるシーンは迫真だ。

読み続けてよかった。

 

ところがその後、意外な方向に展開していく。

広島・長崎の原爆投下の被爆者がテーマになっていくのだ。

そうなって初めて書名に「ヒロシマ」が入っている意味がわかる。

 

おそらくこれが、著者が本書で書きたかったこと(の一つ)なんだろう。

でもどうだろうなあ。

ちょっとこのつなぎは苦しい気がする。

 

ただ、この部分がなかったら、単なる“お気楽なアメリカ小説”にすぎなかった。

出来がどうかは別として、これが本書を「記憶に残るもの」にしている。

夜明けのハントレス 河﨑秋子

 

『肉弾』や『ともぐい』を少しマイルドにした。

そう書くと、著者さんは不本意に感じるだろうか。

 

前掲2作や『土に贖う』『愚か者の石』などは、重い。

“野性”や“北海道の自然”という重さを

より深く描くのが河﨑さんの独特の魅力だと個人的には思う。

でも、「広い読者層」にアピールするのは難しいかもしれない。

 

本書は『銀色のステイヤー』のような

“広い範囲の読者が楽しめるもの”になっている。

でも、ラストの第5章あたりで

ふつふつと“個性”が湧き上がってくる。

 

“広い読者層”と“重い個性”のバランスが

うまくとれた作品なんだと思う。

 

なんか優等生的な主人公のマチが最後に突き進む道は

なかなかカッコイイ。

ひねくれた勇吾のキャラは、後半に予想通りになるけど、

これもいい味だ。

こういう“わかりやすさ”も書ける人なんだよなあ。

 

 

 

 

ジートコヴァーの最後の女神たち カテジナ・トゥチコヴァー/阿部賢一、豊島美波訳

 

かなり実在の人物やできごとを元にしたもの。

これだけのことを著者が調べたのなら、ノンフィクションとして書ける。

ではなぜ小説という形態にしたのか。

 

それは、読者の心にどれだけ響くかが違うからだ(と著者が考えたんだと思う)。

実際、こういう素材のノンフィクションだったら手を出していなかっただろう。

新潮クレストブックスだったから読んだし、

読んでみれば、確かに心に刺さった。

 

タイトルの「女神」とは薬草や占いで、相談に来た人の悩みを解決する女性たちのこと。

以前の西洋で魔女裁判にかけられたのは、こういう人たちだったかもしれない。

巫女やシャーマンとも呼ばれるような女性たちは、

おそらく世界のどこにも、そして日本にもいる。

迫害を受けたかどうかはいろいろだろうけど。

 

だが、科学が進み、人々の意識が変わるにつれ、

彼女らの揺らいでいく。

という文化的な話が基本。

 

だが、それだけではない。

チェコとスロバキアの国境近くの貧しい村。

それがナチス・ドイツのプロパガンダや、大戦後の共産主義体制、そしてその崩壊に

人々が翻弄される姿が克明に描かれている。

 

これをノンフィクションとして書かれていたら、

とくに日本の読者は読むのがつらかろう。

いや、そもそもなかなか読もうと思わないよね。

 

調査やインタビューという研究やジャーナリズム的なスキル、

そして読者をひきつける物語と筆致。

著者は、この両方を備えた人だったわけだ。

訳者あとがきを読むと、そのほかに、美術キュレーター、人権活動家という面もあるそうだ。

「本書は歴史書ではなく、あくまでも小説である」(訳者あとがき)

 

そして小説であることを突きつける、衝撃のエピローグ。

シュレーディンガーの少女 松崎有理

 

ものすごく“理学部系”(工学部系ではなく)のSFを書く作家さん。

これまで読んだのは、

FよりもSにだいぶ寄っているところに

ちょっと物足りなさを感じていた。

 

ところが本書冒頭にある「六十五歳デス」は

これまでになくFに寄っていて、

“胸アツ”な物語になっている。

いいじゃん。

 

残り5編はやっぱりS寄りだったけど。

 

その中で「ペンローズの乙女」は

宇宙の終わりまで時間軸を延ばしている。

質量があるのはダークマターとブラックホールだけになり、

そしてブラックホールも蒸発して宇宙が終わる。

これはまた振り切っていていいねえ。

 

その話の部分と(無理やり)絡められたF部分の、救いのない終わり方も悪くない。

焦げついた影 カミーラ・シャムジー/松本朗訳

 

何本かの糸が絡み合い、離れ、そして再び交わる。

世界という織物の中での糸たちが輝いて見える。

“物語”というものを存分に味わえる作品だ。

 

原爆が落ちた長崎、独立したパキスタン、混乱したアフガニスタン、

9.11を経験したニューヨーク。

互いになかなか理解し得ない地域の間を

著者はみごとな手さばきで糸を通していく。

 

パキスタン生まれで英国在住の作家が

原爆投下時の長崎の情景をこんなにリアルに描けるのか。

(日本に訪問したことはない)

おそらくアフガニスタンも同様だ。

この人の描写力、そして時代背景の書き込みの深さはすばらしい。

 

7人ほどの主要登場人物の一人称視点が頻繁に入れ替わるスタイルも

読者にとてもなじむ。

 

そして魅力的な人物。

類型的な性格・内面を持っていないところがいい。

とくに主人公である寛子がいい。

この人の達観は、とても安心感を与えてくれる。

 

そしてほかの登場人物も、ものすごくナチュラルに生きている。

「こう生きるしかなかったんだよね」という感じ。

 

長い旅に出たあとに帰ってきたような充実感が残る。

星旅少年6 坂月さかな

 

カバー絵と口絵だけで十分な本。

 

トビアスの木と303の話は

もうよくわかんなくなってきちゃった。

モノレールの運転士の子のような

単発のエピソードがもっと読みたいな。