オランダトラガシラ
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新宿西口 かめや

 新宿西口から徒歩数分のところに「かめや」という立ち食い蕎麦屋がある。といっても全席椅子なので「立ち食い」ではないのだが、ここは非常に優良店である。美味い。地図は↓の通り。

http://maps.google.co.jp/maps/place?hl=ja&source=hp&lr=&um=1&ie=UTF-8&q=%E6%96%B0%E5%AE%BF%E8%A5%BF%E5%8F%A3%E3%80%80%E3%81%8B%E3%82%81%E3%82%84&fb=1&gl=jp&hq=%E3%81%8B%E3%82%81%E3%82%84&hnear=%E6%96%B0%E5%AE%BF%E8%A5%BF%E5%8F%A3&cid=614562487157913321

 「天玉そば」の元祖という話なのだが、私は先日「天玉うどん」を食してきた。つゆや天ぷらなどはもちろん、上に乗っているネギまで美味かった。380円。もちろん高級店と競うほどの味ではないかもしれないが、少なくとも値段との比で言えば、確実に上位数%に入る優良店であった。

So Far Away

 Carol Kingの"So Far Away"という曲を聞いている。名曲である。この物悲しくて内向的な感じは、世界各国の中でもとりわけ日本でウケるような感じもする。曲がマイナー調というのも、日本でウケるための必須の条件の一つである。というかこの詞は、平安時代辺りの日本古典でよく扱われる「あの人は行ってしまった」的な離別の主題そのものなような気もする。

 詞とその訳については、このサイトがとりあえずベストと思われる。見習いたい翻訳技術である。
 http://www.eigo21.com/03/pops/sfrwy.htm

 この詞の中で個人的には、Traveling around sure gets... の段落から次の段落に移る辺りが好きである。それまで終始ネガティブな気持ちを歌っているのだが、この段落の最後のところで「私には夢がたくさんある」と、少しだけ強さを取り戻している。それ自体は決して強がりでも何でもなく、本当に自分の中にある前向きな気持ちなのだろうが、しかしそれもわずかの間しか持たず、次の段落ですぐにネガティブな気持ちに戻ってしまうのである。

 こうした心の動きはもちろん男女を問わず経験するものだろうが、それでも非常に女性的な感じがする。そして男性からすると、こういう女性というのは「守ってやりたい」と思わされる類なのではないか。中には若干「ツボ」な感じの男性もいるのではとも思われる。

 いずれにせよ、先ほどこの曲は日本ウケするのではないかと書いたのだが、それは決して何か悪い意味で言ったわけではない。確かに「内向的」というと、しばしば「暗い」という印象になり易いのだが、本来外向的か内向的かというところに優劣があるようなものではない。むしろこういう内向的な表現に敏感な特質が日本にあるとして、下手をすればそれが千年以上に渡って何らかの蓄積をしてきたようなものだとしたら、それはこれからもどんどん肯定して育てていかなければならないと思う。

ビリー・ジーン

 誰でも一度はどこかで聞いたことがあると思われるのだが、Michael JacksonのBille Jeanという曲は非常に面白い。曲もいいのだが、詞が大変興味深い。ちなみにかの「ムーンウォーク」が初めて披露されたのは、マイケル氏がこの曲をライブでやっていた時なんだそうである。


 とりあえずYoutubeの同曲の動画検索結果はこれで、

http://www.youtube.com/results?search_type=&search_query=michael+jackson+billie+jean&aq=f


 またざっとネットで見てみて、最も見事に翻訳されていると思ったのはこちらのサイトの下半分である。

http://pingpongkingkong.blog108.fc2.com/blog-entry-287.html

 私ごときが評価するのも恐縮なのだが、この翻訳は本当にすごいと思う。非常に勉強させていただいた。


 詞の内容をどう読むかは人によって様々かもしれないが、要するにこの曲は、「ある女の子にちょっと手を出してしまったばかりに、執拗に付きまとわれて苦悩している」男性の気持ちを歌った曲である。すなわち「ビリー・ジーンなんて女知らんぞ」という主旨である。まあ特に女性で不快に思う方も多いかもしれないが、この種の「かんべんしてくれー」という気持ちに非常に共感を覚えて、ツボに入る男性も何気に少なくないのでは、と思う。


