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リハビリのこと、庭のこと、コペンのこと

例えば、「万能竿」と呼ばれる釣り竿があります。
私が釣り初心者のころ、「どんな魚釣りにも使える、便利な釣り竿」というイメージで買ったのですが、使ってみるとどんな釣りでもシックリこない。
結局、「万能なものなんてないんだな」とがっかりしたような気がします。
それでも「万能竿」は売れています。メーカーはユーザーをだまして儲けているのでしょうか?
今はそうは思いません。

どんな商品にも「エントリーモデル」というのがあります。使い始めの初心者が「使ってみようかな」と思えるような「手軽さ」がウリの商品です。価格が安くて簡単操作ということを徹底した、とにかく使ってもらうことを目的にしている、潔い商品だと思います。
メーカーとしては、まず商品を使ってもらい、「その道の面白さ」を理解してもらってから、物足りない部分はより高機能なモデルを用意して提供していくというシステムになっているようです。使っていない人(ユーザーでない人)からニーズは出てこないので、まずはユーザーになってもらうことが大切ということでしょうか。

腰痛予防体操にも、そういった側面があります。
音楽に合わせて、みんなで体操をすることがそのまま腰痛予防になるとは思っていません。腰痛にはさまざまな原因があって、その原因に合わせた体操をしないと意味がないからです。
でも、「腰痛の人」が自分で腰痛を何とかしようと思わなければ、つまり腰痛対策ユーザーにならなければ、腰痛の改善はないと思います。腰痛は生活習慣病のようなもので、心身の習慣を改善しないと良くならない部分があるからです。
ユーザーになって初めてニーズが生まれるのですから、まずは音楽に合わせて、みんなで楽しく体操をして、「あら、私ここが硬いわ」「こういうことすると楽になるかな」と感じて頂くことが腰痛対策の始りです。

問題はその先です。体操を習慣化でき、腰痛対策の重要性が理解できた方には、エントリーモデルの次に、より機能を絞った「ミドルレンジモデル」を用意する必要があります。さらには、より個別的で自発性が要求される「ハイエンドユーザー向け」モデルを用意して、腰痛にならないユーザーを作ることを目標にしています。



これは病棟で毎朝行っている腰痛予防体操の一部です。この体操には、
①背中と腰の柔軟性向上
②股関節・膝・足首を協調させて動かす
③足裏にしっかり重心を乗せる
という目的がありますが、そんなことがこの体操でしっかりできるようになる、はずがありません。
あくまでもエントリーモデル、「自分の身体がどうなっているか」を確認して頂く(あるいは私が見て確認する)ことが目的です。

リハビリテーションの専門家である私たちは、今自分が提供しているものが、エントリーなのか、ミドルレンジなのか、ハイエンドなのか、意識しながら働いています。
若い患者さんとの会話で、こんなことがありました。

私:「筋力はだいぶついてきましたね。あとは持久力ですかね」
患者さん:「すぐに疲れるので、持久力をつけたいです」
私:「リハビリ以外の時間は何をしていますか?」
患者さん:「だいたい寝てます」
私:「起きていると疲れますか?」
患者さん:「はい。だから寝てしまうんです。体力がつく運動を教えてほしい。」

この患者さんには、「短時間運動をしてそれ以外は寝ているなら、日中寝ないで座っているだけの方が疲れにくい身体が作れる」ことをお伝えしました。私の説明では半信半疑のようでしたので、この話を作業療法士・看護師にもお伝えし、説明して頂くようにしました。

「体力をつける」というと、特別な運動をすることをイメージしがちです。確かにスポーツや特殊な仕事などに必要な体力をつけるためには、特別な運動が必要です。

しかし、この方が「すぐ疲れる」のは日常生活を送る上で疲れてしまうということなので、それに見合った対策が必要です。この場合、特別な運動は必要ないばかりでなく、逆効果です。

日中疲れて起きていられない方が持久力を付ける運動をすれば、余計に疲れてしまいます。臥床する時間も増えてしまうかもしれません。そうなることが生活サイクルを乱し、いつまでたっても起きていられる体力はつきません。

徐々に起きていられる時間を長くするためにどうすべきか。生活サイクルを調整する専門家である作業療法士や看護師に相談しながら、理学療法士として何ができるかを模索していきたいと考えています。
認知症が進んでくると、いろいろなことが出来なくなってきます。歩くこともその例外ではありません。


高齢者の歩く能力は多くの機能低下によって衰えてきます。


筋肉の衰え、感覚の衰え、関節の痛みなどによって、バランスが取り辛くなったり、瞬間的な反応力が鈍り転倒しそうになったり…

認知症の高齢者の方には、これらの問題に加えて、「認知機能の低下」という問題が加わります。



歩くためには、筋肉や関節が正常でも、次のことが「わからない」とうまくいきません。

自分の身体が地面にまっすぐ立っていること。
地面が平らで、しっかりしていること。
踏み出した足がしっかり地面についていること。

認知症が進んでくると、自分が立っているのか座っているのかが分からなくなったり、平らな床が歪んで見えたりするようです。


身体を硬くして、いかにも怖そうに歩く方や、立てるのに、足を前に踏み出せない方は自分の身体と周囲の環境との位置関係がわからなくなっているかもしれません。無理やり歩かせようとするとますます怖がってしまい、どうにも身体が動かなくなります。

