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鴨川厳島神社弁財天本開帳

鴨川市の弁天島にある厳島神社の60年に一度という弁財天の本開帳に、「遊子の会」では主宰者YUさんの呼び掛けに18名が集い、厳島神社に参拝して弁財天尊像に手を合わせた。

5月4日(土)のことである。


本開帳は10時からとのことだが、大混雑が予想されるとのことで、3台の車に分乗して早目に館山を出発した我々は、首尾よく鴨川フィッシャリーナそばの駐車場に車を止めることが出来た。

そこから鴨川マリーナブリッジを渡り鴨川漁港へ向う。

鴨川漁港の卸売市場には、ステージが設けられ担ぎ屋台や神輿、山車、屋台が並んでいた。

本開帳に合わせて「鴨川みなとまつり」も開催されるという。


漁港と弁天島は弁天橋でつながっている。弁天橋を渡るべく既に港内には参拝者の行列が出来ていた。


魚との対話-参拝者の行列

参拝者の行列


行列に並んだ我々の目を引いたのは、港内に大漁旗を掲げた45隻の漁船が連なる「船橋」である。


魚との対話-船橋

船橋とみなとまつり会場(左側)


魚との対話-船橋

船橋


防波堤や橋などない昔は、「船橋」伝いに弁天島に渡って神社に参拝したという。

YUさんは、数人ずつ行列から離して厳島神社が見渡せる場所に案内した。


魚との対話-弁天島

弁天橋~弁天島~厳島神社の眺め


ここまでは良かったのであるが、待てど暮らせど行列は遅遅として進まない。

我々は仲間で来ているので、談笑しながら何とか待つことが出来たが、一人や夫婦で来たら早々と

「イチヌケタ」ということになったであろう。


魚との対話-厳島神社鳥居

厳島神社鳥居


神社では二人ずつ正座して弁財天尊像と対面し手を合わせる。海の神様はふくよかな面立ちである。

お祓いを受けてから拝殿を辞す。この間、1時間半並んで1分足らずであった・・・・・・・。


しかし、並んで待っている間に弁天橋から見渡した景色やその後登った灯台島からの眺めは、鴨川松島と

言われるだけあって、素晴らしいものであった。


魚との対話-鴨川松島

遠く仁右衛門島を望む   弁天橋より


魚との対話-灯台島

灯台島(鴨川灯台が立つ)   弁天橋より


魚との対話-灯台島への橋

堤防からはこの橋を上がって灯台島へ行ける


魚との対話-弁天橋を望む

弁天島~弁天橋を望む   灯台島より


魚との対話-鴨川港を望む

船橋と参拝者の行列   灯台島より


さて、すっかり腹を減らした我々であるが、YUさんがあらかじめ考えていた店は全て満席。

結局館山に戻り、ミスターアウトドアーKさん宅の庭で、近くのスーパーときわやで各自食料を調達して取ることになった。突然のことなのに、Kさん夫婦は手慣れたものであっという間にテーブルと椅子が並べられ、

おまけに庭に備え付けの燻製処理用の釜でソーメンがゆでられて、皆ご馳走になる始末。

お世話になりました!!


こうして振り返ってみると、60年に一度の歌い文句につられて訪れた鴨川であったが、多くの人出に鴨川のやる気と宣伝上手を感じる一日だったなぁ~、と思う。

本開帳の模様は千葉テレビのドキュメンタリー番組として、6月8日午後7時から放送されるとのこと。

房日新聞には、圧巻は女衆の輿に45隻の船橋とあったが、見逃した詳細はテレビで見ることとしよう。














田植え

4月25日(木)、私は月に2回配られる館山市の広報物を受け取りに、ごっさん宅に伺った。

完成した噂の車庫の前に車を横付けしたのであるが、この車庫、自動シャッター付きで4台の車を納める

ことが出来る豪華なものだ。


魚との対話-車庫

自動シャッター付きの車庫


直売所でも始めるのかと冷かしたところ、新築に至った経緯を話してくれた。

ごっさん宅は、廊下でつながる別棟の長男夫婦との二世帯同居である。

車は長男の通勤用、共用の軽自動車、そして農作業用の軽トラックの3台であった。

しかし、共用の車は嫁さんや奥さんが買物等で使用することが多いので、主であるごっさんは、出掛ける時は軽トラックになってしまう。気の毒に思う奥さんから普通車購入の話が出たが、従来の車庫では入り切れない。そこで、車庫を新築することになったとのこと。


さらに、景気の良い話は続き田植え機も買ったという。

後継者難の南房総では、機械の寿命が農業をやめる潮時との話を聞く。

となると、ごっさん宅の車庫と田植え機の更新は、後継者(サラリーマンの長男)への期待と配慮の現れ

ではあるまいか。


さて、私の住む岡沼地区(館山市)では、ビワの袋掛け作業が終わると、一斉に田植え作業へと移行する。ごっさん宅の田植えは、4月30日(火)に行われた。

田んぼは我家から歩いて2分の所にある。私は、カメラを肩に新しい田植え機をのぞきに行った。

ところが、主のごっさんの姿はなく、田植え機の運転は若大将(長男)であった。


魚との対話-田植え

クボタのディーラー、助っ人のSANADAさん、奥さん、そしてカメラを構える私等が見守る中、新たに購入した田植え機を運転する若大将。 肩にはプレッシャーがズシリ ??


