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除夜祭~護摩祈祷

除夜祭~天満神社


大晦日23時30分に家を出る。沼区天満神社の年越しイベント除夜祭に参加する為である。

前夜の暴風雨が嘘のような静かで暖かい夜だ。

同行は、娘婿と今は長須賀に住む本家のS子さん。


先ず、神社の近くにある総持院(真言宗智山派)で除夜の鐘を撞くことにする。

鐘楼には副住職が立っていて作法を説明してくれる。

私は、家内安全を祈ってから副住職の言う通りに力を抜いて鐘を撞く。すると、静寂な境内に何ともいえない鐘の音が響き渡った。

帰り際、住職(岡沼区長)の奥様から甘酒のおもてなしを受ける。そこには八月に総本山智積院で得度したという副住職の幼い長男の信宥君も加わっていた。厳しく育てているな、と思った。


天満神社に着くと、お焚き火が炎を上げて燃えている。

私共は、そこへ古い御神札を投げ入れる。



魚との対話-除夜祭 お焚き上げ


午前0時、太鼓を合図に崇敬会会長の音頭で一斉参拝する。

そして、天神会新会長の粋な計らいで、天神会所属の新婚夫婦により鏡開きが行われ、参拝者全員で乾杯する。


魚との対話-除夜祭 天神会新婚夫婦による鏡開き


それから、天神会(祭りの実行部隊)は参拝者にさしの神輿をくぐらせるサービスだ。

それは、前会長に尋ねると胎内くぐりと答える。



魚との対話-除夜祭
胎内くぐり


こうして、私共は新年を迎えたのであるが、初めてのS子さんは感激の面持ちで、いっぱいお願いしちゃった、と喜んでいた。

今年、私の年代は古希を迎える。館山小学校の同級生から、そろそろクラス会を開いてくれませんか、との年賀状をもらう。恩師も健在のようだし、準備をしようかな、と思う。


護摩祈祷~総持院(沼の大寺)


私は岡沼区の三役のよしみで、総持院の住職でもある区長に、よく仏教用語を質問することがある。

お正月の護摩祈祷についての質問がきっかけで、私は総持院の不動護摩に初めて出席することになった。1月2日のことである。

我家は浄土宗であること、里帰り中の娘家族の同行、写真撮影、全てに住職のお許しを得ての出席である。

住職の読経が始まり、少ししてから副住職が太鼓をたたき出す。



魚との対話-不動護摩


続いて、住職の前で炎が上がり太鼓が激しくたたかれる。

「一心家内安全」「一心交通安全」「一心病気平癒」「一心・・・・」などの祈願の言葉を耳にする。

護摩祈祷のクライマックスである。



魚との対話-不動護摩



魚との対話-不動護摩

赤い法衣は総持院の長老、現在真言宗智山派管長・総本山智積院化主を勤める。


護摩祈祷が終り、長老が退席後、住職の法話となる。

真言宗では、「不殺生」「不偸盗」「不・・・・」

「私は殺さない」「私は盗みをしない」「私は・・・しない」と私が心の仏に誓う。

一方、キリスト教ではモーゼの十戒にあるように、「何々してはならぬ」と上からの命令で戒める。

こういった日本と西洋の違いの話を興味深く聞くことが出来た。



魚との対話-不動護摩

法話中の総持院の住職、現在岡沼区長も勤める。


それから、家内安全と朱書きされた護摩札を頂き、有意義な体験をした総持院を辞したのである。









師走の京都を歩く旅(3)

師走の京都を歩く旅、最終日の三日目は洛南から洛中へと回り、名高い寺社を巡り荘厳な伽藍、美しい

庭園、寺宝の絵画に接することが出来た。

とりわけ、私の住む館山市沼にある総持院の長老が化主を勤める智積院で、美しい尼さんが案内係りと

して詳しく説明してくれたのはありがたく嬉しいことであった。


三日目 12月15日(土) くもり


行程

 

 ホテル近鉄京都駅ー(電車)→伏見稲荷大社→伏見人形・丹嘉→東福寺ー(タクシー)→智積院ー(タク

 シー)→祇園・十二段屋で昼食→建仁寺ー(バス)→京都駅ー(新幹線のぞみ)→東京ー(高速バス)→

 館山


旅の模様


洛南・伏見稲荷大社~東福寺

伏見稲荷大社はお稲荷さんの総本宮。ここの特徴は、何と言ってもおびただしい朱色の鳥居の連なりであろう。本殿にお参りしてから圧倒される鳥居の中を進むと千本鳥居が現れる。まるでトンネルのようだ。



魚との対話-千本鳥居

千本鳥居にて二班のメンバー


千本鳥居を抜けると奥社奉拝所(通称奥の院)に出る。ここにおもかる石なるものがあり、案内板には次のような説明があった。

「灯籠の前で願い事を祈念して石灯篭の空輪(頭)を持ち上げ、その時に感じる重さが自分が予想していたよりも軽ければ願い事が叶い重ければ叶わないとする試し石で一般には「おもかる石」の名で親しまれている。」


魚との対話-おもかる石

遊び心 : おもかる石  アラッ、私軽いわ~!!


そこからの参道は山道となり、少しして先に進むのを止めた。



魚との対話-山中の鳥居

山中にも鳥居の連なり


伏見稲荷大社を後にして、東福寺を目指し伏見街道を歩く。少し進んだところで土人形の元祖という伏見人形店の丹嘉をのぞく。



魚との対話-伏見人形店

遊び心 : 伏見人形  私達も(未亡人グループ)非売品


京都五山の大伽藍・東福寺には中門から入る。先ず、雪舟寺の門前でYUさんから雪舟作の鶴亀の庭の話を聞く。それから東福寺の荘厳な本堂を仰ぎ見、通天橋へと進む。

散り紅葉が敷き詰められて絨毯のようだ。美しい光景である。しかし、通天橋からの眺めは京都を代表する紅葉名所と言われているが、その時季は過ぎ去っていた。



魚との対話-散り紅葉  東福寺 散り紅葉の絨毯



魚との対話-通天橋  通天橋にて一班のメンバー

遊び心 : 影もなく 通天橋は 散り紅葉  敬之作


さらに、開山堂へと進み普門院の縁側で一休み。



魚との対話-東福寺開山堂  遊び心 : 東福寺開山堂  大いなる勘違い!! パワースポットではありません


市松模様の白砂の庭を挟んで古ギャルと修学旅行のコギャル(高校生)の交歓後、元に戻る。



魚との対話-東福寺普門院    魚との対話-東福寺修学旅行生

東福寺普門院縁側で一休みの古ギャル      修学旅行のコギャル

遊び心 : 熟年の 修学旅行や 古都小春  博子作


洛中・智積院~建仁寺

一昨年の夏、私の住む館山市沼にある総持院の長老が、真言宗智山派の管長と総本山智積院の住職にあたる化主に就任された。そして、7月27日に初めて智積院の総門をくぐる初登嶺の儀式が行われ、これに総持院の住職である寺田さん(岡沼区長)と総代のごっさん(区長代理)も参加された。

