前和光市長 松本たけひろ オフィシャルウェブサイト -46ページ目

遅ればせながら、市内小学校卒業式の私からの祝辞を掲載いたします

令和3年3月24日(水曜日)、市内小学校卒業式で祝辞を贈りました。内容を掲載いたします。

こちらでご紹介した大木聖子先生には、以前、サンアゼリアでもご講演いただきました。
大きな事件や事故、災害などの出来事が人生に大きく作用することがあります。私も阪神淡路大震災がなければまちづくりについて、地域について関わる仕事に就くことはなかったと思いますし、このコロナ禍という前代未聞の出来事もまた、卒業生の皆さんの人生に大きな影響を及ぼしていくのではないか、願わくばそれがプラスに作用しますように、という思いでこのような祝辞とさせていただきました。

「春を告げるたくさんの花々が市内を彩る今日の佳き日、○○小学校の卒業式がこのように盛大に挙行されますことを心からお慶び申し上げます。   
 本日、小学校のすべての学習を終え、卒業証書を手にされました卒業生の皆さん、本当におめでとうございます。学校の臨時休校という、かつてない始まり方をした皆さんの小学校の最高学年でしたが、なんとか今年度も卒業式が開催できたことを私も大変うれしく思います。そして、ご列席のご家族、教職員の皆さまには、これまでのご労苦に深く敬意を表します。また、ご来賓の皆様方の日頃の学校活動へのご協力に対し、厚く御礼申し上げます。
 この1年は新型コロナウイルスという人類史上まれにみる脅威により、皆さんの生活も大変なご労苦があったことと思います。振り返ってみると、10年前の3月11日には東日本大震災があり、地震により引き起こされた津波とともに、 1万6千人近い死者と2千5百人を超える行方不明者が出ています。科学技術が発達し、普段は大変便利に生活している私たちですが、その日常生活は意外に脆いものだということがこのことからわかると思います。
さて、今日は大災害をみて、自分にできることは何か、と考え、それを仕事にした大木聖子(おおき さとこ)さんという地震学者をご紹介します。中学生の頃、生態学者になりたいと思っていた大木さんは、1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災の恐ろしい様子を見て、地震学者になろうと決意したそうです。皆さんはコロナウイルスとのたたかいの中で、何を感じたでしょうか。もしかしたら、自分にもできることがあるかもしれない、と考えた人もいるでしょう。そんなときはぜひ、大木さんの著書である『地球の声に耳をすませて - 地震の正体を知り、命を守る』を紐解いてみてください。大木さんが頑張って来たことや地震と津波の仕組み、影響などがやさしく説明されているので、参考になることと思います。
 皆さんは4月から中学生です。中学校に入ると、勉強だけでなく部活動など、大変忙しい毎日が始まります。しかし、中学校の3年間はたくさんのことを吸収し、どんどん成長できる時期でもあります。臆せずに、中学校での生活を楽しんでください。
 皆さんが困難を乗り越えて行く強い心を養い、周囲の人々を思いやる優しさを持てば、中学校生活はより良いものとなることと思います。 
 結びに、卒業生と学校に関係するすべての皆さまのますますのご多幸をご祈念申し上げ、お祝いの言葉といたします。」
大木先生の研究室のウェブサイトもご参照ください。子ども向けのページもあります。

遅ればせながら、3月15日に市内中学校卒業式で祝辞を贈りました(書面)、内容を掲載いたします

小学校卒業式の祝辞だけを掲載して、中学校のものがまだでした。遅ればせながらこちらにも掲載させていただきます。

 

「春の訪れを間近に感じさせる今日の佳き日、中学校の卒業式が挙行されますことを心からお慶び申し上げます。

 本日、義務教育のすべての課程を終え、卒業証書を手にされました卒業生の皆さん、本当におめでとうございます。  皆さんは中学3年生という青春の大切な時期を新型コロナウイルス感染症の感染拡大という、人類史上まれにみる緊急事態の下で過ごしました。修学旅行をはじめとする様々な行事が中止されたり縮小されたりするなかで、それでも全力で最終学年を終えられた今日のこの日の感激はひとしおと思います。
 さて、2月19日、NASAの火星探査機Perseverance(パーサヴィアランス)が火星に無事着陸し、皆さんは集音機でとらえられた火星の風の音を興味深く聴いたのではないかと思います。実は、今年は人類が送り込んだ火星探査機の最初の火星着陸から50年の節目となる火星探査史上記念すべき年です。1971年5月、ソビエト連邦の火星探査機マルス2号、マルス3号が相次いで打ち上げられました。1971年11月27日、マルス2号は着陸に失敗したものの、12月3日、マルス3号が着陸し、たった14.5秒ですが、貴重な映像を地球に送信しました。実は日本も1998年に「のぞみ」という火星探査機を開発し、2003年には火星周回軌道に入る予定でした。残念ながら火星までわずか1000キロのところで原因不明の故障により、ミッションは未完に終わりましたが、私は今でもその時のワクワク感と失敗を知った時の無念さを覚えています。さて、宇宙探査は人類の「新たなことを知りたい」という欲求を象徴する大事業ですが、私たちの日常生活もまた、未知との遭遇に満ちています。ウィズコロナの生活もまた、楽しいものではありませんが、新たな遭遇であり、皆さんはそれぞれ工夫して新型コロナウイルスに感染しないライフスタイルを確立してきたことと思います。新型コロナワクチンの接種がようやく医療者向けに行われています。まだしばらくは新型コロナウイルスとともに暮らす生活が続きますが、いずれはこの不便な時期も終わります。卒業生の皆さんにお願いしたいのは、ウィズコロナの時代にただ耐えるのではなく、コロナの次の新たな時代を自分なりに想像し、生き方を構想していただきたいということです。市役所もまた、ポストコロナを見据えた市政運営に取り組んでまいります。今回、NASAが送り込んだ火星探査機の名前であるパーサヴィアランスは火星探査の歴史ともいえる「忍耐力」という意味です。前回の探査機、キュリオシティの意味は「好奇心」でした。忍耐強く、好奇心を持って新しい生活に臨んでください。
 結びに、卒業生と学校に関係するすべての皆さまの益々のご多幸をご祈念申し上げ、お祝いの言葉といたします。」

