sunset diary -680ページ目

Gynecologist/婦人科検診

2週間ほど前に、婦人科に行って来ました。


こちらに来て子供達の事もひと段落ついたので、約1年半ぶりの検診と相成りました。ドイツでは10ヶ月から1年以内に検診に行くよう薦められますが、こちらはどうなのでしょうかね。


まずは医者を選ぶのが大変でした。こちらのクリニックはどこもファンシーで、『医者然』としていなく、ここで大丈夫かよ?という雰囲気をかもし出しています。外見で選ぶわけではありませんが、ドイツではいい先生は立地、構えもいいところが多かったです。NCはまだ新しい土地だからでしょうが、とにかく悩みました。ドクターの名前もインド系からフィリピン系、もちろんヒスパニック系も多いです。あ、ロシア系もいました。子供が掛かっているところがロシア人の先生でした。TVのコマーシャルでは「当医院では、スペイン語OKです!」とか、宣伝してますし、大学病院からもちょくちょく広告が送られてきます。ドイツにいたときには、医者がコマーシャルや、ちらしを配るなんて、目にした事がありません。びっくりしました。


差別や偏見ではありませんが(いや、十分偏見ですね)、日本では日本人のお医者様、ドイツではドイツ人と、その国の人に診てもらうのが当たり前だったので、外国人の移民の先生がたくさんいるお医者さんにまだ慣れません。はっきりいって、「本当にあなた、だいじょうぶなの?一体どこでどれくらいの勉強をしたの?」が念頭にあります。歯科にしても、外科手術にしても、そのテクニックは世界一を誇っていると思いますが、それが裾野の医療まで行き渡っているとはとても思えません。


アメリカでは、高度な医療はお金のある人、プライベートの保険に加入している人しか受けられません。私があまり行きたがらないこういったクリニックにも行けない人はごまんといて、こういう人は自分で処方箋のいらない薬を調達しなければけないから、至るところにドラッグストアーがあるのか…、と、ヘンに関心したことがあります。


さて、婦人科検診に話は戻って、結局検査はどこの国でしても同じでした。おもしろいのが、「洋服を脱いで、このガウンをきてください」と、浴衣みたいのを渡されました。ドイツでは胸の触診の時はズボンは履いたまま、それが終わると上着を着て、ズボンを脱いで子宮頸がんの検査でした。ま、どちらも同じですが。日本はカーテンで仕切られていて、なんで隠すかな…って、カーテンをとっぱらった事がありましたが、あちらにいた先生のほうがビックリしたらしく、カーテンをまた閉めなおされたって事がありました。じゃぁイスラム圏ではどうなんだろう?とフッと思ったのでした。


婦人科検診の後、血液検査がありました。これにはメタボリック検査も含まれていました。先週クリニックから連絡があり、血液検査の方は異常なしとの事でした。子宮頸がんの方は今週中にわかる予定です。何もなければ連絡がないそうなので、連絡がないことを祈ります…。

Baby shower と ヨガ

土曜日の午前中、近所のN4人目の出産前祝、「ベビーシャワー」に呼ばれてきました。初めての経験です。


この儀式、Sex and the cityでシャーロットがミランダの為に開いた・・・というのしか頭にない私はまるでゼロ・知識だったので、まずはネットで検索したり、他の参加者に電話したりして情報を集めました。あれこれバリエーションがあるようですが、私が参加したのは『妊婦が呼ぶ人をリストアップして、友達に主催してもらう』というパターンでした。プレゼントを何にしようか迷ったので近所のJに聞くと「皆も同じく悩んでいるので、お金を集めて大きいものを買おう』という事に落ち着きました。これはドイツでも同じでした。余計なものを送らなくて済むので、合理的ですね。本来は初産の妊婦さんを励ましたり、出産に必要なものを送る…といった趣旨だったようですが、彼女、N4人目の出産だし、とにかくこれを口実に皆が集まるという、『例』の顔つなぎ&情報交換といった集まりでした。この日は20人位でしたが…。


