起業の前の大きなテーマ。大手とケンカして勝つ方法は・・・?
テクノコーポレーション代表取締役のHです。
なんとなく秋の予感です。「ギャー!暑いなー」というほどではなくなりましたよね。
なにより、被災地の方々が過ごしやすくなってほしいです。
さて、前回に続きセールス修行のお話を書きます。
『少し汚れが目立つ』賃貸マンションのオーナーさんを訪問するのと同時に、雑居ビルも根こそぎセールスしました。
JR荻窪駅で降りて、青梅街道を歩きながら吉祥寺に向かいました。どうして荻窪なのかというと、JR中央線の新宿駅に向かったのですが、なぜか荻窪で降りたくなったのです。。。
新宿から青梅街道を西に向かう予定が、荻窪~西荻窪~吉祥寺というルートに変更になったのでした。どうしてなのか、今でも分かりません。
ほとんど、「消防設備の定期点検」のおすすめセールスでした。当然、「うちはやらないから」「アンタ、今流行の消防署からきましたっていう詐欺じゃないの?」というあしらわれ方がほとんど。
しかし、一番多かったのが「三○電機ビルテクノサービスに一括で頼んでるから」とか「日○ビルサービスに一括で頼んでるから」といった返答でしょう。
少し大きめのビルは、大手が管理しているケースが大半でした。「大手に勝るイノベーションを発揮しなくては・・・」と、毎日何時間も考え続けました。しかし、妙案が浮かびません。
そんなことを考えながらも、三日くらいの間に、たしか7~8件の受注をいただくことができました。
それからというもの、「どうすれば大手から仕事を奪取できるか?」というテーマを考え続けることに明け暮れました。数ヵ月後に答えは出ました。それは、「連合体」を形成し、大手のもつ強みに近づこうというものでした。
ここからが、経営戦略を真剣に考えるキッカケだったのです。「○菱・○立・○芝」はじめ、大手・中堅のビル管理会社の胸をお借りする気合で挑もうと思いました。そろそろ丁稚奉公も終わりかな・・?と思い始めたのもこのころです。平成8年の春でしたでしょうか。
起業のまえのセールスマン修行。自らを鼓舞させながら前進。
テクノコーポレーション代表取締役のHです。
台風が猛威をふるい、大変な被害でしたね。被災地の皆様方には、深くお見舞い申し上げます。そして犠牲になられた方々に、深く哀悼の意を表します。
東京都多摩地区でも局地的なゲリラ豪雨というやつで、多摩川の水量が尋常ではありませんでしたね。
日ごろの防災意識、危機管理の意識が高い人は、本領発揮でしたでしょうか。
さて、前回は営業マンの修行をスタートさせたところまで書きました。
ここでお話したいのは、「会社の看板」要するに「会社の知名度」に関してです。
それまでは、一部上場の会社の名刺でご挨拶させていただいておりましたので、「あぁ、○○火災海上の方ね」と、リアクションしていただけました。
しかし、中小企業、そのまた小企業の会社の名刺を渡しても、お客様は「何の会社?」とか「うちは消火器あるからいいです」とか、けんもほろろにシャットアウトされてしまうのがオチでした。
「大きい有名企業で営業しているときは、楽だったんだなぁー」と、つくづく思い知らされました。
そして同時に、「会社を設立したら、有名企業にしなければ」と、決意を新たにしました。
とにかくいろいろなパターンを見つけて、訪問を続けましたが、だんだんとコツがわかってきました。それは、「なるべく汚い賃貸マンション」をみつけたら、そこのオーナーを探し出してセールスする方法。
だいたい無頓着なマンション経営をなさっているオーナーさんが多いのです。消防署からも勧告書をもらったりしていて、それでもなお面倒だったり相談する人がいなかったりと。
その方法はけっこう当たり、その時お世話になっていた会社にも、結構な利益が生まれ、私も嬉しかったですね。そのうち歩合給もつけて下さるようになり、必死で頑張った月の給料は、軽く100万円を超えておりました。
そんなことが半年も続くと、「会社設立なんかしないで、このままでいいかなぁー」なんて思ったりしてしまいました。その度に、「あの決意」を思い出し、自らを鼓舞させたのでした。
断言します。自らを鼓舞する方法を身につけている人は、迷いながらでも、確実に前進できます。
起業の前の工事現場での修行。懐かしい街並み
テクノコーポレーション代表取締役のHです。
昨日まで、親戚の葬儀の義理で茨城県土浦市に泊まっておりました。
いいところですね。市街地には何でもお店があるし。最近はつくば市に移転する企業が増えてしまい、ジワジワと寂れてきたと、地元の方が言ってました。それでも十分満足できると私は思いました。
さて、前回は工事現場に通う毎日がスタートしたところまで書きました。主な業務は、避難器具設置工事や、飾り金物設置工事でした。
その工事現場は、主に共同住宅いわゆるマンションが多かったのですが、当時は竣工検査ギリギリでの工事日程を組まれておりました。毎日追いまくられる日々。
だけど、本当にいい経験をさせてもらいました。その当時に工事現場で知り合った防災業者さんや、内装工事業者さんは、いまでも仲良くさせていただいております。もう、20年になるんです。
一番多かった現場は、今の横浜市都筑区あたりでしょうか。当社の役員の一人が都筑区のマンションに住んでおりますので、たまに遊びに行くと、その街並に懐かしさを感じます。
そしてそんな環境で過ごすこと5年。そろそろ工事現場の仕事から、既存の建物のマネジメント業務へとシフトしてきた時期でもありましたね。消防関係の資格も取得しました。