私は岡沼区会計として交遊ががあるので、この時の模様を聞かされていた。

この度の智積院訪問予定を寺田区長に話したところ、受付で館山から来た・・・です、と言うように言われる。予定時間に受付に顔を出すと、館山の・・・さんですか、と言われ少し待つと案内係りの美しい尼さんが

やって来た。

かくして、我々は・・・さんご一行として特別待遇で智積院を見学出来ることになったのである。


先ずは、大日如来が安置されている金堂に案内される。

ごっさんが総代としてガチガチになって挨拶した所だな、と思った。



魚との対話-智積院金堂  智積院金堂


それから、大書院で名勝庭園と長谷川等伯の障壁画(複製)を鑑賞する。

尼さんは、中々の話上手で、以前あそこで岩下志麻さんのメナード化粧品のCM撮影がありました、と言った。すると、早速館山の岩下志麻さんが班毎にあそこに座り、写真タイムとなる。



魚との対話-智積院名勝庭園       魚との対話-智積院名勝庭園

智積院名勝庭園



魚との対話-智積院障壁画    魚との対話-智積院障壁画

長谷川等伯の障壁画(複製)


色々な襖絵を案内してもらい大玄関に来た時総門が見えた。化主の初登嶺の写真が目に浮ぶ。

それから、講堂で日本の春夏秋冬を題材にした墨絵の襖絵を鑑賞する。

そして、最後に宝物館で長谷川等伯とその一派によって描かれた楓図や桜図などの国宝障壁画を鑑賞

する。さすがに本物は重厚な味わいがあるように思えた。
宝物館を出ると、尼さんは皆に「智積院の寺宝」なる本を土産としてくれる。

そして、金堂への参道で尼さんと記念写真を撮り智積院を後にしたのである。

寺田区長、ありがとうございました。



魚との対話-智積院参道 智積院参道にて案内係りの尼さんと三班のメンバー


タクシーで祇園甲部歌舞練場に行き、昼食は十二段屋で名物定食を食す。出汁の効いた卵焼きが思い出される。

最後に甲部歌舞練場からすぐの京都最古の禅寺である建仁寺を訪れる。

本坊で風神雷神図屏風(複製)を見た後、中庭にある潮音庭をのぞき、法堂で小栗淳作画伯による天井画・双龍図を見る。中々の迫力あるものであった。



魚との対話-建仁寺潮音庭 建仁寺本坊中庭 潮音庭


魚との対話-建仁寺双龍図 建仁寺法堂天井画 双龍図


土曜日とあって観光客でごった返すバスで京都駅に戻った我々は、駅のショッピング街で土産を買い(田舎暮らしでは必須)、ホテルのコインロッカー(無料)から自分の荷物を引き出して、東京へ向かう15時06分発の新幹線のぞみのホームへと向った。

かくして、名高い神社仏閣を巡った三日目は終了したのである。

振り返ってみると、心配された雨が上がり、タクシーを利用して効率よく巡れたこと。そして、ホテル近鉄

京都駅を拠点としたのは実に便利であったことなど、良かったなぁ~と思う。

すべてYUさんの労を惜しまない企画力、行動力のお陰である。     おわり





















    



師走の京都を歩く旅(2)

師走の京都を歩く旅二日目は、洛北の鞍馬・貴船から洛東に回り、哲学の道を歩き琵琶湖疏水の一つ

南禅寺水路閣を見学する。

それらは、私にとっては未体験のコースで、修学旅行やツアーでは味わえない京都を満喫することが

出来た。


二日目 12月14日(金) 晴れ


行程


 ホテル近鉄京都駅ー(電車)→鞍馬駅→鞍馬寺→奥の院魔王殿→貴船神社→貴船べにやで昼食ー

 (マイクロバス)→銀閣寺→哲学の道・・・・法然院・・・・霊鑑寺→永観堂→南禅寺・水路閣ー(タクシー)

