昔々、あるところにニゲオがいた。

ニゲオは惰性で毎日、同じような日々を過ごしてきた。

ニゲオの世界は回廊のような巨大なフロアになっていた。

日、週、年を繰り返して、同じところを回っている。

その回廊の途中には、階段があった。

つらいとき、苦しいとき、失敗したとき、その階段に気づく瞬間がある。

しかし、階段を昇るのはつらいのだ。

筋トレで限界突破するような

ダッシュで走りながら心臓が破裂するような

そんなつらい階段からニゲオは逃げてきた。

また、同じ回廊をめぐる。

1日、1週間、1年…

何年も同じフロアにいる。

……また、同じ景色か

ある日、ニゲオは階段を昇ってみた。

……つらい、逃げたい、楽になりたい

でも、ニゲオは逃げなかった。

新しい景色が見たいから

階段を昇りきった先にある新しいフロアへ行きたいから

ニゲオは階段の踊り場まで来た。

そこで少し休憩した。

……もう、ここでいいや

それは罠だった。

闇が語りかける

「階段を昇るのなんてやめちまえよ。新しいフロアなんてここと同じだよ。楽しく生きようぜ」

頭がぼんやりして、ニゲオは階段を昇るのをやめそうになった。

その時、声がした。

「継続は力なり」

ニゲオは階段をまた一段昇った。

……あれ、前よりつらくない

ニゲオは階段になれてきた。

闇がまた語りかけた。

「すべての努力は無意味だ。世界は虚無だ。ぼんやりなんとなく生きていけ」

ニゲオはその言葉を無視した。

階段をまた昇る。

少しつらくなってきた。

闇は階段の下にいる人々が楽しそうに暮らしている姿を見せた。

……みんな楽しそうだな

階段がもっときつくなってきた。

みんなの笑い声が聞こえる。

……1人だけ頑張ってバカみたいだ

ニゲオは階段を昇るのをやめたくなった。

また、声がした。

「夜明け前が一番暗いんだよ」

ニゲオは、あと少しで階段を昇りきるのだとわかった。

ニゲオは一歩一歩、階段を昇る足を踏みしめた。

階段を昇りきった。

新しいフロアへの扉が開いた。

そこは見たこともない景色だった。

あの声は、未来の自分からの声だったのかもしれない。


1日は朝から昼になり夜になる。その間もグラデーションがあって、様々な顔を見せるんだね。人との出会いも、はじまりから終わりまで。変化に富んでいるよね。いい時も悪い時も。共に過ごせる時が、みんな幸せだよ。




大学2年の夏、沖縄へ行った。

旅行だけど、普通の旅行じゃない。

単位のかかったテストを放棄して、逃げるように沖縄へ行ったんだ。

coccoが好きで

coccoが一度は沖縄へおいでと呼びかけていた。

米軍基地があり、悲しい歴史があり、そして、海のきれいな沖縄。

夜道をトボトボ歩いていたんだ。

真っ暗な中を歩いた。

公園へ行った。

野宿しようと思った。

夜空を見上げると、さそり座が尻尾まで全部みえた。

あれがオリオンを殺したさそりかと思った。

沖縄の夜空は星がいっぱいで

満天の夜空をみていたら、悩み事なんてちっぽけに見えた。

あのときは人生に悩んでいて

進路に悩んでいて

大学をやめようと思っていた。

星は、夜空に静かに輝いていた。

あのとき、願い事はしたのかな?

幸せになりたいと、思っていたよね。

20年以上、前の若い自分。

星は見ていた。

今も見ているはず。

時空を超えて、輝く星は

子どもが3人もいて、幸せになった私を喜んでくれてるだろう。


お盆に親戚と会って、余計な一言を言っちゃったかなと思う。言葉が足りないのは許せる。でも、いらない言葉は本当にいらない。余白みたいなものが必要なんだね。必要なものは本当に必要なもの最低限に。そして、余白を




