ベーオウルフ 4 イラスト描くための忘備録 | 萬日記 ガラクタ部屋とも云う

ベーオウルフ 4 イラスト描くための忘備録

一応これは出張先で読んで(読めればな・・・)描き溜めるものですから、出張が終わり次第削除の方向で。


4 グレンデル


春の夜も最も暗く深けた頃、今まで幾度も無くそうして来た様に、グレンデルは巣穴を出て荒地から下り、淡い月光の許霧を纏うようにしてヘオロットへやって来た。<夜の徘徊者>グレンデル、<死の影>グレンデルであった。彼は正面入り口に来て、辺りの匂いを嗅ぎ、人の居るのを嗅ぎ付け、又長い事開けっ放しだった扉に閂が下ろされているのを知った。彼は、己を閉め出そうとする者が居る事に、怒りの唸りを上げ、鈎爪の手の掌を扉に充てて、押し破った。

中は暗かったが、広間はそれに加えて彼の恐るべき影に満たされたように思われた。その影の中で、ベーオウルフは半ば撥ね起き掛けた後、じっと動きを殺して見つめたが、揺らめく緑の炎を上げている双の眼以外は、相手の姿も輪郭もはっきりしない。

グレンデルは屍さながらの身の毛もよだつような眼で、眠っている男達の姿を捉えたが、中に独り肘をついて身を起した者がいることには気づかなかった。喉声で笑いながら、悪鬼は猿臂を伸ばして、一番近くに寝ていた若いホンドシオーホを掴み、声を上げる間も与えず、手足を引き裂いて熱い血を啜った。そうして若い戦士の断末魔の悲鳴が消えやらぬうち、次の者に手を伸ばした。だが、今度伸ばした手は、今までに無く確りとした手、三十人力を持つ手に掴まれた。多くの者に恐怖を齎した怪物はこの時初めて、好敵手否(いや)、上手(うわて)の敵に出遭ったという恐怖の片鱗を味わったのである。

ベーオウルフは寝床から飛び起きて、闇の中でグレンデルをむんずと掴んだ。この上ない恐怖、罠に落ちた野生の獣の恐怖がグレンデルを襲い、最早、狩どころか、掴まれた万力のような手から身を振り捥ぎって、単(ひとえ)に闇夜と野の中に逃れたいと思うばかりになり、もがきながら凄まじい声で吠えた。ベーオウルフは歯を食い縛り、全力を込めて、腱も切れよとばかり、更にきつく握り締めた。両者は組み合った侭、よろめきつつ旋回し、大広間を行きつ戻りした。彼方此方と引き合う度に架台や寝棚がガラガラと崩れ、消えかかっていた燠の最後の光までが、二人の足元に踏み躙られ、四囲の壁を形作る頑丈な木材も裂けんばかりに軋み震えた。その間じゅうグレンデルは吼え叫んだが、ベーオウルフは荒い息遣いの音を漏らす以外は一言も発しなかった。

外ではデネ人等が、ヘオロットを真っ二つに引き裂きかねないこの騒ぎに、恐れ戦きながら聞き耳を立てていた。中ではイェーアト人等が、トロールの輩には刃が通らぬのも忘れ、抜き身を剣を手に寝棚から飛び起きたが、辺りは真っ暗で、怪物の眼から発する忌まわしい光しか見えなかったので、ベーオウルフを傷つけるのを恐れて、打ちかかる事が出来ずに居た。一人二人が辛うじて切りつけても、グレンデルの魔法の皮膚は、竜の鱗を帯びているかの様に、難なく刃を跳ね返した。

とうとう広間の隅々まで破壊され尽くした時、<夜の徘徊者>グレンデルは、最後の力を振り絞って身を解こうとした。ベーオウルフは変わらぬ膂力で相手を締め付けていたが、それでも両者は行き成り飛び離れた―――グレンデルは恐ろしい悲鳴を上げて、戸口へよろめき走り、其処を出て、喚きながら夜の闇の中へと逃げていった。勇士の手が相変らずむんずと掴んでいたのは、肩口から裂き取られた怪物の腕であった。

ベーオウルフが荒い息を吐(つ)きながら、砕けた腰掛に身を落とすと、飛び散った燠から点火した松明を手に、仲間がそれを取り囲んだ。そうして一斉に、彼が膝の上に横たえている物を見つめた。「いかなトロールでも、彼程(かほど)の痛手を受けては半日も生き長らえまい」と一人が言い。ウェーイムンドもまた頷いて言った。「最早息絶えて、ここの腰掛の間に横たわっているも同然」