 →知恩院→円山公園→八坂神社→祇園白川・縄手通り→祇園四条松葉で夕食ー(タクシー)→ホテル

 近鉄京都駅


旅の模様


鞍馬・貴船

鞍馬駅が近づくにつれ、電車は木立の間をぬうように走る。あちこちに雪が降った跡が見える。

鞍馬駅に降り立つと冷気の中、大きな天狗の面が迎えてくれる。

いよいよ、牛若丸と天狗や魔王伝説が伝わる鞍馬山を越えて貴船を目指すハイクのスタートである。

巨大な仁王門をくぐり、ケーブルカーに乗り、少し歩くと鞍馬寺本殿金堂に着く。



魚との対話-鞍馬寺仁王門

鞍馬寺仁王門


仁王門前と本殿金堂前には、狛犬ではなく阿吽の虎が居る。また、本殿金堂前の金剛床の中心はパワー

スポットだという。



魚との対話-鞍馬寺本殿 鞍馬寺本殿金堂

遊び心 : 比叡山を遠くに望む本殿金堂前のパワースポットに立つKさん


それから、我々は杉木立に覆われた薄暗い山道を歩き続け、奥の院魔王殿を目指す。

途中、義経ゆかりの息つぎの水や背比べ石に出くわす。

背比べ石では背丈が近いKATUKOさんに並んでもらってパチリ。

少し進むと牛若丸が鞍馬天狗に出会った所と言われる僧正ガ谷不動堂に出る。向いには義経の霊を祀っているという義経堂があった。


魚との対話-義経堂そばの広場にて

遊び心 : 僧正ガ谷不動堂前で刀(杖)を構える古ギャル

       淡雪に 遮那王想う 鞍馬越え    敬之作


それから、木の根道を通り奥の院魔王殿に着く。そこは、650万年前に地球救済のため金星からやって来た魔王尊を祀っているという。



魚との対話-木の根道

木の根道



魚との対話-奥の院魔王殿

奥の院魔王殿


それから、急な下り坂を歩き、鞍馬山の西門前の朱色の小橋を渡り、貴船の町並みに到着する。

私の班で、終始難行苦行の面持ちであったTさんは、ほっとしたことであろう。

遊び心 : 二万歩の 鞍馬を越えて 椎紅葉  文女(Tさん)作


昼食前に水神を祀る貴船神社を訪れる。朱塗りの灯籠が並ぶ参道は趣深い。



魚との対話-貴船神社参道

貴船神社参道


本宮に参拝後、古ギャルは本宮前の水占斎庭(みずうらゆにわ)で水占いに興じる。

水占みくじを霊泉に浮かべると文字が浮び上がってくる。大吉と出たKONさんはご満悦。



魚との対話-水占い

遊び心 : 貴船神社の水占いに興じる古ギャル


さて、昼食は貴船川沿いに立ち並ぶ料亭の一つ、べにやで湯豆腐会席を食す。「おいでや~す」と迎えられ、大広間での丁寧なおもてなしでとる食事は疲れも飛ぶというものである。



魚との対話-べにや

京の奥座敷貴船・べにや


その後、べにやは銀閣寺までマイクロバスで送ってくれた。ありがたいことであるが、YUさんの下見旅行のお陰であろう。


哲学の道~南禅寺水路閣

我々は、北の銀閣寺橋から南の若王子橋までの哲学の道を歩く。

銀閣は簡素な佇まいで予期した通りであったが、遊歩道を巡って見る事が出来た銀沙灘(ぎんしゃだん)・

向月台・銀閣の眺めには何ともいえない趣があった。KANさんは、わび・さびの世界ですよ、と言う。



魚との対話-銀閣寺

手前から銀沙灘・向月台・銀閣の構図


わび・さびの世界と言えば、次に立ち寄った法然院もしかりであった。



魚との対話-法然院 法然院 : 境内より苔むした茅葺きの山門を望む


それから、霊鑑寺にも行ってみた。非公開で中に入れなかったが、YUさんは尼門跡寺院で皇室ゆかりの

品が多くあると言う。尼門跡寺院とは、皇女や貴族の息女が住職となる寺院とのこと。

哲学の道に戻るが、寄る年波で休憩を請う者続出。そこで、喫茶店に入り一服することになった。



魚との対話-哲学の道

哲学の道 : 琵琶湖疏水に沿ってのびる小道。 その距離は約1.5kmとのこと。

遊び心 : 大いなる勘違い!!思索にふけりながら歩く所です。


体勢を整えて、若王子橋から紅葉の名所永観堂へ向う。到着したのは16時35分、総門をくぐり中門まで行ってみる。ともかく境内はとてつもなく広いようだ。

それから、薄暗闇の中、南禅寺を訪れ巨大な山門を見る。石川五右衛門に「絶景かな、絶景かな」と言わしめた山門で、高さは22mもあるという。


続くYUさんの案内先に、アーチ構造のレトロな建造物が現れる。

もしや水道橋か、と思ったら南禅寺水路閣と知らされる。それは、琵琶湖疏水の支線の一部となるレンガ造りの水路橋とのことであった。

後日琵琶湖疏水について調べてみたら、次のようなことが書かれてあった。

「明治期に琵琶湖から京都に引かれた水路である。舟運・発電・上水道・灌漑用水などの目的で作られたが、現在は京都市に上水を供給するのが主たる目的となっている。」


魚との対話-南禅寺水路閣 南禅寺水路閣  16時51分撮影


夕どき散策

夕食前にもYUさんのガイドは続く。南禅寺からタクシーで知恩院へ。それから円山公園を横切り八坂神社に出る。

知恩院は浄土宗の総本山。円山公園では、坂本龍馬と中岡慎太郎の像や写真スポットの枝垂れ桜を見る。八坂神社では、祇園祭りと大晦日の夜から元日に行われるおけら詣りの話を聞く。

そこで、我々も一足早い初詣とばかりに本殿にお参りする。


そこから、YUさんは四条通り北側の祇園を攻めてみましょう、と白川・縄手通りを案内する。

白川南通りであろうか、川の流れる夜の祇園もまた中々の風情があった。

白川大和橋を左折して縄手通りに入り、四条通りにぶつかる少し手前にあるお好み焼きの壱銭洋食に入る。ちょっと腹ごしらえという訳である。店内は昔の映画ポスターがあったりしてレトロな雰囲気だ。


さて、正式な夕食は二つのグループに分かれた。私共夫婦は、四条通り南座そばの松葉でのにしん蕎麦を食すグループに入る。

それから、タクシーでホテル近鉄京都駅に戻ったのだが、5人の元気印は、昨夜入りそこなった先斗町の

ジャズ喫茶ハロードーリーへと向った。


かくして、一味違う京都を満喫した二日目は終了したのである。

振り返ってみると、てんこ盛りの行程であったが、予想に反して暖かであったのは何よりであった。つづく














 

師走の京都を歩く旅(1)

私は、12月13日(木)~15日(土)に掛けて「遊子の会」の仲間15名と師走の京都を歩く旅(東海ツアーズ・フリータイム2泊3日)に参加した。

京都に精通する「遊子の会」主宰者YUさんの至れり尽くせりのガイドで、「ホテル近鉄京都駅」を拠点に

洛中・洛北・洛東・洛南を歩き回り、何と万歩計は1日目13000歩、2日目19000歩、3日目14400歩を表示した。

その甲斐あって、私は京都の自然・町並み・神社仏閣・食・・・・を満喫し、歴史ある京都を身近に感じることが出来た。

YUさん、ありがとうございました。


1日目 12月13日(木) 晴れ


行程


 館山→(高速バス)→東京→(新幹線のぞみ)→京都→ホテル近鉄京都駅→錦市場→四条大橋(鴨川)

 →祇園甲部歌舞練場→錦市場池政で夕食→土佐稲荷・土佐藩邸跡→先斗町→ホテル近鉄京都駅


旅の模様


霜が降り氷が張る寒い朝、8時30分に家を出る。東京駅へ向う9時館山駅発の高速バスに乗る為である

。旅の仲間は館山駅の他に九重駅前、富浦枇杷倶楽部で乗車することになっている。

ここで、千倉駅前から館山駅へ向っている高速バスに車両故障のトラブルが発生する。

少しして九重駅前を出発したとのアナウンスにほっとする。

九重駅前からはKさん夫婦が乗車することになっている。

しかし、待てど暮らせどバスはやって来ない。

遂に9時30分に代替バスが出ることになった。

しかし、我々はKさん夫婦を置いて乗車する訳にはいかない。

全員が12時東京駅発ののぞみの座席指定券を購入している。

間に合うだろうか???

