そもそも災害の義援金をなぜ新聞が代行して集めなきゃいけないのか?直接送ればいいのではないかという疑問がありますけれどそれはさておき。

 
山陽新聞がこんなに義援金が集まったと自己満足で記事にしています。
 
 
 
「土日祝日はありません。」
 
との文章は恥ずかしくてよくかけますね。
 
小学生でも賢い人は言いませんよ。
 
「先生、今日はプールはありますか?」
 
いやプールは毎日あるので、、
 
「土日祝日はありません。」
 
なんて小学生以下の記事です。
 
おまけに自分の会社のお偉いさんが出た時にと書いてはなりません。
 
 
 
 
いわんや自分の会社の社長が自分の会社の新聞社に出るときにお礼をのべ、、と敬語を使うのはおかしいでしょう。
 
 
 
これは県外から見られてる方のために少し説明を申し上げます。岡山では岡山学区の総合選抜高校を普通科と俗に言いました。
 
岡山市内でも県立西大寺高校は総合選抜の対象外ですので普通科があってもそういう言い方はしません。
 
仕事である大学の付属高校に電話をしました。「はい付属です」
と言われたのでびっくりしました。
 
富山駅前に行くと大学前行きという電車が走っていました。富山には大学は一つしかないのでしょうか?
 
 
 
 
公の新聞でこんなことを書くとびっくりさせざるを得ません。校正者のチェック能力もゼロと判断します。
 
岡山芳泉高校は四番目の普通科高校だと言うんであれば岡山市内の私立の高校は普通科高校はないのでしょうか?
 
俗称は使ってはなりませんね。
 
 
 
 
これなど何を言ってるのか意味不明。
 
いい年をしてこんな文学青年の崩れたような文章をよくかけますね恥ずかしくないのでしょうか?
 
 
 

押し紙裁判で敗訴しても自分のところで報道しない新聞社だけのことはありますね。

 


2021年4月13日




わざわざ総務省が税金を使ってスマホのプラン変更のホームページを作ってそれをまた税金で広報載せることが必要なのでしょうか。

スマホの料金が高い。

ドコモにしようか SoftBank にしようか


どのプランにしようか

っていう時に


そうだ。総務省のホームページを見ようと思う人がいくらいるんでしょうか。


本当に役に立つ情報でしたらわざわざ新聞で税金を使って広報活動しなくてもみんな見るはずです。


いくら税金がかかったか分かりませんが

読売新聞の一面に広告を載せるのは相当かかるはずです。


一番の税金の無駄遣いはお役人の人件費です。





お母さん、うちの塾では、大切なお子様を学生バイトに任せることはしません。正社員の先生が(一時間あたり千円で)個人指導します。



担当講師は、他塾のように学生バイトなどではありません!



・・・もっとも、大学を中退した、フリーターで先日まで、バイトして人間なのですが・・・・



保護者は知らない。バイトより、正社員を使い捨てにする方が人件費は安いということを。

もともと、原子力の平和利用は当時はなかったので原子力科学者と呼ぶなとのこと。

福島の風評被害がひどい。ましてや福島からの避難者が福島君とか言っていじめられるとはあってはいけない。県境で放射能が止まるはずはない。

 

原発に福島原発に福島原発と名付けたのが悪い。自然界には放射能は微量に存在するので問題はない。ラドン温泉は健康に良い。

 

よくある原発擁護かと思った。ところが、さすがそのあとの展開が違う。

 

だからこそ、自然界に存在しない形で放射能をまき散らす原発は危険なんだ。

 

先生!テレビにでてください。

 

私も騙されていた。こんな指摘初めて聞いた。

 

福島の原発は危険だが、福島県は安全なんです。と言ってください!

福島の原発は危険だが、福島産の農作物は安全なんです。と言ってください!

福島の原発は危険だが、福島産の観光は安全なんです。と言ってください!

