■中学受験で不合格のキミに
中学受験でおちてしまったら、ラッキーだと考えましょう。
まだ、12歳なのですから、これからの人生の方がはるかに長いし、大切です。ちょうど良い人生の糧(かて)にしてください。
たかが中学受験は、ほんの小さな通過点です。マラソンでいえば折り返し地点にもいっていません。野球で言えば一回の表裏の攻撃が終わったころです。
中学受験で落ちてしまって、その後に、難関大学に行った人はいくらでもいます。逆に中学受験で通ってさっぱりだという人もいくらでもいます。
今、難関大学といいましたが、難関大学を出ても、まったく成功しない人もいます。
なにが成功なのかは学校でも塾でも教えてくれません。キミがこれから考えることです。
キミのご両親はキミが幸せな人生をおくることを、キミが生まれた日から、いえいえ、ママのお腹(なか)のなかで新しい命(キミのことです)をいただいた日から、つよくつよく、ねがっています。
キミはもちろん覚えていないでしょうが、ご両親は、その日のことを、まるで今朝(けさ)の出来事のように覚えていらしゃるとおもいます。
ともあれ、小学生の段階(だんかい)では将来のことは、まだ良くわかりませんから、ご両親はとりあえず、キミの良い教育の環境(かんきょう)を考えました。
中学受験をさせて頂いたということは、合格・不合格に関係なく有難いことです。
中学受験をさせてもらったことは、一生、忘れないようにしましょう。
ですから、合格したら、ささえてくださった周りの人に感謝しましょう。
落ちた場合にも、感謝しましょう。そして、ちょっぴり、反省しましょう。反省するというのは、ボクはダメだと自分を責(せ)めることではありませんよ。
でも、そうはいっても中学受験におちたら、ちょっとはつらいですよね。
それは「合格したら威張(いば)れる」とか「おちたら恥ずかしい」
というミエや、かってな思い込みで受験するからです。
中学受験に勝ち負けはありません。最初にラッキーだと思ってくださいと。いいましたが、今はそうは思えないかもしれません。
何十年も経って、本当にラッキーだとおもえるかどうかは、キミが中学・高校・大学にはいってから、また社会に出て、どれだけ努力するかにかかっていますから、
キミが今回の中学受験で成功したのか?それとも、失敗したのか?は、まだまだ、今の段階では、わかりません。それは、これからの人生の中でキミが決めることなのです。
■中学受験で不合格だった保護者の方へ
中学受験の塾は、有名中学の合格者が、いかに多いかを強調する。保護者には、沢山合格している塾が、なんとなく安心だからだ。
よく考えれば「有名難関中学合格者数ナンバー・ワン(実は不合格者数もナンバー・ワンの可能性が高い)の塾に通わせれば、自分の子供も有名難関中学に入れるはずだ」というのは,なんの根拠も論理的必然性もない。
中学受験を指導している塾で絶対に言えないことが2つある。
一つは、中学受験をしないで、公立中学から、高校受験を目指した方が、あなたのお子様には向いていますよ。ということと、背伸びをして難関校を受けるより。ワン・ランク落として、ゆとりを持って大学受験に臨む方が良いかもしれません・・ということだ。
他の中学受験の講師と違って、複数の私立中高一貫校で教えてきた経験があるから、「中学受験をさせる立場」からだけではなく「中学受験生を受け入れる立場」も経験している。
どうしてこの子が入学してきたのか、ワン・ランク落として、じっくり基礎を鍛えた方が良いのではなかったのかという生徒に出会ったことも、何度もある。多分、塾で、保護者が「あおられた」結果であろう。
UBQには岡山白陵中学・高校を不合格になって入塾して、岡山大学医学科に合格した生徒が3人いる。東京大学理科3類に進学した生徒で、第一志望の中学受験に落ちた生徒が1名いる、しかも。中一からの元・教え子なのだが広大福山高校を不合格になったと聞いた時には、気絶しそうになった。尚、岡山県内の私立高校(岡山高校)を唯一。不合格になった一名は金沢大学医学部進学。
もっといえば、ノーベル賞を受賞された、利根川進先生は浪人している。(「教育を考える」 著者: 石井透による)ノーベル賞受賞された田中先生も Wikipedia によれば学部で留年している。
日本が生んだ世界的大数学者の岡潔先生も中学受験で落ちている。

岡潔先生の自伝「春宵十話」より(本人が県立粉河中学の入試に落ちてしまったとかかれている。)
慶應の心理学専攻の一期後輩で、慶應の大学院を落ちてしまった某君は、現在、東京大学大学院教授!
