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リハビリのこと、庭のこと、コペンのこと

他所で働く理学療法士たちの会話です。

「認知症があるとリハビリが進まないですよね~。意思の疎通が取れないから筋力トレーニングもできないし、危険認知が低いから歩けるようになっても監視は外せないし。」
「リハしても自立しないから成果が上がらないよね。リハの適応じゃないよな。」

リハビリに対する誤った認識と、人を見ずに機能障害だけ見ようとする視野の狭さを感じる会話でした。

認知症がある方は、一度歩けなくなると、再び歩けるようになりにくいのは事実です。認知症がなければ、不十分な運動機能でも、補装具を使ったり慎重に身体を動かしたりして何とか自立できますが、認知症があると道具が使えなかったり危険認識を持てなかったりするので、一人で歩けるようになるのは難しいのです。歩く機能だけ身について、人的・物理的環境の整備が遅れれば、転倒⇒骨折⇒寝たきりという負のスパイラルに陥る可能性が非常に高まります。

でも「リハビリが進まない」のは認知症のせいではありません。「リハの適応じゃない」など、言語道断です。

リハビリは「障害者の社会適応」を目的としています(つまり障害を持った人が、その人らしく社会生活を送っていけるようにすること)。認知症の人にだって、その人らしい生活を送る方法があります。この理学療法士がその方法を知らないだけです。

理学療法はリハビリの通過点に過ぎません。リハビリが進まないのは、もしかしたら、その患者にとってこの理学療法士が邪魔になっているのかもしれません。歩くためのリハビリが全てではありません。場合によっては、真剣に話を聞くことや一緒に大笑いすることが非常に重要なリハビリになることもあるのです。

認知症の方がその人らしい生活を送るためには、様々な援助が必要です。逆にいえば、様々な援助があればその人らしい生活が送れる場合が多いです。援助は多岐にわたるので、それぞれの分野の専門職が必要になってきます。

リハビリは、チームで関わることが非常に重要です。チームが連動して初めて、患者のリハビリが進みます。理学療法士だけが運動機能だけを見て患者のリハビリを考えていると、冒頭のようなことが起こります。

当院の多職種ミーティングでは、患者が早期退院し在宅で生活するためには何が必要で、何が必要ないのかを判断し、共通の認識を持つように努めています。
仕事柄、よくダイエットについて質問されます。


「どんな運動をすればやせる?」


ダイエットと言えば「食事内容」と「運動内容」を変えれば良いと、誰もが思います。

食事では「リンゴ」「こんにゃく」「プロテイン」などなど、数え切れないほどのダイエット食材が紹介されています。

運動では「有酸素運動をするとやせるから、〇〇〇ズブーとキャンプだ!」という人がいれば、「無酸素運動で筋肉をつけるとやせるから、ス〇トレだ!」という人もいます。


じつは、リハビリにも同じことが言えます。冒頭の質問の「やせる」の部分を「歩ける」に置き換えても、違和感なく読めることに驚きます。リハビリ・介護の分野には、いつまでも健康的に歩いていられるようにと、さまざまな「〇〇体操」があふれています。

「やせる」と「歩ける」には、「身体を変化させる」という共通点があります。

身体が変化するには時間がかかります。少なくとも数ヶ月、場合によっては年単位の時間が必要です。「やせたい」「歩きたい」という強烈な意思の強さで、身体が変化するまでの期間頑張れる人は、「〇〇ダイエット法」「〇〇体操」のような「特別なプログラム」をこなすことでやせられたり、歩けるようになったりするかもしれません。

しかし、やせるまでの期間頑張れたとしても、その後にまた元に戻ってしまうというのを良く聞きます。「リバウンド」です。

これもダイエットだけでなく、リハビリにも当てはまります。「リハ病院を歩いて退院したのに、その後良いリハビリが受けられなくなったから、歩けなくなった」というご家族がいらっしゃいますが、実は「リバウンド」している場合が多いような気がします。