昔々、あるところにイシキとムイシキがいた。

イシキは全盛期を迎えていた。

すべてを言語化し、この世のあらゆるものをデータにした。

イシキの究極はAIだった。

イシキは神になろうとしていた。

一方、ムイシキは別次元にいた。

イシキが頑張っている姿を見ながら、ムイシキは潮目が変わる瞬間を待っていた。

イシキは言った。

「俺は今、全盛期だ。これからAIがさらに進化する。俺は神になる」

ムイシキは言った。

「イシキ。君の世界はどんどん貧しくなっている。夏の匂いをどれだけ感じた? 虫の声を最近、聞いたか? そこに何を感じた? スクリーンばかり見ているんじゃないのか?」

イシキは言い返した。

「それは昭和の世界だ。今はそんな時代ではない。クリーンで効率的でコンパクトなワンタッチの世界だ。情緒など必要ない」

ムイシキは、ため息をつくと言った。

「君の姿を見せてあげよう」

ムイシキはイシキの姿を見せた。

イシキは光るスクリーンばかり見ていた。

流れる雲、そよぐ風、季節の移り変わり

雨上がりのアスファルトから立ち昇る匂い

カラカラに乾いた喉に染み込む水の爽やかさ

春を知らせるような沈丁花の香り

それらを無視している姿が見えた。

世界はスクリーンに入っていた。

スクリーンのまわりはエアコンが効いて快適で、そこには立ち昇る匂いなど無かった。

イシキは怒った。

「スクリーンばかり見ていて何が悪い」

ムイシキは言った。

「君は大切なものを失っている。世界はデータだけでは無い。データにならないものにこそ、豊かさがあるんだ」

イシキは笑った。

「どんな豊かさだ? そんなものがあるなら、教えて欲しいものだ」

ムイシキはイシキに幼い頃の姿を見せた。

スマホもパソコンも知らない子供時代。

イシキは世界を体で感じていた。

感じることで世界と交流していた。

表面の奥にまた世界があった。

それは何重にも厚みのある世界で、深まれば深まるほど純粋さを増した。

イシキはスクリーンは表面しかあらわしていないことを悟った。

イシキは言った。

「世界はこんなにも深かったんだな。世界を貧しくさせてしまった」

ムイシキは言った。

「スクリーンを見るのを少し休んだほうがいい。胸の奥を感じるんだ。そこに扉がある」

「扉?」

「そこに別次元の世界がある。データであらわされて荒廃した世界より豊かな世界がそこにある」

イシキは胸の奥の扉を開いて、ムイシキの世界を見た。

イシキは言った。

「言葉にならない世界は、豊かだな」

ムイシキは「おかえり」と言った。

「そこは、ふるさとのようなところだよ。ずっと、辺境をさまよっていたんだ」

イシキは豊かさを取り戻した。




考えると頭が爆発しそうになる時がある。ストレスが凄い時。そんな時は、胸の奥を感じる。そこにある思いを。思いは言葉にならない。言葉にあえてしない。ただ、感じる。胸の奥にある思いから世界を見るように。ストレスの奥にある怒りや悲しみや虚しさを超えて、わかりあえる何かがそこにある




死ぬ前に飲みたいのは、仕事終わりの水かな。工場での仕事終わりに水を飲む。4時間くらい残業して、たくさん汗をかいて、疲れ切って、カラカラに乾いた喉をうるおす浄水器の水。こんなに美味しい飲み物は他に無い。生き返るような味がする。仕事はとっても疲れるけど、あの瞬間は格別





言葉を伝える時、相手はその内容に興味がないかもしれない。言葉をただ伝えるんじゃなくて、相手に伝わるように届けるのが大事なんだ。届ける相手の姿が見えてる? 相手を深く理解することは難しいけど、わかる部分が増えたら、共有できる部分も増える。伝えることと理解することは車の両輪のようだね



文章を書く時、ずっと出発点を間違っていたと思う。自分のために書いて。数字を追いかけて。でも、届ける人のことを考えてなかったよね。言葉よりも伝わるのは"思い" そこに"思い"があるかな? ウケなくても、思いがあれば、誰かの心に静かに残る文章になると思うよ




1人では生きられないという言葉がキライで、1人でも生きられる強さが欲しいと思った。でも、人間は1人で生きられるほど強くないんだね。人との関わりは毒にも薬にもなるけど、その起伏が、人生のドラマを創る。1人じゃドラマはできないんよ。結末のわからないドラマを誰かと一緒に生きていこうよ