前和光市長 松本たけひろ オフィシャルウェブサイト -111ページ目

「自治体はもっと決算を重視すべき」なのか、それとも…公会計の役割とは

ある選挙に出るとおっしゃっている方が市役所に訪ねてこられ、残念ながら不在だったので、置手紙を拝見しました。
ちょっと違和感があったのは、議員としては10年選手なのだけれど、「自治体はもっと決算を重視すべき」という表現があったこと。一般的にそう言われているわけですが、一般に受けるからと安易にそういうことを言って歩くのは新人ならまだしも、ベテランとしてはどうか、と思います。

何度か書いていることなのだけれど、公会計改革において、複式簿記をベースとした民間方式の会計による財務表が重視されるようになり、複数の会計方式の並立する時代から、紆余曲折を経て統一的な基準に落ち着いています。

 

一つ言えることは、民間の会計とは、いわゆる継続企業(会社はずっと続いていく、という仮定)を前提に、期間ごとの経営成績を主として利益という切り口からモデル計算で早期に確定させることに主眼がある会計であるということです。
それにより、株主と経営者は利益の配分を受け、従業員もまた、利益に準じたリターンを得ます。
つまり、仕事の成果の山分けのための会計が民間の企業会計。

公の予算決算の仕組みはということ、まず、国民や住民から集めるであろう歳入をもとに予算を組み、期中は予算に基づいてできるだけ効率的効果的に仕事をこなし、現金主義により、確定したお金の出入りを踏まえて年間の仕事の報告をする仕組みである、ということが言えます。

原資が税金なので、モデル計算で最終的な報告書を作ることはできず、事実ベース、つまり現金主義によらざるを得ないという縛りがあります。

両者を比較するとどうなのか。

前者では予算はあくまでも単なる皮算用であり、決算がリアルな金の配分のための成果報告であり、それもなお、現実の経済社会のために求められる速報性、そして、何よりも組織が私的結社であるため、モデル計算による速報をもとに経営成績を確定させるという特性があります。

後者はというと、あくまでも予算が仕事の見積もりとしてはだけでなく仕事の計画として決定的に優位であり、決算はというと極論すれば予算に基づいて「うまくやったかどうか」に過ぎない、ということができます。

ここをしっかりと理解しないと首長としての仕事には差し支えます。計画を立てて予算を通すまでで仕事の仕上がりの半分ぐらいは決まっているかな、という感覚でないと役所の仕事はうまくは行かない。
もちろん、過去の執行の反省をもとに予算を組み、過去の執行の反省をもとに今年度の仕事をするのだけれど、予算の制約があるので、年度内にできることには大きな制約がある。
だから予算が大切なのよ、という話です。
もちろん、年度内にも補正という手があるのですが、ガバナンスの観点からは補正に頼りすぎるのは反則。やはり、当初にいい仕事をするのが大前提です。

うざいベテランみたいな言説で申し訳ないのですが、公の選挙に出る人が冒頭のようなことを言ったら、眉に唾をつけて聞いたほうがいいです。これは私自身の反省も込めてのことです。
 

ちなみに、民間の会計ではよくステークホルダー(広義の「利害関係者」)という言葉が語られます。どの立場で見るかで会計の使い方にも微妙に違いがありますが、ただ、一つ言えるのは明確な「利益」という中心的な尺度が決まっているということです。逆に言うと、ステークホルダーという概念を導入しなければ、民間の会計は株主と経営者の関係性という狭い視野を持たざるを得ません。
一方で、公共の場合はそのような明確な中心的な価値は住民福祉というふわっとしたものであり、そこにある種の民間人からしたら「わかりにくさ」みたいなものがあるわけです。
ただ、それはだからと言って悪いことではなく、公共体の役割なのだから、仕方がないわけで、その点の説明をし続けるのは政治家の仕事なのかもしれません。

 

トーハンが和光市に書籍新刊発送拠点「トーハン和光センター」を新設

トーハンは、埼玉県和光市に書籍新刊発送拠点「トーハン和光センター」を新設し、5月7日から稼働しています。
トーハンは二大出版取次の一角。

私事ですが、出版人として約10年間仕事をさせていただきました。そのうち1年半ほど、営業をやらせていただきました。
その当時、新宿区東五軒町の本社に新刊見本を届け、上司とともに部数交渉などを担当した記憶があります。...
印刷所からのアクセスの良い和光市にオートメーション化された流通倉庫ができることにより、トーハンの業務は大幅に効率化されることが期待されます。

元出版人として、ア◯ゾンなどに食い荒らされて苦境にある我が国の出版文化の行方を憂慮しておりましたが、このような形で身近なところにトーハンさんが来られたことを嬉しく思います。
我々が今、取り組みつつある道路網の整備が進めば、さらなるアクセス性の向上も見込まれます。
頑張れば、古巣の出版業界にも多少は貢献できるな、と嬉しくなるとともに、決意を新たにする出来事でした。

 

トーハン プレスリリース

 