賃貸マンション・ビルのオーナー様のご自宅に伺い、セールスを始めたのも、このころでした。私は必死でセールスをしましたが、なかなかうまくいきません。その当時私は三十代半ばでした。体力はあったのですが、精神力はまだまだ。断りの連続に、へし折れそうになったことも一度や二度ではありませんでした。
断言します。セールスのセンス、営業のセンスがあれば、どんなに日本が不景気になっても、食っていけます。そのとき、本当に確信しましたね。たしか、東京消防庁調布消防署の駐車場で、車の中で確信しました。こんなことって、憶えているものなんですよね。
独立・起業を決意したとき
株式会社テクノコーポレーション代表取締役のHです。
来月は、私が起業を決意した記念月にあたります。9月12日が、その日です。平成3年の9月12日でした。
それまで某損害保険会社で営業マンだった当時、「建物管理の魅力」を感じ、その分野の会社で土日バイトさせてもらっていました。保険代理店にもなっていただいていた会社でもありましたし、火災保険を勉強するうち、構造だの設備だの知識が増えたせいもあって、小遣い稼ぎというよりは、お客様へのサービスの一環という意識もありました。なにより、興味があったのでした。
いずれはこんな仕事で独立できたら楽しいだろうなぁーと思っていましたが、あるきっかけで、その会社に丁稚奉公することになったのです。
そのきっかけというのも、その会社(消防設備工事や安全用品を販売する会社)の社員旅行に同行してしまったからなのです。当時の社長さんや社員の方々から、かなり執拗にラブコールされ、私も酔った勢いでOKしてしまったのです。
そうと決まったら、損害保険会社を辞めなければなりません。まず、家内に話しました。意外にもあっさりとOKでした。数年後にそのときの心境を聞いたところ、「私がダメと言ったって、やりたかったんでしょ?それに、独立なんて、カッコイイじゃん!」でした。。。
それよりも、それまでお世話になっていた損害保険会社を辞めるときのほうが大変でした。支社長からは怒鳴られ、先輩からはののしられ、後輩からはガッカリされ、さんざんでしたが、もう後には引けませんでした。
覚悟を決めてスタートした日、それが平成3年9月12日です。
記念に「ロレックスエクスプローラー」と、「モンブラン」のボールペンを、分割で買いました。ちょうど20年前になるんですね。まだ私の左腕で時を刻みつづけています。
それからは、毎日毎日、工事現場に通う日々が始まったのです。それから平成8年まで修行させていただいたのです。その会社はもう無いのですが、当時お世話になった方々には、感謝してもしきれません。
米沢ラーメン(中華そば)地元ではラーメンをそばと呼ぶ米沢市
株式会社テクノコーポレーションのHです。
前回は、うどんについて書きました。今回は、ラーメンについて書いてみますね。
ラーメンほど語れる食べ物はないでしょうね。それだけ好みも違えば種類も豊富です。
おそらく、「ここが日本一」といえるラーメン屋さんを決めることは不可能でしょう。テレビの番組でやっている『美味しいラーメン屋さん選手権」は、抽出方法に大きな偏りがあるため、どうしても駅の近くとか、交通量の多い地区にあるラーメン屋さんに、票が集中してしまう傾向がみられますよね。
私だけではなく、そうお気づきの方も多かったはず。
そんなわけで、私は郷里の山形県米沢市近郊に絞ってみます。
ちなみに、東京あたりの私の大好きな店は、たくさんありすぎて困ります。新宿、荻窪、吉祥寺、池袋、恵比寿、本当にたくさんあるんです。
意外な伏兵というやつがあります。それは、埼玉県所沢市にある、埼玉スポーツセンターの風呂屋の付属施設にありました。ここの「武蔵野ラーメン」という醤油ラーメンが、意外と美味かった。もう7~8回食べました。
さて、山形県米沢市では、醤油スープのちぢれ麺が主流です。スープの味は、福島県の喜多方ラーメンと、栃木県の佐野ラーメンの中間のような味。
私の中でのベスト3は、丸金そばや(まるきん)・熊文・かまた食堂 です。背油に慣れた東京の方には、あっさりした印象だと思いますが、オーバーではなく、朝昼晩食べても飽きがこないのです。
東京にも、「米沢ラーメン」を標榜しているラーメン屋がありますが、米沢の人間のプライドにかけて断言しますが、本当の米沢ラーメンではありません。一度、23区内の米沢ラーメンの店に行ってみました。それは米沢ラーメンとは名ばかりの、悲しくなってしまうモノでした。
店員に、「私は米沢の人間だけど、これはちょっとヤバいんじゃないの?」と言いました。すると、「いやぁー、私は福島の人間なんだけど、出してる我々も、これは米沢ラーメンじゃないよなぁーと思ってた」と言うのです。
以前は7~8件あった「米沢ラーメン」の店も、私の知るかぎり、横浜に1件だけのような。全部撤退するか潰れるかしたのです。
みそラーメンでいえば、「白みそラーメン」というのがあります。私が好きな、「ホワイトギョーザ」も置いてあるので、西武線本川越駅前の「ホワイトギョーザ」の店で、「白みそラーメン」と「ホワイトギョーザ」8個を注文します。
ホワイトギョーザって、金沢市にもありますが、金沢市か、千葉県の流山市が本家本元らしいですね。
一味唐辛子をダバダバにした醤油につけて、しろごはんと食べるホワイトギョーザ、熱くて美味いんですよねー。
ラーメンからホワイトギョーザに話題が変わりそうなのでこのへんで。