STAP細胞の話のついでに
実験室で割烹着を着て、濃い目の化粧をした若い研究者の評価が真っ逆さまに低下しつつあり、メディアは格好の獲物を見つけ、喜々として笑んでいる様子が新聞の週刊誌の宣伝文句に見出せる。
真実はよく分からないが,根掘り葉掘り過去の業績を見聞されると研究倫理上驚くレベルのことが露わにされる。彼女のこれからの人生を想像すると気の毒な気持ちになる。また、「もしかしてだけど、もしかしてだけど、あんた達の業績も一緒なんじゃないか?」などと、最近のお笑い芸人のフレーズによるテレビ広告が頭をよぎる人たちもいるはずなので、心理学の先生だという母親や姉も辛いことだろう。
大量のコピーペーストが行われた博士論文,既に公刊されている論文などが探し出されると,弁解のしようもなくなるわけで,コンピュータやネットワークの信じられない速度の発達が生み出した罪は大きいという思いが強い。自分が探し出して読んだ論文の一部がその研究者のエフォートやその重み・苦労を顧みることなく切り取りパソコン画面に貼り付けると,自分が生み出した知識のような錯覚を生むのだろうか。罪悪感がないので(知らないので)、「それはあかんやろう」という分量のコピペをするのだろう。技術の進歩は罪を生む側面もあることは,このこと以外の他の最近の技術の進歩からもつぎつぎ思い当たる。
コンピュータやネットワークが存在しない時期から研究者生活を始めたので、過去40年ほどの間の研究活動の様変わりを振り返ると、自らも「便利になったけどダメになったなあ」と考えてしまうことが少なくない。第一、この原稿を書くのもパソコンへの直接入力でしか書けなくなった。タイプライターやワープロを使い始めの頃は原稿用紙に下書きを書き、それを清書するという段階があった。自宅で朝に何行か書いた英文を大学にしかないタイプライター(これは死語かな)で少しずつ清書していたものである(こんな時には修正された英文から英語の書き方がしっかり会得できた気がする)。外国の映画などで、タイプライターに向かっていきなり文章を打ち始める姿にあこがれたものだ。今では原稿用紙を渡されても、昔と違って文章が書けなくなっている自分がいるが、良いことなのだろうか考え込まざるを得ない。40歳頃までの手書きで下書きを作り,それを清書するという作業には、前もって構成をしっかり構築するという作業が不可欠であった。いきなりパソコンの画面に文字を打ち込む作業をすると修正や編集が容易なので、とりあえず書き込んで後で、移動させたり継ぎ足したりというのが常態化している。とりあえず書き始めるというスタイルよりも、構成をしっかり考えてからの方が、全体のバランスもわかるのではないかと考えると、思考力の退化が促進されたのではないかと思う(使える万年筆がないのだけれど、購入して手書きに戻り忘れている漢字を確認しながら通いのではという気持ちが浮かばないでもない)。
手書きではないので、割烹着の研究者も借り物(盗用)の部分と自分の書いた部分が判別できなくなってしまい、自分が書いたような感覚になっていたのではないだろうか。論文投稿のために、製図器具を用いて自ら作図したり、自分で接写して顕微鏡写真を作成したりなどの、手作業を自分でできなければ研究者には成れなかった頃であれば、他人のデータや文章を安易にコピペすることなど不可能なわけで、コンピュータやネットワークの発達が生み出した負の側面は大きい。コンピュータが出現するまでの実験や論文作成が簡単ではなく大変だったことは、「左右脳神話の誤解を解く:化学同人社刊」を読んでもらえれば分かるというものである。
話は飛躍するが、今回のSTAP細胞騒動で、改めて科学的であることや科学者倫理が問われている。科学的であることの証明手続きは斯くあるべきであるという情報には、次の本を推薦したい。「本当は間違っている心理学の話:50の俗説の正体を暴く」というきわ物風のタイトルが付いていますが、60頁もの参考文献がリストアップされているしっかりした本です。化学同人社刊で,八田・戸田山・唐沢(監訳)の本文は340頁もあります。今日あたりから店頭に並ぶはずです。グループで翻訳したものですが全体を見直す作業を担当したので、文責はあります。宣伝する責任もあろうかと、STAP細胞の話のついでに宣伝するということであります。何卒宜しくお願いします。
真実はよく分からないが,根掘り葉掘り過去の業績を見聞されると研究倫理上驚くレベルのことが露わにされる。彼女のこれからの人生を想像すると気の毒な気持ちになる。また、「もしかしてだけど、もしかしてだけど、あんた達の業績も一緒なんじゃないか?」などと、最近のお笑い芸人のフレーズによるテレビ広告が頭をよぎる人たちもいるはずなので、心理学の先生だという母親や姉も辛いことだろう。
大量のコピーペーストが行われた博士論文,既に公刊されている論文などが探し出されると,弁解のしようもなくなるわけで,コンピュータやネットワークの信じられない速度の発達が生み出した罪は大きいという思いが強い。自分が探し出して読んだ論文の一部がその研究者のエフォートやその重み・苦労を顧みることなく切り取りパソコン画面に貼り付けると,自分が生み出した知識のような錯覚を生むのだろうか。罪悪感がないので(知らないので)、「それはあかんやろう」という分量のコピペをするのだろう。技術の進歩は罪を生む側面もあることは,このこと以外の他の最近の技術の進歩からもつぎつぎ思い当たる。
コンピュータやネットワークが存在しない時期から研究者生活を始めたので、過去40年ほどの間の研究活動の様変わりを振り返ると、自らも「便利になったけどダメになったなあ」と考えてしまうことが少なくない。第一、この原稿を書くのもパソコンへの直接入力でしか書けなくなった。タイプライターやワープロを使い始めの頃は原稿用紙に下書きを書き、それを清書するという段階があった。自宅で朝に何行か書いた英文を大学にしかないタイプライター(これは死語かな)で少しずつ清書していたものである(こんな時には修正された英文から英語の書き方がしっかり会得できた気がする)。外国の映画などで、タイプライターに向かっていきなり文章を打ち始める姿にあこがれたものだ。今では原稿用紙を渡されても、昔と違って文章が書けなくなっている自分がいるが、良いことなのだろうか考え込まざるを得ない。40歳頃までの手書きで下書きを作り,それを清書するという作業には、前もって構成をしっかり構築するという作業が不可欠であった。いきなりパソコンの画面に文字を打ち込む作業をすると修正や編集が容易なので、とりあえず書き込んで後で、移動させたり継ぎ足したりというのが常態化している。とりあえず書き始めるというスタイルよりも、構成をしっかり考えてからの方が、全体のバランスもわかるのではないかと考えると、思考力の退化が促進されたのではないかと思う(使える万年筆がないのだけれど、購入して手書きに戻り忘れている漢字を確認しながら通いのではという気持ちが浮かばないでもない)。
手書きではないので、割烹着の研究者も借り物(盗用)の部分と自分の書いた部分が判別できなくなってしまい、自分が書いたような感覚になっていたのではないだろうか。論文投稿のために、製図器具を用いて自ら作図したり、自分で接写して顕微鏡写真を作成したりなどの、手作業を自分でできなければ研究者には成れなかった頃であれば、他人のデータや文章を安易にコピペすることなど不可能なわけで、コンピュータやネットワークの発達が生み出した負の側面は大きい。コンピュータが出現するまでの実験や論文作成が簡単ではなく大変だったことは、「左右脳神話の誤解を解く:化学同人社刊」を読んでもらえれば分かるというものである。
話は飛躍するが、今回のSTAP細胞騒動で、改めて科学的であることや科学者倫理が問われている。科学的であることの証明手続きは斯くあるべきであるという情報には、次の本を推薦したい。「本当は間違っている心理学の話:50の俗説の正体を暴く」というきわ物風のタイトルが付いていますが、60頁もの参考文献がリストアップされているしっかりした本です。化学同人社刊で,八田・戸田山・唐沢(監訳)の本文は340頁もあります。今日あたりから店頭に並ぶはずです。グループで翻訳したものですが全体を見直す作業を担当したので、文責はあります。宣伝する責任もあろうかと、STAP細胞の話のついでに宣伝するということであります。何卒宜しくお願いします。
ポジティヴ・シンキング
先週の木曜日は久しぶりに自宅で学外日を過ごせた。寒い日が続くにもかかわらず、春の到来は近づいているようで、芝生の間から雑草の青い芽がでているのが気になりだす時期である。家内が留守なので、「草むしりをしょうかな」、「しかし寒いし腰を悪くするかも」と思案していた頃に、電話があり友人が自宅に来ることになった。草引きは順延である。
出前の昼飯を食いながら研究の将来構想(妄想かも)を久しぶりにゆっくりと披瀝し合ったことである。一致したのはポジティヴ・シンキングが今後の保健活動の鍵になることだろうという点であり、進めている八雲研究もその視点を重視しようということであった。
数年前からポジティヴ心理学関連の書籍や発表が日本でも散見される。心理臨床の取り組みを、過去を振り替えさせることでの治療から将来を向かせる方向への発想転換を主張するものである。逆行性の反すう思考から順行性のポジティヴ思考への変換の基本エネルギーは「感謝(gratitude)」と考えるグループもあるらしい。「これまでお礼を言っていなかった人に礼状を書こう」などをさせるらしく、日本版の心理療法で1970年代に話題となった「内観療法:(注)独りで狭いスペースに座して家族にしてもらったことを回想させる手法で非行少年の心理療法として脚光を浴びた」に似ているのかも知れない。
怪しげな話ではないかと調べてみると(インターネットはこういうとき便利)、実証的な研究も米国ではかなり行われつつあるようなので、精査せねばなるまい。すでにポジティヴ心理学ではなくポジティヴ神経心理学という表題の本が今年に入って米国で著名な会社から出版されたということも教えてもらった(さっそくアマゾンで注文したが数週間は届かないけど)。
感謝することは過去の事象を振り返り、こだわり続けるよりも、将来へと芽を向けさせる動機付けになるというのは科学的な事実なのかは、重要な点である(いくつかの実証研究例がネットでは見つけられるけれども)。少し勉強したい気持ちに駆られる。今週半ばの高校の卒業式で、「ありがとうが、次のありがとうを生む」と述べた理事長や所属長の式辞の科学的実証ということかも知れない。上手くいけば学園の理念「感恩」は「gratitude science」であり、福祉科学大学の理念は新しい輝きをもたらすかも知れない。
対人援助は医学を始めとして、現在の病態や心理状態をもたらす過去の源を探すことに強い志向性を持つのが一般常識であるが、肥満やガンに何故なったのか、鬱状態を引き出した原因を明らかにしても、「その後どうするの?」への前向きの動機付けが起きにくいのが現状であるのであれば、ブレイクスルーは前向きの志向性をどのように育てるのがよいのか、それが感謝であるとするならば心理学の役割は以前にも増して重要となるのではないか、などと妄想(まだ確固とした論理が自らのものとして構築できないという意味で)を展開していたことである。