なぜリバウンドするのか。「気合いが足りないから」でしょうか。私は、身体を変化させるために行ってきたものが「特別なプログラム」だったからだと思います。

身体は、常に環境に適応しようとします。この場合環境とは、日常生活です。毎日繰り返される、当たり前の生活に、身体は適応していきます。

「特別なこと」は「当たり前のこと」の正反対にあるものです。「特別なプログラム」を頑張ることでやせたり歩けたりしても、身体は「当たり前の日常」に適応します。

大切なのは、特別だったことを当たり前の日常に変化させることです。

リハ病院のおかげで歩けるようになったのなら、その病院で行っていたプログラムや病棟生活を日常生活に組み込んで、それが当たり前のように毎日継続されることが大切でしょう。

そういった指導が適切に成されていれば、いつまでも「リハビリ」を追い求める「リハ難民」と言われる方々が減るかもしれません。

身体を(もしかしたら心も)変化させる唯一の方法は、おそらく「変化するような習慣を身につける」ことなのでしょう。

難しいことですが、日常生活をコーディネートすることも、私たちの仕事なのかもしれません。

★腰椎ベルトは、お腹だけではなく骨盤に巻きつけましょう
★腰椎ベルトは、きつく締めすぎず「身体にフィットさせる」ように巻きましょう
★腰椎ベルトは痛みを和らげるためでなく、痛みが出るような動きをしないために「予防のために」使用しましょう



日頃介護に関わる方は、そうでない方に比べて腰痛には気を使っている人が多いと思います。

腰痛対策の一つとして、「腰椎ベルト」があります。

私も若いころスポーツで腰を痛め、ベルトのお世話になったことがあります。その当時、ベルトはキツく締めるほど効果があると考えていました。ベルトをギュッとしめると何となく安心だし、腰がしっかりした感じがするので、キツく締めることに何の疑いも持ちませんでした。

しかし、理学療法の仕事をするようになって、ベルトをきつく締めることに疑問を持つようになりました。

●腰椎ベルトの効果として「腰を支える」ことが挙げられるが、ペラペラのベルトがどれだけの重さを支えられるのだろうか?
●腰痛の原因として「腰まわりの筋力不足」が挙げられるが、明らかに私よりも筋力があり、私よりも重いものを持ったりしない人が腰痛になっているのは何故だろう?
●腰痛の原因では「身体が硬い」ことも挙げられるが、私よりもずっと柔らかい人が腰痛になっているのは何故だろう?

腰痛の原因には「身体の使い方」が大きく関わっていると考えると、これらの疑問がすっきりします。

足首・膝・股関節や背中・肩・首など、腰以外の身体の使い方が悪いと、腰の負担が増し、痛める原因になったりします。

そういう身体の使い方に慣れてしまっていると、意識しても腰を余計に動かしてしまうものです。
「これ以上動かさない方が良い」と無意識に感じるように、適度に動きを邪魔するものが必要です。
また、筋肉は皮膚に適度な刺激があった方が適度な緊張を保ちやすい傾向があるようです。緊張しすぎている場合は緊張が和らぎ、緩み過ぎている場合は力が入りやすくなる、ような気がします。
腰の動きに関わる筋肉の多くは骨盤に付いているので、骨盤回りに密着させる必要があります。

つまり、ベルトの効果は、
●腰の関節を余計に働かせない。
●腰の筋肉を余計に働かせない。(または、より働きやすくする)

ベルトの巻き方としては、
①ベルトは、お腹だけではなく骨盤に巻きつける
②ベルトは、きつく締めすぎず「身体にフィットさせる」ようにする
③ベルトは痛みを和らげるためでなく、痛みが出るような動きをしないために付ける。
です。

ベルトをきつく巻くと、巻いた瞬間は気持ち良いですが、すぐに苦しくなったり邪魔になったりして、ベルトを巻くことが習慣化しにくくなります。ベルトがずれて巻きなおす時も面倒です。一度しゃがんだら立ち上がった時にすぐ巻きなおす、そういう習慣がつけば、腰痛になりにくいです。
サッカーのワールドカップが始まります。熱烈なサッカーファンではない私も、この時期はサッカーの戦術やら代表選手の特徴やらを知ったように話したくなります。

