http://www.artica7.live/
今日は、「代々木 Artica Seven」さんのオープンマイクにお邪魔しました!
お店の向かいには、「パム」と因縁が深い「代々木 バーバラ」があったりして、
思わず、悪趣味な笑みを浮かべてしまいましたwww
そして、この辺りは、以前、「パム」が「Web系エンジニア」だった時代に働いていた場所でもあります。
様々な因縁を思い出しながらのライブでした!
本日のセットリストは以下の通りです!
・Imagine(John Lennon カバー/John Lennon 作詞・作曲/パム 補作詞・日本語詞・中国語詩・編曲)
・神田川(かぐや姫 カバー/喜多条忠 作詞/南こうせつ 作曲/パム 編曲)
・わっしょい(祭り)
・セイヤ!セイヤ!(祭り)
・青森ねぶた祭(青森ねぶた祭実行委員会)
・よさこい祭り(高知商工会議所)
・No One Love You(Meg Lomane 作詞・作曲/パム 改作詞/2×4(ヤング・フラッテリィズ) 編曲)
・メリーさんの羊(Sarah Josepha Hale 作詞/高田三九三 日本語詞/Edwin Pearce Christy 作曲?/King Features Syndicate 改作曲)
・女々しい野郎どもの詩(ときめきメモリアル ~forever with you~(コナミ) バッドエンディング テーマ/
上田祐司 カバー/IGA 作詞/めたるゆーき 作曲/パム 編曲)
・Don't Be My Friend(Meg Lomane カバー/Meg Lomane 作詞・作曲/パム 改作詞・編曲)
・檀家は継がない(Meg Lomane カバー/Meg Lomane 作詞・作曲/パム 編曲)
・妙法蓮華経 観世音菩薩 普門品 第二十五(サッダルマ・プンダリーカ・スートラ(法華経) より/鳩摩羅什 訳)
・般若波羅蜜多心経(プラジュニャーパーラミター・フリダヤ)(玄奘 訳)
・リグ・ヴェーダ(ヒンドゥー教・バラモン教)
・マントラ(ヒンドゥー教・バラモン教)
・題目(日蓮宗)
・念仏(浄土宗・浄土真宗)
・真言(真言宗)
・辻説法(ひんでん 高橋秀樹 カバー)
http://urx.space/O6jd
「
戦後、冷戦のもと、
ブロック経済の批判的な継承として誕生したECやEFTA、
あるいは東南アジアで作られた ASEAN、
南アジアのSAARC、
アフリカのAU、
南米での南部共同体(メルコスール)、
太平洋諸島フォーラム(PIF)
などの地域統合の動きは、何れもリージョナリズムが具体的な形で実現したものである。
それらには、米ソ2大超大国、あるいはそれらに準ずる地域大国や、他地域での地域統合に対し、
弱小を自認する国々が地域的に連合して対抗するもの、
あるいは少なくとも地域内の利害対立を調整して域外国につけいる隙をなくしていくためのもの、
という性格もあった。
冷戦後、旧社会主義圏を含めた自由、無差別、多角的貿易秩序を目指すWTOの動きが本格化する中で、
リージョナリズムは特定地域間の経済的取り決めを促進する点で相反するものとみなされる。
しかし、WTOの前身であるGATTの加盟国がGATTのルールによらず、
2国間あるいは数カ国間で輸出自主規制措置や自由貿易地域の合意などがとられた事実と照らし合わせると、
全世界規模での貿易の取り決めは難しく、地域的経済統合により拡大された経済関係を作り出すことに意義があると言われている。
現実に
ヨーロッパではECがEUとして統合を強めるとともに範囲を拡大し、
北米でもNAFTAが成立する
など、リージョナリズムは強まる方向にある。
アジアにおいてもヨーロッパ・北米の試みに刺激され、地域的経済統合の兆候がある。
1991年には ASEAN経済閣僚会議で
「東アジア経済グループ」
が提唱されたものの、アメリカなどによりアジアでのブロック政策として強く批判され、具体化しなかった。
その後「東アジア経済グループ」を発展させた東アジア共同体の構想が練られているが、これにも同様の批判がある。
また、
地域の範囲を限定して強く統合しその中での主導権を確立したい中国と、
地域をオセアニアやインドまで拡大したうえで統合じたいは緩いものとし中国を牽制したい日本
の利害対立、
内政不干渉の原則などにより、
各国が政策を一致させるということも困難ではないかとされている。
」
そうなんですよね・・・。
この極東地域ほど、「地域統合」が困難な地域はありません。
かつて、「パム」は「妄想」として、「東アジア共同体」を作ったらどうかと書きました。
その国々のリストを書いて見ます。
・・・・・・バラエティーありすぎですね。
EUみたく一体化・・・、できるのでしょうか???
○東アジア
・日本国
・中華人民共和国
・香港特別行政区(中)
・マカオ特別行政区(中)
・中華民国
・大韓民国
・朝鮮民主主義人民共和国
・ベトナム社会主義共和国
・極東連邦管区(露)
・サハ共和国(露)
○東南アジア
・インドネシア
・フィリピン共和国
・ラオス人民民主主義共和国
・カンボジア王国
・マレーシア
・シンガポール共和国
・ブルネイ ダルサラーム国
・タイ王国
・ミャンマー連邦王国
・東ティモール民主共和国
・ココス諸島(豪)
・クリスマス島(豪)
○北アジア
・モンゴル国
・ウラル連邦管区(露)
・シベリア連邦管区(露)
・アルタイ共和国(露)
・ブリヤート共和国(露)
・ハカス共和国(露)
・トゥヴァ共和国(露)
○南アジア
・インド共和国
・パキスタン イスラム共和国
・バングラデシュ人民共和国
・スリランカ民主社会主義共和国
・ネパール連邦民主共和国
・ブータン王国
・モルディブ共和国
・アフガニスタン イスラム共和国
・イラン イスラム共和国
・イギリス領インド洋地域(英)
○中央アジア
・カザフスタン共和国
・ウズベキスタン共和国
・タジキスタン共和国
・トルクメニスタン
・キルギス共和国
○オーストラリア
・オーストラリア連邦
○ポリネシア
・クック諸島
・ニウエ
・ニュージーランド
・トンガ王国
・ツバル
・サモア独立国
・米領サモア(米)
・ノーフォーク島(豪)
・仏領ポリネシア(仏)
・ピトケアン諸島(英)
・トケラウ諸島(新)
・ウォリス フツナ(仏)
・ハワイ(米)
・ジョンストン島(米)
・ミッドウェー環礁(米)
・イースター島(智)
・ファン フェルナンデス諸島(智)
○ミクロネシア
・ミクロネシア連邦
・キリバス共和国
・マーシャル諸島共和国
・ナウル共和国
・パラオ共和国
・グアム(米)
・北マリアナ諸島(米)
・ウェーク島(米)
○メラネシア
・フィジー
・パプアニューギニア独立国
・ソロモン諸島
・バヌアツ共和国
・ニューカレドニア(仏)
○域外
・フランス共和国
・ドイツ連邦共和国
・オランダ王国
・グレートブリテン及び北アイルランド連合王国
・スペイン王国
・ポルトガル共和国
・オーストリア共和国
・アメリカ合衆国
・トルコ共和国
・ロシア連邦
・チリ共和国
・オマーン国
「
戦後、冷戦のもと、
ブロック経済の批判的な継承として誕生したECやEFTA、
あるいは東南アジアで作られた ASEAN、
南アジアのSAARC、
アフリカのAU、
南米での南部共同体(メルコスール)、
太平洋諸島フォーラム(PIF)
などの地域統合の動きは、何れもリージョナリズムが具体的な形で実現したものである。
それらには、米ソ2大超大国、あるいはそれらに準ずる地域大国や、他地域での地域統合に対し、
弱小を自認する国々が地域的に連合して対抗するもの、
あるいは少なくとも地域内の利害対立を調整して域外国につけいる隙をなくしていくためのもの、
という性格もあった。
冷戦後、旧社会主義圏を含めた自由、無差別、多角的貿易秩序を目指すWTOの動きが本格化する中で、
リージョナリズムは特定地域間の経済的取り決めを促進する点で相反するものとみなされる。
しかし、WTOの前身であるGATTの加盟国がGATTのルールによらず、
2国間あるいは数カ国間で輸出自主規制措置や自由貿易地域の合意などがとられた事実と照らし合わせると、
全世界規模での貿易の取り決めは難しく、地域的経済統合により拡大された経済関係を作り出すことに意義があると言われている。
現実に
ヨーロッパではECがEUとして統合を強めるとともに範囲を拡大し、
北米でもNAFTAが成立する
など、リージョナリズムは強まる方向にある。
アジアにおいてもヨーロッパ・北米の試みに刺激され、地域的経済統合の兆候がある。
1991年には ASEAN経済閣僚会議で
「東アジア経済グループ」
が提唱されたものの、アメリカなどによりアジアでのブロック政策として強く批判され、具体化しなかった。
その後「東アジア経済グループ」を発展させた東アジア共同体の構想が練られているが、これにも同様の批判がある。
また、
地域の範囲を限定して強く統合しその中での主導権を確立したい中国と、
地域をオセアニアやインドまで拡大したうえで統合じたいは緩いものとし中国を牽制したい日本
の利害対立、
内政不干渉の原則などにより、
各国が政策を一致させるということも困難ではないかとされている。
」
そうなんですよね・・・。
この極東地域ほど、「地域統合」が困難な地域はありません。
かつて、「パム」は「妄想」として、「東アジア共同体」を作ったらどうかと書きました。
その国々のリストを書いて見ます。
・・・・・・バラエティーありすぎですね。
EUみたく一体化・・・、できるのでしょうか???
○東アジア
・日本国
・中華人民共和国
・香港特別行政区(中)
・マカオ特別行政区(中)
・中華民国
・大韓民国
・朝鮮民主主義人民共和国
・ベトナム社会主義共和国
・極東連邦管区(露)
・サハ共和国(露)
○東南アジア
・インドネシア
・フィリピン共和国
・ラオス人民民主主義共和国
・カンボジア王国
・マレーシア
・シンガポール共和国
・ブルネイ ダルサラーム国
・タイ王国
・ミャンマー連邦王国
・東ティモール民主共和国
・ココス諸島(豪)
・クリスマス島(豪)
○北アジア
・モンゴル国
・ウラル連邦管区(露)
・シベリア連邦管区(露)
・アルタイ共和国(露)
・ブリヤート共和国(露)
・ハカス共和国(露)
・トゥヴァ共和国(露)
○南アジア
・インド共和国
・パキスタン イスラム共和国
・バングラデシュ人民共和国
・スリランカ民主社会主義共和国
・ネパール連邦民主共和国
・ブータン王国
・モルディブ共和国
・アフガニスタン イスラム共和国
・イラン イスラム共和国
・イギリス領インド洋地域(英)
○中央アジア
・カザフスタン共和国
・ウズベキスタン共和国
・タジキスタン共和国
・トルクメニスタン
・キルギス共和国
○オーストラリア
・オーストラリア連邦
○ポリネシア
・クック諸島
・ニウエ
・ニュージーランド
・トンガ王国
・ツバル
・サモア独立国
・米領サモア(米)
・ノーフォーク島(豪)
・仏領ポリネシア(仏)
・ピトケアン諸島(英)
・トケラウ諸島(新)
・ウォリス フツナ(仏)
・ハワイ(米)
・ジョンストン島(米)
・ミッドウェー環礁(米)
・イースター島(智)
・ファン フェルナンデス諸島(智)
○ミクロネシア
・ミクロネシア連邦
・キリバス共和国
・マーシャル諸島共和国
・ナウル共和国
・パラオ共和国
・グアム(米)
・北マリアナ諸島(米)
・ウェーク島(米)
○メラネシア
・フィジー
・パプアニューギニア独立国
・ソロモン諸島
・バヌアツ共和国
・ニューカレドニア(仏)
○域外
・フランス共和国
・ドイツ連邦共和国
・オランダ王国
・グレートブリテン及び北アイルランド連合王国
・スペイン王国
・ポルトガル共和国
・オーストリア共和国
・アメリカ合衆国
・トルコ共和国
・ロシア連邦
・チリ共和国
・オマーン国
https://the5seconds.com/irresponsible-person-6951.html
「
反省、自省をしない
まず、
「反省、自省をしない」
という特徴があります。
自分が無責任な行動を取ってしまった
と思ったら、自らを省みて、自分の行動を反省する。
そして、
「今後はああいうことがないようにしよう」
と考えるのが、ふつうの心理です。
しかし、無責任な人はそういう思考回路を持ちません。
その場その場でいいかげんな行動をし、それを反省することはしない。
だから同じような行動をくりかえしてしまうのです。
」
「私は完璧だ!」
「私は一度も失敗していない!」
「オレは世間を全部知っている!」
などと言う言動って、この「無責任」から来ているのでしょうか???