彼が帰った後、ぼんやりテレビを観ていると2004年放送の小野田寛郎のドキュメンタリー番組が放映中であった。対談者は戸井十月というドキュメンタリー作家で確か昨年65歳で亡くなったはずである。小野田寛郎は今年の1月に91歳で死去したので、NHKが再放送をしたのであろう。途中から観ただけなのだが、フィリピンのルパング島で終戦後30年間生き続けた小野田少尉はポジティヴ・シンキングの権化みたいな印象を持った。情報将校であった彼は、終戦を信じずにその後も30年間戦争をし続けた人で、生存が確認された後の何年間も捜索隊を、敵の陰謀と見なして信じなかったが、偶然に日本人の若者と遭遇して、上官の命令以外受け付けないことを披瀝した、その後上官が駆けつけたことで、投降し帰国につながったのである。もともと頑なな性格の人ようだが、ジャングルでの30年の生存を可能にしたのはポジティヴ・シンキングに集約されると感じたことである。
帰国して周囲に振り回されることに気づくと一転ブラジルに移住して牧場経営を成功させた、行動力がある人のようで、インタビュアーの戸井がいろいろな問いをするのに対する回答は決まって、「生きていかねばならない」、「過ぎたことを考えてもしようがない」というものであったので、まさにポジティヴ・シンキングそのものである。戸井が何度も失われた30年間を悔恨の言葉に繋げようとするのだが、小野田は「30年でいろいろ学んだことがあるので、牧場経営に役立った」と決してネガティブには捉えないことが印象的であった。
注文している書籍の中身みないと何とも言えないが、ポジティヴ・シンキングの基幹エネルギーが感謝であり前向き志向をもたらすことを検証できるか、近年密かに提唱している「be imitative:何事でもおもしろがってやってみる前向き志向」が感謝で増進できるのかは、興味深い研究課題である(と推論する)。10年単位での研究動向の推論はこれまではあまり外してこなかった、と失敗したことは忘れてポジティヴ・シンキングしておきます。僕にはそれに注力する時間が十分には残されていないのが現実なので、責任は持てないけれど誰かやりませんかとけしかけておきます。
出前の昼飯を食いながら研究の将来構想(妄想かも)を久しぶりにゆっくりと披瀝し合ったことである。一致したのはポジティヴ・シンキングが今後の保健活動の鍵になることだろうという点であり、進めている八雲研究もその視点を重視しようということであった。
数年前からポジティヴ心理学関連の書籍や発表が日本でも散見される。心理臨床の取り組みを、過去を振り替えさせることでの治療から将来を向かせる方向への発想転換を主張するものである。逆行性の反すう思考から順行性のポジティヴ思考への変換の基本エネルギーは「感謝(gratitude)」と考えるグループもあるらしい。「これまでお礼を言っていなかった人に礼状を書こう」などをさせるらしく、日本版の心理療法で1970年代に話題となった「内観療法:(注)独りで狭いスペースに座して家族にしてもらったことを回想させる手法で非行少年の心理療法として脚光を浴びた」に似ているのかも知れない。
怪しげな話ではないかと調べてみると(インターネットはこういうとき便利)、実証的な研究も米国ではかなり行われつつあるようなので、精査せねばなるまい。すでにポジティヴ心理学ではなくポジティヴ神経心理学という表題の本が今年に入って米国で著名な会社から出版されたということも教えてもらった(さっそくアマゾンで注文したが数週間は届かないけど)。
感謝することは過去の事象を振り返り、こだわり続けるよりも、将来へと芽を向けさせる動機付けになるというのは科学的な事実なのかは、重要な点である(いくつかの実証研究例がネットでは見つけられるけれども)。少し勉強したい気持ちに駆られる。今週半ばの高校の卒業式で、「ありがとうが、次のありがとうを生む」と述べた理事長や所属長の式辞の科学的実証ということかも知れない。上手くいけば学園の理念「感恩」は「gratitude science」であり、福祉科学大学の理念は新しい輝きをもたらすかも知れない。
対人援助は医学を始めとして、現在の病態や心理状態をもたらす過去の源を探すことに強い志向性を持つのが一般常識であるが、肥満やガンに何故なったのか、鬱状態を引き出した原因を明らかにしても、「その後どうするの?」への前向きの動機付けが起きにくいのが現状であるのであれば、ブレイクスルーは前向きの志向性をどのように育てるのがよいのか、それが感謝であるとするならば心理学の役割は以前にも増して重要となるのではないか、などと妄想(まだ確固とした論理が自らのものとして構築できないという意味で)を展開していたことである。
彼が帰った後、ぼんやりテレビを観ていると2004年放送の小野田寛郎のドキュメンタリー番組が放映中であった。対談者は戸井十月というドキュメンタリー作家で確か昨年65歳で亡くなったはずである。小野田寛郎は今年の1月に91歳で死去したので、NHKが再放送をしたのであろう。途中から観ただけなのだが、フィリピンのルパング島で終戦後30年間生き続けた小野田少尉はポジティヴ・シンキングの権化みたいな印象を持った。情報将校であった彼は、終戦を信じずにその後も30年間戦争をし続けた人で、生存が確認された後の何年間も捜索隊を、敵の陰謀と見なして信じなかったが、偶然に日本人の若者と遭遇して、上官の命令以外受け付けないことを披瀝した、その後上官が駆けつけたことで、投降し帰国につながったのである。もともと頑なな性格の人ようだが、ジャングルでの30年の生存を可能にしたのはポジティヴ・シンキングに集約されると感じたことである。
帰国して周囲に振り回されることに気づくと一転ブラジルに移住して牧場経営を成功させた、行動力がある人のようで、インタビュアーの戸井がいろいろな問いをするのに対する回答は決まって、「生きていかねばならない」、「過ぎたことを考えてもしようがない」というものであったので、まさにポジティヴ・シンキングそのものである。戸井が何度も失われた30年間を悔恨の言葉に繋げようとするのだが、小野田は「30年でいろいろ学んだことがあるので、牧場経営に役立った」と決してネガティブには捉えないことが印象的であった。
注文している書籍の中身みないと何とも言えないが、ポジティヴ・シンキングの基幹エネルギーが感謝であり前向き志向をもたらすことを検証できるか、近年密かに提唱している「be imitative:何事でもおもしろがってやってみる前向き志向」が感謝で増進できるのかは、興味深い研究課題である(と推論する)。10年単位での研究動向の推論はこれまではあまり外してこなかった、と失敗したことは忘れてポジティヴ・シンキングしておきます。僕にはそれに注力する時間が十分には残されていないのが現実なので、責任は持てないけれど誰かやりませんかとけしかけておきます。
試験の採点と情報選択
正月からの時間の経過は比較的遅い気もしていたが、もう後期試験の時期である。自分が担当する科目で試験をするのは1科目しかないが、採点をしてみると「なんでやねん」と思わず声が出てしまう。試験は持ち込みで、「何を持参しても良い、近所の賢いお兄さんとかは不可」と指示したので、「もう少しできてもよかろうもんを」、と何処の方言か分からない言葉が出てしまう。当然インターネットでの検索もOKとした(若い学生は参考書を持ち込まずスマートフォンを持ち込むのだ。コソコソされるのは嫌なのでOKとした)。
問題は、短文を読んで正しければ○、間違っていれば主語を変えずに正しい文に修正すべし、と言うものが半分、残りは語句説明で構成してあった。回答を始めると、テキストで関連個所を探すよりもインターネットで検索しようとする学生が多く見受けられた。「そんな方略では問題数が多いので探しきれないぞ」と思ったが口には出さなかった。案の定3割ほどは極めて正答が多く、正答が4分の1に満たない学生が残りであり、2項分布となった(語句説明は苦手だろうと前者に半分の得点を配分する予定であったが配分を変更して不可が少なくなるような心配りがいるようだ)。
学生は情報を探すやり方の最適化が苦手のようで、テキストで該当する個所を探せば正解は容易であるのに、スマートフォン情報に頼る。その方が簡単と考えるのであろう(「探す→スマートフォン」は最適ではないのにそれが昨今の若者の代表ヒューリスティックなのだ)。
授業ではテキストの文章を読み上げたのちに内容をかいつまんで説明し、必要と考える材料は画像やビデオで提示するという具合に工夫をしたつもりであったが、テキストを読み返しておく習慣が身についていないことを改めて実体験した。本や新聞の活字を読むことをしなくなったので、活字印刷物との心的距離は想像以上に遠いのであろう。講義では時間が足りないので「きき手と脳」の話は省略したが、クリスマスプレゼントだと行って「左対右 きき手大研究(化学同人刊)」を年末最後の授業27日の4限に出席した全員に配布した(出席は少なかろうと予想したが40冊が必要であった)。このプレゼントから「出題するよ」予告したにもかかわらず、左きき成立の成因を3つ挙げよという問題にそれらしく書けたのは1名だけであった。要するに本は読まないのである(読んでいなくても、試験時に持ってきているのだから、書けそうなものだが不可解なことである)。
情報の検索をスマートフォン情報に頼るだけという、一つ覚えの検索は考え直した方が良いことを学生に教えねばならないと改めて痛感した。
インターネットでの情報検索では自分に関心があるものしか探さない。これはダメである。情報の中身・質のデバイド(偏り)が生まれること問題なのだ。20年ほど前に情報デバイドといって話題にしていたのは、コンピュータを持つ人と持たない人での情報取得の偏りであったが、現在では情報の中身のデバイドが問題なのだ。
新聞も何種類か読まないと当然情報の質のデバイドは起きてしまうが、新聞から得る情報では、読んでいる記事の隣に記載されている記事にも目が移るし、ついでに開いた隣のページの記事にも目をやるので、限られた選択の程度は未だ少なくてすむ。ところがインターネットでの情報検索では、極めて限定されたターゲットについてしか情報が探せないし、限られた時間内では探す余裕もない。インターネットでの情報検索で、現在の東京都知事選での支持者が一番多いのは自衛隊上がりの泡沫に近い候補者であるという。この候補者に関心がある者は間違った情報を得てしまうわけである(この候補者が当選することはないと断言する)。
インターネットでの情報検索は、心理学的に言えば認知的不協和が増えないように選択的に情報を検索し、歪んだ独特の認知図式を描いてしまうことになる。橋下徹嫌いの家人によって自宅では彼がテレビに映るたびにチャンネルを変えるので、僕には最近人気の低迷している彼が何を考えているのか分からないままであるという具合である(現在再校生中の科学神話の本では、似たもののペアの方が逆のパーソナリティのペアよりも多く、長続きするとある。橋下への評価が僕は逆であるというわけではありません)。
