理学療法では、運動機能に着目して、基本的動作能力の改善を目的に運動療法を実施していくのですが、マンツーマンで、限られた時間だけ関わるということによる特性があるように感じます。
病棟やデイケアでのスタッフの関わりは、スタッフ1人が同時に何人もの方と接することが多いので、対象者様も複数人の中の1人としてスタッフと接することになるようです。
集団の中の個人という環境は、それ自体にさまざまな効果があることなので、こういった関わりは、非常に意味があることです(その専門家は作業療法士です)。
一方、理学療法は個人的で、密着して、短時間接するという特殊な環境になるので、そこでみられる対象者さまの言動も、特殊なんだと思います。
その方は認知症で、普段イライラしながらホールを落ち着き無く徘徊し、スタッフを睨み付けるような、いかにも頑固そうな男性です。自分が今いる場所や季節、時間、周囲の人が誰かなど、ほとんど分からなくなっています。その日もやさしく話しかけるスタッフを無視して、一点を見つめていました。
この方に運動を勧める際には、「トレーニング」という言葉を使うと良いと作業療法士から知らされています。
「これからトレーニングをしようと思うのですが、ご一緒にいかがですか?」と話しかけると、「え?トレーニングですか?じゃあ参りましょうか」としかめ面が急ににこやかになります。その後の数十分間は、ゴルフの話や仕事の話(いくら話していてもどんな仕事なのかさっぱり分からないのですが…)などをしながらずっと笑顔で運動をされます。
ここ数ヶ月、ほぼ毎回このパターンなので、その日も同じように誘い、同じような笑顔で運動を始めたのですが、運動が終了しホールにもどる時に、まじめな顔で話しかけられました。
「私は何も分からなくなってしまい、みんなに迷惑ばかりかけてしまってほんとに申し訳ない」と目に涙を浮かべて謝るのです。この人は、自分がいろいろなことが出来なくなってきていることを知っている。それが辛いと思っている。そんなことは、ホールにいる姿からは想像できなかったです。フロアスタッフにその話をすると皆驚くと同時に、対応の仕方をもう一度考え直そうということになりました。
この方は運動が特別好きなわけではなく、ご自分が、言葉としても感覚的にも分かっている「トレーニング」を、その専門家と一緒に実施することが安心できるんだと思います。そこで私が身体を触り、運動できていることを賞賛することが私に対する信頼になっているんではないかと思います。
おそらく、私がフロアスタッフの一員として彼に関わっていたら、同じような反応は見られなかったと思います。
個別に、運動機能に絞った、分かりやすい関わりができることのメリットを生かす。本来の目的とは違いますが、PTが忘れてはならない部分であると思います。