ベーオウルフ 6 イラスト描くための忘備録
6海の女怪
ベーオウルフは下へ、下へ、冷たく蕩揺する海底へ沈んでいった。下へ、下へ、丸一日と思われる程の間、沈んでいったのである。四方八方から、牙の有る海獣が襲い掛かり、彼を引き裂こうとした。沈みながらも、彼は大剣フルンティングを奮って、海獣を追い払った。とうとう足が海底に着くと行き成り、更に獰猛な敵が襲い掛かってきた。海の女怪が両腕で絡み付いてきて、息子と同じ様に恐ろしい鈎爪で引き寄せた。彼は女怪の死の抱擁に絡まれた侭、暗黒の深みを引き摺られていった。そして絡み合ったまま、海底の洞窟の入り口を通って昇って行った。
上へ、上へと登り、やがて満ち潮の水面よりも高い所にある広大な海の大広間に辿り着いた。足の下には白砂が在り、遥か頭上の開口部から、幽かな光が筋を成して差し込んでくる。ベーオウルフは身を振り解いて、剣が奮える距離に飛び離れ、唸りを上げるフルンティングを女怪の頭上に振り下ろした。其の一撃には洞全体が鳴り響いたが、剣は鍛えられてから初めて撥ね返され、次の瞬間には女怪が再び襲い掛った。彼がその勢いによろめくと、彼女は彼を押し倒し、広刃の短剣で幾度も幾度も彼の胸を刺したが、鎖帷子に通らないのを見て取ると、狼の様に爪を立てたり、引っかいたりし始めた。捲くれ上がった唇の後ろ牙が見え、縺れた髪の間には忌まわしい光を放つ眼が輝いていた。だが、王妃から賜った鎖帷子はしっかりと持ち堪えており、彼は力を集めて再び女怪を振り解き、跳ね起きるなり、首を打ち落とす勢いで切りつけた。
だが、今度も魔力ある皮膚が其れを跳ね返し、彼は一声上げて役立たずの武器を投げ捨てた。「フロースガールの館と同じ様に、今度も素手で勝敗を決しようではないか」彼は飛び立って、彼女の次の攻撃を受け止めた。
銀の砂の上、潮騒が巨大な貝殻の中の様に虚ろに木霊する中で彼は片腕を女怪に巻きつけ、もう片腕で短剣を握った手首を捉え、彼女の方は相変らず牙と鈎爪で彼の心臓を狙い乍ら、両者は組み合った侭彼方此方へとよろめいていった。二夜前に、ヘオロットの暗い館の中で、グレンデルと組み合った時と同じ様であった。
長く厳しい戦いが続いたが、海の女怪には息子を凌ぐ力が有り、ベーオウルフにはどうしても相手を取り拉ぐ事が出来なかった。何か獲物が欲しい。彼は戦い乍ら、何か無いかと、狂おしく辺りに眼を走らせた。洞窟の岩壁には、彼是の古代の武器が架かっており、中に、天井から差し込む光が照らし出している一振りの剣があった。刃は長く、柄は幅広く、恐らく遥か昔に、巨人族の為にドワーフが鍛えた物であろう。ベーオウルフ以外の人間には到底奮えぬ大剣であった。剣を眼にし、新たな希望に胸を弾ませながら、彼は女怪の猛攻の前に失われかけていた力と才知を振り絞って、身を捻り、脇に飛び退いて、剣を壁から掴み取った。片手で確りと柄を握り、誇らしげな鬨の声を上げて身を翻すや、刃を閃かせ、閃光と共に振り下ろした。
剣は髪と皮膚と骨に通り、グレンデルの母親は一声も上げずに崩れ落ちた。その恐ろしい首は肩から殆ど切り離されていた。
ベーオウルフは荒い息を吐きながら、立ち尽くし、血の滴る魔剣を手に、辺りを見回した。遥か彼方の水辺には上の世界から光が差し込んできて、其処にグレンデルの死せる巨体が横たわっているのが見えた。ベーオウルフは踏み拉かれた砂を横切って、其処に近づいていった。やっとグレンデルの一族の骨身に通る剣が手に入ったのだった。彼は再び大いなる力を振り絞って剣を振り翳し、おぞましい首を断ち落とし、おぞましい躰を細切れにした。暗い真紅の血が水中に溢れ出て、洞窟の口から下方の海へ吸い出されていった。ベーオウルフは死せる怪物を見下ろしていると、刃を伝わるどす黒い血が金属に染み入って、剣は火の熱を浴びた氷の様に融け、やがて見事な黄金の柄を彼の手に残すばかりとなった。
〇この訳はちょっと通り辛い気がする。
ベーオウルフは荒い息を吐きながら、立ち尽くした。やっとグレンデルの一族の骨身に通る剣が手に入ったのだった。彼は血の滴る魔剣を手に、辺りを見回した。遥か彼方の水辺には上の世界から光が差し込んできて、其処に二夜前に戦い肩口から片腕が無いグレンデルの巨体が横たわっているのが見えた。ベーオウルフは踏み拉かれた砂を横切って、其処に近づいていった。彼は再び大いなる力を振り絞って剣を振り翳し、死せるグレンデルのおぞましい首を断ち落とし、おぞましい躰を細切れにした。暗い真紅の血が水中に溢れ出て、洞窟の口から下方の海へ吸い出されていった。ベーオウルフは四肢が別けられた怪物の死骸を見下ろしていると、刃を伝わるどす黒い血が金属に染み入って、剣は火の熱を浴びた氷の様に融け、やがて見事な黄金の柄を彼の手に残すばかりとなった。
一方イェーアトとデネの猛者達は長い一日の間、セイウチの元居た岩棚から海を見守っていたが、太陽が傾くにつれ、海の穴そのもの吐き出したかと思われる大量の血が、海底から吹き上がってくるのが解った。彼らは岩の縁に身を寄せ合い、眼をカッと剥いて海底を睨んでいたが、それは如何なる勇者の心胆をも寒からしめるに足る光景であり、時が経ち、尚ベーオウルフの姿が現れぬに至って、終日縋り続けてきた希望も色褪せ、波に乗って沖へと曳き浚われて往く血糊と同じく微かなものになっていった。
とうとうフロースガールが重苦しい溜息とともに、身じろいだ。「終わりじゃ。二度とあの者を見る事は在るまい。儂にとっては子に等しいベーオウルフを」そうして、せせらぎの源である、木立に蔽われた岩場の薄暗がりに向かって歩みよった。「参るがよい、是以上此処に居るのは無用じゃ」
そこで彼のセイン等は、しおしおと敗戦から帰る者の様に王に付き従い、王は只管貌を上方に向け険しい道を登っていった。
だが、ベーオウルフの仲間イェーアト人は、フロースガールに従って帰った者と同じく希望は枯れ尽くしていたものの、此処で待てとの命令に忠実に、其処に留まっていた。潮騒が、最後のデネ人の足音を呑み込むや否や、ウェーイムンドが飛び出して指差した。「見よ!見るがよい!海の生き物が沖へ出て行くぞ。身の危険を感じたようだ」すると、別のイェーアト人が続けて叫んだ。「見よ!水面を!水が澄んで綺麗になった」そして、彼らがよろめきつつ、海藻に濡ら付く岩の縁に急ぎ、互いに声を掛け合う内に、巨大なセイウチが群を成して沖へと出て行き、今では緑水晶の様に澄み切った水の遥か底から、待ちに待ったベーオウルフが此方に泳ぎ登ってくるのが見えた。
