理学療法では、運動機能に着目して、基本的動作能力の改善を目的に運動療法を実施していくのですが、マンツーマンで、限られた時間だけ関わるということによる特性があるように感じます。
病棟やデイケアでのスタッフの関わりは、スタッフ1人が同時に何人もの方と接することが多いので、対象者様も複数人の中の1人としてスタッフと接することになるようです。
集団の中の個人という環境は、それ自体にさまざまな効果があることなので、こういった関わりは、非常に意味があることです(その専門家は作業療法士です)。
一方、理学療法は個人的で、密着して、短時間接するという特殊な環境になるので、そこでみられる対象者さまの言動も、特殊なんだと思います。
その方は認知症で、普段イライラしながらホールを落ち着き無く徘徊し、スタッフを睨み付けるような、いかにも頑固そうな男性です。自分が今いる場所や季節、時間、周囲の人が誰かなど、ほとんど分からなくなっています。その日もやさしく話しかけるスタッフを無視して、一点を見つめていました。
この方に運動を勧める際には、「トレーニング」という言葉を使うと良いと作業療法士から知らされています。
「これからトレーニングをしようと思うのですが、ご一緒にいかがですか?」と話しかけると、「え?トレーニングですか?じゃあ参りましょうか」としかめ面が急ににこやかになります。その後の数十分間は、ゴルフの話や仕事の話(いくら話していてもどんな仕事なのかさっぱり分からないのですが…)などをしながらずっと笑顔で運動をされます。
ここ数ヶ月、ほぼ毎回このパターンなので、その日も同じように誘い、同じような笑顔で運動を始めたのですが、運動が終了しホールにもどる時に、まじめな顔で話しかけられました。
「私は何も分からなくなってしまい、みんなに迷惑ばかりかけてしまってほんとに申し訳ない」と目に涙を浮かべて謝るのです。この人は、自分がいろいろなことが出来なくなってきていることを知っている。それが辛いと思っている。そんなことは、ホールにいる姿からは想像できなかったです。フロアスタッフにその話をすると皆驚くと同時に、対応の仕方をもう一度考え直そうということになりました。
この方は運動が特別好きなわけではなく、ご自分が、言葉としても感覚的にも分かっている「トレーニング」を、その専門家と一緒に実施することが安心できるんだと思います。そこで私が身体を触り、運動できていることを賞賛することが私に対する信頼になっているんではないかと思います。
おそらく、私がフロアスタッフの一員として彼に関わっていたら、同じような反応は見られなかったと思います。
個別に、運動機能に絞った、分かりやすい関わりができることのメリットを生かす。本来の目的とは違いますが、PTが忘れてはならない部分であると思います。
先日,シルバーカーを使用している患者様からこんな話をされました。
「杖で歩きたい。これを使うと杖で歩けなくなっちゃうでしょ?」
「シルバーカーを使うと,杖で歩けなくなる」 というのは誤りです。
杖で歩けないからシルバーカーを使うのです。
当たり前のことのように思えますが,補助具を使うようにすすめると,
「これを使うと身体が弱るから…」と言う方が意外と多いです。
杖や歩行器は,身体を支えて歩くためのものです。
杖にも色々種類があるのですが,T字杖は主にバランスを取るためのもので,足腰が弱ったのを腕で補うために使うものではありません。
四点杖というものは,腕にある程度の体重をかけられるのですが,片手が使えない人以外にはおすすめできません。
片方に体重をかけて歩くのは不安定ですし,左右で体重のかけ方が違うと身体のあちこちに無理な力が加わって,腰や膝・頚などの痛みにつながることもあるからです。
杖を使って,転倒の危険を冒しながら,痛みの原因を作りながら,やっとの思いでわずかな距離を歩いて,疲れて寝てしまうよりも,歩行器で楽に歩いた方が,疲れて横になる時間が少なくなり,杖を使って歩くよりも一日全体の運動量は多くなることもあるのです。
運動機能の回復が望める人は,補装具を使用して活発な生活を送ることで体力がつき,結果として補装具を使用しないでも生活できるようになるかもしれません。
