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takacciの「見た・観た・聴いた・読んだ」

音楽に関すること、観たこと、読んだことへの感想などを書いていきます。(文中敬称略) 2019年4月より別サイトで掲載していた写真の記事も同居させましたが、20年7月に元に戻しました。

本ブログの無断転載はお断り致します。

日時: 2023年9月17日(日)14:00

場所: かつしかシンフォニーヒルズモーツァルトホール

曲目: フィデリオ序曲、シューベルト第4番「悲劇的」、「田園」

指揮: 吉川武典

ゲストコンサートマスター: 白井篤

 

田園が聴けるので京成青砥駅から歩き10分弱の会場へ。この時期としては苛烈な蒸し暑さで、着いたときはもう汗びしょだった。

 

プログラムを読んでいて、楽団名のブロカートとはドイツ語で「錦」のことであり、母体となった大学の所在地が錦町だったことから命名した、と分かると、この経緯は読んだ覚えがあるので、以前に演奏会を聴かせていただいたことがあるはず、と思い当たる。帰宅後調べると2018年9月のことだった。その時には結構良い印象を受けていた。

 

さて演奏である。フィデリオ序曲は緊張感があって好きなほうだったけど、シューベルトの4はピンとくるものがなく、曲の感じが徹頭徹尾変わらなかったように思えて、ほとんど居眠りしていた。「田園」ではこんなことにはならないだろう、と期待。

 

しかし「田園」が始まるとびっくり。チューニングが合ってない? 或いは他の何かが揃ってない? 何しろいつも聴きなれている「田園」とは全然違う響きで、これはどうなるのかと心配になった。しかし5分から10分するうちに落ち着いて普通の「田園」になり、ほっとした。逆に、この曲を聴いていて一番良いと思ったのはやや強めに吹いていたホルンで、特に終楽章での聞かせどころを強気に乗り切ったのは、聴いていても「やったね!」と思って頬が緩んだ。2ndバイオリンとヴィオラもこういう感じで表現すれば全体がより締まっただろうに、と思う。

 

さてアンコール。ゲストコンサートマスターをソリストとしてベートーベンのロマンス第2番が演奏された。中学時代に買ったバイオリン協奏曲のLPの余白に入っていた懐かしの曲だ。こういう場で聴けるとは思っていなかったので凄く嬉しかった。それにしても、秋にリサイタルを開く予定、とのソリストの奏でる音階の美しかったこと! 彼我の音楽性のレベルの違いに瞠目せざるを得なかった。

日時: 2023年8月26日(土)14:00

場所: タワーホール船堀大ホール

曲目: フィデリオ序曲、ジークフリート牧歌、ブラームス第2番

指揮: 神成大輝

 

もともとは県立船橋高校オーケストラ部卒業生が集まって創立されたアマオケであり、今では同窓生オケという位置付けは薄まってきているそうだ。丁度一年前の今頃、この楽団のサマーコンサートを聴きに来て感想を残していた。これによるとその時は金管が強すぎたようなので、今回は出来るだけ後ろに座った。

フィデリオ序曲は緊迫感のある演奏で好感を持ったが、金管の一部がソロに入るときに一瞬音を外すのが気になった。自分では一音たりとも正確な楽音を出すことのできない私から見れば、このようなステージに立てるというだけでも大尊敬に値すると知りつつも、演奏の「入り」は大事だよなあ、と思わざるを得なかった。

ジークフリート牧歌は好きになれない曲であり、静かなリフレインを聞くうちに目蓋が下がってきて、意識としては聴き続けているが、実態としては居眠りの状態だった。

ブラームスの第2番は団員の意気込みの違いが曲の開始時からありありと感じられ、数段レベルの上がった演奏と思われた。それでも前半のステージから感じていた「何か、何故か揃わない」感じがあって、いまいち浸れない感じも持続。個々の奏者の響き、音の持続、リズム、曲の理解、などが究極的に擦り合わされていないせいだったのかも。しかし、常々アマオケには演奏困難と思っているブラームスの交響曲をここまで聴かせて頂けたことに感謝しつつ、見事な盛り上がりで喝采を浴びられたこと、まことに祝着に思って家路についた。