ベーオウルフが肩に白い泡を纏い付け乍ら水面に現れるや、幾本もの腕が我勝ちに差し出され、彼を助けて、岸に引き揚げた。彼は皆に囲まれ、疲労し切って岩の上に身を投げ出し、長距離競争の終点に辿り着いた走者の様に、激しく息を吸い込んだ。戦士等は彼に取り付いて兜を外し、また彼が脇に投出した、白目と牙を剥いた恐るべき首と、彼の手に残った巨大な剣の柄を、唖然と打ち眺めた。
「兄弟よ、諸君の貌が見られてこんな嬉しい事は無い!」口が利ける様になるとすぐ、ベーオウルフは言った。それから辺りを見渡し、「だが、フロースガール王とセイン達は如何為された?待ち草臥れて帰られたか?」
「海底から涌き上がった血の波を見て」傍らに跪いたウェーイムンドが言った。
「最早此れまでと思い切られたのです」
「あれは海の女怪の血、そして私が、あそこに横たわっていたグレンデルの死体から首を切り離した時流れ出た血だ。で諸君は?其の血を見なかったのか」
「いえ、見ました」
「それでも望みを棄てなかったのか」
ウェーイムンドは首を垂れた。「望みは我等も失って居りましたが、それでも我等は貴方の戦船の仲間、貴方に忠節を誓う者でしたから」
「で、残ってくれたのか」ふいにベーオウルフは、勝利を寿ぐ角笛の様に声高らかに笑い出すと、飛び起きて、両手を皆に差し伸べた。「それは有り難い。この怪物の首をヘオロットに運ぶには、槍が少なくとも四本は要るからな」
そうして彼らは海の穴が独りでに清められるに任せ、グレンデルの首を四本の槍先に刺して中央に掲げ、山の湿地帯に続く峡谷へと、そして集落へと凱旋行進の途に着いたのであった。
ベーオウルフ 5 イラスト描くための忘備録
5 再びの恐怖
だが、王の館に安穏な眠りが訪れる時は、未だ来なかった。グレンデルは致命傷を受けた野生の生き物が巣穴を指して逃げ帰る様に、傷から生命を滴らせながら、湿地の彼方へ逃げ去った。だが彼は、野生の生き物とは異なり、独りで死んでいったのではなかった。恐ろしい海の洞窟の中では、母親が息子の帰還を待っていたのだ。
彼女はグレンデルとそっくり同じ邪悪な怪物で、<夜の徘徊者>だったが、愛するという能力を持っていた。そして息子を愛していたので、息子以上に恐るべき存在であった。いまや、仔を奪われた母狼の様に悲しみに狂乱した彼女は、復讐に燃え、一日前の血痕を追って、ヘオロットの戸口まで行き、扉を押し倒した。
中では、恐怖のどよめきが上がった。人々は武器を引っ掴んで、寝棚から飛び起きたが、息子の魔力ある皮膚に刃が立たなかったのと同様、母親の皮膚も刃を受け付けなかった。彼女はあらゆる抵抗にもメゲズ押し進み、勝利の叫びと共に、王が最も寵愛していたセインのアッシュヘレを掴んで、次の瞬間、夜闇の中に姿を消してしまった。
ついさっきまで笑いと竪琴の歌に満たされていたヘオロットの館を嘆きの声が駆け抜けた。報せを受けて、王はやって来た。白い顎鬚は寝乱れ、アッシュヘレを悼む涙が、険しい貌に深く刻まれた皺を伝い流れた。
ベーオウルフと仲間は昨夜の戦いに疲れ切って、夢も見ずにぐっすり眠っていたので、何の物音も聞かず、漸く夜が白んできた頃ベーオウルフが眼を覚ましてみると、震える手が自分の肩を揺す振り、耳元で声が、フロースガール王が御呼びだと叫んでいた。
彼は裸身にマントを巻き付け、仲間と共に使者の後に着いて、林檎の木々の下を通り、濡れた草を踏んでヘオロットへ向かった。そこにフロースガール王は王座に座し、最早涙は流さず、石のような面持ちで座っていた。
「フロースガール殿、昨夜何が在ったのです」
老人はじっと彼を見据え、答えた声は重く堅かった。「ヘオロットに災厄が戻ってまいったのじゃ」
「災厄ですと?まさか又グレンデルが来たのでは在りますまい。如何なる災厄ですか」
「グレンデル?いや、グレンデルではない。以前から、<夜の徘徊者>は一人では無く二人見かけるという噂があった。うち一人は女のようだと。儂は愚かも愚か、大戯けであった。その噂を聞き流しておったが、今それが真であるのが解った。儂の顧問で親友であるアッシュヘレが死んだ。我等は幾度も肩を並べて戦い、ともに血を流し、其の後杯を分ち合った。今や其の男は亡い。そちが倒した化け物のおぞましい、身内の女に殺されたのじゃ」
ベーオウルフは身を伸ばし、最後の眠気を篩(ふる)い落とした。「フロースガール王よ、私には未だ力が在ります。もう一度お役に立ちたいと思います」
老王の石のような貌はぴくりともしなかったが、両手が王座の前木をぐっと握り締め、また緩んだ。「ベーオウルフよ、この新たな恐怖から我等を救うて欲しい。先の晩と同じ様に。そちだけが頼りじゃ。しかし、いかにそちでも、我心臓と同じ程愛しかったアッシュヘレを、蘇らせる事は出来まい」
「その様に深く御嘆きあそばしますな」ベーオウルフは素早くそう言った。「男なら友の死を嘆くより、其の仇を討つものです。誰も皆己の命が尽きるのを待たねばなりません。そして、もしアッシュヘレの様に生きている内に誉れを勝ち取る事ができれば、時至って運命の女神ウィルドが生の織物を機(はた)から切り離すとき、其れが何よりの事なのです。唯(ただ)日が落ちるまで、お待ち下さい。アッシュヘレの命を取り戻す事は出来なくとも、必ずその仇を獲りましょう」彼は両手で腕木を握った王の拳を包み、其の打ちひしがれた貌に見入った。「お信じ下さい。喩え彼(か)の女怪が大地の胸の中、山の燃える心臓の中、海の暗闇の底に逃げ隠れても、構えて取り逃がしは致しませぬ」
フロースガールは長く息を吸い込み、其れと共に、若い戦士からの贈物たる力を吸い込んでいるようだった。其の眼に光が宿り、彼はゆっくり立ち上がると、辺りを見回した。「儂の馬に鞍を置け。それからベーオウルフの為に、又同行を求める者の為にも。女怪の巣に行くぞ」
ベーオウルフは逸早(いちはや)く与えられた部屋に戻り、馬が曳いてこられるよりも速く、鮭の皮より精緻な鎖帷子を纏い、ぴっちりした兜を被り、剣を持って引き返してきた。朝日が山の端を離れる前に、彼とフロースガール及びデネ人、イェーアト人の一団は、グレンデルの血痕を追って、荒地の物寂しい湿った苔の上を海岸へと馬を飛ばして行った。
