煙の王様
突然だが東芝日曜劇場に「煙の王様」(62年)というエピソードがある。当時ではまだ珍しかったオールフィルム撮影のテレビドラマであり、芸術際賞文部大臣賞、日本テレフィルム技術賞を受賞している。それと同時に一部の特撮ファンにも知られているドラマである。なぜなら監督が円谷一だからである。とはいっても別に特撮ドラマというわけではない。工業地帯に生きる貧しい少年少女たちのお話だ。
主役の少年・ポパイを演じるのが当時14歳の名子役・市川好郎である。このブログでも何度か登場しているが、成人してからはチンピラや凶悪犯といった役柄がほとんどである。当時から可愛いタイプの顔ではなかったが、成長した姿からは名子役だったことが想像しづらかった。その妹役が相原ふさ子。「飛び出せ青春」では女生徒の一人として登場していたがこんな長いキャリアがあったとは知らなかった。ポパイのガールフレンド・バンビ役は、これがデビュー作となる北島マヤ(当時14歳)が演じた。北島マヤといえば「ガラスの仮面」の主人公を思い浮かべる人も多いかと思う。古いドラマではよく見かける名前なので気になっていたのだが、実は何の関係もないそうである。要するに美内すずえが「北島マヤ」という女優が実在することを知らずにつけてしまったのだそうだ(ちなみに「北島」は名前を考えているとき、ラジオから北島三郎の歌が聞こえたからだそうだ)。偶然の一致とは驚きである。あと子役で青柳直人とは後に「おれは男だ」などに出演する三城康裕のことである。
もちろん子役だけでなく、佐々木功、菅井きん、藤原釜足、戸浦六宏、河野秋武といった大人たちも登場する。まあ円谷一らしいかと言われれば、円谷研究家ではない私にはよくわからんが、そう思ってみればそんな気がすると思う。
八丁堀暴れ軍団
和田浩治の話題は前回で終了の予定だったが、中途半端なので一回延長しようと思う。
和田浩治は20代後半になるともっぱらテレビへの出演が多くなる。特に目立つのが「プレイガール」へのゲスト出演である。日活を退社した71年頃から出演している。30代になると時代劇の出演が多くなる。「必殺シリーズ」には恐らく二度(仕事屋稼業、仕置屋稼業)、悪役で出演している。そして78年「大岡越前・第5部」より同心・風間駿介役でレギュラー入りするのである。それが好評を得て「疾風小僧」の項で書いたとおり、「疾風同心」という彼を主役にしたスピンオフ作品が制作されるのである。放送局は本家と同じTBSではなく、テレビ東京での放映であった。で、本項のタイトルである「八丁堀暴れ軍団」(79年)はその続編である。まあ基本設定は変わらないがタイトルにあるように「暴れ軍団」が結成されるらしい。それは同心たちではなく駿介を支持するチンピラたちだそうだ。出演者は和田、大坂志郎の他は川崎あかね、平井昌一、植頭実、そして大友柳太朗などである。1クールの番組だったこともあり意外と知られていないドラマではないだろうか(私は知らんかった)。
和田の妻といえば田村順子だが、それ以前に歌手の梓みちよと結婚している。しかしスピード離婚したそうで、その時期とか期間とかは不明である。スピード離婚した芸能人は結構いるもので、こういうブログを書いていると初耳な組み合わせに出会うことも結構ある。
和田浩治は86年に42歳の若さで他界した。デビューも早かったが、死ぬのも早かった。まさに「疾風」のような人生だったといえよう。
ある日私は
和田浩治は前述のとおり、63年頃まだ20歳前だったのだが、脇に回ることが多くなっていった。替わりに台頭してきたのが、同年齢の高橋英樹(61年デビュー)、年上の渡哲也(65年デビュー)などであった。和田の場合、少年であることが売りだった部分が多く、成長するにつれ個性が薄れてきたと捉えられた感がある。デビューがもう少し遅ければ、また違っていたのかもしれない。60年代になると「映画俳優」と言われる人もテレビへ出演するようになってくるが、和田ももちろんテレビへの出演が多くなってくる。今回はその中から、「ある日私は」(67年)というドラマを取り上げてみたい。
