うみねこ島 ベストセラー以外の本を読みたい人のために -2ページ目

うみねこ島 ベストセラー以外の本を読みたい人のために

ベストセラーやポピュラーな本もいいけど、ちょっとつまらない、物足りない、
という人もいるでしょう。

このブログは、中世ファンタジーでなくても、魅力あるヒーローは作れることが実感できる
「黒ねこサンゴロウ」シリーズをみなさんに紹介するために開いております。

シュレーディンガーの少女 松崎有理

 

ものすごく“理学部系”(工学部系ではなく)のSFを書く作家さん。

これまで読んだのは、

FよりもSにだいぶ寄っているところに

ちょっと物足りなさを感じていた。

 

ところが本書冒頭にある「六十五歳デス」は

これまでになくFに寄っていて、

“胸アツ”な物語になっている。

いいじゃん。

 

残り5編はやっぱりS寄りだったけど。

 

その中で「ペンローズの乙女」は

宇宙の終わりまで時間軸を延ばしている。

質量があるのはダークマターとブラックホールだけになり、

そしてブラックホールも蒸発して宇宙が終わる。

これはまた振り切っていていいねえ。

 

その話の部分と(無理やり)絡められたF部分の、救いのない終わり方も悪くない。

焦げついた影 カミーラ・シャムジー/松本朗訳

 

何本かの糸が絡み合い、離れ、そして再び交わる。

世界という織物の中での糸たちが輝いて見える。

“物語”というものを存分に味わえる作品だ。

 

原爆が落ちた長崎、独立したパキスタン、混乱したアフガニスタン、

9.11を経験したニューヨーク。

互いになかなか理解し得ない地域の間を

著者はみごとな手さばきで糸を通していく。

 

パキスタン生まれで英国在住の作家が

原爆投下時の長崎の情景をこんなにリアルに描けるのか。

(日本に訪問したことはない)

おそらくアフガニスタンも同様だ。

この人の描写力、そして時代背景の書き込みの深さはすばらしい。

 

7人ほどの主要登場人物の一人称視点が頻繁に入れ替わるスタイルも

読者にとてもなじむ。

 

そして魅力的な人物。

類型的な性格・内面を持っていないところがいい。

とくに主人公である寛子がいい。

この人の達観は、とても安心感を与えてくれる。

 

そしてほかの登場人物も、ものすごくナチュラルに生きている。

「こう生きるしかなかったんだよね」という感じ。

 

長い旅に出たあとに帰ってきたような充実感が残る。

星旅少年6 坂月さかな

 

カバー絵と口絵だけで十分な本。

 

トビアスの木と303の話は

もうよくわかんなくなってきちゃった。

モノレールの運転士の子のような

単発のエピソードがもっと読みたいな。

プロジェクト・ヘイル・メアリー 上・下 アンディ・ウィアー/小野田和子訳

 

古き良きハードSF(good ol'SF)。

最近はだいぶ下火になっていたこの分野に

一人で、再び脚光を浴びるものにした。

(ちなみに『火星の人』は未読)

 

とにかく徹底したサイエンスとテクノロジーをベースにしたのが

現代ではある意味珍しかったというのもあるだろう。

だが、“ドラマチックな物語”(重言か?)が加わっていることが大きいだろう。

 

800ページ以上、ずっと飽きさせずに

しかも最後にカタルシスをもたらす“物語のチカラ”を備えたことは

ハインラインもアシモフもビックリだ。

 

彼らより

どっちかというと、J・P・ホーガンとか小川一水とかに近いか。

本当は、もっと彷彿とさせる作家(大御所)がいたんだけど

書かないでおく。

 

すごいとは思うけど、

個人的には、ハードSFにあまりのめり込まなかったので

本書も「サイコー!」というわけじゃないんだけどさ。

でも、よく書いた。

あずかりっ子 クレア・キーガン/鴻巣友季子訳

 

遠くから静かに自分を見つめている。

 

小さい(6~8歳ぐらい?)女の子が一人称で語る。

だが、静かな筆致の描写がやけに大人っぽい。

大人になった主人公が遠くの方にいて、

幼い自分が見聞きしたことを記録しているようだ。

 

ただ、そのときどういうことを感じ、考えたか。

それにはあまり踏み込んでいない。

最後まで読むと、なんとなく想像できるようになっているだけだ。

 

うるさい記述がないこと。

静かな小説はこういう感じに作られるんだな。

 

「あずかりっ子」という書名はなんか苦労したカンジ。

直訳しないようにしたかったんだな。

東方綺譚 マルグリット・ユルスナール/多田智満子訳

 

「理路整然とした物語」「きちんと決着がつく話」だけでは

世の中つまらないよね。

「綺譚」と名付けるのにふさわしい話の数々。

(原著書名に“綺譚”の意味はない、東方の小説、みたいな感じ)

 

そういった奇妙な物語(9つの短編)を味わえる。

 

ヨーロッパの人(著者はベルギー生まれでフランスで暮らした)が

不思議な物語の素材を東方(オリエント)に求める

というのもわかる気がする。

 

