前和光市長 松本たけひろ オフィシャルウェブサイト -32ページ目

8月6日、広島は鎮魂の日。

広島は鎮魂の日。私の現在の勤務先の学校は大きな被害を被り、そこから立ち上がった歴史を持っています。

匹見町道川の鑪場を中心とする江戸時代の町おこし

匹見にある美濃地邸の展示に、「浜田藩による道川の村おこし」と言う展示がある。
現代的な町おこし、村おこしにも通ずるものがあるので引用してみよう。
江戸時代にも現代と似たような悩みがあり、当時、すでにここまでやっていたのか、と感じられるのではないかと思う。
僻地があるとして、どうすれば住めるのか、持続可能な生業とはどんなものなのか。まさに地方創生の課題。

(以下引用)
江戸時代初期、道川村は浜田藩領内でも最奥部の僻地に位置することから積雪も多く、田畑も少ないため、わずかな夏作農業以外には手の施しようもありませんでした。転入を希望する者も稀で、住民の中には次第に郷土を離散しようとするものが多く出始めました。これを放置しておいては農民の大半が離村する恐れもあるため、藩としても面目をかけてこの地の住民を守る必要がありました。
そこで藩は、豊富な広葉落葉樹林の活用こそが村の盛衰を左右するものと考え、益田の藤井氏と合同出資による鑪場(たたら場)を新事業として起こし、経営は藤井氏に委ねます。美濃地氏は、その支配人として現地で采配を振るいました。
鑪は、砂鉄の運搬、松や雑木の伐採、薪炭の製造、竈(かま)の製造、鑪方と鍛冶屋方によるおびただしい炭量の消費、そしてそれらを賄うことに関わる人員、さらに錬鉄を馬の背に乗せて益田まで運ぶ際の馬も毎日70から80頭を要したといいます。従って鑪製鉄には、少なくとも3百から4百人、多い場合は2千人が従事していたと言われています。
また大量の木材を必要とするため、密林を5から8年ごとに転々としました。この間、道川の住民は鑪の仕事に関わりながら、ときには副業として蓑・縄・菰・草履・藁沓などを作り、これを相当な値段で鑪所が買い入れました。さらに馬も1戸あたりに2頭をあて預け、私用を許す等の恩恵を授けたため、荒地も肥沃になるなど生活が安定し、匹見組の中でも模範の村となりました。




美濃地氏の屋敷前にて


茅の葺き替えは片面がおよそ六千万円



製鉄の残渣。いわゆる金糞


客間の欄間の造形が豊かさを物語る


囲炉裏の手前に主人が座ったのだろう


鳳凰の造形が美しい。


御用提灯を掛けた棚


雛人形が怖い(笑)