普段あまり見ないサッカー番組を見ていてふと気付いたのですが、サッカー解説では他のスポーツで滅多に使わない「連動」という言葉を良く使うような気がするのです。

「連動」というのは、一部が動くとその他の部分も同時に動く状態を言うのだと思います。陸上のリレーのように、バトンを渡していくのではなく、味方がボールを持った瞬間に、遠く離れた選手たちが同時に同じ意図を持って動き始める、そういう状態がサッカーの理想的な動きのようです。団体で行う球技は多かれ少なかれこういう動きが必要でしょうが、サッカーはそれが特に際立っているのかもしれません。


じつはリハビリでも「連動」は非常に大切な要素になります。
ご存知のように、「リハビリ」とは「悪い所を治す方法」ではありません。「悪い所を治す方法」は「治療」と言いまして、私は「リハビリ」とは区別して考えています。

病気や怪我の中には治らないものもあります。つまり治らないまま「治療」を終えざるを得ないことがあります。治らないからおしまい、ではありません。そこからが「リハビリ」の出番です。

「リハビリ」は、「悪い所が治らなくても良くする方法」です。
何を良くするのかというと、「日々の生活」を良くすることになります。
悪いところが治らなくても日々の生活が良くなるためにはどうするのかというと、

①治らない部分と治る部分を見極めて、治療可能な部分を最大限治療する
②残されている健康的な部分を拡大していき、不健康な部分を補っていく
③道具や制度を利用してサポートしていく

「リハビリ」が必要になった方には、この3つのうちのどれか、もしくは全てが必要です。これらがそろって、初めて「リハビリをしている」と言えるのかもしれません。

「日々の生活」に戻るためには退院しなければなりません。退院は早ければ早いほど「日々の生活」にスムーズに戻れます。より早く、より良い状態で退院するためには、
①⇒②⇒③というリレーをするのではなく、①~③に関わる全ての職種が「連動」する必要があるのです。

一流の選手たちの動きは、見ていて気持ち良いというか、素人が見ても「すごい」と思える部分があります。4年に1度、超一流のサッカーを見ることで、自分もこんな「動き」をしないといけないな、と思ったりします。

4年後のブラジル目指して、頑張れニッポン!
御高齢になると、転倒しやすくなります。

リハビリをする際、杖の使用を勧めると「まだ杖には頼りたくない」、「杖を使うと歩けなくなる」
と話される方が少なくありませんが、リハビリが必要になった方はリハビリが必要ない方に比べて圧倒的に転倒する可能性が高まっています。身体を丈夫にするために転倒して骨折する危険を冒すというのでは「本末転倒」です。まずは「転ばぬ先の杖」、安全で活動的な生活を送る工夫をしていきましょう。

では、転んでしまったらどうしましょう。いつまでも痛ければ整形外科へ行って御医者さんに診てもらおうと思うでしょうが、実はここに大きな落とし穴が…

御高齢の方、特に認知症を患っていると、痛みの感覚が曖昧になっている場合があります。

当院に歩いて入院してきて、ベッドに寝たとたん「膝が痛い」と訴えられていた方、膝は問題なく、大腿骨頚部が完全に折れていました。歩いていたのに!

知り合いの理学療法士から聞いた話ですが、大腿骨頚部骨折・手術から数年たった方の歩行訓練をしていて、どうも普通じゃないのでレントゲンを撮ってもらったら股関節がなくなっていて、骨盤に大腿骨が刺さった状態だったとか。それでも本人は痛くなくて、今でも歩行器で元気に歩いていると…!

数日前に転倒して「腕以外は痛くない」とおっしゃっていた方、それから数日後、急に脚が痛くなって整形外科へ行ったら「大腿骨頚部骨折」だった…数日間歩いていましたが!

骨折といえば「すごく痛いもの」と思いがちです。痛くなければ大丈夫だと思うのが普通でしょうが、実はそうでもないということです。

転んでしまったら、まずは整形外科へ行き、痛くなくても股関節の写真をとってもらいましょう。認知症がある場合、痛くないから折れていない、と言いきれないです。痛くなくても、折れた状態で歩いてしまうと、治るものも治らなくなる可能性があります。

転ばぬ先の杖、転んだら御医者さんへ。です。
「交通事故はなぜなくならないか」(ジェラルド・J・ワイルド著 芳賀繁訳 新曜社)という本を読みました。

「リスクは最小が最適だ」と、誰もが思うものだと考えていたのですが、実際はそうではないようです。ヒトは、常に「リスク」と「リターン」のバランスを取ろうとするのだそうです。


