小学5年生の星野ソラは、小学校に寄贈された『宇宙兄弟』を興奮しながら読み終えた。

ソラは思った。

……僕は宇宙飛行士になる。ムッタやヒビトと同じように宇宙へ行くんだ!

ソラは、リビングでテレビを見ていた父と母に向かって叫ぶように言った。

「お父さん! お母さん! 僕は将来、宇宙飛行士になる!」

父は笑いながら言った。

「宇宙飛行士なんて、エリート中のエリートしかなれないんだぞ。お前みたいな凡人がなれるわけないだろう。お前はサラリーマンのパパの子供なんだ。夢をみるのはいいけど、もっと現実的な夢をみなさい」

母は諭すように言った。

「そうよ。宇宙飛行士の夢を叶えるなんて漫画の世界の話なんだから。安定した公務員になって、パパとママを安心させてよ」

ソラの夢はシュルシュルと音を立てるようにしぼんでしまった。

次の日、学校へ行くと、理科好きなショータから話しかけられた。

「どうした? 元気ないな。何? 宇宙飛行士の夢を笑われたって? ゆるせないなー そんな親なんか気にするなよ」

ソラは、ボソボソと答えた。

「もういいんだ。どうせ僕は凡人だから…」

ショータは怒ったように言った。

「何言うんだよ! 『宇宙兄弟』を読んで一番、熱くなってたのはソラだろ! ソラの金ピカはどこへ行ったんだよ!」

隣で話を聞いていた絵が得意なミサキが言った。

「これ、見てよ」

ミサキはスケッチブックを広げた。

そこには、ソラが描いたロケットに色がつけられ、夜空を突き抜ける様子が描かれていた。

「ソラくんの夢、こんなにキラキラしてるんだよ。誰かに笑われて、消していい夢じゃない」

「そうだよ、そうだよ!」

ショータがソラに向かって指を突きつけた。

「迷ったときはね、どっちが正しいかなんて考えちゃダメだ。どっちが楽しいかで決めるんだ!」

ショータは熱く語った。

「親が言ったことが、たとえ『世間的に正しい』としても、ソラが楽しくないなら、そっちを選ぶ必要なんてないだろ!」

冷静なカンナが、JAXAの最新の募集要項を見せながら言った。

「宇宙飛行士の募集要項、知ってる? 今は、学歴の制限とか、かなり緩和されたんだって。昔の常識で決めつけちゃダメだよ。今日と明日は同じじゃない。新しい風が、きっと吹く」

