前和光市長 松本たけひろ オフィシャルウェブサイト -36ページ目

吉野ヶ里遺跡訪問。やはり午王山遺跡はいける!

市長時代に午王山遺跡の国指定史跡化に取り組みました。念頭にあったのは(発掘時期の)古いところでは登呂遺跡、新しいところでは吉野ケ里遺跡であり、登呂には20歳の時に行ったものの、吉野ケ里には行けないままでした。
今回、ようやく(密を避け)訪問することができました。
さすがはすごい規模での復元であり、規模に圧倒されるだけでなく資料から伝わってくる地域の方々の熱にも圧倒される思いでした。
正直、「これやっちゃうんだ!」という驚きと、すげえな、という畏怖、とでもいうのでしょうか、いろいろな感情がふつふつと湧いてきました。
コロナ禍ですから、お客さんは少ないですが、集客のための駐車場や施設の規模は巨大で、また観光が復活すればあふれるであろうお客さんのにぎわいが聞こえてくるようでした。

建物の規模感は別にして、午王山遺跡もまた、弥生時代の環濠集落であり、多数の住居跡が発掘されています。何年かかるかは別にして、がっつり復元して行けば、イメージ的には割と近いものが出来上がるわけで、ようやく実物を見ることができて感無量です。
もちろん、全部を復元することは現実的ではないでしょうが、関東随一の規模の遺跡ですから、遺跡のイメージがわく程度には復元しておけば、関東一円、さらにはインバウンド復活の際には海外の方にも楽しんでいただける遺跡公園になること間違いなしです。
何より有利なのは地理的な位置の良さです。
午王山の未来がますます楽しみになってきました。















阪神淡路から四半世紀と二年

阪神淡路から四半世紀と2年が経過しました。

あらためて亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。

さて、現在、私はあまり地下空間や木造家屋に入らなない生活環境ですが、以前はそういう機会がよくあった関係で鍵の束にホイッスルを取り付けています。
これは、阪神淡路で生き埋めになり、亡くなられた方が多かったことを踏まえ、生き埋めで死なないためのツールとして考えたものです。
ホイッスルの用途はもちろん、生き埋めだけに限りません。(最近はほとんど山には登りませんが)登山道から転落した時をはじめ人に居場所を知らせるためには、人の声では限界があり、やはり笛が一番です。

好き嫌いはあろうかと思いますが、安価なものですので、興味がおありの方は入手され、持ち歩かれたら、と思います。
 
そして、トンガの巨大噴火であらためて大自然の猛威を痛感した方が多いと思います。今回は津波のメカニズムひとつとってもわからないことがある、と痛感させられました。
こういう節目の日に、身を守る備えを総点検されたら、と思います。



成人の日ですね

新成人の皆さん、成人おめでとうございます。

オミクロンに急襲されて各地でいろいろとご労苦があるようですが、感染対策を上手にやりながら、後味の良い成人の日にできるといいですね。私が学生の時は帰省するお金もなくて、今は亡き同級の親友と下宿で飲みつつ語らった、忘れえぬ思い出があります。環境問題に関心を持ち、その界隈で活動するも20代で早逝したM君、成人式の季節が来ると奴が生きていたらなあ、と思い出します。

 

環境問題と財政問題は割と似ていて、どちらも今ある経営資源を全部自分のもの、と今の世代が思って放蕩すると後世にツケが回ります。

なぜそうなるのかというと、人類が何らかの価値を生む活動の大部分は自然からの収奪なしには行い得ないものなのだからであるわけで、それが度を超すと、過酷な環境負荷になったり、財政負荷になったりするから、というわけです。

一方で、地球の歴史そのものは不可逆的な、一方通行の歴史であり、人類の活動の有無を問わず、4十数億年経過すると惑星としての地球そのものが終焉を迎えます。私は子供の頃、これがとても怖かった(笑)。

また、そこまでいかなくても、近所の恒星系で大規模な超新星爆発でも一発あれば、地球環境なんてものは吹き飛んでしまいます。いや、隕石ひとつでどんなことになるか、いろいろな映画で思考実験をしていますよね。

じゃあ何のために次世代のことを考えるのかというと、それは、私たちが前の世代と次の世代をつなぐリレーの選手に過ぎないからであって、大過なくバトンをつなぐことこそが生き物としての我々が存在する意義なのではないかと思うわけです。

そして、大過なく次世代にバトンを渡すこと、という意味でだけ言うなら、我々より石器時代の人の方がよほどうまくやったのではないかと思います。我々が石器時代のご先祖よりイケているかどうかというと、地球環境との関係性で言うなら、今のところはへたくそです。それでも、道具をいろいろと使い、膨大な知識を集め、莫大なエネルギーを使って文明を維持している我々の存在が許されるとしたら、それはより大規模なカタストロフィーから環境を守りうる文明の力を持つことなのではないか、それこそが文明の大目標なのではないか、そんなことを思うわけです。だからこそ、ちまちまと環境破壊をしている場合ではないのです。

いや、実はよくこんなことを30年ぐらい前にM君と語り合ったんですよね。

「あれ、最近、松本クン、妙な電波を受けてない?」とか言われそうでこんなことを書くのは心配ですけど(再度笑)、たまにはいいじゃないですか。

二十歳のころはこんなことを考えていたよ、というお話でした。

 

↓ウイキペディアより、超新星爆発でできた「かに星雲」

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

仕事や家族の都合などもあり、和光市内での越年がかなわず、ものすごく久しぶりに御岳榛名神社等での初詣もできず、一抹の寂しさとともに、何か物足りないと思ったら、甘酒を飲んでいませんでした。

とりあえず酒粕が美味しいと評判の、茨城県取手市にある「金門」という酒蔵の酒粕で甘酒を作ってホッと一息。ちなみに私はお酒が飲めませんが、家族は濁り酒を楽しんでいました。

当たり前なのですが、甘酒も濁り酒もそっくりな香りがするんです。

パソコンとにらめっこしながら、年明けの講義の準備をするお正月です。

 

甘さ控えめのレシピ 2人前

酒粕50g

熱湯400g(400㏄)

砂糖30g

塩 気持ち程度

ショウガ 塊からペラペラのを切り取って投入

酒粕は適当にほぐして、潰して、あとはかき混ぜるといい感じになります。

ぬるくなってしまったらレンチン。

 

 

 

 

今年も皆様には大変お世話になりました

今年も皆様には大変お世話になりました。
怒涛の12年間を終え、皆様のお力添えの下、信頼できる方に仕事の続きを委ねることができた今年前半。
今年の後半は、実務経験を基礎に研鑽を重ね、研究や教育に変換して社会にアウトプットをしっかりと発信していけるよう、精進していくことを目指して、和光から遠く離れた地で新たな仕事に就きましたが、力不足を痛感する日々でした。
また、中国地方を中心に山間部や離島のさまざまな現場を見て歩き、日本の課題を痛感するとともに、私のこれからの仕事の方向性も徐々に定まってきたように思います。
新年は、もしかしたら、お読みいただいている「あなた」の現場にお邪魔させていただくかもしれません。その際には、ご指導のほどお願い申し上げます。
今、とりかかっているものを良い成果物として皆様にお届けできるよう、年末年始はブースト圧をあげて頑張ります。

(写真は鍋グランプリ姫路大会でお世話になった「食在周防あらかわ 」さん(周防大島)にて。食べたのは季節の関係でみかん鍋ではなく、釜めし定食でした。)