「
自分に甘く、実は臆病
自ら省みることをしない、反省しない
という性格のベースにあるのが、自分への甘さです。
無責任な人は自分に甘く、たとえ人からその行動を指摘され、批判されたとしても、
「あの場合、しかたなかったんだ。
自分が悪いわけではない」
という自己弁護を、自分にします。
要するに、自分が傷つくことを怖れているのです。
その点で、「臆病」というのが、実はそういうタイプの人の性格と考えていいでしょう。
何か大きなトラブルが起こったときに、それに適切な処理をしないで逃げ出してしまうのも、
無責任な人の行動パターン。
それも「臆病な性格」から起こっていることなのです。
トラブルの渦中に身を置くことが怖い。
だから、逃げる。
これが臆病な人の心理と行動パターンなのです。
」
「パムのトラブル」で、「真の当事者」がウラに隠れているのもまさにそれですね。
既に解散したバンドとは言え、本来は「バンマス」ですから、先頭に立って問題に対処すべきなのです。
それなのに、他の人ばかり動いていて、しまいには裁判沙汰で無関係な人が被告になってしま事態になりました。
臆病・・・、ホントにそうですよね。
「
自己中
これまでの話を総括すると、つまり
「反省せず、自分に甘い。
自分が傷つくことを怖れる」
というのが、無責任な人の性格であり心理ということになります。
これを、第三者から見ると、「自己中」のひとことで表すことができるでしょう。
自己中だからこそ、人に迷惑をかけても反省しないでいられるわけですし、
自分で自分を弁護し擁護して、
「自分は悪くない」
という結論を、むりにでも導き出してしまうのです。
こうした人には、人間的な成長を期待してもむだですから、できるだけ距離を置いてつきあうのが得策です。
」
そもそも、人間は根本的には「自己中」だとは思います。
最初に自分を最優先するのは当たり前ではあります。
ここで言う「自己中」は「失敗時の対応」についてでしょうね。
しかしながら困るのは、「濡れ衣を着せられた時」の対応です。
「自己中ではない」と相手に理解してもらうのが困難なケースもあります。
「
時間にルーズ
無責任な人の特徴に挙げられるのが時間にルーズな人ではないでしょうか。
時間にルーズな人は、自分中心で相手の気持ちを考えない傾向があります。
自分が遅れたらどうなるか、
相手にどれだけの迷惑がかかるのか、
そうならない為にどうすれば良いのか
という事を考えようとしないのです。
待ち合わせ場所に遅れようが、映画が始まろうがそれは関係ないでしょう。
ただ
「遅れてごめん」
と笑顔でやってきたり、さらには謝る事すらしない人もいます。
また、仕事に遅刻しても言い訳を考えていることが多いでしょう。
こういった人の周りからはどんどん人が減っていくのは仕方がないことかもしれませんね。
」
20代の頃のパムは、まさにこうでしたwww
「
途中で投げ出す
無責任な人は途中で投げ出してしまうものです。
それがどんなに大事な事でも、どれだけの人が携わっていても関係ありません。
自分が言い出した事ですら投げ出す事もしばしばあるでしょう。
反対に、責任感がある人は
自分が言い出したんだから最後までやらなきゃ・・・
という心理が働きます。
ですが無責任な人は
逃げ道を作ろうとしたり、
言い訳を考えて、逃げる方法を探す
ケースが目立つのです。
残業や上司に誘われた時に逃げる先輩いないでしょうか。
そうなった場合、残された人間が必死に考えなければいけなくなりますよね。
結局残された人間が全てを片付ける事になるので、
普段からこんな感じの人は、信頼と信用をどんどん失っていってしまうでしょう。
」
「パム」は、かな~り限界ギリギリまで「保険外交員」の仕事を続けました。
それは、「保険外交員」の仕事として、「ご契約者様への挨拶まわり」があった事から来る理由が大きいのです。
この「ご契約者様」は、長い事、保険料を支払って頂いたありがたい方々なのです。
だから、そのご契約をお守りする為に限界ギリギリまで粘ったのです。
「
口約束が多い、ドタキャン常習者
口約束が多い、ドタキャン常習者は要注意かもしれません。
何月何日に遊ぼう、と約束をしても次の日には忘れていたりするからです。
次から次へ約束をしていき、後日ドタキャンの嵐になる事もあります。
自分のスケジュール管理ができていなかったり、
同じ友達でもその中で優先順位をつけるような
人はドタキャンが多いものです。
こういった人は約束の順番は関係なく
自分の中で誰と仲良くすれば得をするか、
誰を味方につけておけば安泰か、
なんて事を考えているので必然的にドタキャンが増えるのだとか。
また、ドタキャンを繰り返しても悪気がないので反省もせず繰り返します。
普段からドタキャンが多い人は、自然と周りから誘われなくなり孤立していきます。
」
ドタキャンですかぁ・・・。
友達とか周囲の人に「順位」をつける人って、いるんですよねぇ・・・・・・(笑)
主体性がありませんよね。
「
反省、自省をしない
まず、
「反省、自省をしない」
という特徴があります。
自分が無責任な行動を取ってしまった
と思ったら、自らを省みて、自分の行動を反省する。
そして、
「今後はああいうことがないようにしよう」
と考えるのが、ふつうの心理です。
しかし、無責任な人はそういう思考回路を持ちません。
その場その場でいいかげんな行動をし、それを反省することはしない。
だから同じような行動をくりかえしてしまうのです。
」
「私は完璧だ!」
「私は一度も失敗していない!」
「オレは世間を全部知っている!」
などと言う言動って、この「無責任」から来ているのでしょうか???
「
自分に甘く、実は臆病
自ら省みることをしない、反省しない
という性格のベースにあるのが、自分への甘さです。
無責任な人は自分に甘く、たとえ人からその行動を指摘され、批判されたとしても、
「あの場合、しかたなかったんだ。
自分が悪いわけではない」
という自己弁護を、自分にします。
要するに、自分が傷つくことを怖れているのです。
その点で、「臆病」というのが、実はそういうタイプの人の性格と考えていいでしょう。
何か大きなトラブルが起こったときに、それに適切な処理をしないで逃げ出してしまうのも、
無責任な人の行動パターン。
それも「臆病な性格」から起こっていることなのです。
トラブルの渦中に身を置くことが怖い。
だから、逃げる。
これが臆病な人の心理と行動パターンなのです。
」
「パムのトラブル」で、「真の当事者」がウラに隠れているのもまさにそれですね。
既に解散したバンドとは言え、本来は「バンマス」ですから、先頭に立って問題に対処すべきなのです。
それなのに、他の人ばかり動いていて、しまいには裁判沙汰で無関係な人が被告になってしま事態になりました。
臆病・・・、ホントにそうですよね。
「
自己中
これまでの話を総括すると、つまり
「反省せず、自分に甘い。
自分が傷つくことを怖れる」
というのが、無責任な人の性格であり心理ということになります。
これを、第三者から見ると、「自己中」のひとことで表すことができるでしょう。
自己中だからこそ、人に迷惑をかけても反省しないでいられるわけですし、
自分で自分を弁護し擁護して、
「自分は悪くない」
という結論を、むりにでも導き出してしまうのです。
こうした人には、人間的な成長を期待してもむだですから、できるだけ距離を置いてつきあうのが得策です。
」
そもそも、人間は根本的には「自己中」だとは思います。
最初に自分を最優先するのは当たり前ではあります。
ここで言う「自己中」は「失敗時の対応」についてでしょうね。
しかしながら困るのは、「濡れ衣を着せられた時」の対応です。
「自己中ではない」と相手に理解してもらうのが困難なケースもあります。
「
時間にルーズ
無責任な人の特徴に挙げられるのが時間にルーズな人ではないでしょうか。
時間にルーズな人は、自分中心で相手の気持ちを考えない傾向があります。
自分が遅れたらどうなるか、
相手にどれだけの迷惑がかかるのか、
そうならない為にどうすれば良いのか
という事を考えようとしないのです。
待ち合わせ場所に遅れようが、映画が始まろうがそれは関係ないでしょう。
ただ
「遅れてごめん」
と笑顔でやってきたり、さらには謝る事すらしない人もいます。
また、仕事に遅刻しても言い訳を考えていることが多いでしょう。
こういった人の周りからはどんどん人が減っていくのは仕方がないことかもしれませんね。
」
20代の頃のパムは、まさにこうでしたwww
「
途中で投げ出す
無責任な人は途中で投げ出してしまうものです。
それがどんなに大事な事でも、どれだけの人が携わっていても関係ありません。
自分が言い出した事ですら投げ出す事もしばしばあるでしょう。
反対に、責任感がある人は
自分が言い出したんだから最後までやらなきゃ・・・
という心理が働きます。
ですが無責任な人は
逃げ道を作ろうとしたり、
言い訳を考えて、逃げる方法を探す
ケースが目立つのです。
残業や上司に誘われた時に逃げる先輩いないでしょうか。
そうなった場合、残された人間が必死に考えなければいけなくなりますよね。
結局残された人間が全てを片付ける事になるので、
普段からこんな感じの人は、信頼と信用をどんどん失っていってしまうでしょう。
」
「パム」は、かな~り限界ギリギリまで「保険外交員」の仕事を続けました。
それは、「保険外交員」の仕事として、「ご契約者様への挨拶まわり」があった事から来る理由が大きいのです。
この「ご契約者様」は、長い事、保険料を支払って頂いたありがたい方々なのです。
だから、そのご契約をお守りする為に限界ギリギリまで粘ったのです。
「
口約束が多い、ドタキャン常習者
口約束が多い、ドタキャン常習者は要注意かもしれません。
何月何日に遊ぼう、と約束をしても次の日には忘れていたりするからです。
次から次へ約束をしていき、後日ドタキャンの嵐になる事もあります。
自分のスケジュール管理ができていなかったり、
同じ友達でもその中で優先順位をつけるような
人はドタキャンが多いものです。
こういった人は約束の順番は関係なく
自分の中で誰と仲良くすれば得をするか、
誰を味方につけておけば安泰か、
なんて事を考えているので必然的にドタキャンが増えるのだとか。
また、ドタキャンを繰り返しても悪気がないので反省もせず繰り返します。
普段からドタキャンが多い人は、自然と周りから誘われなくなり孤立していきます。
」
ドタキャンですかぁ・・・。
友達とか周囲の人に「順位」をつける人って、いるんですよねぇ・・・・・・(笑)
主体性がありませんよね。
http://www.jikoaitaishohou.net/entry255.html
「
自己愛性人格障害は人の真似をする
自己愛性人格障害の方には理想の自分の姿というものがあります。
そして、それに近い人物やキャラクターを見ると、憧れたり嫉妬したりするのですが、この時に奇妙な行動にでます。
それが、その対象の「真似」という行為でしょう。
ここでは、自己愛性人格障害の方が人の真似をする心理を掘り下げていきましょう。
」
そーなんですよね・・・。
この「自己愛の奇妙な猿真似」を「パム」は何度も喰らっています。
ホント、これ、キモいですよー。
「
憧れと嫉妬が原動力
自己愛性人格障害の方は、自分のなりたい像に近い人物やキャラクターの行動や外見をしばしば真似しようとします。
これが、漫画など非現実の中のキャラクターであれば、
あまり害はなく、周囲にとっては少々気持ち悪いくらいで済むのですが、
身近な人間だったりすると、そのターゲットは恐怖を感じるかもしれません。
しかも、
嫉妬からそのターゲットに対して攻撃をしていたり、見下すような態度を通常は取っているのにも関わらず、
その対象の服装や言動をそのままそっくり真似たりするのです。
普段は、見下し蔑んでいるような態度を取っているのにも関わらず、そんなことをすると周囲は混乱してしまうでしょう。
そして、自己愛性人格障害の方は、
自分ではなくターゲットの方が自分の真似をしていて困っている
というようなことを言い出したりするのです。
」
へぇ・・・。
こんな事にナリガチなんですね・・・。
「
何故見下し対象のターゲットの真似をするのか
自己愛性人格障害の方がターゲットに対して、ひどい事を言ったり、見下すような態度をとるとき、多くの場合その対象に嫉妬をしています。
自分の欲しいものを持っているからです。
つまり、他人が自分のなりたい像だと、その人のことが邪魔なので、
見下して自分より劣っていることにしたいけれど、その振る舞いや立場は欲しいということです。
それが、真似という形で出てきてしまいます。
この真似をするという行為は、周囲にとっては滑稽に見えますよね。
この心理がわかると、少しかわいそうな気がするのではないでしょうか。
」
滑稽って言うか、「マジキチ」だと確信しました。
だって、Facebookのページに、
・ページのアイコン写真
・ページの背景画像
・ページに投稿写真
・ページの動画
が、ほとんど全部、「パム」で埋め尽くされているんですよーwww
キモいっ!