「兎も角ホンドシオーホの仇は獲った」とベーオウルフ。之を勝利の徴(しるし)に壁に掛けよ。我等が好い気な法螺話をしたのでは無い証として」

其処で彼らは、鱗の在る大きな腕を、フロースガールの王座の上の梁の一つに釘で打ち付けた。

荒地には既に曙光が差し染めており、かの血腥い品が打ち付けられるや否や、デネ人等がヘオロットに戻ってきた。彼らは一斉にベーオウルフを取り囲み、痣と爪痕の出来た彼の肩を叩いて喜びの声を上げ、鈎爪の有る指が今にも掴み掛らんばかりにぶら下っている梁を見上げて大いに驚いた。多くの者が馬を曳いて越させ、グレンデルが点々を残していった血糊の痕を追って、丘を登り、湿地を越えて、やがて怪物が巣を構えている深く切れ込んだ入り江に辿り着いてみると、岩々に打ち寄せる波は悪臭を放ち、血に泡立っていた。一方他の者は一日を挙げて祝う事とし、若者達は組打ちをしたり、馬で駆け比べをしたりして、終日楽しく過ごした。王の竪琴弾きといえば、林檎の木の下を往きつ戻りつしながら、今宵は闇が落ちても果てる事が無いであろう宴の席で謡い聞かせるべく、ベーオウルフを讃える歌を作っていた。

最後にフロースガールと王妃も、主だったセインや侍女を従えて現れ、昨夜の戦いの物語を聞き、屋根の梁に打ち付けられた血みどろの戦利品を見上げた。

「私としては、<徘徊者>めを此処の寝棚の一つに押え込み、絞め殺してやりたかったのですが」ベーオウルフは肩を摩りながら言った。「それはなりませんでした。彼奴は、私の力を振り切って、ヘオロットから逃げ去りました。しかし、御覧の通り、貢物として腕を残して行きました。如何にグレンデルと言えども、是程の傷では命長らえる事は出来ますまい」

フロースガールは長い事無言で腕を眺めていたが、やがて若い戦士の貌に視線を移した。その眼には久方振りの強い光が灯っていた。「儂もそう思うぞ。グレンデルによって、儂も我民大いなる憂き目をみて来た。ヘオロットが建てられてからというもの、儂は多くの忠義な勇士を失ってきた―――この館は本来喜びの源になる筈であったのに」

「しかし悲運は過ぎ去りました。今こそ御慶びを」ベーオウルフは言った。

「いかにも、今こそ我等の慶びの時じゃ・・・・其れもみなそちの御蔭。父上エッジセーオウもヴァルハラにて、そちの勝ち得た名声を喜んで居られよう。母上ももしご存命ならば、我宮廷にて産み落とされた御子が、老いたる儂の友となり、救いの戦士となられた事で天の父の御名を褒め称えられる事であろう」フロースガールが、ベーオウルフのがっしりした両肩に腕を回し、涙せんばかりであった。

「今日この日より、そちは我愛する息子じゃ。実の息子に与えるものは総てそなたに与えよう」

昨夜の狼藉の跡は広間から跡形も無く片付けられ、暖炉の周りには真新しい羊歯が撒(ま

)かれ、壊れた腰掛や架台の代わりが運び込まれ、壁には女達の棟から持ってこられた新しい刺繍の懸物で覆われた。新たに熾された火に照らし出されたそれには、狡猾な長虫と蛇の尾を持つ鳥が黄金の糸で縫い取られて輝いていた。この最初の夜に、ヘオロットでは未曾有の盛大な宴の用意が遽(あわただし)く進められた。フロースガールは、ベーオウルフを王座の傍らに座らせ、広間の隅々までデネ人とイェーアト人が入り混じって席に就き、勇士ベーオウルフの勲しを讃えて、大きな杯から蜜酒を干し、賑やかに歓楽を尽くし、広間が静まりかえったのは、竪琴弾きが今朝方林檎の木の下で作った勝利の歌を披露した時ばかりであった。