皆にイライラが募るばかりの中で、九重駅前を出発したとのアナウンスがうそであったことが分かり、

KANさんの怒りの抗議が係員にぶつけられる。

「・・・正確に伝えてくれれば、私達はKさん夫婦を迎えに行くなど対応出来たのです。・・・・・」

その通りだと私も思った。


Kさん夫婦を乗せた高速バスは9時40分にやって来た。

ぎりぎりで間に合うかも知れない。

途中、垣間見える冠雪の富士山が我々の気持ちを和らげてくれる。

11時40分東京駅に到着。

のぞみの指定車両には発車5分前に辿り着く。


のぞみの車中では、例によって食べ物が飛び交い、富士山の絶景を楽しみ、大山から伊吹山までミスター

アウトドアKさんの説明にうなずく。

かくして、我々は京都駅に予定通り到着したのである。


今回の旅の拠点であるホテル近鉄京都駅でチェックインしてから、地下鉄で四条烏丸に出る。

町並み散策のスタートに当たり、YUさんから迷子にならない為に班毎に行動するようにとの指示が出る。

班とは5人ずつの3班で夫婦者と同室の3人のコ(古)ギャルで構成され、夫が班長で自分の班に目配りを

きかせる役割をになう。


先ずは、京都の台所錦市場を訪れる。アーケードの突き当りにある錦天満宮まで、京都の食材を興味

津々の思いで眺め、時折り試食試飲を楽しみ、「2班 番号! 1、2、3、・・・・」などとおどけながら歩く。



魚との対話-錦市場
錦市場



魚との対話-錦天満宮
錦天満宮


夕食は錦市場の池政でとることになったが、時間があるので、YUさんは祇園甲部歌舞練場までの町並み

を案内してくれる。

四条通に出て高瀬川から鴨川に架かる四条大橋を渡り、南座を過ぎ一力茶屋で右折して花見小路通の

祇園の町へと進む。

祇園は夕闇に祇園提灯が映えて中々の風情があった。甲部歌舞練場は都をどりが披露される所という。



魚との対話-祇園 夕闇の祇園



魚との対話-祇園 昼間の祇園  12月15日撮影



魚との対話-南座
南座   父を亡くした中村勘九郎・七之助兄弟の名前が見える。


再び錦市場に戻り、池政で京野菜がきれいに盛り付けられたおばんざいを食す。おばんざいとはおかずの事だと店の人は言う。

夕食後は、YUさんの粋な計らいで先斗町のジャズ喫茶ハロードーリーに寄ることになった。


細い路地を潜り抜け河原町通から木屋町通を横切り先斗町に出る。

途中、この辺りは龍馬が新撰組に追われて逃げ込んだ所ですよ、と話す土佐稲荷で龍馬の像や特大写真を見る。また、高瀬川に架かる橋のたもとで土佐藩邸跡なる石柱を見る。

しかし、お目当てのハロードーリーは満席で入店はかなわなかった。

それにしても先斗町は、細い路地に鰻の寝床と形容される飲食店がひしめいている所だ。

YUさんの言う祇園は銀座、先斗町は新宿の例えが納得出来る。



魚との対話-先斗町 先斗町でのちょっと粋な光景


遊び心 : ガス灯に しぐるる背中 先斗町  子涼作


ホテルへの帰路はバスに乗った。京都駅が近づくにつれて、夜空に浮ぶ京都タワーがどんどん大きくなって行く。東京タワーを見慣れている私には異容だ。後で知る「ろうそくを模した形」に納得する。

到着した京都駅では、巨大なクリスマスツリーと光の大階段が迎えてくれた。

かくして、京都町並み散策の1日目は終わったのである。  つづく


追記

 私は旅から帰ると、自称専属カメラマンとして、パソコンに写真を取り込み配布の準備をするのだが、

 今回は遊び心いっぱいのスナップが多いのに気付いた。

 そこで、旅を振り返っての俳句と共にそれらを遊び心として記そうと思う。  

     