そこは、イェーアトの戦船のが櫂を立て廻らせた後ろに置かれている、玉石の多いフィヨルドの海岸からは、かなり隔たった場所である。二つの切り立った岬の間の入り江で、外海への出口は狭い。崖の下には、黒い岩棚が長く続き、其処には真昼の潮に乗ってきた海獣が日向ぼっこをしていた。また海獣そのもののように牙を剥いた険しい場所には、狭い処へ追い込まれた波が、大釜の煮え立つように揺り反っている。この忌まわしい場所の内陸側では、高い荒地から流れ出る小川が、長年の内に深い渓谷を刻み、其の上には潮に灼かれて萎びた木々が生え、灰色の地衣類を長く垂らした枝先を、滝の醸し出す灰色の霧の中に、また下に泡立つ水の飛沫(しぶき)の中に沈めていた。真に不吉な場所、人が多くの物語―――例えば海霧の中にちらと見える巨大なものの影、或いは木霊する奇怪な音、水底に閃く妖しい光、また何処(いずこ)からともなく湧き起こる嵐、海岸の他の場所でも風も潮も正常であるのに此処にだけ在る奇怪な潮流―――を語り伝える場所であった。陸に住む生き物は此処を避け、猟犬に追い詰めれた鹿も、この流れの辺(ほとり)に来れば、水中に身を投げて向こう岸へ泳ぎ渡るよりは、寧ろ身を翻して戦い死を選ぶという。
グレンデルの血痕を追って、イェーアトとデネの戦士等は此処へ辿り着き、見ればとある切岸(きりぎし)の上に、グレンデルの母親が死骸を巣穴に引き摺って行く際に引っ掛かってもぎ取られたものらしく、大猫に弄ばれた鼠の残骸さながら、アッシュヘレの首が懸かっていた。
セイン等は馬を下り、無言で周りを取り巻いた。其の中心でフロースガール王は、死せる剣の同胞のこの恐ろしき亡骸の傍らに跪き、血に滲んだ乱れ髪を女のように優しい仕草で撫で付けてやった。一言も口には出さなかった―――何も言う事が無かった。やや在って、立ち上がり、周りのセイン達に言った。「馬の足を縛るがよい。此処からは徒歩で行くのだ」
一人又一人と、彼等は老王と若い勇士に従って、朝日に輝く尾根を越え、暗い渓谷の岩や木の根を踏み越え、遥かな崖底へと下りていった。岬が空を切り抜く影以上の寒々とした暗黒が頭上に聳え立つ様に思われ、皆気力も心も萎えていった。一足下る事にその影はいよいよ冷たく残酷になっていった。
とうとう渓谷の幅が広がり、岩棚からせせらぎが流れ出て、泡立ち沸き返る海の穴に注いで処へ来た。其の流れを辿っていくと、やがて木々の世界は尽き、飛沫に打たれる岩巌の世界となった。岩棚には大きな牙の在るアザラシやセイウチが日向ぼっこをしており、これも脅威であった。岩という岩の間で、水は今尚下から緩慢に湧き出す血の色に、暗い緋色に泡立っていた。さながら水面の波の蕩揺(とうよう)の遥か下に澱んだ深みが在る様に、耳に轟く水音の下には、大いなる静けさが篭っていた。此処には鳴いて輪を描く海鳥も無く、沈黙は影の様に人々の心を圧した。
一人のデネ人が戦の角笛を持ってきていて、この男が挑む様な身振りで、銀の吹き口を唇に充て、薄暗い渓谷と木下闇に、勇ましい戦いの楽の音を響き渡らせた。木霊は崖の麓を長く彷徨い、切り立った岸壁に砕け、海獣等はまどろみから醒めて、叫び吼え乍(なが)ら海中に身を躍らせた。
ベーオウルフは傍にいたイェーアト人の手から弓を掴み取った。
「早く矢を―――シューフ、矢だ」そして矢を受け取るや、其れを弓弦に番え、切って放した。矢は雪崩を打って急ぐ海獣等の真ん中に落ち、巨大な牡セイウチの首に震えながら立った。男等は歓声を上げ、海藻で濡ら付く岩の上を走り出す者もあった。12本の槍と同数の鋭いセイウチ用の鈎が、のたうつ獣の躰に打ち込まれた。セイウチは引き揚げられ重い楯の縁(ふち)で後頭部を殴られ息絶えた。暫しの間イェーアト人もデネ人も集まってきて、是を眺めて喜びの声を上げた。大層な大きさの獣で、かなりの象牙が取れると見込まれたからである。だが、この呪われた場所へ来たのは、セイウチを狩る為ではなかったので、彼等は直ぐに本来の差し迫った目的に立ち戻った。
ベーオウルフは何の準備もしなかった。既に鎖帷子を纏い、猪を象った兜を眼深に被り、剣を手にしていた―――王から賜った剣ではなく、海陸を通じて多くの戦いを戦い抜いてきた自らの剣であり、其れは手も柄もお互いの為に作られているかの様に、しっくりと馴染んでいた。だが、この戦いに自らの剣を持って行く事には成らなかった。王の道化師ウンフェルス、辛辣で血の気が多いウンフェルスが、自分の狼皮の鞘から剣を抜き、戦士等を押し分けて近づいてきて、其の剣を怒った様にベーオウルフの手に押し込んだからである。「さあ、俺の剣を取れ―――フルンティングという名だ。刃は毒の枝の煮汁に浸して鍛え、戦の血に研ぎ澄まされているぞ。こいつは戦いの際にして、決して主人を裏切らぬ逸物だ」
ベーオウルフは、道化師の顔から、其の手に握られた波の様な灰色の刃に眼を移し、ゆっくりと又視線を戻した。この男はつい二日前に、自分の面上に罵声を浴びせた男だ。だが、ウンフェルスが今は先の侮辱を悔いているのが解った事で十分だった。彼は自分の剣を近くのイェーアト人に渡し、道化師の差し出す剣を受け取って、ギラギラ輝く黒い眼に向かって微笑を送った。「友よ、忝い。このフルンティングを手に必ず海の女怪を獲り拉いで見せ様」
そして傍らの王に向き直った。「デネ王フロースガール殿。運命の女神ウィルドの思召しが在れば、又お会い出来ましょう。私が戻らなかったら、先程下さった贈物をどうぞ、我暖炉の主君ヒイェラーク殿の元に送り届けて下さいます様。但しあの大剣は、友よりの贈物として、フルンティングの代わりに道化師ウンフェルス殿に取らせ給え。フルンティングは私と共に朽ち果てるでありましょう」
長い事、道化師の剣を抜き身の侭膝に横たえて、ベーオウルフは辺りを見回し、遥かな岬の頂に金色に懸かる太陽と、其の彼方の青く澄んだ海を眺めやった。いつかまた、己の戦船の揺れる甲板をこの足に踏み締める事があろうか。また、剣の同胞たちの苦しげな顔に順繰りに眼を宛てて行きながら、是が名残であろうかと考えた。
「此処で待っていてくれ」と告げた。
それから身を翻し、大剣を頭上に掲げ、逆巻く波に一気に身を投じた。
ベーオウルフ 4 イラスト描くための忘備録
一応これは出張先で読んで(読めればな・・・)描き溜めるものですから、出張が終わり次第削除の方向で。