リハビリで目指すものは生活の再建です。努力を強いる生活,疲れ果てる生活は長続きしません。いかに楽して活発に生活するかを考えることで,そのとき必要な補装具を選べると思います。お悩みの際は,是非理学療法士・作業療法士にご相談下さい。
「杖で歩きたい。これを使うと杖で歩けなくなっちゃうでしょ?」
「シルバーカーを使うと,杖で歩けなくなる」 というのは誤りです。
杖で歩けないからシルバーカーを使うのです。
当たり前のことのように思えますが,補助具を使うようにすすめると,
「これを使うと身体が弱るから…」と言う方が意外と多いです。
杖や歩行器は,身体を支えて歩くためのものです。
杖にも色々種類があるのですが,T字杖は主にバランスを取るためのもので,足腰が弱ったのを腕で補うために使うものではありません。
四点杖というものは,腕にある程度の体重をかけられるのですが,片手が使えない人以外にはおすすめできません。
片方に体重をかけて歩くのは不安定ですし,左右で体重のかけ方が違うと身体のあちこちに無理な力が加わって,腰や膝・頚などの痛みにつながることもあるからです。
杖を使って,転倒の危険を冒しながら,痛みの原因を作りながら,やっとの思いでわずかな距離を歩いて,疲れて寝てしまうよりも,歩行器で楽に歩いた方が,疲れて横になる時間が少なくなり,杖を使って歩くよりも一日全体の運動量は多くなることもあるのです。
運動機能の回復が望める人は,補装具を使用して活発な生活を送ることで体力がつき,結果として補装具を使用しないでも生活できるようになるかもしれません。
リハビリで目指すものは生活の再建です。努力を強いる生活,疲れ果てる生活は長続きしません。いかに楽して活発に生活するかを考えることで,そのとき必要な補装具を選べると思います。お悩みの際は,是非理学療法士・作業療法士にご相談下さい。
先日、「リハビリはもうやめてほしい」と患者さんから突然言われました。
理由を尋ねてもなかなか言ってもらえなかったのですが、どうやら介護者から「リハビリをやってもらってるのに何で自分でやろうとしないの?」とか、「リハビリしてくれている先生に申し訳ないと思わないの?」と言われるのが辛いということのようです。
「リハビリ=よくなる」という幻想が、「期待に応えなくてはならない」というプレッシャーを生んでいることに驚きました。と同時に、リハビリに対する誤解は割りと根深いということに、改めて気付かされました。
リハビリとは、リハビリテーションの略で、リハビリテーションとは、「障害者が一人の人間として、その障害にもかかわらず人間らしく生きることができるようにするための技術及び社会的・政策的対応の総合的体系」だといわれています(1981年、厚生白書)
リハビリテーションとは、障害を治すことではなく、障害を持ったまま、より良く生きて行くことを目指すものです。そこに不可欠なのは、「機能の向上には限界がある(症状はこれ以上良くならない)こと」を理解し、「それでも、より人間らしく生きて行くこと」を覚悟することなのです。いわゆる障害受容といわれるものなのですが、これがご本人だけでなく周囲をとりまく方々にもなされていないと、悲劇が起こります。
リハビリテーションとは、決して、明るい、輝く未来だけを約束するものではない。
程度の差はありましょうが、孤独や怒り、悲哀や否認、混乱や抑うつと言った、辛い思いを経て、ようやく自分自身の価値観を換えて、「折り合いを付ける」ことで初めて自分らしい生活が得られるものです。
この方のように、リハビリが不必要なプレッシャーを生む場合以外にも、障害を受容できていないと、逆にリハビリが生き甲斐になってしまう人がいます。
一見、熱心にリハビリをしていて良さそうにも見えますが、価値観の転換ができずに、頑張ればいつか治ると思っている場合、つらそうです。
リハビリに対する幻想を正し、本人と周囲の人たちが障害を受容できるようにサポートしていくことが私の仕事であるのに、リハ対象者さんやその介護者にそういった援助ができていない。
結構凹みました…が、意欲も湧いてきました。
理由を尋ねてもなかなか言ってもらえなかったのですが、どうやら介護者から「リハビリをやってもらってるのに何で自分でやろうとしないの?」とか、「リハビリしてくれている先生に申し訳ないと思わないの?」と言われるのが辛いということのようです。