魚との対話-田植え

心配そうに見守る母と若大将


魚との対話-田植え

堂々たる若大将 : 今や田植えは機械がする時代であることが分かる


魚との対話-田植え

助っ人のSANADAさんから稲の苗を渡され、田植え機に積み込む若大将


1時間程見学してから家に戻ったのだが、我家の前で田んぼに向うごっさんに出会った。

ごっさんは、息子(若大将)にやらせようと敢えて顔を出さなかったと言う。

また、田んぼは東西が長辺の長方形であるので、クボタのディーラーは作業効率上、東西に苗を植え付けたら良いと言ったが、若大将は短辺の南北に苗を植え付けて行った。

この事を質問したら、米作りに対するSANADAさんのこだわりで、稲への光の当たり具合からだとの答えが返って来た。


魚との対話-田植え

私は、この美しい田んぼの風景がこれからも続いて欲しいと切に願う者である。

頼むぜ 若大将!!


富津海岸の潮干狩り~2013.4

潮干狩りの季節がやって来た。今年は大きな声の持主Sさんの、私もやらせて、との申し入れにKさんは、他の「遊子の会」のメンバーにも声を掛けて行きましょうと言う。


4月26日(金)9時、北条海岸ココス駐車場(館山市)に集合した参加者は17名。4台の車に分乗して

富津海岸を目指して出発する。

私と妻、健脚のMさんは、「遊子の会」主宰者YUさんの妻N子さんの運転する車に乗る。

N子さんは、貴婦人の雰囲気を漂わせる人だが、いつもハンドルを握ると目的地に一番先に着くのを

好む。しかし、今日はガイド役のKさんに気兼ねしてか自粛。

一般道で行くとの話だったが、何故か車は山道に入る。

すると、見事なヤマフジが次々と現れた。YUさんの粋な計らいである。安房古道の一つ、木の根街道と

言うそうな。


魚との対話-ヤマフジ

安房古道 木の根街道のヤマフジ  写真は帰路にN子さん撮影


富津海岸に着くと、Kさんの妻KATUKOさんから入浜券と貝を入れるネットが配られる。

通常は1600円で2kgまで採れるというものであるが、Kさんは1500円の割引券を用意してくれていた。


広大な干潟と化した浜辺に入る。一昨年と昨年は東日本大震災の影響で閑散としていたが、今日はかなりの賑わいである。


魚との対話-潮干狩り

Kさんのガイダンスに「遊子の会」専属モデルの出で立ちは完璧。ちなみに私は自称専属カメラマン。


出で立ちと言えば、いつもトータルファッションで決めまくるN子さんは、潮干狩りでは・・・・・、と思っていたら、あにはからんや帽子から長靴まで赤のトータルファッションで決めてきた。

でも、貝を採りながら写真係りとして大活躍である。従って、このブログの写真は全てN子さんの提供で

あることを断っておく。


魚との対話-潮干狩り

ガイド役のKさん夫妻、右端は葉山からやって来たKUTUKOさんの妹さん。


クマデで砂浜を掘ると貝はいくらでもいる。こりゃ~大きい、と思うとそれはハマグリである。

ハマグリは、先日下見採りのKさんからもらっていたので、私はアサリに徹した。

大きなものだけザルに入れ、ザルが一杯になると検量所でもらった大きなネットに入れた。

皆が2kgのネットが一杯になり浜から上がり出した時、私はまだ目標量を確保できずにいた。

目標量とは5~6kgである。田舎暮らしでは物々交換が盛んであるから、友人知人に配る為である。

ぼやく私に、Mさんと女房が手伝ってくれて三人でせっせ、せっせと掘りまくった。

こんなもんでいいかなぁ~、と止めにした時、浜上がり予定時間の11時15分を過ぎていた。

1時間近く浜にいたことになる。


魚との対話-潮干狩り

せっせ、せっせとアサリを採る


魚との対話-検量所

検量所 : 私は3.7kg 2900円の超過、トータル5.7kg 4400円で目標達成!!


