広島の街と原爆遺構
最近、核武装論がかまびすしいのですが、広島の街を歩いていると、原爆ドームに代表される遺構が各所にあるとともに、本当にたくさんの原爆被害者の碑が建てられています。女学校、鉄道員、樹木…その一つひとつが語りかけてくるのは当日の様子であり、後世の人々に伝えたいことであり、それらが一体となって私たちに語りかけてくるのです(私の勤務先も多数の犠牲者を出しています)。
岸田総理は広島出身の人でも今広島に住んでいる人でもありませんが、幸い、お父さんやご自身の選挙の関係で広島の空気感を知悉しておられます。
今の総理が岸田さんでよかった、と思うのはその点です。
私はいわゆる「にわか」ですが、広島の町を歩く中で、そんな歴史的なたくさんの遺構に触れ、最近活気づいている核武装論者の無知、無神経を強く感じます。
核兵器がある種の外交手段として活用されてきた経緯はあるでしょう。しかし、ほんの少し前に外国によって国土に落とされた我々がそれを安易に(落とす落とさないではなく、外交手段としての活用も含めて)使おうとするのかどうか、考える際に、どうぞこの町をゆっくりお歩きください、と強く思うのです。
広島の平和大通りには、各県の被爆者の方々が寄付した県木の森がありまして、京都の枝垂桜と鳥取の梨が満開でした。ちなみに埼玉はもちろん欅です。
災害と石碑
鈴木一郎・宮瀧交二他『新羅郡の時代』刊行
鈴木一郎・宮瀧交二他『新羅郡の時代』刊行。
「続日本紀」に登場する新羅郡、これが新座であったり新倉であったりという朝霞地区四市の地名にも生きているわけですが、その誕生の背景には朝鮮半島の政治情勢があります。660年、百済は唐と新羅の連合軍によって滅ぼされます。その後、663年、旧百済勢力は大和朝廷の援軍とともに白村江で唐・新羅連合軍と闘い、大敗しました。
この混乱により、半島からは多数の渡来人が日本列島にやってきました。
本書によると、大和朝廷はこの状況を利用して、都に近いところに百済系の人々が住む百済郡を配し、敵対勢力出身者を住まわせた高麗郡、新羅郡は辺地である東国に配し、国家の権威付けに利用した、と言います。
ところが、この新羅郡の拠点がどこにあったのかがはっきりしない。ただ、周辺には確かに、様々な遺構が出るのです。そのひとつの集大成が本書ということになります。
監修者であり、分担執筆者でもある鈴木さんは和光市に奉職以来、一貫して文化財行政に邁進されました。その集大成ともいえる一冊。まだパラパラと目を通した段階ですが、本書のもととなっている2018年のシンポジウムで感じたワクワク感が再来するとともに、その後のさまざまな研究の成果も随所に配置されていたり、鈴木さんの後継者たちの成長も本書からはしっかり伝わってきます。
これから、じっくりと味わって読み込んでいきます。
吉川徹『学歴社会のローカル・トラック』を読む
昨日が埼玉県立高校の発表でしたね。受験生とご家族はというと、倍率が高い高校が結構多いので、悲喜こもごもかとは思いますが、地方と違って出身高校、特に県立高校がどこかとかさほど言われないのが埼玉のいいところ。であれば、置かれた場所で淡々と努力すればいいのだと思います。
そして、高校はたった3年間ですが、結構濃い思い出が残る3年間になります。どん欲に楽しむ心意気で。
ここのところ、社会学の古典的?名著・吉川徹『学歴社会のローカル・トラック』を味読しました。
地域唯一の(後期)中等教育機関である島根県立横田高校の国公立進学クラスA組の卒業生(1992年入学)がどのような人生を辿っていくか10年間追い、社会学的に分析したものです。
私と近い世代の若者たちのライフヒストリーが克明に記されていて、読んでいてタイムスリップのような感覚を覚えるとともに、いわゆるへき地からの大学進学というライフイベントの意味合いや地域における人材育成の意味を考えさせられ、大変参考になりました。
一人ひとりの個人は自ら進路を選び、自らの才覚や描く将来層を目指して生きて行くというのが建前論的には大前提でしょう。しかしながら、実際には地域には地域の人材育成の論理があり、家庭には家庭の事情があり、国家という規模で見ても、人材育成のあり方は重要な課題です。
実際に本書の登場人物たちは、山間部の島根県立高校の課せられた役割を踏まえた学校への人事配置等により地域資源が投入された生徒たちです。島根方式と著者が呼ぶ、中山間部で最適化された学力別指導のノウハウ等により、公共により選抜され、鍛えられた、地域社会におけるいわば未来の幹部候補生たちです。
著者は、その彼らの自己肯定感や倫理観の変化を数字で追いつつ、インタビューにより一人ひとりの内面の変化にも目を配りつつ島根方式の機能や成果を検証して行きます。
そこからは私が生まれ育った近畿圏の高校とも、その周辺でより都会に近い岡山や広島の高校とも違う、島根ならではの人の流れや人生が読み取れるのです。
一方で、本書にある地方公立高校の進路指導の在り方や学習指導の在り方は、今流行りの「自称進学校」的な生徒への指導の在り方の原型のような物が垣間見られるのも印象的でした。
ちょうど先日、YAHOOニュースで自称進学校批判の記事がたくさんのビューを集め、それに共感するような声も多数見られました。ただ、地方の県教委が都会の有名私大にではなく、地元大学に人を送り込むことを志向する背景にある、これまで作ってきた人の流れの実績というものが本書から読み取れたのは大きな収穫です。
さらには、自らは島根の都市部である松江の高校を卒業した著者ならではの彼らへの視線は愛情に満ちていて読んでいてホッとする著作でした。
今後、地方の若者がどのように次世代にバトンをつないでいくのか、どのようにしたらつないでいけるのか、これは私の現在のテーマでもありますが、考えたい方にお勧めできる一冊です。
ちなみに、webでも読めるので、興味がある方はどうぞ。
*横田高校は「しまね留学」の対象校です。寮がありますので、全国から出願可能です。