「リハビリ=よくなる」という幻想が、「期待に応えなくてはならない」というプレッシャーを生んでいることに驚きました。と同時に、リハビリに対する誤解は割りと根深いということに、改めて気付かされました。
リハビリとは、リハビリテーションの略で、リハビリテーションとは、「障害者が一人の人間として、その障害にもかかわらず人間らしく生きることができるようにするための技術及び社会的・政策的対応の総合的体系」だといわれています(1981年、厚生白書)
リハビリテーションとは、障害を治すことではなく、障害を持ったまま、より良く生きて行くことを目指すものです。そこに不可欠なのは、「機能の向上には限界がある(症状はこれ以上良くならない)こと」を理解し、「それでも、より人間らしく生きて行くこと」を覚悟することなのです。いわゆる障害受容といわれるものなのですが、これがご本人だけでなく周囲をとりまく方々にもなされていないと、悲劇が起こります。
リハビリテーションとは、決して、明るい、輝く未来だけを約束するものではない。
程度の差はありましょうが、孤独や怒り、悲哀や否認、混乱や抑うつと言った、辛い思いを経て、ようやく自分自身の価値観を換えて、「折り合いを付ける」ことで初めて自分らしい生活が得られるものです。
この方のように、リハビリが不必要なプレッシャーを生む場合以外にも、障害を受容できていないと、逆にリハビリが生き甲斐になってしまう人がいます。
一見、熱心にリハビリをしていて良さそうにも見えますが、価値観の転換ができずに、頑張ればいつか治ると思っている場合、つらそうです。
リハビリに対する幻想を正し、本人と周囲の人たちが障害を受容できるようにサポートしていくことが私の仕事であるのに、リハ対象者さんやその介護者にそういった援助ができていない。
結構凹みました…が、意欲も湧いてきました。
お天気が悪くなる前に体調を崩す方が多いような気がします。
「私も明日の天気がわかる身体になっちゃったよ」とおっしゃる高齢者の方や、「今日はすごく痛いから明日は絶対雨がふるよ。これだけ当るんだから気象予報士にでもなろうかしら」とおっしゃる片麻痺の方がいたり、私も15年ほど前に傷めた膝が雨になる前に痛むことがあります。
また、気持ちが落ち込んだり、落ち着かなくなったりする方もいると聞きます。
2007年4月には、日本気象協会北海道支社がこんな予報を出しています!
<20日、21日午前から午後にかけての短時間に気温が急上昇し、体調不良や気分が落ち着かないなどの「気象病」が起こる可能性があるとして、「車の運転や、夫婦げんかに注意を」と呼びかける異例の気象情報を出した。>
気象病とは「天候や時間~日単位での気温や気圧・湿度などの気象条件の変化が、痛みに限らず症状の変化の引き金になる疾患」をいうそうです。以下に、(財)山口県予防保健協会保健部さんの情報を引用します。
●お天気屋さんは、性格が悪いわけじゃない
以前より、自律神経が天気痛をはじめ、気象病にも関与すると予想 されていました。 交感神経と副交感神経からなる自律神経のうち、痛みと関連が強いのは 「体のテンションを上げる」交感神経の方です。
比較的最近、足に痛みを感じやすい弱点つきのラットを使った研究で、天候が変わる程度の 範囲の変化では、気圧は低いと、また温度は下がると、そして湿度は高いと、交感神経の作用で 痛みを感じやすくなることが証明されました。しかし寒いけれど湿度も低い冬は、リウマチの 症状はむしろ軽くなる方も多いことから、特に痛みに関しては、温度に較べて気圧と湿度の影響力 が大きいようです。
寒いと交感神経が優勢になることはよく知られています。でも、気圧が下がると副交感神経が優勢になるとされていました。 一見、矛盾するのでは?と考えられます。しかし、気圧が低下すると、ヒスタミンという物質が 増えることがわかりました。ヒスタミンは、外部からの刺激に反応して増え、アトピーや喘息などの アレルギーや炎症を起こすことで知られていますが、他に血管を拡張させる作用や血管から水分などが 周囲の組織にしみ出させる作用により、血圧を急低下させたりします。その一方で、神経伝達物質としては 交感神経を刺激します。気圧の低下に合わせてバランスがとれるまでは、身体の各部が大気を押し返す圧力が 気圧より優勢になるため、血中に物質が溶け込みにくくなったり、一つ一つの細胞が膨張ぎみになります。 このときに、血中の肥満細胞からヒスタミンが出されます(梅雨どきにアトピーが悪化する方は、 カビの他にここにも原因が)。
