昔々、あるところにオクビョウがいた。
オクビョウは、いつも逃げていた。
注射から逃げ、試験から逃げ、人間から逃げてきた。
注射から逃げた時は、数人がかりで取り押さえられて、泣きながら注射された。
試験から逃げた時は、鹿児島までバイクで行って留年した。
人間から逃げた時は、ひとりぼっちになって精神障害になった。
オクビョウは怖がりだった。
ありもしないことを怖がっていた。
現実にそんなことないのに。
想像のお化けをつくり出して、逃げ足だけが速かった。
そんなオクビョウは、ある時、逃げるのをやめた。
オクビョウは恋をした。
不思議な助けがあり、オクビョウは結婚までできた。
妻とケンカし、離婚の危機。
今までのオクビョウなら逃げていた。
義務から、責任から、重荷から。
オクビョウは、逃げなかった。
つらいことにも耐えた。
恥ずかしいことにも耐えた。
怖いことにも耐えた。
想像のお化けは、オクビョウをおどかした。
……怖いだろう。逃げろ。逃げろ。
オクビョウは、負けなかった。
妻と子を守りたかったから。
自信がついた。
自分に負けなかったから。
信頼された。
責任を果たしたから。
信念ができた。
妻と子のために生きているから。
オクビョウは、今でも怖がり。
でも、昔より、怖がりじゃない。
帰る場所に妻と子が待っているから。