では、歪んでいない認知図式とは何かと定義を迫られると即答はできないが、歪んでいないかと心配して他の認知地図の可能性に想いを馳せる思考様式ではないかと考える。言葉を代えれば科学的に考えるべしということなのだろう。科学的な思考の根本・基本は事物や事態の観察と比較である。
話が飛躍するように思われるかも知れないが、勤務するが大学のポリシーを検討し制定した際に、初期の学長が「臨床福祉」という語をキーワードにされていたことを知った。なじみのないキャッチフレーズに固執されたということも耳にした。辞書に記載されている臨床(clinical)の字義の2つめの意味は「事物や事態の観察」とある。(残念ながらご本人は病気療養中で確認は出来ないのだが)「臨床福祉」という言葉を掲げての開学には科学的思考の育成という深い意味があるのかも知れない。「臨床福祉」と建学の精神「感恩」をどのようにリンクしたのだろう、そのうち調べなければなるまい。
このようにして、年度末の学生の試験の答案からの「なんでやねん」は様々な思いへと展開していくこととなった。これは僕の前頭葉前部は未だ壊れていない証のようにも思えるのだが誤診でしょうか、あるいは壊れ始めて思考が拡散し始めているのでしょうかネ。
問題は、短文を読んで正しければ○、間違っていれば主語を変えずに正しい文に修正すべし、と言うものが半分、残りは語句説明で構成してあった。回答を始めると、テキストで関連個所を探すよりもインターネットで検索しようとする学生が多く見受けられた。「そんな方略では問題数が多いので探しきれないぞ」と思ったが口には出さなかった。案の定3割ほどは極めて正答が多く、正答が4分の1に満たない学生が残りであり、2項分布となった(語句説明は苦手だろうと前者に半分の得点を配分する予定であったが配分を変更して不可が少なくなるような心配りがいるようだ)。
学生は情報を探すやり方の最適化が苦手のようで、テキストで該当する個所を探せば正解は容易であるのに、スマートフォン情報に頼る。その方が簡単と考えるのであろう(「探す→スマートフォン」は最適ではないのにそれが昨今の若者の代表ヒューリスティックなのだ)。
授業ではテキストの文章を読み上げたのちに内容をかいつまんで説明し、必要と考える材料は画像やビデオで提示するという具合に工夫をしたつもりであったが、テキストを読み返しておく習慣が身についていないことを改めて実体験した。本や新聞の活字を読むことをしなくなったので、活字印刷物との心的距離は想像以上に遠いのであろう。講義では時間が足りないので「きき手と脳」の話は省略したが、クリスマスプレゼントだと行って「左対右 きき手大研究(化学同人刊)」を年末最後の授業27日の4限に出席した全員に配布した(出席は少なかろうと予想したが40冊が必要であった)。このプレゼントから「出題するよ」予告したにもかかわらず、左きき成立の成因を3つ挙げよという問題にそれらしく書けたのは1名だけであった。要するに本は読まないのである(読んでいなくても、試験時に持ってきているのだから、書けそうなものだが不可解なことである)。
情報の検索をスマートフォン情報に頼るだけという、一つ覚えの検索は考え直した方が良いことを学生に教えねばならないと改めて痛感した。
インターネットでの情報検索では自分に関心があるものしか探さない。これはダメである。情報の中身・質のデバイド(偏り)が生まれること問題なのだ。20年ほど前に情報デバイドといって話題にしていたのは、コンピュータを持つ人と持たない人での情報取得の偏りであったが、現在では情報の中身のデバイドが問題なのだ。
新聞も何種類か読まないと当然情報の質のデバイドは起きてしまうが、新聞から得る情報では、読んでいる記事の隣に記載されている記事にも目が移るし、ついでに開いた隣のページの記事にも目をやるので、限られた選択の程度は未だ少なくてすむ。ところがインターネットでの情報検索では、極めて限定されたターゲットについてしか情報が探せないし、限られた時間内では探す余裕もない。インターネットでの情報検索で、現在の東京都知事選での支持者が一番多いのは自衛隊上がりの泡沫に近い候補者であるという。この候補者に関心がある者は間違った情報を得てしまうわけである(この候補者が当選することはないと断言する)。
インターネットでの情報検索は、心理学的に言えば認知的不協和が増えないように選択的に情報を検索し、歪んだ独特の認知図式を描いてしまうことになる。橋下徹嫌いの家人によって自宅では彼がテレビに映るたびにチャンネルを変えるので、僕には最近人気の低迷している彼が何を考えているのか分からないままであるという具合である(現在再校生中の科学神話の本では、似たもののペアの方が逆のパーソナリティのペアよりも多く、長続きするとある。橋下への評価が僕は逆であるというわけではありません)。
では、歪んでいない認知図式とは何かと定義を迫られると即答はできないが、歪んでいないかと心配して他の認知地図の可能性に想いを馳せる思考様式ではないかと考える。言葉を代えれば科学的に考えるべしということなのだろう。科学的な思考の根本・基本は事物や事態の観察と比較である。
話が飛躍するように思われるかも知れないが、勤務するが大学のポリシーを検討し制定した際に、初期の学長が「臨床福祉」という語をキーワードにされていたことを知った。なじみのないキャッチフレーズに固執されたということも耳にした。辞書に記載されている臨床(clinical)の字義の2つめの意味は「事物や事態の観察」とある。(残念ながらご本人は病気療養中で確認は出来ないのだが)「臨床福祉」という言葉を掲げての開学には科学的思考の育成という深い意味があるのかも知れない。「臨床福祉」と建学の精神「感恩」をどのようにリンクしたのだろう、そのうち調べなければなるまい。
このようにして、年度末の学生の試験の答案からの「なんでやねん」は様々な思いへと展開していくこととなった。これは僕の前頭葉前部は未だ壊れていない証のようにも思えるのだが誤診でしょうか、あるいは壊れ始めて思考が拡散し始めているのでしょうかネ。
ニンジンを間引きつつ考えた
夏野菜の収穫が終わって放置していたネコの額ほどの菜園にブロッコリや菊菜、エンドウなどの苗を植えて,それでも未だ残っている空地に(というとネコの額ほどの、という形容詞は不適と受けとられるかもしれない。40センチ×100センチほどの意味で、三毛ネコの額の黒い模様と表現するのが妥当かも知れない)、ニンジンの種とラディッシュの種を蒔いておいた。寒くなっており夏に比べてラディッシュの成長は遅いが既に収穫した。ニンジンは生長が一段と遅いので放置してあった(この種の、時無し××という野菜があるのです)。
間引きをせねばとずっと気になっていたのだが、一昨日の連休にやっと間引き作業を終えた(表現が大げさですけど、中腰の作業は結構大変なのです)。ニンジンは以前に何度もトライしたが満足できるものにはほど遠く、枝分かれしたり、本体よりも側枝というのかヒゲ状のものばかりであったりという結果であった。今回は土に小石や木の破片などが混じらないように配慮し,肥料も通常の倍は鋤込んでの挑戦であったが、種まき時の意気込みが薄れての放置である。
間引くニンジンは、種を均等に蒔けていないために、大きいものは15センチほどに育っているがそうでないものは5センチほどの葉の茂りの少ない、か細いものが多い。大きいものを残して育ちの悪い密集しているものを引き抜く作業をしながら、最近の6週間ほどの間に間断なく関わった採用人事の面接と類似していると考えてしまった。引き抜かれるニンジンはたまたま密集するように種蒔きされたために育ちがはかばかしくなく、育ちが悪いとされるのである。栄養分を吸収しやすい環境で蒔かれた種は順調に育って、最後は食べられてしまうので一緒と言うことではあるが、引き抜かれずに生き続けることができるだけに過ぎない。
採用人事の履歴書を見ると、さまざまな生き様が浮かび上がる。順調に教育を受けて順調にキャリアを重ねた人や、何かがあったのだろう、転々と短い期間で職を変えて来た人など、実に多様である。50歳半ばになってもアイデンティティが確立できていないような履歴の人もいた。
すべての人が均一の環境条件で生育している訳でないことは自明であるが、それぞれの人の過去や背景を斟酌する訳にはいかない。採否を決める場合にはある時点での判定をするしかない。間引きを免れて大きく生長したニンジンが食されるのと同じように、採用となった人も不採択となった人もいずれは死ぬのだから大差はないのかもしれないと嘘吹くことも可能かも知れないが、最近の6週間は,何十人もの人の人生を左右する役割を担っていたことを改めて思い知り、気鬱になったことである。次第に大きくなる職責からのストレスを如何にしてマネジメントするか重い課題である。
間引いたニンジンは,今しばらくそのままにしておいてくれれば立派なニンジンになるのにと訴えそうなレベルから、モヤシレベルのものまで多様であったが、すべて食するぞ、と決心して(おおげさですが)自ら丁寧の洗い、一本ずつ、ハサミで根を切り去り食した。こんなニンジン、葉も硬くなっているし棄てたらと言う家内の文句を受け付けずに,間引いてしまったニンジン達への自分勝手なケジメとして、油炒めにして食したのであります。
斯く左様にして、ネコの額ほどの菜園はいろいろな思いを生み出してくれる宝庫でもあり、面倒なことは言うまでもないのですが止めるわけにはいかない、と気持ちを新たにしていたのであります。
間引きをせねばとずっと気になっていたのだが、一昨日の連休にやっと間引き作業を終えた(表現が大げさですけど、中腰の作業は結構大変なのです)。ニンジンは以前に何度もトライしたが満足できるものにはほど遠く、枝分かれしたり、本体よりも側枝というのかヒゲ状のものばかりであったりという結果であった。今回は土に小石や木の破片などが混じらないように配慮し,肥料も通常の倍は鋤込んでの挑戦であったが、種まき時の意気込みが薄れての放置である。
間引くニンジンは、種を均等に蒔けていないために、大きいものは15センチほどに育っているがそうでないものは5センチほどの葉の茂りの少ない、か細いものが多い。大きいものを残して育ちの悪い密集しているものを引き抜く作業をしながら、最近の6週間ほどの間に間断なく関わった採用人事の面接と類似していると考えてしまった。引き抜かれるニンジンはたまたま密集するように種蒔きされたために育ちがはかばかしくなく、育ちが悪いとされるのである。栄養分を吸収しやすい環境で蒔かれた種は順調に育って、最後は食べられてしまうので一緒と言うことではあるが、引き抜かれずに生き続けることができるだけに過ぎない。
採用人事の履歴書を見ると、さまざまな生き様が浮かび上がる。順調に教育を受けて順調にキャリアを重ねた人や、何かがあったのだろう、転々と短い期間で職を変えて来た人など、実に多様である。50歳半ばになってもアイデンティティが確立できていないような履歴の人もいた。