豪華な漆器


地域の人々の結婚式にも屋敷が提供されたと言う


神楽のお面






茅葺の道具


安倍晋三元総理殺害事件は「民主主義への挑戦」ではないが民主主義の現場は変わる

参議院選の投票が終わったので、あらためて安倍晋三元総理の殺害事件について、整理しておきます。

あらためて政治家界隈から出ていた単線的な「民主主義の根幹を揺るがす行為」「民主主義への冒涜行為」的な表現には違和感があります。
もちろん、民主主義のシステムの根幹の部分である選挙における街頭演説という場が犯罪の現場となったことは事実です。
しかしながら、これまでの容疑者の調査状況を踏まえると、民主主義うんぬんよりも、どちらかと言うと個人的な被害感情を踏まえた安倍晋三元総理個人への殺意が根っこになっているわけですから、事件の整理としては、怨恨による犯罪行為という考え方が正しいと思います。
もっとも、それでもなお、この事件は、政府の要人クラスであっても、政治家であれば街頭演説は必ず行うわけであり、今回の容疑者のように対象につきまとい、わずかな隙があればそれをついて殺害しうる、という事実が明らかになった、ということがポイントです。犯人の意図自体は民主主義への挑戦や冒涜と言う性質のものではありませんが、事件が民主主義の根幹である選挙のあり方を大きく変え得る、また政治家と国民のインターフェースの1つである選挙運動における政治家と有権者の距離を引き離し得るものであることには変わりはありません。
つまり、今回の事件は個人の恨みと言うレベルの犯罪でありながら、民主主義の根幹を揺るがす、また民主主義のあり方の転換点となり得る事件であるという、まさに容疑者の意図を超えた事件となったのではないかと思われます。
安倍晋三元総理は、非常に鷹揚な人間性というか、心の広い面のある人物であり、例えば政治家との付き合いの中でも、相手がどのようなウィングの政治家であってもわりと時間をかけて意見を聞き、またご自身の見解を返す方でした。和光市に視察に来られた時にも市民との形式的ではない交流を強く望まれました。それはまさに、エリート家系に生まれながらも大衆政治家として国民から愛された安倍晋三と言う政治家の強みであり、また今回の事件を結果論から語るなら、その鷹揚さが事件と無関係ではないと言う点を踏まえると、複雑な気分にならざるを得ない、というのが偽らざる気持ちです。
今回の事件を機に、多くの政治家の選挙活動が変わらざるを得ないでしょう。しばらくは様子見をしながら、慎重な政治家は街頭で有権者との距離を置く方向に、また、大胆な政治家や無神経な政治家は平然と街頭に立ち続けるでしょう。そして、当面は今回ほどでは無いにしても、街頭での小競り合いや今回ほどは大きくない事件がいくつか起きるのではないかと推測します。
さらには、要人警備と言う観点からは、主要な政治家に関しては、街頭に出ることを抑制するような要請が醤家事務方から出る事は間違いありません。
私が13年前に和光市長になった時「徒歩で通勤する」と秘書に言うと、警備の観点からそれはやめてほしいという意見がありました。正直なところ、そこまで言われると当初は怖くなくもなかったのですが、実際問題として事件など起こりようがなかったですし、当然のことながらそれ(送迎なし)で12年間を過ごしました。
ただし、それはこの事件が発生する前の話です。これからの世の中が、この歴史に残る大事件を経てどう変わるかは誰にもわかりません。ただ、現時点で言うとリスクは大きく跳ね上がっています。
政治家の方々、特に、有名であったりあるいは、選挙区の当選者が1人でターゲットになりやすい方については、ご注意を願います。
コロナ禍により、それまで繁栄の象徴だった「人の賑わい」や「人混み」が「怖いもの」に変わりました。そして、今回の事件により、その人混みに改めて危険な人物が潜み得ること、また、誰もが危険人物になりうるノウハウをインターネットから仕入れ得ると言う事が周知されたわけです。これは、警備にしろ、選挙にしろ、立候補にしろ、人が何らかの行動する際に必ず考慮に入れなければならない新たなポイントと言えるでしょう。
一方で、今回の警備の歴史的な失態を見るに、このような事件が起こりうる素地は従来からあったことも忘れてはなりません。

”安倍総理と和光市、そして…”

安倍晋三元総理のご冥福をお祈りいたします。


部活の改革が日本復活の鍵、かも!

私には子供が3人いて、ひとりめとふたりめは周囲(同じ小学校)の子供たちの影響で中学受験をすることになった。

ひとりめは女子で理系の地方大学へ、ふたりめは男子でやはり地方大学の理系に進学した。そういうわけで、上二人はせっかく中高一貫校に行ってもなぜか地方での暮らしを選ぶという、とても金のかかる状況となっている。

 

そしてこの3月、我が家の3人めの子供が県立高校を受験した。我が家にとっては初の県立高校受験である。

 

ただし、今日はその前の話が論点。 まず子供が公立中学に進学して大変驚いたことがある。

その1つは、正直知ってはいたがあらためてびっくりの、中学全体にきっちりと行き渡る大変非効率な部活動である。長時間練習、根性主義の昭和のような練習のやり方に戸惑いとともに驚いた。既視感が半端ない。

もちろん、その顧問の先生方は、根性主義で成功体験があるからこそ根性主義の部活動を熱心に推進しているわけだが、上の2人の子供たちの私学での部活動を見ていた私としてはその落差に非常に驚いたわけである。

 