●直接原因は自律神経のパニックと血行の悪化とむくみ
そもそも、交感神経の作用で痛みが増すのは、筋肉や関節周辺では血管を収縮させ、血行が悪くなり、疲労物質がたまることが主因です。一方脳の血流は逆に増やすため、血管の拍動が主原因の偏頭痛も起きやすくなります。さらに、痛いという感覚自体が交感神経を刺激して、悪循環になります。
気圧の低下で基本的に副交感神経が優勢になりローテンションでけだるいところに、ヒスタミンの作用で交感神経への逆の指令も来るため、自律神経失調状態(要するにパニック)となる上に、ヒスタミンと交感神経のダブルの作用で血行が悪くなり、痛みに対処できなくなるようです。
また、気圧が下がると組織の膨張で、神経と周囲の器官が触れやすくなって痛みが増すという説も あります。
さらに、雨が降ると湿度が上がります。湿度が高いと汗が引きにくいため、体がむくみやすくなります。 むくみも血行が低下し疲労物質がたまる原因になります。また体液のカルシウムイオンが薄まることで、 筋肉や神経が過敏になって痛みが出やすくなります。さらに汗が引きにくいことで、不快感もさることながら、 体温調節(夏ばてや熱中症を参照)しにくくなり、自律神経のバランスの乱れに拍車を かけます。
雨降りの前後の気圧のアップダウンと湿度の上昇による自律神経失調状態+むくみ+血行の悪化が、 関節痛、神経痛、古傷の痛みを引き起すようです。そう、冷房による夏ばてや冷え症と 似た状態です。
●お天気屋さんのための痛み対策
夏ばてや冷え症と原因が似ていることもあり、対策もかなり共通します。
お風呂は強い味方です。汗をかく上にすっきり流して余分な水分を出し、さらに血行もよくなります のでむくみに大変効果的です。マッサージをしたり、足を上げ下げしたり、曲げ伸ばしなどの運動をするのもいいでしょう。
そして、湿気と冷えは悪化の要因ですので、お風呂あがりはしっかり拭いて、血行を妨げない ゆったりした服装を。冬は保温性第一ですが、夏の場合は、体に熱がこもるのもよくありません。 続いて出てくる汗が引きやすいよう、通気性と吸湿性がよいものを(ねまき用の浴衣は湿度の高い 日本ならではの知恵です)。
気温の変動しすぎに気をつけて、夏のエアコンは除湿(ドライ)を活用し、冬は重ね着で調節します。
むくみの原因となる水分や塩分のとりすぎに注意して、冬なら冷え症に効く食べ物を。 そしてあとなぜか「もち米」はむくみを起こしやすいので、お餅やおかきの食べすぎにも気を つけましょう。夏は自律神経が正常に体温調節をするためには水分を出し入れすることが重要 なので、上手にとって、ちゃんと出すことです。生の野菜や果物は、適度に水分を補給でき、 自律神経を整えるビタミンCと、利尿作用のあるカリウムに富み、体の熱を放散させる効果があります。 とくに夏が旬のきゅうりやすいかなどのうり系統と、トマトや茄子などのなす系統がおすすめです。 それから、自律神経や痛覚の神経をなだめ、骨や関節を強くするカルシウムをとるよう心がけましょう。 牛乳だとお腹の調子が悪くなる・水分の摂りすぎが心配、という方は、チーズやヨーグルト、 小魚など、手を変え品を変えるようにするとよいでしょう。
そして、自律神経のバランスをとるにはできるだけストレスをさけて睡眠を十分に。
筋力が弱いとむくみやすいので、きつくないときには歩いたり、ストレッチなどの軽い運動で血行と 筋力を高めておきましょう。
「私も明日の天気がわかる身体になっちゃったよ」とおっしゃる高齢者の方や、「今日はすごく痛いから明日は絶対雨がふるよ。これだけ当るんだから気象予報士にでもなろうかしら」とおっしゃる片麻痺の方がいたり、私も15年ほど前に傷めた膝が雨になる前に痛むことがあります。
また、気持ちが落ち込んだり、落ち着かなくなったりする方もいると聞きます。
2007年4月には、日本気象協会北海道支社がこんな予報を出しています!