主演は日活の人気女優として台頭していた松原智恵子で、つまり本作は日活制作のドラマである。松原智恵子は66年頃からテレビに出演しだしているが、ほとんどが主演であった。本作も「女子大生の主人公(松原)が4つの恋愛を通して成長していく物語」だそうだが、半年(放送期間)で四つの恋愛とはなかなかのプレイガールである。和田浩治はその相手役の一人でレーサーだそうである。で残りの三人だが、出演者の顔ぶれから判断すると川口恒(浩の弟)、津川雅彦(長門裕之の弟)、松山省二(栄太郎の弟)の次男坊トリオだろうか。ひょっとして松山の代わりに早川保かもしれない。他の出演者にジュディ・オング、梶芽衣子(当時は太田雅子)、ここでも和田と一緒の大坂志郎、大御所の佐野周二、高峰三枝子と中々豪華なメンバーが揃っている。主題歌はジャッキー吉川とブルーコメッツの「何処へ」という歌らしいが、この次に出すシングルがあの大ヒット曲「ブルーシャトウ」である。
竜巻小僧
前項に続いて和田浩治の小僧シリーズより、第3弾「竜巻小僧」(60年)を取り上げてみる。シリーズといっても、それぞれの作品に繋がりはなく、和田浩治自身もそれぞれ違う役柄である。共演者も清水まゆみ以外はかなり異なっている。本作では小高雄二、ジェリー藤尾、安部徹らに加え、由利徹、南利明の「脱線トリオ」勢に佐山俊二(後に脱線トリオのメンバーとなる)、わかる人は少ないと思うが相原巨典、鴨田喜由の東宝ニューフェイス第1期生コンビ(私も顔はよく知らない)、歌のシーンでは坂本九、ハナ肇とクレージーキャッツの面々などが登場する。クレージーキャッツといえば東宝のイメージが強いが、それは62年以降であり、それ以前は大映や松竹にも出演していた。いずれにしろ日活作品でクレージーキャッツはかなり珍しい。ちょうど石橋エータローが病気休業し、桜井センリが替わりに加入した頃なので、メンバーはハナ肇、植木等、谷啓、犬塚弘、安田伸、桜井センリの六人である。坂本九も映画は東宝作品が多いし、ジェリー藤尾は日活作品もそれなりにあるが、この頃は東宝や大映作品の方が多かったようである。
つまり、本作は何故か東宝にかかわりの深い人がそろった日活映画なのである。和田、清水、小高がいなければだいたいの人は東宝映画かと思ってしまうことであろう。
疾風小僧
和田浩治でシリーズものといえば「小僧」シリーズである。「素っ飛び小僧」「疾風小僧」「竜巻小僧」(いずれも60年)とあるが、その中から「疾風小僧」をピックアップしたい。
「小僧」という言葉は別に死語ではないと思うが、昨今あまり使わないということはいえよう。昔は突貫小僧とか爆弾小僧などという芸名の子役がいたし、山城新伍だって「風小僧」だったのである。当時16歳の和田なんぞ、世間的には小僧であった。さて本作の舞台は北海道である。和田といえば、清水まゆみだが本作での役柄はアイヌの少女でなのある。当時はアイヌ(という設定)の人とか村とかは普通に登場していたものである。悪役はお馴染みの内田良平、他には葉山良二、清水将夫、吉永小百合、そして相方的な役に大坂志郎といった布陣なのだが、タイトルに疾風がつき、共演が大坂志郎とくれば「疾風同心」(78年)を思い出される人もいるのではないだろうか。和田浩治は主演スターだった時代は2年間程度で、次第にワキに回ることが多くなっていくのだが、その和田がおそらく十数年ぶりに主演となったのが「疾風同心」なのである。(ちなみに読み方は「シップウ同心」「ハヤテ小僧」である。)知っている方も多いと思うが「大岡越前」で演じていた風間駿介という同心(そういえばジャニーズに風間俊介っているな)のキャラが好評で、先輩同心の大坂志郎や岡っ引きの高橋元太郎と共にスピンオフして制作されたドラマである。
ひょっとして和田と大坂の共演なので「疾風同心」というタイトルになったのかも。とまあ、いつの間にか「疾風同心」の話題になってしまったのであった。
無言の乱斗