浜辺の出入り口である検量所そばには、便利な貝洗い水槽と砂抜き用の海水タンクがある。

私は、アサリはネットごと洗った後クーラーボックスに入れ、砂抜き用の海水はペットボトルに入れて

N子さんの車に入れる。


魚との対話-潮干狩りメンバー

富津海岸の潮干狩り : 戦い終わって記念撮影


昼食は潮干狩り場そばの「魚貝料理たかはし」でとった。二階の座敷を貸し切り状態で、初めて参加されたご夫妻もいたので自己紹介などをしながら、ゆっくりと食事を楽しむ。

多くの人がプロの味は・・・・・、とあさりめしを注文したが、いつも食べることばかり考えているという料理教室のMさんは、丼にはみだすほどのジャンボサイズが二匹のった穴子丼を注文した。


館山への帰路では、先ず富津岬先端にある現代彫刻のオブジェのような展望台に上る。


魚との対話-展望台

富津岬展望台 : 強風の中、Kさんの解説で遠く横浜~横須賀~久里浜を望む


それから岩瀬海岸(富津市)に建つ弟橘媛(おとたちばなひめ)の巨大な石像を見る。


魚との対話-おとたちばなひめ石像

弟橘媛の石像 : YUさんの解説でいわれを聞く。弟橘媛の櫛が流れ着いた所という。


最後は木の根街道のヤマフジを車から降りて観賞。光のせいか往路よりも綺麗に見えた。

かくして、富津海岸の潮干狩りの小さな旅は終わったのである。

Kさん、ありがとう。YUさん N子さん、ご苦労様でした。








ボタンとツツジ

4月11日(木)、私が暮らす岡沼区(館山市)の新役員顔合わせで、区長宅を訪れたところ、

樹齢は100年を超えるというボタンが見事に咲き誇っていた。



魚との対話-区長宅のボタン

樹齢は100年を超えるという岡沼区長宅のボタン


4月15日(月)、「遊子の会」のYUさん夫妻から、無料で素晴らしいボタン園が亀ヶ原(館山市)にあるから

案内しますよ、と電話が入る。

そこは、北口牡丹園と言い、色とりどりの600株のボタンが咲き誇り、確かに実に素晴らしいボタン園で

あった。



魚との対話-北口牡丹園

北口牡丹園  八重桜との競演も見られた。


北口さんは、ボタンで有名な福島県の須賀川出身とか。

園内には、いくつもの花壇と遊歩道があって、じっくりとボタンを観賞することが出来る。



魚との対話-北口牡丹園

北口牡丹園  木製の構造物は、よしずを張る台で花びらが焼けるのを防ぐために設置したが、

          現在は使用していない、と言う。



魚との対話-北口牡丹園

北口牡丹園


次はツツジであるが、我家のリビングからは城山公園(館山市)のツツジの開花状況を観察することが

出来る。



魚との対話-城山公園のツツジ

城山公園のツツジ  我家のリビングからの眺め、実際は近くの田んぼ道にて4月22日撮影


4月22日(月)、久し振りに盛期のツツジを見に、妻と城山に登り、美しい館山の眺めを堪能する。



魚との対話-城山公園のツツジ

城山公園のツツジ 約6400本植栽されているという








増上寺・皇居内・東御苑見学

結団式


3月21日(木)、遊子の会ではカラオケシダックスにて、ほぼ毎月行われる誕生者を祝うカラオケの会が

開かれた。それに先立ち主宰者のYUさんから、4月9日(火)催行の皇居参観を中心とする東京の桜見学

バスツアーの説明があった。

それは、下見旅行により千鳥ヶ淵・靖国神社は行程上無理、皇居の桜も東京の開花宣言がいつになく早い3月16日(土)に出た為、これも駄目。そこで、バスツアーのタイトルは「増上寺・皇居内・東御苑見学」と

する、というものであった。

また、参加予定者が40名と大所帯なので、人員確認をスムーズにする為、4班に別け班長(男性会員)を

指名する、今日は結団式でもある、と言う。

かくして、誕生カラオケでは、班毎にテーブルを囲み和気あいあいとカラオケに興じたのであった。



魚との対話-結団式

結団式  N子さん撮影


行程


4月9日(火)晴れ、参加者39名、日栄観光のトイレ付き大型観光バスで、8時に館山を出発する。

行程は次の通りであった。


館山→アクアライン→芝公園(東京プリンスホテル)→増上寺・・・・・徳川将軍家墓所→東京プリンスホテル・ランチバイキング→皇居参観→皇居東御苑→神田明神→東京駅→アクアライン→館山