みんな『宇宙兄弟』を読んで、教室では宇宙ブームが起きていた。

ムッタやヒビトの言葉がみんなの胸に勇気と希望を灯していた。

宇宙に憧れ、そして、宇宙飛行士を夢見るソラを応援した。

「そっか…僕の敵は、だいたい僕だったんだ」

ソラは思った。

宇宙の夢をあきらめそうになったのは自分。

親の言葉に傷ついたけど、一番の敵は自分だったんだ。

ヒビトのように「絶対は俺の中にある」と、なぜ思えなかったんだろう。

ソラの顔つきは変わった。

数日後、ソラは、また、リビングの扉を開けた。

父と母が「また、宇宙の話か」という顔をした。

「お父さん、お母さん、前に言ったけど、僕は、宇宙飛行士になる。あの時、笑われたけど、僕は本気だ。本気で宇宙を目指す!」

父は不機嫌そうに言った。

「もっと現実を見ろと言っただろう。宇宙飛行士になれるのは、たった数人なんだ。どれだけ頑張っても、その努力が無駄になるかもしれないんだぞ」

「無駄じゃない!」

ソラは反論した。

「確かに、難しいのはわかってる。僕は凡人かもしれない。でも、凡人だからって、夢見ちゃダメな理由なんてない!」

ソラはカンナが調べてくれたJAXAの募集要項のコピーを見せた。

「今は、昔と違って、色々な人がチャレンジできるんだ! お父さんやお母さんが思っている『昔の常識』とはもう違うんだ!」

父は静かに言った。

「並外れた努力を続けることができるのか? 途中で心が折れたらどうする?」

ソラは言葉を選ぶように言った。

「途中であきらめそうになる時が来るかもしれない。でも、僕の一番の敵は僕だから。僕は、僕に負けない!」

ソラの目は輝いていた。

「そして、僕には仲間がいる。みんなが応援してくれる。ショータやミサキやカンナが励ましてくれたんだ。僕の夢は、みんなの夢でもあるんだ」

母はそれを聞いて涙ぐんだ。

「あなた、ソラを応援してあげましょうよ」

父は深くため息をつくと、ゆっくり話した。

「お前の夢を笑ったりして悪かった。いい仲間がいて幸せだな。自分に負けないと言ったその気持ちを一生忘れるんじゃないぞ」

母は優しい目をして言った。

「ソラ、頑張るのはいいけど、無理だけはしないでね」

ソラは笑顔で「はい!」と答えた。

そして、つぶやいた。

「It's a piece of cake!」

ソラの物語は、はじまったばかり。

ショータやミサキやカンナも、それぞれ夢に向かって物語を描いていく。
街外れに、いつも心地よい音楽が静かに流れている不思議な建物があった。

そこは、人々の想いを調律し、現実に共鳴させる職人アストラル・チューナーの工房だった。

そこにウチキという女性が訪れた。

ウチキは、ボロボロに傷ついていた。

恋愛が上手くいかない。

理想の彼と出会いたい。

そうすれば、きっと、幸せになれる。

ウチキは藁をもつかむ気持ちで願いを叶えてくれると評判のアストラル・チューナーの工房を訪ねたのだった。

ウチキは震える声で言った。

「チューナーさん、もう男に裏切られるのはイヤです」

ウチキはうつむくと涙がにじんできた。

「わたしを否定しない、完璧な光のような人を望みます。リストも作ってきました」

ウチキが差し出したのは絶対にゆずれない条件が書かれた羊皮紙だった。

​常に笑顔であること。私の価値観を尊重し、決して否定しないこと。感情的にならず、安定した生活基盤を持つこと。

ウチキは自信をしぼり出すように言った。

「これで完璧でしょう」

チューナーは静かにうなずきながら、ウチキの奥に微かに響く不協和音を感じていた。

………どうせ、本当のわたしを見せたら、きらわれる。

チューナーはリストを閉じると静かに言った。

「ウチキさん、あなたの想いは受け取りました。しかし、覚えておいてください。現実は、あなたが書いた【文字】に共鳴するのではなく、あなたの心の奥底から響く【最も強い音色】に共鳴するのですよ」

​数週間後、ウチキの前にカメンという男性があらわれた。

カメンは、ウチキのリストそのままの人物のようだった。

カメンは、いつもウチキを包み込むような優しい言葉をかけてくれた。

ウチキが何を言っても、カメンは何も否定しなかった。

ウチキは心から喜んだ。

……やった!! これで幸せになれる

しかし、その幸せは長く続かなかった。

​ある日、ウチキは仕事で大きな失敗をした。

ウチキはカメンに心のうちを打ち明けた。

「わたし、もうダメかもしれない。どうしたらいいと思う?」

カメンは静かに微笑みながら、優しく言った。

「それは大変だったね。でも、大丈夫だよ。ウチキの考えは間違ってないよ」

それを聞いたウチキは気づいた。

……この人は、本音を話してない。いつもわたしに合わせてるだけ。

​カメンは、理想的で完璧なのだけど、まるで「中身のない霧」のように感じられた。

近づいても、何もつかめない。

感情の熱が伝わってこない。

……思ってたのと違う!!