 

放射能の安全性と原発の安全性は全く違うのだということ。

 

名前って重要だなぁ。と思って調べてみると原発の名前ってどうやって付けたの?静岡原発とか茨城原発とかなんで言わないのかなぁ。

 

一番よくわからないのは、日本で唯一、県庁所在地にある原発。あれ何で、松江原発っていわないのかなぁ。市町村合併で松江になったのに。

 

 

 

 

嘆きの壁に行った時です。
正統派ユダヤ教徒が頭や腕に特別な物をつけています。

その名称をお聞きしようと思って声をかけました。

この方は日本語が喋れたわけです。

逆に聞かれました。

あなたの心はひとつですか。

あなたは一人ですか。


と聞かれるからそうですと答えるとこれで神が一人だということは証明されました。



一神教が正しいのです。

とのことでした。


最近になってやっと名称がわかりました。



テフィラというそうです。

NHK E テレ 30分でわかる名著
旧約聖書のテキストより

冠詞は日本語にはないから難しいというのは嘘だ。

日本語では助詞で区別している。

 

≪むかし。むかし。おじいさんいました。

おじいさん山へ・・・・・・≫

 

おじいさん・・・・・共通の認識がない状態を提示するために「が」。→A

 

おじいさん・・・・・すでに出てきた件のおじいさんを

指すから「は」。→THE.

 

これも困った文法書の説明:

同一物の比較にはTHEをつけない。

例:This pond is deepest in this point.

 

こんなことを習ったら質問しよう。本州という同一の地続きの島で一番高いところが富士山なのだからTHEはいらないのでは?

 

答えは簡単:富士山のてっぺんは、ハイここですよ。と写真でもとって見せることができる。写真を見せれば、へぇー、ここが日本のてっぺんですか・・・となる。

 

池の最も深いところには特定の認識はない。

 

もし、池の最も深いところに標識でも立っていて、ここが、緑淵です。一番深いです。と書いてあれば、

 

This pond is the deepest ,here,in this Midoributi point.

 

 

私は医療のことはわかりませんし、素人ですが、この本の中に首をかしげるところがありました。


UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ



大往生したければ医療とかかわるな~「自然死」のすすめ 中村仁一著、幻冬舎新書(2012)、P180~181より





「以前は正常値といわれていましたが、今は基準値とか基準範囲といわれます。

さて、この基準値ですが、健康人の95%が含まれる側に設定されているのです。つまり、健康であっても5%の人は、はずれているわけです。換言すれば、はずれたからといって、すぐ「異常だ」「健康ではない」とはいえないシロモノということです。

おまけに、この基準値は、若者のそれだということです。したがって、年寄りにあてはめるには、いささか問題があるということになります。


また、検査項目が一つということはありません。ふつうは複数です。

基準値が、健康人の95%が収まる範囲とすると、理論的には、2項目とも基準範囲に入る確率は、0.95の2乗で90.25%になります。5項目だと77.37%、10項目だと59.87%(健康人10人のうち4人強はどの項目かが基準値からはずれる)、30項目も検査すれば21.4%になり、約8割の健康人が、何かでひっかかる計算になります。


2011年8月19日、日本人間ドック学会が発表した、2010年の人間ドック受診者、約300万人の全国集計成績によると、「異常なし」は過去最低の8.4%だったということです。しかし、前述のことを考えると、「むべなるかな」と申せましょう。」(引用終)






さて、検査値というのは、確率でしょうか?また、健康に不安があるから人間ドックを受けるのではないでしょうか?若者はあまり人間ドックをうけないのでは・・


中学校での確率の定義によって「同様に確からしいn人の受診者さんがいるうちから、b人」が基準値から外れるのでしょうか?


そもそも、血圧が高いとか、尿酸値が高いとかいうことは、確率的なことでしょうか?




原因があってのことですから、これは私には確率とは思えないわけです。



次に、検査項目の数だけ掛けるということについては、サイコロを続けて2回振るような独立試行では、確率における積の法則が成り立つことになっています。


しかし、各検査項目というものが独立なのでしょうか?


そうは思えません。


素人判断でも、体の具合が本当に悪ければ、いろいろな検査項目は、関連する項目は、正の相関関係を持って基準値から外れるでしょう。




なお、知り合いの医師に聞いてみたところ、このようなことをおっしゃいました。


「その本は読んだことがありませんが、その記述が検査項目にこだわるなという趣旨であれば認めるが、それ以前の問題として、検査項目の数字だけで病気であるとか健康であるとか決めるのではありません。それならば、コンピューターでプログラムを組んで、それに入力していけばいいことです」





さてこの論理は、以前にも聞いたことがありまして、ある医師の著書で読んだことがあります。


その医師は最近、「癌(や病気)になってもほっておけばいい、病院など行っても無駄である」と言って、末期癌の診断を受けても10年、いや20年生きているなどという体験談をいくつも掲載した本を出しているそうです。