それでは、車中でのYUさんの解説と私の撮った写真をもとに旅の模様を書き留めておこう。


増上寺・徳川将軍家墓所


増上寺は浄土宗大本山。我々は大殿本堂に上がり、御本尊阿弥陀如来に手を合わせ元祖法然上人座像

に接する。

増上寺は徳川家の菩提寺。安国殿に黒本尊が祀られている。

黒本尊とは、家康が陣中に奉持して戦の勝利を祈願した阿弥陀如来像のことで、勝運・災難よけの霊験

あらたかな仏として崇められている。


それから、徳川将軍家墓所へと回る。この日は非公開日であったが、YUさんの下見旅行での交渉の

お陰で見学することが出来た。



魚との対話-徳川将軍家墓所門

徳川将軍家墓所門


ここには6人の将軍と皇女和宮・お江の墓があり、ちなみにあと6人は上野寛永寺に、家康は日光東照宮

・家光は輪王寺、慶喜は仏教を捨て神道に入ったので谷中の共同墓地にあるという。



魚との対話-秀忠・お江夫妻宝塔

二代秀忠公・お江夫妻宝塔(石塔)



魚との対話-皇女和宮宝塔

皇女和宮宝塔(青銅製)


それから、三解脱門を通り抜け、昼食会場である東京プリンスホテルへと向う。

大殿もそうであるが、三解脱門はどでかい。三つの煩悩「むさぼり・いかり・おろかさ」を解脱する門とか。


魚との対話-三解脱門

三解脱門


東京プリンスホテル・ランチバイキング


増上寺もプリンスホテルも背後に東京タワーがそびえ立つ。駐車場からホテルへの道で白とピンクが混じった八重桜が咲き誇っていた。作業員(?)はウコン桜と言い、緑~白~ピンクへと変わるのだと教えてくれた。

ホテル3階ポルトでのランチバイキングは、YUさんの下見旅行のお陰で個室での贅沢な昼食となった。



魚との対話-プリンスホテル・ランチバイキング

東京プリンスホテル・ランチバイキング


皇居参観


皇居内の見学は、一般参観コースを係員の案内(解説と誘導)で縦列を組んで巡るというものであった。


桔梗門→窓明館→富士見櫓→宮内庁庁舎→宮殿東庭→正門鉄橋(二重橋)・伏見櫓→宮殿東庭→

山下通り→窓明館


休所である窓明館で、皇居のビデオを見る。放映中女房は売店へ行き、菊のご紋章入りの菊華饅頭をお土産に買う。



魚との対話-富士見櫓

富士見櫓


宮殿東庭は、一般参賀が行われる広場である。広場に面したとてつもなく長~い建物は長和殿といい、

その中央特設バルコニーで両陛下始め皇族方が祝賀をお受けになるのだという。

そのバルコニー、皆エッー、こんなに低いんだぁ~!と言う。


正門鉄橋上から正門石橋を眺める。この二つの橋を通称二重橋と言うのだそうな。



魚との対話-二重橋(石橋)

正門石橋  鉄橋より撮影



魚との対話-伏見櫓

伏見櫓  鉄橋より撮影


♪♪ ここが二重橋、記念の写真を撮りましょうねぇ~ ♪♪ 

ところが結末は、団体写真は駄目!! ジェー! エッー! 何で~!



魚との対話-団体写真は駄目

団体写真は駄目!!  正門鉄橋上にて



魚との対話-宮殿東庭

皇族になったつもりの会員  宮殿東庭にて


宮殿東庭から山下通り経由で窓明館に戻る。所要時間は約1時間30分であった。

この山下通り、YUさんの言う皇居の桜スポットであるが、この日は全くの葉桜。

帰りの車中で俳句の達人Oさんが披露した句はこの場所への未練ではなかろうか?

      

       葉桜や 夢のつづきを 重ねおり     Oさん作


皇居東御苑散策


東御苑は皇居の付属庭園であり、通常は大手門から入る。しかし、手厳しかった係員は近道を案内して

くれて、三の丸尚蔵館前に出る。隣には休憩所があり、二つのグループに別れてここに16時15分集合と

いうことになった。

二つのグループとは、元気で何でも見てやろうと本丸地区から二の丸地区を巡るグループとくたびれて

二の丸地区の二の丸庭園だけでいいやグループである。

私は、かつて写真撮影で何度か訪れていることもあって、何でも見てやろう筆頭格の二班を率いて先頭を

歩くことになった。

本丸地区には松の大廊下跡・大奥跡・天守台などがあり、映画やテレビドラマとだぶらせてイメージを膨らませて歩けば楽しい所だと思うが、実景は大芝生の広場である。

我々は、大芝生西端の遊歩道を進み、茶園・竹林・・・・そして満開の八重桜に出合う。

天守台で集合写真を撮った後、汐見坂を下り二の丸地区に出る。



魚との対話-本丸地区八重桜

本丸地区 桜の島の八重桜


二の丸地区のメインは二の丸庭園である。それは池のある美しい日本庭園であった。

遊歩道沿いで見られたヤマブキとシャガの群生が印象に残る。

こうして、集合時間に間に合うように約1時間で本丸地区から二の丸地区を巡ったのであった。



魚との対話-二の丸庭園シャガの群生

二の丸庭園 シャガの群生


神田明神

皇居東御苑を辞し、予定の行程を終えてバスに乗車したところ、ハプニングが起こった。

YUさんは言う。「あそこが三井物産で平将門の首塚があります。しかし、我が方の首塚が正当だと主張するところがあります。そこは神田明神です。そこで、皆さんを神田明神にご案内します。」