ウチキは困惑しながら、また、チューナーの工房を訪れた。

ウチキはややヒステリックになっていた。

「どうしてですか、チューナーさん! 彼はリスト通り、完璧な人なのに、なぜ私はこんなに満たされないのでしょう!」

チューナーは飲みかけのコーヒーを一口すすると、静かにコップを置いた。

「ウチキさん、彼はあなたの想いの最も深い部分を正確に映し出しているのですよ」

 「どういうことですか?」

「あなたは、決して否定しない人を強く望みました。それは裏を返せば、自分の弱さや醜さを誰にも見せたくないという、あなた自身の心の叫びです。過去の経験から、あなたは本音を出すことが危険だと思うようになった。そして、あなたは本音を心の奥に閉じ込めてしまったのです。あなたは、否定されないために【中身のない霧】を演じていたのです」

​ウチキはハッと気づいた。

カメンの感情の無さは、感情を出すことを恐れているウチキ自身そのものだということに。

カメンは、ウチキが心の奥底で演じていた完璧で感情のない自分を忠実に映し出す完璧な鏡だった。

チューナーは隠された答えを教えるように言った。

「カメンは、あなたが表面で望んだ理想の恋人としてではなく、あなたが自分自身と向き合い、恐れを乗り越えるための【調律師】としてあらわれたのです。あなたの想いが連れてきたのは、あなた自身の【課題】なのですよ」

ウチキは工房を出ると、真っ先にカメンの元へ向かった。

……あ〜、やっと気づいた。仮面ばかりかぶっていたわたし。カメンも、仮面をかぶっていたのね。

ウチキはこれからどうすればいいのか、目の前の霧が晴れるようにわかった。

​カメンはいつものように優しく微笑みかけ、ウチキの手を取ろうとした。

しかし、ウチキはそれを避け、初めて心の内を全てさらけ出した。

「カメン! わたしは、あなたがいつもわたしを尊重してばかりで、何も意見を言ってくれないことに腹を立てていたの! あなたが微笑んでも、わたしの不安は解決しない。わたしは、あなたの本音が聞きたいの!」

ウチキは叫ぶように言った。

カメンの前でそれほど感情的になるのは初めてだった。

​カメンは突然、雷が鳴ったような衝撃にとまどった。

そして、ふぅーとため息をつくと、ゆっくり言った。

「ウチキ、君のそんな姿を見るのは初めてで、びっくりしたよ。君が否定されたくないとわかっていたから、僕はいつも君を肯定しなくちゃと思っていたんだ」

​カメンは、息を大きく吸うと、テーブルを強く叩いた。

​「本当は、君が悩みを話すたびに、僕の中にも激しい意見があった。君の考えは少し甘いとか、もっとこの方向でアプローチすべきだとか……でも、僕は君が求めた決して否定しない人であろうと、その意見を必死で押し殺していたんだ!」

カメンの目には、生き生きした光が輝いていた。

「僕だって、君が求める完璧な鏡を演じるのがずっと苦しかった。僕も君の弱いところを知りたいし、僕自身の意見を君とぶつけ合って、初めて君と対等な人間として向き合えると思っていたんだ」