日時: 2023年8月20日(日)14:00

場所: ティアラこうとう大ホール

曲目: ハイドン第30番「アレルヤ」、シューマン チェロ協奏曲、ベートーベン7

独奏: 室野良史

指揮: 大河内雅彦

 

今回、特に前半のステージでは炎天の続く中で睡眠不足、それに会場に着くまでの時間の暑さとの闘いが響いた感じで、演奏が始まるとすぐに眠気に襲われ、終始うとうと。8型x2管編成と小さな編成でのハイドンは楽しみにしていたのに残念だった。シューマンの協奏曲は私が苦手とするチェロ協奏曲であり、眠気が来るのも早かったが、聞き覚えのある旋律が何回も繰り返されるのを夢心地で聴きながら終わった。なぜチェロ協奏曲が苦手かというと、チェロとオケが合奏する時に中低音域のチェロは聞き取りにくくなるからだ。かと言って、チェロにとっての高音域を行ったり来たりするチェロ協奏曲は聞き取りやすいかもしれないが、チェロの高音域は個人的に好きではない。

 

後半のベートーベン7番は熱演であり、小編成とは思えない迫力の演奏だった。真剣勝負の全力投球という感じの演奏。さすがに前半ステージの演奏とは出来が違う。

曲の前半の楽章はこじんまりした編成による主張のはっきりした演奏で、この曲の未だ知らなかった魅力を味わいつつ、この調子でスケルツォやフィナーレ楽章を楽しみたいなあ、と願った。しかし後半は前述の通りの熱演。今回は幸いにも演奏に乗ることができ、最後まで白熱の7番を楽しめた。しかし同時に考えた。CDやFM放送での演奏を聴いてもこの曲の後半は熱演に聞こえることが多い。これで良いのだろうか? この曲は迫力によって名曲に名を連ねる曲なのだろうか。熱演による迫力を除いたらどのような魅力が浮き出てくるのだろうか。作曲家先生はこういう風に聞こえるように作曲したのだろうか。等々。

今後もこの曲を聴くときはこれを確かめながら聴くことになるだろう。

日時: 2023年7月30日(日)14:00

場所: 江戸川区総合文化センター大ホール

曲目: コリオラン序曲、マンフレッド序曲、「ザ・グレート」

指揮: 田代詞生(たしろつぎお)

 

この日も女子サッカーワールドカップでさほど好試合が組まれていなかったため、前日の晩i-Amabileで見付けたこちらの演奏会へ。惹きつけられた要因はこの楽団の演奏会で毎回音楽を堪能することができているからであり、今回の演目が好きだからではなかった。聴くたびに好きになったり嫌いになったりするザ・グレートに対する私の好みが、この楽団の演奏で良い方に揺れたらいいな、と思って会場に馳せ参じた。

 

演奏会が始まり指揮者が登場。ここで「あ~、彼だ!。この人なら良い演奏会になるに違いない。」と即座に思った。前回同じ組み合わせの演奏会ですっかり魅了された指揮者であり、登場すればすぐ彼だと分かる大きなお腹。

 

コリオランはその通りの素晴らしい演奏だった。遅めのテンポでじっくりと見通しの良い演奏が展開された。これまでこれほどこの曲に引き込まれたことはなく、単に「終始深刻なムードが続き、そのまま何となく終わって行く曲」と思っていた私の評価を一新して頂いた。マンフレッド序曲は、しかし、良さが全然分からなかった。オケは良さを分かって演奏していたのだろうか。

ザ・グレートは出だしから素晴らしく、「そう、こういうふうにいい曲なんだよ。」と思いながら充分楽しむ。しかし終楽章はたぶん疲れてしまったようで、崩れた個所が幾つかあったように思う。そうなっても不思議でない矢鱈と長くて演奏困難な曲だと再認識した。もちろん聞き手である私が勝手に聞き疲れただけなのかもしれない。なにしろ最近聴いた幾つかの演奏会で、メインステージの後半、聴く集中力が落ちてしまうことが続いているからだ。聴きに行く回数を減らすとか、何か集中を保つための対策を考える必要がありそうだ。

 