常総市での視察研修1 坂野家住宅

昨日の常総市視察で国指定の重要文化財である「坂野家住宅」を訪問しました。ご当地に定着してから500年と言われる坂野家は、新田開発などで活躍した豪農であり、地域の惣名主的な存在だったそうです。
水海道は和光と同じ天領であり、坂野家は幕府の役人の執務スペースでもあったそうで、幕府の役人専用の正門と言うべき入り口からは当家の主人ですら出入りはできなかったのだとか。
(素敵な場所なので、みんなで座らせていただき記念撮影をしました。)
さて、水海道は江戸末期以降、水運で発展し「鬼怒川の水は尽きるとも、その富は尽くることなし」と称され繁栄しました。
富の集積するところに文化あり。
坂野家は文化に造詣の深い当主を輩出したこともあり、多方面から文化人が集まるサロンのような存在となり、蔵には江戸期から明治期ぐらいまでに集まった文化人のたちが描き、書き残した書画が山のようにあるとのことです。
現場に展示されているものもひとつひとつが大変貴重な文化財であり、楽しく見させていただきました。

豪農の家だけに、複雑な造りの主屋、豪壮な表門、モダンな造りの書院など美しさと、一方で土間には今にも調理が始まりそうなかまど、別棟の新倉庫には農機具など、まさに土の匂いのする部分も存在感がありました。
また、戦時中に埋めて畑にされていた池のある庭園、美しい屋敷林や竹林など、関東平野の暮らしが息づく素敵な空間でした。

ここはまた、山口百恵主演の「野菊の墓」からauのCMまで、無数の撮影隊がやってきたフィルムコミッションの元祖のような場でもあります。

大変勉強になる、そして、日本人として心地の良いひとときであり場でもありました。

なお、坂野家住宅を市に寄贈した坂野家の人々はというと、隣接する地所でナチュラルローズガーデンを整備し、育種などにも取り組みながらバラとともに生きるという、なんとも素敵な暮らしをしておられました。
有料のローズガーデンには、クラブクーリズムのバスが押し寄せ、なんとついでに坂野家住宅を見学して帰るといいます。
坂野家のご先祖様もびっくりしておられるのではないかと思います。ちなみに私が理研の重イオンビームによる育種のお話をしたところ、かねてから興味があり、見に行きたいとおっしゃるあたりはさすが文化人を輩出してきた坂野家!







50歳の大台に乗りました!引き続きネットでもリアルでもよろしくお願い申し上げます

私ごとながら、先日、50歳の大台に乗り、過分なお祝いのメッセージをたくさんいただきました。本当にありがとうございます。
ブログから始まって、ミクシィ(更新停止中)、ツイッター、フェイスブック、さらにはインスタグラムとSNSで皆様とはいろんなつながりを持たせていただいてきましたが、もともと私はニフティサーブの時代からのネットユーザーで、議員になった頃からホームページは持っていました。ただ、基本的に有権者とのコミュニケーションは発信は紙媒体で、反応は生身か電話が大多数でした。

その後、紙メディアによる議員活動報告を補うものとしてブログを始めました。2006年、たまたま大病を患って、あまり街頭活動ができない時期でした。当時はコメント欄での交流が盛んで、いろんな人とネットで繋がることが一般化する時代をリアルタイムで経験しました。
その後、現在のSNSブームにつながるベースを作ったミクシィで和光市民に特化した切り口を含むやりとりができるようになりました。 ...
ミクシィでは東国原知事の発言を批判したことで、初の「炎上」も経験しました。

ツイッターは市長になった年に始めました。「発信→別のアカウントによる拡散」というダイナミックなコミュニケーションの変化に衝撃を受けたことを記憶しています。

その後、フェイスブックにも手を出し、最近はインスタグラムもたまにやらせていただいています。
ツイッターは発信重視、フェイスブックは意見交換や議論重視という位置付けですが、一番関係性が濃いのはフェイスブックかな、と思います。

さて、SNSをやる意義の一つにどなたからの連絡も受けられる、という機動性があります。道路の穴から川が溢れそう、的な話まで、情報をいただき、相談をしていただくというのは元来、ハードルが高かったのですが、そのハードルが決定的に低くなったように思います。

私はたまに市内を徘徊して御用聞きをしますが、その時、意外に面と向かっては言いにくい、とおっしゃる方もおられるんですよね。

いずれにしても、フェイスブックのつながりは私のひとつの財産です。真剣な発信もあれば食べ物ネタもあり、脱力、ということもあろうかと思いますが、引き続き、ネットでもリアルでも、時には真剣に、時にはお手柔らかにお付き合いくださいますよう、お願い申し上げます。

 

情報工学科ブームの落とし穴〜そこはプログラムを書くところです

少し前に某大学工学部の説明会で教授のお話を聞きました。
最近、情報工学科ブームということで、中身を知らずに、単なるゲーム好きの理系みたいな高校生か安易に受験するケースが少なくないとのこと。
ところが、情報工学科はプログラムを書くのが基本なので、プログラムを書くのが嫌いだと、その先には行けず、大変な目に遭い、成績不良や留年、最悪の場合は中途退学の憂き目にあう学生もいるとのことです。
また、プログラムを書くという作業については向き不向きというか、好き嫌いがかなりあるとのことでした。

なので、情報工学科を受験する際にはプログラムが完全に書ける必要はないけれど、プログラムを書くことが苦になりそうかどうかはある程度事前に当たりをつけてから受験するか、そうでなければ、大括りな入試で入学後に専門分野を柔軟に選べる大学を選んでほしいとのことでした。