当時15歳だった和田浩治が主役デビューした作品が「無言の乱斗」(59年)である。父親はピアニストで本人も音楽学校に通っていたところをスカウトされている。和田自身はピアノではなく、映画でもよく見られたがドラムが得意だったようである。本作の監督は西河克巳だが、日活の常務が「西河がOKならOK」との判断で、和田の抜擢が決定した。これは西河が「若い傾斜」という作品で予定外だった赤木圭一郎を大役に抜擢して成功した実績を見込んでのことだった(西河本人インタビューでは赤木を主役に抜擢したとなっているが、この作品の主演は川地民夫である)。ただタイトルに関しては「練鑑ブルース」にしたかったそうだが、却下されたらしい。確かに鑑別所が舞台なのでわかりやすくはある。和田の役柄も当然、人を刺して(ちなみに高品格である)鑑別所の入所してきた少年である。やはり入所している少年たちを演じるのが杉山俊夫、神戸瓢介、武藤章生、浅沼創一などこの後も日活のバイブレイヤーとして活躍する面々だ。対して教官を演じるのが葉山良二、近藤宏、そして中村主水の妻として名高い白木万理(当時マリ)である。そして和田の許婚役なのが清水まゆみ。デビュー作からのコンビなのである。
タイトル予定だった「練鑑ブルース」という歌をコロムビアから出したのが守屋浩だが、彼は堀威夫とスイング・ウェストのバンドボーイであった。前々項のことを詳しく書くと、この「無言の乱斗」にはスイング・ウェストも出ており(ノンクレジットだが)、堀は西河に守屋の歌を使って欲しいと売り込んだのである。守屋の見た目も良かったことから、西河は守屋を出演させることにし、和田とはコンビのようになったのであった。ところで、タイトルは「無言の乱斗」と「練鑑ブルース」どちらがよいと思うだろうか。個人的には「無言の乱斗」で良かったと思うのだが(意味はよくわからんが)。
有難や三度笠
守屋浩の「有難や節」がヒットした61年、前項の「有難や節あゝ有難や有難や」以外にも有難や映画?が存在する。それが「有難や三度笠」である。日活では主に和田浩治作品の助演であったが、こちらは東宝映画で、しかも主演である。実はこの二週間ほど前にやはり守屋主演で「泣きとうござんす」という作品が公開されているが、これらは「守屋浩の三度笠シリーズ」と銘打たれている。シリーズものの好きな東宝っぽいが、結局この二作だけである。というわけで、この二本の出演者はほぼ同じであるが、前後編というわけではない。守屋以外は役柄が変わっている。共演は東宝のスター陣で、佐藤允、浜美枝、堺左千夫、「アタックチャーンス」でお馴染みの児玉清、脱線トリオの一人であった八波むと志などである。
しかし二本も映画化されるくらいだから「有難や節」はかなりヒットしたのだろうが、正直聞いた記憶のない歌である。ヒット曲で自分が記憶に深いのはやはり昭和40年代以降で、守屋浩の歌で知っているのは「僕はないちっち」くらいである(ちなみに「有難や節」より前だったりする)。ちなみに、当時のアイドル的存在であった本間千代子(当時21歳) と66年に結婚している(後に離婚)。
有難や節あゝ有難や有難や
戦後東宝シリーズはひとまず終了して、最近見た映画から取り上げてみたい。
自分は基本的には車に興味のない人間だが、60~70年代前半くらいだと話は違ってきて、その時代の日本車のミニカーなんぞを集めたりしているのだが、冒頭それらの車が行きかうシーンで始まるのが「有難や節あゝ有難や有難や」(61年)である。懐かしのオート三輪やダイハツミゼット、マツダK360、初代スカイラインや初代クラウンを見ることができる。といっても別に車の紹介映画というわけではなく、主役の和田浩治が自動車会社で働いている設定なのである。