さて余談だが、演奏終了後、半ば恒例となっているオケ伴付き「校歌斉唱」が行われ、少々驚いた。オケの名前に入っている淡交というのは母体となった高校の卒業生の同窓会、淡交会から来ているのであり、その高校の卒業生による淡交フィルが校歌を演奏するのは、多少アナクロながら理解できぬこともない。しかしそれは、このオケの発展に大きな力となった卒業生新田さんが指揮していれば自然なのであって、田代さんは卒業生なの? 帰宅後調べてみるとそうではなさそうだった。そうではない指揮者先生がわざわざ舞台から「これから恒例の校歌をやりますよ」(文言は覚えていない)と語りかけ校歌を演奏するとは、とてもとても意外だった。少なくとも付き合いの良い人なのだなと感じ入った。

 

次回定期は1月24日(日)ティアラこうとうでドボルザーク7他の予定とのこと。

日時: 2023年7月29日(土)14:00

場所: サンパール荒川大ホール

曲目: ベートーベン・命名祝日序曲

    ブラームス・ハイドンの主題による変奏曲

    ビゼー「子供の遊び」管弦楽版、並びに交響曲第1番

指揮: 藤崎凡

 

ここのところ女子サッカーのワールドカップのほぼ全試合をFifa+で観戦しており、演奏会のことは余り視野に入っていなかった。しかし前の日の晩、翌日の試合はあまり面白そうではない、そう言えば演奏会の方は何かあるのかな、と思ってi-Amabileを調べたらこの演奏会が良さそうだった。大好きなハイドンヴァリエーションも聴けるし、ビゼーの1番は初めて生で聴くことになる。

 

さて演奏会の話。

ベートーベンとブラームスが前半のステージであり、これを前の方の席で聴いたことが少々悔やまれた。そこで聴いていると合奏が混ざってしまい、わーんと聞こえてしまう気がした。かなりしっかりした演奏に思えたのに残念だった。そこで休憩後は7~8列下がった場所に移動。するとビゼーはどちらも素晴らしく聞こえた。演奏の出来の違い、或いは単にこちらの集中力の波、どちらとも言えるが、後半の素敵なステージを聴いて「前半もこの席で聴いたら良かったのになあ」と思ったのは確かである。

「子供の遊び」管弦楽版は12曲からなるピアノ連弾曲集が元の形だが、作曲者本人が5曲選んで編曲したものとのこと。始まってみると皆聞いたことのある曲ばかりだった。演奏は澄んだ美しい空気感にあふれていて、カルメンやアルルの女の中で流れてくる南仏の雰囲気と同じように感じた。こういう空気感をこの曲で楽しめるとは思っても居なかったため半ば驚き、「これは名演なのではないか!?」などと頭の中で呟く。

 

交響曲第1番は「子供の遊び」に輪を掛けて素晴らしい演奏だった。この曲を初めて聴いたのは、会員になると月に一枚LPレコードが送られてくるシステムの「コンサートホール・ソサエティ」という組織に中学だか高校の頃入り、その中で送られてきた一枚がこれだった時。誰の演奏だったかは全く思い出せないが、その時の印象は「分りやす過ぎてちっとも面白くない」というものだった。習作の域を出ていないのではないかとも思った。当時はベートーベンやブラームスの交響曲に目覚めつつあった頃で、少なからず精神主義に毒されていたかもしれない。その後、今に至るまでFM放送を通じこの曲を何回か聞く機会はあったけど、昔に感じた印象を一新することは無かった。それで、さほど期待することなく、しかし「どんな演奏をするのかな」と興味を持って臨んだのである。しかし演奏が始まるや、あちこちにキラキラと輝く宝石が散りばめられたように演奏が光っていて、夢中にさせられた。こちらが「次はこうなるでしょ」と期待低めに構えていると、とんでもない、「こんな気の利いた曲だったのか」と驚かされることの連続。思わずにこにこしながら聴き入ってしまった。終楽章はテンポが速すぎたのか、やや力尽きた感じが窺えたけれど、聴いているこちらにしてもそうは集中が続かないのであり、演奏ではなく聴く方の問題だったかもしれない。

 

