前和光市長 松本たけひろ オフィシャルウェブサイト -48ページ目

樹林公園の桜が見頃です。宴会は自粛し、ウォーキングしながらどうぞ

樹林公園の桜は種類が多く、長期間楽しめるのが特徴です。既に満開の木もありますが、今年は宴会は避けて、ウォーキングしながら楽しまれてはいかがでしょうか。もちろん、桜の木にも宴会をしないよう、注意書きが。






和光3.11を忘れないファイナルコンサート、無事大団円

和光3.11を忘れないファイナルコンサート、無事大団円。
出演者の皆様、スタッフの皆様、そして、ご来場いただいた皆様、10年にわたる支援コンサートの活動、本当にありがとうございました。
コンサート冒頭ではこれまでの活動の振り返り。どの映像も懐かしくて、また、昨日のようでもありました。本当に多くの方々に支えられての市民活動であったとあらためて和光市の市民力と、それを支える大きな輪に感動しました。
そして、司会の八木さんからの復興は半ばで、これからも皆の持ち場で復興を支援していきます、という言葉にじんときました。



千葉県知事選挙、熊谷俊人候補の応援のため、舞浜を越えて新浦安へ

今朝は早起きして新浦安駅へ。千葉県知事選に出馬している熊谷俊人候補の応援です。市長当選が同期で、ほぼ同じ時代に仕事をしてきた仲間ですが、その経験を持ちながら私より10歳若くて、とにかくこれからが有望な政治家です。

国会にも有望と言われる若手はいますが、大きな組織を率いてきた経験はないし、そもそも組織の動きなど理解できないのが大部分の政治家です。彼は大企業の下っ端と市議会議員、さらには市長という様々な立場を経験する中で、類まれな経験値を体得しているのが凄味です。
(とかく政治家は組織を知らず、特に本格的な組織経験がないと、頓珍漢な方向に行きがちです。政治家になる人は、本人のため、そして世の中のために一度は組織での仕事をしっかりと経験すべきです。)

私からは、
➀政令市最悪だった千葉市の財政再建と活性化の実績、
②あの巨大な都市で保育園待機児ゼロを実現した実績、
③さらには政界最強のSNSの使い手である、
というあたりをお話ししました。

その後、浦安駅でも街頭演説など活動をお手伝いしてから帰和しました。懐かしい地元の議員さんたち、SNSで活発にやり取りしている議員さんたち、さらには初対面の議員さんなどコロナでなかなか旧交を温める機会や新たな出会いがない中で、ホッとするひと時でした。

「3.11」から10年

あの日、あの時、市議会の会期中で市長室にいました。

その瞬間、座っていた私は一瞬、めまいがしているのかと思いましたが、職員たちの声で我に返りました。

地震のときはまず、NHKテレビを点けます。これは今も昔も同じ。

東北で巨大地震があったことを知り、市内の状況を確認しながら、ネットやテレビで東北の状況を確認し…。

そして、まず、電話がパンクし和光市内の状況が分からない市民から状況確認のツイートが。あわてて「人的被害なし」とツイート。とにかく市内で犠牲が出ていないことが分かればそれだけでも安心してくれるに違いない。そんなことを思いました。川越街道などの渋滞状況についてもツイート。

首都圏の交通はマヒし、特に市内の保育園が葛西臨海水族園へ遠足に行って戻ってこられなくなった、とか、保護者が車で迎えに行った、とかいろいろと心配事がある中で、とにかく保育園にお迎えに行き、自宅に戻り、家に一人でいたわが子の様子を確認しました。

自宅は荷物が散乱し、特に冷蔵庫から豆腐が飛び出し、台所の床に散乱していたことを妙に鮮明に覚えています。

一方で、津波の映像を見ながら、それが現実にはとても思えない、無力感とか脱力感とか、非現実性とか、そんなものを感じながら時折入る情報や報告を処理し、いつしか夕刻になりました。

夜になり、担当から「帰宅困難者多数あり」との報告と「総合体育館を開放したい」との連絡。.消防団が総出で誘導してくれました。本当に素晴らしい活躍でした。

都営地下鉄を動かすとの猪瀬直樹副知事のツイートに「これで和光市民は帰宅できる」と拡散。実際に多数の市民が西高島平や光が丘から帰宅されました。

その後、総合体育館の現地確認をして、その後もやきもきしながら情報を集めました。

この日の経験はツイッターで情報を発信してそれがリアルに市民に役立ててもらえた、一つの原点になりました。

 

阪神淡路が私の政治とかかわる原点のひとつですが、市長としての災害対応では東日本が一つの大きな節目となっています。そして、自分の在職中に大災害と遭遇したら、という想像力をリアルにもたらしたのはこの地震と津波だったように思います。

ハッシュタグ「#和光市災害」の着想もここから来ました(災害時の和光市情報に関するツイートにはこのハッシュタグをお願いします。情報収集に活用させていただくとともに、市民各位にもご活用いただけます。詳しくはリンク先の記事まで)。

お願いがあります。それは、「あなたの備え」を確認していただきたい、ということです。

 

さて、東日本大震災の鎮魂歌といえば海上自衛隊東京音楽隊長(当時)の河邊一彦さんが作曲した「祈り〜a Prayer 」が非常に有名です(リンク先でお聴きください)。ただ、今日ご紹介したい曲は同じ河邊さんの手による「仏法僧の森」という、交響組曲「高千穂」のなかの一曲です。

曲名からわかるように、2013年に書かれたこの曲は、河邊さんの故郷の山「高千穂峰」とその自然を情感豊かにソプラノ付きの吹奏楽曲として仕上げた作品なのですが、全体的に日本のごくごくありふれたブッポウソウが暮らす鎮守の森の情景から始まり、「いつか見た夢のように きっと帰れる ふるさとに」というサビの一節はまさに、今もふるさとを離れて暮らす被災地の方々への河邊さんの応援歌のように私には聞こえます。

リンク先のYouTube映像では、2分30秒ごろから、三宅由佳莉3等海曹のボーカルです。

災害時の持ち出し品を確認しつつ、ぜひとも聴いてみてください。

3月8日は国際女性デー。市役所の状況は…


3月8日は国際女性デーです。まあ、今時、「男と女〜♪」という二元論すら過去のものとなりましたが、社会を見渡すと、圧倒的な男性社会なのは相変わらずで、特に役所や会社の幹部の大部分が男性です。
和光市役所も採用では、女性比率は常に半分ぐらいが女性です。
年度当初の数字を10年前と比較してみましょう。
主事と主事補(いわゆる担当職員)は女性が51%(10年前57%)。
主任になると57%(同46%)。
主査(いわゆる係長級)は44%(同46%)。
課長補佐は再任用を除くと33%(同27%)。
課長は12%(同10%)。
次長は12%(同0)。
部長は0(同0)。
女性部長がこの間、就任していた時期もありましたが、退職により残念ながら0に戻ってしまいました(政策会議、いわゆる庁議には部長級のほか次長級の会計管理者が入っていますが、女性です。政策会議に必ず女性がいる、ということは人事の方針として重視しています)。
10年でこの程度の伸びであることにはわれながら嘆息するのですが、着実に女性が活躍する役所になってきているのは事実です。
市役所は当然のことながら、結婚退職や妊娠退職を強制するなどのいわゆる不当労働行為を絶対にやらないので、女性が活躍しやすい職場であることを考えると、課長補佐級以上のいわゆる管理職の女性の割合を最終的には半々を目指さなければなりませんし、達成は可能と考えます。
女性デーの決意表明です。