ここで、昔からある有名なジョークを思い出しました。



スカイダイビングで、飛行機からパラシュートで飛び降りるお客様がいました。

そのお客様が、「このパラシュートは本当に開くのですか?大丈夫ですか?」

ときいたところ、そのパラシュートを製造した会社の担当者はこう回答しました。


「大丈夫ですよ。今までパラシュートが開かなかったというクレームを、御本人様から頂いたことはありませんから」








池上彰先生:テレビでの名言

 

■政治家って選挙の前は良いことしか言わないよね。待機児童の解消・無償の奨学金。

でも、全部実現できないよね。だから(特に若い方でだれに投票していいのかわからないってかたは、)

 

何を言っていないかってことが大切だよね。

 

ここからは意見。

 

うーん。

これはすべてに当てはまる。

消えた年金問題ってどうなったの?あれで。社保庁の誰かが、責任を取ったのかしら?待機児童って昔はなかったの?アスベスト問題は?森永ヒソミルクの被害者は今も存命なのですが・・・日本人拉致犯罪は?金大中事件は結局、だれが日本国内で連れ去ったの?原発問題は?津波は風化したの?高速道路のトンネル崩落では他のトンネルは安全なの?

 

新聞を読みましょう。



急に取り上げられなくなった問題ってないかしら?

 

これって怖くない?

 

 

いろんな意味での名言ですね。広告でもよいことしか書いていない。当然ですよね。だから、比較する際には何が書いていないかが重要。

 

いろんな意味での名言ですね。

 

スマホでも広告には良いことしか、書いていませんね。よく見ると小さな字で「・・・た・・・の場合があります・・」とか書いてありますよね。

 

池上彰先生:!ありがとうございます、これからは新聞やテレビを見る際には何が書かれていないのかに気を付けます。これから毎日、新聞を読むのが楽しみです。

 

私が見つけた例ですが日本のアフリカ支援について

 

http://www.voanews.com/a/kenya-deporting-more-taiwanese-citizens-to-china/3281036.html

 

 

 


UBQ数理フォーラム の受験ブログ

注 私は歴史学者ではありませんので、実際にこれが歴史的事実かどうかはわかりませんが、少なくともイスラエルに行った際、ある一つの事実を確認したという内容です。






杉原千畝というのは、歴史的評価が難しい人物ではありますが、少なくとも、外務省の訓令に逆らって6,000人ほどのユダヤ人にビザを発行して(通過ビザです)、命を救ったということで、日本のシンドラーといわれています。






もちろん、単純なものではなくて、外交官が国の方針に反することをしていいのかということもありますし、さまざまな評価があるかと思います。



それはここでは差し控えますが、いろいろな伝記を読んでみますと、その時に杉原千畝によって命を助けられた方がイスラエル政府の要職に就かれ、そして、どうしてもお礼を言いたいということで、杉原千畝という人物について日本の外務省に問い合わせたということが言われています。

その時に外務省は、「そのような人物は該当者がいない」と答えたそうです。

もちろん、その真意はわかりませんが、上記の写真はイスラエルにある杉原千畝の顕彰碑であります。



そこには、SEMPO SUGIHARA と書かれています。

当時日本人の名前には音読みと訓読みがあるとか、日本人の発音の仕方は、現地の人はわからなかったでありましょう。

ただ、現在でも SEMPO SUGIHARA とかいてありますから、SEMPO SUGIHARA という外交官は当時存在していなかったと日本の外務省が回答したという一つの理由かもしれません。



このことはもちろんわかりませんが、ある程度想像を働かせれば、SEMPO SUGIHARA というのが杉原千畝というのはすぐにわかるはずだと考えられますが、逆にこれを利用して、存在しないという回答をしたのかもしれません。





これ以上の推測は私にはわかりませんので、論評は控えますが、海外旅行に行くということは、決して遊びに行っているのではありません。



このこと一つをとっても、大変な歴史の勉強になるわけです。





なお、多くの方が指摘しているように、杉原千畝の名誉を戦後直ちに回復し、駐米大使に任命して戦後処理に充てれば、ユダヤ系アメリカ人を通じてかなり有利に外交を進められたという指摘は、私は正しいと思います。


お断り 政府はユダヤ人を保護する方針だったので杉原千畝は命令に逆らっていない。 決して戦後冷遇されていないという意見もあります。


 