プログラムによると1991年創立のアマチュアオーケストラとのこと。HPから過去の演奏会履歴を拝見すると、私の好みの曲の演奏が多い。今後も楽しみにしたい。

日時: 2023年7月23日(日)14:00

場所: ティアラこうとう大ホール

曲目: メンデルスゾーン序曲「美しいメルジーネの物語」、ベートーベン第1番、メンデルスゾーン第1番

指揮: 原田幸一郎

 

今や私が一番信頼するアマオケであるこの楽団と指揮者の演奏会。灼熱の猛暑日の真昼間という条件ながら、アマオケとしては割りと良好な客の入りで、良い雰囲気で楽しむことができた。この会場は空調が直接肌に当たるので、風よけ用に用意しておいた長袖を着用し、快適に聴くこともできた。

 

最初の序曲はあまり聴いてない曲なので、プログラムの解説を良く読んで聴いたのだが、解説に書いてあったことと聞こえてくる音の対応関係は全然分からなかった。

この日の目当てだったベートーベンの1番はしっかりとした演奏で、古典音楽の様式感が浮き彫りになった演奏だったのだろうと思う。こういう曖昧な言い方をするのは正直ピンと来なかったからであり、この日の隅々まで整えられた丁寧な演奏を聴きながら楽しめなかった自分を疑問に思うということでもある。実は中学時代に親におねだりし、東京文化会館の天井桟敷でカラヤン・ベルリンフィルの1と3を聴いたことがあり、その時の1も、上手だなと思いながらピンと来なかったのである。当時の小遣いと比べると段ちで高い入場料を出してもらいながら「楽しめなかった。」とは言えず黙っていたのだが、玄人好みの「良さ」が当時も今も理解できないままなのかもしれない。この楽団が時折意外な部分で聞かせるキラッと光る表現が無かったようにも感じた。

となると、残るは聴いたことのないメンデルスゾーンの1番。初期の交響曲で「宗教改革」というのを他所で聴いたときには全然好きになれなかったので、後半のステージで1番を聴く前は「斜め後ろ向き」の姿勢だった。しかし実際はとても楽しんでしまった。前半ステージに比べると増量された弦楽器が生き生き響いていた。あいにくどんな曲だったかは忘れてしまったけれど、聴きに行った甲斐があったと思う。また他で聴ける機会があったら出掛けてみたい。

日時: 2023年7月17日(日)14:00

会場: かつしかシンフォニーヒルズモーツアルトホール

曲目: 舞踏への勧誘、ローマの噴水、ドボルザーク第8番

指揮: 中濵圭

 

この日は伊福部昭作品を聴ける会もあったのだが、最後まで迷った末、何となく近いように感じたかつしかシンフォニーヒルズへ。この演奏会は全席自由席の設定であったが、会場についてみたら売り切れ、という事態を避けるため、念のため前売り券を行きのバスの中、スマホを使い、teketにて購入。しかし会場に着いてみれば入りはあまり良くなくて、その心配は不要だった。

 

舞踏への勧誘が始まるとやや厚めのチェロによる「勧誘」が始まり、しっかりと落ち着いた演奏に思わず「おっ、近衛さんの雰囲気がする!」と嬉しくなった。

ローマの噴水はあまり理解できず演奏終了。どうも私は「ローマの・・」シリーズと聞くとバンダを含めた超大音響の演奏を思い浮かべてしまう間違った思い込みがあって、いまだにレスピーギの本領を分かっていないのである。

そして極めて分かり易いドボルザークの8番。最初の曲から共通して私を悩ませた「木管が聞こえにくい」という問題が、分かり易いこの曲で一層目立った。厚めの弦は金管と良いバランスで鳴っていたと思うのだけど、木管は終始隠れ気味。部分部分で主役を張るこの楽器群があまり聞こえてこないということは、主旋律が部分的に聞こえない合奏を聞いているようなものであり、当然のことながらあまり楽しめるものではない。猛暑の中自宅から会場に移動するだけで疲れてしまい、音楽を聴く集中力が低下していた可能性、これが十分あり得るので、私だけが楽しめなかっただけかもしれない。

