オランダで思ったこと
今年も国際神経心理学会の参加できた。帰国後はこれまでになく体調の戻りが遅く、10日ほど要した。加齢に伴う自然な現象と言われれば正面からは反論はできないが、帰国して4日程の間に2度も飲み会に参加したことも原因と考えられるので、加齢だけに原因帰属したくない心情はある。学会の様子を書いても読者には興味がないと思われるので、経験し感じたことを記すことになる。まるで遊びに行ったような印象を与えるかもしれないが、非日常の経験をすることは教養を豊かにすると拡大解釈すれば税金の無駄使いの誹りは必ずしも的確ではない(はずである)。
昨今は研究者の倫理違反の報道が多くなっている。研究者は倫理的に問題がないはずと性善説の最後の砦のような空気をメディアが期待するのだろうと推察できるが、データの改ざんや剽窃など倫理違反が存在するらしい。ニュースになるのは稀少である証拠だろうと思いたい。研究費の使用にも違反が報じられ、厳格化が求められるようになった。しかし、発表の直前に到着してずっと学会場で勉強して終了後すぐに帰社せよ、帰国せよというのでは、獲得できたかもしれない大事なことも取り逃がすことになるかも知れないからである。たとえば、発表後の議論でもっとゆっくり内容を検討しようや、という未知の研究者群がいてうまく行けば新しい展開が生まれる可能性は、固すぎる規律の下では生まれない(そんなこと皆無だろうと言われそうだけど、確率的にはあり得る)。
僕の敬愛する老共産主義者はときに、「カテイコトイウナヨ」と堅苦しい議論の過程でスキマを求める。本質的なこと以外での些末なことは意に介さなくてもよいのだという自分に自信のある人特有の技である。昨夜見たテレビの番組で、1年半自宅に居候させて作らせた彫刻に法外な値段がついているのを見たが、裕福な人は懐が深かったのである。もっとも江戸末期の話なので、そんな悠長な時代ではないとか、話がそれて行くのは記憶障害が始まった老人の症状だと言われそうなので止めておこう。要するに学会以外での感想を書くけど、税金の無駄使いでもないからネ、というだけのことである。
アムステルダムは35年ほど前にも泊まった経験がある。そのときの旅で訪れた北イタリアでは首相が殺害される事件があった直後でもあり、欧州に左派暴力が横行した物騒な社会情勢であったこともあり、印象は悪くアブナイ街という感想を持った記憶がある。今でも中央駅界隈では飾り窓に下着姿の女性がいたり、マリファナの臭いが路地に漂っているのは変わらない事実である。しかし、今回は旧市街からは離れた地区のホテルに宿泊したこともあって、綺麗な街落ち着いた街という印象である。ゾウの足にだけ触れてゾウを語ってはいけないということであるが、個人の体験は限定的にならざるを得ない。人の言うことは鵜呑みにしてはいけないことは当然である。
住宅地にあるホテルの界隈を散歩すると(ホテル代金は高く、したがって大きな部屋に泊まる訳にもいかないので散歩が多くなるのであります)、広い道路(車道+日本の歩道幅の自転車道+車道幅の歩道)をさっそうと大柄の男女がかなりの速度で自転車をこいで走り去るのに出くわす。坂道はないので自転車が有効なのだ。アパート群の表通りに商店街があるが、何時見ても人はまばらで店は5時には閉じてしまう。カフェのみが開いていて長い日没までの時間を過ごしている姿ばかり見かけた。長い通勤を含めた労働時間の日本では考えにくい。比較すると総じて食品の種類はチーズなどを除いて少なく質素、着ている衣服も質素(ブランドものを持つオランダ人はついぞ町中では見かけなかった)である。食べ物と衣類などにもっぱら金を使い時間に余裕がない日本人にhappy?と聞かれたらどう応えるべきか、などと考えたことである。
というように、海外に出るといろいろと比較して日本での足りないところが気になるものであるが、一昨日旧知のドイツ人学者から暑中見舞いが届いた。「暑中お見舞い申し上げます・暑い日が続きますが体調にはくれぐれもお気をつけ下さい」と筆ペンで日本語が書かれており、桔梗に似た手書きの花の絵が添えられているものである。日本大好き・合気道大好きの先生からである。日本の暑中見舞いや年賀状の習わしにハマっている人である。よその庭は奇麗に見えるものだということかも知れないが、見聞を広め比較をして足りないところを補い、足るところを配るこころがけが寛容であるということでありましょう。