すべての人が均一の環境条件で生育している訳でないことは自明であるが、それぞれの人の過去や背景を斟酌する訳にはいかない。採否を決める場合にはある時点での判定をするしかない。間引きを免れて大きく生長したニンジンが食されるのと同じように、採用となった人も不採択となった人もいずれは死ぬのだから大差はないのかもしれないと嘘吹くことも可能かも知れないが、最近の6週間は,何十人もの人の人生を左右する役割を担っていたことを改めて思い知り、気鬱になったことである。次第に大きくなる職責からのストレスを如何にしてマネジメントするか重い課題である。
間引いたニンジンは,今しばらくそのままにしておいてくれれば立派なニンジンになるのにと訴えそうなレベルから、モヤシレベルのものまで多様であったが、すべて食するぞ、と決心して(おおげさですが)自ら丁寧の洗い、一本ずつ、ハサミで根を切り去り食した。こんなニンジン、葉も硬くなっているし棄てたらと言う家内の文句を受け付けずに,間引いてしまったニンジン達への自分勝手なケジメとして、油炒めにして食したのであります。
斯く左様にして、ネコの額ほどの菜園はいろいろな思いを生み出してくれる宝庫でもあり、面倒なことは言うまでもないのですが止めるわけにはいかない、と気持ちを新たにしていたのであります。
便利になったのだけれど
以前に発注しておいたキンドルの電子書籍の端末が届いた。周囲のものは「新しいものをすぐ購入するお調子者」と見なしているらしい節は感じてはいるが、キンドル端末は便利である。感動ものである。
何十年もの習慣となっていた入眠儀式、寝ながら読書(布団に入って何でも良いから活字を数十分読み、寝入る)が、1年程前からできなくなっていた。老眼が進んだというだけの理由だが、寝入りにくいので、睡眠導入剤の世話になったりしていた。入眠前に読む本は、専門書以外のもので、活字であればよいのだ。漫画とSFは読まない。以前は手に持ちやすい文庫本であったのが、活字の大きさが必要となる時期から単行本へと変化し重いのにも耐えて来たが、1年程前からは文字が霞み出して2頁も持たなくなっていた。読書は老眼鏡をかけてではなく裸眼である。程よく疲れるので入眠しやすいのだ。有り難いことに眼は良いので、霞み出す文字を片目をつむったり両目にしたりと工夫してなんとか耐えて入眠儀式を最近まで続けてきた。
文庫本の頃は読み終えた本が貯まり出しても支障はなかったが、単行本の頃になると読み終えた本が嵩張ってしようがない。活字であれば何でも良いのでブックオフにずいぶんお世話になったものである。読書を晩年の楽しみにしていた父に段ボールで送りつけたりして嵩張る本への対応をしてきたが、父がなくなった頃からはブックオフに持ち込んだりした。しかし、その店でまた買い込むので嵩張る量は減らないのであった。寝ながらのスタイルでは文字に焦点が合わなくなり入眠儀式は無理とあきらめたときにキンドルの端末のニューモデルが予約販売され、直ちに購入したというわけである。
活字の大きさや明るさを調整できるので、10年くらい前のレベルで読書→寝入るという儀式は復活している。無料の本をダウンロードできるのでうれしい。漱石や吉川英治などの昔の本などを読み直している。便利になったものである。
話は変わるが、数日前に家内が1980年の家計簿を見つけたので眺めてみた。家計簿などつける習慣はない人なのだが何かのきっかけで数ヶ月分記載したものが見つかったのである。月給は20万円弱、長男の幼稚園月謝に1.4万円などとなっていた。公務員になって7年目となる年で、たしか初任給は8万に届かなかったと記憶しているから高度成長が始まって急に月給も上がっていたことがわかる。家のローンもあったので、慎ましい暮らしがうかがえる。現在とは違って、国立大の教員になれたので先行きのことなど何の心配もしていなかった頃である。学位論文を取得した年であったらしく、お祝い返しが6万円強とあった。ずいぶんと幅広い人たちからお祝いをもらったのがわかる。教え子たちから送られた学位取得記念の銘の入った赤い掛け時計は今でも居間に飾ってある。学位に値打ちのあったことの証拠と言える。昨今では心理学での学位は2-3編の論文をまとめれば良いので取得しても大仰なお祝い事など皆無となってしまった。
思い返せば学位論文を書くだけの作業でも2年あまりの時間が必要であった。何しろ手書きであり、下書き→先生にチェックをしてもらう→手直し→先生に再度のチェック→書き直しの繰り返しであり、OKがでて清書(万年筆で書くのだ)をするのだ。丁寧に作業をすると1時間に400字の原稿用紙4枚程度しか進まないのである。途中までの清書が済んでいた頃、same-different判断を同異判断と書いていたのを「八田君、異同判断にしよう」と言われ書き直したことを覚えている。コピーペーストや一括変換などの言葉がなかった頃のことで、始めからの書き直し作業である。昔の人は辛抱強かったのだヨ。
キンドル端末と手書きの学位論文。家計簿の年から30年程しか経過していないのに.この変化の大きさは何と言うことだろう。事務作業や研究の集約方法の目覚ましい進歩に比して私たちの精神は如何程進歩したというのだろうか、と考え込まないわけにはいかない。
キンドル端末で、戦後すぐの頃に書かれた精神の自由を得て平和で平等な輝かしい世の中を目指す志を秘めた、版権の切れた無料本を読むと、近頃の日本社会はマトモでないと叫ばずにはおれない。
諸君、便利なキンドル端末で、昭和20-30年代に出版された無料の本を読んでこれらかの日本の進むべき先行きを考えようではないか!(キンドルから宣伝を頼まれているわけではありません)
何十年もの習慣となっていた入眠儀式、寝ながら読書(布団に入って何でも良いから活字を数十分読み、寝入る)が、1年程前からできなくなっていた。老眼が進んだというだけの理由だが、寝入りにくいので、睡眠導入剤の世話になったりしていた。入眠前に読む本は、専門書以外のもので、活字であればよいのだ。漫画とSFは読まない。以前は手に持ちやすい文庫本であったのが、活字の大きさが必要となる時期から単行本へと変化し重いのにも耐えて来たが、1年程前からは文字が霞み出して2頁も持たなくなっていた。読書は老眼鏡をかけてではなく裸眼である。程よく疲れるので入眠しやすいのだ。有り難いことに眼は良いので、霞み出す文字を片目をつむったり両目にしたりと工夫してなんとか耐えて入眠儀式を最近まで続けてきた。
文庫本の頃は読み終えた本が貯まり出しても支障はなかったが、単行本の頃になると読み終えた本が嵩張ってしようがない。活字であれば何でも良いのでブックオフにずいぶんお世話になったものである。読書を晩年の楽しみにしていた父に段ボールで送りつけたりして嵩張る本への対応をしてきたが、父がなくなった頃からはブックオフに持ち込んだりした。しかし、その店でまた買い込むので嵩張る量は減らないのであった。寝ながらのスタイルでは文字に焦点が合わなくなり入眠儀式は無理とあきらめたときにキンドルの端末のニューモデルが予約販売され、直ちに購入したというわけである。
活字の大きさや明るさを調整できるので、10年くらい前のレベルで読書→寝入るという儀式は復活している。無料の本をダウンロードできるのでうれしい。漱石や吉川英治などの昔の本などを読み直している。便利になったものである。
話は変わるが、数日前に家内が1980年の家計簿を見つけたので眺めてみた。家計簿などつける習慣はない人なのだが何かのきっかけで数ヶ月分記載したものが見つかったのである。月給は20万円弱、長男の幼稚園月謝に1.4万円などとなっていた。公務員になって7年目となる年で、たしか初任給は8万に届かなかったと記憶しているから高度成長が始まって急に月給も上がっていたことがわかる。家のローンもあったので、慎ましい暮らしがうかがえる。現在とは違って、国立大の教員になれたので先行きのことなど何の心配もしていなかった頃である。学位論文を取得した年であったらしく、お祝い返しが6万円強とあった。ずいぶんと幅広い人たちからお祝いをもらったのがわかる。教え子たちから送られた学位取得記念の銘の入った赤い掛け時計は今でも居間に飾ってある。学位に値打ちのあったことの証拠と言える。昨今では心理学での学位は2-3編の論文をまとめれば良いので取得しても大仰なお祝い事など皆無となってしまった。
思い返せば学位論文を書くだけの作業でも2年あまりの時間が必要であった。何しろ手書きであり、下書き→先生にチェックをしてもらう→手直し→先生に再度のチェック→書き直しの繰り返しであり、OKがでて清書(万年筆で書くのだ)をするのだ。丁寧に作業をすると1時間に400字の原稿用紙4枚程度しか進まないのである。途中までの清書が済んでいた頃、same-different判断を同異判断と書いていたのを「八田君、異同判断にしよう」と言われ書き直したことを覚えている。コピーペーストや一括変換などの言葉がなかった頃のことで、始めからの書き直し作業である。昔の人は辛抱強かったのだヨ。
キンドル端末と手書きの学位論文。家計簿の年から30年程しか経過していないのに.この変化の大きさは何と言うことだろう。事務作業や研究の集約方法の目覚ましい進歩に比して私たちの精神は如何程進歩したというのだろうか、と考え込まないわけにはいかない。
キンドル端末で、戦後すぐの頃に書かれた精神の自由を得て平和で平等な輝かしい世の中を目指す志を秘めた、版権の切れた無料本を読むと、近頃の日本社会はマトモでないと叫ばずにはおれない。
諸君、便利なキンドル端末で、昭和20-30年代に出版された無料の本を読んでこれらかの日本の進むべき先行きを考えようではないか!(キンドルから宣伝を頼まれているわけではありません)
変わったものだなあ
大学職員のSD活動の一環として夏から行われている研究会の講師を頼まれている。期日が近づきつつあるので、土曜はその準備に使うべく90分間の講義の構成を考えて過ごすことになった。SDとは標準偏差(standard deviation)ではなくスタッフ・ディベロップメント(staff development)の略語で高等教育の連中が持ち込んだ用語である。和訳できない用語を高等教育学の連中が次々と大学運営に導入させるべく文科省に働きかけるので困ってしまうのだが、FD(faculty development)とペアにして用いられている用語である。まあ、簡単に言えば教育機関の職員の研修のことで、FDと同様に実施していない大学は予算を削るという荒々しい事が現実に進行している。我が大学も取り組まねばと学園本部が企画しているのだ。その研究会でしゃべるネタを考えていたというわけである。高等教育の連中の悪口は書けばまだまだ文字数が足らないのだが、今日の話題ではないのでもう触れないことにする。
ミスコミュニケーションの話題を取り上げることにした。そんなの専門外ではと言うなかれ。頭部外傷者のコミュニケーション障害の実験論文も国際誌を含めていくつか書いているし、CMC(computer-mediated-communication)研究会をNTTの研究者らと組織して何年間か実施していた時期もあるのだ(それまでに支払った電話料金は取り戻した程度の資金の補助も得た)、と自慢しておこう。