房州ビワの出来るまで~摘蕾作業

私の住む岡沼区(館山市沼)の主要農産物は、米・ビワ・ナバナであろう。

ナバナは、家庭菜園で野菜づくりを趣味とする私は、現在我家の畑で育てている。

米は、夏の終りにごっさん(区長代理)の田んぼで稲刈り体験をさせてもらった。

残るはビワであるが、ごっさんにお願いして房州ビワの出来るまでを追っかけることにした。

そして、11月8日(木)手始めにごっさんのビワ山で摘蕾作業を体験させてもらったのである。


ごっさんの妻MASAKOさん(私の妻と同級生)に案内されたビワ山は、沼のサンゴ層といわれる辺りから少し入った所にあった。

ビワ山はきれいに整備されていて果樹園の趣である。

ごっさんから、摘蕾作業は樹勢を痛めず充実した実をならす為で、房状の蕾の上部を摘み取り3個位に

するように、との説明を受ける。

私共夫婦は野良着姿に身を固め万全かと思っていたら、MASAKOさんから薄手の手袋とマスクを

手渡される。うぶ毛のような物が飛ぶからとのこと。

かくして、摘蕾作業の出で立ちは写真-1のようになる。



魚との対話-摘蕾作業の出立ち
写真ー1 摘蕾作業の出で立ち  11月8日撮影


ビワの木は大きく、階段状の斜面に植えられているので、蕾を摘むだけといっても難儀である。



魚との対話-枇杷園 写真ー2 ごっさんのビワ山  12月2日撮影


よって、実習生は低い位置にある取りやすい蕾だけを取ることになる。枝先の離れた所は金属製の引っ掛け棒で枝を手繰り寄せて取る。

高い位置にある蕾は、プロがハシゴに乗って取ることになる。



魚との対話-プロの摘蕾作業
写真ー3 プロは高い位置にある蕾を取る  11月8日撮影


しばらくして、ごっさんの田んぼや畑を任されているSANADAさんがやって来て、過日の稲刈り体験の

メンバーが揃う。

しかし、蕾は半端な数じゃないので、へらず口をたたくどころではない。

ビワの花がありませんね、と言う私にSANADAさんは咲いている所もありますよ、と取って見せてくれる。



魚との対話-枇杷の蕾&花 写真ー4 摘蕾作業前のビワの花と蕾  11月8日撮影


MASAKOさんの鶴の一声で休憩のティータイムとなった時、実習生には難儀な作業だと言う私に、

MASAKOさんは、主人がJA安房に勤務中はビワ山を何とかつなぎたいと実母と二人で必死に頑張ったと言う。

また、ごっさんは、手足を無理矢理伸ばす姿勢をとるので、体調が良くないと出来ない、と言う。


さて、12月に入りビワ山はどんなだろうと、私は一人で見に行った。

すると、どの木も白い花をいっぱい付けていた。



魚との対話-枇杷の蕾&花 写真ー5 摘蕾作業後のビワの花と蕾  12月2日撮影


また、ごっさんのビワ山の近くで何時の間にか蜂の巣箱が設置されていた。

ビワの花を目当てに青森県からやって来たと聞く。



魚との対話-蜂の巣箱 写真ー6 ビワの花を目当ての蜂の巣箱  12月2日撮影


そして、ごっさん宅にてビワの作業工程を聞く。


1.収穫後(6月)下草を刈り、ただちに即効性の礼肥を投与する

2.夏場に草刈り

3.9月中旬過ぎ、有機肥料を元肥として投与する

4.11月10日前後、摘蕾作業

5.2月中旬までに、寒肥の投与と下草刈り

6.3月上旬、霜害に耐えたものに袋掛け

7.5月下旬、収穫作業


南房総の初夏の味覚である房州ビワの値が張るのもうなずけるというものである。

次回は袋掛け作業の予定。





白浜城山に登ろう~里見の足跡と絶景を求めて

11月10日(土)晴れのハイク日和、私は「遊子の会」の仲間8名と共に11月の富浦ウォッチング

「白浜城山に登ろう~里見の足跡と絶景を求めて」に参加した。

白浜城山(じょうやま)で房総半島最南端の絶景に歓声を上げた後、前期里見氏の菩提寺である杖珠院を

訪れ、房総里見氏初代・義実の足跡に思いを馳せることが出来た。


戦国時代、安房国をおさめた房総里見氏。その初代・里見義実が安房に進出し、最初の拠点としたのが

白浜城でした。その城跡として今にその歴史をとどめているのが、白浜城山です。

城の名残をとどめる遺構が数多く残されています。~白浜城山ウォーキングマップより


城山には西側やぐら入口から入る。登山口には杖が置かれ、登山道は良く整備されていて、ファミリーに

打って付けのミニハイクコースであった。



魚との対話-城山~やぐら入口より  西側やぐら入口(西側登山口)前より城山を望む



魚との対話-登山道
登山道 : 切割と板貼りの階段  城跡を彷彿させる


マテバシイの林を抜け、第二展望台に立つ。まさしく房総半島最南端の絶景である。



魚との対話-第二展望台より~南側  第二展望台から正面(南側)の眺め



魚との対話-第二展望台より~東側  第二展望台から東側の眺め



魚との対話-第二展望台より~西側  第二展望台から西側の眺め : 木々の間から富士山が見えた


展望台では、会員であり主催のNPO富浦エコミューゼ研究会にも所属するOさんより、里見義実の白浜上陸は、結城の合戦に敗れて渡って来たという従来の説よりも上杉勢力を一掃するために鎌倉公方足利氏によって送り込まれたとする説が有力との説明があった。


それから、尾根づたいをを歩き第一展望台からつづら折りの急な坂道を下り、東側の登山口そばの青木観音堂に出る。そこには、なで仏のおびんずるさまが安置されているという。



魚との対話-青木観音堂  青木観音堂 : なで仏のおびんずるさまの坐像が安置されているという



魚との対話-弘法大師の芋井戸  弘法大師伝説の芋井戸


そこからすぐの弘法大師の芋井戸を見学後、青根原神社前に建つ里見成義公の碑に立ち寄り、里見義実の墓があるという杖珠院(じょうじゅいん)へ向う。

碑の横に立つ「里見二代成義公墓所」なる案内板には「墓所は青根原神社前にあり、五輪の塔もこわれ去り、わずかに墓石を残すだけとなっている。天保年間、土地の人が故人をしのび一碑を建てた。」とあった。しかし、この成義公は里見氏の略系図では( )が付き、実在不詳の取り扱いとなっている。歴史とは不思議なものである。


前期里見氏の菩提寺という杖珠院は中々立派な寺で、本堂では後藤義光の高弟後藤忠明の彫刻が見られた。



魚との対話-杖珠院 山門~本堂
杖珠院  山門~本堂



魚との対話-杖珠院本堂 後藤忠明彫刻  本堂 後藤忠明の彫刻


杖珠院には義実、成義、義通、義豊の里見氏4代の坐像が安置されているというが、それは見学することが出来なかったが義実の墓は見ることが出来た。


さて、「遊子の会」の仲間とは杖珠院山門前で記念写真を撮ってしめとしたが、里見氏の他にも色々な話を

提供してくれた。

Oさんは、尾根づたいを歩きながら「むかご」なる実を採って食べてみてと言う。食ったことがあるなぁ~、と思ったら長芋の種だと言う。また、ヤブニッケイの葉は山の唯一の香辛料と教えられる。