このような方には、
手や足・背中に触れながら、「大丈夫ですよ」と安心させること
床の存在、つかまる物の存在を強く印象づけさせること
床に目を向かせないようにして、介助者の顔を見てもらったり、遠くを見てもらう

などを意識しながら接することで、介助で歩けるようになります。



このほかにも、「無意識でなら出来るのに、意識すると出来ない」といった状態におちいる方もいます。

普段一人で立ち上がり、伝い歩きをしているのに、介助で車椅子に乗せようとするとガチガチになってしまい、身体が動かなくなる方。または、ベッド柵につかまったまま手を離さない方。

こういう場合、意識させてしまうとますます出来なくなります。

「立つ」「歩く」などの動きの説明ではなく、「トイレに行く」「食事に行く」など、行為の説明をする。
「そこを離して」でなくて、「ここを持って」と言う。
介助は、出来ない部分だけに留める。(過剰に介助すると余計出来なくなる。)

などに注意して接すると、意外とすんなり出来たりします。


上記の状態は「失行・失認」などと言われる症状で、認知症の方の場合、なかなか治るものではないのですが、薬の副作用がない、認知症以外の病気が合併していない、筋肉や関節・感覚に異常がないとなった場合、普段の接し方を変えることで随分楽に歩けるようになることがあります。

来院された際には、理学療法士・作業療法士に御声かけ下さい。良い介助方法をお伝えできるカモしれません。
例えば、趣味のことです。

高齢で、心身に障害を負った方が、若い頃から将棋が好きだったのに、退院後は「なかなか根気が続かない」、「将棋が出来るかどうかわからない」と言って、将棋をしなくなったとします。

ケアする側から、原因と対策として、こんな意見が出たとします。

①身体が不自由だから、将棋クラブ等に出向くのが億劫になっているのでは?
→リハビリで身体を鍛えて、また将棋クラブに通えるようにする。
→介護サービスを利用して、将棋クラブに送迎する。
→将棋仲間に自宅に来てもらって、一緒に将棋をする。

②将棋に対する意欲が低下している
→将棋仲間に自宅に来てもらって、彼らが将棋をさすのを見学することで、また将棋がやりたくなる。
→歩行や日常生活の動きが良くなってくれば、趣味に興味を持つ余裕ができる。

これらの対策を、ケアマネージャ・介護職・リハビリ職が協働でおこなっていくことで、また将棋を楽しくできるようになる方もいると思います。

しかし、昔の趣味をやりたくなくなった高齢の方に、何とか再び趣味を楽しめるようになって欲しいと、試行錯誤しても、うまくいかないことがあります。かえってかたくなに拒否される方もいます。

大好きな将棋をやりたくなくなることは、将棋が趣味ではない人が想像する以上に大変なことだと、私は思います。

例えばこの方が勝負にこだわるタイプで、勝つことだけが楽しくて将棋が好きだったとしたら…
障害によって、いろいろできなくなってきていることを実感していて、以前よりも将棋が弱くなっているのではないかと不安に思っているかもしれません。漠然と感じている能力の低下を、大好きな将棋で決定的に明らかにしてしまうのは、辛い事だと思います。

こういった場合、このかたに必要なのは、「将棋ができる」環境ではなくて、「小さな成功体験の積み重ねができる」環境だと思います。確実にできることをやり、それを他人から誉めてもらったり感謝してもらったりすることで、自分の「できる」部分に目を向けていくことが必要です。その延長上に将棋があったとすれば、弱くなっていても笑えるような気がします。

「これができない、あれもできない」という視点を「これならできる、あれもできる」という視点に切り替えていくこと、これがリハビリテーションの基本的な考え方なのです。
高齢者のリハビリテーションで考慮しなければならないことは、「努力できない」ことだけではありません。

その方は、83歳になる男性の利用者様です。


長年学校教員として働き、中学校の校長先生まで務めたそうです。教育とは何かを深く考え、生徒・教員の指導に燃えるような、立派な校長先生だったようです。
数年前に脳梗塞を患い、動きにくい身体になってしまいました。ご本人はそのことを非常に気にしていて、何とか良くなりたいと、熱心にリハビリに励んできたとのことです。

私が出会った時は、明らかな麻痺はなく、立ち上がる時や急に向きを変える時にふらついてしまうことが問題と思われました。
しかし、それまで受けていたリハビリでは「体力がないことが問題」と言われて、筋力増強運動や持久力向上運動を中心にリハビリをされていました。ご本人の訴えも、「運動をすると息が切れるから、もっと体力を付けたい」ということが主でした。

この方の「体力」の要素を検査すると筋力も持久力もほぼ問題なく、年齢を考慮するとむしろ優秀と言えるレベルでした。それなのになぜ「体力がない」と言われ、本人もそう思うのかというと、「運動をすると息が切れる」からです。実際、ベッド上でできる運動を行っても、数分間で息が切れます。