<20日、21日午前から午後にかけての短時間に気温が急上昇し、体調不良や気分が落ち着かないなどの「気象病」が起こる可能性があるとして、「車の運転や、夫婦げんかに注意を」と呼びかける異例の気象情報を出した。>
気象病とは「天候や時間~日単位での気温や気圧・湿度などの気象条件の変化が、痛みに限らず症状の変化の引き金になる疾患」をいうそうです。以下に、(財)山口県予防保健協会保健部さんの情報を引用します。
●お天気屋さんは、性格が悪いわけじゃない
以前より、自律神経が天気痛をはじめ、気象病にも関与すると予想 されていました。 交感神経と副交感神経からなる自律神経のうち、痛みと関連が強いのは 「体のテンションを上げる」交感神経の方です。
比較的最近、足に痛みを感じやすい弱点つきのラットを使った研究で、天候が変わる程度の 範囲の変化では、気圧は低いと、また温度は下がると、そして湿度は高いと、交感神経の作用で 痛みを感じやすくなることが証明されました。しかし寒いけれど湿度も低い冬は、リウマチの 症状はむしろ軽くなる方も多いことから、特に痛みに関しては、温度に較べて気圧と湿度の影響力 が大きいようです。
寒いと交感神経が優勢になることはよく知られています。でも、気圧が下がると副交感神経が優勢になるとされていました。 一見、矛盾するのでは?と考えられます。しかし、気圧が低下すると、ヒスタミンという物質が 増えることがわかりました。ヒスタミンは、外部からの刺激に反応して増え、アトピーや喘息などの アレルギーや炎症を起こすことで知られていますが、他に血管を拡張させる作用や血管から水分などが 周囲の組織にしみ出させる作用により、血圧を急低下させたりします。その一方で、神経伝達物質としては 交感神経を刺激します。気圧の低下に合わせてバランスがとれるまでは、身体の各部が大気を押し返す圧力が 気圧より優勢になるため、血中に物質が溶け込みにくくなったり、一つ一つの細胞が膨張ぎみになります。 このときに、血中の肥満細胞からヒスタミンが出されます(梅雨どきにアトピーが悪化する方は、 カビの他にここにも原因が)。
●直接原因は自律神経のパニックと血行の悪化とむくみ
そもそも、交感神経の作用で痛みが増すのは、筋肉や関節周辺では血管を収縮させ、血行が悪くなり、疲労物質がたまることが主因です。一方脳の血流は逆に増やすため、血管の拍動が主原因の偏頭痛も起きやすくなります。さらに、痛いという感覚自体が交感神経を刺激して、悪循環になります。
気圧の低下で基本的に副交感神経が優勢になりローテンションでけだるいところに、ヒスタミンの作用で交感神経への逆の指令も来るため、自律神経失調状態(要するにパニック)となる上に、ヒスタミンと交感神経のダブルの作用で血行が悪くなり、痛みに対処できなくなるようです。
また、気圧が下がると組織の膨張で、神経と周囲の器官が触れやすくなって痛みが増すという説も あります。
さらに、雨が降ると湿度が上がります。湿度が高いと汗が引きにくいため、体がむくみやすくなります。 むくみも血行が低下し疲労物質がたまる原因になります。また体液のカルシウムイオンが薄まることで、 筋肉や神経が過敏になって痛みが出やすくなります。さらに汗が引きにくいことで、不快感もさることながら、 体温調節(夏ばてや熱中症を参照)しにくくなり、自律神経のバランスの乱れに拍車を かけます。
雨降りの前後の気圧のアップダウンと湿度の上昇による自律神経失調状態+むくみ+血行の悪化が、 関節痛、神経痛、古傷の痛みを引き起すようです。そう、冷房による夏ばてや冷え症と 似た状態です。
●お天気屋さんのための痛み対策
夏ばてや冷え症と原因が似ていることもあり、対策もかなり共通します。
お風呂は強い味方です。汗をかく上にすっきり流して余分な水分を出し、さらに血行もよくなります のでむくみに大変効果的です。マッサージをしたり、足を上げ下げしたり、曲げ伸ばしなどの運動をするのもいいでしょう。
そして、湿気と冷えは悪化の要因ですので、お風呂あがりはしっかり拭いて、血行を妨げない ゆったりした服装を。冬は保温性第一ですが、夏の場合は、体に熱がこもるのもよくありません。 続いて出てくる汗が引きやすいよう、通気性と吸湿性がよいものを(ねまき用の浴衣は湿度の高い 日本ならではの知恵です)。
気温の変動しすぎに気をつけて、夏のエアコンは除湿(ドライ)を活用し、冬は重ね着で調節します。