「
自己愛性人格障害は人の真似をする
自己愛性人格障害の方には理想の自分の姿というものがあります。
そして、それに近い人物やキャラクターを見ると、憧れたり嫉妬したりするのですが、この時に奇妙な行動にでます。
それが、その対象の「真似」という行為でしょう。
ここでは、自己愛性人格障害の方が人の真似をする心理を掘り下げていきましょう。
」
そーなんですよね・・・。
この「自己愛の奇妙な猿真似」を「パム」は何度も喰らっています。
ホント、これ、キモいですよー。
「
憧れと嫉妬が原動力
自己愛性人格障害の方は、自分のなりたい像に近い人物やキャラクターの行動や外見をしばしば真似しようとします。
これが、漫画など非現実の中のキャラクターであれば、
あまり害はなく、周囲にとっては少々気持ち悪いくらいで済むのですが、
身近な人間だったりすると、そのターゲットは恐怖を感じるかもしれません。
しかも、
嫉妬からそのターゲットに対して攻撃をしていたり、見下すような態度を通常は取っているのにも関わらず、
その対象の服装や言動をそのままそっくり真似たりするのです。
普段は、見下し蔑んでいるような態度を取っているのにも関わらず、そんなことをすると周囲は混乱してしまうでしょう。
そして、自己愛性人格障害の方は、
自分ではなくターゲットの方が自分の真似をしていて困っている
というようなことを言い出したりするのです。
」
へぇ・・・。
こんな事にナリガチなんですね・・・。
「
何故見下し対象のターゲットの真似をするのか
自己愛性人格障害の方がターゲットに対して、ひどい事を言ったり、見下すような態度をとるとき、多くの場合その対象に嫉妬をしています。
自分の欲しいものを持っているからです。
つまり、他人が自分のなりたい像だと、その人のことが邪魔なので、
見下して自分より劣っていることにしたいけれど、その振る舞いや立場は欲しいということです。
それが、真似という形で出てきてしまいます。
この真似をするという行為は、周囲にとっては滑稽に見えますよね。
この心理がわかると、少しかわいそうな気がするのではないでしょうか。
」
滑稽って言うか、「マジキチ」だと確信しました。
だって、Facebookのページに、
・ページのアイコン写真
・ページの背景画像
・ページに投稿写真
・ページの動画
が、ほとんど全部、「パム」で埋め尽くされているんですよーwww
キモいっ!
https://diamond.jp/articles/-/84419
「
今の日本には、学歴で個人を評価することに対して「時代遅れ」という風潮がある。
しかし、表には出にくくなっても、
他者の学歴に対する興味や差別意識、
自分の学歴に対する優越感、劣等感
などは、今も昔も変わらずに人々の中に根付いている。
」
「早大卒フリーター中年」の「パム」もこの「学歴」の暗黒面を肌で感じています。
「
先月、東京大学地震研究所の准教授だった都司嘉宣(つじ・よしのぶ)さん(68)
(現在、深田地質研究所客員研究員)
を取材したとき、こんなことを語られていた。
「どこの学校をどのような成績で卒業した、ということは、その後社会人になってから、大きな影響を与えるものではないと私は思います。
私は人をみるとき、学歴は一切、無視します。
研究者の力を判断するときも、論文や学会などでの活躍だけに興味がわきます」
�
筆者もその通りだと思う。
しかし、企業社会を二十数年取材していると、学歴にいつまでもしがみつく人たちがいることもまた、事実なのである。
中には、
「高学歴でもなかなか認められない」
と嘆く人も多い。
その姿は、どこか哀れで悲しみを誘う。
その一例を挙げたい。
2010年の暮れ、筆者はある忘年会に参加した。
主に出版界などで仕事をするフリーライターやフリーの編集者、デザイナーなどが集う場だった。
30人ほどの中で、テーブルの隅に、異様に盛り上がっている女性3人がいた。
筆者はその横に座っていた。
3人は互いに最終学歴を名乗り合い、権威を確かめ合うような挨拶をする。
彼女たちの最終学歴は、
北海道大学文学部大学院修士、
上智大学文学部大学院修士、
早稲田大学第一文学部大学院修士
だった。
平均年齢は30代後半。
現在の仕事の話をすることはほとんどなく、出版社で働く編集者の人事について盛り上がる。
彼女たちが一緒に仕事をしている編集者たちだ。
忘年会よりも数ヵ月前の9月~11月、いくつかの出版社で人事異動や昇格が発表されたのだという。
女性たちは自らの思いを伝えようと、上半身を前のめりにするほどだった。
「(出版社に勤務する編集者が)人事異動を命じられて、その場で“はい”と返事をするのは甘えじゃない?」
「編集者は、自分(の考え)を持っていないよね」
「(編集者は)主体性がない!」
「(編集者は)自分を持たないと!�2本の足で立って生きないと!�プライドを持つべき!」
「どこの大学を出ているのかな?」
「立教とか明治ならば、編集長なんかなれないよ」
「早稲田は、今は局長になるのは無理」
「あの人は東大?�局長はともかく、役員は無理じゃない?」
「私たちみたいな(大学)院を出ている人なんて、あのクラスにはいないよ」
「今は、院ぐらいは出ていないとね」
こんなやりとりが、その後も延々と続いた。
筆者は疑問が尽きなかった。
そもそも、出版社に勤務する編集者が人事異動を受け入れることがなぜ、
「自分を持っていない」
ことになるのか。
「主体性」「プライド」とは、こんな文脈で使う言葉なのだろうか。
ましてや「学歴」などということが関係あるのだろうか。
そもそも、生活を夫に養ってもらいながら、著者として本を1冊も書いたことがないこの女性たちに、そんなことを語る資格があるのだろうか——。
3人は高学歴かもしれないが、実際フリーライターとしての実績は限りなくゼロに近い。
それだけに、理解ができぬものだった。
」
「パム」もこんな経験がありました。
「パム」がある職場にいた時の事です。
ある先輩職員が、内勤社員(大卒正社員)に向かってこんな事を言っていました。
先輩職員:「い~な~!
○○さん(内勤社員)みたいな高学歴って、一生、良い暮らしができるんでしょ~!?
高学歴ってだけで仕事ができるんだもん!
うらやましいなぁ~!」
パム :(ニヤニヤしながら座っている)※先輩職員と同じ雇用で仕事をしている。
内勤社員:「パムさん、何、ニヤニヤしているんですか?(笑)」
※内勤社員はパムの学歴を知っている。
パム :「(先輩職員に向かって)私、早稲田卒業なんですけどぉ・・・・・・」
※「学歴だけ」なら内勤社員より上なのです。
「
早稲田卒の同期をバカにする一橋出身の負け組コンサルタント
もう1つの事例を紹介しよう。
2011年、一橋大学(学部は不明)を卒業した40代半ばの男性を取材した。
男性は、十数年前から経営コンサルタントをしている。
その前は、大手メーカーなどに勤務していた。
その頃の話になると、男性は同期の人たちを徹底的にけなした。
「早稲田を卒業した連中のほとんどは、部長になるのが精一杯。
それも部長とはいえ、出世コースから外れた部長でしかない。
本部長、役員になるコースは東大か、一橋出身」
「早稲田の連中と今会うと、多くは白髪が目立ったり、禿げている。
会社員は本当にみじめだね」
確かに同期生には、早稲田大学卒の社員が比較的多かったようだ。
仮にその会社で東大卒と早稲田卒の社員の昇格に大きな差があったとしても、それがこの男性に何の関係があるのだろうか。
「髪の毛が薄くてみじめ」
だと言うならば、この男性もまた、額の生え際は禿げ上がっている。
自分自身もみじめではないか。
彼ははるか前に退職し、小さな会社に勤務し、そこも退職した。
コンサルティング会社に移ったものの、1年で退職し、数年前からフリーのコンサルタントをしている。
残念ながら、大活躍するレベルにはいたっていない。
40代半ばという年齢を考えると、前途は厳しいかもしれない。
その意味で、不満を感じているようだった。
「一橋を卒業している自分がなぜ、認められないのか」
と言いたいように私には見えた。
童話に出てくる子どものように、疑いのない表情で真剣に、かつての同期生をけなしていた。
胸には抑えることができない焦りや、自分を認めない世の中に対する復讐心があるように思えた。
一方で、言いようのない空しさに打ちひしがれているようだった。
今50歳を前に冷静に見渡すと、復讐の牙で噛む相手もいないし、闘う場すら与えられえていないのが現状だ。
言いようのない空しさに打ちひしがれているようだった。
」
「パム」がある高齢者の先輩職員と雑談していた時の事です。
高齢先輩職員:「パム!お前はどこを出ているんだ?」
パム :「早稲田です。」
高齢先輩職員:「早稲田ならば、○○社では出世コースじゃねぇか!お前、こんなトコで何やってるんだ!?」
パム :「私はもう40歳過ぎているんですよ!?そんなん言わんといてください!」
35歳過ぎた辺りから、もう、「学歴を活かした出世」とか諦めちゃっているんですよ。
そこにしがみつく方がみっともないです。
「
「会社員」を徹底的にこきおろす高学歴な負け組たちの6つの共通点
前述した3人の女性たちとコンサルタントの男性には、いくつかの共通点がある。
(1)超高学歴である(全員が名門大学の修士課程修了)
(2)学部卒でいったん卒業し、会社員になるが、数年で退職・就職を繰り返し、30歳前で3~4つの会社に籍を置いた経験を持つ
(3)そのいずれの会社でも、さしたる実績を残していない
(4)会社員を辞めて、社会人として大学院の修士課程に進む
(5)修士号を得て、また社会に戻るが、大きな活躍ができない。めぼしい実績もない
(6)「母校」を愛するが、大学教授などとして迎えられることはない
この(1)~(6)に加え、会社員を徹底して否定することも共通項と言えよう。
冒頭で述べたように、本連載では、このようなトリッキーな言動をとる人たちを「学歴病」と捉えることとする。
」
「パム」は「卒業前後の自分の気持ち」に向き合った結果、この「学歴病」にはなりませんでした。
30歳が見えた辺りから、学歴を気にしているようじゃ仕事ができない事に気づき始めてまして、
今じゃ、「学歴」なんて「飾り」だとしか思っていません。
「
高学歴者が“潜在的な能力”を持つと“想定”する日本企業の能力観
岩田氏はこう論を進める。
「わが国では、一流大学の卒業生達は、その“就職戦線”において、他の卒業生よりはかなり有利な立場に立っている。
このことは、彼らが、“実力”において他に抜きんでているからではない。
むしろ、これは、彼らがよりすぐれた“潜在的な能力”をもっていると“想定”されるからであり、
入社後の長期にわたる訓練の結果、次第にその“能力”を発揮すると期待されているからである」(151ページより抜粋)
岩田氏の指摘を踏まえると、前述した4人の超高学歴な人たちは、
それぞれが経験した20~30年前の大学受験という競争では、“勝利者”だったと言える。
そして、就職戦線では“潜在的な能力”を持っていると“想定”された。
ところが会社に入り、一定の月日が過ぎると、その想定は誤りだった可能性がある。
4人とも、実績を残すことなく、明確な理由もなく、数年で転職を繰り返した。
30歳前で、その数は3~4つになった。
その転職の流れやキャリアに一貫したものがない。
こうなると、通常はキャリアダウンであり、労働市場においての価値は著しく下がって行く。
」
「パム」の場合は「フリーター」から社会人生活をスタートしていますので、その時点で「労働市場に於ける価値」は下がっています(笑)
「
一方で、4人の同世代の会社員の中には、30代前半~後半で早々と課長、部長などに昇進した人もいたはずである。
その中には、4人よりも難易度の低い大学を卒業した人も少なからずいるだろう。
岩田氏の言葉を借りれば、
「“能力”を発揮すると期待されていない人」
が、
「潜在的によりすぐれた一般的能力を賦与されていて、いかなる領域においてもすぐれた力を発揮する人」
をはるかに追い抜かしてしまったのである。
4人は、この現実を素直に受け入れることができないのではないか、
と筆者は思う。
だからこそ、
「自分を持っていない」
「彼は、早稲田しか出ていない」
「白髪が……禿げ頭で……」
などと、他人をこきおろすのではないだろうか。
前述の能力観をベースにして考えると、4人は拭い去れない劣等感を持っている可能性がある。
それは言い換えると、「恐怖心」なのではないか。
自分が
「実は潜在的な能力が低い人」
とレッテルを貼られることに怯え、ささやかなプライドを守るために、会社員をけなし、否定するのではないだろうか。
岩田氏が唱えるような旧態依然とした日本の能力観が、日本の企業社会の隅々に浸透しているがゆえに、
様々な問題が生じることをこの連載では考えたい。
たとえば、新卒の採用方法が時代の変化についていけない理由の1つも、このあたりにあるのではないだろうか。
社内では、職務給や成果主義がフェアな形で浸透していない。
グローバル化が進まない壁の1つも、ここにある。
社内でのいじめやパワハラ、セクハラ、長い労働時間、過労死などが発生する大きな理由も、実はこの能力観にあると筆者は考えている。
」
40歳になったら「出世」とかどーでも良くなりましてねぇ・・・。
「入賞」とか「支社長に出世できる!」とか言われても、ピンと来ませんでした。
プライベートでの知人で、「パムが早大卒である」事に対してやたらつっかかって来る男性がいます。
そして、どういうワケだか、他の「早稲田OB」と関係したりとかしているのです。
そして、「地方国立大医学部OG」と結婚して、「地方国立大医学部は早稲田より偏差値が高い」などと「パム」に言ってきたのです。
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・(゜Д゜)ハァ?」
つー事で、ライブ会場でこのご夫婦に対して、ご主人の出身大学である「明治大学」をdisる替え歌をプレゼント致しましたwww
※本来は「ラグビー早明戦」などで早稲田・明治双方による「disり合い」用に使うネタです。
「
今の日本には、学歴で個人を評価することに対して「時代遅れ」という風潮がある。
しかし、表には出にくくなっても、
他者の学歴に対する興味や差別意識、
自分の学歴に対する優越感、劣等感
などは、今も昔も変わらずに人々の中に根付いている。
」
「早大卒フリーター中年」の「パム」もこの「学歴」の暗黒面を肌で感じています。
「
先月、東京大学地震研究所の准教授だった都司嘉宣(つじ・よしのぶ)さん(68)
(現在、深田地質研究所客員研究員)
を取材したとき、こんなことを語られていた。
「どこの学校をどのような成績で卒業した、ということは、その後社会人になってから、大きな影響を与えるものではないと私は思います。
私は人をみるとき、学歴は一切、無視します。
研究者の力を判断するときも、論文や学会などでの活躍だけに興味がわきます」
�
筆者もその通りだと思う。
しかし、企業社会を二十数年取材していると、学歴にいつまでもしがみつく人たちがいることもまた、事実なのである。
中には、
「高学歴でもなかなか認められない」
と嘆く人も多い。
その姿は、どこか哀れで悲しみを誘う。
その一例を挙げたい。
2010年の暮れ、筆者はある忘年会に参加した。
主に出版界などで仕事をするフリーライターやフリーの編集者、デザイナーなどが集う場だった。
30人ほどの中で、テーブルの隅に、異様に盛り上がっている女性3人がいた。
筆者はその横に座っていた。
3人は互いに最終学歴を名乗り合い、権威を確かめ合うような挨拶をする。
彼女たちの最終学歴は、
北海道大学文学部大学院修士、
上智大学文学部大学院修士、
早稲田大学第一文学部大学院修士
だった。
平均年齢は30代後半。
現在の仕事の話をすることはほとんどなく、出版社で働く編集者の人事について盛り上がる。
彼女たちが一緒に仕事をしている編集者たちだ。
忘年会よりも数ヵ月前の9月~11月、いくつかの出版社で人事異動や昇格が発表されたのだという。
女性たちは自らの思いを伝えようと、上半身を前のめりにするほどだった。
「(出版社に勤務する編集者が)人事異動を命じられて、その場で“はい”と返事をするのは甘えじゃない?」
「編集者は、自分(の考え)を持っていないよね」
「(編集者は)主体性がない!」
「(編集者は)自分を持たないと!�2本の足で立って生きないと!�プライドを持つべき!」
「どこの大学を出ているのかな?」
「立教とか明治ならば、編集長なんかなれないよ」
「早稲田は、今は局長になるのは無理」
「あの人は東大?�局長はともかく、役員は無理じゃない?」
「私たちみたいな(大学)院を出ている人なんて、あのクラスにはいないよ」
「今は、院ぐらいは出ていないとね」
こんなやりとりが、その後も延々と続いた。
筆者は疑問が尽きなかった。
そもそも、出版社に勤務する編集者が人事異動を受け入れることがなぜ、
「自分を持っていない」
ことになるのか。
「主体性」「プライド」とは、こんな文脈で使う言葉なのだろうか。
ましてや「学歴」などということが関係あるのだろうか。
そもそも、生活を夫に養ってもらいながら、著者として本を1冊も書いたことがないこの女性たちに、そんなことを語る資格があるのだろうか——。
3人は高学歴かもしれないが、実際フリーライターとしての実績は限りなくゼロに近い。
それだけに、理解ができぬものだった。
」
「パム」もこんな経験がありました。
「パム」がある職場にいた時の事です。
ある先輩職員が、内勤社員(大卒正社員)に向かってこんな事を言っていました。
先輩職員:「い~な~!