和田浩治といえば、15歳でいきなり日活のダイヤモンドラインといわれる主役俳優の一人に抜擢された役者だが、この時点でもまだ17歳。とはいっても20歳程度には見え、幼いという感じはない。本作には吉永小百合も出ているのだがヒロイン役ではない。和田浩治の相手といえば清水まゆみと当時はほぼ固定されており、本作でも清水がヒロイン役である。もう一人和田浩治映画にセットのように出演しているのが歌手の守屋浩である。本作のタイトルは守屋浩の当時のヒット曲「有難や節」にちなんでいる(もちろん本作の主題歌でもある)。守屋浩はホリプロのタレント第1号であり、水原弘、井上ひろしとの「三人ひろし」として有名である。「浩」は本名ではなく、水原、井上の二人にあやかって付けられた名前である。社長の堀威夫が守屋の歌を映画に使ってもらおうと売り込んだところ本人も映画に出演することになったという。ちなみに守屋は現在でもホリプロにスカウト部長兼タレントとして在席しているらしい。
「四人ひろし」と言われる場合のかまやつひろし(当時はヒロシ)も本作には出演しており、高品格らと和田・清水を追いかけるチンピラの一人である。異常に大きなサングラスをかけたりしている。当時はまだソロ歌手だったと思われるが、直後に加わることになる「田辺昭知とザ・スパイダース」も本作のOPにクレジットされている。姿は確認できなかったが、おそらくバックで演奏していたバンドであろう。結成されたばかりで、まだ堺正章も井上順もいない頃である。かまやつも加わったお馴染みの七人組になるのはこの翌年の話である。
五十万人の遺産
前項から時代がかなり飛ぶのだが、62年に三船敏郎は三船プロダクションを設立、翌年には自ら監督、そして主演となる「五十万人の遺産」を制作した。出演は三船を初め、仲代達矢、三橋達也、山崎努らが顔を揃えるが、しかしこのメンバーだと黒澤作品「天国と地獄」(63年)のメインキャストが、そのまんま流れてきた感じである。実際「天国と地獄」のすぐ後にこの作品は制作されているので、無関係ではあるまい。他にも土屋嘉男、田島義文、星由里子、浜美枝、そしてニューフェイスの同期生・堺左千夫などが出演している。スタッフでも田中友幸、藤本真澄という東宝の二大プロデューサー、脚本も菊島隆三と一流どころが揃っていたが、世間一般の評価としては失敗作という烙印を押されている。実際見ていないので何ともいえないが、三船に監督としての力量がないのか、話自体つまらないのか、よくわからないが評判はよろしくないようだ。これに懲りたのか、三船が自らメガホンを握ることは二度となかったが、映画制作をやめることはなく石原プロと共同した「黒部の太陽」などのヒット作も生み出した。
いずれにしろ「五十万人の遺産」は三船唯一の監督作品という貴重な映画となっている。それだけでも見る価値のではないだろうか。まあ評判どおりつまらないかもしれないけれども。
石中先生行状記
三船敏郎はデビュー当時は、大体が山本嘉次郎、谷口千吉、そして黒澤明といった自分を俳優に導いた監督の作品がほとんどであった。そういえば、黒澤が監督でありながら東宝作品ではないもの(静かなる決闘、羅生門=大映、醜聞、白痴=松竹)についてあまり深く考えたことがなかったが、これは東宝争議で撮影できる状態ではなかったため、山本、谷口、黒澤そして成瀬巳喜男らが「映画芸術協会」というグループをつくり、他社を放浪しながら撮影していたためである(全員後に東宝に復帰する)。
三船は今、名前の出た成瀬巳喜男の作品にも出演している。最初に出たのが新東宝作品である「石中先生行状記」(50年)で、これは3話構成のオムニバス喜劇である。正直、自分は成瀬巳喜男については、その名前以外どんな作品があるかもよくは知らないのだが、漠然と当時の三船のカラーには合っていないような気がする。この石中先生ものは、何作かあり、翌年の「戦後派おばけ大会」という作品にも三船は出演している。
主演の石中先生には宮田重雄。聞いたことがないなと思ったら、本職は洋画家であり医者だそうである。何故起用されたのかは不明だが、役者でもない人が起用されるのは現在でもあることだ。他の出演者だが池部良、杉葉子、進藤英太郎、柳谷寛、そして三船とニューフェイス同期の若山セツ子、木匠久美子、堀雄二などである。ところでこの映画、偶然?にも来月CSで放送されるようだ。一応見てみるつもりである。