長男は、都内の一貫校で中学生時代、とある球技の部活に入っていた。そのクラブは週3回の練習で都大会まで進出し、悪くない成績を上げていた。

なぜそれが可能かというと、それは科学的なトレーニングに尽きる。例えば、昨今は体幹トレーニングが流行しているが、その部活でも体幹トレーニングを取り入れていた。また、筋トレなどの基礎的な体力作りも、その球技に合った体力づくりが行われていた。もとより、競技により、鍛えるべき筋肉やスタミナは異なるのである。 さらに言うと、試合の作戦もまた理にかなったものであった。 このような様々な合理性のある方策により、根性主義長時間練習のご近所の公立中学と比較しても何ら遜色のない成果を上げていたのである(我が子が成果を上げたかどうかは別)。 

 

また、もう1人、地方の中高一貫校に進学した我が子はというと、同じ競技をこちらは中高6年やったが、見事な長時間根性主義だった。この学校は教育のシステムが古く、勉強も根性主義で、まあ、大学にはしっかり受かるから良いのだけれど、我が子も古さに首を捻っていた。

 

サンプル数は多くないが、根性主義の部活の学校と科学的なトレーニングをする学校を比較すると根性主義の学校の方が部活の成績は良いとは限らない。 いずれにしても、科学的に部活をやれば当然のことながら強くなり得るし、何よりの部活は短時間でやれる(が、もちろん先生の研修は必要)こと、こういったことを先に学んでいた私としては、市長としてあまり教育分野には首を突っ込めない関係で、教育長には事例を紹介しつつも、強く言うことはなかった。

 

ただ、公立中学の朝練をやり、そして長時間の夕練をやる部活の姿には違和感しかなかった。我が子にはそんな昭和の日本企業みたいなものは一刻も早くやめろ、と言ったものである。

ちなみに部活の先生は塾を辞められないか、と言った。もちろん、練習時間が減るからであるが、話を聞いて価値観の距離の大きさに唖然、である。

私自身、中高で根性主義の部活の経験がある。確かに、頑張れば成果が出るという成功体験を得ることができた。中高ともに恩師は名コーチとして有名で、県大会でせいぜい予選を突破するぐらいだった程度の私が何かいうのは正直おこがましいほどの大先生だった。二人の師匠のエリート弟子たちは根性主義で日本の頂点に立った。

 

しかしながら、頑張る前に作戦があり、頑張る前に合理的なトレーニングがあり、そして何よりも最小の努力で最善の成果を出すことこそが今の時代にはぴったりな成功体験ではないかと思う。

 

単なる根性主義の成功体験がビジネスに持ち込まれると、とにかく歩けと言う営業であったり、あるいは科学性のないKKD経営に陥ったりといったことが往々にしてある。 

 

部活動のあり方はこれから、地域へと軸足を移すことになる。しかしながら、今ある根性主義長時間非効率の部活動をそのままわざわざお金をかけて地域に移すということであれば、これはまさに、根性主義の成功体験、日本社会が、日本国の企業社会が抱えている大きな弱点を補うどころかさらに強化することにもなりかねない愚策となるのである。

部活のあるべき姿、部活の目指すべき姿は今の社会のあり方に沿った成功体験を子供たちに与えることではないかと思う。 それは、例えば、先生たちから部活を取り上げるのではなく、回数の制限をする中で合理的な精神を身に付ける、そんな部活へと部活動を変えていくことが重要なのではないかと考える。

 

数年前に、開成高校野球部の戦い方が書籍としてヒットした。戦い方としては、練習効率の良い打撃に時間を使い、打ちまくってかつ、守備の練習はしない、など正直それは野球の練習なのかと思わせるような奇抜なものである。しかしながら、どうすれば勝てるのかを考える特に、制約条件がある中でどうすれば勝てるのかを考えたこの開成野球は非常に参考になる事例である。まさに経営そのものである。 文科省が今急ぐべきは、もしかしたら私立高校で行われている合理性のある部活動の事例集めではないかと思われる。

 

週7日の練習で得られる成果と、週3日の練習で得られる成果が仮に同じだとすれば、週3日の練習で同じ成果を得た方が現代的には尊いのである。少なくとも教育の世界ではどうかは知らないが、ビジネスの世界では(そして、市役所の経営でも)確かに尊いのである。そしてこの価値観を教育現場に行き渡らせることこそが、日本経済の復活であるとか、あるいは働き方改革であるとか、さらには日本人の幸せに直結することに他ならないと私は考えるのである。