4 グレンデル
春の夜も最も暗く深けた頃、今まで幾度も無くそうして来た様に、グレンデルは巣穴を出て荒地から下り、淡い月光の許霧を纏うようにしてヘオロットへやって来た。<夜の徘徊者>グレンデル、<死の影>グレンデルであった。彼は正面入り口に来て、辺りの匂いを嗅ぎ、人の居るのを嗅ぎ付け、又長い事開けっ放しだった扉に閂が下ろされているのを知った。彼は、己を閉め出そうとする者が居る事に、怒りの唸りを上げ、鈎爪の手の掌を扉に充てて、押し破った。
中は暗かったが、広間はそれに加えて彼の恐るべき影に満たされたように思われた。その影の中で、ベーオウルフは半ば撥ね起き掛けた後、じっと動きを殺して見つめたが、揺らめく緑の炎を上げている双の眼以外は、相手の姿も輪郭もはっきりしない。
グレンデルは屍さながらの身の毛もよだつような眼で、眠っている男達の姿を捉えたが、中に独り肘をついて身を起した者がいることには気づかなかった。喉声で笑いながら、悪鬼は猿臂を伸ばして、一番近くに寝ていた若いホンドシオーホを掴み、声を上げる間も与えず、手足を引き裂いて熱い血を啜った。そうして若い戦士の断末魔の悲鳴が消えやらぬうち、次の者に手を伸ばした。だが、今度伸ばした手は、今までに無く確りとした手、三十人力を持つ手に掴まれた。多くの者に恐怖を齎した怪物はこの時初めて、好敵手否(いや)、上手(うわて)の敵に出遭ったという恐怖の片鱗を味わったのである。
ベーオウルフは寝床から飛び起きて、闇の中でグレンデルをむんずと掴んだ。この上ない恐怖、罠に落ちた野生の獣の恐怖がグレンデルを襲い、最早、狩どころか、掴まれた万力のような手から身を振り捥ぎって、単(ひとえ)に闇夜と野の中に逃れたいと思うばかりになり、もがきながら凄まじい声で吠えた。ベーオウルフは歯を食い縛り、全力を込めて、腱も切れよとばかり、更にきつく握り締めた。両者は組み合った侭、よろめきつつ旋回し、大広間を行きつ戻りした。彼方此方と引き合う度に架台や寝棚がガラガラと崩れ、消えかかっていた燠の最後の光までが、二人の足元に踏み躙られ、四囲の壁を形作る頑丈な木材も裂けんばかりに軋み震えた。その間じゅうグレンデルは吼え叫んだが、ベーオウルフは荒い息遣いの音を漏らす以外は一言も発しなかった。
外ではデネ人等が、ヘオロットを真っ二つに引き裂きかねないこの騒ぎに、恐れ戦きながら聞き耳を立てていた。中ではイェーアト人等が、トロールの輩には刃が通らぬのも忘れ、抜き身を剣を手に寝棚から飛び起きたが、辺りは真っ暗で、怪物の眼から発する忌まわしい光しか見えなかったので、ベーオウルフを傷つけるのを恐れて、打ちかかる事が出来ずに居た。一人二人が辛うじて切りつけても、グレンデルの魔法の皮膚は、竜の鱗を帯びているかの様に、難なく刃を跳ね返した。
とうとう広間の隅々まで破壊され尽くした時、<夜の徘徊者>グレンデルは、最後の力を振り絞って身を解こうとした。ベーオウルフは変わらぬ膂力で相手を締め付けていたが、それでも両者は行き成り飛び離れた―――グレンデルは恐ろしい悲鳴を上げて、戸口へよろめき走り、其処を出て、喚きながら夜の闇の中へと逃げていった。勇士の手が相変らずむんずと掴んでいたのは、肩口から裂き取られた怪物の腕であった。
ベーオウルフが荒い息を吐(つ)きながら、砕けた腰掛に身を落とすと、飛び散った燠から点火した松明を手に、仲間がそれを取り囲んだ。そうして一斉に、彼が膝の上に横たえている物を見つめた。「いかなトロールでも、彼程(かほど)の痛手を受けては半日も生き長らえまい」と一人が言い。ウェーイムンドもまた頷いて言った。「最早息絶えて、ここの腰掛の間に横たわっているも同然」
「兎も角ホンドシオーホの仇は獲った」とベーオウルフ。之を勝利の徴(しるし)に壁に掛けよ。我等が好い気な法螺話をしたのでは無い証として」
其処で彼らは、鱗の在る大きな腕を、フロースガールの王座の上の梁の一つに釘で打ち付けた。
荒地には既に曙光が差し染めており、かの血腥い品が打ち付けられるや否や、デネ人等がヘオロットに戻ってきた。彼らは一斉にベーオウルフを取り囲み、痣と爪痕の出来た彼の肩を叩いて喜びの声を上げ、鈎爪の有る指が今にも掴み掛らんばかりにぶら下っている梁を見上げて大いに驚いた。多くの者が馬を曳いて越させ、グレンデルが点々を残していった血糊の痕を追って、丘を登り、湿地を越えて、やがて怪物が巣を構えている深く切れ込んだ入り江に辿り着いてみると、岩々に打ち寄せる波は悪臭を放ち、血に泡立っていた。一方他の者は一日を挙げて祝う事とし、若者達は組打ちをしたり、馬で駆け比べをしたりして、終日楽しく過ごした。王の竪琴弾きといえば、林檎の木の下を往きつ戻りつしながら、今宵は闇が落ちても果てる事が無いであろう宴の席で謡い聞かせるべく、ベーオウルフを讃える歌を作っていた。
最後にフロースガールと王妃も、主だったセインや侍女を従えて現れ、昨夜の戦いの物語を聞き、屋根の梁に打ち付けられた血みどろの戦利品を見上げた。
「私としては、<徘徊者>めを此処の寝棚の一つに押え込み、絞め殺してやりたかったのですが」ベーオウルフは肩を摩りながら言った。「それはなりませんでした。彼奴は、私の力を振り切って、ヘオロットから逃げ去りました。しかし、御覧の通り、貢物として腕を残して行きました。如何にグレンデルと言えども、是程の傷では命長らえる事は出来ますまい」
フロースガールは長い事無言で腕を眺めていたが、やがて若い戦士の貌に視線を移した。その眼には久方振りの強い光が灯っていた。「儂もそう思うぞ。グレンデルによって、儂も我民大いなる憂き目をみて来た。ヘオロットが建てられてからというもの、儂は多くの忠義な勇士を失ってきた―――この館は本来喜びの源になる筈であったのに」
「しかし悲運は過ぎ去りました。今こそ御慶びを」ベーオウルフは言った。
「いかにも、今こそ我等の慶びの時じゃ・・・・其れもみなそちの御蔭。父上エッジセーオウもヴァルハラにて、そちの勝ち得た名声を喜んで居られよう。母上ももしご存命ならば、我宮廷にて産み落とされた御子が、老いたる儂の友となり、救いの戦士となられた事で天の父の御名を褒め称えられる事であろう」フロースガールが、ベーオウルフのがっしりした両肩に腕を回し、涙せんばかりであった。