 で、さらにこの詞について、私として一点非常に興味深いと思うのが、繰り返し出てくる「I am the one who will dance on the floor in the round」という部分である。繰り返されることの理由には、もちろん一つには曲の旋律が繰り返されるからというのもあると思うのだが、私としてはそれ以上に、この部分にも一種の「男性心理」を感じるのである。


 この部分は、この女の子から「必殺の口説き文句」として言われた言葉である(I amではなくYou areなのだろうが)。だが、この男にとって、この文句は何やら不可解で、押し付けがましく、気が重くもなり、ちょっと滑稽でもあるのである。「『一緒に踊るたった1人の男』って、何を言ってんだこいつは」という感じだし、「一緒に踊るたった1人の男」という言葉に象徴されるこの女の子の感情が、この男には重苦しくてしょうがないのである。それ故に、このフレーズが頭の中を何度も駆け巡るように、キーワードとして歌の中で繰り返されるのである。


 昔ナインティナインの岡村さんが、葉月里緒菜に言い寄られたのをネタにして、「"YesなのNoなの?"と言われた」と言っていて、私も大ウケしたのだが、このビリー・ジーンのこの部分は、ある種それと同じような嘲笑なのだと思われる。またやや状況は違うが、太宰治の「男女同権」に、ヒステリックな女から「あなたはユダヤ人だったのですね。はじめてわかりました」と言われたという部分があるのだが、これもそれらに似た、女性からの重い気持ちを嘲笑する類の表現であると思われる。先ほど言ったように、これらはちょっと女性に対して酷いのだが、やはり男性の中には少なくない共感があるものと思われる。


 もちろん男性に限らず、こうした誰かの「口説き文句」を影で嘲笑するというのは、女性もやらないわけではない。しかしやはり、一般に女性の方が優しいもので、相手の感情を第三者の前でネタにするようなことは男性に比べれば少ないのだと思われる。ある種の「下ネタ」にも近い男性特有の盛り上がりが、こうした表現には伴っているのではないかと思われる。


 そうした意味で、先ほどURLを引用させていただいた翻訳(日本語訳も途中で使わせていただいた)、私ごときは注文をつけられるようなレベルではないのだが、この曲のサビの、


Billie Jean is not my lover
She's just a girl who claims that I am the one
But the kid is not my son
She says I am the one, but the kid is not my son


 の部分、私だったら「I am the one」というキーワードに対しては、同じ訳語を使うだろうと思われる。2段落目と4段落目の部分は、同じ「たった1人の男」という訳語を使っていいのではないか。といっても、上手く当てはめて行くのもなかなか簡単ではないように思うのだが。

中野駅北口のメインストリート

 中野駅北口のメインストリートと言えば、それはブロードウェイに続くサンモールである、と思っている人が多いと思われる。しかし、それは実に表面的な捉え方である。


 中野駅北口エリアを最も楽しむことの出来る通りといえば、駅の北口を出て、ロータリーからケンタッキー前の道を入り、すぐに右折、続いてスーパー「ライフ」を正面に見ながら左折したその通りである。一応公式の名称として「中野ふれあいロード北商店街」という呼ばれ方もするらしいが、この通りは飲食店の多種多様ぶりもさることながら、いかにも中野らしい、大衆的な店が揃っている。サンモールの押し付けがましいチェーン店とは異なり、個性的な個人商店も多い。若干雑多な感じもあるが、それはそれで、いかにも戦後の元闇市としてのこのエリアの個性が発揮されていると見ることも出来る。


 それにしても、中野に住んで数年経ったが、中野というエリアはいかにも「都市労働者」の街である、と感じることが多い。いわゆる「階級」なるものが日本社会に存在するのかはわからない。これからそうしたものが徐々に目に見えてくる可能性は高いのかもしれないが、戦後から近年までは、むしろ「総中流」と捉える方が正確かもしれない。

 それでも中野というエリアは、少なくとも潜在的には、「貧困層」までとはいかなくても、「労働者階級の街」としての特性を備えているものと思う。それは具体的には、今言ったような北口の雑多な飲食店街のほか、ブロードウェイのサブカルチャー、あるいは東中野の映画館「ポレポレ東中野」の左翼的な映画上映といったところにも現れているように思われる。