むくみの原因となる水分や塩分のとりすぎに注意して、冬なら冷え症に効く食べ物を。 そしてあとなぜか「もち米」はむくみを起こしやすいので、お餅やおかきの食べすぎにも気を つけましょう。夏は自律神経が正常に体温調節をするためには水分を出し入れすることが重要 なので、上手にとって、ちゃんと出すことです。生の野菜や果物は、適度に水分を補給でき、 自律神経を整えるビタミンCと、利尿作用のあるカリウムに富み、体の熱を放散させる効果があります。 とくに夏が旬のきゅうりやすいかなどのうり系統と、トマトや茄子などのなす系統がおすすめです。 それから、自律神経や痛覚の神経をなだめ、骨や関節を強くするカルシウムをとるよう心がけましょう。 牛乳だとお腹の調子が悪くなる・水分の摂りすぎが心配、という方は、チーズやヨーグルト、 小魚など、手を変え品を変えるようにするとよいでしょう。
そして、自律神経のバランスをとるにはできるだけストレスをさけて睡眠を十分に。
筋力が弱いとむくみやすいので、きつくないときには歩いたり、ストレッチなどの軽い運動で血行と 筋力を高めておきましょう。
痛みを,純粋な身体の問題ととらえた場合,
「痛みは身体の危険信号で,痛いときには動かさない」
というのが原則になります。
ところが,痛みというのは身体面のみで解決するものではないと思われます。
例えば,身体的に明らかな痛みの原因があっても何かに集中しているときは痛みを感じなかったり,反対に身体的に何も問題がないのにいつまでも痛みが続いたりと,痛みには精神面が深く関わっていそうな気配を感じます。
理学療法では,身体を動かすこと(動作)を
意図(動かそうとすること)⇒身体運動(随意的(意識)・不随意的(無意識)な身体の反応の組み合わせの結果生じる活動)
と捉えて,患者様にとって動かしやすい身体を,セラピストが作り出すことに重きを置いています。
これに対して,動作を心理的アプローチによって改善しようとするのが臨床動作法です。
この方法では,つぎのように考えるそうです。
意図(動かそうとすること)⇒努力(意図を実現する為に,自分の身体に注意を向け,身体を調整・操作するための主体的な自己の活動)⇒身体運動(自己の主体的な活動が行われた結果,発生する心的なエネルギーによって起こる活動)
自分の身体の状態に気づき,意図するとおりに動かそうと努力する過程が重要で,その部分を身体的・心理的にサポートして訓練していくことによって,痛くなくなったりすることもあるのです。
理学療法しか知らなかった私は,臨床動作法について当院の臨床心理士や実際に痛みから解放された人の話を聞いて,かなりのショックを受けたのですが,,改めて人間の複雑さ,奥深さを感じました。
身体と精神は一体で,どちらかを病んでしまった人には,どちらのメンテナンスも必要だと思います。
理学療法・心理療法と分けて考えずに,治療者として,患者様の身体・精神両面をサポートできるように,これからも精進します!!
「痛みは身体の危険信号で,痛いときには動かさない」
というのが原則になります。
ところが,痛みというのは身体面のみで解決するものではないと思われます。
例えば,身体的に明らかな痛みの原因があっても何かに集中しているときは痛みを感じなかったり,反対に身体的に何も問題がないのにいつまでも痛みが続いたりと,痛みには精神面が深く関わっていそうな気配を感じます。
理学療法では,身体を動かすこと(動作)を
意図(動かそうとすること)⇒身体運動(随意的(意識)・不随意的(無意識)な身体の反応の組み合わせの結果生じる活動)
と捉えて,患者様にとって動かしやすい身体を,セラピストが作り出すことに重きを置いています。
これに対して,動作を心理的アプローチによって改善しようとするのが臨床動作法です。
この方法では,つぎのように考えるそうです。
意図(動かそうとすること)⇒努力(意図を実現する為に,自分の身体に注意を向け,身体を調整・操作するための主体的な自己の活動)⇒身体運動(自己の主体的な活動が行われた結果,発生する心的なエネルギーによって起こる活動)
自分の身体の状態に気づき,意図するとおりに動かそうと努力する過程が重要で,その部分を身体的・心理的にサポートして訓練していくことによって,痛くなくなったりすることもあるのです。
理学療法しか知らなかった私は,臨床動作法について当院の臨床心理士や実際に痛みから解放された人の話を聞いて,かなりのショックを受けたのですが,,改めて人間の複雑さ,奥深さを感じました。
身体と精神は一体で,どちらかを病んでしまった人には,どちらのメンテナンスも必要だと思います。
理学療法・心理療法と分けて考えずに,治療者として,患者様の身体・精神両面をサポートできるように,これからも精進します!!