○○さん(内勤社員)みたいな高学歴って、一生、良い暮らしができるんでしょ~!?
高学歴ってだけで仕事ができるんだもん!
うらやましいなぁ~!」
パム :(ニヤニヤしながら座っている)※先輩職員と同じ雇用で仕事をしている。
内勤社員:「パムさん、何、ニヤニヤしているんですか?(笑)」
※内勤社員はパムの学歴を知っている。
パム :「(先輩職員に向かって)私、早稲田卒業なんですけどぉ・・・・・・」
※「学歴だけ」なら内勤社員より上なのです。
「
早稲田卒の同期をバカにする一橋出身の負け組コンサルタント
もう1つの事例を紹介しよう。
2011年、一橋大学(学部は不明)を卒業した40代半ばの男性を取材した。
男性は、十数年前から経営コンサルタントをしている。
その前は、大手メーカーなどに勤務していた。
その頃の話になると、男性は同期の人たちを徹底的にけなした。
「早稲田を卒業した連中のほとんどは、部長になるのが精一杯。
それも部長とはいえ、出世コースから外れた部長でしかない。
本部長、役員になるコースは東大か、一橋出身」
「早稲田の連中と今会うと、多くは白髪が目立ったり、禿げている。
会社員は本当にみじめだね」
確かに同期生には、早稲田大学卒の社員が比較的多かったようだ。
仮にその会社で東大卒と早稲田卒の社員の昇格に大きな差があったとしても、それがこの男性に何の関係があるのだろうか。
「髪の毛が薄くてみじめ」
だと言うならば、この男性もまた、額の生え際は禿げ上がっている。
自分自身もみじめではないか。
彼ははるか前に退職し、小さな会社に勤務し、そこも退職した。
コンサルティング会社に移ったものの、1年で退職し、数年前からフリーのコンサルタントをしている。
残念ながら、大活躍するレベルにはいたっていない。
40代半ばという年齢を考えると、前途は厳しいかもしれない。
その意味で、不満を感じているようだった。
「一橋を卒業している自分がなぜ、認められないのか」
と言いたいように私には見えた。
童話に出てくる子どものように、疑いのない表情で真剣に、かつての同期生をけなしていた。
胸には抑えることができない焦りや、自分を認めない世の中に対する復讐心があるように思えた。
一方で、言いようのない空しさに打ちひしがれているようだった。
今50歳を前に冷静に見渡すと、復讐の牙で噛む相手もいないし、闘う場すら与えられえていないのが現状だ。
言いようのない空しさに打ちひしがれているようだった。
」
「パム」がある高齢者の先輩職員と雑談していた時の事です。
高齢先輩職員:「パム!お前はどこを出ているんだ?」
パム :「早稲田です。」
高齢先輩職員:「早稲田ならば、○○社では出世コースじゃねぇか!お前、こんなトコで何やってるんだ!?」
パム :「私はもう40歳過ぎているんですよ!?そんなん言わんといてください!」
35歳過ぎた辺りから、もう、「学歴を活かした出世」とか諦めちゃっているんですよ。
そこにしがみつく方がみっともないです。
「
「会社員」を徹底的にこきおろす高学歴な負け組たちの6つの共通点
前述した3人の女性たちとコンサルタントの男性には、いくつかの共通点がある。
(1)超高学歴である(全員が名門大学の修士課程修了)
(2)学部卒でいったん卒業し、会社員になるが、数年で退職・就職を繰り返し、30歳前で3~4つの会社に籍を置いた経験を持つ
(3)そのいずれの会社でも、さしたる実績を残していない
(4)会社員を辞めて、社会人として大学院の修士課程に進む
(5)修士号を得て、また社会に戻るが、大きな活躍ができない。めぼしい実績もない
(6)「母校」を愛するが、大学教授などとして迎えられることはない
この(1)~(6)に加え、会社員を徹底して否定することも共通項と言えよう。
冒頭で述べたように、本連載では、このようなトリッキーな言動をとる人たちを「学歴病」と捉えることとする。
」
「パム」は「卒業前後の自分の気持ち」に向き合った結果、この「学歴病」にはなりませんでした。
30歳が見えた辺りから、学歴を気にしているようじゃ仕事ができない事に気づき始めてまして、
今じゃ、「学歴」なんて「飾り」だとしか思っていません。
「
高学歴者が“潜在的な能力”を持つと“想定”する日本企業の能力観
岩田氏はこう論を進める。
「わが国では、一流大学の卒業生達は、その“就職戦線”において、他の卒業生よりはかなり有利な立場に立っている。
このことは、彼らが、“実力”において他に抜きんでているからではない。
むしろ、これは、彼らがよりすぐれた“潜在的な能力”をもっていると“想定”されるからであり、
入社後の長期にわたる訓練の結果、次第にその“能力”を発揮すると期待されているからである」(151ページより抜粋)
岩田氏の指摘を踏まえると、前述した4人の超高学歴な人たちは、
それぞれが経験した20~30年前の大学受験という競争では、“勝利者”だったと言える。
そして、就職戦線では“潜在的な能力”を持っていると“想定”された。
ところが会社に入り、一定の月日が過ぎると、その想定は誤りだった可能性がある。
4人とも、実績を残すことなく、明確な理由もなく、数年で転職を繰り返した。
30歳前で、その数は3~4つになった。
その転職の流れやキャリアに一貫したものがない。
こうなると、通常はキャリアダウンであり、労働市場においての価値は著しく下がって行く。
」
「パム」の場合は「フリーター」から社会人生活をスタートしていますので、その時点で「労働市場に於ける価値」は下がっています(笑)
「
一方で、4人の同世代の会社員の中には、30代前半~後半で早々と課長、部長などに昇進した人もいたはずである。
その中には、4人よりも難易度の低い大学を卒業した人も少なからずいるだろう。
岩田氏の言葉を借りれば、
「“能力”を発揮すると期待されていない人」
が、
「潜在的によりすぐれた一般的能力を賦与されていて、いかなる領域においてもすぐれた力を発揮する人」
をはるかに追い抜かしてしまったのである。
4人は、この現実を素直に受け入れることができないのではないか、
と筆者は思う。
だからこそ、
「自分を持っていない」
「彼は、早稲田しか出ていない」
「白髪が……禿げ頭で……」
などと、他人をこきおろすのではないだろうか。
前述の能力観をベースにして考えると、4人は拭い去れない劣等感を持っている可能性がある。
それは言い換えると、「恐怖心」なのではないか。
自分が
「実は潜在的な能力が低い人」
とレッテルを貼られることに怯え、ささやかなプライドを守るために、会社員をけなし、否定するのではないだろうか。
岩田氏が唱えるような旧態依然とした日本の能力観が、日本の企業社会の隅々に浸透しているがゆえに、
様々な問題が生じることをこの連載では考えたい。
たとえば、新卒の採用方法が時代の変化についていけない理由の1つも、このあたりにあるのではないだろうか。
社内では、職務給や成果主義がフェアな形で浸透していない。
グローバル化が進まない壁の1つも、ここにある。
社内でのいじめやパワハラ、セクハラ、長い労働時間、過労死などが発生する大きな理由も、実はこの能力観にあると筆者は考えている。
」
40歳になったら「出世」とかどーでも良くなりましてねぇ・・・。
「入賞」とか「支社長に出世できる!」とか言われても、ピンと来ませんでした。
プライベートでの知人で、「パムが早大卒である」事に対してやたらつっかかって来る男性がいます。
そして、どういうワケだか、他の「早稲田OB」と関係したりとかしているのです。
そして、「地方国立大医学部OG」と結婚して、「地方国立大医学部は早稲田より偏差値が高い」などと「パム」に言ってきたのです。
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・(゜Д゜)ハァ?」
つー事で、ライブ会場でこのご夫婦に対して、ご主人の出身大学である「明治大学」をdisる替え歌をプレゼント致しましたwww
※本来は「ラグビー早明戦」などで早稲田・明治双方による「disり合い」用に使うネタです。
http://konpeki.hatenablog.com/entry/2017/08/25/000000
「
加害者は弱虫
「わけのわからない」加害者の心理を探っていくうちに、
彼らの攻撃は「防御」であり、それだけ「弱い自分」「脆弱な自我」を持つのだ
と気づきました。
フツーの人々が、追い詰められたときに取る行動を、日常的に常に行なっているのです。
それだけ、
「現実という真実に直面できない」
のだと判りました。
「強いのではない」「究極のヘタレ」です。
「弱い犬ほどよく吠える」の譬えどおり、
威張り・偉そうにし・優位に立とう立とうとする、無意味で涙ぐましい努力は、
全てこの脆弱な自我を守るためでした。
無意味で当たりまえ、現実を直視できない弱い「自我を守る」以外の目的は無いのですから、
生産性も効率性も何もへったくれです。
」
「自己愛性パーソナリティ障害」って「究極のヘタレ」との指摘、ごもっともですね。
「
防衛機制とは
専門家ではないので、Wikipedia等の受け売りです。
防衛機制とは、
「受け入れがたい状況、または潜在的な危険な状況に晒された時に、それによる不安を軽減しようとする無意識的な心理的メカニズム」
だそうです。
・健康なものと不健康なものがある
・現実の否認または認知の歪みといった心理的戦略
レベル1:精神病的防衛
レベル2:未熟な防衛
レベル3:神経症的防衛
レベル4:成熟した防衛
以上のような分類があり、
加害者が用いるのは、1と2の不健康で子どもっぽい防衛で、
主に被害者がとるのは、3と4の自責的な防衛か昇華です
」
「パム」がここ数年来興味を持っている「防衛機制」ですね。
こういうのは、健全な人でも「ピンチの時」にはやったりするらしいです。
「
加害者の用いる防衛機制
レベル1:精神病的防衛
※ 自己愛的精神病的防衛ともいわれる。
・転換(Conversion) -
抑圧された衝動や葛藤が、麻痺や感覚喪失となって表現される。
手足が痺れたり、
失立失歩(脱力し立ったり歩けなくなる)、
声が出なくなる失声症や視野が狭くなる、
嚥下困難、
不食や嘔吐
などの症状が出る。
・『否認(Denial)』-
不安や苦痛を生み出すようなある出来事から目をそらし、認めないこと。
「抑圧」はその出来事を無意識的に追い払うものだが、『「否認」は出来事自体が存在しないかのような言動をとる。』
特に「原始的否認」は分裂を強化するような性質の否認を指す。
理想化や脱価値化は、原始的否認を背景とし、また否認を強化する。
・『歪曲(Distortion)』-
内面ニーズを満たすよう『外部の現実を再構成する。』
・『投影(Projection)』-
自分の内面にある『受け入れがたい感情や欲動を外部に写し出す』こと。
これは『明らかな妄想』(迫害されるという被害妄想)の形を取る(精神病性妄想)。
妄想的投影(Delusional projection)。
・『分裂(Splitting, スプリッティング, スプリット) 』-
対象や自己に対しての良いイメージ・悪いイメージを別のものとして隔離すること。
「良い」部分が「悪い」部分によって汚染、破壊されるという被害的な不安があり、
両者を分裂させ、分けることで良い部分を守ろうとする。
抑圧が「臭いものにフタをする」のに対し、分裂は「それぞれ別の箱に入れて」しまう。
『分裂させた自己の悪い部分は、しばしば相手の中に「投影」される』。
・『躁的防衛(Manic defence)』 -
自分の大切な対象を失ったり、傷つけたりしてしまったと感じた時に生じる不安や抑うつなどの不快な感情を意識しなくするために行う。
『「優越感(征服感)」「支配感」「軽蔑感」』の三つの感情に特徴づけられ、
自分は万能であり相手を支配できると思い込んだり、逆に相手の価値をおとしめたりする。
うつ気分を逆転させた躁の気分で抑うつの痛みを振り払おうとする。
※ よくある加害者のパターンは「赤字」でマークアップいたしました。【『』で囲っています】
レベル2:未熟な防衛
・『行動化(Acting out)』-
抑圧された衝動や葛藤が『問題行動』として表出すること 。
具体的には
『性的逸脱行動』、
自傷行為、
自殺企図、
『暴言』、
『暴力』、
過食、
拒食、
『浪費』、
『万引き』、
『薬物依存』、
『アルコール依存』
などが挙げられる。
・途絶(Blocking)
・心気症(Hypochondriasis)
・『取り入れ(摂取, Introjection)』 -
投影と逆で、他者の中にある感情や観念、価値観などを『自分のもののように』感じたり、受け入れたりすること。
特に他者の好ましい部分を取り入れることが多い。
発達過程においては道徳心や良心の形成に役立つ。
しかし度が過ぎると
主体性のなさに繋がったり、
『他人の業績を自分のことと思い込んで』満足する(自我拡大)、
自他の区別がつきにくい人間となる。
・『シソイド幻想』
・『理想化』 -
自己と対象が「分裂」している状態で、分裂させた『一方を過度に誇大視して「理想化」する』こと。
分裂された『もう一方は「脱価値化」を伴う』。
高次の「理想化」は、対象の悪い部分を見ないようにすることで『自分の攻撃性を否認し、それに伴う罪悪感を取り去る』のに対し、
「原始的理想化」は、対象の悪い部分に破壊されないように『その部分を認識しない』ようにする。
・『受動的攻撃行動』 - サボタージュなど。
・『投影性同一視(Projective identification, 投影同一視、投影同一化)』 -
スプリッティングが働いている中で、
『自分自身の悪い部分を相手の中に写し(投影)、相手を支配している、』または傷つけていると感じること。
その時に『投影されている側の人間に、投影された「悪い部分」(憎しみや怒り、軽蔑など)の感情が生まれる』という現象が起こる。
・『投影(Projection)』-
自分自身の中にある『受け入れがたい不快な感情を、自分以外の他者が持っていると知覚する』こと。
例えば、自分が憎んでいる相手を「憎んでいる」とは意識できず、
相手が自分を憎んでおり攻撃してくるのではないかと思い恐れる、
自分が性的な欲望を感じている異性に対し、相手が自分に情欲を感じていると思い、「誘惑されている」と感じたりする。
・『退行(Regression)』-
耐え難い事態に直面したとき、現在の自分より幼い時期の発達段階に戻ること。
以前の『未熟な段階の低次な行動』をしたり、『未分化な思考や表現様式』となる。
不安な時に他人の話を鵜呑みにしやすくなったりするのも退行の一種だが、
これは「取り入れ」をよく用いる発達段階に戻ったことでおこる現象である。
・身体化(Somatization) -
抑圧された衝動や葛藤が、様々な身体症状となって表れること。心気化。
・『希望的観測』
※ よくある加害者のパターンは「赤字」でマークアップいたしました。【『』で囲っています】
」
現象としてはまさにここにある通りなのでしょうけどね・・・。
どうも、一部で「パムに許してもらうには、パムをひたすらおだてたら良い。」と信じ込まれている様子なのですが、
そんなデマはどこから広まって行ったのでしょうか?
