うみねこ島 ベストセラー以外の本を読みたい人のために

うみねこ島 ベストセラー以外の本を読みたい人のために

ベストセラーやポピュラーな本もいいけど、ちょっとつまらない、物足りない、
という人もいるでしょう。

このブログは、中世ファンタジーでなくても、魅力あるヒーローは作れることが実感できる
「黒ねこサンゴロウ」シリーズをみなさんに紹介するために開いております。

わたしは孤独な星のように 池澤春菜

 

「職業池澤春菜」の作家としての名刺、というところかな。

声優、書評家、エッセイスト、日本SF作家クラブ会長など、

多彩なことをやっている著者だが、

「小説家」としての名刺も手に入れた。

 

ヘンに斜めに構えたものではなくて、

オーソドックスなアプローチでの、シンプルな”SF”。

なので、十分に楽しめるんだけど

“記憶に残る”かというと、それはちょっと別。

 

“池澤春菜が書いたSF”として読むのが一番いいんじゃないかな。

 

判型より数%天地が足りないカバーサイズ、

呼び名がわからないが、変わった表面加工の紙を使ったカバー、

ニス引きしたのかどうかよくわからないけど、

そんな感触のあるカバーの手ざわり。

このカバーデザインはオシャレでいい。

シャドウプレイ ジョセフ・オコーナー/栩木伸明訳

 

ロンドンにある劇場の支配人と、2人の人気俳優による

18世紀末の話。

3人とも実在の人物で、劇場支配人は

『吸血鬼ドラキュラ』を書いたブラム・ストーカー。

 

どのように『ドラキュラ』を書いたか、にはそれほど力点がない。

3人が生きた時代と舞台演劇が、

そしてなによりもストーカーとほか2人の人物がイキイキと描かれている。

 

場面描写の打ち切り(切り替え)方が上手で、

ダレる感じのところがあまりないのが印象的だ。

 

『ドラキュラ』やシェイクスピアなどを知っていると

より楽しめるのかもしれないし、そのための訳者注も親切だが、

そこはスルーしてもだいじょうぶだよ。

 

「ドラキュラ」とか「フランケンシュタイン」は

どういう内容か(あるいは設定ぐらいは)現代人でも知っているだろう。

しかし著者の名前はおそらく知らない。

それは本として読まれていないからだ。

 

それは著者としては残念かもしれないが、

そもそもストーカーは生前、これほどドラキュラが広まったことを知らなかったようだ。

 

著者名は知られず、本も読まれていない。

なのにだれもが「ドラキュラ」を知っている。

つまり一般名詞になったってことだよね。

それもすごいことだなあ。

プチプチ プチプチ文化研究所

 

プチプチを登録商標にした川上産業、

以前からおもしろいことをやっているなと思っていたけど、

その勢いは全然止まらず、

「こんなところまで来ていたんだ!」というオドロキが詰まっている。

 

最初は”おあそび”に近いものだったのかもしれないが

現在では社業自体が進化していると言えるんじゃないか。

それもこれも、1994年にこのキラキラネームを

商品名と登録商標にしたことに原点があるように思う。

 

一番感動したのはカバーの加工。

ある角度から見ると、実際にプチプチに包まれているように見える。

が、実際には平面。

印刷じゃなくてPPが特殊なのかな?(触った感じだと)

フリースタイル言語学 川原繁人

 

言語学の本と言うよりは、

言語学者である著者の本。

“エッセイ”と言ってもいいかもしれないから

ずんずん読める。

 

読み手を引き込む学者の文章ということでは

福岡伸一みたいだが、

もっと個人的な話で楽しませてくれる。

 

同じ著者の『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』もおもしろかった。

 

言語学の方の話で一番おもしろかったのは

「にせだぬきじる」と「にせたぬきじる」の違いを

日本語話者がある程度認識しているってことかな。

あと「にせ+たぬき=にせだぬき」なのに

「にせ+とかげ≠にせどかげ」にならない理由。

 

本書を読もうと思ったのは2024年6月に放送された

スイッチインタビュー「上白石萌音×川原繁人」で紹介されていたから。

そしたらダンナ、そのエピソードがもう注に入っているじゃあーりませんか。

エルデーシュ・ベーコン数(ナンジャソラ)のところ(p.291)。

なので、買うなら2024/7/15発行の5刷以降をオススメする。

 

こういう突拍子もない本に、この装丁をぶつけてきた

装丁家坂川朱音さんもなかなかやるよな。

ドルフィン・エクスプレス(三日月島のテール)

 

“永遠の再読書”黒ねこサンゴロウシリーズは全10冊。

読み終わったあとに、「もっと読みたい」という気持ちを受け止めてくれるのが

ドルフィン・エクスプレス(三日月島のテール)シリーズ5冊だ。

 

舞台設定は同じで、主人公が

船を使った宅配便の配達員、テールに代わる。

でもチラホラサンゴロウも大事なところでちょっと現れる。

 

テールも筋の通ったヤツで、

5冊通して読めば、だんだん好きになっていく。

ただ、マジメ度が高いところがちょっとね。

サンゴロウのようなヤバさ(“やみ”)が少ないのがおしい。

 

といっても、サンゴロウのように完全に個人で生きているのではなく、

宅配業者の社員である以上、仕方がないか。

その制約の中で行動するかっこよさはあるんだけど。

 

本シリーズはもともと黒ねこサンゴロウシリーズと同じく

A5判上製だったが、2022年に四六判並製として再発行された。

 