今回はこの妊婦のNともうちょっとお近づきになれたかな?って収穫と、他の人から、ありきたりですが、学校の事などの情報が得られました。ホント、アメリカ人の女性は社交的で、始終ノックアウトされっぱなしでした。ドイツ人女性はなかなか人の輪を広げず、少人数の輪を大切にいつくしむ(?)って関係を好みますが、こちらの女性は広げること、そしてその大きさを保つ為にパーティーが必要なんですね。程よく参加してみるのも悪くないな、と思いました。あくまでもホドホドに…。


そして昨日は日曜恒例、娘とスポーツクラブのヨガにいってきました。初めて参加した時は、体が慣れてないのでクッタクタに疲れて昼寝までしてしまいましたが、だいぶ慣れたのか、昨日はヨガの最中に筋肉も震えず(※普段使わない筋肉がプルプルするんです)、しっかりと体を支えていられました。ここで特筆したいのが、ヒザが元に戻ったのです! スキー以来、一ヶ月も半月版の下辺りに異変を感じていたのですが、昨日もヒザを労わりながらヨガをしていたら、ふっと足を伸ばした瞬間『ピキッ』っという音がして、その後から痛みがなくなったのです。喜んで帰宅し、夫にそれを告げると…『そりゃ半月版が緩んでるんだよ。ある拍子でズレるのがくせになってるんだな。…手術だね』と、いとも簡単に言われてしまいました。


確かに私は右ひざを10代の時に痛めていて、急激にスポーツをすると直ぐに膝にくるのですが、今回は一ヶ月も変な感じだったので、これを教訓にマジメに筋トレをしなければと思いました。ちょっと真剣です。



フェデラーじゃないってば…

次男は週に2回、30分づつのテニスのコースに通っています。NCは天気が良いので(この日は曇ってますね)冬でも外でプレー出来て良いですね。この日は学校の帰りに直接テニスをしにいきました。お兄ちゃんの練習の視察でもあったのですが…。





先週終わったオーストラリアオープンをこの子もたまに一緒に観戦していたのですが、フェデラーの試合を何気なく観ていた時『へ~、フェデラーって世界一なんだ。僕も大きくなったら世界一になるんだけどね』と、あっけらか~んといったので、そこにいた家族全員、またまた彼の一言にソファから転げ落ちそうになりました。フェデラーも子供のとき、『僕もボリス・ベッカーのようになる』とか言ったとか言わないとか…。まっ、夢は高く持つもんですね。私は期待せずに待つことにします。

ところで、ドイツでは学校でのスポーツは盛んではありません。サッカーにしてもテニスにしても、地元のクラブに通わせるのが一般です。長男はサッカークラブに5歳から、テニスは小学校2年生から通い始めました。娘はバレエを6歳からはじめ、テニスは小学校5年から始めました。サッカー(球技)をやっていた息子は当時ラクにテニスをはじめられましたが、球技経験のない娘は今でもテニスがヘタです(本人には言えませんが…)。

この二人、次男と同じくすぐ近所のテニスクラブに通っています。アメリカ、ドイツのクラブの最大の違いはこの子達に言わせると、『ゲームの楽しみ方』だそうです。ドイツではショット、サーブ、ゲームの運び方など、常に正確さを要求され、毎回いたってまじめな練習だったのですが、ここでは『楽しくゲームをする』がモットーのようです。ドイツ、アメリカ、対象的ですね。

長男はこちらに越してきて直ぐに学校のサッカーチームに入部しましたが、冬はシーズンオフ。なので体力をもてあましている彼は、今のところテニスに全力投球。楽しくてしょうがないらしく、どんな練習なのか気になったお母さんは、次男をダシに使い、お兄ちゃんの練習を覗いてきたのでした。



