魚のリスト 再度更新
昨日買った江戸錦という金魚、見た目的にはかなりいい感じで、今までの2匹の金魚との色の相性もピッタリなんですが、どうも水泡眼の大事な水泡を吸おうとするので、隔離して熱帯魚と同居することになってしまいました。
水槽は二つあるのですが、金魚水槽にはほとんど水泡眼と青文だけしかいなくて、あとは全部熱帯魚の水槽に入ってるので、密度がややアンバランスになってきました。
そして今日、これからどんどん繁殖してくれることを期待しつつ、ミナミヌマエビをそれぞれの水槽に大量投入してみました。ですが、昨日来たコンゴーテトラのメスが開始10分で1匹食してました。
そんな感じで、昨日追加した8代目というのはなかなか問題児が多いですな。まあ、市ヶ谷のその店の品揃えはなかなかでしたけどね。
というわけで本日エビを追加した結果、今いる魚は以下のようになりました。
購入順、地名は店の場所。
初代(阿佐ヶ谷)
シルバーシャーク 1
トランスルーセントグラスキャット 1
2代(中野坂上)
水泡眼 1
モーリー(プラチナ・レイヤー?) 1ペア
グッピー(オス黄・メス赤) 1ペア
ヤマトヌマエビ 5
(ここでモーリーの子らしき稚魚5匹誕生、数日後に1匹昇天)
3代(中野坂上)
ベタ 1
4代(築地)
青文魚 1
トランスルーセントグラスキャット 1
ドワーフグラミー 1ペア
ネオンテトラ 4
トラコカラックス 1
プラティ(赤) 1ペア
(ここでモーリーの子らしき稚魚1匹夭逝、残り3匹)
5代(中野坂上)
(プラチナ)ゴールデンバルブ 3匹
6代(築地)
ネオンテトラ 3匹
石巻貝 2匹
7代(中野坂上)
セルフィンプレコ 1匹
(ここでヤマトヌマエビ1匹散る。さらにプラティのメスも力尽きた)
8代(市ヶ谷)
コンゴーテトラ 1ペア
江戸錦 1匹
石巻貝 5匹
9代(群馬から通販)
ミナミヌマエビ 19匹(確認はしていない)
チェルノブイリ
ブルーハーツに「チェルノブイリ」という題名の曲があります。
歌詞をここで引用すると著作権云々が怖いので、こんな感じで 検索すると出てきます。
ネット上で探してみると、この詞の解釈についていろいろな見解があるようなのですが、同感だと思えるものがあまりなかったので、私なりのものを書いてみます。
私がブルーハーツを好きだったのは小学6年生の頃で、この歌も当時から気に入っていたのですが、もはや28歳になって、これまでに多少学問的なものをいろいろと齧ってきた今見返してみても、やはりよく出来た曲であると思います。
一言でいえば、この歌は「反冷戦」の歌である、と思うのです。
冒頭部分の「線を引く」というのは、冷戦の最も象徴的な悲劇の一つである分裂国家のことで、その「線」というのは、例えば朝鮮半島の北緯38度線のような、「騒ぎのどさくさ」の中で権力政治によって無慈悲に設定された境界線のことを指しているわけです。
次の「遠い空の彼方から見張ってる」というのも、これも冷戦時代に象徴的であった、衛星などによる偵察を指しているわけです。もちろん偵察衛星は現在も存在していますが、それは冷戦の比較的初期に初めて登場したもので、相手方の情報収集に米ソ双方が競って取り組んでいたことで、当時から冷戦の一つのシンボル的存在でした。
その他にも、明らかに冷戦的なものを意識しているのが「東の街」「西の街」「北の海」「南の島」という言い回しが連続するところで、当時よく使われていた表現として、自由主義圏と共産主義圏の対立を「東西対立」と呼び、それに加えて注目された途上国と豊かな国との間の問題を「南北問題」と言っていたわけです。この部分を全て合わせると、互いに争いあう国家群が、結局のところ皆損害を蒙っているという虚しさを描いているということです。
チェルノブイリ事故そのものも、根本的にはソ連の体制がもはや末期的になっていたことが原因なわけで、アメリカと対峙するための過大なコストのツケが回ってきたものと考えられます。
要するにこの歌は、まだ冷戦の中にあった1980年代の当時に、そうした争いが結局のところ全世界に不幸をばら撒いているにすぎないという無意味さと、そんな中でも身近な幸せを大事にしたいという願いを歌っている、ということだと思います。
