ビリー・ジーン | オランダトラガシラ

ビリー・ジーン

 誰でも一度はどこかで聞いたことがあると思われるのだが、Michael JacksonのBille Jeanという曲は非常に面白い。曲もいいのだが、詞が大変興味深い。ちなみにかの「ムーンウォーク」が初めて披露されたのは、マイケル氏がこの曲をライブでやっていた時なんだそうである。


 とりあえずYoutubeの同曲の動画検索結果はこれで、

http://www.youtube.com/results?search_type=&search_query=michael+jackson+billie+jean&aq=f


 またざっとネットで見てみて、最も見事に翻訳されていると思ったのはこちらのサイトの下半分である。

http://pingpongkingkong.blog108.fc2.com/blog-entry-287.html

 私ごときが評価するのも恐縮なのだが、この翻訳は本当にすごいと思う。非常に勉強させていただいた。


 詞の内容をどう読むかは人によって様々かもしれないが、要するにこの曲は、「ある女の子にちょっと手を出してしまったばかりに、執拗に付きまとわれて苦悩している」男性の気持ちを歌った曲である。すなわち「ビリー・ジーンなんて女知らんぞ」という主旨である。まあ特に女性で不快に思う方も多いかもしれないが、この種の「かんべんしてくれー」という気持ちに非常に共感を覚えて、ツボに入る男性も何気に少なくないのでは、と思う。


 で、さらにこの詞について、私として一点非常に興味深いと思うのが、繰り返し出てくる「I am the one who will dance on the floor in the round」という部分である。繰り返されることの理由には、もちろん一つには曲の旋律が繰り返されるからというのもあると思うのだが、私としてはそれ以上に、この部分にも一種の「男性心理」を感じるのである。


 この部分は、この女の子から「必殺の口説き文句」として言われた言葉である(I amではなくYou areなのだろうが)。だが、この男にとって、この文句は何やら不可解で、押し付けがましく、気が重くもなり、ちょっと滑稽でもあるのである。「『一緒に踊るたった1人の男』って、何を言ってんだこいつは」という感じだし、「一緒に踊るたった1人の男」という言葉に象徴されるこの女の子の感情が、この男には重苦しくてしょうがないのである。それ故に、このフレーズが頭の中を何度も駆け巡るように、キーワードとして歌の中で繰り返されるのである。


 昔ナインティナインの岡村さんが、葉月里緒菜に言い寄られたのをネタにして、「"YesなのNoなの?"と言われた」と言っていて、私も大ウケしたのだが、このビリー・ジーンのこの部分は、ある種それと同じような嘲笑なのだと思われる。またやや状況は違うが、太宰治の「男女同権」に、ヒステリックな女から「あなたはユダヤ人だったのですね。はじめてわかりました」と言われたという部分があるのだが、これもそれらに似た、女性からの重い気持ちを嘲笑する類の表現であると思われる。先ほど言ったように、これらはちょっと女性に対して酷いのだが、やはり男性の中には少なくない共感があるものと思われる。


 もちろん男性に限らず、こうした誰かの「口説き文句」を影で嘲笑するというのは、女性もやらないわけではない。しかしやはり、一般に女性の方が優しいもので、相手の感情を第三者の前でネタにするようなことは男性に比べれば少ないのだと思われる。ある種の「下ネタ」にも近い男性特有の盛り上がりが、こうした表現には伴っているのではないかと思われる。


 そうした意味で、先ほどURLを引用させていただいた翻訳(日本語訳も途中で使わせていただいた)、私ごときは注文をつけられるようなレベルではないのだが、この曲のサビの、


Billie Jean is not my lover
She's just a girl who claims that I am the one
But the kid is not my son
She says I am the one, but the kid is not my son


 の部分、私だったら「I am the one」というキーワードに対しては、同じ訳語を使うだろうと思われる。2段落目と4段落目の部分は、同じ「たった1人の男」という訳語を使っていいのではないか。といっても、上手く当てはめて行くのもなかなか簡単ではないように思うのだが。