神田祭で知られる神田明神は、「日本の学校教育発祥の地」と言われる湯島聖堂を越えてすぐの所に

あった。


魚との対話-神田明神

平将門を祭神とする神田明神拝殿


拝殿に参拝した後境内を巡ると、銭形平次の石碑(架空の人物)や大神輿、巨大な石造の大黒様などが

見られた。そして、大鳥居そばの甘酒の天野屋で一服してからバスに戻る。

またまた、ここでハプニング。バスがガードレール脇に停車していると見るや今まで淑女然としていた

古ギャルが一斉にガードレールをまたいだのである。一体どちらが実像なのであろうか??

それから、四街道と埼玉から参加した3名の会員を、新装なった東京駅で降ろし一路館山への帰路に着いたのであった。


おわりに


久し振りの東京散歩であったが、遊子の会主宰者YUさんのお骨折りで、皇室や徳川将軍家が身近に感じられたちょっと面白く話の種になる旅をすることが出来た。

YUさん、ありがとう!!








 













ガーデニング~2013.3

2週間滞在した初孫るいちゃん(1歳3ヶ月)が鎌倉へ帰った3月11日(月)の翌日から、私はガーデニングにいそしんだ。


畑と収穫物


3月12日(火)、天地返し(上層と下層の土の入れ替え)をしてから有機石灰をまき、ミニ耕運機で耕した

用地に、私は妻との協同作業でキタアカリ4kgを約4列に渡って植え付けた。

現在は次から次へと発芽を認めている。


殆どの野菜が終りとなった畑で目立つのは、玉ネギとスナックエンドウ類であろう。

今年はスナックエンドウの他にグリーンピースとツタンカーメンも育てている。

これらは、3月に入り初の施肥と気温の上昇の為か、ぐっと大きくなった。

中でも、暗黙のライバルHさんから頂いたツタンカーメンは、一際背丈が大で、現在はいち速く紫色の鞘を

付けている。それは、ご飯と炊き込むとご飯がピンク色になるという。

私は初体験なので、プランターにも植えてリビングから育ち具合を観察している。



魚との対話-スナックエンドウ類

スナックエンドウとツタンカーメン 後方はグリーンピース  3月17日撮影



魚との対話-ツタンカーメン

プランターのツタンカーメン  3月17日撮影


さて、現在の収穫物の楽しみと言えば、甘夏・アスパラガス・椎茸である。

甘夏は15個成っているが、3月19日に試し取りして食べてみたが甘くて大変美味しかった。これからが楽しみである。アスパラガスと椎茸は、油断は禁物であっという間に大きくなる。



魚との対話-椎茸

我家の椎茸の成る木  4月1日撮影


椎茸は、昨年1月31日に「遊子の会」のミスターアウトドアーKさん宅で駒打ち体験をさせてもらったものが、1年経過してようやく収穫できるようになったものである。

先日、大きくなったものを軽く焼いて食べてみたが、肉厚で椎茸の香りが漂い、今までに味わったことのない美味さだった。面倒見の甲斐があったというものである。


庭の花


かつて、庭植えではパットしなかったこぼれ種からの桜草を鉢やプランターで育てたところ、綺麗に咲いて

くれた。



魚との対話-桜草

桜草  3月9日撮影


私の一日は、リビングのこたつでゆっくりお茶を飲みながら庭を眺めることから始まる。

アセビ~ラッパスイセン~モクレン(お隣さんの庭)の眺めは春の訪れを感じさせるものであった。



魚との対話-我家の庭の眺め

リビングのこたつからの眺め(1)  3月17日撮影


写真で温州ミカンの右側でクリスマスローズの前にある木はローバイである。

ミスターアウトドアーKさんからの申し出に、植える場所がないとちゅうちょしていたのだが、Kさん宅での逆光で見た花の美しさに、3本のアジサイを移動して用地を確保し、やはり頂くことにした。

