この記事には映画およびブロードウェイ・ミュージカル「ディアエヴァンハンセン」のネタバレが含まれます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、前回に引き続き今回は

ストーリーの変化

について語っていきましょう。

 

英語の台詞はこちらのシナリオブックから引用しています。

日本語は僕の翻訳ですが、まぁ素人なので細かいところは大目に見てください。

 

ブロードウェイ版の上演時間は休憩時間を除き約2時間30分

対して映画版の上映時間は2時間11分となっていますが、エンドロールが合計8分くらいあるので、実質2時間強です。

なので約30分くらいの台詞やシーンがカットされたことになります。

映画版を基準に冒頭から見ていきましょう

 

映画のオープニングは自分への手紙を書くエヴァンからスタート。これはブロードウェイ版も変わりません。

ただ”Waving Through The Window”はこの場では歌わないので、台詞で進行していきます。

その後同じくハイディとの会話です。

この会話の後、ブロードウェイ版ではオープニング・ナンバーの”Anybody Have A Map”がハイディによって歌われます。

詳しい歌詞は項目を参照していただきたいのですが、要点はハイディがエヴァンと上手く会話できないことを悩む歌です。

ハイディは映画でもトークのスキルがないことが若干示されますが、ちょっと分かりにくいでしょうか。例えば、ギプスにサインを書いてもらうのは友達がいるからであって、ギプスにサインを書いてもらうことで友達になれるわけではありません。そのことを友達が居ないことに悩んでいる息子に言うのはなんとも微妙な心遣いではないでしょうか。

それから離婚した旦那の今の奥さんのことをジョークにして息子に話すのもちょっと良くないと個人的には思います。

 

”Anybody Have A Map”はまだ続いています。次は映画版で完璧にカットされたシーン、マーフィー家の朝の食卓です。

ブロードウェイ版のシナリオブックにはこうあります。

Lights shift to find the Murphys at the kitchen table.
Zoe Murphy sits, eating cereal, leafing through a book.
Connor Murphy stares blankly into his cereal bowl.
Larry Murphy, on his phone, scrolls through emails. 

Cynthia Murphy stands, fussing over everything-pouring orange juice, topping off coffee, clearing finished dishes.

マーフィー家のキッチンテーブルに照明が移る。 

ゾーイ・マーフィーは座ってシリアルを食べながら本のページをめくっている。 

コナー・マーフィーはシリアルのボウルをぼんやりと見つめている。

ラリー・マーフィーは携帯電話でメールチェック。

シンシア・マーフィーは立ってオレンジジュースを注いだり、コーヒーを淹れたり、空の食器を片付けたり忙しい。

コナーは要はバッド・トリップ(ドラッグがテンションを下げる方向に作用している)に入ってやる気を失っている状態ですね。

そんなコナーを叱ることもしないラリーにシンシアは苛立ちます。

ラリーはちゃんとしたスーツを着て仕事人らしく、シンシアは私服で家事をするので、この時点で観客にはマーフィー家がそれなりに裕福な家庭であることが分かります。それと同時に決して幸せな家庭でないことも分かります。

シンシアは”Anybody Have A Map”に乗せてどんな言葉も響かず、迷路の中で彷徨っているようだと歌います。

その後ハイディとシンシアのユニゾンで未来への不安が歌い上げられ、学校の場面へ移ります。

 

この日は夏休み明け初日、投稿したエヴァンに最初に話しかけるのはアラナです。

【キャラクター編】で書いた通り、映画版より幾分うざったいキャラクターに仕上がっています。

シナリオブックには台詞の途中に/が挿入されており、次の台詞の頭はこのスラッシュを食う形で発するように指示があるのですが、他人の言葉を遮って喋る一番最初の登場人物がアラナです。

アラナと別れたあとジャレッドと合流しギプスの話などをしたあと、ここでコナーが登場します。

ジャレッドはコナーにドヤされ舞台から去り、コナーは唐突にエヴァンに詰め寄ります。少し会話を引用します。

JARED:(Loughs nervously, bravado gone): You're such a freak.