2012-06-01

 

以前述べた「フルトベングラー バイロイトの第九」については多少の係わりがある。

 

いわゆる「もう一つのフルトベングラー バイロイトの第九」発見のきっかけは、私の持ち帰った資料による。バイロイト市内には、骨とう品店や古書店がある。

 

表には出てこないが、毎年行って、顔なじみになると、貴重なものが奥から出てくる。フルトベングラーの直筆サイン入り写真・ビニフレッド・ワーグナーがリヒャルト・シュトラウスの奥さんにあてた直筆ハガキなど。

 

バイロイト音楽祭の公演プログラムも売っている。過去のものがずらりと売っている。最近のものは英文表記もあるから(昔のものはドイツ語のみ)、例えばクナッパーツブシュがウィーラント・ワーグナーと喧嘩をしたときの日本では知られていないエピソードも紹介されている。

 

音楽評論家には宝の山なのであるが、あまり日本の音楽評論家は関心がないようだ。

 

ハインツ・ティーチェン指揮の指輪のプログラムで一万円くらいだ。


さて、畏友でレコード蒐集家でも有名な、大変な教養人のA氏には、お世話になったことがある。貴重な音源を入手できるだけの人脈がある方だ。おかげで音楽評論家にも有無を言わせない録音が聴けた。

 

いつかお礼をしなければと思っていたので、バイロイトでしこたま資料を買ってきた。特にフルトベングラーの第九の演奏記録や書かれたものを売ってくれと頼んで、とにかく担いで日本に持って帰った。

 

 

A氏にすべて寄贈した。

 

 

そうすると、当日ゲネプロをしていることがはっきりと書かれていることが分かった。

 

経緯は、はしょるが、「もう一つのバイロイトの第九」が日の目を浴びたのはこのためである。

 

鬼の首を取ったような自慢話しをするつもりはない。こんな細かい演奏記録の真贋論争をするのは日本人だけであるからだ。当時、居合わせた方がいくらでもいるのですからね。私もバイロイト音楽祭に行くようになってからCDやNHKの放送には興味がなくなった。DVDは問題外。実際に見たものですから。

 

 

録音を聞いて細かい分析をするよりは、直接、録音をしたドイツの放送局に記録を調べてくれと依頼すれば済むことだからである。なによりもウォルフガングさんは何度も来日されている。バイロイトでも会ったこともある。劇場の隣に住んでいる。

 

たとえばリヒャルトの父親がガイヤーかどうかは、子孫のDNA鑑定でけりが付く。

 

 

これらの資料は、現在あるドイツ文学者の手元にある。

 

いずれ、この資料に基づく本が上梓されるときいている。

その際には「原資料提供 長山氏」と記載されることになっているから、上の話がホラ話ではないことが証明されるであろう。

(2014.4.5 補注:東北の震災・出版不況のため延期になった。ここまでの記事は震災前の記事である)

 


下は、もちろんクナッパーツブシュのパルシファルのプログラム

 

UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

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右の部分にウィーラントのクナ評が書いてある。クナがウィーラントとけんかをして「ワグナーについてはお前より詳しい!」と言ったと公式パンフレットに書いてある。  

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これは、リヒャルトがルドルフ・ネッカー氏にあてた手紙(直筆)。


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全部、バイロイト音楽祭のチケット。もっと古いものは捨てた。


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戦前・戦中のプログラムは危険すぎて見せられない。かわりにこれを。

左下に、ハイル・ヒトラーと書いてある。フルトベングラーも同じことを書いて、戦後随分批判されたが、当時のはがきを古書店で見てみると、ほぼ、すべてに書いてある。これは事実を書いているだけであって、判断はブログ読者にゆだねる。

(2017・8・15)フルトベングラーのバイロイトの第九について事実関係をそろそろ詳しく記録しておく。放送録音であるから放送局に音源が残っている。同時放送ではない。ナレーション入りの録音が出てきていないでしょう。いろいろな形で分散したものが現在のCDである。そこで上記資料からA氏がもっともオリジナルの原録音を送ってくれるように依頼した。そうすると2種類が来た。ある音楽評論家が取りに来た。これは偽物だとネットで言い出した。ネットで書いたのは取りに来てから一時間もたっていない。すべて聞いてもいないことは明らか。これが話がややこしくなった原因の一つ。また現在、完全無編集のライブは出ていない。スットクホルムの放送局にある。