研究会の話題には、ミスコミュニケーションの原因に想定類似性の錯誤があるよ、と紹介するつもりである。相手は自分と同じ語彙や知的背景、文化などを持っているつもりで話をしてしまうことを想定類似性と自分では呼んでいる。「これ」「あれ」「それ」などが通じているときは、想定類似性は錯誤していないことになるが、年をとったりするとつい多くなる錯誤で、コミュニケーションは上手くいかない。自分は若いつもりで、本当に若い人と話をするとかみ合わないことなどはその例で、日常茶飯事でもある。
この機能を訓練するにはイマジネーションが大切だよ、という結論にするつもりである。このイマジネーション、すなわち想像力や推論力は言うまでもなく前頭前野の機能なのだ(頭部外傷の場合は機能の低下を生じることが珍しくない)。この頃は想像力を使わないようになってきたけど、それはダメだよというつもりである。恋人同士での関係が上手く行っている場合のイマジネーションで「相手を思い浮かべる」状況を例にしようと思いついたのである。
そんなことを考えたのは、日曜日の朝であった。早朝8時頃にプールで泳いでいると(水泳はまだ続けているのです、エライ!)、「瞳を閉じて、君を想うよ、それだけでい-い」と甲高い歌声のBJMが聞こえてきた。BGMはプールには常に流されているのだが、注意が向くのは滅多にない。知らない音楽が多いためである。ところが、日曜日は聞き覚えのある「瞳を閉じて、君を想うよ、それだけでい-い」の歌がきこえてきたのだ。
「瞼は閉じられるけど、瞳は閉じられんやろ、勝手に閉じられたら対光反射が検査でけへん。脳神経が自律的に活動できるわけがない!責任者でてこい!」と、亡くなった漫才師人生幸朗風の台詞が泳いでいる途中で口をついたことであった。今では恋人が気になったらすぐ電話したりメールしたりするのだろうから、イマジネーションなど利用しないと思われる。この歌もスマートフォンなどない、けっこう古い時代に属している頃の歌に違いない。
恋人を想い描くと言えば、「今頃、どうしているのかしら?切ない想いに潤む火影...」の西田佐知子だな、と連想は広がった。家に帰って「瞳を閉じて、君を想うよ...」は10年以上前の平井堅という歌手が歌っていたものであることを知った。全体の歌詞をみると、振られた男が泣き言を言っている内容で、西田佐知子の方は女子が恋人の男子を想う歌詞である。平井堅の歌は男子の虚弱さが喧伝され、それが受け入れられたと言うことだろう。
そう言えば、数日前にゼミの卒業生が突然訪問してきた。教員採用試験に合格したので成績証明書などを取りついでに連絡にと部屋を訪ねて来たのである。難関なので、よく頑張ったと褒めたのだが、彼女は「先生、私やないねん。いまの彼氏が上げチンやねん」と昔通りのため口でいう。何のことか尋ねると、彼氏が「バイトも辞めて受験がんばれと言うし、受験勉強の指導してくれてん」という。上げまんという言葉は映画にもなったので承知しているが、上げチンは始めて聞く言葉である。要は女が主体になり異性のことを表現している場合なので、上げチンなのである。上げまんという言葉は男が主体で異性を表現しているわけだから、別段おかしくもない造語とも言える。
男女雇用機会均等法の法律ができたのは平成19年であったはずなのだが、日本での女子の力はずいぶんと目覚ましいことを思い知った次第であります。日曜日の午後のニュースではサウジアラビアで女性に車の運転を禁止していることへの反対デモ行進が行われ、自動車を運転する1万人以上の女性が参加したということであった。世界は広いことも再確認できた日曜日でした。
ミスコミュニケーションの話題を取り上げることにした。そんなの専門外ではと言うなかれ。頭部外傷者のコミュニケーション障害の実験論文も国際誌を含めていくつか書いているし、CMC(computer-mediated-communication)研究会をNTTの研究者らと組織して何年間か実施していた時期もあるのだ(それまでに支払った電話料金は取り戻した程度の資金の補助も得た)、と自慢しておこう。
研究会の話題には、ミスコミュニケーションの原因に想定類似性の錯誤があるよ、と紹介するつもりである。相手は自分と同じ語彙や知的背景、文化などを持っているつもりで話をしてしまうことを想定類似性と自分では呼んでいる。「これ」「あれ」「それ」などが通じているときは、想定類似性は錯誤していないことになるが、年をとったりするとつい多くなる錯誤で、コミュニケーションは上手くいかない。自分は若いつもりで、本当に若い人と話をするとかみ合わないことなどはその例で、日常茶飯事でもある。
この機能を訓練するにはイマジネーションが大切だよ、という結論にするつもりである。このイマジネーション、すなわち想像力や推論力は言うまでもなく前頭前野の機能なのだ(頭部外傷の場合は機能の低下を生じることが珍しくない)。この頃は想像力を使わないようになってきたけど、それはダメだよというつもりである。恋人同士での関係が上手く行っている場合のイマジネーションで「相手を思い浮かべる」状況を例にしようと思いついたのである。
そんなことを考えたのは、日曜日の朝であった。早朝8時頃にプールで泳いでいると(水泳はまだ続けているのです、エライ!)、「瞳を閉じて、君を想うよ、それだけでい-い」と甲高い歌声のBJMが聞こえてきた。BGMはプールには常に流されているのだが、注意が向くのは滅多にない。知らない音楽が多いためである。ところが、日曜日は聞き覚えのある「瞳を閉じて、君を想うよ、それだけでい-い」の歌がきこえてきたのだ。
「瞼は閉じられるけど、瞳は閉じられんやろ、勝手に閉じられたら対光反射が検査でけへん。脳神経が自律的に活動できるわけがない!責任者でてこい!」と、亡くなった漫才師人生幸朗風の台詞が泳いでいる途中で口をついたことであった。今では恋人が気になったらすぐ電話したりメールしたりするのだろうから、イマジネーションなど利用しないと思われる。この歌もスマートフォンなどない、けっこう古い時代に属している頃の歌に違いない。
恋人を想い描くと言えば、「今頃、どうしているのかしら?切ない想いに潤む火影...」の西田佐知子だな、と連想は広がった。家に帰って「瞳を閉じて、君を想うよ...」は10年以上前の平井堅という歌手が歌っていたものであることを知った。全体の歌詞をみると、振られた男が泣き言を言っている内容で、西田佐知子の方は女子が恋人の男子を想う歌詞である。平井堅の歌は男子の虚弱さが喧伝され、それが受け入れられたと言うことだろう。
そう言えば、数日前にゼミの卒業生が突然訪問してきた。教員採用試験に合格したので成績証明書などを取りついでに連絡にと部屋を訪ねて来たのである。難関なので、よく頑張ったと褒めたのだが、彼女は「先生、私やないねん。いまの彼氏が上げチンやねん」と昔通りのため口でいう。何のことか尋ねると、彼氏が「バイトも辞めて受験がんばれと言うし、受験勉強の指導してくれてん」という。上げまんという言葉は映画にもなったので承知しているが、上げチンは始めて聞く言葉である。要は女が主体になり異性のことを表現している場合なので、上げチンなのである。上げまんという言葉は男が主体で異性を表現しているわけだから、別段おかしくもない造語とも言える。
男女雇用機会均等法の法律ができたのは平成19年であったはずなのだが、日本での女子の力はずいぶんと目覚ましいことを思い知った次第であります。日曜日の午後のニュースではサウジアラビアで女性に車の運転を禁止していることへの反対デモ行進が行われ、自動車を運転する1万人以上の女性が参加したということであった。世界は広いことも再確認できた日曜日でした。
慌ただしい9月
気がつけば9月も残り1日となって、慌ただしかったという記憶しか残らない。慌ただしいのは自分の未練と外圧が重なったことによることは自覚しており、これらが日常化しないようにせねばなるまいと、気持ちは秋晴れとはほど遠い。
集中講義や学会に10日間ほど費やし、論文を書かねばという作業の進捗がはかばかしくないことが原因で、いつまでも研究者としての活動を続けたいとする気持ちから抜けきれないのである。非常勤での学部の講義は、今年から代わってもらったが、大学院での集中講義はそのままにしてある。せめて、英文の論文を読む作業を加味した授業をしたい、研究者のイメージを把持したいという未練からである。連続で札幌にて開催された2つの学会に出席を予定していたが、どうしても抜けにくい会議があり片方はキャンセルした。片方は遥か以前にシンポジウムのコメンテーターを依頼されたこともあり参加した。
自分の工程表ではかなり遅くなっている管理職の仕事,研究者としての仕事に時間を割けば良かったという気持ちが残る学会参加であった。札幌のホテルでは論文に着手する時間を持てたが大きな進展は叶わなかった。
学会は若い発表者が多く、50代は老人であるような受け止め方をされているという印象もあり、もう私のような者の出る場所ではないのかも知れないと思ったことである。
たまたま立ち止まった(混雑で動けなかったのが理由)ポスターの前で30歳前後と思しき発表者が急に説明を始めた。「身体の反応を同時に継続して計測し、テレビなどの視聴率を測定できるのです」などという。よく見えない細かい文字の多いポスターに目を向けると、指尖容積脈波、皮膚電気反射、脈拍を計測して、感動した部分や面白いと感じた部分の測定結果を表示していた。虫の居所が悪かったせいもあり、「身体の反応ではなく、自律神経系の反応だろう」、「自律神経系の指標で感情の種類が客観的に測定できるなどと言うデータはあるのかい」、などとしゃべり続ける若者に思わず言ってしまった。若者は「すみません」としか答えられない状況になった。幸い自分の名札は裏返っており、誰に指摘を受けたかは分からなかったであろうが、ちょっと気の毒な気もした。
虫の居所はその日の朝の事件が原因である。ホテル1階での朝食から部屋に戻る際に一人でエレベータにのり、2014の部屋の鍵を開けようとすると開かない。仕方がないので、フロントに電話して部屋の前で待機していたのである。ホテルスタッフがなかなかこないなあと、部屋の前から2メートル程離れた角に移動して立っていた。すると、中国人らしい若い女が、さきほどまで僕が苦戦していた鍵を開けて部屋に入っていったのである。ここで、始めて部屋を間違えたと気づいた。そこは2074室であった。何度も部屋番号を確認したが書体からは2014としか見えなかったのである。何のことはない、エレベータは10階についたと思って降りたのだがそこは7階であったのだ。誰かが7階からエレベータを呼んで、別のエレベータで降りたために10階まで直通という思い込みが招いた間違いであった。5分程前に僕が鍵をがたがたいわせて中に入ろうともがいているのを若い女に見られていたらと思うとぞっとする。このことがあって耄碌を自覚し落ち込みがちなままで、学会場についた直後のポスター発表者への対応であった。虫の居所が悪かったのである。これも加齢により前頭葉の抑制が利かなくたったことの反映かも知れないが、反省である。若い発表者はどこかのジジイにぼろくそにいわれたことなど気にかけずに、PTSDにならないことを祈っている。
