前和光市長 松本たけひろ オフィシャルウェブサイト -412ページ目

子どもたちに郷土の歴史を教えたい~今年の初詣であたらめて感じたこと

恥ずかしながら、私は子どもの頃、郷里の歴史や風土に特段の関心を持たずに来ました。

私が唯一、子ども時代にまとも読んだ生まれ故郷明石の郷土史に関する文献は『あかし昔ばなし』(神戸新聞社)だけです。

しかし、大人になって、いろいろな視点から生まれ故郷のことを調べるにつけ、豊穣な歴史があったことを見逃していた、と痛感させられます。

今年の初詣は明石市の稲爪神社に行ったのですが、ここの歴史についても『あかし昔ばなし』だけが私の知識の源泉でした。

ここは7世紀初頭、推古天皇の時代の故事からくる古い由緒を持つ神社です。説明しておきましょう。(面倒な方は飛ばしてください。)

三韓(朝鮮)から鉄人と呼ばれる将軍が8,000の兵を率いて日本を侵略しました。朝廷はこの大軍とまともに対峙する兵力を持たなかったので、講和を結ぶという建前で戦闘に有利な播磨の国まで鉄人をおびき寄せます。討伐を命じられた伊予の小千益躬(おちのみすみ) は、伊予今治の大山祇神社 (おおやまづみ じんじゃ) に祈りました。すると、「鉄人の弱点である足の裏を狙え」というお告げがありました。そして、鉄人一行が明石に着いたときに、突然天地を裂かんばかりの大稲妻が走り、大山祇神社祭神の大山祇神が姿を表しました。驚いた鉄人が弱点の足の裏を見せた瞬間を狙って、小千益躬はその足の裏を弓で射ました。弓は足の裏から頭まで貫通し、鉄人は死にました。こうして国難を脱した小千益躬は、大山祇神が現れたこの地に、お礼参りの意味で社を建てて大山祇神を祀りました。それがこの神社の由来です。稲爪の名は、稲妻から転じて稲爪となった、と伝えられています。

ちなみに、戦国時代、秀吉の幹城主別所長治攻めの際にこの神社を焼き討ちにした高山右近はキリシタン大名でした。で、のちの明石城主でもあります。


さて、1つの神社にもこのような物語があり、地域の歴史を学ぶことは日本の中のその地域の立ち位置を学ぶようなところがあります。また、本来の愛国心の源泉である「郷土愛」にも直結していると思います。また、こんな背景を知って神社に詣でるのとそうでないのとでは地域への思いも違ってくるでしょう。

和光市では現存する県内でも最古の古民家を再建した「ふるさと民家園 」をはじめ、さまざまな歴史的な資源があります。これをうまく子どもの興味や学校の教育と結び付けて、子どもにしっかりと教えていくことは、ひいては正常な愛国心の涵養に資すること間違いなし、と私は思っています。

子どもの頃、私は稲爪神社の故事について十分な知識を持っていませんでした。

海外からの侵略、という歴史的な大エポックと結びついた神社であったことについてしっかりと教えてくれる大人は残念ながら周囲にいませんでした。

『あかし昔ばなし』には表面的な記述はあっても、当時、小学生の私の調査能力ではその真相を知ることは不可能だったのです。ただ、それでも『あかし昔ばなし』があったために私は多少の知識を持つことができました。

和光市の過去について、『あかし昔ばなし』並にしっかりと子どもたちに分かるように説明できる何かを市として提供できないかと考えているところです。まだ、考えているところですが。

PR<松本武洋の著書『自治体連続破綻の時代』についてはこちらをご覧ください >

2007年を迎えて~時候のご挨拶は公職選挙法により禁止されていますのでご理解ください

早いもので、皆様から市議会に送り込んでいただいてから、3年と8カ月が過ぎ、まもなく2期目を目指した決戦の時が来ます。

これまで、個別事件のもぐら叩きが多かった和光市議会に「仕組みから考え直す」という新しい思考を持ち込み、また、子育て世代の発想、埼玉都民の発想を織り込んだ質問を展開してきました。

私なしには実現しなかったことがたくさんあると自負しています。

一方で、4年前のジバン、カンバン、カバン無しの立候補から状況が大きく変わったわけではありません。

私は和光市出身ではなく、多くの議員が持つ親戚や同級生の支援、あるいは組織票を一切持ちません。

また、業界のしがらみなどを排除しようという活動を続けてきたため、その種の支援もなく、申し出があっても受けるわけには行きません。

そのような、確たる背景票を持たない私が再び皆さんのお役に立つためには、しがらみのない、子育て世代の視点、若い世代の視点、埼玉都民の視点に立った議員を欲する皆さんのご支援が欠かせません。

さらに、本番ではさまざまな場面でのボランティアの力が必要です。残念ながら、私を支えてくださる皆さんの多くが現役で都内で働いており、皆さんなかなか時間のゆとりがありません。

お忙しい中ではありますが、少しずつでも時間を捻出していただき、活動を支えていただきたく、心からお願いを申し上げます。

PR<松本武洋の著書『自治体連続破綻の時代』についてはこちらをご覧ください >

生まれ故郷で地元の議員さんたちと交流会~ディスクロージャーの姿勢について

年末から1日まで、私が生まれ育った兵庫県に帰省していました。

年末30日のことですが、たまたま知り合いになった、高砂市議の井奥まさきさんの設営で、地元の無所属市民派議員の集まりである、「兵庫県議員ネットワーク」に参加されている議員有志の食事会に参加させていただきました。

ランチをしながら皆さんで雑談をしたのですが、それぞれの地元の首長に関する論評から、土地開発公社の問題まで、話題は多岐に及び、かなり盛り上がった気がします。

いつも思うのですが、無所属議員というのは自分で勉強するしかなく、そのため自力でものすごく勉強している議員と、ほとんど何も勉強しない地域利益誘導型ドブ板専門議員に分かれます。