ウチキはカメンを抱きしめた。

2人は仮面を脱ぎ捨てて、お互いに本音を話すことにした。

ただし、相手への思いやりをいつも忘れない、という条件をつけて。


昔々、あるところにゼンシンとゼンレイがいた。

かつては全身全霊と呼ばれ、1つの生命体だった。

地球に降り立ち、2つに分かれ、透明なフィルターにかけられたように、近くにいるのに通じあえなくなってしまった。

ゼンシンは、自分しかいないと孤独を感じていた。

ゼンレイには、ゼンシンがわかった。

見えないフィルターに遮られながら、ゼンレイは言葉にならない言葉でゼンシンを応援し、いつも見守っていた。

ときに悲しく、ときに喜び。

いつもゼンレイが隣にいるのにゼンシンは気づかない。

ゼンシンが孤独に打ちのめされて泣いているとき、ゼンレイは共に悲しみ、共に戦っていた。

……1人じゃない。俺がいる。

そんなゼンレイの声は届かない。

ゼンシンは神様の試練を受けた。

3年ほどの集中強化合宿。

ゼンシンは言葉を集め、言葉を利用し、言葉の力で生きてきた。

神様はそんな言葉をしりぞける。

「胸を感じなさい」

そこには、ゼンレイがいるから。

ゼンシンはいつまでも言葉に頼ることをやめない。

神様は言った。

「思考に反応してはいけません」

ゼンシンは思考に反応するのをやめた。

言葉から少しずつ離れた。

言葉にならない言葉。

感覚でしかわからない領域。

感じることはゼンレイの声であり、存在とのつながりだった。

あるとき、臨界点を越えるようにゼンシンはゼンレイと出会う。

神様との特訓が終了した。

「これからも頑張ってください」

神様が手を離し、ゼンシンはどん底にいたような運気から急激に回復した。

どん底にいなければわからなかった。

暗いところでしか本当の自分とは出会えないから。

ゼンシンはゼンレイを感じる。

ゼンレイの言葉は無い。

でも、そこにいるのを感じる。

ゼンシンとゼンレイは、全身全霊となった。

同行二人のように共に歩くパートナー。

いつも隣にいた。

気づかなくても近くにいた。

二人が出会うとき、世界が豊かさで満ちていることがわかるようになる。

ゼンレイは喜ぶ。

その喜びをゼンシンは感じる。

これからずっと、共に生きていく。


気配は、内面の空間そのもの。


外とつながり、見えないけれど、そこにある。






昔々、あるところにニゲオがいた。

ニゲオは惰性で毎日、同じような日々を過ごしてきた。

ニゲオの世界は回廊のような巨大なフロアになっていた。

日、週、年を繰り返して、同じところを回っている。

その回廊の途中には、階段があった。

つらいとき、苦しいとき、失敗したとき、その階段に気づく瞬間がある。

しかし、階段を昇るのはつらいのだ。

筋トレで限界突破するような

ダッシュで走りながら心臓が破裂するような

そんなつらい階段からニゲオは逃げてきた。

また、同じ回廊をめぐる。

1日、1週間、1年…

何年も同じフロアにいる。

……また、同じ景色か

ある日、ニゲオは階段を昇ってみた。

……つらい、逃げたい、楽になりたい

でも、ニゲオは逃げなかった。

新しい景色が見たいから

階段を昇りきった先にある新しいフロアへ行きたいから

ニゲオは階段の踊り場まで来た。

そこで少し休憩した。

……もう、ここでいいや

それは罠だった。

闇が語りかける

「階段を昇るのなんてやめちまえよ。新しいフロアなんてここと同じだよ。楽しく生きようぜ」

頭がぼんやりして、ニゲオは階段を昇るのをやめそうになった。

その時、声がした。

「継続は力なり」

ニゲオは階段をまた一段昇った。

……あれ、前よりつらくない

ニゲオは階段になれてきた。

闇がまた語りかけた。

「すべての努力は無意味だ。世界は虚無だ。ぼんやりなんとなく生きていけ」

ニゲオはその言葉を無視した。

階段をまた昇る。

少しつらくなってきた。

闇は階段の下にいる人々が楽しそうに暮らしている姿を見せた。

……みんな楽しそうだな

階段がもっときつくなってきた。

みんなの笑い声が聞こえる。

……1人だけ頑張ってバカみたいだ

ニゲオは階段を昇るのをやめたくなった。

また、声がした。

「夜明け前が一番暗いんだよ」

ニゲオは、あと少しで階段を昇りきるのだとわかった。

ニゲオは一歩一歩、階段を昇る足を踏みしめた。

階段を昇りきった。

新しいフロアへの扉が開いた。

そこは見たこともない景色だった。

あの声は、未来の自分からの声だったのかもしれない。


1日は朝から昼になり夜になる。その間もグラデーションがあって、様々な顔を見せるんだね。人との出会いも、はじまりから終わりまで。変化に富んでいるよね。いい時も悪い時も。共に過ごせる時が、みんな幸せだよ。




大学2年の夏、沖縄へ行った。

旅行だけど、普通の旅行じゃない。

単位のかかったテストを放棄して、逃げるように沖縄へ行ったんだ。

coccoが好きで

coccoが一度は沖縄へおいでと呼びかけていた。

米軍基地があり、悲しい歴史があり、そして、海のきれいな沖縄。

夜道をトボトボ歩いていたんだ。

真っ暗な中を歩いた。

公園へ行った。

野宿しようと思った。

夜空を見上げると、さそり座が尻尾まで全部みえた。

あれがオリオンを殺したさそりかと思った。

沖縄の夜空は星がいっぱいで

満天の夜空をみていたら、悩み事なんてちっぽけに見えた。

あのときは人生に悩んでいて

進路に悩んでいて

大学をやめようと思っていた。

星は、夜空に静かに輝いていた。

あのとき、願い事はしたのかな?