まだまだ楽しめる樹林公園の桜。ただし宴会はなしでお願いいたします

世間的には関東の平地のソメイヨシノはかなり散り、桜の季節は終わった、という印象ではないかと思います。
しかし、実は八重系の桜を中心にまだまだ桜の季節は続きます。和光樹林公園の場合、種類が非常に多く写真のように多くの木々が満開を迎えています。
もとより宴会は論外(園内にも自粛要請を表記)ですが、ぜひともお時間があるときに立ち寄っていただき、桜をはじめとする花々を愛でていただければと思います。
なお、理研が創出した桜である仁科蔵王は市内では市役所の敷地内と理研にしかありません。
ぜひ、市役所敷地内東側にあるものをご覧ください。





グローバル・ジェンダーギャップランキング、120位。日本の打つ手は!?

グローバル・ジェンダーギャップランキング。
日本は大きく下がって120位。

これは要するに、バランスト・スコアカード(BSC)の考え方を使って性差による参画状況を評価し、ポイント化、それぞれの国の性差別がない方から順に、国をランクづけるとともにレーダーチャート化したものです。

(もともとBSCは、管理会計ツールとしてキャプラン&ノートンが開発した当初は企業の戦略を戦術、そして日々の業務に落とし込むことを意図して使用されましたが、その後、BSCの考え方を使った評価はさまざまな分野で使用されるようになりました。)

さて、各国のスコアカートに直接リンクができないので、画像を示しますが、日本は絶望的に政治参加の指標が低く。軒並み低い近隣諸国の中でもさらに低い。
しかも、大きく下がっている!

BSCは指標の選定がひとつの鍵になるのだけれど、このランキングの記事が出たときによく「指標が偏っている」という批判が出てきます。しかし、あらためて見ていただいても特段変な指標はなく、普通に日本は劣後しています。特に、知事レベルの参画がゼロ、というのは象徴的ですね(かつては女性知事がいましたが…)。
もとより私も、市長として女性活躍の視点を持って仕事をしてきたつもりですが、そういう地道なところもさることながら、やはり主要政党が女性候補をどんどん立てないと、この状況を一気に挽回することはできないと思います。

また、日本は特筆すべき経済成長率の低さなのですが、このランキングが高い国々は比較的経済成長率が高いこと、さまざまな研究がジェンダーギャップの解消を経済成長と結び付けるような結果を出していることから、このランキングが上がる施策を展開することは日本経済にはプラスではないかと考えることができます。
そして、再度強調しますが日本はとにかく政治参加が低いので、ここをボトルネックと捉えて集中的に対応することで状況は劇的に改善できる、というのが普通の結論かと思います。




年度末の本日は市役所の辞令交付式を行いました

本日午前は辞令交付式でした。
定年退職の人、普通退職の人、任期満了の人、もともとの組織に帰任される人、それぞれ心を込めて辞令を交付しました。

普段なら爛漫の春。飲み会をやって思い出話に花を咲かせ、という夜になろうかと思いますが、それもできないのがコロナ禍の今。まさにコロナと闘う戦時下のような感があります。
今、たまたま西南の役関係の本を読んでいるのですが、転戦に転戦を重ねる薩軍関係者が漢詩や歌を残していることに驚かされます。
それも辞世の句だけでなく、友人の追悼、点戦の合間のひと時の平静を描写した漢詩など私「学校」らしい教養を感じる作品があり、感心させられます。
戦時下のような非常時に、心の平衡を保ち、自分らしく生きるためにはもしかしたら、そういう活動が不可欠なのかもしれません。
戦時ほどではないながらも窮屈なコロナ禍において、日々暮らす中でそういうひと時を持つことが重要なのではないか、とあらためて感じた次第です。
環境が変わっても、自分らしくあるために、何か趣味などを大切に、このコロナ禍を乗り切って行っていただければと思い、そのようにお話ししました。
引き続き、お元気でのご活躍を。

鳥の音も世に聞きなれぬ山深み
春もなお散る木の葉ありける
古閑俊雄
(佐々木友房、古閑俊雄「戦袍日記」より。もちろん孫引きです)

戦争処理の一つが兵士の処理という嫌な話がありますが、西南の役を機に血気盛んな維新の志士たちは言論の場へと転戦していきました。すると、明治政府は今度は言論の弾圧を強めていくわけですね。背景には、議論を重ね、文武ともに研鑽してきた維新の志士たちの基礎教養の高さがあったのかもしれません。