余り近くからババラッチすると張り倒されそうなので、遠巻きに…。

6面をつかって、ゲームをし、勝ち進むとこの『センターコート』でのプレーになります。この子はドイツで覚えた正確さと、サッカーで培った足腰が功を奏すのか、よく勝ちます。後はメンタルですな…(談:母)

1時間ゲームをし、30分は練習。どこからもお笑い声がしてて、いい雰囲気でした。

さて、端っこでは壁打ちができるので、将来の『フェデラー』と二人で並んで交互に打って見ました。



彼はフォアハンドがグラつくのですぐにスライスになってしまい、「ちゃんと真っ直ぐに当てようね、ほら、こうやってすくって…」と、やって見せるのですが、「フェデラーはそんな打ち方じゃなかった』と彼につっこまれ、早くもこの日の練習はお開きになったのでした…。

そりゃそうよ、ママはフェデラーじゃないわよ、シャラポアだもん…(爆)。


高校生の運転免許

アメリカでは州にもよって若干差はあるようですが、ほぼ15歳半から、学校の放課後に行われる『Drivers education/運転免許習得講座』に無料で通うことができます。この『タダ』ってのが、車社会を物語っていますね。


長男は17歳。原チャリの免許はありますが、ここでの生活は原チャリではカバーできません。10月下旬に彼にもこの講座を受ける順番が回ってきて、毎日放課後2時間のコンピューターによる教習を約2週間受けました。ドイツと標識やルールはほぼ同じなので、テストにもさほど困らなかったようです。


無事、筆記試験(コンピューター)にもパスし、次は実地。どのパブリックスクールにも教官が常勤しているので、彼が毎日これらの生徒を乗っけて、放課後の実地教習に赴くわけですが、かなりの生徒数なので、息子への順番もなかなか回ってこず、数週間待つことになりました。その間、週末は夫と学校の広い駐車場で練習して準備をしていました。12月中旬になり、やっと教官から連絡が入り、毎晩3時間×3夜の実地講習が始まりました。夜の運転と交通渋滞をワザと経験させるワケですが、彼は原チャリ経験があったので、車間の採り方など、うまくできたようです。最終日には難なく合格の通知をもらって帰ってきました。


こうなると彼は一日も待てません。学校から許可証をもらい、いざ次の関門、DMV(州の教習所)へ。ここでのテストにも合格すれば、親が助手席に乗っていれば運転していいというPermit/許可証をもらい、親が同乗していれば、自分で運転できることになります。つまり、これが念頭にあるので、アメリカの学生は15歳半から筆記の講習を受け始めるわけです。すると、16歳になれば、親なしで運転できるわけですね。

(※ただし学校への車での乗り付けはJunior/3年生からとなっています。免許習得後は(確か)1年間、一人しか車に同乗させてはいけないという決まりもあります)


ところがこのDMVで問題が発生。両親がアメリカに来てまだ2年経っていない子供(息子)には、このPermitを発行してくれないというのです。学校にも問い合わせてみましたが、そんな話は聞いた事がないという返事でした。あれ?移民の子とか多いんだから、こういう前例はあったんじゃないの?と思いましたが、学校ではラチがあきません。近所の人にも聞いてみましたが、どこにも高校生を持った親や、ウチの様に外国人もいないので、情報が入らず途方に暮れていると、隣のLが 『旦那さん(私の夫)の会社のHuman resources/人事部に聞いてみるのが一番よ』とアイデアをくれました。先日やっと夫が人事と連絡がつき、会社の弁護士を通してDMVに掛け合ってくれることになりました。(※アメリカの企業では国内外からの人事の入れ替わりが多い為、Relocation/引越しなど専門の係りがいるんですね)


息子はもう17歳になっているので、わざわざ先生が他の子より先回りして講習を受けさせてくれたのに、これがすべて水の泡にならないように、早く運転させてあげたいのですが…(本音:早く自分で運転してくれ)。州側は、親が十分税金などで州に還元していないから(お金を州に落としていない)、息子には免許証を(ほぼ)タダであげられない…という考えなのかもしれません。どういう理由にせよ、免許の事、早く片付けたいです。