先に述べた慌ただしかった原因の外圧には、私立大学の予算補助への対応が関係している。要はこれまでに中教審などで大学改革を進めよという指示をどれだけ実行しているか項目別に自己評価し、採点票を9月半ばに提出せねばならなかったことがある。私学への金銭的補助の傾斜配分を具体化する始めての取り組みで、自己採点の結果により上位から250大学に特別の配慮をするというものである。授業評価、シラバス、学生の学修状況の把握、GPA、キャップ制、ポートフォリオ、ルーブリック、オフィスアワーなどなど、文科省御用達の高等教育学者が、アメリカの大学を見本にして(日本の実情は考慮せずに)導入することを官僚に示唆してきたものに、きちんと取り組んでいるかを問うものである。カタカナ語を邦訳もできないレベルの人たちに振り回されているという面白くない気持ちを、大学を存続させるには対応せねばとぐっと飲み込んで、対応策に8月以降取り組んでもらった。第1次での職員の採点では50点程であった結果を精査し、9月末時点でできていれば良いので、実行できることをすべて取り組むことで90点以上にまで改善するようにしてもらった。たとえば授業評価をやっているだけではなく、教科の高い教員の顕彰をすれば評価点が上がるので、急ぎ顕彰制度を設けるなどの対応をしてもらったのである。根拠規程や議事録などがいるので、学内の所定のプロセスも必要であったが、さまざまなことを慌ただしく進めるようお願いして、一昨日の理事会を終えてめでたく大幅改善は可能となった。よかったという安堵もあるが、この間2月程の期間は通年の仕事への純増の負担であったわけである。
かくて、9月は慌ただしく過ぎてしまい、こんな生活は日常化しないようにせねば消耗してしまうと反省している。そうでないとポスター発表での出来事のように、フラストレーション→アグレッション反応を生みかねない。という訳でブルーな9月でありました。
今月もまた、忙しいだけの話になってしまいましたが、書くことは僕のフラストレーションの発散方略でもあります。今日は日曜ですがオープンキャンパスのために登校するので帰路野菜の苗でも購入して気分転換をせねばなるまいともう一つのフラストレーション発散方略を思案しています。
集中講義や学会に10日間ほど費やし、論文を書かねばという作業の進捗がはかばかしくないことが原因で、いつまでも研究者としての活動を続けたいとする気持ちから抜けきれないのである。非常勤での学部の講義は、今年から代わってもらったが、大学院での集中講義はそのままにしてある。せめて、英文の論文を読む作業を加味した授業をしたい、研究者のイメージを把持したいという未練からである。連続で札幌にて開催された2つの学会に出席を予定していたが、どうしても抜けにくい会議があり片方はキャンセルした。片方は遥か以前にシンポジウムのコメンテーターを依頼されたこともあり参加した。
自分の工程表ではかなり遅くなっている管理職の仕事,研究者としての仕事に時間を割けば良かったという気持ちが残る学会参加であった。札幌のホテルでは論文に着手する時間を持てたが大きな進展は叶わなかった。
学会は若い発表者が多く、50代は老人であるような受け止め方をされているという印象もあり、もう私のような者の出る場所ではないのかも知れないと思ったことである。
たまたま立ち止まった(混雑で動けなかったのが理由)ポスターの前で30歳前後と思しき発表者が急に説明を始めた。「身体の反応を同時に継続して計測し、テレビなどの視聴率を測定できるのです」などという。よく見えない細かい文字の多いポスターに目を向けると、指尖容積脈波、皮膚電気反射、脈拍を計測して、感動した部分や面白いと感じた部分の測定結果を表示していた。虫の居所が悪かったせいもあり、「身体の反応ではなく、自律神経系の反応だろう」、「自律神経系の指標で感情の種類が客観的に測定できるなどと言うデータはあるのかい」、などとしゃべり続ける若者に思わず言ってしまった。若者は「すみません」としか答えられない状況になった。幸い自分の名札は裏返っており、誰に指摘を受けたかは分からなかったであろうが、ちょっと気の毒な気もした。
虫の居所はその日の朝の事件が原因である。ホテル1階での朝食から部屋に戻る際に一人でエレベータにのり、2014の部屋の鍵を開けようとすると開かない。仕方がないので、フロントに電話して部屋の前で待機していたのである。ホテルスタッフがなかなかこないなあと、部屋の前から2メートル程離れた角に移動して立っていた。すると、中国人らしい若い女が、さきほどまで僕が苦戦していた鍵を開けて部屋に入っていったのである。ここで、始めて部屋を間違えたと気づいた。そこは2074室であった。何度も部屋番号を確認したが書体からは2014としか見えなかったのである。何のことはない、エレベータは10階についたと思って降りたのだがそこは7階であったのだ。誰かが7階からエレベータを呼んで、別のエレベータで降りたために10階まで直通という思い込みが招いた間違いであった。5分程前に僕が鍵をがたがたいわせて中に入ろうともがいているのを若い女に見られていたらと思うとぞっとする。このことがあって耄碌を自覚し落ち込みがちなままで、学会場についた直後のポスター発表者への対応であった。虫の居所が悪かったのである。これも加齢により前頭葉の抑制が利かなくたったことの反映かも知れないが、反省である。若い発表者はどこかのジジイにぼろくそにいわれたことなど気にかけずに、PTSDにならないことを祈っている。
先に述べた慌ただしかった原因の外圧には、私立大学の予算補助への対応が関係している。要はこれまでに中教審などで大学改革を進めよという指示をどれだけ実行しているか項目別に自己評価し、採点票を9月半ばに提出せねばならなかったことがある。私学への金銭的補助の傾斜配分を具体化する始めての取り組みで、自己採点の結果により上位から250大学に特別の配慮をするというものである。授業評価、シラバス、学生の学修状況の把握、GPA、キャップ制、ポートフォリオ、ルーブリック、オフィスアワーなどなど、文科省御用達の高等教育学者が、アメリカの大学を見本にして(日本の実情は考慮せずに)導入することを官僚に示唆してきたものに、きちんと取り組んでいるかを問うものである。カタカナ語を邦訳もできないレベルの人たちに振り回されているという面白くない気持ちを、大学を存続させるには対応せねばとぐっと飲み込んで、対応策に8月以降取り組んでもらった。第1次での職員の採点では50点程であった結果を精査し、9月末時点でできていれば良いので、実行できることをすべて取り組むことで90点以上にまで改善するようにしてもらった。たとえば授業評価をやっているだけではなく、教科の高い教員の顕彰をすれば評価点が上がるので、急ぎ顕彰制度を設けるなどの対応をしてもらったのである。根拠規程や議事録などがいるので、学内の所定のプロセスも必要であったが、さまざまなことを慌ただしく進めるようお願いして、一昨日の理事会を終えてめでたく大幅改善は可能となった。よかったという安堵もあるが、この間2月程の期間は通年の仕事への純増の負担であったわけである。
かくて、9月は慌ただしく過ぎてしまい、こんな生活は日常化しないようにせねば消耗してしまうと反省している。そうでないとポスター発表での出来事のように、フラストレーション→アグレッション反応を生みかねない。という訳でブルーな9月でありました。
今月もまた、忙しいだけの話になってしまいましたが、書くことは僕のフラストレーションの発散方略でもあります。今日は日曜ですがオープンキャンパスのために登校するので帰路野菜の苗でも購入して気分転換をせねばなるまいともう一つのフラストレーション発散方略を思案しています。
反省の八月
今年の8月はとてつもない暑さと局所的な豪雨に特徴づけられる。ここ数日少し気温も下がり湿度の低い日が続き、夏も終わりに近づいたことを自覚させてくれる。
車通勤に変更したおかげで猛暑の中での通勤時の不愉快さは限定的であったが、それでも飲む機会は少なくなかったので、その日は電車通勤で今年の夏の暑さは十分に体験した。ともかく、日差しはちりちりと焼け付くような感覚をもたらし、昔イスラエルにいたときに思いたって一人で紅海に面した保養地エイラットを訪れた際に体験した感覚を思い出したりした。文脈に関連はないが、昨日届いた人間ドックの成績結果は肝機能が昨年より少し低下し、(飲む量が増えたのだろうという人がいるかも知れないが)車通勤での運動量の低下のためであろうと原因帰属している。車通勤で快適さを獲得したのと裏腹に健康さを失ったということで、「得ることは、失うことでもある」のです。運動量を増やして脂肪を消費せねばなるまいと決意しているところである。
この暑い夏をどう過ごしたのだろうと、日程表を繰ってみると(Ipadなので、この表現は正しいのかな?)、12日までと八雲検診に出かけた4日を除く日々はひたすら会議に出ていたことがわかる。大学の将来組織改編構想、人事構想、人事がらみのもめ事などなどに振り回されつつ毎日が過ぎて行ったことが分かる。13日から大学は1週間クローズしたので、日常を忘れるために涼しいところに避難して3月頃から書き始めていっこうに進まない論文作成をするぞとこころに決めてはいた。しかし、結論を言えばそれは出来なかった(6月末に共訳の編集原稿を出版社に渡したので、3月以降まるまるアカデミックな作業からはなれていた訳ではないけど、燃焼不全の気持ちは残る)。
涼しいところに5日間避難はしたのだが、大阪は最高気温37度などのニュースを22度の室内で見聞きしつつ、パソコンを開くこともなくもっぱら室内でゴロゴロして高校野球をテレビ観戦するだけであった。
論文を書こうと決めた他に、読書をすることも課題にしていた。読書は30%の読了度で、これも不十分というしかなく、今年の夏は無為に過ごしたと反省せねばなるまい。
読もうとしたのはダンテの「神曲」で地獄篇 · 煉獄篇 · 天国篇の3巻である。どういう理由か失念したが、25年程前に購入した寿岳文章訳の集英社刊のブレイクの版画入りの豪華本で、1988年の日本翻訳文化賞受賞を受けたものである。思い出せないがこの年頃にも教養を身につけねばと思うきっかけがあったのかも知れない。気取った格調が高い翻訳で、自己流の解釈が過ぎるというコメントも目にしたことがあるが、大江健三郎の「懐かしい 年への手紙」にたくさん引用されている著名な書籍である。
何故読もうと考えたのかは、自分でも明確には説明しがたく書架の一番下の鎮座しているのが目についたのである。このような選択的注意が働いた理由には、その日に「医学のあゆみ」にパリ便りを連載されている医師で現在パリ大学の哲学の院生という先生から送られてきた原稿のドラフトを読んで、自らの教養の欠損を思い知らされたこともある。免疫学研究の第一線から定年後に方向転換して哲学を学ぶといううらやましい経歴の人である(こういう処世ができる人はうらやましく思うしかない)。自分の古典素養のなさへの後ろめたさと日常のややこしい会議からの逃避願望がきっかけなのかも知れないが、ともかく未読の「神曲」を読破しようと意気込んだわけである。