交通事故を減らそうとして、道路を拡幅して、クルマに安全装置を取り付けると、一定の距離あたりの事故は減っても、一定の時間あたりの事故は減らない。つまり安全な環境下ではヒトはさらにスピードを上げてより早く、より遠くに行こうとするので事故の確率は変わらないということです。例えば出会い頭の事故が多い交差点が改良されると出会い頭の事故は無くなっても、スピードオーバーなどの別の要因の事故が増えることになると。

危険に身をさらしながら新しいことに挑戦することでヒトは発展してきました。「成功した時に得られるリターンが最大になる見込みがあるならば、失敗した時生じる、ある程度のリスクは受け入れるべきだ」という思考が脳の奥深くに擦り込まれているということです。

事故を減らすには、どのレベルまでのリスクなら受け入れるべきで、どのレベルからは受け入れるべきでないのかという、リスクの目標水準を低くすることが必要だと言います。外的要因を変えてもヒトの意識が変わらないと事故率は変わらないのです。


高齢になると転倒しやすくなります。高齢者は転倒すれば大腿骨などの太い骨を骨折する確率が高く、そんな重要な骨を折ってしまうと、場合によっては二度と歩けなくなってしまう可能性もあります。

「こういうことは危険です」「こういう人は転びます」「転ぶとこんなに悲惨です」「転ばないように、こういう運動をしましょう」…

私たちは日々、転倒予防に有効と言われている取り組みを実施しています。環境調整や運動や「教育」で、転倒は防げると信じています。

でも、もしかしたら、転倒予防には他にしなければならないことがあるのかもしれないと、この本を読んで思いました。

「大きな期待を持って将来を楽しみにするようになれば、生命や身体にさらに注意を払うようになり、健康であるために必要な対策をとるように人を動機づけられる」と著者は主張しています。
ホメオスタシスとは、同一の(homeo)状態(stasis)を意味するギリシア語から作られた造語です。
ある「刺激」が自分に及ぶと、その「刺激」は自分にある「変化」をもたらします。その状態を元に戻そうとする「性質」をホメオスタシスと言います。日本語では「恒常性」と言います。

生体にはすべて、ホメオスタシスが働いていると言われています。

例えば、寒い所では血管が収縮したり代謝が亢進したりして体温が下がらないように働き、暑い所では血管が拡張したり汗をかいたりして体温が上がらないように働くなど、常に同じ状態を保とうとする性質を持っているのです。

これを利用したのが「物理療法」です。物理療法とは、物理的エネルギー(温熱・寒冷・電気・光線・圧力など)を生体に与えることにより、生体の持つ、ホメオスタシスを利用して生体に良い反応を起こさせる治療法のことです。

中でも一般的に利用されるのが「温熱療法」です。

治療したい部位を温めると、生体はその部分の温度を下げようとします。自律神経(副交感神経)が働いて血管を拡張して、汗腺を開きます。それでも温度が下がらないのでさらにその部分の血管を拡張して…そうするとその部分の血流が良くなり、硬くなっていた筋肉がほぐれ、痛みが和らぐという具合です。

暖まると気持ち良い、という一時的な効果だけを期待しているのではありません。ホメオスタシスには「学習効果」のようなものがあります。温熱刺激⇒副交感神経の働き⇒筋弛緩⇒痛み軽減を繰り返すことで、温熱刺激がなくても筋肉がほぐれるようになっていきます。

この「真の効果」が得られるまでに、2~3週間かかると言われています。また、温度は高すぎても良くありません。42度前後で30分間くらいが理想です。

この条件を満たす方法として「ホットパック」があります。先日からある病棟のスタッフに試して頂いているのが「紙おむつホットパック」です。デイケアの利用者様のご家族から提供していただいた、特大サイズのおむつパッド(大きすぎて使えなかった…)を利用して、即席ホットパックを作りました。

1.おむつの吸収体の部分を切り取ります。(今回はパッドなので切り取る必要はありませんでした)
2.水に浸して数分置き、水を吸収したら水が垂れなくなる程度に軽く絞ります。
3.チャック付きのビニール袋に入れて空気を完全に抜きます。
4.電子レンジで数分間温めます。
5.バスタオルにくるんで使います。