(注)個人情報ですが、ご本人が「岩波科学ライブラリー」のご著書で大学院に落ちたと、はっきり書かれているので、問題ないと判断しました。
(これは上とは無関係:当時地方の県立高校から慶應に入学している生徒は東大の不合格組が多かった。)
東大を2回(現役プラス一浪)落ちているのが東大教授(!)やら南フロリダ大学教授(比較解剖神経学)やら大阪大学医学部教授!現役で入った自分は、塾講師。
やはり、受験の後の人生が大切。
ましてや、中学受験では12歳だ。大学受験は6年後であるから、人生の半分だ。逆に、保護者は6年前(6歳)のことを思い出してください。
小学生のうちに「合格するために勉強しなければならない」と刷り込むのは危険。勉強するために。(中学や大学に)行くのです。
漢字がやっといくつか書けるようになった年齢かもしれない。一人でお留守番ができるようになって、親が安心していた年齢かもしれない。あのころは、娘も一緒にお風呂に「きゃーきゃーきゃー。ぱぱ、だいちゅきー」といって入ってくれたのになぁと懐かしむ父親もいるかもしれない。
(今言おうものなら、キモイ!変態!セクハラ!→ほとんどのパパの共通経験かしら・・・)
だから、これから6年後には、どのくらい伸びるかなんて誰も分からない。
以前、ブログで紹介した岡山白陵中学落ちで、それから2幾年。東京大学で博士号をとった。わざわざUBQに電話して下さった。(☆現在都内の国立大学で准教授をされています。)
今から振り返ると、中学受験に失敗して、補欠で、2番手の中学に入ったことが大きかった。補欠で入ったと思うと、中一からなんとか授業について行こうと思って真面目に授業を聞いて、慢心することがなかった。中学受験に失敗したからこそ、自分は小さな努力をひたすら積み重ねるしかないと考えた。失敗から学ぶ事の方が成功して学ぶことの方が多い。との内容であった。
中学受験には勝ち負けはありません!!
合格した→勝ち(成功)
不合格→負け(失敗)
という単純な図式で、考えられるものではない。
中学受験で成功したか、失敗したかは、今後のお子様の人生で、お子様が決めることです、今の時点で保護者が、決めることではありません!
もう一度次の言葉を紹介する。ある全国最難関中高の校長の言葉である。
「うちの中学を不合格になった生徒の追跡調査をしてみると、東大に行った生徒は少なからずいるが。うちの高3の最下位の生徒で東大に行ったものは今までに一人もいない」
*中谷宇吉郎「私の履歴書」より、青空文庫
あの頃の高等学校の入学試験は、七月にあった。それで三月の末に中学を出てから、家で商売の手つだいを少ししながら、受験準備を始めた。といっても今日のように受験参考書なども揃っていなかったので、当時評判のよかった『考へ方』の本だの、つれづれ草の註釈本だのを註文して買って、それをぼつぼつ読んでいた。しかし試験には美事に落第した。
試験に落第することは、決して名誉な話ではないが、そうかといって、人生の上において損をしたことになるとは限らない。落第した当時は大いに悲観もするが、一年間の浪人時代に得たいろいろな経験は、人生勉強という意味で、大いに得るところがあった。これは負け惜しみではなく、この頃になってますますそういう風に考えるようになった。
実は大学を出て寺田寅彦先生の助手になって、理化学研究所で働いていた頃、ある晩お宅へ遊びに行っていて、この落第の話をしたことがある。そうしたら先生が「そうか、それはよい経験をしたものだ。落第をしたことのない人間には、落第の価値は分らない」と褒められてちょっと驚いた。それから先生は「僕も落第したことがある。中学校の入学試験に落第をしたんだが、あれはいい経験だった。夏目(漱石)先生も、たしか小学校で一度落第されたはずだ。人世というものは非常に深いもので、何が本当の勉強になるかなかなか簡単には分らないものだ」という話をされた。これで大いに安心した。
落第は奨励すべきものではない。一体、皆が落第してしまったら、学校の方では、学生がいなくなって困るであろう。それにこの頃のように、経済事情がどこの家庭でも苦しくなっている場合は、落第などせずに早く卒業した方が、両親のためにはよい。だから私は決して落第をすすめはしない。しかし落第して自暴自棄になる学生には、決してそういうものではないということを、自信をもって告げ得る。そういうことを威張っていえるのも、落第をした経験があるからである。
*夏目漱石が受験に失敗したことは自身で書いている。その名もズバリ落第。http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/2676_6502.html