3月13日(水)Kさん宅から移植。現在は葉っぱも出て来たので、どうやら大丈夫なようである。

私は、このローバイとの対話時には「負けるなKさん!!」と呼び掛けている。

というのは、冬のある日、Kさん夫妻からKさんに重大な病が見つかったと知らされたからである。


こたつからの眺め、もう一つ。今年は妻の実家の兄夫婦から貰ったボケが、道行く人が立ち止まって見る程に見事に咲いてくれた。私は剪定の勝利と一人納得している。

写真には3月15日(金)に防寒対策用のわらを取り除いたシャクヤクの芽が写っているが、現在は蕾を付け始め華麗な花が咲くのが楽しみである。



魚との対話-我家の庭の眺め

リビングのこたつからの眺め(2)  3月17日撮影







哀悼の意

3月11日(月)、未曾有の災害をもたらした東日本大震災から2年を迎えた。

前日の房日新聞に哀悼の意を示しましょうと題して、次のような記事が載った。


「館山市では全市民で哀悼の意を示すため、震災発生時刻の午後2時46分に黙とうをささげることを

呼びかけているほか、同市の仏教会も鐘楼堂を持つ5寺院が鐘を鳴らして犠牲者の供養を行います。」


私の住む岡沼区(館山市沼)にある総持院(通称沼の大寺)も5寺院の一つである。

たまたま、区長でもある住職に用があったので、私は午後2時30分にカメラを肩に自転車で総寺院へ

向った。田んぼ道で防災館山(防災無線)の黙とうを呼びかけるアナウンスを聞く。



魚との対話-総寺院本堂 総寺院 本堂


総寺院に着き、区長との用を済ませてから鐘楼堂へ行くと、よく見かける2人のカメラマンが待機していた。

午後2時46分、副住職がお経を唱えながら鐘を突き始めた。

私も鐘の音に合わせて手を合わせ黙とうをささげる。



魚との対話-鐘を突く副住職

お経を唱える副住職



魚との対話-鐘を突く副住職

鐘を突く副住職


鐘を突き終えた副住職は、あの時は自然に鐘が鳴りました、と言う。

いかに激しい揺れだったかを物語る話である。



魚との対話-総寺院鐘楼堂

総寺院 鐘楼堂



魚との対話-総寺院鐘楼堂

総寺院 鐘楼堂
















ガーデニング 2012年6~12月

寒い日が続いているが、私は畑ではジャガイモ植え地に天地返しを試み、じっくりと土を観察した。

庭では果樹に寒肥を施した。そこにはチュウリップやラッパスイセンが顔を出し、春の息吹を感じる。

ここでは、昨年の6~12月にかけての模様を書き留めて、ガーデニングの暗黙のライバルHさんへの

報告としたい。


夏野菜


6月というのに台風4号が接近した。19日夕方から影響が出始め夜には暴風雨が吹き荒れた。

館山では風速29.7メートルを観測したという。

我家では、ナスとゴーヤの打撃が大であったが何とか復活してくれた。

しかし、オクラに1本撤去せざるをえないものが出た。


7月17日の梅雨明け後の8月は、雨量がたったの6ミリ(平年の5%)で、30日間も最高気温が30度を

超える真夏日が続いた。私は何時になく水やりに精を出さざるを得なかった。


そんな異常気象としては、夏野菜の出来は平均すればまずまずといったところであった。

しかし、暮れの収穫のサトイモは例年よりも小ぶりとなった。



魚との対話-夏野菜  夏野菜  台風の前日の6月18日撮影


オクラ、ゴーヤ、ナガネギにアブラムシが付き、ナスの葉っぱに多数の穴があくという初の体験をする。

農薬で対処したが、年々虫との闘いがエスカレートしているように思う。


夏の庭


何と言っても、こぼれ種からのハツユキソウが繁茂して、涼しさを演出してくれたのが一番であった。



魚との対話-夏の庭  夏の庭  左後方がハツユキソウ 8月6日撮影


秋冬野菜


寄る年波で首・肩・腰が、がたついて来たのでミニ耕運機を買うことにしたところ、野菜の伝道師ごっさんが何かとお世話してくれてJA安房からヤンマーQT-30を購入することが出来た。

そこで、秋冬野菜の土づくりはミニ耕運機を操ってということになった。確かに楽に耕すことは出来るのだが、狭い畑なのですぐターンしなければならずそれで疲れてしまう始末であった。



魚との対話-ゴーヤとミニ耕運機

台風の塩害から復活したゴーヤとミニ耕運機  9月20日撮影


ミニ耕運機で耕してから畝を立ててダイコンを育てたところ、中々の出来栄えであった。

しかし、丹請こめて仕上げたタクワンには「す」が入っているものがあり、妻はがっかりしていた。

私は成育が良いのでいつもより早目に収穫したのだが、遅いのが「す」の原因と教えられる。

かくして、完璧なタクワンは、またまた次回に持ち越しとなった。



魚との対話-大根を干す

タクワン用にダイコンを干す  11月29日撮影


他の野菜は、今度は気温が低い為か、総じて成育が遅く小ぶりのものが多かった。



魚との対話-秋冬野菜

秋冬野菜  11月28日撮影


さて、虫との闘いであるが、苗の植え付けを遅めにしたのだが効果なく、妻は敵愾心を燃やしてアオムシを退治する。虫は寄り付かないと思っていたシュンギクがネッキリムシに根元をプツリとやられる。

朝見回ると、きれいに発芽して育つニンジンやコカブが根元を切られている。周りを掘ると、やはりネッキリムシが見つかる。コカブに至っては球が大きく育つ段階で、ダンゴムシにかじられる始末である。