熱くし過ぎないように、ぬる過ぎないように、温める時間には注意してください。病棟では特大サイズパッドが500Wで約3分間くらいでした。

患者様は健常者よりも低温やけどになりやすいので、このホットパックは使用できませんが、スタッフの腰痛対策として、休憩時間に試して頂いております。

ホメオスタシスを働かせ、腰痛になりにくい身体をつくっていきましょう!
私が普段行っている「動作分析」とは、寝返る・起き上がる・座る・立ち上がる・立っている・歩く…などの「基本的動作」と言われる動きを観察し、動きができない場合はどうすればできるようになるのかを考える作業をいいます。

ADL評価というのも、食事や排せつ・更衣など、日常的に行われる生活動作がどのように行われているのか調べて、できていない場合はどうすればできるようになるのかを考える作業をいうのだと思います。

動作分析やADL評価に限らず、「分析・評価」というものには必ず分析者・評価者の「想い」が込められるべきだと思います。

分析や評価のテクニックは当然必要ですが、それがあったとしても「想い」がない分析・評価は、単なる「観察」に過ぎないと思うのです。

「なぜそうなるのか」 「どうなってもらいたいのか」 「どうすればよいのか」 という視点がないと、私たちが患者様を分析・評価する「意味」がありません。



例えば、こんなケースがあった場合…

左側の腕・脚に強い麻痺があり、一人では身動きがとれない患者様がいたとします。退院後の生活は高齢で体力のない奥様と障害を持ったお子様の三人暮らしとなると仮定します。病棟では、「起き上がりはもちろん、座位もとれませんし、移乗は全介助です。すごく痛がりますし」と言われていて、相談員の方も「そんな状態じゃ奥様の介護は厳しいかな…ケアマネと調整してサービスを入れるにしても、施設入所も考えていかないと…」となったとします。そこで相談員の方が「病棟ではこう言われてますが、専門的に見てどうですか?」と問い合わせてきて、PTが診てみたところ、起き上がりはベッド柵をつかむ位置を変えれば自分でできて、座位保持も床に足がついて座面が平らなら可能で、移乗も麻痺していない脚に十分に体重が乗るように・麻痺している腕をつかまないように介助すれば軽い介助で痛がらずに可能で、さらにはかなりの介助量ではあるが歩行も可能で、歩行後は移乗や座位保持がしっかりするということがわかる

…なんてことになる可能性もあります。


「座っていることすらできない人」なのか、「一人で楽に座っていられるし、介助の仕方によっては歩くことができる人」なのかによって、退院までの看護・ケアの方向性は大きく変わってくるでしょうし、そうなれば退院後の生活・精神的な安定性・この方の人生にも少なからず影響があるはずです。

厳しい状況であるにもかかわらず「自宅で一緒に暮らしたい」というご家族と、「動きたいのに動けないんだよ」と涙ながらに訴える患者様の「想い」を、「無理です」で片付けたくない。

そんな私の「想い」が空回りしてしまうこともあり、そのたびに「想い」というモーターがあっても「技術」という歯車がないと、「治療」という仕事に結びつかないのを痛感しています…
新年を迎え、「今年は〇〇〇するぞ!」という気持ちと同時に、「リハビリテーションとは?」と問いなおしてみたくなりました。


リハビリテーションの目的は、「失われた機能を取り戻すこと」ではないと、私は考えます。
そういうニュアンスも含まれているのでしょうが、そこに目を向けたままだと、リハビリテーションの持つ、他のもっと重要な意味がぼやけてしまうのです。


リハビリテーションの最大の目的は「失われた機能はそのままにして、それでもより良く生きていくこと」だと思います。


例えば、

脳の病変による麻痺が原因で歩けないと思っていたけど、専門的に調べてもらうと、脚の筋力が低下していることが原因だと分かり、脚の筋力を強化したら歩けるようになった…というのは、リハビリテーションではなく、治療的な理学療法だと思います。

専門的に調べた結果、脳の病変による麻痺が原因で脚が動かないことが分かり、脚を動かす機能は元に戻らないので、脚以外の筋力と柔軟性・バランスを強化して、杖をついて歩けるようになった…というのがリハビリテーションなんだと思います。