「今日この日より、そちは我愛する息子じゃ。実の息子に与えるものは総てそなたに与えよう」
昨夜の狼藉の跡は広間から跡形も無く片付けられ、暖炉の周りには真新しい羊歯が撒(ま
)かれ、壊れた腰掛や架台の代わりが運び込まれ、壁には女達の棟から持ってこられた新しい刺繍の懸物で覆われた。新たに熾された火に照らし出されたそれには、狡猾な長虫と蛇の尾を持つ鳥が黄金の糸で縫い取られて輝いていた。この最初の夜に、ヘオロットでは未曾有の盛大な宴の用意が遽(あわただし)く進められた。フロースガールは、ベーオウルフを王座の傍らに座らせ、広間の隅々までデネ人とイェーアト人が入り混じって席に就き、勇士ベーオウルフの勲しを讃えて、大きな杯から蜜酒を干し、賑やかに歓楽を尽くし、広間が静まりかえったのは、竪琴弾きが今朝方林檎の木の下で作った勝利の歌を披露した時ばかりであった。
宴が最高潮に達すると、フロースガールはセインの幾人かに声を掛けた。
「愈々、(いよいよ)贈物の辰(とき)じゃ。行って、儂がイェーアトの戦士方の為に用意した贈物を持って来るがよい。方々は天晴れ見事にそれを勝ち得られたのじゃ」
こうしてセイン達は出て行き、やがて財物の重み背を屈めながら戻ってきて、それらを王の前に煌びやかに山と積み上げた。
そうして王はベーオウルフに、金糸で縫い取った見事な旗、兜、鎖帷子、珍らかな黄金の杯、ドワーフ等が遥か昔に地底の洞窟で鍛えた重い大剣等を与えた。それから八頭の駿馬が曳いてこられ、イェーアトの首領は受納の徴(しるし)に、それ等の誇り高い鬣(たてがみ)手を触れた。中でも逸物の一頭の雪白の背中にフロースガールは、金箔を張り、赤い珊瑚とバルト海の黄色の琥珀で飾った自らの鞍を置かせた。ベーオウルフの仲間一人一人にも、首領のと同じ見事な剣が与えられた。「これで十四じゃ」最後の剣を最後の戦士の手に渡しながら、フロースガールは言った。「十五人目が居らぬのは真に遺憾。だが、剣は死人には用無き物であろう。故に昨夜命を落としたホンドシオーホの為には―――是を」とベーオウルフに、その日量り分けたばかりの黄金の腕輪を詰めた袋を渡した。「勇士の身代じゃ―――イェーアトの国で、帰らぬ彼を待つ身内の者の為に」
「故郷の岸に降り立ったその日が暮れぬ内に、黄金と陛下のお言葉を、ホンドシオーホの身内に届けるでありましょう」ベーオウルフは答えた。かの若い戦士の仇は討ったと云うものの、盟友を一人失って帰る事を思うと、黄金を受け取って自らの贈物の傍らに並べながらも彼の心は重かった。
馬達が未だ足を踏み鳴らし、頭を振りたてて、火に怯えて嘶いているうちに、昨晩同様、貴婦人部屋に通じるカーテンが開いて、王妃ウェアルフセーオウが真紅のローブを纏い、額に黄金の冠を戴いた姿で、侍女を従え、堂々と入ってきた。
今夜も先ず蜜酒の杯王の処に捧げて行き、王は口を漬けて飲んだ。「陛下は新しい御子を喜び迎えて、贈物を為さいました」と微笑みながら言った。「今度は私の番です。婦人部屋の方からも贈物を持って参りました」ベーオウルフの方に向き直って、彼にも杯を捧げた。「お志(ここざし)誠(まこと)に忝(かたじけな)く思います。之より後も末永く雄々しく、皆に慕われなさいますように。私の息子は今は貴方の弟、この者共の友となり、兄となって下さいますように。貴方程の方は亦とは居りますまい」
従ってきた侍女達の手から、王妃は、領主にこそ相応しい二つの黄金の腕輪と鎖帷子を受け取ったが、余りにも精緻なその帷子は、彼女の手から絹の様に襞を成して垂れ、鮭の皮の様に銀色に輝いていた。また最後に、ベーオウルフが見た事も無く、夢にすらも思わなぬ古(いにし)えの名工の手になる宝石造りの首飾りを、王妃はその手に受け取った。それらを、彼女はイェーアト人の首領に差し出したのである。
(この辺の訳はちょっとこのように変えると良いかも知れない。音感の通りをよくしたほうがリズム感が生まれると思う。
王妃は侍女から、
領主にこそ相応しい二つの黄金の腕輪と
精緻な鎖帷子と
宝石造りの首飾りを受け取った。
なかでもその帷子は、彼女の手から絹の様に襞を成して垂れ鮭の皮の様に銀色に輝いていた。
それらを彼女はイェーアト人の首領に差し出したのである。
(変更お終い)
「ベーオウルフ殿、私共の事をお忘れになる様な事は有りますれば、是をお用いなって思い出して下さりませ」と最後にベーオウルフが見た事も無く、夢にすらも思わなぬ古(いにし)えの名工の手になる宝石造りの首飾りを彼の喉に填めながら、王妃は言った。
ベーオウルフは微笑した。「この様な見事な宝石が無くとも、フロースガール殿の宮廷で受けた厚い御持て成しを、どうして忘れて良いものでしょうか」
「忝い。フロースガールの宮廷の者は、決して貴方の事を忘れますまい」彼女は入ってきた時と同じ様に、侍女に囲まれて静々と厳かに、カーテンの間から出て、婦人部屋に戻っていった。
宴は長く長く続き、フロースガール王は自ら吟遊詩人の手から竪琴を取って、若い頃戦士等が長い冬の夜、炉辺で歌い回した物語歌を歌って聞かせた。外はとうに暗くなっていたが、もはや闇を恐れる者も無く酒盛りは続き、火は赤々と燃え上がり、杯は手から手に渡り、やがて皆の瞼は重くなり、寝る時間になった。そこでフロースガールは立ち上がり、セイン等にお休みを言って、王妃ウェアルフセーオウの待つ自室へと引き下がった。ベーオウルフと剣の同胞は、その身分に相応しく設(しつら)えた客用の間に連れて行かれた。<鹿のヘオロット>では、王の家内の用を足すセイン等が其々の場所に横になって眠りについた。どの男も武器を抱き、まるいシナの木の楯を頭上の壁に掛けて。
ベーオウルフ 3 イラスト描くための忘備録
3フロースガールの館
ベーオウルフの方は相手の、威厳ある中にも柔和な面差しを記憶の片隅に留めていた。だが、フロースガールは早や老い、顔の皺は歳月による刀痕(かたなきず)さながらに深くなり、幅広の黄金の衿の上に突き出した顎鬚は、穴熊の毛皮の様に灰色だった。
「では真であったるか」老人は長い沈黙の後、考え込みながら言った。
「よもやと思うた・・・・が、喩え百の戦士の中に紛れて居ろうとも、そちの顔にははっきり見覚えがあるぞ。最後に会うた時そちは、肩の高さは猟犬のガルムと同じ位であったがな。