幸せになりたいと、思っていたよね。

20年以上、前の若い自分。

星は見ていた。

今も見ているはず。

時空を超えて、輝く星は

子どもが3人もいて、幸せになった私を喜んでくれてるだろう。


お盆に親戚と会って、余計な一言を言っちゃったかなと思う。言葉が足りないのは許せる。でも、いらない言葉は本当にいらない。余白みたいなものが必要なんだね。必要なものは本当に必要なもの最低限に。そして、余白を




昔々、あるところにイシキとムイシキがいた。

イシキは全盛期を迎えていた。

すべてを言語化し、この世のあらゆるものをデータにした。

イシキの究極はAIだった。

イシキは神になろうとしていた。

一方、ムイシキは別次元にいた。

イシキが頑張っている姿を見ながら、ムイシキは潮目が変わる瞬間を待っていた。

イシキは言った。

「俺は今、全盛期だ。これからAIがさらに進化する。俺は神になる」

ムイシキは言った。

「イシキ。君の世界はどんどん貧しくなっている。夏の匂いをどれだけ感じた? 虫の声を最近、聞いたか? そこに何を感じた? スクリーンばかり見ているんじゃないのか?」

イシキは言い返した。

「それは昭和の世界だ。今はそんな時代ではない。クリーンで効率的でコンパクトなワンタッチの世界だ。情緒など必要ない」

ムイシキは、ため息をつくと言った。

「君の姿を見せてあげよう」

ムイシキはイシキの姿を見せた。

イシキは光るスクリーンばかり見ていた。

流れる雲、そよぐ風、季節の移り変わり

雨上がりのアスファルトから立ち昇る匂い

カラカラに乾いた喉に染み込む水の爽やかさ

春を知らせるような沈丁花の香り

それらを無視している姿が見えた。

世界はスクリーンに入っていた。

スクリーンのまわりはエアコンが効いて快適で、そこには立ち昇る匂いなど無かった。

イシキは怒った。

「スクリーンばかり見ていて何が悪い」

ムイシキは言った。

「君は大切なものを失っている。世界はデータだけでは無い。データにならないものにこそ、豊かさがあるんだ」

イシキは笑った。

「どんな豊かさだ? そんなものがあるなら、教えて欲しいものだ」

ムイシキはイシキに幼い頃の姿を見せた。

スマホもパソコンも知らない子供時代。

イシキは世界を体で感じていた。

感じることで世界と交流していた。

表面の奥にまた世界があった。

それは何重にも厚みのある世界で、深まれば深まるほど純粋さを増した。

イシキはスクリーンは表面しかあらわしていないことを悟った。

イシキは言った。

「世界はこんなにも深かったんだな。世界を貧しくさせてしまった」

ムイシキは言った。

「スクリーンを見るのを少し休んだほうがいい。胸の奥を感じるんだ。そこに扉がある」

「扉?」

「そこに別次元の世界がある。データであらわされて荒廃した世界より豊かな世界がそこにある」

イシキは胸の奥の扉を開いて、ムイシキの世界を見た。

イシキは言った。

「言葉にならない世界は、豊かだな」

ムイシキは「おかえり」と言った。

「そこは、ふるさとのようなところだよ。ずっと、辺境をさまよっていたんだ」

イシキは豊かさを取り戻した。




考えると頭が爆発しそうになる時がある。ストレスが凄い時。そんな時は、胸の奥を感じる。そこにある思いを。思いは言葉にならない。言葉にあえてしない。ただ、感じる。胸の奥にある思いから世界を見るように。ストレスの奥にある怒りや悲しみや虚しさを超えて、わかりあえる何かがそこにある