息が切れるのは体力がないから。努力が足りない、もっと運動をしなくては…おそらくそう考えていたのだと思います。身体は硬く、全身に力が入り、「背中が寒い。運動が足りないから温まらない」と話します。運動を終えるたびに首をかしげて「これじゃ駄目ですね」とつぶやきます。また、「自宅では何をやれば良いでしょうか」と毎回質問されます。

この方には、今までのリハビリプログラムを全てやめること、体力をつけるのではなく、身体を軟らかく、軽く動かす練習をすることで動きやすくなることを伝えました。今行っているリハビリは、身体をひねったり、かがめたりといった単純な動きを時間いっぱい繰り返すだけのメニューです。

このメニューは、思いきり力んだり汗をかいたりといった、目に見える「努力」はしません。そのかわり、自分の身体と向き合い、力を抜くこと、その上で身体を動かすことに「努力」を求めるものです。

この方にとって、力を抜いて動くことは、力を入れて動くことよりも難しく、初めは困惑されていたようですが、段階を踏んでいくことで、徐々に楽に動けるようになってきています。「す~っと息が通る」、「背中が温まる」と感想を述べられるようになってから、高かった血圧も落ち着いてきて、笑顔で運動を終えられるようになりました。

このように、いわゆる「リハビリ」を真面目に捉える方ほど、努力の方向を間違えてしまっている方が多い気がします。理学療法士・作業療法士には、やる気を起こし、努力できるようにするだけでなく、努力できる方には、ご本人の人生に有益な努力の仕方を示していくことが求められていると、感じます。
86歳になる男性の利用者様です。

もともと某有名メーカーの工場長をされていた方で、勤勉・努力家で若手をグイグイ引っ張っていくようなリーダーだったようです。
60歳~70歳の間に、心臓・膵臓・肝臓を悪くして、何度も入院・手術したそうです。
でも、そのたびに「また元気になってやろう!」と思い、健常な生活が送れるまで回復してきたといいます。

80歳を過ぎて、脳梗塞で左半身が麻痺してしまいました。麻痺している側は動かないわけではなく、力も十分にあるのですが、「運動失調」という症状で、手足がバラバラに動いてしまうため、危なくて一人で歩く事ができません。さらに、左側に注意が向かず、軽い認知症もあるため、うっかり立ち上がっては転倒するといった失敗を何度も繰り返しています。そのたびに、ケアスタッフから注意され、「あ~はいはい。すいませんね」と、気のない返事をしています。

ある日、私が「左側がおろそかになりやすいので、注意して下さいね」と言ったところ、
「はい。でもね、そうしようと思えないんですよ。」と言われました。
「老いるってことがどういうことか、ようやくわかりましたよ。若い頃のように、「ようし、やってやろう」ってならないんです。やる気が湧いてこないんです。」

いわゆる「リハビリ」には「努力」が付き物のように言われます。
老いることでやる気が起こらなくなった方に、努力できることを前提にした「リハビリ」はうまくいくでしょうか?まずは「やる気を起こす」リハビリから行っていく必要があるんだなと感じました。

そういう目で医療現場を見てみると、作業療法士や看護師は「意欲の向上」「内力の発揮」といった言葉をよく使います。高齢者と向き合う場合、こういった視点が非常に重要になるということを、再認識した出来事でした。
リハビリテーションに関わって働いていると,患者様,利用者様から学ぶことが多いのですが,先日,ある利用者様からこんな事を言われました。

「リハビリっていうのは,動ける身体を作るためのものかと思っていたけど,本当は動ける心を作るためのものなんだよな。」


その方は,脳に障害があり,半身が麻痺しています。
いくつかの病院を転々として最後の病院を退院する時は,リハビリの時は歩けるようにはなったのですが,車椅子がないと生活できない状態だったそうです。
その後も色々な施設でリハビリを受けていましたが,普段の生活は相変わらず車椅子から離れられない状態だったようで,デイケアに通い始めた時もリハビリでは歩行訓練をしますが,その他の時間は車椅子に乗っていました。
そのデイケアで,担当している理学療法士から,「いつまで車椅子に乗っているつもりなの?歩けるのに。」と言われた事で「なにくそ」と思い,普段の生活で極力車椅子を使わないようになったそうです。
その結果,今は屋外を長距離歩く時以外は杖で歩いています。階段の昇り降りも1階から3階まで,手助けなしでできます(見守りは必要ですが)
「リハビリをすることで,ものすごい回復なんか期待してない。これ以上悪くならないように,自分で出来ない訓練をやってもらうのが目的です」と言ったあと,しみじみと話した言葉が印象的でした。

「リハビリで気持ちが前向きになることが一番の目的かな」

運動機能の訓練を通して,気持ちを前向きに保つことが,この方のリハビリテーションにつながっています。
人によっては,機能の回復に囚われて「リハビリすれば良くなる」と,本当の意味でのリハビリテーションから遠ざかってしまう場合もあるのですが,「運動機能訓練」という形での
「ココロのリハビリテーション」というのも,あると思います。