我門番たるセイン、ウルフガールがイェーアトの王の甥御ベーオウルフ殿が来て、外の客用腰掛で待っておられると申すのを聞いて、儂の心は躍った―――この上も無い嬉しいお越しじゃ。歓迎いたす、そちもお仲間も。しかし、何故そちも、父上と同じ様に此処に来られた?ウュルヴィングの誰かを手にかけられたか」
ベーオウルフは、老人の面上に束の間閃いた悲しげな微笑に頭(かぶり)を降って答えた。「いえいえ、フロースガール王。海を往く者がイェーアトに参って、デネの王と民の上に降りかかった災厄を語ってくれました。それ故、私と、剣の同胞は、夜中にヘオロットを徘徊するものを追い払うお手伝いを致すべく参ったのです。ひとは我腕を三十人力と申します。」かれは言いながら腕を挙げ、半ば誇らし気に、又半ば乞い願う様に、それをオウの方へ差し伸べた。「我父の蒙った御恩ゆえ、この腕を陛下にお役立てしたい。どうぞ私と仲間に、今夜館に泊まるお許しをお与え下さい」
フロースガールは両手に顔を埋め、再び上げ、灰色の甲冑姿で槍の様にすっくと立っているベーオウルフに、長い事熱い眼差しを注いだ。そして漸く口を開いた。
「では友誼の為に来られたという訳じゃな。この世が若かった頃の父上エッジセーオウの儂の契りの為に。だが、早まるものでは無い。<夜陰の死の影>に対して力と勇気を試さんとした者の上には、必ず恐ろしい死が降りかかっておる。如何に三十人力で在ろうと、グレンデルには歯が立つものでは無い。限り在る人の定めを越えておる。そちの前に試した勇士達も、皆若く力に溢れていた。
だが、若さと力も役には立なんだ。そちを此処へ連れて来た昔の友誼に賭けて、儂は願う。取り返しのつかぬ事になる前に、よくよく考えて欲しいと」
「我等は皆、とっくと考えました。夜、何が起ころうとも、今更悔いは致しませぬ。総ては、人の運命を織る女神ウィルドの定めの侭となりましょう」
王の面上には大いなる希望の光が、ゆっくりと差し染めた。王は、彫刻の在る高い椅子の上で、しゃっきり背を伸ばした。
「では、そうなさるがよい。エッジセーオウの子ベーオウルフよ、儂はそちの申し出を受けよう。今夜我館で眠られよ。だが暫しは、我セイン等に立ち混じって、元気良く飲み食いなされるがよい」
是に対して、ベーオウルフと王の遣り取りにじっと耳を済ませた家中の者は、どっと歓声を上げた。そして混み合った腰掛に場所が空けられ、暖かい歓迎の言葉が浴びせられた。ベーオウルフはフロースガール王の二人の若い王子の間に席を占めた。湯気の立つ猪肉と鰻のパイが供され、両手には大きな角杯を押し込めらて、ヘオロットの館では、乾いたブナの樹皮が投げ込まれ焚き火さながら、宴がたけなわとなったのである。
だが、ただ独り、ベーオウルフの来訪を喜ばぬ者があった。王の足元に座っていた、伝令使にして道化師のウンフェルスは、人が己に優る栄誉を得る事に我慢がならなかった。妬み深く舌に刺が在り、気性の激しいこの男は、宴の歓声が一頻り収まるのを待ち、酒の勢いも手伝って立ち上がると、長身の賓客に向かって冷たいぶっきらぼうな口調でこう言った。
「御主は真にそのベーオウルフ殿とやらか。冬の海で、ベーアンスターンの子ブレカ相手に腕比べをしたと聞き及ぶが」
王子等と談笑していたベーオウルフは顔を上げ、言葉の相手を見た。
王座の下に立っている男は、陰気な顔を酒に紅く染め、眼を光らせ、揶揄するような笑いを浮かべていた。
「では、噂の方が先にデネに届いていたのか」とベーオウルフは言った。
「いかにも、結構な話ゆえ、皆の耳に入っている」ウンフェルスは僅かによろめいて、足を踏み締めた。「御主の一族郎党はその様な愚かな真似を諌めたそうな。だが、御主は歯牙にもかけず、嵐の近づく海に乗り出した。七日七夜、御主等は戦ったと聞く。だが、最後に勝利を得たのはブレカであった。別の鶏の糞の山の上で鬨を作る鶏の様に此処に現れる前に、よう考えるべきであったな。グレンデルはベーアンスターンの子ブレカより遥かに獰猛で恐るべき敵だぞよ」
細長い広間には一瞬、沈黙が流れた。聞こえるのは、暖炉で爆ぜる火の音、二頭の猟犬が一つの骨を争って鳴く声ばかりだった。やがてベーオウルフは飛び立つ様に立ち上がり、弾みに杯が倒れて、酒は多色の敷石の上にだらだらと零れた。彼は気性の穏やかな人間であり、滅多に怒る事は無く、侮辱の言葉は速やかに忘れた。為に初めは彼を侮る者も、後にはその様な振る舞いの浅薄さを悔いるのである。だが、彼とても怒りを発する事は在り、今が其の時であった。
「ならば、貴殿も噂を聞いたのだな。だが結末が違っているようだ、大口を叩く男よ。恐らく耳まで麦酒(ビール)漬けになっていて、良く聞えなかったのであろう。あれは愚かな腕比べ、貴殿の申された通り、若気の過ちであった。ブレカも私も若く、決して仇同士などではなかった。我等は互いに、多くのセイウチを陸に引き摺り上げる事無く殺す事が出来ると、自慢し合い、いざ其れを試してみる段になった。で、各々小舟に乗り込み、<鯨の道>を目指した。我等は抜き身を手にし、傍らにはセイウチ用の長い鉤と槍を携えたが、剣は万一の場合に身を守る為のもので、相争う為のものでは無かった。五日の間、我等は舟を並べて進んだが、求めるセイウチは見出せなかった。やがてフィンランドの沖に来た時、大嵐が起こって、互いの舟を違う方向へ吹き流し、夜が明けてみると、岸が近かった―――そして、私はセイウチの群れを見つけたのだ。
彼らは波間に漂って居り、一番大きな奴が舟に向かってきた。私は槍で突き刺したが、急所を外したので、尚も縺れ合って戦ううち、波に煽られて舟は転覆し、我等は揉み合った侭氷の様に冷たい海底に沈んだ。其処で私は剣を抜いて、辛くも相手の息の根を止め、息絶え絶えに明るい海面さして浮かび上がった。すると、海獣共がうようよと、白い牙を剥いて、手足を喰い千切ろうと襲い掛かってきた。だが、手には未だ剣があったので、最後には九頭の大セイウチの死体と共に、フィンランドの海岸に打ち上げられた。後に聞けばブレカも又遥か離れた岸に打ち上げられたそうだが、彼はセイウチの群れには出くわさなかった。
故に競争に勝ったのは、ブレカでは無く、この私だ!」
ベーオウルフは、狼が敵に挑む時の様に、頭を仰け反らせ、凄まじい哄笑を込めて、こう言い放った。「王の道化師よ、貴殿の武勲は何一つ耳に入っておらぬが、何を以って私の武勲を問うつもりだ。もし貴殿が口でなく腕を振るう男であったなら、貴殿の王はとうの昔に、悪鬼グレンデルを追い払う戦士を見出していたであろう!」
