チェルノブイリ | オランダトラガシラ

チェルノブイリ

ブルーハーツに「チェルノブイリ」という題名の曲があります。

歌詞をここで引用すると著作権云々が怖いので、こんな感じで 検索すると出てきます。

ネット上で探してみると、この詞の解釈についていろいろな見解があるようなのですが、同感だと思えるものがあまりなかったので、私なりのものを書いてみます。


私がブルーハーツを好きだったのは小学6年生の頃で、この歌も当時から気に入っていたのですが、もはや28歳になって、これまでに多少学問的なものをいろいろと齧ってきた今見返してみても、やはりよく出来た曲であると思います。

一言でいえば、この歌は「反冷戦」の歌である、と思うのです。

冒頭部分の「線を引く」というのは、冷戦の最も象徴的な悲劇の一つである分裂国家のことで、その「線」というのは、例えば朝鮮半島の北緯38度線のような、「騒ぎのどさくさ」の中で権力政治によって無慈悲に設定された境界線のことを指しているわけです。

次の「遠い空の彼方から見張ってる」というのも、これも冷戦時代に象徴的であった、衛星などによる偵察を指しているわけです。もちろん偵察衛星は現在も存在していますが、それは冷戦の比較的初期に初めて登場したもので、相手方の情報収集に米ソ双方が競って取り組んでいたことで、当時から冷戦の一つのシンボル的存在でした。

その他にも、明らかに冷戦的なものを意識しているのが「東の街」「西の街」「北の海」「南の島」という言い回しが連続するところで、当時よく使われていた表現として、自由主義圏と共産主義圏の対立を「東西対立」と呼び、それに加えて注目された途上国と豊かな国との間の問題を「南北問題」と言っていたわけです。この部分を全て合わせると、互いに争いあう国家群が、結局のところ皆損害を蒙っているという虚しさを描いているということです。

チェルノブイリ事故そのものも、根本的にはソ連の体制がもはや末期的になっていたことが原因なわけで、アメリカと対峙するための過大なコストのツケが回ってきたものと考えられます。

要するにこの歌は、まだ冷戦の中にあった1980年代の当時に、そうした争いが結局のところ全世界に不幸をばら撒いているにすぎないという無意味さと、そんな中でも身近な幸せを大事にしたいという願いを歌っている、ということだと思います。


概ね「反戦」や「反権力」的なものを打ち出した作品というのは、実のところ社会に対するしっかりとした眼差しに基づいているとは思えなかったり、表現があまりにも単純・感情的で下品なことが多いと思うのですが、この歌は明確な問題意識や、強い関心に基づく知識の量、クリアなメッセージ、などといった点で、優れた作品であると思います。

こういう流行の音楽のような最も大衆的な世界で、物事をこのくらい真摯に考える姿勢を示す人物が、再び現れてくれることを望むばかりです。