わりと大御所作家らしいのだが、知らなかったよ。

1984年発行(単行本は1980年発行)の20刷。

代表作ではないけど、大御所だから生き残ったんだろう。

生き残ってよかった。

やりなおし世界文学 津村記久子

 

著名な世界文学を読んでどう思ったか、

という感想(あるいは書評)。

92作品のうち、とくに前半の本はどれも読みたくなってしまう。

 

書評は、「この本は読むべきだ」という態度を持っているべきなのか。

それとも「こういう価値を持っている」とだけ伝えて、

その価値に反応する人だけが読めばいい、というものなんだろうか。

 

このブログも含めた本の紹介ブログも同様だ。

(「絶対にオススメ」みたいな書き方のものは読んでいない)

この本はどういうもので、どう感じたか、が書かれている中で、

「それなら読んでみようか」と思えるものにときどき出会う。

 

ところが。

本書は「絶対にオススメ」とか書いてないにもかかわらず、

どれも読んでみたくなる。

なぜだろう?

 

作家さんだから、小説の魅力的な部分、核心的な部分を

捉えられているから?

 

それもあるかもしれないけど、

一番肝心なのは、

「小説を楽しむ才能があるから」なんじゃないかな。

この点で、圧倒的に負けたと思った。

(同列に語るのもどうかと思うが)

 

よく読むと、激賞しているのと、分析で終わっている感じのとがある。

そりゃそうだよ、92冊も読めばいろいろあるさ。

 

“激賞”は前半に多い気がしたが、

最後の2作、『カラマーゾフの兄弟』と『荒涼館』(ディケンズね)が

津村さんは一番気にいったんじゃないかな。

文を読んだ感じでは。

 

とするなら、この2作のような作品を

津村さんの著作で読んでみたい。

百日と無限の夜 谷崎由依

 

リアルな現実の話から始まるんだが、

幻想やら未来のできごとやらが混ざりはじめ、

どんどん侵蝕していく。

この境界のなさが心地いい。

 

最後に振り返れば、

「女性にとっての出産」という大事業が

作家(あるいは主人公の“わたし”)にもたらした暴風雨の

襲来と収束を描いたものになっていた。

 

妊娠7カ月で切迫早産となったことによる緊急入院からスタートし

入院生活、出産後の授乳、1歳を過ぎての保育園や幼稚園など、

主人公の“わたし”の苦労や不満が綴られている。

どこまでが実際に作家が経験したことかはわからないけど、

ずいぶんリアルな感じがする。

 

幻想のベースとなっているのは、能の登場人物、

駆け込み寺、海辺の出産小屋など、比較的古い時代のもの。

これらは“わたし”をつけいろうとしているのか、

いたわろうとしているのか、

はっきりしていないところが本書の魅力だと思う。

100年の経(たていと) 1~4 赤井千歳

 

コールドスリープした小説家が、100年後に目覚めたら

すべての小説がAIで書かれるようになっていて

小説家は存在しなくなっていた。

(代わりに、プロンプトを作ってAIに書かせる「呪言師(ソーサラー)」がいる)

さて、彼はどうする?

 

「AIによる創作が今後どうなっていくか」

みんなが興味を持っていることを素材に

4巻というコンパクトなドラマにまとめているところがいいな。

 

“100年後の世界”を設定すると

ついいろんな細部を作り込んでしまいそうだが、

そこをバッサリ切り落として

“小説の書き方の大転換”にだけ絞り込んだところがよかったと思う。

 

もう一つ、浦島太郎になった人物から見た

そうでない人々の100年

(具体的には、彼の支えになっていた更科結依の人生)

も、謎を残しながらうまく作られている。

 

この2つがいい具合に折り合わさっていると思う。

(経[たていと]だけに)

 

ただ、小説家の主人公が

「なぜ小説を書くのか」(とくに更科結依と出会う前)がよくわからない。

それがもう少し描かれていると、

コールドスリープ後に

彼が小説を書こうとする動機が深くなるんじゃないかな。

それによって、どんな小説なのかもちょっと想像できるようになるし。

うまれたての星 大島真寿美

 

「これは私たちの漫画だ」

これが少女マンガの変革を生んだものなんだろうな。

“私たち”とは読者であり、作家であり、編集者であるんだが。

 

押しつけでも、単純な夢物語でもない、

一人ひとりが「自分のためのもの」と思えるものに、

少女マンガがなっていった時代を

フィクションの形で永久保存した。

 

1970年初頭、少女マンガ雑誌の編集部が舞台。

モデルはマーガレットと別マ。

(そのほか、セブンティーンとかノンノっぽいものも出てくる)

 

主に7人の人物からの視点が入れ替わり描かれるのだが、

その人物像が本当にリアルで自然。

大島真寿美さんって好きだなあ。

人物を描く筆力なんだろうな。

 

そのころ、少女マンガだけでなく、

会社における女性の立ち位置も変化し始めていたけど

マンガに比べて動きが鈍い。

そのへんのこともじっくり描かれているから

単なる懐古趣味に陥っていないのはさすがだ。

 

出てくるマンガ家やそのエピソードは

もちろん実際とは違うのだが、

池田理代子、山本鈴美香、くらもちふさこ、槇村さとる、土田よしことかが

モデルなんだよなあ、とか想像してみる楽しみもある。