前和光市長 松本たけひろ オフィシャルウェブサイト -98ページ目

埼玉県社会福祉審議会

先週のことになってしまいましたが、12日、埼玉県社会福祉審議会に埼玉県市長会から派遣されて出席しました。

毎回、県政について深く知り、意見できる場として、現場の最先端にいる方々との交流の場として、楽しみにしています。

今回のお題は「認知症施策の推進について」「介護人材の確保・定着の促進について」という二つのテーマについて、県の施策実施状況等の報告を踏まえて議論する、ということ。

認知症施策の推進については、今年の6月18日に関係閣僚会議で決定された「認知症施策推進大綱」や同20日に国会に提出された「認知症基本法案」の概要の説明や県が推進してきた認知症サポーターの養成、認知症カフェ(オレンジカフェ)の設置などについて、数値の報告などがありました。
オレンジカフェについては、全県で多様な場で開催されていることに驚きました。スタバ、マックから美容室までが会場になっているとのこと。

介護人材の確保・定着の促進については、離職率と離職理由の統計データから始まり、雇用促進事業や介護福祉士修学資金貸付制度などについて、成果等の報告がありました。貸付制度は平成28年度に始まり、109人が利用、卒業は98人で、県内就職は79人ということで、卒業率が異様に低いと思ったら、まだ卒業していない人の大部分は四大に入学した人だということ。なら納得。

福祉の現場の人手不足は深刻で、正直なところ、短大を活用して2年早く現場に出てもらい、四大にはのちに編入してゆっくり学士を取ればいいのではないか、とアメリカのコミュカレのことを随分調べてきた中では思います。
ただ、肝心の文科省が短大の役割は終わった、とか間抜けなことを言っているので、短大へのニーズは急速に縮小しているようです。

短大卒と四大卒、福祉の現場ということで言うなら、新卒が四大卒である必要は私はないと思います。むしろ、何年かの実務経験を踏まえて四大に編入し、卒論を書いたら、すごくいい修学が出来ると思うのです。

振り返っても私の学部のゼミ論(私の行っていた大学の法学部には卒論はなく、ゼミ生だけがゼミ論を書いていた)はゴミだった。何年かの実務があっての論文なら格段にいいものが書けたと思います。実際に、ちゃんと論文をまとめておきたいという思いが強かったことから、修士課程に行きましたが、学部から直接修士課程に行って論文を書いていたなら、私はゴミを生産していたと思います。

さて、話が大いにずれましたが、私も委員としていくつか発言しました。一つは介護人材現場での人材確保コストの高騰について。現場の人材難は深刻で、派遣等もコストが高い。県が直接というわけにはいかなくても、何らかの形で人材バンク的なものを用意して、いわゆる業者による「中間搾取」を排除できないか、ということ。
もうひとつは県社協が配布している介護という職業を紹介する冊子について。冊子も良いのだけれど、県社協として動画でもやれませんかね、というお話。私はアナログ人間で、動画も含めて活字以外で学ぶことが苦痛な世代です。
でも、若い世代は動画でどんどん学びます。そういう世代に刺さる動画を作ってほしいんですよね。



「EQUiA PREMIE和光」と「和光市東武ホテル」のプレスリリース

和光市民の関心事である、東武鉄道さんの先週の「EQUiA PREMIE和光」のリリースと昨日の「和光市東武ホテル」のリリースがこれ。スタバが23時までというのはかなり都会仕様ですね。




政治スキャンダル隠しの逮捕?ないですよ。ただ、マスコミの忖度はある

タレント逮捕のタイミングが政治スキャンダル隠しである、という言説がまたぞろ出てきました。これは、人間の基本はというと、合理性とはかけ離れ、ややもすれば知的とされる人でも簡単にダークサイドに落ちる、という証左です。
そもそも、我々の社会が大きくなったのは、7万年前、たまたま草原で生き残るために集団生活の規模が大きくなった流れの上にあるだけ。基本、我々は動物と少ししか違いません。迷信もあるし、とんでも医療にも引っかかる。