居並ぶ戦士等の中から、どっと哄笑が上がり、ウンフェルスは痩せこけた面にいよいよ朱を注いだ。更に何か辱めの言葉を浴びせようと仕掛けたが、場の大勢は異邦人の方に合ったので、戯言であったと言わんばかりに肩を竦め、ニヤリとして、再び王の足元に丸椅子に腰を降ろした。
ベーオウルフはといえば、何事も無かった様に平然と腰掛に腰を下ろし、倒れた杯を立て、食べかけの麦菓子に戻った。
この様に宴は続き、人々はいよいよ歓楽を尽くし、竪琴弾きが立ち上がって王の暖炉の傍らで奏でた。やがて女達の居間に続く入り口を蔽っていた刺繍の懸物が引き揚げられたと思うと、其処には多くの女達を従えた婦人が立っていた。真紅のローブを纏い、眼も髪も黒く、頭には黄金の冠を頂き、両手に黄金の大杯を捧げている。
ベーオウルフの昔の記憶には、フロースガールに纏わるこの様な女性は居なかった。彼女は王の後妻であり、王よりも遥かに若かったが、一目見れば彼女が王妃ウェアルフセーオウである事は判った。王妃が、侍女達を従えて近づいてくると喜びの声がどよめき起こった。彼女は黄金の杯を先ず、王座のフロースガールに捧げ、広間の隅々にまで透る声で言った。「今宵、海の彼方の異国の勇士がヘオロットの宴に加われた事、婦人の部屋に迄聞えました。雄々しい望みを持って来られました事も。定めて私共の嘆きも終わる事で御座いましょう。さあ、愛しき陛下、杯を干して、お心を安んじなさいませ」
王が飲み干した後、王妃は杯をイェーアトもデネも無く、席に居並ぶ勇士の面々に回してゆき、一方侍女の一人が後に酒壺を提げ持って、王妃の後に従い、杯の中身が少なくなる事に注ぎ足していった。最後に彼女は、二人の王子に挟まれて賓客として座っているベーオウルフの許に来た。「ようこそ、いらっしゃいませ。エッジセーオウの子ベーオウルフ様。武運目出度く我等をお救いに見えた事、感謝します」
ベーオウルフは立ち上がって、彼女の差し出した杯を受けた。「武運目出度くとのお言葉は、戦いの後に承るべきもの」と笑い乍「気高き王妃様。感謝のお言葉は、此処に参った目的を果たしたその後に頂きます。けれど少なくともお約束致しましょう。もし、かの化物を退治出来なければ、決して生きながらえて故郷に楯を持ち帰る事はしますまい」そういって頭を仰け反らせ、杯を干して、彼女の手に返した。
だが、すでに広間の四隅は薄暗くなり、日が更に傾くにつれて、居合わせた者総ての胸にも影が集い始めた。デネの民にとっては、既に慣れ親しんだ影であった。するとフロースガールは王座より立ち上がり、ベーオウルフを呼び寄せた。
イェーアトの若者が彼の前に立つと、言った。「程無く黄昏じゃ。再びヘオロットに恐怖の影が及ぶ。そちはまだこの恐ろしい企てを思い切らぬか」
「私は理由も無く志を翻しは致しません。同道致した者も心は同じ。さもなくば、そもそもイェーアトから此処へは参らなかったでしょう。」
「では心して当り給え。もしこの戦いに勝てば、如何なる勇士も王から得た事の無い程の褒美を執らすであろう。今宵の闇が明けた時、そちが此処に立ってその褒美を受ける事を、儂は父なる神に祈りまいらせる。夜が明けるまで、ヘオロットはそちの物じゃ」こう言い置いて長身の老人は背を向け、己が宿命の重みに背を屈めつつ、後ろの扉か出て、既に王妃ウェアルフセーオウが引き取った寝室のある対へと向かった。
広間中の男達が三々五々別れを告げて、其々の寝室へと引き取ってゆく。奴隷達がベンチを片付け、架台を破風のある壁へ立て掛け、15人の戦士の為に藁を詰めたクッションと暖かい狼皮の敷物を広げた。それから奴隷達も去ると、ヘオロットに残るのはイェーアト人と、はや闇を縫うように忍び寄る恐ろしい物の怪の気配ばかりとなった。
「扉に芯張り棒を」最後の奴隷の足音が消えると、ベーオウルフは言った。「それにしても無駄であろうが、少なくとも奴がいつ来たかがわかる」
二人が命令に従って、滅多に使われぬ閂を填め込むと、後は他にする事も無かった。
最後の火が消え行くまで、一同はその周りに立って、互いの貌と赤い燠(おき)を交互に見遣りながら、口数少なく過ごしていた。朝日の太陽が拝めると確信している者は居なかったが、それでも首領に従ってこの冒険に出た事を誰一人悔いていなかった。十四人は一人又一人と、剣を傍らにして、武装の侭横になった。だが、ベーオウルフは鎖帷子を脱いで、剣と猪の頭を象(かたど)った兜とともに、血族でもあり、もっとも親しいウェーイムンドに渡した。トロールの輩に対して、人間の物具が役に立たぬ事は良く解っていたからである。斯様な化け物を、獲り拉(ひし)ぐ事が出来るとすれば、それは、生身の人間の力と、心に燃える真紅の勇気を以ってする他は無い。
それから、ベーオウルフも眠りに就こうとするかの様に、身を横にした。
ベーオウルフ 2 イラスト描くための忘備録
デネの海岸
ヘオロットの北方に崖の上に馬を進めていたフロースガール王の沿岸警備隊長は、フィヨルドの入り口の二つ高い岬の間から、見慣れぬ船が入ってくるのを見た。船足の速い、ほっそりと長い戦用のガレー船で、その船縁に立て掛けられた色付きの楯や、櫂を操る男達の具足がきらきら輝いていた。岬を過ぎて風が無くなったので、四角い縞の帆はだらりと垂、やがてはそれも降ろされて、船は多くの足を持つ海の生き物さながらに、浅い岩棚を持つ浜を目指して、飛ぶ様に進んできた。フィヨルドの突き当たりのその浜は、崖が鋭く切り立って落ち込む所であった。
警備隊長は眉を顰めて馬を回し、その横腹に踵を当てて、崖伝いに下へ向かう径へと推し進めた。浜の上のハエリニ羊歯と潮に灼かれた茂みを通り抜けた時、見慣れぬ戦船は軽やかに浅瀬へと入ってきた。乗組員は櫂を置き、船縁を躍り越えて、未だに船側に泡立っている白い澪に足を踏み入れるや、玉石の上、船を引き摺って潮の届かぬ処まで引き上げた。
十五人と長は見て取った。彼らがシナの樹の楯を船縁から外すとき、武具にも陽光が煌いた。だが、略奪を働く海賊に似つかわしい獰猛な仕草では無かった。長は再び踵で馬腹を蹴り、槍を手に彼らの真っ只中へ突っ込んで行った。蹄の音に彼らは振り向き、裏返しされた船の竜頭の舳先の周りに集まって、彼を待ち受けた。