ジャレッド(緊張して笑い、虚勢が消える) :お前マジキモいな。

Jared, laughing, nervously exits. Connor turns to Evan. Evan laughs, uncomfortable.
ジャレッド、笑って、緊張して去る。コナー、エヴァンを見る。エヴァンは笑う。不快。

CONNOR: What the fuck are you laughing at?
EVAN: What?
CONNOR: Stop fucking laughing at me.
EVAN: I'm not.
CONNOR: You think I'm a freak?
EVAN: No. I don't
CONNOR: I'm not the freak.
EVAN: But I wasn't
CONNOR: You're the fucking freak.

コナー:てめえ何笑ってんだ。

エヴァン:何?

コナー :笑うなっつってんだろ。

エヴァン:笑ってないよ。

コナー:俺はキモいか?

エヴァン:そんなことないよ。

コナー:俺はキモくない!

エヴァン:いや、でも

コナー:キモいのはお前だ!

Connor shoves him to the ground as he storms away.Slowly, Evan stands.

コナー、怒りに任せてエヴァンを突き飛ばす。ゆっくりとエヴァンは立つ。

なかなかヤバいですね。

そしてゆっくりと立ち上がってからエヴァンが歌うのがあの”Waving Through The Window”なんです。

ブロードウェイの劇場ではこの曲はショー・ストップ(観客の拍手が続きすぎて芝居の進行に影響が出る場面)らしいですね。まさしくこの作品を象徴する一曲だと思います。

 

その後映画版と同じくコナーに自分への手紙を奪われます。

舞台版ではこの後、生きている状態のコナーは回想を含めて一回も出てきません。見納めです。

そして手紙のことをジャレッドに相談するんですが、ここも映画版と違う要素が出てきます。

ズバリ、オンラインです。

この舞台ではエヴァン、ジャレッド、アラナの三人はほとんどいつもオンライン通話で話します。映画版では同じ画に人物を収めないといけないので、基本的には顔合わせてますよね。

 

その後は映画版と同じ流れが続きます(ジャレッドとの会話がオンラインであることを除き)。

そしてマーフィー家での夕食の場面に移ります。

 

映画では半ばシンシアの誘導尋問のような形でコナーとの嘘の思い出を語りますが、ブロードウェイ版はもう少しマイルドです。

言葉を期待するシンシアや他の家族の目に耐えられず、食卓にあったりんごを見て思わず言ってしまった「りんごの場所」という一言から、シンシアがワードを拾い上げ果樹園の話になります。

そのまま滞りなく”For Forever”。そして”Sincerely, Me”へ続きます。

 

コナーの偽メールを読んだマーフィー家のシーン。基本的な流れは変わらないのですが、コナーが12歳のときに家出をして、ゾーイに金をせびった話は映画で追加されました。初めて映画でそのシーンを見た時は、あまりのクズっぷりにちょっと笑ってしまいました。

そして”Requiem”になるのですが、映画版でゾーイが車を乗り回しててびっくりしました。舞台では車は表現が難しいので出てきません。マーフィー家の全員がそれぞれ、家の別々の部屋で歌います。

 

そのあと色々あってエヴァンはマーフィー家の夕食に招かれます。映画ではゾーイに招かれますが、ブロードウェイ版はシンシアに招かれます。なのでゾーイは「また来たの?」的なちょっと否定的なリアクションがあります。

そしてつつがなく”If I Could Tell Her”へ。

そしてなんと!ブロードウェイ版ではここでエヴァン、キスしちゃいます。その後ゾーイに引き剥がされます。慌てたなエヴァン。DT根性。

 

この次は映画版でカットされたシーンです。

オンラインでジャレッドにキスのことを相談していると、ジャレッドはコナーの名前の入ったバッジで一儲けしようと持ちかけます。この中々ヤバい商売、どうやらジャレッドだけでは無いようで、他の生徒もリストバンドやTシャツを売っているようです。

映画ではアラナがリストバンドを配っていましたが、多分無料でしょうし、ちゃんとした追悼の意味があったように感じました。

そしてジャレッドはエヴァンにこう問いかけます。

JARED: Hey. At least it was fun while it lasted. You got to have some quality time with your fake family, snuggle with Zoe Murphy...
EVAN: But that's... that's not why I was doing it. I was trying to help them. I just wanted to help them.
JARED: Regardless, bro. It's over. A week from now? Everybody will have already forgotten about Connor. You'll see.