まず、そのような行為をする人物を「パム」は軽蔑しますし信用しません。
これこそ、ここにある「防衛機制」なのでしょう。
「
加害者のナカミは三歳児以下
加害者がよく用いるレベル1・レベル2の二つは、幼児性の高い手段であり、それを無意識に選択しています。
特に、「努力して克服」のレベル4の手段は、まず取られず、
それだけ「脳みそのナカミが幼児」であり、精神年齢的に一歩も進歩していないのが見てとれます。
江戸川コナンの逆で、
「見た目は大人・ナカミは子ども」
だから始末に負えないのです。
」
そして、資金的な余裕があったりするとさらに手がつけられなくなるのですよ・・・・・・。
あ~、めんどくさい・・・。
「
加害者は弱虫
「わけのわからない」加害者の心理を探っていくうちに、
彼らの攻撃は「防御」であり、それだけ「弱い自分」「脆弱な自我」を持つのだ
と気づきました。
フツーの人々が、追い詰められたときに取る行動を、日常的に常に行なっているのです。
それだけ、
「現実という真実に直面できない」
のだと判りました。
「強いのではない」「究極のヘタレ」です。
「弱い犬ほどよく吠える」の譬えどおり、
威張り・偉そうにし・優位に立とう立とうとする、無意味で涙ぐましい努力は、
全てこの脆弱な自我を守るためでした。
無意味で当たりまえ、現実を直視できない弱い「自我を守る」以外の目的は無いのですから、
生産性も効率性も何もへったくれです。
」
「自己愛性パーソナリティ障害」って「究極のヘタレ」との指摘、ごもっともですね。
「
防衛機制とは
専門家ではないので、Wikipedia等の受け売りです。
防衛機制とは、
「受け入れがたい状況、または潜在的な危険な状況に晒された時に、それによる不安を軽減しようとする無意識的な心理的メカニズム」
だそうです。
・健康なものと不健康なものがある
・現実の否認または認知の歪みといった心理的戦略
レベル1:精神病的防衛
レベル2:未熟な防衛
レベル3:神経症的防衛
レベル4:成熟した防衛
以上のような分類があり、
加害者が用いるのは、1と2の不健康で子どもっぽい防衛で、
主に被害者がとるのは、3と4の自責的な防衛か昇華です
」
「パム」がここ数年来興味を持っている「防衛機制」ですね。
こういうのは、健全な人でも「ピンチの時」にはやったりするらしいです。
「
加害者の用いる防衛機制
レベル1:精神病的防衛
※ 自己愛的精神病的防衛ともいわれる。
・転換(Conversion) -
抑圧された衝動や葛藤が、麻痺や感覚喪失となって表現される。
手足が痺れたり、
失立失歩(脱力し立ったり歩けなくなる)、
声が出なくなる失声症や視野が狭くなる、
嚥下困難、
不食や嘔吐
などの症状が出る。
・『否認(Denial)』-
不安や苦痛を生み出すようなある出来事から目をそらし、認めないこと。
「抑圧」はその出来事を無意識的に追い払うものだが、『「否認」は出来事自体が存在しないかのような言動をとる。』
特に「原始的否認」は分裂を強化するような性質の否認を指す。
理想化や脱価値化は、原始的否認を背景とし、また否認を強化する。
・『歪曲(Distortion)』-
内面ニーズを満たすよう『外部の現実を再構成する。』
・『投影(Projection)』-
自分の内面にある『受け入れがたい感情や欲動を外部に写し出す』こと。
これは『明らかな妄想』(迫害されるという被害妄想)の形を取る(精神病性妄想)。
妄想的投影(Delusional projection)。
・『分裂(Splitting, スプリッティング, スプリット) 』-
対象や自己に対しての良いイメージ・悪いイメージを別のものとして隔離すること。
「良い」部分が「悪い」部分によって汚染、破壊されるという被害的な不安があり、
両者を分裂させ、分けることで良い部分を守ろうとする。
抑圧が「臭いものにフタをする」のに対し、分裂は「それぞれ別の箱に入れて」しまう。
『分裂させた自己の悪い部分は、しばしば相手の中に「投影」される』。
・『躁的防衛(Manic defence)』 -
自分の大切な対象を失ったり、傷つけたりしてしまったと感じた時に生じる不安や抑うつなどの不快な感情を意識しなくするために行う。
『「優越感(征服感)」「支配感」「軽蔑感」』の三つの感情に特徴づけられ、
自分は万能であり相手を支配できると思い込んだり、逆に相手の価値をおとしめたりする。
うつ気分を逆転させた躁の気分で抑うつの痛みを振り払おうとする。
※ よくある加害者のパターンは「赤字」でマークアップいたしました。【『』で囲っています】
レベル2:未熟な防衛
・『行動化(Acting out)』-
抑圧された衝動や葛藤が『問題行動』として表出すること 。
具体的には
『性的逸脱行動』、
自傷行為、
自殺企図、
『暴言』、
『暴力』、
過食、
拒食、
『浪費』、
『万引き』、
『薬物依存』、
『アルコール依存』
などが挙げられる。
・途絶(Blocking)
・心気症(Hypochondriasis)
・『取り入れ(摂取, Introjection)』 -
投影と逆で、他者の中にある感情や観念、価値観などを『自分のもののように』感じたり、受け入れたりすること。
特に他者の好ましい部分を取り入れることが多い。
発達過程においては道徳心や良心の形成に役立つ。
しかし度が過ぎると
主体性のなさに繋がったり、
『他人の業績を自分のことと思い込んで』満足する(自我拡大)、
自他の区別がつきにくい人間となる。
・『シソイド幻想』
・『理想化』 -
自己と対象が「分裂」している状態で、分裂させた『一方を過度に誇大視して「理想化」する』こと。
分裂された『もう一方は「脱価値化」を伴う』。
高次の「理想化」は、対象の悪い部分を見ないようにすることで『自分の攻撃性を否認し、それに伴う罪悪感を取り去る』のに対し、
「原始的理想化」は、対象の悪い部分に破壊されないように『その部分を認識しない』ようにする。
・『受動的攻撃行動』 - サボタージュなど。
・『投影性同一視(Projective identification, 投影同一視、投影同一化)』 -
スプリッティングが働いている中で、
『自分自身の悪い部分を相手の中に写し(投影)、相手を支配している、』または傷つけていると感じること。
その時に『投影されている側の人間に、投影された「悪い部分」(憎しみや怒り、軽蔑など)の感情が生まれる』という現象が起こる。
・『投影(Projection)』-
自分自身の中にある『受け入れがたい不快な感情を、自分以外の他者が持っていると知覚する』こと。
例えば、自分が憎んでいる相手を「憎んでいる」とは意識できず、
相手が自分を憎んでおり攻撃してくるのではないかと思い恐れる、
自分が性的な欲望を感じている異性に対し、相手が自分に情欲を感じていると思い、「誘惑されている」と感じたりする。
・『退行(Regression)』-
耐え難い事態に直面したとき、現在の自分より幼い時期の発達段階に戻ること。
以前の『未熟な段階の低次な行動』をしたり、『未分化な思考や表現様式』となる。
不安な時に他人の話を鵜呑みにしやすくなったりするのも退行の一種だが、
これは「取り入れ」をよく用いる発達段階に戻ったことでおこる現象である。
・身体化(Somatization) -
抑圧された衝動や葛藤が、様々な身体症状となって表れること。心気化。
・『希望的観測』
※ よくある加害者のパターンは「赤字」でマークアップいたしました。【『』で囲っています】
」
現象としてはまさにここにある通りなのでしょうけどね・・・。
どうも、一部で「パムに許してもらうには、パムをひたすらおだてたら良い。」と信じ込まれている様子なのですが、
そんなデマはどこから広まって行ったのでしょうか?
まず、そのような行為をする人物を「パム」は軽蔑しますし信用しません。
これこそ、ここにある「防衛機制」なのでしょう。
「
加害者のナカミは三歳児以下
加害者がよく用いるレベル1・レベル2の二つは、幼児性の高い手段であり、それを無意識に選択しています。
特に、「努力して克服」のレベル4の手段は、まず取られず、
それだけ「脳みそのナカミが幼児」であり、精神年齢的に一歩も進歩していないのが見てとれます。
江戸川コナンの逆で、
「見た目は大人・ナカミは子ども」
だから始末に負えないのです。
」
そして、資金的な余裕があったりするとさらに手がつけられなくなるのですよ・・・・・・。
あ~、めんどくさい・・・。
https://www.oto-namida.com/434
「
ロックとは、一般的には音楽ジャンルのひとつとされており、ロック&ロール(ロックンロール)を略した言葉です。
ロックという言葉は現代も色褪せることなく
「めっちゃロックやん!」
なんて具合に普通に使われます。
その一方で、ロックは音楽ジャンルの中でもその意味や定義が曖昧で、いつの時代も議論の的になってきました。
そもそも音楽ジャンルなのか?
というところから始まるくらい、広く深いテーマです。
そんなロックの意味や定義について、
一般的に知られているロックのイメージや、
ロックスターによる「ロックとは●●だ」などの巷の各論
から紐解き、考えてみました。
」
「パム」は自分の事を全く「ロック」だとは考えていません。
おっさんがやりたい事をやりたいようにやりたい放題にしているだけです。
「
主体的な活動こそロック
大きな組織に飼われ、音楽産業の仕掛け人たちに作り上げられるのではなく、
自分たちのやりたい音楽だけを主体的に発信していくのがロックだという論です。
その意味で、どんな分野の人であれ、言いたい事、思っている事を、ハッキリ表現する人がロックになります。
」
あれ???