かくして、シュンギク・ニンジン・コカブの収穫は、ままならぬものとなった。

私がジャガイモ植え地に天地返し(上層と下層の土の入れ替え)を試みたのは、これらの虫との闘いの

故である。


秋の庭


独特な枝ぶりで人目を引いた我家の松の葉が茶色に変色した。

広報物を持って来た区長に尋ねると松食い虫の仕業で90%回復の見込みはないと言う。

私は駄目元で茶色の部分を取り除き、せっせと水やりに精を出したのだが、やはり葉は全て茶色となり、

親の代からの松は枯れてしまった。

その後、区長のアドバイスにより、根こそぎ取り除いた跡地には、実利を重んじる妻の一声でキンカンの苗を植え付けたのであった。



魚との対話-松が枯れる

松食い虫にやられた我家の松  9月5日撮影


労が報われた嬉しいこともあった。このところ、夏の強い日差しで葉が焼けて花が咲かないクジャクソウを柿の木の根元に移植して水やりに精を出したところ、白い花が咲き乱れた。

それは着物の模様のようであった。



魚との対話-クジャクソウ

クジャクソウ  9月21日撮影


もう一つはダリヤである。モミガラを入れたダンボール箱で保存した球根を庭に植え付けたが全滅した

(6月27日)。そこで、ダンボール箱に残っていた球根をのぞいたら芽が出ていたので鉢植えし、柿の木の下で夏越しさせることにした(7月12日)。順調に育った苗4本を庭に移植(9月10日)して、支柱を立てて折れたり倒れたりしないように育てたら、真赤な花が次々に咲いてくれた。



魚との対話-ダリヤ

ダルヤがきれいに咲いた  10月16日撮影


また、前年の初収穫で美味しさが実証済の甘夏が15個も順調に育ち色付いた。

ゴールデンウィーク前の収穫が楽しみである。



魚との対話-甘夏

甘夏  11月28日撮影


こうして、昨年の半年を振り返ってみると、畑では少量多品種から耕運機の有効利用を考慮した作付け

計画が必要だと思う。

また、庭では宿根草・多年草・球根類に切り替えて、手間を省き、もっと魚釣りに行けるようにしたいと思う。  
















1歳のるいちゃん

11月12日、初孫るいちゃんは1歳の誕生日(11月27日)を目前にして、東京三軒茶屋から鎌倉極楽寺に引っ越した。ジジ、ババも1週間程引越し手伝いの為、館山を離れた。

ジジの私の主たる役目は子守であったが、この年になると娘の所とはいえ、よそ様の家での生活は窮屈なものであった。

それから1ヶ月後の12月17日に、るいちゃんは館山にやって来て1月7日まで3週間程一緒に暮らした。

3週間の訳は、正月までにママ(娘)が歯の治療を終えたい為と、正月の鎌倉は道路の大渋滞が予想される為であった。


ママの年賀状の為の写真撮影から始まった。

いつも地味な服装で男の子に間違えられるるいちゃんは、女の子らしい服を着せてもらい、何時になく

おとなしい表情をする。しかし、ママは動きがありローカル色もある甘夏の前での写真を選んだ。



魚との対話-おめかし おめかしのるいちゃん



魚との対話-甘夏とるいちゃん 年賀状に選ばれた甘夏の前でのるいちゃん


るいちゃんは好奇心が強く、何でも触ろうとする。しかも何故か部屋の隅っこを好むので、鉢物などは要注意となる。そんな時、ババちゃんは、るいちゃんにくだらない物を与えて意識をそらす。

くだらない物と言えば、るいちゃんはプレゼントされた高価なおもちゃを沢山持って来たのだが、ババちゃんが繰り出すくだらない遊びでひとしきり黙々と遊ぶ。

例えば、ティッシュをちぎったり、小引き出しを全部空にしたり、キッチンにしゃがみ込んで調理台下の扉を

開けて鍋やフライパンを出したり、食料品などの収納台の扉を開けて乾物やスパゲティーなどをせっせと

取り出したりする。



魚との対話-興味津々

好奇心の強いるいちゃんは、何でも触ろうとする。



魚との対話-いたずら盛り

るいちゃんは、大人から見るとくだらない遊びが好き


るいちゃんの遊びの後始末はジジババの仕事となる。

しかし、るいちゃんは馬鹿家族の一員らしく、くだらない事で実によく笑うので全て帳消しとなる。



魚との対話-笑顔

実によく笑うるいちゃん


るいちゃんは1歳にして、はっきりと意思表示をする。

特に食べ物について顕著で、ママの工夫を凝らした離乳食は大人達におだてられてやっと食べるが、ミカンやバナナなどのフルーツは自ら手づかみで食べる。

また、米よりもパンやウドンを好む。 るいちゃんよ、日本人なら米を食え!!