あぁ、いつになったら分かるんだろう…



やさしさの違い

こにらに来て間もない頃、いきなり次男のクラスの知らない子から誕生会のお誘いがありました。次男本人でさえ『誰、それ』といった感じだったのですが、とりあえず招待状にあった番号に問い合わせ、お礼と出席することを伝えたのでした。



当日は、大きな屋内のジムみたいな巨大施設に現地集合。クラス全員+親、プリ・スクールの時の友達+親、とで50人はゆうにいました。子供達は勝手に遊び、係員が彼らを監視。親はその辺でおしゃべり。余りにも子供がうるさいので、気が狂いそうでした…。



と、一人のお母さんが声をかけてきてくれました。次男の現在大の仲良し、Eちゃんのお母さんでした。彼女に聞いて始めて分かったのですが、学校には『誕生日会のおきて』があり、クラスの子を呼ぶのであれば全員を呼ぶか、数人であったら、招待状は自宅宛に送るのが決まりのようでした。数人の場合は、呼ぶ子、呼ばれた子双方に、学校でその内容を他の皆にあれこれいわないように『口止め』するらしいです。これはよく分かります。



ドイツでは5歳だったら5人招待、6歳で6人…といった感じで、低学年の頃は少人数でお祝いというのが主流でした。誰かに呼ばれたら、自分の時にはその子を呼ぶ、といった暗黙の了解みたいのもありましたが、基本的には『自分の呼びたい子を呼ぶ』でした。次男もいつも呼ばれるとは限らず、「僕もいきたかったな…」という時もあったものの、そのつど、『あなただって、全員は呼べないでしょ?』との一言で一応納得していました。そんな、人生甘くないってことですかね。



アメリカではその『呼ばれなかった子への配慮』の為なんでしょうね。やさしいとは思いますが、小さいときからここまで親が先回りしなければいけないのかと、ちょっと『?』とも思いました。難しい問題です。



そして、私の近所付き合いでも同じようなことが度々あります。『Desperate House wives』、この番組、私はどうも好きになれませんが、正しくこんな感じの近所です。年末もパーティがあり、私も呼ばれたのですが、30人もの女性ばっかりで、クラクラしてしまいました。これ、また来週もあります…。

皆とっても優しいし、この国の人たちを知るにはもってこいのパーティなのですが、大勢な為、深く知り合うことがなかなかできません。今のところ、広く浅く、といった感じでしょうか。



それでもいいや、と思えるのには、ドイツにいる友達の存在の大きさがあります。日本にいる友達とも未だに続いていますが、ドイツで出来た友達は、おなじ大変な子育てを一緒に乗り越えてきた同士。家族の様に過ごしてきた彼女達の存在が今の私を支えてくれているといっても言い過ぎではありません。



彼女達(3人)は、私が居たときと同じように、今でも月1回は必ず集っているようです。誰かの家に集まる時は私とSkypeをし、出かけるときは、『今晩3人ででかけるよ!Schatziも一緒だからね』と、必ずメールが入ります。他のグループの友達も、『昨日は××に行ったんだ。Schatziがいなくて残念だった』と、うれしいメールをいれてくれます。


先日も、『なんで出かける前に私に声かけるのよ、行けないから悲しいじゃない!』と言った事がありますが、彼女達曰く、『隠して出かけるほうがもっと嫌じゃない!出かけた先でSchatziの事を話題にするからあなたも一緒に居るのと同じよ』と云われました。



呼ばれなかったり、そこにこれない友達を労わるやさしさにも、ドイツ、アメリカと違いがあるのが分かりました。どちらもいいと思いますが、今の私を支えてくれているのは、ドイツ式のやさしさです。