装画が描き直されていて、見比べるとちょっとおもしろい。

目がつり上がって、ちょっとトゲのある感じだったテールが、

少しやさしい感じに変わっている。

幼なじみのジョナ(テールの左)は

だいぶ子どもっぽかったのが、テールの年齢に近い女性(オンナ猫?)になっている。

 

“手に取りやすさ”では改訂版の方が有利な気がするが、

このシリーズ(と黒ねこサンゴロウシリーズ)が持つ、

“ウェット”な感じは、前の絵の方があったかもなあ。

 

黒ねこサンゴロウシリーズはこちら。

黒ねこサンゴロウ 竹下文子文/鈴木まもる絵

 

何度目かの再読。

再読回数が一番多い本だと思う。

 

とにかく、主人公サンゴロウのかっこよさにシビれる。

カッコイイ主人公が出てくる物語にはあまり興味がないのだが、

本シリーズは別格だ。

 

自分の思うこと、決めたことに従って行動し、

その結果は受け入れる。

(もちろん、他人に迷惑をかけないことは重要だが)

その輝いている姿を見ている(読んでいる)だけでいやされる。

 

子ども向けの本なので、

大人向け書籍の本文組みなら1~5で1冊、

旅のつづき1~5で1冊の、合計2冊分ぐらいか。

このコンパクトさもいい感じだ。

 

なにがだいじで、なにがそうじゃないか、

とっさに判断するくせがついている。

ときには、ほんとうに必要なものだって、

ほうりださなきゃならないこともあるんだ。

 

それでも、いらなものは、いつのまにかたまる。

気がつかないうちに、うっすらとほこりがつもっている。

 

サンゴロウでさえ、そのほこりを振り払うのに苦労するわけだが、

ほこりが堆積しないように心がけていきたいものだ。

 

サンゴロウの派生シリーズ、

ドルフィン・エクスプレス(三日月島のテール)はこちら。

嘘つき姫 坂崎かおる

 

あまり出会ったことのないテイスト。

 

国、時代、SF的設定のあり/なし、百合っぽさのあり/なしなどが

各編によってずいぶん違うが、

いずれも読み終わったあとに、ちょっとした引っかき傷が残る。

短編としての“切り取り方”が卓越しているということかな。

 

語り手は割と淡々としている。

気持ちをそれほど深く(くどく)描写していない、ということかもしれないが。

 

そういうテイストは共通しているものの、

素材がかなり違うので、

「この路線をさらに読みたい」という気持ちにはなりにくいかも。

 

木製の電信柱を切り倒す仕事をする女性が

1本の電信柱に恋してしまう話が

いちばん好きだな。

お城の人々 ジョーン・エイキン/三辺律子訳

 

ジョーン・エイキン短編集の3冊目。

全体に、幸福を求め、それが得られる、という話が多いように思う。

ヘンな形ではあるんだが、

登場人物がなにかしらの幸せを得ている。

 

2年ごとぐらいに刊行されているから、

前に読んだものの内容はほとんど忘れていて、

自分の記事を読み直した。

『月のケーキ』

『ルビーが詰まった脚』

 

これらに比べると、「ワケのわからなさ」は少ない。

もちろん、死者が出てきたり、

SF的な設定が多いんだが、“奇妙”な感じは少ない。

 

なので、3冊の中では一番「入りやすい」かもしれないが

この人の神髄はほかの2冊なんじゃないかな。

エルマーのぼうけん、エルマーとりゅう、エルマーと16ぴきのりゅう ルース・スタイルズ・ガネット作、ルース・クリスマン・ガネット絵/渡辺茂男訳

 

作者のガネットさんが、先月100歳で亡くなったそうなので、

読み返してみた。

 

書かれたのは1948年から1951年。

こういう分野の著作としては

先駆的なものと言っていいんじゃないか。

 

前に読んだのは中学生ごろだと思うのだが、

内容は全然覚えていなかった。

 

今回読んでみたが、

(執筆年を考えないと)飛び抜けた感じはそれほど受けないな。

出会う年齢や、出会う順番が大事なんだろう。

もっと小さいときに

『だれも知らない小さな国』とか『パディントン』とかに

出会っちゃっていたからかもなあ。

雪のフィアンセたち モーリス・ゼルマッテン/佐原隆雄訳

 

スイス山岳地方出身の作家が

自分の故郷付近で語られていた民話を

筆記・小説化した。

 

アルプス山麓にある小さな村々。

夏は家畜を高地で放牧させる。

こういう土地で、代々口伝で伝えられてきたんだね。

 

“怪奇”、“幻想”とうたわれているが、

そのテイストはそんなに強くない。

現代からすれば不思議なこと、

あり得ないことなんだろうけどさ。

それより

その土地で語り継がれる物語の力強さを感じる。


和歌山県熊野地方の人々を描いた『宇江敏勝民俗伝奇小説集』なんかと

ちょっと通じるものがある。

 

一方で、大きく違うのがキリスト教の存在だ。

常に「善が勝つ」というわけではない(無力な場合もある)が

人々の心のよりどころであることは間違いない。

 

日本の場合の仏教と近いような気もするが

違うような感じもある。

このへんの差異も含め

「土地の歴史」に触れられるいい機会だと思う。

 

2冊の原著をまとめたので、

A5判550ページ5500円というすごいボリュームになっている。

分冊にせずに一気に出しちゃう、というところが

「買う人が限られている」版元(国書刊行会)っぽいかも。