彼らはうまく連携しながら熱心に勉強しつつ、ネットワークに縛られずに活動しているように感じました(個別の論点の話になるとパパッと核心の議論に入っていく様子を見ていると、かなり議論を重ねているように見えました)。

ほとんどは私に近い世代の議員で、これから、地方から若い世代が世の中を動かしていく、ということを実感させられました。

一言、ということで、僭越ながら以下のようなことをお話させていただきました。

「自治体はディスクロージャーの本質が分かっていないと思う。和光市では重要な会計方針の報告を怠っていた(たとえば債務負担行為をどう認識し、計上するかという基準を変えたのに、それをバランスシートに記載しなかった)。財務諸表を見る側が数字を見ていろいろな判断をするわけだが、その際の根拠となる方針を示さないというのはディスクロージャーの姿勢としては最低であり、ありえないわけだが、自治体や政府の認識はその程度。

また、会計方針の変更については自治体に関わるようになって財務会計の教科書で記載されていたことを思い出した。

それは会計方針を変更する際の判断基準だ。

正しい方針→正しい方針○(より正しい方針への変更について可)

誤った方針→正しい方針○(当然の変更)

誤った方針→誤った方針×

正しい方針→誤った方針×

というのがどの教科書にもあるが、こんな当たり前のことも自治体では意識して行われてはいない。この判断基準をしっかりと自治体に守らせたい」等々・・・。

そして、これを機に、いろいろと交流していきましょう、という話をして散会しました。


ちなみに、会計方針の変更のお話は実は、世の中すべてに通用する話と言うことができます。物事はより正しい方向に変えていく。また、誤った方針を変更する場合にはよりましな誤った方向ではなく、正しいものに変える必要がある、ということです。

2006年最後の街頭活動で

27日は年内最後の街頭演説を和光市駅南口で夕方に行わせていただきました。

テーマは自治体コンプライアンスの確立について。

26日に上田埼玉県知事が公益通報窓口の設置と通報窓口を独立したものにすることを要請する声明を出したことにからめて、私が立候補時から叫びつづけてきた「攻めのコンプライアンス」、つまり、積極的に法令や社会規範を遵守する組織作りを行い、市民に信頼されるし役所を作ることこそが喫緊のテーマだという内容です。 (役所は役人が思っているほど信頼されていません。本当はまずいことなのですが。)

私が議員になった頃、どうも市役所や市議会ではコンプライアンス体制作りについて興味どころか一切の知識がない、という状態でした。そして、最初はコンプライアンスについて説明するところから私の活動は始りました。ただ、和光市役所の方には結構勉強が好きな方が多く、今ではコンプライアンスという概念は市役所の常識になったと私は思っています。夏に公益通報者保護について朝日新聞で私の投稿を取り上げていただいた時にも、前向きな反応がずいぶんありました。そして、先進的とは言いがたかった県庁でも積極的に公益通報者保護制度を推進するといいます。和光や埼玉の役人世界がようやく企業社会では常識となったこの運動に気づき、大きな流れが始ろうとしています。

一方で、12月の議会答弁では公益通報者保護について、どうも及び腰の反応がありました。まあ、流れというものはスムーズな時も詰まる時もあります。私は飽きずに、諦めずに、とにかくこだわりつづけていきたいと思っています。こういう内容で延々喋り続けました。

2006年も役所が信頼できない、法律を平気で破る組織である、というレッテルが岐阜県庁や大阪府庁の事件などにより再確認されてしまいました。和光市は信頼される組織であろう、という私の思いが職員各位に届くよう念じての街頭演説でした。

今年も一年間、お騒がせをいたしました。

相手によって求める情報が違う~情報ニーズに即した開示が必要だとあらためて感じさせられた出来事

某マスコミに吉田寛教授が公会計のレクチャー&意見交換に行くということで私もかばん持ちをかねて同伴していきました。

ある記者との会話の中であらためて印象に残ったのが、

「自治体のバランスシートとかそういう財務情報の議論の中で、橋とか道路とかの評価について、緻密にやっていこうという話があるけど、アレは資本市場の観点からはあまり意味がないと思うんです。特に債券市場の関係者が自治体に求めたいと思っているのは、公債の返還の担保となる財源の金額なんですよ」

「結局、売却可能資産の金額と将来の収入見込みが肝心ですから」

などという会話。

そうなんです。

地方債という形で金を出す方としては当然、このようなことを考えるのは当然でしょう。これはIR(投資家への情報提供の総称。IRのための財務情報等のリリースをおこなう)で対応するのか、あるいは財務情報として提供することになるのかというと、多分、今の議論を見ているとIRの充実かな、と思います。(和光市が単独でいわゆる一般の公募債を発行することはありえませんが。)

一方で、住民にとっては売却可能資産とか将来の収入見込みはさほど意味を持たないと思います。

いくら金を使って社会資本をどれだけ作ったか、また、それは役立つものなのか、また、提供したサービスの金額のみならず、その内容と品質はどうだったのか・・・・。

現在の予算、決算、主要な成果報告書という体系、あるいはバランスシート、行政コスト計算書を軸とした体系、双方が不十分です。

新しい方式での成果報告書が各所から提案されていますが、総務省は今のところこれらには関心を持ちません。

本当に住民が求める成果報告書として、地方でケースが蓄積され、総務省がそれに「気付く」のを待つしかないのかもしれません。優れたものなら普及するはずですから。

とりあえず、そういうことを期待する中で、相手によって求める情報が違うということ、そして、報告とはニーズによって進化していくことを忘れてはならないと思います。

総務省には情報に関する基本的な考え方を理解してもらいたいものです。