日時: 2023年6月24日(土)13:45

場所: ミューザ川崎シンフォニーホール

曲目: 運命の力序曲、悲劇的序曲、「田園」

指揮: 小田野宏之

 

私が学生合唱団に居た頃、ワグネルと言えばダンチの技量を持つ合唱団として凄い存在だった。私なんぞがそのような団に入ったら、演奏会前のオーディションで落とされ、正式な演奏会の舞台など登壇できたものではなかっただろう。

現在でもあるのかな、と思い検索してみたら、「ワグネル・ソサィエティー」の名前を冠した男声合唱団と女声合唱団が活動しているようだった。

私の世代よりずうっと上だが、合唱の黄金時代、ワグネルからはダークダックスが出て一世を風靡したことも有名な話だ。

 

なぜ学生オーケストラの話なのに合唱団を引き合いに出したかと言うと、このような経緯があって、「ワグネル・ソサィエティー」という名称に対しコンプレックス、乃至は一方的な思い込みがあったからであり、ここ数年アマオケを頻繁に聴き回っているのにもかかわらず、この楽団を聴きに行ったことはなかった、という点を言いたかったからだ。学生オケとしては珍しく最上級のコンサートホールを使用、普通の学生オケより(少しだが)高い入場料設定、というように、OB・OGからの分厚い援助や楽団自身のプライドを連想させる形で演奏会を開催してきている。

 

例によって当日の前夜、「明日はどれを聴きに行こうかな」とi-Amabileを見回し、最終候補に残ったのはこの演奏会ともう一つ、私の近所でハイドン92とビゼー1をやる、(楽団の自己紹介によると)志の高そうな会だった。かなり迷ったが、決め手となったのはワグネルの方はteketによる席の指定・購入ができたことで、片方は自由席だった。天井桟敷ではあるが指定のB席はもう一方の自由席より少しだけだが(^^;)>安かった。私のニーズに合った席を指定できたから、早めに行って並ぶ必要がなくなった。ミューザ川崎なら天井桟敷であってもよく聞こえるかもしれない。これを確かめに行くだけでもB席1000円の価値がある。

 

そして聴き始めた「運命の力」序曲は聴き易く整った演奏だった。天井桟敷の席であっても聴きずらいと感じることはなかった。しかしあまり好きになれないでいる悲劇的序曲はやはり楽しめなかった。素晴らしい響きを醸し出す曲なのだけれど、題名の割りにドラマを感じないで推移した。

 

一番楽しみにしていた田園はどうだったか。これが意外にもバランスが、、、 弦楽だけで考えると中低音がもっと欲しかったし、中音部は存在感が足りなかったかも。このように聞こえてしまうのは4階席だからなのかな、上澄みだけしか聞こえてないのかな、などと考えながら聴いていた。しかし何と言っても最大の物足りなさは、演奏が一番困難な金管楽器による難しい聞かせどころだった。この曲が好きで、相当な回数のアマオケの演奏を聴いてきたけれど、少なくとも三分の一、ことによると半分くらいはここで上手く行かないのである。曲の最終仕上げとして鳴り響く調べ。これがこけて終わると、幾ら難しい部分だと分かっていても、しゅんとして聴き終わることになってしまうのだった。

日時: 2023年6月11日(日)17:45

会場: 浅草公会堂大ホール

曲目: ナブッコ序曲、スラブ行進曲、ラフマニノフ・交響曲第2番

指揮: 佐藤雄一

 

浅草公会堂でコンサートを聴くのは2回目。改めて浅草の一等地にある行き易い会場だと思った。中の造りがちょいと古風だったり喫煙ブースが置かれていたり、と下町の演芸場の雰囲気もする。会場の響きは悪そうに見えるけれど、今回のように大きな音量の大オーケストラが熱演しても大丈夫で、丁度良い入れ物だったと感じる。

 

ナブッコの序曲はあの口ずさみたくなるようなメロディーで快適に導入され、あとはチャキチャキッと簡潔に盛り上がって終わった。上手で聴き易い演奏だった。

スラブ行進曲を聴いているとこれもしっかりした説得力のある演奏であり、私が中学・高校時代にこの曲が大好きだったことを思い出させてくれた。そうだよ、こういうふうに良い曲なんだよ、と何回も相槌を打ちながらワクワク聴く。クライマックスになってもバランスは保たれていて素晴らしかった。大収穫! これほど良い思いをできるとは期待していなかったので大変嬉しかった。

