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旧ユーゴの人々

先日車をぶつけられ、メキシカンの修理工になおしてもらった件。

週末、近所のスコットランド人夫婦の家で夜ご飯を共にした際、経験談としてこの話に触れた。ジム曰く、

君はそのメキシカンの彼女にはいいことをしたには違いないけど、とっても危ない事をしていたかもね。(奥さんのリンに向かって)君は間違ってもマネしちゃだめだからねっ!と言っていた。常識として、そういう『デトロイトのハズレにあるような修理工』へは、女性が行くものではないそうだ(って、そんなの知ってるケドさ)。私はこういう、後から考えてみると危ないんではなかろうか?って事を結構しているかも。

娘がお腹に居るときに(かなり大きかった)、晴海ふ頭のハズレのコンテナーに、税関で引っかかった荷物を取りに行き、そういえば後で夫に怒られたことがあった。あれは、行った先でもオジサンに「えっ、おネエちゃん一人で来たの?って言われたなぁ。

勢いで行動すると、コワさが出るゆとりがなく、周りが見えなくなったりする。


次は気をつけよう。

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最近、次男のテニスの見学中に、セルビア人のママと知り合いになった。ママはエレーナ、娘の名はアナ。苗字は忘れちゃったけど、××ビッチ(典型ユーゴ系)だった。エレーナ曰く、娘には、イワノビッチみたいに強くなってもらいたい(笑)そうだ。この夏、彼女達がセルビアに里帰りした際は、テニスが盛んな国に生まれ変わっていて驚いたらしい。やはり、『ジョコビッチ・効果』だろうか。セルビアの彼女、話しているととっても感じの良い「野心」を感じた。東欧女性って独特の「野心」を感じるね。結構すきかも。

そこで、セルビアときて、以前住んでいた家の外壁の仕上げをお願いした「しっくい工」の面々が、モンテネグロ人の家族だったのを思い出した。ドイツでマイスターになった彼「コロビッチ氏」は、自分の兄弟から従姉妹までもドイツに呼び寄せて、彼らに仕事を分け与えていた人だった。気前が良くて、ウチの娘の誕生日にはお小遣いをくれたし(笑)とっても人懐っこくて、今思うとジョコビッチみたいだったかも(爆)でも、モンテネグロにセルビア、彼らは敵同士なのよね。

で、また思い出した。むかーしむかし、私がドイツに移り住んだ当時、どこの語学学校に行くか見当がつかなかったので、手始めにVHSが行っている市民講座に足を運んでみた。そのクラスにはコソボからの難民の20歳の女の子がいた。なんせ、日本でドイツ語を習っていたにも関わらず、使い物にならなかった私のドイツ語、クラスメートとのコミュニケーションはまだまだ英語だったのだが、このコソボの彼女は英語もダメだったので、身振り手振りで悪戦苦闘したのを今でも覚えている。

ある日、休憩時間に2人で身振り手振りで話したことがあった。ここで初めて、彼女には1歳になる娘が居ることが分かった。夜の授業なので、自分の母に娘を面倒見てもらっているというのも分かった。家族みんなで「コソボから逃げてきた」ってことも分かった。そして『旦那さんは?』の私の問いに、

「バーンッ!」って、鉄砲で頭を打つマネをした彼女。


私は日本からドイツに来たばかりで、まるっきりの平和ボケ人間だったし、戦争は海を渡った遠い国で起きているもの…という考えだったが、彼女のあの一言、あの日、あの教室での会話から、物事の感じ方が変わった。

セルビア、モンテネグロ…って耳にすると、今でもコソボに話しが繋がってしまう私。彼女の事は一生わすれないだろうなぁ。どうしてるかなぁ~


そういえば、アメリカに越してきてからあっちの諍いのことはサッパリ耳にしない。今はどうなってるんだろう?