(再掲)
>「パム」は自分の事を全く「ロック」だとは考えていません。
>おっさんがやりたい事をやりたいようにやりたい放題にしているだけです。
えっと・・・、むしろ、「ロック」はしたくないんですが・・・・・・。
「
音楽的特徴
ギターが歪んでいるとか、音がデカいなどの特徴のある音楽をロックとする論です。
ボーカルが感情のままに歌ってる姿なんかロックです
」
かつて「パム」が在籍していたパンクバンドは、ギターボーカルのギターがボーカルの声を殺す程に大きな音を出していました。
これも、「ロック」なのでしょうか?
「
ファッション
酒やタバコ、バイクや革ジャン、クスリや女、タトゥーやピアスなど、
ロックを連想させるアイテムやライフスタイルはたくさんあります。
いつの時代もロック=不良というイメージがあります。
」
確かに、「パム」はこういう路線とは正反対なので、「ロックではない」ですねwww
「
思想的姿勢および活動、生きざま
その国、その時代の体制や権力に対して、アンチテーゼを発信するのがロックだという論です。
」
最近の「パム」が「神田川」を歌っている時にアジっている内容は、これなんでしょうかね?
--引用--
ゲバ棒ぶんまわして火炎瓶をぶんなげてさ
平和の為に警官隊や仲間内で殺し合いをしてさ
良い大学出て良い会社に入ってバブルで設けたら
『若気の至り』なんですか?
「
コンプレックスの表現
自分の中にあるコンプレックスや闇、それらを曲に昇華し、さらけ出すのがロックだという論です。
この論から言えば、現代日本のロックバンドが不良ではなくオタクっぽくなっているのもうなずけます。
」
ある「ロックンローラー」が「パムの事ばかりネタにする」って言うのは、この「コンプレックスの表現」だと受け取れます。
つー事は、あれも「ロック」なんですね。
「
結論
上記の各論から共通項を探してみると、いずれも「自分が自分であるため」の営みに思えます。
・世の中がどんな有り様であろうと、自分が自分であることを貫くこと。
・世の中に折り合いをつけられないことからくるネガティブな感情を、自殺や犯罪ではなく、表現という手段でアウトプットすること。
・そして、表現を超えて、ライフスタイルやファッションにまで反映し、日常的に意思表示をし続けること。
・偽善と裏表に満ちた既存のシステムに常に懐疑的であり、一切の迎合は許さず、言いたい事を言うこと。
・自分の中にあるどんな自分も、偽り無く表現すること。
こうした思いが受け取れる音楽、純粋であることにこだわりつづける姿勢、それがロックなのではないでしょうか。
」
あれ???
つ~事は、「パムばっかり警戒しているロックンローラー」は、「自分が自分であることを貫く」と言えるのでしょうか???
う~~ん、敢えて、結論は書きませ~~~ん♪
「
ロックとは、一般的には音楽ジャンルのひとつとされており、ロック&ロール(ロックンロール)を略した言葉です。
ロックという言葉は現代も色褪せることなく
「めっちゃロックやん!」
なんて具合に普通に使われます。
その一方で、ロックは音楽ジャンルの中でもその意味や定義が曖昧で、いつの時代も議論の的になってきました。
そもそも音楽ジャンルなのか?
というところから始まるくらい、広く深いテーマです。
そんなロックの意味や定義について、
一般的に知られているロックのイメージや、
ロックスターによる「ロックとは●●だ」などの巷の各論
から紐解き、考えてみました。
」
「パム」は自分の事を全く「ロック」だとは考えていません。
おっさんがやりたい事をやりたいようにやりたい放題にしているだけです。
「
主体的な活動こそロック
大きな組織に飼われ、音楽産業の仕掛け人たちに作り上げられるのではなく、
自分たちのやりたい音楽だけを主体的に発信していくのがロックだという論です。
その意味で、どんな分野の人であれ、言いたい事、思っている事を、ハッキリ表現する人がロックになります。
」
あれ???
(再掲)
>「パム」は自分の事を全く「ロック」だとは考えていません。
>おっさんがやりたい事をやりたいようにやりたい放題にしているだけです。
えっと・・・、むしろ、「ロック」はしたくないんですが・・・・・・。
「
音楽的特徴
ギターが歪んでいるとか、音がデカいなどの特徴のある音楽をロックとする論です。
ボーカルが感情のままに歌ってる姿なんかロックです
」
かつて「パム」が在籍していたパンクバンドは、ギターボーカルのギターがボーカルの声を殺す程に大きな音を出していました。
これも、「ロック」なのでしょうか?
「
ファッション
酒やタバコ、バイクや革ジャン、クスリや女、タトゥーやピアスなど、
ロックを連想させるアイテムやライフスタイルはたくさんあります。
いつの時代もロック=不良というイメージがあります。
」
確かに、「パム」はこういう路線とは正反対なので、「ロックではない」ですねwww
「
思想的姿勢および活動、生きざま
その国、その時代の体制や権力に対して、アンチテーゼを発信するのがロックだという論です。
」
最近の「パム」が「神田川」を歌っている時にアジっている内容は、これなんでしょうかね?
--引用--
ゲバ棒ぶんまわして火炎瓶をぶんなげてさ
平和の為に警官隊や仲間内で殺し合いをしてさ
良い大学出て良い会社に入ってバブルで設けたら
『若気の至り』なんですか?
「
コンプレックスの表現
自分の中にあるコンプレックスや闇、それらを曲に昇華し、さらけ出すのがロックだという論です。
この論から言えば、現代日本のロックバンドが不良ではなくオタクっぽくなっているのもうなずけます。
」
ある「ロックンローラー」が「パムの事ばかりネタにする」って言うのは、この「コンプレックスの表現」だと受け取れます。
つー事は、あれも「ロック」なんですね。
「
結論
上記の各論から共通項を探してみると、いずれも「自分が自分であるため」の営みに思えます。
・世の中がどんな有り様であろうと、自分が自分であることを貫くこと。
・世の中に折り合いをつけられないことからくるネガティブな感情を、自殺や犯罪ではなく、表現という手段でアウトプットすること。
・そして、表現を超えて、ライフスタイルやファッションにまで反映し、日常的に意思表示をし続けること。
・偽善と裏表に満ちた既存のシステムに常に懐疑的であり、一切の迎合は許さず、言いたい事を言うこと。
・自分の中にあるどんな自分も、偽り無く表現すること。
こうした思いが受け取れる音楽、純粋であることにこだわりつづける姿勢、それがロックなのではないでしょうか。
」
あれ???
つ~事は、「パムばっかり警戒しているロックンローラー」は、「自分が自分であることを貫く」と言えるのでしょうか???
う~~ん、敢えて、結論は書きませ~~~ん♪
http://www.y-tohara.com/myouken-1.html
「
妙見(ミョウケン)信仰とは、
一般には仏教でいう北辰妙見菩薩(ホクシンミョウケンボサツ)に対する信仰をいうが、
その原姿は、道教における星辰信仰、特に北極星・北斗七星に対する信仰である。
」
・・・・・・いきなり、仏教と道教がシンクレティズムしたぞwww
「
道教では、
北天にあって動かない北極星(北辰ともいう)を宇宙の全てを支配する最高神・天帝(太一神ともいう)として崇め、
その傍らで天帝の乗り物ともされる北斗七星は、天帝からの委託を受けて人々の行状を監視し、その生死禍福を支配するとされた。
そこから、北辰・北斗に祈れば百邪を除き、災厄を免れ、福がもたらされ、長生きできるとの信仰が生まれ、
その半面、悪行があれば寿命が縮められ、死後も地獄の責め苦から免れないともされた。
この北辰・北斗を神格化したのが『鎮宅霊符神』(チンタクレイフシン)で、
それが仏教に入って『北辰妙見菩薩』と変じ、
神道では『天御中主神』(アメノミナカヌシ)と習合したという。
」
ここでは、敢えて「道教」での呼び名を「天帝」としていますね。
実は、「天皇大帝」とも言うのです、
つまり、
道教:天皇大帝/天帝/太一神/北極紫微大帝/北斗星君/北辰/北斗
陰陽道:鎮宅霊符神
仏教:妙見菩薩/北辰妙見菩薩
神道:天御中主神/北辰妙見尊星王
となるんですね・・・・・・。
って、「天皇」???
「
※鎮宅霊符神
鎮宅霊符の“霊符”とは一種の護符で、ご利益の種類に応じて多くの霊符があるという。
わが国でいう“お札”“お守り”の原点ともいえる。
鎮宅霊符とは72種の霊符を一枚にまとめたもので、文字通り家宅を治め家人の安全を護る護符であり、
これを家の四方に配すれば邪霊排除、いわゆる魔除けに効果があるとされた。
その霊符が時代とともに次第にご利益の範囲を弘め、
例えば漢の頃、
貧しくて病難災厄が続いていたある一家に、ある日二人の童子が訪れて鎮宅霊符を授け、
「これを朝夕礼拝祈念すれば、10年にして家おおいに富み、20年にして子孫繁栄、30年にして天子がその家を訪れるであろう」
と告げた。
奇しきことと思いながらも礼拝していたら、お告げの通り天子が訪れてくるまでに富み栄えた。
その家を訪れた天子は、その話を聞き、この霊符の霊験あらたかなことに驚き、自らも信奉し且つ天下に弘めさせた、
との伝承があるように、数ある霊符のなかで最も強力な力を持つ霊符として広く信仰されたという。
」
「漢代」の話が出てくると言う事は、中国由来ですね。
「陰陽道」でしょうか?「道教」でしょうか?
「
※北辰妙見菩薩(妙見菩薩)
仏教にいう“菩薩”とは、“悟りを求める人”あるいは“悟りを得た人”の意で、仏に次ぐ地位にある尊格だが、
妙見菩薩は菩薩を称するもののインド由来のそれと異なり、
仏教パルテノンでは、弁財天や毘沙門天などと同じく“天部”に属する。
一般の菩薩に比べて格が低いということだが、その分、身近な尊格として親しみやすかったのかもしれない。
妙見とは“妙なる視力”、事の善悪や真理をよく見通すという意で、
七仏所説神呪経(5・6世紀頃中国で成立した偽経)には、
『吾は北辰菩薩、名づけて妙見という。
・・・吾を祀らば護国鎮守・除災招福・長寿延命・風雨順調・五穀豊穣・人民安楽にして、王は徳を讃えられん』
と現世利益の功徳を讃えている。
わが国では密教や修験道で重要視され、これを勧請しての国家鎮護・除災招福の祈願が密教僧あるいは修験僧によって盛んにおこなわれたという。
特に日蓮宗では
「日蓮が宗門隆盛を祈っているとき、天から大きな明星が降りてきた」
とか
「日蓮が伊勢の常明寺に滞在しているとき、北辰妙見菩薩が姿を顕した」
といった伝承から、宗祖・日蓮との関わりが深く、妙見菩薩を祀る星祭りが盛大におこなわれたという。
また俗信では、眼病平癒に験ある仏として巷間に浸透している。
」
元祖のインドには存在しない、中国で仏教に組み込まれた道教の神様って事ですね。
「
※天御中主神
アメノミナカヌシとは、古事記冒頭の天地開闢に際して、
混沌のなかから最初に成り出でた造化三神(アメノミナカヌシ・タカミムスヒ・カミムスヒ)の中心となる神である。
ただ、この神は開闢の冒頭に登場するもただちに身を隠したため何らの事績もなく、
古社のなかでこの神を祭神とする社はなく、この神の後裔を名乗る氏族もないという不思議な神で、
重要な神でありながら中心から身を引いた神といえる。
しかし鎌倉以降、特に江戸時代になって記紀神話の再解釈や神道思想の高揚とともに、
この神を天地創造の主宰神・世界を創造し支配する最高神とする思想が生まれ、
神仏習合の進展ともあいまって妙見菩薩や鎮宅霊符神と習合していったといわれる。
この神が鎮宅霊符神と習合したのは、両者ともに宇宙を創生した最高神とされることが大きな要因であろうが、
この神について、記紀神話に何らの記載もないことから、後世の神格形成に際して自由度が高かったことからともいえ、
それはキリスト教におけるマリア信仰と同じである。
」
「あめのみなかぬしさま、お助けいただきましてありがとうございます」と言う言霊は最強らしいですね。
って感じで、「多神教」ってごちゃごちゃになるんですよ。
そして、中国の皇帝も「天帝」に例えられてました。
日本の「天皇」と同じ意味ですね。
「
妙見(ミョウケン)信仰とは、
一般には仏教でいう北辰妙見菩薩(ホクシンミョウケンボサツ)に対する信仰をいうが、
その原姿は、道教における星辰信仰、特に北極星・北斗七星に対する信仰である。
」
・・・・・・いきなり、仏教と道教がシンクレティズムしたぞwww
「
道教では、
北天にあって動かない北極星(北辰ともいう)を宇宙の全てを支配する最高神・天帝(太一神ともいう)として崇め、
その傍らで天帝の乗り物ともされる北斗七星は、天帝からの委託を受けて人々の行状を監視し、その生死禍福を支配するとされた。
そこから、北辰・北斗に祈れば百邪を除き、災厄を免れ、福がもたらされ、長生きできるとの信仰が生まれ、
その半面、悪行があれば寿命が縮められ、死後も地獄の責め苦から免れないともされた。
この北辰・北斗を神格化したのが『鎮宅霊符神』(チンタクレイフシン)で、
それが仏教に入って『北辰妙見菩薩』と変じ、
神道では『天御中主神』(アメノミナカヌシ)と習合したという。
」
ここでは、敢えて「道教」での呼び名を「天帝」としていますね。
実は、「天皇大帝」とも言うのです、
つまり、
道教:天皇大帝/天帝/太一神/北極紫微大帝/北斗星君/北辰/北斗
陰陽道:鎮宅霊符神
仏教:妙見菩薩/北辰妙見菩薩
神道:天御中主神/北辰妙見尊星王
となるんですね・・・・・・。
って、「天皇」???