KONさんは、杖珠院へ向う道すがら、御詠歌のうんちくを語る。

試験があると言い、上手な人はめりはりがあり、こぶしを入れるという。寂しげな歌だと思っていたら、色々とあるものである。

N子さんは、帰路のマイクロバス車中で、安房グリーンラインでは一箇所だけ富士山が見えると言う。

確かに指摘の場所で富士山が一瞬見えたが、それを「一瞬芸で見えるのよね」と言ったのには恐れ入った。


かくして、楽しく物知りとなった半日の富浦ウォッチングは終わったのである。






ニジマスの燻製作り

ニジマス釣り


一昨年のことであるが、私は「遊子の会」のミスターアウトドアーKさんに誘われてニジマス釣りを体験した

。2010年5月12日(水)、3時30分に館山市民センター駐車場に集合、Kさんの車でマス釣り場リヴァ

スポット早戸(相模原市)に向う。

そこは、神奈川県の丹沢山塊蛭ヶ岳を水源とする早戸川の管理釣り場で、申し分のないロケーションで

あった。


私はルアー釣りで挑戦するもアタリは早朝のみで、その後は投げても投げてもニジマスは見向きもしない。

一方、時折り雨が降る中、意気消沈する私を尻目に、Kさんは見事な竿さばきのフライ釣りで釣りまくる。

結局、私は3匹の貧果に終り、ルアーとフライの差を思い知らされたのであった。

しかし、私のクーラーはニジマスでズシリと重い。親切なKさんが21匹もくれたからである。


ニジマスの燻製作り


Kさん夫妻は、燻製作りを勧め、熱燻装置となる一斗缶やニジマスを吊るす棒(傘の骨の廃物利用)を

用意してくれる。

奥様のレシピを参考にして、初めて作ったニジマスの燻製は、差し上げた人々から好評を得、私は大いに

気を良くしたのであった。

でも、ニジマス釣りの方は、フライ釣りを習得するのは容易ではなさそうだし釣り場が遠いことから、行かないことに決めた。


しかし、律儀なKさんは、釣行するとニジマスを分けてくれる。今年も10月30日(火)夕方、電話が入り

Kさん宅に伺うと、庭にニジマスがズラッと並んでいて(70匹位)、奥様は私のクーラーに18匹も入れてくれた。それらは塩焼きやアルミホイール包み焼きで美味しく頂き、残りの12匹は燻製にした。

そこで、今回の燻製作りをメモとして記録しておこうと思う。


手順


 調味液の調製→ニジマスの調理→調味液への浸漬→塩抜き→風干し→熱燻


調味液の調製


 2Lの水に食塩400gと黒糖一握り、スパイスとして月桂樹の葉2~3枚を加え煮溶かした後冷却。


ニジマスの調理


 うろこ、ぬめりを取る→はらわたとえらを取る→水洗→布でふく


調味液への浸漬


 クーラーボックスに張り込んだ調味液に一晩漬ける。今回は15時間浸漬。


塩抜き


 クーラーボックスに張り込んだ水2Lに2時間漬ける→水洗→布でふく


風干し


 たこ糸で洗濯ハンガーに吊るし、1日程度風干しする。腹部にはヨージを刺し風通しを良くする。

 今回、夜は物置に入れた。


魚との対話-風干し 風干し  11月1日撮影


熱燻


一斗缶の底にスモークチップ(桜チップ使用)を山盛りに置き、90分間熱燻する。その後ガスを止め、そのまま30分間放置して冷却する。



魚との対話-熱燻装置
熱燻装置 : ダンボールで蓋をし、重しを置く  11月2日撮影



魚との対話-熱燻処理後 熱燻後  2010年5月15日撮影


出来具合とKさん夫妻のアドバイス


11月4日(日)の「遊子の会」ハゼつり大会後の昼食会で、Kさん夫妻作製のニジマスの燻製を食す機会があった。それと比較すると私のものは塩抜きが不十分で塩っぱいと思った。

これに対して、奥様から魚の身を少量切り取り、串などに刺して焼いて食べてみて塩の抜け具合を確認すると良い、とのアドバイスを受ける。

そこで、塩抜き時間は2時間から3時間にしようかな、と思う。

また、Kさんからは熱燻の際、ガスは弱火とのアドバイスがあった。

Kさんご夫妻、ご指導ありがとうございました。








  


遊子の会ハゼつり大会~2012

今年の湊川(館山市)のハゼつりにはやきもきした。

10月半ばで1人2~3匹の貧果である。おまけに慣れ親しんだ釣り場である老人保健施設前の河原に、

護岸工事が入る始末。

そんな状況の中、ハゼつり大会は二転三転しながら、工事はない、と確認出来た11月4日(日)に一応

決まった。


11月2日(金)、事前の試し釣りで駄目なら中止を考えていた私に、ビーチ王子からKONさん情報として、

入れ食いとのメールが入る。

翌日、早速私はYUさん夫婦とSIGEさん夫婦に声を掛けて、湊川へ飛んで行った。

場所は工事現場隣の小さな公園下、シモリ仕掛け使用。足下で小型のアタリ頻繁、遠目で中型がアタル。

3時間の試し釣りで、私の妻を含めた計6人で204匹、1人34匹の大漁である。

途中から味をしめてこの日もやって来たKONさんも30匹。

奇跡が起きたのである。かくして、明日のハゼつり大会を自信を持って迎えることが出来たのである。


11月4日(日)、晴れ無風の釣り日和でハゼつり大会を迎えた。中潮で満潮8時03分、干潮13時14分。

9時前から「遊子の会」の釣りガールが続々とやって来る。総勢17名、インストラクター役の3人の紳士が

用意した竿と仕掛けで小さな公園下にずらっと並び釣り始める。

昨日と同様アタリ頻繁。大きな声の持主Sさんは、何度か釣り会に参加しているが、今日は始めて釣ったという気持ちになった、と喜ぶ。


しばらくして、今日は工事のない隣の老人保健施設前の河原で釣っている人から、良型が釣れるとの

情報に、私はそこは日当たりが良く暖かくて釣りやすいので皆に移動するように指示する。

この時点で、引き続いて行われる料理教室Mさん宅での昼食会準備の為、一足先に赴くことになった

KATUKOさんが、釣り上げたハゼを集めて数えたら131匹であった。


潮が引き足下では見釣りでも釣れる。後半も入れ食い、型は中小遠目で良型。

釣りガール達は、経験を重ねさまになって来た。その分、インストラクター役も大分楽になる。



魚との対話-ハゼつり大会 釣れたわよ~!!