アコースティックとエレクトリックギター

こんな専業主婦でも、12月ってやっぱり忙しいのね(汗)

次男がギターをしているので、またまたこっちでPC。先月から天気が悪くて、なんだか月曜と水曜はいっつも雨が降ってる。次男のテニスなんて5回もキャンセルになってるけど、ギターは室内だからいいね(笑)

週末、次男の新しいギターを物色しに、Guiter Centerという『ロック小僧御用達のお店』に行ってみた。現在次男が使っているギターは、2年前にウォールマートで買った(!)$60くらいの安いもので、チューニングはできるけど、弦がギターの土台にこすれてヘンな音がするし、ちゃんと弾いてるのに、擦れる音が気になってしょうがない(←これは私だけが気になり、次男は気づかないんだけど・驚)そろそろしっかりしたモノを買ってあげようかと思う。

で、専門店。これがピンきりなんだな(泣)アコースティックのいいのを選んでもらい、先ずはそれでお試し。やっぱり音がいいねぇ。そしてお次はエレキ・ギター。彼はマット(先生)のエレキサウンドにとってもあこがれていて、ここで弾かせてもらった。

音、こっちもいいねぇ♪グルービーだっ!

次男はご機嫌で「ジングルベル・ロック」に「ヒットザロード、ジャック」などを弾きまくり。お店のお兄ちゃんも驚いていた(←上手いとかより、選択がシブいからね・爆)。この日は買わずに帰ってきたけど、どうするかな。

さっきマットに聞いてみたけど、エレキのほうが弦が軽いからビギナーには覚えやすいけど、アコースティックの方がアンプも要らないからポータブル、持ち運びに便利…という違いらしい。ピアノとキーボードの違いの様なものだろうか?

音楽にまったく縁のない夫は「エレキの方が楽しそうだ」と、あっちを買えというが、私はやっぱりアコースティックだなぁ。当の次男は断然エレキを希望。マットは、

「どっちでもいいんだよな。でも、○○がいい子でこれからもちゃんと練習をしっかりとし、ママの手伝い、ついでに車も磨くって約束するんだったら、エレキでもいいんじゃないかなぁ!」といったコメント。(ホントにどちらでも良いみたいだ)


・・・どうするかね。

invictus

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クリント・イーストウッド監督による最新作、invictus を観てきました。

あらすじ:

1995年、南アフリカ。マンデラ氏が大統領になり、初めて南アフリカにて開催されるラグビーのワールドカップ。貧困と人種差別の渦中にいるバラバラな国民を一つにできるのはスポーツだ!という観念に基づき、マンデラ氏は当時の代表チームのキャプテンに、国民を一つに出来る、感動させるプレーを要求します。そして、キャプテンを初めチームメイトが一丸となり、遂にはワールドカップを手にしてしまう…という実話です。

またもやイーストウッドによる、隠れたメッセージのある映画でした。グラン・トリノの時もそうでしたが、彼は映画を観た人になにかを訴えることが上手な監督のようです。

俳優陣も、いつもと同様沢山揃えず、モーガン・フリーマンとマット・デイモンだけ。特にフリーマンのネルソンはカリスマ性がスクリーンからあふれだしていました。先週、フリーマンがたまたまTVのインタビューを受けているのを目にしましたが、彼曰く「ネルソン氏の独特な喋り方、それとカリスマ性を伝えるのが苦労したかな。どうだろ、上手くできてるかな?」と、さらっと答えたのが印象的でした。モーガン・フリーマン、彼自身がカリスマ性を十分備えている人ですよね。

この映画をみて、3年前のドイツで行われたサッカーのワールドカップを思い出してしまいました。あの時も、国民も外国人も観光客も、皆が一つになっていましたよね。あの感動が蘇ってきました。


来年のサッカーワールドカップは南アフリカですね。あそこがサッカーで優勝するとは思えないですけど、もしかしたらマンデラさん、またキャプテンにinspireしているかもしれません。