 

佐世保バーガー



 中野駅南口に2軒ある佐世保バーガー。「佐世保バーガー」のレギュラーサイズですら680円、ドリンクをつけるとプラス210円なので、やたらと高いのだが、その値段に相応しい美味さ。フレッシュネスも美味いが、さらに美味い。

 そして何より、この写真の通り喫煙が自由である。フレッシュネスも禁煙席ゼロの良心的な店なので、何かハンバーガー店に共通する何かがあるのだろうか。いずれにしても、昨今まるで文化大革命かマッカーシズムのように吹き荒れる禁煙主義の暴風の中で、主体性を失わないこうした店には敬意を表したい。

高崎駅と群馬音楽センター


  

 先月の同じ日に撮影した高崎駅と群馬音楽センターである。音楽センターは高崎駅から歩いて5分くらいの、街の中心部にある。この写真じゃイマイチ伝わらないかもしれないが、この高崎駅西口の「ペデストリアンデッキ」はまるで大宮駅の劣化版のようで、いつまで経っても好きになれない。一方、1961年に完成したこの音楽センターは、デザインが個性的でなかなか魅力的である。なのだが、この音楽センターのすぐ横にも、10年ほど前、この駅前と似たようなノリのしょうもない建物群が出来てしまった。「シティギャラリー」とかいう名前だったと思うが、その安っぽい雰囲気の一帯に、夜になるとしょーもないカップルが彷徨っていた。

新宿西口



 私は人ごみが嫌いである。汚いところも嫌いだ。よって新宿という街があまり好きではないのだが、やはり東京に住んでると、友人その他と新宿で会う機会というのはどうしてもあるものである。

 なのだが、最近そうした「新宿問題」を克服する手段を一つ知った。新宿というのは周知の通り東口は非常に人が多く、かつどことなく陰気くさい街なのだけれども、西口の高層ビル街は一転して、人通りも多くなく、やたらと整然とした空間が広がっている。しかもこんな超高層ビル街というのは世界のどこに行っても存在しないので、そういう意味でも面白さがある。そしてこの西口というのは、意外と酒や食事が楽しめる店が多いのである。写真は新宿NSビルから撮ったものだが、このビルの中にもいろいろとレストランが揃っている。そしてこのようになかなかの夜景が臨めるスポットにもかかわらず、あまり人が多くないのである。さらに意外にも、それほど金のかかる場所でもない。静かに、楽しく、安く過ごせる場所として、新宿西口というのはなかなか探訪の価値があるエリアなんだと知った。

金井沢碑、山ノ上碑、多胡碑

 群馬県高崎市の南西のエリアに、「金井沢碑」「山ノ上碑」「多胡碑」という三つの石碑がある。それぞれ西暦700年の前後に造られたもので、総称して「上野(こうずけ)三碑」とも呼ばれている。不思議なことに、日本国内に現存する古代の石碑というのは十数点しかないにもかかわらず、この狭いエリアにそれが三つも残っている。そのエリアをGoogleマップで表示してみると以下の通りで、三つともこの中に「∴」印で載っている。


http://maps.google.co.jp/maps?ie=UTF8&om=1&ll=36.277009,139.01473&spn=0.032383,0.058193&z=14


 数日前、車を飛ばしてその三つの石碑を全て見てきた。行った順に紹介するとこんな石碑である。


■金井沢碑



 山中の繁みの中を歩いた先にぽつんと建物があり、そこに保存されていた。磨耗が激しいようだが、字が判別不能というほどではないようだ。726年に造られた碑で、仲間内で仏教の信仰を誓う内容。もちろん仮名のない時代なので、漢字のみで書かれているのだが、日本語の語順でも漢文の語順でも読めないので、原文を直接味わおうとすると大変だった。

 この碑は江戸時代にこの辺りの農家が土の中から発見して、洗濯石として使ったりもしていたようなのだが、そういう経緯で発見されたということは、他にもこの地域をいろいろと探せば何か出てくるのではないか、と素人的なことを思ったりもした。



■山ノ上碑


 


