朱雀大路と羅城門を上空から撮影してみた。
というのは嘘w
こちらは平安京創生館さんに展示されている平安京のジオラマ。
1/1000スケールの復元模型だけど、これだけ縮小しても大きくて迫力がある。
何だか本やネットで見るのとは全然違う。
ちょっと離れて撮ってみた。
柱があるんで全景を撮影するのはちと厳しいな~。
ちょっと見てもらいたいのは平安京の南西部。
前回の平安京巡り日記で書いた、八条大路以南の右京がぐちゃぐちゃしていたという理由。
ご覧の通り平安京南西部は未完成だったからで、基礎となる碁盤の目状の道路がなかった。
というのが近年の発掘調査などから得られた説だという。
そもそも平安京南西部は湿地帯で川もあっちこっちに流れていたらしい。
実際、私が歩いた右京南部は天神川や西高瀬川、桂川、佐井西通沿いの川など、
いろいろとあっちこっちに川があって、川に合わせて道路も広がっていたような感じ。
これは私の妄想。
せっかく道を作っても、川の氾濫や地盤の問題が起きる→再建→また災害→ループ――。
それによって右京の発展に遅れが生じ、衰退していったのではないか……。
南西部に至っては最初からこの辺りで碁盤の目は無理だと諦めていたのかな。
嵐山がある西から東に向かって見下ろした情景。
こうして眺めると西の洛外ってめちゃくちゃ広かったんだな~。
嵐山には一回車で行ったことあるんだけど、こんなに遠かったっけ!?
まあ、車じゃ多少遠くてもそんなに感じないのかな。
で、次に載せる写真が次回の平安京巡りで大事になる一枚。
法勝寺上空から眺める平安京の風景。東から西にみた景色ね。
手前に写っている東の洛外にあるのは、今はなき法勝寺とかつてのベッドタウンらしい場所。
このエリアには現在、平安神宮や岡崎公園、京都市立動物園などが建っている。
二条大路が平安京を突き抜けて、法勝寺まで伸びているのが見える。
二条大路は平安時代の東西のメインストリートで、幅が51メートルもあったらしい。
この巨大なメインストリートが現代どうなっているのか。
次回に二条大路をやるんでよかったら見てくれると嬉しい。
二条大路は朱雀大路に匹敵するスケールなので結構長い記事になるかも。
こちらの平安京創生館さんには大内裏(平安宮)についても詳しく展示されている。
現在地は京都市生涯学習総合センター、京都市中央図書館。
この地点は平安宮造酒司倉庫跡があった場所で、柱の跡がかなり出土しているという。
つまりは平安時代の天皇が飲まれる高級な美酒を管理していた場所ってことかな。
そんなところに私が立っているのかと思うとすごいなw
まあ、旧大内裏跡地はそんなところばっかりだけど。
この時代の生活やグッズなども数多く展示されているので見ていて飽きない。
当時流行っていたゲームでも遊べるみたい。
平安時代の狩衣という衣装。着てもいいということで着させてもらったぞ。
着付けてくださった方は京都のお祭りで何度も狩衣を着ていらっしゃるという方。
平安時代にタイムスリップしたようで幸せいっぱいでしたよ。いい経験ができたな~。
皆様、本当にどうもありがとうございました。
団体の方々に写真撮られたりして、正直めっちゃ恥ずかしかったwww
一人でぶらっと現れてコスプレして大騒ぎしているの私くらいなんで、
これは身バレる日も近いかもしれないw
でも本当に楽しいんで、京都に来られる機会があったら寄るのがおすすめかな。
ググったらすぐに出てくると思うし、場所もすぐわかると思うよ~。
今回はここまで。
次の平安京巡り日記は朱雀大路に次ぐ東西のメインストリート・二条大路を舞台にしようかと。
京都で外すことのできない超有名スポットである二条城も載せようと思う。
皆さんここまで見てくれてありがとう~。
ではでは皆さんまたお会いしましょう~。