ということで、私からも読者に「暑中お見舞い申し上げます・暑い日が続きますが体調にはくれぐれもお気をつけ下さい」の挨拶を送ります。
昨今は研究者の倫理違反の報道が多くなっている。研究者は倫理的に問題がないはずと性善説の最後の砦のような空気をメディアが期待するのだろうと推察できるが、データの改ざんや剽窃など倫理違反が存在するらしい。ニュースになるのは稀少である証拠だろうと思いたい。研究費の使用にも違反が報じられ、厳格化が求められるようになった。しかし、発表の直前に到着してずっと学会場で勉強して終了後すぐに帰社せよ、帰国せよというのでは、獲得できたかもしれない大事なことも取り逃がすことになるかも知れないからである。たとえば、発表後の議論でもっとゆっくり内容を検討しようや、という未知の研究者群がいてうまく行けば新しい展開が生まれる可能性は、固すぎる規律の下では生まれない(そんなこと皆無だろうと言われそうだけど、確率的にはあり得る)。
僕の敬愛する老共産主義者はときに、「カテイコトイウナヨ」と堅苦しい議論の過程でスキマを求める。本質的なこと以外での些末なことは意に介さなくてもよいのだという自分に自信のある人特有の技である。昨夜見たテレビの番組で、1年半自宅に居候させて作らせた彫刻に法外な値段がついているのを見たが、裕福な人は懐が深かったのである。もっとも江戸末期の話なので、そんな悠長な時代ではないとか、話がそれて行くのは記憶障害が始まった老人の症状だと言われそうなので止めておこう。要するに学会以外での感想を書くけど、税金の無駄使いでもないからネ、というだけのことである。
アムステルダムは35年ほど前にも泊まった経験がある。そのときの旅で訪れた北イタリアでは首相が殺害される事件があった直後でもあり、欧州に左派暴力が横行した物騒な社会情勢であったこともあり、印象は悪くアブナイ街という感想を持った記憶がある。今でも中央駅界隈では飾り窓に下着姿の女性がいたり、マリファナの臭いが路地に漂っているのは変わらない事実である。しかし、今回は旧市街からは離れた地区のホテルに宿泊したこともあって、綺麗な街落ち着いた街という印象である。ゾウの足にだけ触れてゾウを語ってはいけないということであるが、個人の体験は限定的にならざるを得ない。人の言うことは鵜呑みにしてはいけないことは当然である。
住宅地にあるホテルの界隈を散歩すると(ホテル代金は高く、したがって大きな部屋に泊まる訳にもいかないので散歩が多くなるのであります)、広い道路(車道+日本の歩道幅の自転車道+車道幅の歩道)をさっそうと大柄の男女がかなりの速度で自転車をこいで走り去るのに出くわす。坂道はないので自転車が有効なのだ。アパート群の表通りに商店街があるが、何時見ても人はまばらで店は5時には閉じてしまう。カフェのみが開いていて長い日没までの時間を過ごしている姿ばかり見かけた。長い通勤を含めた労働時間の日本では考えにくい。比較すると総じて食品の種類はチーズなどを除いて少なく質素、着ている衣服も質素(ブランドものを持つオランダ人はついぞ町中では見かけなかった)である。食べ物と衣類などにもっぱら金を使い時間に余裕がない日本人にhappy?と聞かれたらどう応えるべきか、などと考えたことである。
というように、海外に出るといろいろと比較して日本での足りないところが気になるものであるが、一昨日旧知のドイツ人学者から暑中見舞いが届いた。「暑中お見舞い申し上げます・暑い日が続きますが体調にはくれぐれもお気をつけ下さい」と筆ペンで日本語が書かれており、桔梗に似た手書きの花の絵が添えられているものである。日本大好き・合気道大好きの先生からである。日本の暑中見舞いや年賀状の習わしにハマっている人である。よその庭は奇麗に見えるものだということかも知れないが、見聞を広め比較をして足りないところを補い、足るところを配るこころがけが寛容であるということでありましょう。
ということで、私からも読者に「暑中お見舞い申し上げます・暑い日が続きますが体調にはくれぐれもお気をつけ下さい」の挨拶を送ります。