11時15分頃までやり、後半の釣果は173匹。この日の釣果は合計304匹の大漁であった。



魚との対話-ハゼつり大会 こんなハゼが304匹釣れた。


その後、料理教室のMさん宅へ移動。13名が参加して昼食会となる。

試し釣りと合わせると500匹にもなるハゼはどうなるのかと思っていたら、そこは主婦の集団、唐揚げと

南蛮漬けとなって12時30分にはご馳走がずらっと並ぶ。



魚との対話-昼食会 ハゼをさばく



魚との対話-昼食会 昼食会の料理で~す。

写真は全てN子さんの提供による。


YUさんからの、先日の福島紅葉狩の旅のアルバム解説や世界自然遺産の小笠原へ行って来たOさんと

KONさんの報告を聞いたりして14時頃まで懇談してお開きとなった。


かくして、やきもきした湊川のハゼつり大会も、偶然や奇跡(?)が重なって、今年も成功裏に終えることが出来たのは何よりであった。




福島紅葉狩の旅(2)

二日目 10月19日(金) 晴れ


行程


 高湯温泉郷・玉子湯→磐梯吾妻スカイライン→磐梯吾妻レークライン→毘沙門沼(五色沼)→

 磐梯山ゴールドライン→栄川酒造→桐屋夢見亭(蕎麦の昼食)→会津若松鶴ヶ城→塔のへつり→

 白河IC→東北自動車道→アクアライン→館山


高湯温泉郷・玉子湯の朝


朝早くに目覚めた私は、先ず大浴場で髭を剃ってから同室のYUさんと湯小屋・玉子湯と野天岩風呂に

浸かる。白濁の温泉のはしごである。紅葉のはしりをめでながら、しばし談笑する。



魚との対話-湯小屋・玉子湯  湯小屋・玉子湯 : 朝6時宿泊部屋より撮影


それから、湯小屋前でカメラを構え皆を待つ。Mさんの部屋の人達は、吾妻小富士の登山に備えて、遊歩道を登って来たと言う。



魚との対話-玉子湯遊歩道  玉子湯遊歩道


磐梯吾妻スカイライン


昨日とは打って変わった晴天の中、バスはスカイラインを進む。

不動沢橋でいったんバスから降りる。下は絶景のつばくろ谷だ。

私は、紅葉真っ盛りの山を背景に、髪をなびかせる元乙女達の集合写真を撮る。



魚との対話-つばくろ谷
つばくろ谷


不動沢橋を辞し、バスは浄土平を目指す。草紅葉や山の斜面のグラデーションの紅葉が一段と美しい。



魚との対話-草紅葉  草紅葉 : バス車中よりN子さん撮影


浄土平が近づくと荒涼とした景色となる。ミスターアウトドアKさんは、「賽の河原」と言う。ここを過ぎれば浄土(平)です、ということか。

浄土平駐車場でバスから降りる。しかし、極楽浄土のイメージはない。火山灰地の平原故であろう。



魚との対話-浄土平  浄土平駐車場


我々は吾妻小富士(1707m)に登る。登山道には霜柱が見られ、風が冷たく鼻水が垂れる。



魚との対話-吾妻小富士に登る  吾妻小富士に登る : 木道の見える平原は、夏は高山植物の宝庫という。


そこで、私は火口壁がもうすぐの所で、気合をいれるぞ~、と先頭集団を集め輪になって「遊子の会ファイト!」 「オー!」とやらせたが、コ(古)ギャル達のノリはイマイチだった。


火口壁に登山者全員(20名)が到着したところで記念写真を撮る。

元来た道を下り、全員無事登山道入口に戻る。



魚との対話-浄土平  吾妻小富士登山道からの西側の眺め : インディアンが出て来そうだ。



魚との対話-吾妻小富士登山道  全員無事下山して吾妻小富士登山道を振り返る。


再びバスの人となった我々は、Kさんのガイドで前方左に安達太良山、中央に猪苗代湖、右に磐梯山

眺めを楽しむ。しきりに観光地図を見ていたN子さんが「合ってる、合ってる」と言う。Kさんは疑われていた

訳である。その後、車中では「合ってる、合ってる」が合言葉となった。


磐梯吾妻レークライン~毘沙門沼~磐梯山ゴールドライン


バスはレークラインに入り秋元湖を間近に眺め、五色沼の一つ毘沙門沼を目指す。

毘沙門沼の紅葉は、これからといった感じで背後の磐梯山も霞んでいた。

ボートに乗って沼上から紅葉を楽しむ予定であったが、時間の都合もあって取り止めになった。



魚との対話-毘沙門沼  毘沙門沼 : IさんとMさんがいない??


