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とても久しぶりのブログになりました。
今、このブログの方向性を考えています。
今日は母の病院に付き添う日でした。
特にどこかが悪いわけではないですが
母が月に1回かかりつけのお医者さんへ
行く時は私が一緒に行っています。
その帰り道、少し時間があったので
私のアパートのある近くの
雑木林のあたりを車で通りました。
このあたりは、鶯の声が
良く聞こえるのです。
春になると・・特に5月位は
本当によく聞こえてきます。
初めて聞いた時は
「本当にホーホケキョ」って鳴くんだ!と
感動したものでした。
鶯の声なんて、サザエさんでしか
知らなかったですから(^^)/
それを母にも聞かせてあげたくて
おそらく鶯が止まっていると思われる
雑木林の近くに車を停めました。
ちょっとすると
「ケキョケキョ」
「あ、お母さん、今聞こえたよ」
「え、本当?」
「あ、ごめん後ろの窓開けてなかったね」
母が坐っている後部座席の窓を開けると
「ホーホケキョ」
「あ、聞こえた聞こえた♪ほんとだ!」
喜ぶ母。
そしたら、鶯も心得たのか?
何度も鳴いていました。
そしたら母が嬉しそうに一言。
「可愛いね~
有難う。鳴いてくれて。」
その言葉に、私ははっとしました。
有難う、鳴いてくれて
その発想が私には全くなかったから。
私は「聞こえた!やった!」という
感覚しかなかった。
でも母は自然と、鶯に有難うって言えてる。
なんて優しい感覚を持っているんだろう。
今さらながらびっくりしました。
いえ、本当は知っていました。
母は植物や動物など、物言えぬものに対して
とても優しい気持ちを昔から
持っている人なんです。
私はもの心付くころ(その前から?)から
ずっと母が怖くて苦手で
それを掘り返せば、色々あり過ぎて
それは今も心の傷として残っていて
全部解消された訳ではありません。
母の過去の言動や、行いのいくつかは
「毒親」というカテゴリーに
当てはまるものもあります。
この上ない優しさを持ち合わせて
いるのも母だし
私をガッツリ傷つけたのも母。
同じ人です。
おそらく母は昔からこの2つの
要素はずっと持っていました。
今もそれほど変わっていません。
でも、母の言葉に私は素直に
感動できました。以前ではなかったこと。
それは多分
私が母のどこに目を向けるか
が変わってきたからだと思います。
以前は母の優しい部分は殆ど目に
入らなかった。
でも、自分が癒されて
自分軸を少しずつ作っていったら
母の優しい部分が感じられるように
なってきました。
時々、腹が立つことがあると
自分を傷付けた過去の母に
フォーカスしてしまうこともあるけど
それはその都度、思い直したり
本音を話したりして、解消するようにしてます。
母に対する恨みとか文句は
もうあまりありませんが
でも、後遺症のような心の傷は
正直まだあり、それが自分の
ネックになっていることもあります。
それでも、昔に比べれば
本当に母との付き合い方は
穏やかで、苦しくなくて
幸せな感じになったな~ と
思った日でした。
あなたが愛で生きることを応援しています。
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