 

さてこの日のメインのラフマニノフである。引き続きの大感激を予想して聴いていたのだが、意外にも曲が良く分からない。特に第一楽章。長大でいつ終わるのか分からない、という中で、ごちゃごちゃと複雑なパッセージがこねられ続けており、聞こえるべき声部が何処で鳴っているのか、と聞き耳を立てても分からなかった。そう言えばこの楽章はこれまでも良く分からないまま聞いていたのであって、第二楽章で気分がはっきりし第三楽章でぐっと引き込まれる、というパターンだった、と思い出す。

しかし、曲が進行し、確かにこれまでのパターンも分かってはいたのだが、やはり説得力が足りなそうな演奏だった。これだけの技量を持つ楽団がこれだけ一生懸命演奏しているのに、それでもなお曲が光り輝く域には達していないのか、と嘆息。これは大変な難曲だ、と頑張る楽団を眺めながら感じた。私の席の周りでも周りの様子を伺うような動作をする人が居て、これは集中が切れた人だな、私もちょいつらいけどそれなりに楽しんでいるよ、と心の中で呟いたりしていた。

 

帰宅後手持ちのCDで聴き返してみたのだが、やはり第一楽章は分かりにくかった。さて、次にこの曲の演奏を聴きに行くまでに、私はこの楽章の良さを分かるまでに成れるでしょうか?

日時: 2023年5月27日(土)14:00

場所: 第一生命ホール

曲目: ベートーベン・アテネの廃墟序曲、「ジュピター」、ベートーベン・第7番

指揮: 田中雄樹

 

数あるアマオケの演奏会の中からこの演奏会を選んだ理由。①曲目が聴いてみたい曲ばかりだった。②膝を痛めているので、簡単に行けて歩く距離が短い会場。

 

①に付いて、一曲目の序曲は聴く機会が少ないからチャンスだった。ジュピターは最近演奏会で聴いていないし、FM放送でブリュッヘンの録音を聴き、私の中で評価が上がっていたから聴きたかった。交響曲第7番はいまだに「本当に名曲なの?」という疑問が拭えていない曲であり、読解ならぬ聴解?にチャレンジしたかった。但しこの会場はこれまで何度となくオケの大音響が飽和してしまってうるさく感じ、行くのを止めていた会場だ。本来ならストップを掛けるところだが、i-Amabileの自己紹介欄に小編成オーケストラです、と書かれていたので方針変更となった。もしかすると会場に適した音量の演奏を聴けるのかもしれない。

 

始まりの序曲は良く理解できないまま終了。

ジュピターはバランスの良い演奏で楽しめた。この曲で楽しめたというのは私にとっては大切な体験になった。特に終楽章での盛り上がりに乗せられ、高揚した気持ちで聴き終えることができた。第一、第二楽章でも音楽の繋がりが分かり易い、整った演奏だと思った。

交響曲第7番でも音楽に浸って聴けていたのだが、この曲の中で苦手な部分であるスケルツォで眠くなった。しかし終楽章はクライマックスに向かっての高揚感があり大いに楽しんだ。

 

今回一番驚いたのは、小さめのホールでの大迫力交響曲演奏でありながらバランスが良かったこと。金管群が音量を抑えに抑えている、という感じではなくきちんと存在感を示していつつ、第一ヴァイオリンが聞こえなくなることが殆ど無かった。「2004年に行われた某ホテル主催のクリスマスパーティーへの依頼出演を機に設立された室内管弦楽団です。」とウェブ上のHPで自己紹介している点に鑑みると、音楽の専門教育を受けた方々の集まりなのかも。ふれこみ通りの小編成オケでありながら曲の要求する強い表現も実現し、しかも小さ目のホールに適した音量でバランス良く演奏できるとは素晴らしい。

 

アンコールにはフィガロの結婚序曲がきびきびと演奏され、大曲を二曲も続けた「重い」演奏会を華やかに締め括った。