「疲労」や「痛み」は,身体が発信する警告信号だと言われています。
「疲労」が黄色信号,「痛み」が赤信号ということで,痛みが出たときはほとんどの場合安静にすべきだと思います。
ところが,
「痛いからといって動かさないでいると動かなくなるよ!」
とか,
「リハビリなんだから痛いのは当たり前でしょ!」
などという言葉を良く聞くような気がします。
痛みは心身を緊張させて,筋肉の柔軟性を奪います。この状態で無理に動かすことは,筋肉や関節に負担を掛けて,さらに痛みを誘発します。この悪循環を繰り返すことで,じっとしていれば治るものも治らなくしてしまうこともあるのです。
私の印象では,
①痛いのを我慢して動かした人
②痛い間は痛みが生じる方向には動かさずに,痛くなくなってから動かした人
で,治り方は変わらないか,①の方が治りが悪いです。
「ほとんどの場合」痛いときは動かさないのが原則ですが,例外もあるようで…
続く
「疲労」が黄色信号,「痛み」が赤信号ということで,痛みが出たときはほとんどの場合安静にすべきだと思います。
ところが,
「痛いからといって動かさないでいると動かなくなるよ!」
とか,
「リハビリなんだから痛いのは当たり前でしょ!」
などという言葉を良く聞くような気がします。
痛みは心身を緊張させて,筋肉の柔軟性を奪います。この状態で無理に動かすことは,筋肉や関節に負担を掛けて,さらに痛みを誘発します。この悪循環を繰り返すことで,じっとしていれば治るものも治らなくしてしまうこともあるのです。
私の印象では,
①痛いのを我慢して動かした人
②痛い間は痛みが生じる方向には動かさずに,痛くなくなってから動かした人
で,治り方は変わらないか,①の方が治りが悪いです。
「ほとんどの場合」痛いときは動かさないのが原則ですが,例外もあるようで…
続く
「疲労」と「疲れた感じ」は厳密には違います。
疲労とは,「身体的あるいは精神的負荷を連続して与えられたときにみられる一時的な身体的および精神的パフォーマンスの低下現象」を言うそうです。
健常者が日常生活を送っている限りでは,疲労と疲労感が一致している場合がほとんどでしょう。
疲れたと感じる時は実際にパフォーマンスは低下していますし,パフォーマンスが正常に発揮されているときは疲れたとは思わないです。
ところが,心身に障害を負った方々は,この「疲労」と「疲労感」が一致しない場合が多いのです。
疲労に達していないのに「疲れた」と感じる場合は,そこで運動や作業を中断すればよいので,特に問題ないと思います。リハビリの効果は上がりにくいですが徐々に負荷を増していくことで確実に疲れにくくなっていきます。
問題なのは,疲労に達しているのに疲れたと感じない場合です。健常者でも,やりがいや達成感があることをしているときは疲労状態になっても疲れを感じないものですが,心身が健康なら「無理がきく」ので,問題ないのです。(行き過ぎると過労死につながる危険性があると指摘されてもいますが)
しかしリハビリテーションが必要な方は「疲労」と「回復」のギリギリのところでバランスを取っているため,疲労状態は症状を悪化させる可能性もあります。
リハビリテーションでは,「とにかくやらせる」とか,「やればやるだけ良くなる」というのはナンセンスです。身体面で言えば,動作の正確さや表情などから疲労の度合いを推測して,本人の訴えがなくても運動を中止することが大切です。
「やらせる」だけでなく「やめさせる」のも,私たちの重要な仕事です。
疲労とは,「身体的あるいは精神的負荷を連続して与えられたときにみられる一時的な身体的および精神的パフォーマンスの低下現象」を言うそうです。
健常者が日常生活を送っている限りでは,疲労と疲労感が一致している場合がほとんどでしょう。
疲れたと感じる時は実際にパフォーマンスは低下していますし,パフォーマンスが正常に発揮されているときは疲れたとは思わないです。
ところが,心身に障害を負った方々は,この「疲労」と「疲労感」が一致しない場合が多いのです。
疲労に達していないのに「疲れた」と感じる場合は,そこで運動や作業を中断すればよいので,特に問題ないと思います。リハビリの効果は上がりにくいですが徐々に負荷を増していくことで確実に疲れにくくなっていきます。
問題なのは,疲労に達しているのに疲れたと感じない場合です。健常者でも,やりがいや達成感があることをしているときは疲労状態になっても疲れを感じないものですが,心身が健康なら「無理がきく」ので,問題ないのです。(行き過ぎると過労死につながる危険性があると指摘されてもいますが)
しかしリハビリテーションが必要な方は「疲労」と「回復」のギリギリのところでバランスを取っているため,疲労状態は症状を悪化させる可能性もあります。