「地獄編」だけは読み終えたが、2巻を残しているので反省せねばならない。ただ、流し読みに近い読み方であったがいろいろな思いを生じさせられた体験であった。ギリシャ神話の基礎的素養がないので訳注に頼らねばならない。訳注の文字は小さく疲れるものであった。視力のしっかりしていた頃に読むべきであったと、悔やまれた。旧仮名遣いの日本語ときらびやかな修辞を構成する語彙が豊富すぎて、読む速度は遅くなり最近の読書量の少なさの反映かもと悔まねばならなかった。「産土」のフィレンツイアを出て地獄めぐりの旅に出るダンテと詩聖の話が内容である。「産土」は、「うぶすな」とよみ、生まれた土地のことであるが、これに代表されるように、自分の心内辞書の奥底にかすかに残る色あせた語彙を検索しての読書は記憶力の活性にはなったが難渋した。
訳者と自分の語彙量の差異は自分と現在の学生との間の差異と似たものかしらと思うと、世代をつないで言葉でコミュニケーションを豊かに行うことは難しい課題であるとも嘆じたことである。
地獄は様々な種類が想定されているが、中世の終わり頃ダンテの想像する地獄に落ちる霊魂も現代人の想像するものと大差はないことも興味深い印象であった。肉欲、金銭的・権力的強欲、盗む、騙す・貶める、誘拐する・人間を売る、傷つける・殺す、拐かすなどなどが罪を犯した者の霊魂が留まる地獄の種類であり、人間は何百年も同じような罪悪感(倫理観)を持ちつつもそれを侵す事を繰り返していることがわかる。聖職者や高い身分のものがこれらの罪を犯す傾向が強調されている印象をうけ、中世キリスト教会の堕落がうかがえた。この教会の堕落が、新しい自然科学の時代の誕生を促す素因であることも了解できた。
また、人間は何時の時代も変わらないようではあるが、あきらめることなく学生に対して現代に通用する倫理観を育てる必要があると、考えたことである。
大学の理念に掲げる「豊かな人間性」を育てるとは、グローバルなレベルで現代人に共有される倫理観を醸成させることと解釈できるのではないかとぼんやりではあるが考えたりしている。
このぼんやり状態の下、「カンニングした学生をどうしましょう」と現実的な相談があったりして、自分に課せられている課題として、現状のカリキュラムに欠けている要素があることを確認したことである。斯くて、今年の8月は涼しいところで、古典を読んだよと自慢しようという企図はもろくも崩れ去ったということで、反省することの多い期間でありました。
車通勤に変更したおかげで猛暑の中での通勤時の不愉快さは限定的であったが、それでも飲む機会は少なくなかったので、その日は電車通勤で今年の夏の暑さは十分に体験した。ともかく、日差しはちりちりと焼け付くような感覚をもたらし、昔イスラエルにいたときに思いたって一人で紅海に面した保養地エイラットを訪れた際に体験した感覚を思い出したりした。文脈に関連はないが、昨日届いた人間ドックの成績結果は肝機能が昨年より少し低下し、(飲む量が増えたのだろうという人がいるかも知れないが)車通勤での運動量の低下のためであろうと原因帰属している。車通勤で快適さを獲得したのと裏腹に健康さを失ったということで、「得ることは、失うことでもある」のです。運動量を増やして脂肪を消費せねばなるまいと決意しているところである。
この暑い夏をどう過ごしたのだろうと、日程表を繰ってみると(Ipadなので、この表現は正しいのかな?)、12日までと八雲検診に出かけた4日を除く日々はひたすら会議に出ていたことがわかる。大学の将来組織改編構想、人事構想、人事がらみのもめ事などなどに振り回されつつ毎日が過ぎて行ったことが分かる。13日から大学は1週間クローズしたので、日常を忘れるために涼しいところに避難して3月頃から書き始めていっこうに進まない論文作成をするぞとこころに決めてはいた。しかし、結論を言えばそれは出来なかった(6月末に共訳の編集原稿を出版社に渡したので、3月以降まるまるアカデミックな作業からはなれていた訳ではないけど、燃焼不全の気持ちは残る)。
涼しいところに5日間避難はしたのだが、大阪は最高気温37度などのニュースを22度の室内で見聞きしつつ、パソコンを開くこともなくもっぱら室内でゴロゴロして高校野球をテレビ観戦するだけであった。
論文を書こうと決めた他に、読書をすることも課題にしていた。読書は30%の読了度で、これも不十分というしかなく、今年の夏は無為に過ごしたと反省せねばなるまい。
読もうとしたのはダンテの「神曲」で地獄篇 · 煉獄篇 · 天国篇の3巻である。どういう理由か失念したが、25年程前に購入した寿岳文章訳の集英社刊のブレイクの版画入りの豪華本で、1988年の日本翻訳文化賞受賞を受けたものである。思い出せないがこの年頃にも教養を身につけねばと思うきっかけがあったのかも知れない。気取った格調が高い翻訳で、自己流の解釈が過ぎるというコメントも目にしたことがあるが、大江健三郎の「懐かしい 年への手紙」にたくさん引用されている著名な書籍である。
何故読もうと考えたのかは、自分でも明確には説明しがたく書架の一番下の鎮座しているのが目についたのである。このような選択的注意が働いた理由には、その日に「医学のあゆみ」にパリ便りを連載されている医師で現在パリ大学の哲学の院生という先生から送られてきた原稿のドラフトを読んで、自らの教養の欠損を思い知らされたこともある。免疫学研究の第一線から定年後に方向転換して哲学を学ぶといううらやましい経歴の人である(こういう処世ができる人はうらやましく思うしかない)。自分の古典素養のなさへの後ろめたさと日常のややこしい会議からの逃避願望がきっかけなのかも知れないが、ともかく未読の「神曲」を読破しようと意気込んだわけである。
「地獄編」だけは読み終えたが、2巻を残しているので反省せねばならない。ただ、流し読みに近い読み方であったがいろいろな思いを生じさせられた体験であった。ギリシャ神話の基礎的素養がないので訳注に頼らねばならない。訳注の文字は小さく疲れるものであった。視力のしっかりしていた頃に読むべきであったと、悔やまれた。旧仮名遣いの日本語ときらびやかな修辞を構成する語彙が豊富すぎて、読む速度は遅くなり最近の読書量の少なさの反映かもと悔まねばならなかった。「産土」のフィレンツイアを出て地獄めぐりの旅に出るダンテと詩聖の話が内容である。「産土」は、「うぶすな」とよみ、生まれた土地のことであるが、これに代表されるように、自分の心内辞書の奥底にかすかに残る色あせた語彙を検索しての読書は記憶力の活性にはなったが難渋した。
訳者と自分の語彙量の差異は自分と現在の学生との間の差異と似たものかしらと思うと、世代をつないで言葉でコミュニケーションを豊かに行うことは難しい課題であるとも嘆じたことである。
地獄は様々な種類が想定されているが、中世の終わり頃ダンテの想像する地獄に落ちる霊魂も現代人の想像するものと大差はないことも興味深い印象であった。肉欲、金銭的・権力的強欲、盗む、騙す・貶める、誘拐する・人間を売る、傷つける・殺す、拐かすなどなどが罪を犯した者の霊魂が留まる地獄の種類であり、人間は何百年も同じような罪悪感(倫理観)を持ちつつもそれを侵す事を繰り返していることがわかる。聖職者や高い身分のものがこれらの罪を犯す傾向が強調されている印象をうけ、中世キリスト教会の堕落がうかがえた。この教会の堕落が、新しい自然科学の時代の誕生を促す素因であることも了解できた。
また、人間は何時の時代も変わらないようではあるが、あきらめることなく学生に対して現代に通用する倫理観を育てる必要があると、考えたことである。
大学の理念に掲げる「豊かな人間性」を育てるとは、グローバルなレベルで現代人に共有される倫理観を醸成させることと解釈できるのではないかとぼんやりではあるが考えたりしている。
このぼんやり状態の下、「カンニングした学生をどうしましょう」と現実的な相談があったりして、自分に課せられている課題として、現状のカリキュラムに欠けている要素があることを確認したことである。斯くて、今年の8月は涼しいところで、古典を読んだよと自慢しようという企図はもろくも崩れ去ったということで、反省することの多い期間でありました。
オランダで思ったこと
今年も国際神経心理学会の参加できた。帰国後はこれまでになく体調の戻りが遅く、10日ほど要した。加齢に伴う自然な現象と言われれば正面からは反論はできないが、帰国して4日程の間に2度も飲み会に参加したことも原因と考えられるので、加齢だけに原因帰属したくない心情はある。学会の様子を書いても読者には興味がないと思われるので、経験し感じたことを記すことになる。まるで遊びに行ったような印象を与えるかもしれないが、非日常の経験をすることは教養を豊かにすると拡大解釈すれば税金の無駄使いの誹りは必ずしも的確ではない(はずである)。
昨今は研究者の倫理違反の報道が多くなっている。研究者は倫理的に問題がないはずと性善説の最後の砦のような空気をメディアが期待するのだろうと推察できるが、データの改ざんや剽窃など倫理違反が存在するらしい。ニュースになるのは稀少である証拠だろうと思いたい。研究費の使用にも違反が報じられ、厳格化が求められるようになった。しかし、発表の直前に到着してずっと学会場で勉強して終了後すぐに帰社せよ、帰国せよというのでは、獲得できたかもしれない大事なことも取り逃がすことになるかも知れないからである。たとえば、発表後の議論でもっとゆっくり内容を検討しようや、という未知の研究者群がいてうまく行けば新しい展開が生まれる可能性は、固すぎる規律の下では生まれない(そんなこと皆無だろうと言われそうだけど、確率的にはあり得る)。
僕の敬愛する老共産主義者はときに、「カテイコトイウナヨ」と堅苦しい議論の過程でスキマを求める。本質的なこと以外での些末なことは意に介さなくてもよいのだという自分に自信のある人特有の技である。昨夜見たテレビの番組で、1年半自宅に居候させて作らせた彫刻に法外な値段がついているのを見たが、裕福な人は懐が深かったのである。もっとも江戸末期の話なので、そんな悠長な時代ではないとか、話がそれて行くのは記憶障害が始まった老人の症状だと言われそうなので止めておこう。要するに学会以外での感想を書くけど、税金の無駄使いでもないからネ、というだけのことである。
アムステルダムは35年ほど前にも泊まった経験がある。そのときの旅で訪れた北イタリアでは首相が殺害される事件があった直後でもあり、欧州に左派暴力が横行した物騒な社会情勢であったこともあり、印象は悪くアブナイ街という感想を持った記憶がある。今でも中央駅界隈では飾り窓に下着姿の女性がいたり、マリファナの臭いが路地に漂っているのは変わらない事実である。しかし、今回は旧市街からは離れた地区のホテルに宿泊したこともあって、綺麗な街落ち着いた街という印象である。ゾウの足にだけ触れてゾウを語ってはいけないということであるが、個人の体験は限定的にならざるを得ない。人の言うことは鵜呑みにしてはいけないことは当然である。
