前和光市長 松本たけひろ オフィシャルウェブサイト -96ページ目

法定得票と選挙報道〜法定得票を満たしたか報道しない新聞がある

最近、気になっているのが選挙報道のうち、得票数の記事における「落選者が法定得票数を満たしたか満たさないか」を報道しない新聞があるということ。

まず、日本の選挙制度では、投票総数に占める得票率が低すぎる場合、定数の範囲内の順位でも、当選人とはなれない、という仕組みになっています。その基準となる得票数が法定得票です。
地方選の法定得票には、もう一つ、大切な意味があります。それは繰上げの対象となるための要件であるということです。

さて、そもそも地方政治への関心が高まらない背景には新聞の取り上げ方の問題もあるのですが、ただでさえ貧相な地方選報道において、たかだか記号をいくつかつければいいだけの内容を省略するメディアがあるんです。
具体的には今回の朝霞、上尾の市議選の結果報道では、東京、毎日、産経の三社は落選者が法定得票を満たしたかどうかを表から省略しました。

当選者が3ヶ月以内に死亡した場合、他市に引っ越した場合などで、繰り上げ当選が発生することがあります。
その繰り上げ資格の有無が、あの記号でわかるのです。

たかだか三角印や四角印の1つや2つですが、ちゃんと意味があり、私は報道すべきなんじゃないかな、と思います。スペースがないわけではないんです。
何の都合で報道しないのかは私は知りません。

この画像、載っている方が朝日で、載っていない方が産経です。
その差はたかだか記号一個と注釈。しかし、この記号があることで、繰上げの資格者がいるかどうかは一目瞭然です。
省略しない方が地方自治の観点からは正しい姿であろうと思います。


今度は丸山台に「国際周期表年」の記念モニュメントを設置します!

12月7日午前10時から、国際周期表年の記念モニュメント除幕式典を開催します。

メンデレーフが元素の周期律を発見してから150周年の記念すべき年であり、同時に様々な元素の質量、同位体存在率、元素名などを決定してきた国際純正・応用化学連合が設立100周年を迎えました。
これを記念して、和光市中央の柳下技研㈱さん寄贈の記念碑の除幕式を行います。場所は丸山台のニホニウム記念碑の正面です。
いろんな町に行くと偉人の銅像が立っていますが、理研の街、科学の街である和光市には、周期表、ニホニウムの記念モニュメントがあり、また、元素番号1から118番までの銘板がニホニウム通りに埋め込まれています。
今回はさらに、国際周期表年の記念モニュメントが加わります。

すでにモニュメントはカバーがかけられた状態で、ニホニウム発見の記念モニュメント(画像参照)の正面に設置されています。

ちなみに、プラネット9探索の中心的な人物であるコンスタンティン・バテイギン博士は、和光市の和光四小出身。将来はノーベル賞すら視野に入る俊英です。和光市から、科学の分野で活躍する人物がどんどん彼に続くことを夢見て、科学の街・和光市を盛り上げたいものです。

(画像は「わこまち探検隊ブログより」)

和光市は餅つきシーズン。さて、市内で一番重い杵は!?

12月に入り、市内各地で親睦や炊き出し訓練を兼ねた餅つきが始まりました。
自治会ごとに、あるいは地区の自治会連合会単位で、地域センターの運営委員会として、など、地域の方々が力を合わせて準備をし、当日はたくさんの地域住民が集まる餅つきは、和光市の地域力が存分に発揮される場。私もお声がかかった地域には行かせていただき、皆さんと楽しいひと時を過ごしています。

さて、市内全域で杵を持たせていただいていると、地域により社協のレンタルを使う地域、地域で道具を持っている地域、といろいろな特徴が見えます。中には割れた臼を修理に出すのではなく、自己流に、しかし上手に修繕している地域もあり、非常に面白いです。
杵にも大小あり、以前は大小しか見分けもつかなかったのですが、持ちやすい杵、使いづらい杵などまちまちです。
大きい方の杵も一通りではなく、大にも大小というか、かなりの差があります。
市内で一番重い杵はというと、断然、向山地域センターで使われている杵で、写真の通り、大きくて大変重量感のあるものです。
この杵でつくと、ヘッドを臼に自然落下させるだけで餅ができますが、持ち上げるのがとてつもなく重い。
一方で、小さめのヘッドだと軽くてどんどん振り回せますが、なかなかつき上がらずバテます。ましてや、子ども用の小さな杵ではついてもついても餅になりません。
初めて餅をつく人は大きい方の杵のヘッドの重さに驚くのですが、あの重さにはちゃんと意味があるんですね。

仕事もそうですが、餅つきも道具には意味があったり、トータルで大切なのはバランスだったりします。
たかだか餅つき、と考えがちですが、やればやるほど奥が深いです。

そして、実は本当に深いのは返し手の技。
私は仕事上、返し手になったことはないのですが、いずれは経験してみたいなと思います。返し手によって「つきやすさ」もものすごく変わります。