中に一人、身の丈高く、曇天の海の様な目の色をした男が首領らしく見受けられたので、沿岸警備の長はそちらに向かって大胆に、また礼儀を失う事無く呼びかけた。
「海を越えて来た異国の方々よ、何処から来られた。そしてデネの海岸には何を求めて来られたのじゃ。見れば戦の物具姿だが、畑地を焼き払い、女や家畜を蹴散らす為に来られたようには思えぬ」
「確かに我らは武装して参ったが、戦いの相手はデネの民では無い」長身の男は答えた。「我らが何者かという事なら―――この私はイェーアトの王ヒイェラークの妹の子ベーオウルフ、この者たちは剣の同胞(はらから)、炉辺の友だ。此処に参った目的とは、数日前、ヒイェラークの宮廷に届いた噂によれば、デネのフロースガール殿が夜な夜な館を徘徊する怪物に悩まされ、それを退治する戦士を求めて居られるとの事であったので、我らは海岸を出て、<鯨(いさな)の道>に従って、灰色のバルト海を南に渡って来たのだ」
長い間、浜辺には白い波頭が砕け続け、警備の長は馬上から、目を細めて彼らを見つめていた。彼は老人であり、人を見る目が在った。やがて、頷いてこう言った。「左様か。フロースガール王と民は、長らくその様な戦士を待ち焦がれてきた。此方へ参られよ。王の館へご案内申そう」
「先ず、此処に残してゆく物の安全の事だが」ベーオウルフは手を伸ばして、その手を頭上の竜頭の舳先の膨らみに掛け、生在る物の様に撫で摩った。「旅が終わった処で、先ず世話をしなければ為らないのは、馬と船だ」
「そなた達の誇り高い船に就いては、ご心配あるな。信頼の置ける部下を遣し、満ち潮に備えて、急ぎ、櫂の垣を立て並べさせよう」老人は熱を込めて言った。「もし、そなた達が儂の眼に映る通りの勇者なら、直ぐにもフロースガール王の元へお連れ致す。長い事救いを待ち望んでおられたのじゃ」と、浜からハエリニ羊歯のハシバミの藪の中へと続く石ころ道を指した。
「それ、あちらへ参られよ」
道が細かったので、ベーオウルフ一行は一列になって、馬上の老いた長の後に続き、フィヨルドの奥へ登って行った。
灰色の甲冑の男の列がうねりながら進むにつれ、鎖帷子の輪が高く鳴った。風に撓(たわ)められた木々すらも打ち絶えた尾根の頂きに着くと、其処からは行き成り立派な敷石の道が伸びて、彼らは鎧の肩に海風の唸りを感じながら、一旦足を止めた。背後には今来た海路、即ちフィヨルドが二つの岬の間から海へ開けるのが見え、満ち潮に打ち揚げられた褐色の流木や何やかやの間には、戦船が日向ぼっこをする海豹(アザラシ)さながらに横たわっている。前方には、彼らが求めに来た未知の危険が在った。土地は足元から切り立って浅い谷となり、再び隆起して内陸の陰気な荒地となるが、一マイル程先、海岸と荒地の間の谷の窪地には、ベーオウルフが眩しげに眼を細めてみると、緑と褐色の耕作地、更に緑深い果樹園、また散らばる人家の屋根の中から一際抜きん出て大きな館が建っていた。そしてその館の方角に向かって、矢の様に真っ直ぐに、彼が今立っている立派な道が続いていた。
「あれがヘオロットで御座る」警備の長の声が耳元でした。「道は館の入り口まで真っ直ぐに続いておる。儂は海岸に取って返すが、そなた達は先に行き為され。船の事は心配には及ばぬ。しかと目配り致そう」言うなり、馬を半ば回して、背後の石ころ道を駈け去って行った。ベーオウルフ一行は彼等だけで、先に進んだ。
海岸に沿った高い尾根線を辿ってゆくと、程無く、緑の牧草地となり、牛や馬が草を食んでいた。大麦が既に畑の黒土を薄っすらと緑に蔽い、その両側に屋根をヒースで葺いた小屋の立ち並ぶ村落が在った。どの家の壁にも蜂の巣が懸かり、二三本の林檎の樹が在って、子供や犬や痩せた豚が遊んでおり、女たちは戸口で穀物を挽いたり、糸を紡いだりしながら、眼を上げて、見慣れぬ旅人を見送った。
どこも平和で穏やかに思えた―――日が未だ中天に在る今は。
近づくにつれ、集落の真ん中からは、王の館いよいよ高く聳え立った。<鹿のヘオロット>は他の家同様ヒース葺きで在ったが、破風の先には金鍍金の枝角が、誇らしげに天を仰いでいた。小高くなった入り口へと、道は続いている。其処に向かって彼ら十五人イェーアトの男は、野生の白鳥の羽ばたく音さながらの武具を鳴らしながら、歩いていったのである。
入り口には、一人のセイン(土地保有自由民)が槍に凭れていた。黒髪で、海水に洗われた黄色の琥珀の首飾りを掛けていた。一行がその前で立ち止まると、男は彼等に眼を据え、警備の長と同じ様にこう尋ねた。「このフロースガール王の館に厳しく武装して来られたとは、何方(どなた)か。また何用在って来られた?」
「我らの素性なら―――私はイェーアトの王ヒイェラークの妹の子、是成るは剣の同胞にして、炉辺の友」ベーオウルフは先と同様に答えた。「そして用向きは―――フロースガール王に申し上げたい。陛下直々にだ」
「では、少々お待ちを。フロースガール王に御名を取り次いで参る」男は、火のちらちらする背後の闇に消えた。其処からは話し声と焼肉の匂いが漂ってくる。
ベーオウルフらは扉の前の客用の腰掛に座ったが、待つ程も無く先のセインが戻ってきたので、その指示に応じて楯を重ね、トネリコの槍を壁に立て掛け、後に付いて、フロースガールの家中の者が肉の皿を囲んで居る所へ入っていった。
戸口から、多色の石を敷き詰めた床に一歩、踏み込んだベーオウルフの眼に映ったヘオロットは、真(まこと)大きく壮麗だった。館の中央の三つの炉には炎が燃え、煙が遥か頭上の屋根の開口部へと立ち昇っていた。立ち込める靄の中で、戦士等が長い卓を囲んで居り、卓上には蜜酒(ミード)の杯と猪の肉、又大麦の大きな菓子の山が並んでいた。壁面や屋根の梁には見事な垂れ布や、白いセイウチの牙で出来た飾り物が懸かっていた。腰掛の真上には、戦士等の楯や槍がぶら下っている。
フロースガールの王座は、ヒイェラークの館の様に中央では無く、奥の壇上に在ったので、イェーアトの戦士等は長い卓の列の間を通り抜けて、其処まで歩いて行かねばならなかった。彼らが通っていく時、総ての舌が動きを止め、総ての眼が彼らに、なかんずく長身の首領に向けられた。
壇の手前でベーオウルフは足を止め、堂々とフロースガールに向き合った。デネの王は両手で、彫刻のある大椅子の腕木を握り締め、身を乗り出して彼を見下ろした。