「
※鎮宅霊符神
鎮宅霊符の“霊符”とは一種の護符で、ご利益の種類に応じて多くの霊符があるという。
わが国でいう“お札”“お守り”の原点ともいえる。
鎮宅霊符とは72種の霊符を一枚にまとめたもので、文字通り家宅を治め家人の安全を護る護符であり、
これを家の四方に配すれば邪霊排除、いわゆる魔除けに効果があるとされた。
その霊符が時代とともに次第にご利益の範囲を弘め、
例えば漢の頃、
貧しくて病難災厄が続いていたある一家に、ある日二人の童子が訪れて鎮宅霊符を授け、
「これを朝夕礼拝祈念すれば、10年にして家おおいに富み、20年にして子孫繁栄、30年にして天子がその家を訪れるであろう」
と告げた。
奇しきことと思いながらも礼拝していたら、お告げの通り天子が訪れてくるまでに富み栄えた。
その家を訪れた天子は、その話を聞き、この霊符の霊験あらたかなことに驚き、自らも信奉し且つ天下に弘めさせた、
との伝承があるように、数ある霊符のなかで最も強力な力を持つ霊符として広く信仰されたという。
」
「漢代」の話が出てくると言う事は、中国由来ですね。
「陰陽道」でしょうか?「道教」でしょうか?
「
※北辰妙見菩薩(妙見菩薩)
仏教にいう“菩薩”とは、“悟りを求める人”あるいは“悟りを得た人”の意で、仏に次ぐ地位にある尊格だが、
妙見菩薩は菩薩を称するもののインド由来のそれと異なり、
仏教パルテノンでは、弁財天や毘沙門天などと同じく“天部”に属する。
一般の菩薩に比べて格が低いということだが、その分、身近な尊格として親しみやすかったのかもしれない。
妙見とは“妙なる視力”、事の善悪や真理をよく見通すという意で、
七仏所説神呪経(5・6世紀頃中国で成立した偽経)には、
『吾は北辰菩薩、名づけて妙見という。
・・・吾を祀らば護国鎮守・除災招福・長寿延命・風雨順調・五穀豊穣・人民安楽にして、王は徳を讃えられん』
と現世利益の功徳を讃えている。
わが国では密教や修験道で重要視され、これを勧請しての国家鎮護・除災招福の祈願が密教僧あるいは修験僧によって盛んにおこなわれたという。
特に日蓮宗では
「日蓮が宗門隆盛を祈っているとき、天から大きな明星が降りてきた」
とか
「日蓮が伊勢の常明寺に滞在しているとき、北辰妙見菩薩が姿を顕した」
といった伝承から、宗祖・日蓮との関わりが深く、妙見菩薩を祀る星祭りが盛大におこなわれたという。
また俗信では、眼病平癒に験ある仏として巷間に浸透している。
」
元祖のインドには存在しない、中国で仏教に組み込まれた道教の神様って事ですね。
「
※天御中主神
アメノミナカヌシとは、古事記冒頭の天地開闢に際して、
混沌のなかから最初に成り出でた造化三神(アメノミナカヌシ・タカミムスヒ・カミムスヒ)の中心となる神である。
ただ、この神は開闢の冒頭に登場するもただちに身を隠したため何らの事績もなく、
古社のなかでこの神を祭神とする社はなく、この神の後裔を名乗る氏族もないという不思議な神で、
重要な神でありながら中心から身を引いた神といえる。
しかし鎌倉以降、特に江戸時代になって記紀神話の再解釈や神道思想の高揚とともに、
この神を天地創造の主宰神・世界を創造し支配する最高神とする思想が生まれ、
神仏習合の進展ともあいまって妙見菩薩や鎮宅霊符神と習合していったといわれる。
この神が鎮宅霊符神と習合したのは、両者ともに宇宙を創生した最高神とされることが大きな要因であろうが、
この神について、記紀神話に何らの記載もないことから、後世の神格形成に際して自由度が高かったことからともいえ、
それはキリスト教におけるマリア信仰と同じである。
」
「あめのみなかぬしさま、お助けいただきましてありがとうございます」と言う言霊は最強らしいですね。
って感じで、「多神教」ってごちゃごちゃになるんですよ。
そして、中国の皇帝も「天帝」に例えられてました。
日本の「天皇」と同じ意味ですね。
https://hataractive.jp/useful/1612/
「
【プロ意識とは?】
元々プロという言葉は、サッカーや野球選手、職人系の職種の人などに使われていて、
その道のプロとしての高い意識を指しています。
成果が出れば次の試合にスタメン入りできる反面、活躍のチャンスを逃すと次に使ってもらえない世界。
そんな状況下に置かれている人だからこそ、
プロと呼ばれる人たちは高い意識を持って自身の実力を発揮することにこだわりを持ちます。
ただ、近年では、そういった専門分野のプロフェッショナルだけではなく、
働く人全てに当てはめられることがあるようです。
そもそも
「プロ意識を持っている」
というのは、仕事に対して高い意識を持って仕事に取り組んでいること。
プロ意識というのは、
もっと成長したいという意欲的な気持ちや、
自己実現、成果、結果に対する執着心や責任
といったものが高いことです。
プロであるためには、受け身になるのではなく、自身で考え行動を起こす積極性が求められます。
」
「パム」が何かをする時に積極的に提案などをしていたら、この状態になっているのかも知れませんね。
「
【プロ意識を持つことのメリット】
そのプロ意識を持つことで得られるメリットは、以下のようなものです。
・仕事にやりがいを感じられる
・求められる人材になれる
・責任感に目覚め、質のいい仕事をこなせるようになる
・知恵やスキル、向上心が芽生える
・自身の成長を感じられる
これを見る限り、どんな仕事でも大切にしたい意識や心がけのように感じます。
プロ意識という言葉は、人によっては重圧や重荷のような感覚を覚えるかもしれませんが、
仕事をしてお金をもらうこと、すなわちそれがプロなのです。
この意識をもっているだけで、仕事の効率やスキル、向上心などに大きな違いが出てくるでしょう。
はじめは「プロである自分」を意識する努力が必要ですが、
慣れていけば自然と仕事への姿勢が楽になってくるかもしれません。
」
「パム」はここに「仕事の費用対効果」を加えて考えています。
つまり、「仕事の責任」と「仕事の結果得られる収入」のバランスです。
「やりがい」だけで生活を維持する事は不可能です。
そして、「給与面からして重すぎる仕事の指示」を受けた場合には、お断りする事もありました。
「
【プロとアマの違い】
プロフェッショナルが何かを理解するためには、対義語である「アマチュア」との違いを考えてみるのが良いでしょう。
アマチュアとは、プロに近い技術や知識を持っているが、その能力を活かせる職業に就いていない人を指す言葉です。
職業や分野によってプロとアマの違いはさまざまですが、ここではその一例をご紹介しましょう。
・最終的な結果を出すか出さないか
・不調のときに休むか休まないか
・常に成長のための努力をしているかどうか
・自分に対する評価基準が厳しいか甘いか
・成果が出たときにすぐ切り替えるか、いつまでも喜んでいるか
・責任があるかないか
」
ここは敢えて「他人の例」を出します。
「資格保有者が公的な場で発言してはならない言動」と言うのがあります。
それを堂々と発言して、「自分は専門家だから専門家の言葉に従いなさい!」と、「専門家なら言わない言動」を繰り返しました。
つまり、「資格保有者」「仕事を継続できている人」が「プロ」とは限らないって事です。
なお、「パム」が「思い切った言動」をする場合は、「確信犯」です(笑)
「
◇プロ意識を高めるヒント
」
「
【受身の姿勢にならない】
仕事に対して受身の姿勢で取り組む人は、目的意識が薄くなりがちで職場の信頼を得られません。
常に明確な目標を設定し、そこに向かって自律的に取り組むのがプロとしてのあり方。
プロと呼ばれる人たちは、自ら課題を見つけ解決に向けての策を考えています。
人からの指示を待って言われた仕事だけをやっているのでは、プロ意識が芽生えることはないでしょう。
主体的な行動は失敗のリスクや責任を伴いますが、結果的にはその経験が自分の成長につながっていくはず。
リスクを引き受ける姿勢も、プロ意識といえるかもしれません。
仕事には失敗のリスクもありますが、自らの提案や行動で得られた成果は何にも増して嬉しいものです。
また、余裕が出てきたら目の前の業務だけではなく、会社全体のビジョンや目標を意識して仕事をしてはいかがですか?
「自分が経営者だったら、業務をどう改善してこうか」
といった視野で仕事に取り組むと、新たな発見があるかもしれません。
」
「パム」が「受身」から脱却した後、興味深い事を知る事ができました。
これ、「パム」が従事していた職業の全てについてです。
「パム」が自分で調べ始めたら・・・・・・、そこに出てきたのは、恐ろしい事実でした。
敢えて「何か?」はここでは明記しません。
「
【成功に満足しない】
大きな成功を納めたとき、その成果に満足して現状にとどまるのではプロとはいえないでしょう。
成功すれば嬉しい気持ちになるのは当たり前ですが、プロはすぐに切り替えて再び次の目標を設定します。
プロ意識の高い人は
「成長の余地はまだある」
と考え、向上し続ける姿勢を持っています。
一度成功しても常に「次」の段階を考え自分を伸ばしていくのが、プロであるとはいえないでしょうか。
自己評価が甘い人、成功した後喜びに浸る時間が長い人は、自分の次のステージがどこにあるのかを考えてみてください。
」
「自分に欠点が無い」
「自分は失敗した事が無い」
「自分は世間を全て知っている」
このような言動が出てくる人は、「成功に満足している人」なんでしょう。
「パム」は、「失敗を次への教訓として無駄にしない」姿勢でいます。
今、「パムが踏んだ巨大な地雷」への対応中なのですが、ここで何が学べるのでしょうか?
なんか、よく解りませんが、役立つけど本来なら知る事は無かったノウハウを見に付けました。
「
【モチベーションの不安定性を知る】
多くの人が、仕事の原動力は「モチベーション」と考えています。
もちろんそれは間違っていませんが、モチベーションは置かれた状況によって日々変化するものです。
例えば、虫歯で歯が痛い日に、高いモチベーションを保つのは難しいことでしょう。
しかし、納期が決まっている限り仕事は終わらせなければならず、顧客が待っているならば笑顔で対応しなければなりません。
ここでモチベーションに関わらず、普段と変わらず仕事に取り組む姿勢が「プロ意識」といえるのではないでしょうか?
プロ意識を高めるには、仕事の動機をモチベーションに依存し過ぎないことが大切です。
」
ここ、「パム」の弱点ですね。
「パム」はどうしても「顔に出る」性格なので、困ったモノです・・・・・・。
そう言う意味では、「パム」もプロ意識が低いかも・・・知れませんね。
「
【プロ意識とは?】
元々プロという言葉は、サッカーや野球選手、職人系の職種の人などに使われていて、
その道のプロとしての高い意識を指しています。
成果が出れば次の試合にスタメン入りできる反面、活躍のチャンスを逃すと次に使ってもらえない世界。
そんな状況下に置かれている人だからこそ、
プロと呼ばれる人たちは高い意識を持って自身の実力を発揮することにこだわりを持ちます。
ただ、近年では、そういった専門分野のプロフェッショナルだけではなく、
働く人全てに当てはめられることがあるようです。
そもそも
「プロ意識を持っている」
というのは、仕事に対して高い意識を持って仕事に取り組んでいること。
プロ意識というのは、
もっと成長したいという意欲的な気持ちや、
自己実現、成果、結果に対する執着心や責任
といったものが高いことです。
プロであるためには、受け身になるのではなく、自身で考え行動を起こす積極性が求められます。
」
「パム」が何かをする時に積極的に提案などをしていたら、この状態になっているのかも知れませんね。
「
【プロ意識を持つことのメリット】
そのプロ意識を持つことで得られるメリットは、以下のようなものです。
・仕事にやりがいを感じられる
・求められる人材になれる
・責任感に目覚め、質のいい仕事をこなせるようになる
・知恵やスキル、向上心が芽生える
・自身の成長を感じられる
これを見る限り、どんな仕事でも大切にしたい意識や心がけのように感じます。
プロ意識という言葉は、人によっては重圧や重荷のような感覚を覚えるかもしれませんが、
仕事をしてお金をもらうこと、すなわちそれがプロなのです。
この意識をもっているだけで、仕事の効率やスキル、向上心などに大きな違いが出てくるでしょう。
はじめは「プロである自分」を意識する努力が必要ですが、
慣れていけば自然と仕事への姿勢が楽になってくるかもしれません。
」
「パム」はここに「仕事の費用対効果」を加えて考えています。
つまり、「仕事の責任」と「仕事の結果得られる収入」のバランスです。
「やりがい」だけで生活を維持する事は不可能です。
そして、「給与面からして重すぎる仕事の指示」を受けた場合には、お断りする事もありました。
「
【プロとアマの違い】
プロフェッショナルが何かを理解するためには、対義語である「アマチュア」との違いを考えてみるのが良いでしょう。
アマチュアとは、プロに近い技術や知識を持っているが、その能力を活かせる職業に就いていない人を指す言葉です。
職業や分野によってプロとアマの違いはさまざまですが、ここではその一例をご紹介しましょう。
・最終的な結果を出すか出さないか
・不調のときに休むか休まないか
・常に成長のための努力をしているかどうか
・自分に対する評価基準が厳しいか甘いか
・成果が出たときにすぐ切り替えるか、いつまでも喜んでいるか
・責任があるかないか
」
ここは敢えて「他人の例」を出します。
「資格保有者が公的な場で発言してはならない言動」と言うのがあります。
それを堂々と発言して、「自分は専門家だから専門家の言葉に従いなさい!」と、「専門家なら言わない言動」を繰り返しました。
つまり、「資格保有者」「仕事を継続できている人」が「プロ」とは限らないって事です。
なお、「パム」が「思い切った言動」をする場合は、「確信犯」です(笑)
「
◇プロ意識を高めるヒント
」
「
【受身の姿勢にならない】
仕事に対して受身の姿勢で取り組む人は、目的意識が薄くなりがちで職場の信頼を得られません。
常に明確な目標を設定し、そこに向かって自律的に取り組むのがプロとしてのあり方。
プロと呼ばれる人たちは、自ら課題を見つけ解決に向けての策を考えています。
人からの指示を待って言われた仕事だけをやっているのでは、プロ意識が芽生えることはないでしょう。
主体的な行動は失敗のリスクや責任を伴いますが、結果的にはその経験が自分の成長につながっていくはず。
リスクを引き受ける姿勢も、プロ意識といえるかもしれません。
仕事には失敗のリスクもありますが、自らの提案や行動で得られた成果は何にも増して嬉しいものです。
また、余裕が出てきたら目の前の業務だけではなく、会社全体のビジョンや目標を意識して仕事をしてはいかがですか?