気象キャスター今村涼子さんによるわこう水防災セミナー

今朝は、テレビ朝日「スーパーJチャンネル」気象キャスターの今村涼子氏の講演が坂下公民館で行われ、地域の方々が水害への備えについて学びました。

まず、「2100年の未来の天気予報」という映像とともに、今村さんが生で予報番組をやりました。
以下、講演のメモです。

研究機関のシミュレーションによる予報を生々しく、本当の番組のように伝えます。猛烈な暑さ、猛烈な台風の予報はしかし、激烈化する今の天気のイメージからはそんなにかけ離れているわけはありません。
まず、その振り返り。この2年だけとっても、2100年に近い状況が見て取れます。
2018年7月は、西日本豪雨で死者が200名以上出たり、熊谷では41.1度を記録。9月には、台風21号で関西空港が水没しました。
2019年、今年はというと、9月に台風15号が来て、千葉では暴風57.5メートルという猛烈な風が吹き、大規模停電の被害が続きました。つづく10月の台風19号では、死者90名以上という大きな犠牲が出ました。
荒川の岩淵水門は12年ぶりに閉じ、過去最大の12都県に特別警報が出ました。

次に気象庁のホームページの活用について。
警報のページでは、危険な時間を確認できますのでチェックし、確認した情報で早めに避難する。
警戒レベルも常にチェックします。特別警報が出たときにはもう遅い、と考えたほうがいいでしょう。

高解像度降水ナウキャストも数時間先の予想までわかるので、役に立ちます。
危険度分布もチェックしましょう。
河川の危険度分布も大切です。
指定河川洪水予報は、氾濫注意情報から氾濫発生情報まで四段階になっています。

国交省の川の防災情報ページも要チェック。
水位の観測所の情報を見ておく。
近くの水位だけでなく、タイムラグにも注意し、上流の水位もチェック。台風19号では、稲敷市において、24時間後に最大水位を記録しました。
大河川ほど要注意です。
千曲川では、タイムラグにより被災した人がいました。13日、雨がおさまってから帰宅したところ、洪水で孤立、というケースです。
長野市内でも上流の降雨とは、6時間のタイムラグがあります。
一方で小さい川は一瞬で水位が上がります。神戸市の都賀川では平成20年、突然増水し、10分で1.3メートルも水位が上昇し10名が犠牲になりました。

次に、実際に和光市のハザードマップの確認。洪水浸水想定は千年に一度の最悪の雨の想定ですが、現実とかけ離れたものではありません。
和光市も最大で5メートルの浸水が起きます。

マイタイムラインを作っておこう。
ハザードマップの「避難生活便利グッズ」は備えるために便利です。
避難所ですが、絶対に行かなければならない、とは限らない。高台の友人宅に行くなど柔軟に備えてください。
自分のいる場所の危険度を知ることが一番大切です。必要なものは早めに準備をしましょう。

千葉の暴風、大停電の経験から、3つの満タンをお勧めします。それは風呂の水、携帯や予備バッテリー、車のガソリンの満タンです。

水平避難と垂直避難も覚えておきましょう。

次に、全員避難とは危険なところにいる人が全員避難するという意味で、危険なところにいないなら、避難の必要はありません。

水の中の避難は危険です。成人男性で50センチぐらいまで。基本誰でも、膝を越える水位だと避難は危険です。
また、車での避難は危険です。

過去になかったことが起こりうる時代です。
能動的に情報収集を、能動的に避難行動を。
10回の空振りが11回目にやってくる【その時】命を救うのです。


中曽根康弘元総理の訃報と角さんとQOL

大勲位中曽根康弘元総理の訃報。あまり中曽根さんのことをよく知っているわけではないのですが、感じたことをひとつふたつ書きます。

世間的にはものすごい大物が大往生した、という捉え方なのだと思います。もちろん大物ですし、大往生なのですが、思い出してくださいよ。
もともとの中曽根さんの立ち位置はそういうものではない。風見鶏と言われ、田中曽根とか言われ、青年将校という揶揄もあり、毀誉褒貶ある政治家でした。

それが同世代が一人逝き二人逝きするなかでなんだか大物の風格が出て来て、90代になるともう、周囲の多くが死んでしまったから、並ぶ者のないまさに大勲位中曽根康弘という人物像が確定した。

中曽根さんは、角さんと同学年です。当時も神がかった天才と言われた角さんが総理になった頃には、2人には天と地の差があった。でも、角さんは失脚し、早世。三角大福中で最後に総理となった中曽根さんが圧倒的な存在感を持ち得たのはなぜか。

ひとつは竹下登首相を後継指名し、影響力を残したまま引退したこと。これはよく言われますが、私は影響力を残したことよりも、影響力を残し得た、人の輪というものを中曽根さんは持っていたように思います。ロンヤスから共産党の不破さんとの対談まで、彼はいつもいい人間関係に恵まれていました。
もうひとつはやはり、健康長寿でしょうね。

秀吉と家康の関係でも、結局は生き残った家康が勝った。家康は健康マニア、自分で調薬もしていました。

まことにつまらない結びでこのつぶやきを閉じますが、中曽根さんと角さんの関係を見るに、人生のQOLをトータルで考えるなら、やはり健康長寿が第一。そして、第二が人の輪だと思います。

中曽根さんの95歳の祝賀会には、旧中曽根派の主だったメンバーが顔を揃えました。中曽根さんは、変わり身を揶揄されたり、保守本流とは決して分類されない、トリックスター的なところがありました。一方で、その人間的な魅力から、常に人の輪に恵まれた人生だったと思います。

人生、健康と人の輪。トータルのQOLを高めるのはこれに尽きます。
私は中曽根さんからそれをあらためて学んだように思います。
半可通以下の駄文ですみません。