ジャレッド:なあ、お前だってちょっとは楽しかったろ。偽物の家族と食卓を囲んで、ゾーイ・マーフィーとよろしくやってさ。

エヴァン:けど、楽しいからやってたわけじゃない。助けたかったんだ。ただ助けになりたかっただけなんだ。

ジャレッド:関係ねえよ。もう終わり。一週間もすりゃみんなコナーのことなんて忘れるぞ。まあ見とけって。

その後、アラナとの会話でもみんながコナーに関心を無くし始めているからなんとか出来ないかと相談されます。

 

すると、コナーが現れます。

これが映画版との決定的な違いです。エヴァンは自らの中にいるコナーと対話します。前回でも触れたとおり、このコナーは実際のコナーの幽霊ではなくもう一人のエヴァンです。

コナーはエヴァンに語りかけます。

CONNOR: Look. Zoe, my parents... they need you. You're the only person who can make sure everybody doesn't just forget me. Oh right. They already did.

EVAN (Empathetic): After two whole weeks.
CONNOR: And once they've forgotten about me, what do you think happens to you? I mean, nobody cares about people like us.
EVAN: "People like us"?
CONNOR: Connor Murphy: the kid who threw a printer at Mrs. G. in second grade. Or Evan Hansen: the kid who stood outside a jazz band concert trying to talk to Zoe Murphy, but his hands were too sweaty. You know.People like that. Look:

コナー:いいか。ゾーイ、俺の親、みんなお前が必要だ。みんなが俺を忘れないようにできるのは、お前だけだ。……もう忘れられてるけど。

エヴァン(共感):二週間後にはね。

コナー:連中が俺を忘れたら、お前はどうなると思う? つまり、俺達のようなやつは誰にも気にされない。

エヴァン:「俺達のような」?

コナー :コナー・マーフィー。二年生のときに教師にプリンターを投げつけた子ども。エヴァン・ハンセン。 ジャズバンドのコンサートの時、ゾーイ・マーフィーと話そうとして、外に立っていたが、手が汗でべたべただった子ども。わかるだろう。そういうやつら。な?

そうして歌われる曲が”Disappear”です。

映画を観た方は是非こちらの曲を聞いていただきたいです。

この曲はエヴァンが”You Will Be Found”を歌うきっかけになる言葉がたくさん出てきます。音楽も凄くいいのでカットは残念だったのですが、突然現れるコナーという存在が観客に誤解を抱かせることを懸念してカットしたのだと思います。

 

そしてこの歌の中で、エヴァンはコナー・プロジェクトを発足することを思い立ちます。

映画版ではアラナから持ちかけられますが、ブロードウェイ版ではエヴァンからアラナ、ジャレド、そしてマーフィー家にプロジェクトへの賛同を求めるなど積極的に動きます。

これは、コナーは忘れられてはいけない(つまりコナーの友人であることになっている自分も忘れられてはいけない)という、縋り付くようなエヴァンのエゴから発されていますが、一見すると慈悲心に溢れた好青年に見えるところもポイントです。実際やってることは全く間違っていないんですよね。本人以外にとって、動機というのは実は重要視するようなものではないのかもしれません。

 

エヴァンはシンシアからコナーのネクタイをもらい、いよいよ”You Will Be Found”です。

詳しくは【楽曲編】で語ろうと思うのですが、この曲ってば異様に嫌らしいんですよね。

このミュージカルの中で嘘から発される曲は、その曲単体で聞くととてもいい曲に聞こえるが、ストーリーの中で聞くとモヤモヤするという特性を持っています。

”For Forever”や”If I Could Tell Her”もそうですよね。”You Will Be Found”はその極致です。

流れ自体は映画版と同じですが、映画版は画面いっぱいに実際のSNSの映像が出るのでリアル感はありましたよね。

ブロードウェイ版はこんな感じです。

そして世界がコナーを通じて一つになった後、ゾーイはエヴァンにキスをします。そして、エヴァンは彼女にキスを返します。

そうなんです。ブロードウェイ版では、エヴァンとゾーイがカップルになるのはここなんですね。若干映画版より早いです。

え~!では”Only Us”はどうなっちゃうの!と気になるところではありますが、文字数が6000を超え、ちょうどブロードウェイ版でも第一幕が終わって休憩に入るタイミングということで、ここで一度筆を置きたいと思います。


後半へ続く