 続いて行ったのが山ノ上碑。金井沢碑から車で数分だった。専用駐車場もある。この碑は古い石段を長々と上っていった頂上に、古墳と一緒に並んでいた。繁みの中に寂しく置かれた金井沢碑とは違って、ここにはこの碑と古墳にあやかろうとした様子のものがいろいろと置いてあった。それらはこの数百年の間に作られたようだが、長い石段も江戸時代に作られたもののようで、江戸時代のミーハーな大衆文化が窺えた。その他よくわからん碑がいろいろと置いてあったり、どこかの家の墓もあり、また何やら仏教的な張り紙もしてあった。古墳の中にはエビス様みたいな像が置いてあったが、狭い石室の中に虫がビッシリといたのはかなりの恐怖だった。いずれにしても、金井沢碑とは好対照に、江戸時代から現在まで、この山ノ上碑は人々から一定の敬意を払われてきたようである。

 この石碑は681年に作られたもののようで、その内容は、ある僧が自分の出自を詳しく書いて、「母のために記した文なり」というもの。隣の古墳と成立年代が近いようなので、この石碑は墓誌という説が有力のようだが、何やらしっくりこない感じもした。私はこの分野については全くの素人だが、埋葬に直接関連した言及が全くないことや、なぜ「母」のみを追悼するのか、この時代も古墳に埋葬されるような人物は男性が中心で、そうした「偉い」人物を除外して「母」のみを追悼するというのを、自分の個人情報を大々的な形で明らかにしながら行うことが自然なのかどうかということ、などを疑問に思ったのだが、まあ墓というのはいつの時代も遺族の威信と繋がるもので、この僧が自己顕示欲が強いために自分の名誉ある身分を墓誌に詳しく記して、かつこの僧が力のある人物であったために、自分の亡き母だけのために古墳を作らせることが可能であった、しかも現在の素人が思うほどこの時代は男系社会でもない、といった感じなのかもしれんとも思った。いずれにしてもなかなか推測が難しいが、誰かいつか専門の方がここを読んだらコメントでお教えいただけると有り難いです。



■多胡碑



 続いて最後、これは高崎ではなく隣の吉井町になるのだが、多胡碑に行ってきた。群馬人なら誰もが知っている「上毛かるた」の「む」、「昔を語る多胡の古碑」の多胡碑である。以上の三つの中でこれが一番有名であり、「日本三古碑」の一つに数えられるものでもある。ならばせめて「重要文化財」にでも指定した方がいいのではないかという気もする。この場所には多胡碑記念館という展示館もあって、そこで売っていた多胡碑Tシャツはなかなか優れもので、しかも1200円という良心的な値段であった。

 この多胡碑は711年の「多胡郡」の設置について書かれたもので、碑が作られたのもその頃だと思われる。「羊に給して多胡郡と成す」という部分が論争となっているようで、この「羊」というのが何を指すか、有力なのは人名ということらしい。また、この碑文の書体が非常に優れた形をしているといって評価が高いようで、中国でも模範とされたことがあるようなのだが、素人目には理解できなかった。そう言われてみればそうかもしれんが、、、うーんやっぱりわからん、という感じ。この碑文の後半には、何やら朝廷の偉い人名が並んでいる。全体としては非常にクリアな内容で、現代人にも理解し易い当時の政治・社会制度が浮かび上がってくる。


 といった感じの三つなのだが、個人的には、三つのうちで最もノリの軽い金井沢碑が一番好感度が高い。多胡碑はかなりお堅い内容で、山ノ上碑は地位・名誉云々の香りを感じる。その点金井沢碑は「俺たちは仏教に走るぜ」という純粋さや気合を感じるし、石の形が適当っぽくて良い。その割りにあまり人々からモテないのはよくわからん。

 いずれにしても、700年前後にこの地域で恐らく石碑を作るのが相当流行ったのではないかと推測されるので、さらに他のものが出てくるのを強く期待したいのだが、まあ江戸時代以後に新たな発見は出てないということなので、難しいのかな。あと、古代史というのはこんなにも少ない史料から考えていかなくてはならないということで、大変だなと思うとともに、やっぱ面白いだろうなと思った。