集合写真にIさんとMさんがいない??実は皆が沼の大きな鯉にはしゃいでいる間に、二人はこの地で若くして自ら命を絶った親友に線香をたむけに行っていたのであった。

Iさんは、それがトラウマとなって、今までこの地を訪れることが出来ずにいたと言う。

私が、ブログに書いてもいいですか、とたずねると、「はい」と答えた。

この日、やっとけじめが付いたようである。


バスはゴールドラインに入り、雄大な磐梯山猪苗代湖がせまって見える。ススキの原っぱが目に入る。

福島の観光地は風評被害で客足が遠のき、その対策として我々が利用した二本松菊人形、三つの有料道路、浄土平駐車場は無料であった。


栄川酒造~蕎麦処・桐屋夢見亭


ゴールドラインを出てすぐの所にある栄川(えいせん)酒造に立ち寄る。

ガイドの案内で工場見学後、試飲と売り場の建物に入る。

婦人団体とあなどるなかれ、どんどん飲むしじゃんじゃん買う。品切れとなり売り子は品物を取りに行く

始末。コギャル達は、どこへ行っても同じで、土産袋をぶら下げてバスに戻って来るので、少しは福島に

貢献できたかな、と思う。


昼食は蕎麦処・桐屋夢見亭で会津の秋蕎麦を食す。予約時間にだいぶ遅れたにもかかわらず気持ちの良い接客に、その分美味しく頂くことが出来た。

ここで、Kさんは耳慣れない水蕎麦なる物を注文した。蕎麦と水だけで通の人の一品だという。

見栄はったんじゃないの、とひやかしたら、Kさんは蕎麦らしい味がして大変美味しかった、と言った。


会津若松鶴ヶ城


バスは会津若松市に入り、鶴ヶ城を訪れる。鶴ヶ城は戊辰戦争では約1ヶ月に及ぶ激しい攻防戦に耐えた名城とのことだが、今は赤瓦の五層の天守閣である。



魚との対話-鶴ヶ城
会津若松鶴ヶ城


天守閣に上ると三層に白虎隊19士の肖像画が展示されていた。16才~17才のりりしい青年達だ。

五層は展望フロアーで、白虎隊の最後の地・飯盛山や磐梯山そして会津若松の街並みが一望できる。



魚との対話-天守閣からの眺望 天守閣五層からの眺め : 鉄塔の後方が飯盛山


塔のへつり


時間があれば寄ります、と言っていた塔のへつりを見学する。

断崖絶壁に奇岩が並ぶ独特な光景だ。紅葉がからめば、この光景はより一層際立つことであろう。



魚との対話-塔のへつり
塔のへつり


Oさんの俳句


感動を即俳句にするOさんの今回の旅の作品。


生き伸びて 浄土平の 草もみじ

秋澄みぬ 智恵子の空に 迷いなし

酒蔵や 桜もみじの ほろ酔へり


おわりに


21時30分館山に到着。福島紅葉狩の旅は好評裏に終わる。

N子さん(YUさんの妻)曰く、「気持ちの良い素晴らしい旅でした」の一言に尽きる。YUさん、ありがとう。

しかし、今回5人のレギュラー組が体調不安で不参加となり、いよいよ高齢化により全て自前の一泊

バスツアーは難しくなって来た。

そこで、主宰者YUさんご夫妻には、今後どんな形にするのか十分に話合われて、楽しい旅の提案をして

頂ければと願うばかりである。











福島紅葉狩の旅(1)

今年の「遊子の会」秋の一泊バスツアーは、10月18日(木)~19日(金)にかけて、24名が参加し

福島へと飛んだ。

主宰者YUさんの案内書のタイトルは、二本松菊人形を観て、白濁の秘湯「玉子湯」に泊り、

磐梯高原・吾妻スカイラインの紅葉を堪能する旅、である。


その結果は、館山への帰路の車中での旅を振り返っての一言で、皆さんから全てに良かったとの感想が

相次いだが、確かに行く先々でYUさんの下見効果で、いい思いをさせてもらった旅であった。

それでは、旅の模様を写真と共に振り返ってみよう。


一日目 10月18日(木) くもり


行程


 館山→アクアライン→東北自動車道→那須高原SA(自由昼食)→二本松IC→霞ヶ城公園(二本松城址

 )→智恵子の生家→磐梯吾妻スカイライン→高湯温泉郷・玉子湯宿泊


車中での話


添乗員やバスガイド顔負けの話をするYUさんから、今回はどんな話が聞けるのか楽しみにしていたところ

、先ず福島県の案内から今回訪れる二本松城址や会津若松鶴ヶ城を居城とした蒲生氏郷と保科正之の

人となりへと続いた。共に名君とのことだが、私には耳慣れない人物なので興味深く聞いた。


蒲生氏郷 : 織田信長に見込まれた文武両道の人。議論好きで、殿にへつらうことなく忌憚なく意見を

述べる家臣を重用する。また、家臣を風呂でもてなしたという(蒲生風呂)。

秀吉の時代二本松城に入り、その後鶴ヶ城に移り城下町の基盤を作り七層の天守閣を築く。

キリシタン大名となる。                                         


保科正之 : 徳川秀忠の愛人お静の子供。腹違いの兄家光に気に入られ、脇役に徹した人。

鶴ヶ城に入り、名君として会津の町を発展させた。


霞ヶ城公園


先ず、戊辰戦争でふるさとを守るために若い命を散らした二本松少年隊群像の前で記念写真を撮る。



魚との対話-二本松少年隊群像  二本松少年隊群像  右端はわが子の出陣服を仕立てる母の姿という。


箕輪門をくぐり菊人形の会場に入る。平清盛など菊人形は実に見事で見ごたえがあったが、展示菊花や

千輪咲はこれからといった状態であった。



魚との対話-二本松菊人形  二本松菊人形



魚との対話-二本松菊人形  二本松菊人形  五重塔の屋根にも菊の花が咲くようだ。


菊人形の会場から二本松城本丸跡を目指して坂道を進むと、途中千輪咲の形をした傘松にでくわす。

樹齢300年を越すという市指定天然記念物だ。

周囲は紅葉が美しい所と聞くが、この日はまだ青々としていた。



魚との対話-傘松  傘松  樹齢300年を越す市指定天然記念物


さらに進むと、智恵子抄詩碑・二本松少年隊顕彰碑が現れた。詩碑は銅版に描かれ、大小一対の牛石と

呼ぶ岩にはめ込まれていた。

いよいよ二本松城址である。搦手門(からめてもん)に続いて二本松城本丸の石垣が現れる。

古城の風情にたっぷり浸る。私は夜の宴会で、三橋美智也の古城を歌うことに決めた。



魚との対話-二本松城搦手門 二本松城搦手門 : 城の裏門のこと



魚との対話-二本松城本丸の石垣 二本松城本丸の石垣 : 震災被害による積み替え作業中とのこと


智恵子の生家


元来た道を下り霞ヶ城公園を辞し、智恵子の生家へ向う。



魚との対話-智恵子の生家 智恵子の生家 : 酒屋であった。


磐梯吾妻スカイライン


スカイラインは明日のお楽しみと思っていたら、今日もスカイライン経由で宿泊先の高湯温泉郷・玉子湯に

向うという。これはラッキー!!

しかし、標高が増すにつれスカイラインは霧の中。休憩で立ち寄った中間点の浄土平は寒い!寒い!

ところがである。浄土平を後にして標高1600mとある地点から霧が晴れて紅葉のオンパレードとなった。

車中、きれい!きれい!の声が飛び交う。

草紅葉と呼ぶ紅葉や山の斜面が青・黄・赤のグラデーションを呈する紅葉は、今までに見たことのない

美しい景観であった。

最後は、ミスターアウトドアーKさんお勧めの紅葉スポット不動沢橋休憩所で、いったんバスを降り、

つばくろ谷の紅葉を堪能する。



魚との対話-つばくろ谷
つばくろ谷



魚との対話-不動沢橋休憩所 不動沢橋休憩所  KANさんの感動パフォーマンス



魚との対話-不動沢橋 不動沢橋


高湯温泉郷・玉子湯


宿泊先の高湯温泉郷・玉子湯に到着。正面の外観に比べて中味の良い旅館だ。

早速、白濁の露天風呂に浸かった後、夕食宴会となる。

舞台付き大広間での宴会は、大いに盛り上がり、あっという間に時間が過ぎて行った。

始めて参加した人や普段もっぱら聞き役中心の人が、積極的に舞台に上がり新風を吹き込んだせいで

あろうか。 つづく



魚との対話-夕食宴会 夕食宴会 : Mさんも登壇 新風を吹き込む  N子さん提供



魚との対話-夕食宴会 夕食宴会 : 最後は仲居さんを巻き込み輪になって歌う。  N子さん提供