概ね「反戦」や「反権力」的なものを打ち出した作品というのは、実のところ社会に対するしっかりとした眼差しに基づいているとは思えなかったり、表現があまりにも単純・感情的で下品なことが多いと思うのですが、この歌は明確な問題意識や、強い関心に基づく知識の量、クリアなメッセージ、などといった点で、優れた作品であると思います。
こういう流行の音楽のような最も大衆的な世界で、物事をこのくらい真摯に考える姿勢を示す人物が、再び現れてくれることを望むばかりです。
エビの上に乗るプレコ
これは一昨日撮ったものなのですが、水槽の端で、プレコがエビの上に乗っていました。
もしかして襲っているのでは、という感じにも見えたのですが、この後エビが普通に動いていったので、特に問題はないと思ったのです。
なのですが、このエビは翌日に体力が尽きたように絶命し、その後プレコがその亡骸をカジってました。
現在に至っては、エビの殻のわずかな残骸が残るのみです。
というわけで、やはりプレコが残虐行為を働いていた疑いが拭い切れないんですが、いずれにしても生き物を飼うというのは、逆説的ながら、わずかの残酷さを持ち合わせてないとやってられないようにも思えました。
やや大袈裟ですが、死といつ出くわすかわからない立場に置かれるわけで、その第一の責任が自分にかかってくるわけです。それは完全に背負い切れる重さではありません。
本来は絶対的であるはずの命の重さを多少相対化しないと、生き物を可愛がるというのは不可能、というわけで、まあ一般に責任というのは多少の無責任さを持ち合わせないと果たしえない、ということですかね。
プリンの作り方
①砂糖:卵:牛乳=1:2:4 の割合でしっかり混ぜて、耐熱容器に入れる。
②水を引いた上に①を乗せ、オーブンで140度・30分、蒸し焼きにする。
以上。これだけでマジウマでした。
①の時にバニラエッセンスとか入れるといいらしいと聞きましたが、私はまだ試みてません。
プリンってこんなに簡単に作れるもんだとは知りませんでした。
スペンサー
阪神に必要不可欠な選手として、白人・金髪で、やや太めの体で、夜の甲子園でホームランを打ち、大歓声の中、照明の強い光の中で白いユニフォームを輝かせつつ、しかし静かに淡々とベースを回る人、というのを思っているのですが、
まあ要するにバースじゃねえかといえばそうなのですが、
でもまあ名前は出てきませんが90年代にもそういう選手が一応何人もいたような気がするし、
この間まではアリアスがその役を担当していたように思うのです。
なんというか、そういうバッターがホームランを打った後、三塁付近を過ぎる時に、カメラが近づき気味に映すその絵がたまらんわけです。
そんなわけで私は昨年から、たとえ周囲が非難轟々であろうとも、スペンサーを独り擁護してきたのでして、
先日などはハマスタで、私とスペンサーは一対一で、約2mの至近距離で手を振り合ったわけなのですが、
その効果か、スペンサーは何やら最近活躍気味になっているのだけれども、
しかしホームランを打った後のその姿は、まあ彼らしいのですが、何やらキョロキョロしたり手を挙げたり、ちょっと落ち着きがないですな。まあその明るさが長所なんでしょうけどね。
あと最近は、ランナー無しか1塁くらいの時に、シーツが外野にヒットを打って一塁を回ってすぐストップするのを、一塁スタンド方面から映したその背中の絵もなかなか美しい感じですわ。
魚を飼い始めた
この前方二匹は両方とも金魚で、左から青文魚・水泡眼という名前。
こんな感じで、先月から私は魚の飼育を始めました。実はこの写真にもグッピーのペアが写ってますが、
この他にもいろいろと熱帯魚が暮らしています。水槽二つと、ビン一つにいろいろと入ってるわけです。
こんなヒマ人みたいなことしてる場合なのか、という気持ちもなくはないのですが、
実はこの水泡眼、かつては中国の秘伝の金魚とされていたらしく、1961年に訪中したある日本人によって初めて日本に伝わったとのことで、なんだか自分の研究分野とかなり関係してきました。
というか、この水泡眼が日本にもたらされた経緯について、少なくとも背景の事情であれば、一応の専門家として何か特別な話が出来そうな気もしますが、それはまたそのうち。