そんなるいちゃんにも殊勝なところがある。

両親の影響だろうか、拝むのが上手なのである。仏壇や神棚の前で手を合わせる(?)しぐさが中々可愛らしい。

1月2日のことであるが、沼の総寺院の護摩祈祷に皆で出席した時には終始おとなしくしていた。


るいちゃんは、こたつの周りを立ってぐるぐる回るようになった。

そこで歩行訓練となったのだが、この日(12月29日)はやる気十分で自ら折り返しの為に振り向く程であった。そして、パパが帰った翌日の1月3日、こたつの前で自ら立ち上がり2歩進んだ。初歩きである!!

それならと、翌日の4日カメラの前での歩行訓練となった。

しかし、この日はカメラ目線でやる気なし。すぐ止めて寝たふりをする始末。パパの予想は大はずれ。

るいちゃんは、困難は先送りという訳である。



魚との対話-歩行訓練     魚との対話-歩行訓練

あんよは上手 やる気十分 12月29日        あんよは上手 カメラ目線でやる気なし 1月4日


1月7日、るいちゃんは東京湾フェリーを利用して鎌倉に帰った。

一緒に過した3週間の中には、ババチャンが倍増の家事とるいちゃんの面倒からか、発熱し4日間程

寝込むというハプニングもあった。

振り返ってみると、「孫は来て嬉、帰って嬉」というのは本当だな、と思った。












「遊子の会」新春顔合わせ会

2月2日(土)、節分を前に久し振りの暖かい朝である。

今日は、南総城山温泉・里見の湯での「遊子の会」新春顔合わせ会の日である。

主宰者YUさんから集合写真を撮って下さい、と依頼されていたので、何とか間に合って良かったなぁ~、と思う。というのは、一週間前から風邪でダウン、絶不調の日々を過していたからである。


15時30分頃、里見の湯に入館。先ず泡風呂やジェットバス、露天風呂を楽しむ。何よりも広くて混雑していないのが良い。

それから18時の宴会まで、遊着に着替えてリクライニングルームでくつろぐ。

各シートには液晶テレビが備えられていて、入館者はテレビを見たり居眠りをしている。

寒い時には、こういうのもいいな、と思った。


宴会は18時から33名が出席して行われた。

私は、病み上がりにつき、飲まない歌わないと決めて出席した為か、元気が出ずボーッとしている内に

終わってしまった感じであった。

そこで、家に戻り妻に感想を聞くと、3000円の会費でお風呂に入り宴会フルコース料理が食べられて、

大変良かった、と言う。


宴会はYUさんの開会の辞で始まり、新たに仲間となったNさん夫婦が紹介された。

Nさん夫婦は、海上保安官を退いた後鋸南町に来て9年、海に出て魚を釣り、家では野菜を栽培し、

ウコッケイを飼育しているとか。

これで、「遊子の会」は元自衛隊員・婦人警官・海上保安官が揃った訳で、不良コギャルよ覚悟!覚悟!ということになろう。


それから、それぞれの思いの自己紹介後、SIGEさんの音頭で乾杯となる。


魚との対話-開会の辞 主宰者YUさんの開会の辞



魚との対話-乾杯

SIGEさんの音頭で乾杯!乾杯!

魚との対話-乾杯

SIGEさんの音頭で乾杯!乾杯!


その後、さし当たっての予定として、YUさんから4月の皇居の桜バスツアー、Kさんから2月6日の千倉古道からの真野大黒天参りの案内がある。

引き続いて、一品持ち寄りのプレゼント交換となる。今回は、ビンゴで上がった人から好きな物を取る仕掛けが組まれていて、大いにざわめく。



魚との対話-プレゼント交換 プレゼント交換  さぁ~て、どれにしようかな!


次は、私の出番集合写真の時間となる。三脚・レリーズ・フラッシュ・セルフタイマー使用で万全を期す。

家に戻り、写真をパソコンに取り込み大画面に映す。先ず、二人の問題児(?)を見る。

ヨッシャー!今日は二人共眠っていない!

一人ずつ顔を追って行く。32人(1人は途中退席)全員が目元パッチリ、完璧である。

今年は「遊子の会」に良いことが起きそうである。



魚との対話-集合写真

新春顔合わせ会  完璧な(?)集合写真


それから余興に入り、音が割れて残念無念のカラオケ後、俳句の名人Oさんによるサラリーマン川柳を

利用しての頭の体操。しめは語り部Sさんの民話へと続いた。

田舎弁を駆使したSさんの語りは、皆を引き付けしめにふさわしい見事なものであった。



魚との対話-民話

田舎弁を駆使するSさんの民話に聞き入る


かくして、21時を回った頃であろうか、Kさんの一本締めの音頭で、「遊子の会」新春顔合わせ会はお開きとなった。