電子マネー

 最近流行り、なのかどうかわからんが、私はいわゆる電子マネーを既に3つ持っている。その感想や使い勝手について。


 ■Pasmo

 私はPasmoが登場するまでSuicaを持っていたのだが、ある考えに基づいて、Suicaを解約してPasmoに変えた。その考えというのはわざわざ書くに値しないようなものなのだが、私は自由主義経済の信奉者なので、民間の経済活動をバックアップしたいから、というしょーもない理由である。

 でそのPasmoだが、そういう事情を除けばSuicaとの違いはないものと思われる。JR・私鉄・バスに一つのカードで乗れる、というのはやはり便利である。今思えばパスネット時代は面倒だった。駅構内の売店・自販機やファミマなどで使えるのも便利。平凡な感想だが、使える範囲が広いというのは非常に大きな強みである。欠点としては、携帯に入れて使うことが出来ない(確か)ことと、ポイントその他の特典がほとんどないことを挙げることが出来るが、とりあえずポイントについてはそれほど気にならない。


 ■Edy

 ANAのマイレージを貯めるために始めた。あと50マイルくらいでちょっと遠くの海外に行けるので、頑張って使おうとも思っている。Edyを始めた当初は、上述の理由でSuicaの牙城を崩すという目的もあった。携帯でコストなく使えるのは便利である。

 しかし事実上、私の身の回りでEdyが使えるところはミニストップとサンクスくらいなもんである。あとマツモトキヨシやヨドバシカメラ、ロイヤルホストなどもあるのだが、そんなにしょっちゅう行くところではない。マイルが貯められるというのは優れた点だけれども、はっきり言って、使えるところが少ないというのはほとんど致命的な欠陥である。早急に利用出来る範囲を広げないと、Edyそのものがクラッシュする可能性すらあるのではないかと思われる。さらに、Edyが使える店であっても、店員が対応に慣れておらず、無駄に時間がかかることが多いのも大きな欠点であると思う。


 ■nanaco

 セブンイレブンの電子マネーである。最寄コンビニがセブンイレブンなので始めてみた。とりあえず1000円分使ってみたが、ポイントが5ポイントしか入ってなかった。ポイント還元率をもっと上げて欲しいと思った。あと、店のレジで「ナナコでいいですか」と言うのが恥ずかしい。しかしやはり最寄コンビニなので、いろいろと使うことになるものと思われる。これも携帯に入れてて、Edyと二重になっても大丈夫なのかなと思ったが、問題はないようである。いずれにしても携帯で使えるのは便利。


 あとは誰もが思ってそうなことだが、全体的に、電子マネーが乱立しすぎである。iDとかいうのもあった気がするし、イオンも電子マネーを始めたという話を聞いた。せめてSuicaとPasmoのように、相手側でも同じように使えるようにしてほしい。というか、いずれ全てがSuica/Pasmoに飲まれていくのではないか。


対横浜戦



 去年までは阪神の対横浜戦というと、大体阪神が勝つことになっているので、余裕を持って観戦していたものだった。ライト側の横浜ファンはそれほど数が多くなかったし、応援の声も小さくて、微笑ましい感じすらあったのである。


 しかし今日の試合は去年とは全く違っていた。前のカードで横浜は中日を三タテして2位、阪神は広島に三タテ食らって借金1の4位に落ちていたということがあって、ファンの勢いが去年とはかなりの違いがあった。横浜側は外野が立ち見だらけの超満員で、バックネットに近い方にわずかな空席があるだけだった。一方阪神側はファンの人数だけは多いものの、そのムードに以前ほどの勢いがなかった。試合が始まる前から、何か嫌な予感がして、対横浜戦らしからぬ妙な緊張感を感じていたのである。


 その嫌な予感が当たったのか、結局試合は三浦に完封されて、見るところのないダメダメな内容だった。ただ一塁内野席の上に地味な満月が浮かんでたことだけが印象的であった。各選手個別に好不調があるのはもちろんなのだが、全体的な「チームの勢い」というものも非常に重要なのだということを勉強させられた試合でもあった。横浜はファインプレーが続出するし、タイムリーもよく出ていた。阪神はエラーとまでは行かないものの拙い守備がいくつかあったし、三塁まで進むことが何度かあっても、その先には全く行けなかった。その違いは各選手の間というよりも、チームの間にはっきりしていたのである。

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