先日、「リハビリはもうやめてほしい」と患者さんから突然言われました。
理由を尋ねてもなかなか言ってもらえなかったのですが、どうやら介護者から「リハビリをやってもらってるのに何で自分でやろうとしないの?」とか、「リハビリしてくれている先生に申し訳ないと思わないの?」と言われるのが辛いということのようです。
「リハビリ=よくなる」という幻想が、「期待に応えなくてはならない」というプレッシャーを生んでいることに驚きました。と同時に、リハビリに対する誤解は割りと根深いということに、改めて気付かされました。
リハビリとは、リハビリテーションの略で、リハビリテーションとは、「障害者が一人の人間として、その障害にもかかわらず人間らしく生きることができるようにするための技術及び社会的・政策的対応の総合的体系」だといわれています(1981年、厚生白書)
リハビリテーションとは、障害を治すことではなく、障害を持ったまま、より良く生きて行くことを目指すものです。そこに不可欠なのは、「機能の向上には限界がある(症状はこれ以上良くならない)こと」を理解し、「それでも、より人間らしく生きて行くこと」を覚悟することなのです。いわゆる障害受容といわれるものなのですが、これがご本人だけでなく周囲をとりまく方々にもなされていないと、悲劇が起こります。
リハビリテーションとは、決して、明るい、輝く未来だけを約束するものではない。
程度の差はありましょうが、孤独や怒り、悲哀や否認、混乱や抑うつと言った、辛い思いを経て、ようやく自分自身の価値観を換えて、「折り合いを付ける」ことで初めて自分らしい生活が得られるものです。
この方のように、リハビリが不必要なプレッシャーを生む場合以外にも、障害を受容できていないと、逆にリハビリが生き甲斐になってしまう人がいます。
一見、熱心にリハビリをしていて良さそうにも見えますが、価値観の転換ができずに、頑張ればいつか治ると思っている場合、つらそうです。
リハビリに対する幻想を正し、本人と周囲の人たちが障害を受容できるようにサポートしていくことが私の仕事であるのに、リハ対象者さんやその介護者にそういった援助ができていない。
結構凹みました…が、意欲も湧いてきました。