リハビリテーションでは,「とにかくやらせる」とか,「やればやるだけ良くなる」というのはナンセンスです。身体面で言えば,動作の正確さや表情などから疲労の度合いを推測して,本人の訴えがなくても運動を中止することが大切です。
「やらせる」だけでなく「やめさせる」のも,私たちの重要な仕事です。
作業興奮とは,やる気がない状態をやる気にさせるためには「とにかくやる」ことが重要だということを意味しているものです。「作業興奮」というキーワードで検索すると学習塾・コンサルティング会社などのコラムが多く上がってくることからも,勉強や仕事を行ううえで「やる気」がいかに重要かということがわかります。リハビリテーションを進める上でも,当然「やる気」は大切です。
では,「やる気」が起こるメカニズムはどんなものなのでしょうか。
脳内の「側坐核」という場所が「やる気のもと」で,ここから「アセチルコリン」という神経伝達物質が出されて前頭葉などを刺激することでやる気が起こってくるということです。
側坐核が活発に働くためには,「適切なシゲキ」が必要で,これがないと側坐核はうまく働かないらしいのです。
「シゲキ」とは,脳が感じるもの全てですが,「適切なシゲキ」とは自分で動いた結果得られる感覚です。つまり,受け身ではなく自分から脳を動かす・体を動かすことが重要なのです。
やる気が出ないとき,どうすればやる気が出るかと言うと,とにかく動いてみることが一番大切だと言われています。その「動き」に目的があったり,他人の注目があるとなお良いと思われます。また,できないことを無理にやったり,簡単すぎることを延々くり返すよりは,その時の自分の能力に見合ったことをやった方がやる気も持続するでしょう。
理学療法士・作業療法士はこれらのことを考慮しながらリハビリをすすめています。やる気のオーダーメイド,といったところでしょうか。
これがスタートからゴールまで,リハビリテーションを支える重要な要素かもしれません。
では,「やる気」が起こるメカニズムはどんなものなのでしょうか。
脳内の「側坐核」という場所が「やる気のもと」で,ここから「アセチルコリン」という神経伝達物質が出されて前頭葉などを刺激することでやる気が起こってくるということです。
側坐核が活発に働くためには,「適切なシゲキ」が必要で,これがないと側坐核はうまく働かないらしいのです。
「シゲキ」とは,脳が感じるもの全てですが,「適切なシゲキ」とは自分で動いた結果得られる感覚です。つまり,受け身ではなく自分から脳を動かす・体を動かすことが重要なのです。
やる気が出ないとき,どうすればやる気が出るかと言うと,とにかく動いてみることが一番大切だと言われています。その「動き」に目的があったり,他人の注目があるとなお良いと思われます。また,できないことを無理にやったり,簡単すぎることを延々くり返すよりは,その時の自分の能力に見合ったことをやった方がやる気も持続するでしょう。
理学療法士・作業療法士はこれらのことを考慮しながらリハビリをすすめています。やる気のオーダーメイド,といったところでしょうか。
これがスタートからゴールまで,リハビリテーションを支える重要な要素かもしれません。
リハビリという言葉は非常に広い意味で使われています。例えば,スポーツ選手のリハビリは競技に復帰することですし,故障した機械の試運転をリハビリと言ってみたり,画家や小説家が久しぶりに創作を再開した時の準備活動(試し書き?)を「リハビリを兼ねて」などと言ったりします。
病院で行われるリハビリは,「医学的リハビリテーション」といって,病気などで障害を持った人に対し、回復できる部分を可能な限り回復させるとともに、障害を負っていない残された機能を最大限に活用し、(障害を負ったままでも)より主体的な日常生活を過ごすことが出来るように、サポートすることが目的です。
つまり,「入院」という社会からかけ離れた状況を打開すること,「退院すること」が目的になるわけで,これに関わる投薬や処置・看護も全てが「医学的リハビリテーション」に含まれます。
患者様の「退院」に向けて,私たち理学療法士は,運動機能面からサポートすることになります。
一言に「退院」といっても,その人の置かれた状況はさまざまで,退院に向けて必要な機能・能力は一人一人違います。例えば,ある人は駅まで一人で歩けないと退院できない。でもある人は固い脚が開くようになれば退院できる。というかんじです。
「退院」という大きな目的に向かって,予想される退院後の生活レベルに見合った能力があるかどうかを細かい要素に分解して検討し,この人の退院には何が必要かを考えて施術するのが,私たちの仕事です。