住宅地にあるホテルの界隈を散歩すると(ホテル代金は高く、したがって大きな部屋に泊まる訳にもいかないので散歩が多くなるのであります)、広い道路(車道+日本の歩道幅の自転車道+車道幅の歩道)をさっそうと大柄の男女がかなりの速度で自転車をこいで走り去るのに出くわす。坂道はないので自転車が有効なのだ。アパート群の表通りに商店街があるが、何時見ても人はまばらで店は5時には閉じてしまう。カフェのみが開いていて長い日没までの時間を過ごしている姿ばかり見かけた。長い通勤を含めた労働時間の日本では考えにくい。比較すると総じて食品の種類はチーズなどを除いて少なく質素、着ている衣服も質素(ブランドものを持つオランダ人はついぞ町中では見かけなかった)である。食べ物と衣類などにもっぱら金を使い時間に余裕がない日本人にhappy?と聞かれたらどう応えるべきか、などと考えたことである。
というように、海外に出るといろいろと比較して日本での足りないところが気になるものであるが、一昨日旧知のドイツ人学者から暑中見舞いが届いた。「暑中お見舞い申し上げます・暑い日が続きますが体調にはくれぐれもお気をつけ下さい」と筆ペンで日本語が書かれており、桔梗に似た手書きの花の絵が添えられているものである。日本大好き・合気道大好きの先生からである。日本の暑中見舞いや年賀状の習わしにハマっている人である。よその庭は奇麗に見えるものだということかも知れないが、見聞を広め比較をして足りないところを補い、足るところを配るこころがけが寛容であるということでありましょう。
ということで、私からも読者に「暑中お見舞い申し上げます・暑い日が続きますが体調にはくれぐれもお気をつけ下さい」の挨拶を送ります。
昨今は研究者の倫理違反の報道が多くなっている。研究者は倫理的に問題がないはずと性善説の最後の砦のような空気をメディアが期待するのだろうと推察できるが、データの改ざんや剽窃など倫理違反が存在するらしい。ニュースになるのは稀少である証拠だろうと思いたい。研究費の使用にも違反が報じられ、厳格化が求められるようになった。しかし、発表の直前に到着してずっと学会場で勉強して終了後すぐに帰社せよ、帰国せよというのでは、獲得できたかもしれない大事なことも取り逃がすことになるかも知れないからである。たとえば、発表後の議論でもっとゆっくり内容を検討しようや、という未知の研究者群がいてうまく行けば新しい展開が生まれる可能性は、固すぎる規律の下では生まれない(そんなこと皆無だろうと言われそうだけど、確率的にはあり得る)。
僕の敬愛する老共産主義者はときに、「カテイコトイウナヨ」と堅苦しい議論の過程でスキマを求める。本質的なこと以外での些末なことは意に介さなくてもよいのだという自分に自信のある人特有の技である。昨夜見たテレビの番組で、1年半自宅に居候させて作らせた彫刻に法外な値段がついているのを見たが、裕福な人は懐が深かったのである。もっとも江戸末期の話なので、そんな悠長な時代ではないとか、話がそれて行くのは記憶障害が始まった老人の症状だと言われそうなので止めておこう。要するに学会以外での感想を書くけど、税金の無駄使いでもないからネ、というだけのことである。
アムステルダムは35年ほど前にも泊まった経験がある。そのときの旅で訪れた北イタリアでは首相が殺害される事件があった直後でもあり、欧州に左派暴力が横行した物騒な社会情勢であったこともあり、印象は悪くアブナイ街という感想を持った記憶がある。今でも中央駅界隈では飾り窓に下着姿の女性がいたり、マリファナの臭いが路地に漂っているのは変わらない事実である。しかし、今回は旧市街からは離れた地区のホテルに宿泊したこともあって、綺麗な街落ち着いた街という印象である。ゾウの足にだけ触れてゾウを語ってはいけないということであるが、個人の体験は限定的にならざるを得ない。人の言うことは鵜呑みにしてはいけないことは当然である。
住宅地にあるホテルの界隈を散歩すると(ホテル代金は高く、したがって大きな部屋に泊まる訳にもいかないので散歩が多くなるのであります)、広い道路(車道+日本の歩道幅の自転車道+車道幅の歩道)をさっそうと大柄の男女がかなりの速度で自転車をこいで走り去るのに出くわす。坂道はないので自転車が有効なのだ。アパート群の表通りに商店街があるが、何時見ても人はまばらで店は5時には閉じてしまう。カフェのみが開いていて長い日没までの時間を過ごしている姿ばかり見かけた。長い通勤を含めた労働時間の日本では考えにくい。比較すると総じて食品の種類はチーズなどを除いて少なく質素、着ている衣服も質素(ブランドものを持つオランダ人はついぞ町中では見かけなかった)である。食べ物と衣類などにもっぱら金を使い時間に余裕がない日本人にhappy?と聞かれたらどう応えるべきか、などと考えたことである。
というように、海外に出るといろいろと比較して日本での足りないところが気になるものであるが、一昨日旧知のドイツ人学者から暑中見舞いが届いた。「暑中お見舞い申し上げます・暑い日が続きますが体調にはくれぐれもお気をつけ下さい」と筆ペンで日本語が書かれており、桔梗に似た手書きの花の絵が添えられているものである。日本大好き・合気道大好きの先生からである。日本の暑中見舞いや年賀状の習わしにハマっている人である。よその庭は奇麗に見えるものだということかも知れないが、見聞を広め比較をして足りないところを補い、足るところを配るこころがけが寛容であるということでありましょう。
ということで、私からも読者に「暑中お見舞い申し上げます・暑い日が続きますが体調にはくれぐれもお気をつけ下さい」の挨拶を送ります。
宣伝しなくちゃ
6月28日の金曜日は、三重県立高校を研修で訪問してきた。来週末から国際学会に出かける予定なのにもかかわらず発表の準備が未だで、気が気でないのだが2月ほど前の理事長からの誘いに、予定表が空いていると言った手前ドタキャンもできず、京橋近くに8時半集合で40名弱がバスに乗り込んで出かけたのでありました。主催は大阪府の私学経営者協議会の行事なのです(高校の経営者との顔つなぎをすべしということなのでしょう)。我が学園からは高校長はもちろん短大学長も含めての6名もの参加でありました。行事への参加者数は貢献度に相関するようでプレゼンスを高める要因であれば、禄をはむ者としては同行せざるを得ないというわけです(関係なさそうな研修でしたが、それなりに得るところはあるものです)。県立高校は日本生産性本部(?)から学校経営品質が優れると表彰されたところで、たしかに、想像を超えるもてなし・心配りを経験することとなりました。在籍数は1600名を超える県立高校で、昼間・夜間の定時制、通信制の3つを総合して運営されている珍しい形態の公立高校で、卒業生は年度ごとには300から500名程度です。単位制の学校でした。関係者に聞くと,全くの好意での我々を受け入れられたようで、下世話に言えば、何でここまで手厚い対応をするのだろうと,疑問を持つレベルの対応でした。個人別に名札が用意されていましたが、僕の机上の名札にはネットで検索されたのであろう、昨年読売新聞に掲載された「キャリア科目設置についてのインタビュー記事からの抜粋」が印刷されているという具合に40人分を創るのにどれだけの時間をかけられたのかと驚かされてしまうのでありました。
珍しい形態の公立高校を維持存続させるために献身的な活動をされているのは感動ものでした。仕事が増えるだけなのに学外からの無料の研修を受け入れるのは、全国的に宣伝しなければならないという使命感に基づいているのかも知れないし、自分の仕事に誇りを持って臨んでおられるのかも知れません。この学校では少なくとも個人プレーでなくそれらがなされていることも理解でき、真摯に自分の課題を捉えて最大限の努力をする教員の姿を、株価に一喜一憂している投資家の輩に見せたいと思ってしまいました、もっと身近で言えば、雑用が増えた授業コマが増えただの、改革すると今と同じ状態でいられないから反対しようなどと考えているどこかの大学教員にも研修に行かせねばというのが、大阪に戻っての反省会の紹興酒が身体に回ってからの参加者の話題でありました。
我田引水とは自覚して言うのですが、僕も宣伝せねばとお酒の酔いに引き出されて連想したのでありました。都合のよい連想はアルコールが入ると活性化されるようです。ブログでは宣伝は書いた覚えがないのですが、このブログの読者へ近刊の宣伝をしておきます。
近刊は、「「左脳・右脳神話」の謎を解く」が題名で化学同人社DOUJIN SENNSHOの#51です。「右脳を活性化すれば想像力が伸びる」、「音の感じ方は、日本人は西洋人とは異なり優れた感受性を持つ」などは嘘だよ、という話や40年ほど関わってきた僕の左右脳研究の回顧から学んだことなどが書いてあるのです。身内からは結構高い評価を受けているだけでなく、ネットでの書評でも、なぜか「しんぶん赤旗」でも好意的な書評が掲載されたのですが、あまり売れていないのではないかと心配しています。編集担当者に元気が出るように読者は購入、宣伝に尽力下されば有り難い。
この本は端的に言えば,僕が40年近く教育公務員として税金を使って生きてきたのですが、真摯に自覚して役割を果たせたのだろうかと評価を問うものなのです。
評価は「足を知り、足らざるを知る」ことでありますから、この先の生き方を考える道しるべにせねばなりません。ご一読下さい。書籍の番号は、ISBN978-4-7598-1351-7であります。
珍しい形態の公立高校を維持存続させるために献身的な活動をされているのは感動ものでした。仕事が増えるだけなのに学外からの無料の研修を受け入れるのは、全国的に宣伝しなければならないという使命感に基づいているのかも知れないし、自分の仕事に誇りを持って臨んでおられるのかも知れません。この学校では少なくとも個人プレーでなくそれらがなされていることも理解でき、真摯に自分の課題を捉えて最大限の努力をする教員の姿を、株価に一喜一憂している投資家の輩に見せたいと思ってしまいました、もっと身近で言えば、雑用が増えた授業コマが増えただの、改革すると今と同じ状態でいられないから反対しようなどと考えているどこかの大学教員にも研修に行かせねばというのが、大阪に戻っての反省会の紹興酒が身体に回ってからの参加者の話題でありました。
我田引水とは自覚して言うのですが、僕も宣伝せねばとお酒の酔いに引き出されて連想したのでありました。都合のよい連想はアルコールが入ると活性化されるようです。ブログでは宣伝は書いた覚えがないのですが、このブログの読者へ近刊の宣伝をしておきます。
近刊は、「「左脳・右脳神話」の謎を解く」が題名で化学同人社DOUJIN SENNSHOの#51です。「右脳を活性化すれば想像力が伸びる」、「音の感じ方は、日本人は西洋人とは異なり優れた感受性を持つ」などは嘘だよ、という話や40年ほど関わってきた僕の左右脳研究の回顧から学んだことなどが書いてあるのです。身内からは結構高い評価を受けているだけでなく、ネットでの書評でも、なぜか「しんぶん赤旗」でも好意的な書評が掲載されたのですが、あまり売れていないのではないかと心配しています。編集担当者に元気が出るように読者は購入、宣伝に尽力下されば有り難い。
この本は端的に言えば,僕が40年近く教育公務員として税金を使って生きてきたのですが、真摯に自覚して役割を果たせたのだろうかと評価を問うものなのです。
評価は「足を知り、足らざるを知る」ことでありますから、この先の生き方を考える道しるべにせねばなりません。ご一読下さい。書籍の番号は、ISBN978-4-7598-1351-7であります。