だからこそ、合理的な観点からそれは違うよ、と言い続けることに価値があり、必要がある。

以前、映画にもなった「ポストマン」というブリンの小説がありました。核戦争後の荒涼とした世界をポストマン、郵便配達人として渡り歩く主人公が、ある村でシェイクスピアの一人芝居をやります。すると、昼間は野蛮な動物の決闘に興じていた村長が涙を流して呟きます。
「俺たちはいつからこういうものを忘れて野蛮な人間に成り下がっちまったんだ」的なことを。
ブリンは、人間の徳性とか、自由とか、民主主義とかそういうものは口を開けて待つのでは手に入らず、闘って勝ち取るしかないんだ、と言いたかったのだと思います。

また、少し前に売れましたが、ヨーロッパで人権や人権のベースとなる所有権が生まれたのは時代の流れではなく、ペストによる人手不足で領主たちがやむなくそういうものを与えた、という主張をする本があり、ごもっともな話だと思いました。
ヨーロッパにおける所有権の発生、つまり、農奴からの脱出は、歴史の必然ではなく、単なる棚ぼただった、と考えるのは胸が苦しくなりますが、ペスト禍がなければ社会の構造は動いたでしょうか。

ただ、我々は歴史に学び、合理的になれる存在でもある、これもまた事実。

そして、ここは某元租借地でもなければ北の首領様の国でもありません。

もっとも、報道機関の忖度があるかないかというと、昨今の日本のマスコミの体たらくですから、あるんだろうな、とは思います。

都内私立高校に進学する高校生を補助しない埼玉県、という問題

埼玉県は県内の私学に進学する生徒に出す補助金を県外の私学に進学する生徒には出していません。
県教委の説明によると、県内私学の振興のためということなのですが、例えば和光市だと、都県境にあるために、高校入試段階で全生徒の約10%、中学入試段階で約10%が都内の私学に進学します。2割近い子供たちが県内私学振興という名目のもとに補助金で差別を受けていることが分かります。
交通網の関係で、和光市のお子さんたちは県内の私学には行きにくく、この県の差別措置がお子さんを持つ家庭にとり、都内に流出するインセンティブになっていることにも注意が必要です。
もちろん、都は都外私学に通学する生徒にも差別なく補助を実施しています。
 
そもそも、埼玉県は県立高校改革が遅れ、県立中高一貫校を増設しないことで中学受験をする世帯からも嫌われ、一方でさいたま市立が好調なことでわかるようにニーズはかなりあるのです。
 
これらは従来から苦情があるところですが、今のところは対応の兆しがありません。
知事さんも交代した今こそ、都県境問題のひとつとして、時代遅れの差別的な措置や改革の遅れへの対応を求めて行きます。

午王山(ごぼうやま)遺跡が国指定史跡へ

これまで、指定のために手続きを進めてきた午王山遺跡(ごぼうやまいせき)が正式に国指定史跡となります。
本日、国の文化審議会は、新倉3丁目に所在する午王山遺跡を国史跡に指定するよう、文部科学大臣に答申しました。今後は、官報告示を経て、正式に指定されます。

正式な指定後、地域にお住まいの方々とも調整しながら、史跡としての整備を順次行ってまいります。
ちなみに、この地域は北側斜面が土砂災害のリスクのある地域であり、また、和光北インター東部地区の区画整理が企画されている地域でもあります。
また、国県による254バイパスの延伸についても近くを通ることから、諸条件を複合的に考えながら、和光市を、いや、関東平野を代表する弥生遺跡として、たくさんの方々に集まっていただけ、地域の方々にもメリットのある歴史公園的な地域づくりができればと思います。

「○所在の場所  和光市新倉三丁目2831番1他

○指定面積  13,425.24平方メートル

○特徴・評価

荒川を望む独立丘陵上に位置する弥生時代後期の大規模な環濠集落です。弥生時代後期を中心として150棟以上の竪穴建物と丘陵縁辺部に掘削された多重の環濠が検出されました。他地域の出土遺物が認められ、関東地域における弥生時代後期の地域間交流の実態を考える上で重要な集落遺跡です。なお、県内における弥生時代の史跡の国指定は初めてとなります。」

和光市公式サイト