「自分が経営者だったら、業務をどう改善してこうか」
といった視野で仕事に取り組むと、新たな発見があるかもしれません。
」
「パム」が「受身」から脱却した後、興味深い事を知る事ができました。
これ、「パム」が従事していた職業の全てについてです。
「パム」が自分で調べ始めたら・・・・・・、そこに出てきたのは、恐ろしい事実でした。
敢えて「何か?」はここでは明記しません。
「
【成功に満足しない】
大きな成功を納めたとき、その成果に満足して現状にとどまるのではプロとはいえないでしょう。
成功すれば嬉しい気持ちになるのは当たり前ですが、プロはすぐに切り替えて再び次の目標を設定します。
プロ意識の高い人は
「成長の余地はまだある」
と考え、向上し続ける姿勢を持っています。
一度成功しても常に「次」の段階を考え自分を伸ばしていくのが、プロであるとはいえないでしょうか。
自己評価が甘い人、成功した後喜びに浸る時間が長い人は、自分の次のステージがどこにあるのかを考えてみてください。
」
「自分に欠点が無い」
「自分は失敗した事が無い」
「自分は世間を全て知っている」
このような言動が出てくる人は、「成功に満足している人」なんでしょう。
「パム」は、「失敗を次への教訓として無駄にしない」姿勢でいます。
今、「パムが踏んだ巨大な地雷」への対応中なのですが、ここで何が学べるのでしょうか?
なんか、よく解りませんが、役立つけど本来なら知る事は無かったノウハウを見に付けました。
「
【モチベーションの不安定性を知る】
多くの人が、仕事の原動力は「モチベーション」と考えています。
もちろんそれは間違っていませんが、モチベーションは置かれた状況によって日々変化するものです。
例えば、虫歯で歯が痛い日に、高いモチベーションを保つのは難しいことでしょう。
しかし、納期が決まっている限り仕事は終わらせなければならず、顧客が待っているならば笑顔で対応しなければなりません。
ここでモチベーションに関わらず、普段と変わらず仕事に取り組む姿勢が「プロ意識」といえるのではないでしょうか?
プロ意識を高めるには、仕事の動機をモチベーションに依存し過ぎないことが大切です。
」
ここ、「パム」の弱点ですね。
「パム」はどうしても「顔に出る」性格なので、困ったモノです・・・・・・。
そう言う意味では、「パム」もプロ意識が低いかも・・・知れませんね。
http://powerspot-tour.net/knowledge/tougokusansya/
「
東国三社とは
関東地方東部の利根川流域に鎮座する神社である鹿島神宮・香取神宮・息栖神社の3社の総称です。
それぞれ
・鹿島神宮 主祭神 武甕槌神(たけみかづちのおおかみ)
・香取神宮 主祭神 経津主神(ふつぬしのおおかみ)
・息栖神社 主祭神 久那戸神(くなどのかみ)、相殿神 天鳥船命(あめのとりふねのみこと)
が主祭神として祀られています。
併せて「3社」と呼ばれるのは、それぞれに祀られる神が、東国平定に密接に関わっていることに起因します。
東国三社参りとは
『鹿島神宮』と『香取神宮』はともに神話に描かれた神を祀るお宮として深い縁があります。
平安時代より「神宮」という称号で記されたのは伊勢、鹿島、香取、の3社のみです。
鹿島神宮と香取神宮は古くから武神・国家鎮護の神としてとして崇敬を集めていました。
両神宮に『息栖神社』を加えた、この3社を一緒にめぐると縁起が良いとされています。
江戸時代には「下三宮参り」と称して、
関東以北の人々が伊勢神宮参拝後にこれら3社を巡拝する慣習が存在し、大変にぎわったといわれています。
」
つまり、
鹿島神宮・・・タケミカヅチ(不空絹索観音の権現)
元別当寺:鹿島神宮寺(真言宗御室派/本尊 釈迦如来)※廃寺
香取神宮・・・経津主神(薬師如来の権現)
元別当寺:金剛宝寺(新義真言宗/本尊 十一面観音)
息栖神社・・・岐の神(青面金剛、地蔵菩薩、馬頭観音の権現/道祖神、庚申信仰、猿田彦とも習合)
って事ですね。
そして、東京(江戸)を含む東国では、この3社を巡るのが「三社参り」と言うのですね。
「
浮かび上がる『謎のトライアングル』
3社の所在地を直線で結んでみると、地図上に直角二等辺三角形が浮かび上がります。
この直角の頂点が息栖神社です。
位置関係は下記の通りです。
・鹿島神宮-香取神宮間 約12000m
・鹿島神宮-息栖神社間 約9000m
・香取神宮-息栖神社間 約8600m
このトライアングル内では、色々と不思議なことが起こるという噂もある強力なパワースポットです。
http://powerspot-tour.net/wp-content/uploads/2017/05/triangle.jpg
東国三社と富士山
かつて冬の晴天の日には、鹿島地方から富士山が見えたといわれました。
3社は富士山を意識し建てられ、そのエネルギーを3社で受け止めるように位置しているという説が有ります。
・息栖神社:本殿から見て正面がまっすぐ富士山に向かっている。
・鹿島神宮:本殿に参拝したときに直角右手方向が富士山に向かっている。
・香取神宮:本殿に参拝したときに直角左手方向がぴったり富士山に向かっている。
http://powerspot-tour.net/wp-content/uploads/2017/05/fuji.jpg
鹿島神宮『夏至のレイライン』
最も力強く生命力を与える夏至の日の太陽の動きは、日本各地の強力なパワースポットとされる場所を直線で結んでいます。
鹿島神宮と富士山を結ぶレイラインの先は、
日本最大のパワースポット『伊勢神宮』と天孫降臨の地とされる『高千穂』へと繋がっていきます。
天照大神の命を受け葦原中国平定(あしはらのなかつくにへいてい)に派遣され、
見事、国譲りを成功させる建御雷神を祀った鹿島神宮と天孫の邇邇藝命(ににぎのみこと)が、
葦原中国を治めるために天降った高千穂とが一直線に並ぶとは深い因縁を感じさせます。
」
ふぬぬ・・・。
こりゃ、「神秘学」の領域ですな。
しかし、この事実を把握してから「東国三社参り」をすると、ご利益を効果的に受け止める事が可能かもですね。
「
東国三社参りのお守り
「東国三社お守り」は一社ごとにご神紋を頂き完成するお守りです。
裏には、
「霊験あらたかな東国三社の神々を巡拝する事でご神徳を戴き、強い決断力と幸運を授かるよう祈念するものです。」
とあります。
お参りの順序には諸説あるようですが、江戸時代の船の順路に習うと
『鹿島神宮→息栖神社→香取神宮』
だそうです。
車なら、それぞれの間を20分程度で周ることができます。
古くは、伊勢神宮、鹿島神宮、香取神宮の三社だけが神宮と呼ばれていました。
そのため、伊勢にお参りにいったあとに御陰参りとして
「お伊勢の禊(みそぎ)の三社参り」
もしくは
「下三宮参り」
と称し、東国三社参りを行なったそうです。
東国三社を詣でれば、伊勢神宮にお参りしたのと同等のご利益があるとも云われています。
」
なるほど!
しか~し、東京からこの3社は遠すぎま~す!
どうしましょ・・・・・・。
「
東国三社とは
関東地方東部の利根川流域に鎮座する神社である鹿島神宮・香取神宮・息栖神社の3社の総称です。
それぞれ
・鹿島神宮 主祭神 武甕槌神(たけみかづちのおおかみ)
・香取神宮 主祭神 経津主神(ふつぬしのおおかみ)
・息栖神社 主祭神 久那戸神(くなどのかみ)、相殿神 天鳥船命(あめのとりふねのみこと)
が主祭神として祀られています。
併せて「3社」と呼ばれるのは、それぞれに祀られる神が、東国平定に密接に関わっていることに起因します。
東国三社参りとは
『鹿島神宮』と『香取神宮』はともに神話に描かれた神を祀るお宮として深い縁があります。
平安時代より「神宮」という称号で記されたのは伊勢、鹿島、香取、の3社のみです。
鹿島神宮と香取神宮は古くから武神・国家鎮護の神としてとして崇敬を集めていました。
両神宮に『息栖神社』を加えた、この3社を一緒にめぐると縁起が良いとされています。
江戸時代には「下三宮参り」と称して、
関東以北の人々が伊勢神宮参拝後にこれら3社を巡拝する慣習が存在し、大変にぎわったといわれています。
」
つまり、
鹿島神宮・・・タケミカヅチ(不空絹索観音の権現)
元別当寺:鹿島神宮寺(真言宗御室派/本尊 釈迦如来)※廃寺
香取神宮・・・経津主神(薬師如来の権現)
元別当寺:金剛宝寺(新義真言宗/本尊 十一面観音)
息栖神社・・・岐の神(青面金剛、地蔵菩薩、馬頭観音の権現/道祖神、庚申信仰、猿田彦とも習合)
って事ですね。
そして、東京(江戸)を含む東国では、この3社を巡るのが「三社参り」と言うのですね。
「
浮かび上がる『謎のトライアングル』
3社の所在地を直線で結んでみると、地図上に直角二等辺三角形が浮かび上がります。
この直角の頂点が息栖神社です。
位置関係は下記の通りです。
・鹿島神宮-香取神宮間 約12000m
・鹿島神宮-息栖神社間 約9000m
・香取神宮-息栖神社間 約8600m
このトライアングル内では、色々と不思議なことが起こるという噂もある強力なパワースポットです。
http://powerspot-tour.net/wp-content/uploads/2017/05/triangle.jpg
東国三社と富士山
かつて冬の晴天の日には、鹿島地方から富士山が見えたといわれました。
3社は富士山を意識し建てられ、そのエネルギーを3社で受け止めるように位置しているという説が有ります。
・息栖神社:本殿から見て正面がまっすぐ富士山に向かっている。
・鹿島神宮:本殿に参拝したときに直角右手方向が富士山に向かっている。
・香取神宮:本殿に参拝したときに直角左手方向がぴったり富士山に向かっている。
http://powerspot-tour.net/wp-content/uploads/2017/05/fuji.jpg
鹿島神宮『夏至のレイライン』
最も力強く生命力を与える夏至の日の太陽の動きは、日本各地の強力なパワースポットとされる場所を直線で結んでいます。
鹿島神宮と富士山を結ぶレイラインの先は、
日本最大のパワースポット『伊勢神宮』と天孫降臨の地とされる『高千穂』へと繋がっていきます。
天照大神の命を受け葦原中国平定(あしはらのなかつくにへいてい)に派遣され、
見事、国譲りを成功させる建御雷神を祀った鹿島神宮と天孫の邇邇藝命(ににぎのみこと)が、
葦原中国を治めるために天降った高千穂とが一直線に並ぶとは深い因縁を感じさせます。
」
ふぬぬ・・・。
こりゃ、「神秘学」の領域ですな。
しかし、この事実を把握してから「東国三社参り」をすると、ご利益を効果的に受け止める事が可能かもですね。
「
東国三社参りのお守り
「東国三社お守り」は一社ごとにご神紋を頂き完成するお守りです。
裏には、
「霊験あらたかな東国三社の神々を巡拝する事でご神徳を戴き、強い決断力と幸運を授かるよう祈念するものです。」
とあります。
お参りの順序には諸説あるようですが、江戸時代の船の順路に習うと
『鹿島神宮→息栖神社→香取神宮』
だそうです。
車なら、それぞれの間を20分程度で周ることができます。
古くは、伊勢神宮、鹿島神宮、香取神宮の三社だけが神宮と呼ばれていました。
そのため、伊勢にお参りにいったあとに御陰参りとして
「お伊勢の禊(みそぎ)の三社参り」
もしくは
「下三宮参り」
と称し、東国三社参りを行なったそうです。
東国三社を詣でれば、伊勢神宮にお参りしたのと同等のご利益があるとも云われています。
」
なるほど!
しか~し、東京からこの3社は遠すぎま~す!
どうしましょ・・・・・・。