宴が最高潮に達すると、フロースガールはセインの幾人かに声を掛けた。

「愈々、(いよいよ)贈物の辰(とき)じゃ。行って、儂がイェーアトの戦士方の為に用意した贈物を持って来るがよい。方々は天晴れ見事にそれを勝ち得られたのじゃ」

こうしてセイン達は出て行き、やがて財物の重み背を屈めながら戻ってきて、それらを王の前に煌びやかに山と積み上げた。

そうして王はベーオウルフに、金糸で縫い取った見事な旗、兜、鎖帷子、珍らかな黄金の杯、ドワーフ等が遥か昔に地底の洞窟で鍛えた重い大剣等を与えた。それから八頭の駿馬が曳いてこられ、イェーアトの首領は受納の徴(しるし)に、それ等の誇り高い鬣(たてがみ)手を触れた。中でも逸物の一頭の雪白の背中にフロースガールは、金箔を張り、赤い珊瑚とバルト海の黄色の琥珀で飾った自らの鞍を置かせた。ベーオウルフの仲間一人一人にも、首領のと同じ見事な剣が与えられた。「これで十四じゃ」最後の剣を最後の戦士の手に渡しながら、フロースガールは言った。「十五人目が居らぬのは真に遺憾。だが、剣は死人には用無き物であろう。故に昨夜命を落としたホンドシオーホの為には―――是を」とベーオウルフに、その日量り分けたばかりの黄金の腕輪を詰めた袋を渡した。「勇士の身代じゃ―――イェーアトの国で、帰らぬ彼を待つ身内の者の為に」

「故郷の岸に降り立ったその日が暮れぬ内に、黄金と陛下のお言葉を、ホンドシオーホの身内に届けるでありましょう」ベーオウルフは答えた。かの若い戦士の仇は討ったと云うものの、盟友を一人失って帰る事を思うと、黄金を受け取って自らの贈物の傍らに並べながらも彼の心は重かった。

馬達が未だ足を踏み鳴らし、頭を振りたてて、火に怯えて嘶いているうちに、昨晩同様、貴婦人部屋に通じるカーテンが開いて、王妃ウェアルフセーオウが真紅のローブを纏い、額に黄金の冠を戴いた姿で、侍女を従え、堂々と入ってきた。

今夜も先ず蜜酒の杯王の処に捧げて行き、王は口を漬けて飲んだ。「陛下は新しい御子を喜び迎えて、贈物を為さいました」と微笑みながら言った。「今度は私の番です。婦人部屋の方からも贈物を持って参りました」ベーオウルフの方に向き直って、彼にも杯を捧げた。「お志(ここざし)誠(まこと)に忝(かたじけな)く思います。之より後も末永く雄々しく、皆に慕われなさいますように。私の息子は今は貴方の弟、この者共の友となり、兄となって下さいますように。貴方程の方は亦とは居りますまい」

従ってきた侍女達の手から、王妃は、領主にこそ相応しい二つの黄金の腕輪と鎖帷子を受け取ったが、余りにも精緻なその帷子は、彼女の手から絹の様に襞を成して垂れ、鮭の皮の様に銀色に輝いていた。また最後に、ベーオウルフが見た事も無く、夢にすらも思わなぬ古(いにし)えの名工の手になる宝石造りの首飾りを、王妃はその手に受け取った。それらを、彼女はイェーアト人の首領に差し出したのである。


(この辺の訳はちょっとこのように変えると良いかも知れない。音感の通りをよくしたほうがリズム感が生まれると思う。


王妃は侍女から、

領主にこそ相応しい二つの黄金の腕輪と

精緻な鎖帷子と

宝石造りの首飾りを受け取った。

なかでもその帷子は、彼女の手から絹の様に襞を成して垂れ鮭の皮の様に銀色に輝いていた。

それらを彼女はイェーアト人の首領に差し出したのである。


(変更お終い)


「ベーオウルフ殿、私共の事をお忘れになる様な事は有りますれば、是をお用いなって思い出して下さりませ」と最後にベーオウルフが見た事も無く、夢にすらも思わなぬ古(いにし)えの名工の手になる宝石造りの首飾りを彼の喉に填めながら、王妃は言った。

ベーオウルフは微笑した。「この様な見事な宝石が無くとも、フロースガール殿の宮廷で受けた厚い御持て成しを、どうして忘れて良いものでしょうか」

「忝い。フロースガールの宮廷の者は、決して貴方の事を忘れますまい」彼女は入ってきた時と同じ様に、侍女に囲まれて静々と厳かに、カーテンの間から出て、婦人部屋に戻っていった。

宴は長く長く続き、フロースガール王は自ら吟遊詩人の手から竪琴を取って、若い頃戦士等が長い冬の夜、炉辺で歌い回した物語歌を歌って聞かせた。外はとうに暗くなっていたが、もはや闇を恐れる者も無く酒盛りは続き、火は赤々と燃え上がり、杯は手から手に渡り、やがて皆の瞼は重くなり、寝る時間になった。そこでフロースガールは立ち上がり、セイン等にお休みを言って、王妃ウェアルフセーオウの待つ自室へと引き下がった。ベーオウルフと剣の同胞は、その身分に相応しく設(しつら)えた客用の間に連れて行かれた。<鹿のヘオロット>では、王の家内の用を足すセイン等が其々の場所に横になって眠りについた。どの男も武器を抱き、まるいシナの木の楯を頭上の壁に掛けて。