去年までに出会った、認知症の患者様を支える方々の中には、次のように話される方がいらっしゃいました。

「これ以上、どうにもならない。私は精いっぱいやっているのに…」
「なんだかやりきれない気持ちです。結局良くはならないし…」
「あんたたちは認知症と暮らしたことがあるのか?こんなことをやってて、あれが良くなるのか?」

認知症は、現在の医療では失われた機能を取り戻すことはできないと言われています。しかも進行性なので、徐々に機能が低下していきます。

「これをすれば認知症が良くなるとテレビでやってたから頑張ってます」
「精いっぱいやってるのに良くならない」

認知症の中心となっている機能低下(記憶力の低下・見当識の低下・知的機能の低下)は良くならないと言われている部分なので、そこに焦点を当てていると、頑張っているのに良くならないということになります。しかし中心的な機能低下以外の部分は薬やリハビリで良くなる可能性があります。

心理的にとらえると、認知症の中心となっている機能低下は、「自分の構成する世界と他者の構成する世界とのズレ」を生じさせ、それに加えて、周囲の人々の対応や環境が本人にとって不適切な場合、本人のストレスとなって、問題となる行動や精神症状を生み出していると考えるそうです。さらに、ズレから生じたストレスは、認知症の中心的な機能低下をもっと悪化させるという悪循環を生むとのことです。

治らない部分に焦点を当てずに、治る可能性がある部分に着目してそこを治し、あるいは良い部分をより強化して、認知症があっても生き活きと生活できるように援助すること、おおざっぱに言えば、それが認知症のリハビリテーションです。その結果、ズレ→ストレス→認知症悪化の悪循環が断たれることを目的にしています。

「痴呆性高齢者の動作法」(中央法規出版、監修:成瀬悟策、著:中島健一)の中に、「痴呆性高齢者に対する理解」という節があり、そこを読んでいて「認知症を患った方のリハビリテーションってこういうことか」と思いました。

臨床心理士や作業療法士の専門分野かもしれませんが、理学療法士としてもその辺を理解して、心と体をつなぐ役割を果たしていきます。
仰向けに寝て、両脚を曲げ膝を立てた状態をcrook-lyingと言います。
crook-lyingから、両膝を立てたまま片側に脚を倒した姿勢で固まってしまった状態を「Windswept Deformity」と言います。日本語では「風に吹かれた股関節変形」と呼ぶことがあります。

寝たきりの認知症で、身体に変な緊張が入りっぱなしになっている方の中には「風に吹かれた股関節変形」になる方がいます。適切な姿勢保持(ポジショニング)を根気よく続けることで、変形が治る方もいます。しかし、どうやっても治らない方もいます。

「風に吹かれた股関節」を悪化させないようにするには、寝かせきりにしないことが最重要だと思っています。寝たままで体位交換をしているよりも、抗重力姿位(重力に逆らう姿勢)をとる、つまり起きていることが変形しない一番の方法です。

病院ではスタッフの努力で、全身状態が良い時に、車椅子に座らせることが徹底されていますが、問題となるのは、「風に吹かれた股関節」の方は、脚に全く力が入らない方が多いということです。

両脚がねじれて曲がり、全く立つ力が入らないので、ベッドから車椅子にのせるときは非常に大変です。

介助方法について、ケアワーカーさんから提案がありました。「座らせた状態で、膝が向いてる方向と逆の方向に移乗したら、すごく楽にできた」というのです。
移乗の基本は、「身体を回転させるときに脚が交差しない方向」へ移乗することなので、ケアワーカーさんが言うように、風に吹かれた股関節の方には、膝が向いている方向と逆の方向に(風上に向かって?)移乗することは理にかなっています。

同様に、脚を突っ張って交差させている方の移乗は、交差した脚がほどける方向に移乗する方が良いということです。

また、このような方々を移乗する際は、車椅子をベッドにつけずに、少し離した方が楽に移乗できるとのこと。

移乗動作検討会を始めて、初めてケアワーカーさんから提案を頂きました。「移乗の基本」が理解できた上で教科書通りのやり方で満足せずに「この人にはもっと良い方法があるんじゃないか」と考えながら介護している、素晴らしい職員がいることに感動しました。