スタンダード仕上げの娘

昨日のつづき、我が家の目立たない娘ちゃんの成長過程のご紹介です。

彼女は日本で生まれましたが、3歳になる頃にドイツに渡りました。歩くより、おしゃべりの方が先だった彼女の最初の言葉は日本語でした。当時夫は英語で子供達と話していましたが、娘の返す言葉は絶対日本語でした。

そんな彼女、ドイツに越してからは社交的な2歳上の兄にくっ付いて回っていましたが、どんどんドイツ語を人前で使って/間違えてを繰り返して覚えていく兄とは違い、娘は絶対に口を開かない子でした。家ではベラベラおしゃべりなのに…

そして幼稚園でJという女の子に運命的に出会い、娘の世界が変わります。しかし、無情にも娘の方が半年以上Jより年上で、小学校入学が1年ずれてしまいました。娘はJ抜きで入学し、また萎縮して口を利かない子になってしまいました。とにかく自分から友達を作るタイプではない子なので、環境が変わると大変です。

授業に付いてはいけていましたが、1学年上にいるはじけた交友関係の兄とはまったく別で、いつもクラスでぽつんとしているような子でした。本人曰く、『動いている人を見ているだけで楽しいの。中に入ったら疲れそうだし(爆)』

そしてこんなゆっくりな子が、4年生になって進路を決める事になりました。彼女の担任の先生は、3、4年生を通しで彼女を受け持っていたので、この時点での判断は、

彼女はまだ幼すぎる。ギムナジウムにいったら、発言力のある子、自分から授業に入っていけるポジティブな子でないとやっていけない。彼女にはムリです。

でした。確かに、娘はクラスで一番歳の若い子でしたし、体型も一番チビ。特別頭がいいわけでもないし、とにかく目立たない。なので、1年地元のハウプトシューレ(職業訓練校)に通って様子を見る事にしました。

この学校で彼女は目覚しい変貌を遂げました。なぜなら…

・ギムナジウム/レアルシューレにいけなかった、あるいは親の意思でここを選んだ子がそろっているので、ずば抜けて頭のよい子や、特別やる気のある子はいないので、授業の速度が至ってゆっくり。

・速度がゆっくりなので、ここで初めて自分なりの勉強のやり方を見つけることができた。

・すると成績が見る見るあがり、自分ひとりでがんばれる大きな自身をつけた。

・日本語の読み書きはすっぱり諦め、ドイツ語だけに集中したから。

このハウプトシューレ5年生の担任の先生にも救われました。彼はとってもlocker(くだけた)な先生で、子供達に細かい指示を出す人でも、完璧を求める人でもありませんでした。彼のこういう性格が、娘を萎縮させず、のびのびとさせてくれたことが良かったのだと思います。

その後ムリをせずにギミの5年生に編入し、新しい生活が始まりました。6年生になった時、数学にちょっと手こずったことがあったのですが、直ぐに私の友達の息子、娘と同じギミに通う上級生のお兄ちゃんIに家庭教師をしてもらい、手遅れになる前に軌道修正してもらった事もありました。このIの教え方が上手く、彼女を数学アレルギーから解き放ってくれた事にも感謝します。今でも彼のフィロソフィーは、娘の心の隅にあるそうです。

まとめてみると、

・ギミへの入学を1年遅らせた事により、自分で問題解決策を見出す事に成功した

そして、それに寄って…

・決して自分のテンポを乱さず、要点をつかんでコンスタントに勉強する(=ダラダラ勉強しない)
・授業の中に答えはあるので、居眠りせずにしっかり聞く(笑)
・分からない事は直ぐに解決。荷崩れを起こさないように、抜けたものは直ぐ補強し、飛び出たものは中にもどす。
・試験の前の日には勉強しない

という学習スタイルが出来上がったそうです。実に母とは逆(爆)そして、長男も私と同じタイプ(爆)しみじみと感じます…。

最近、彼女の英語の提出物(課題)の採点が終わって戻ってきました。彼女の場合、クラスで普通に返されたのではなく、先生の部屋に呼びだされたそうでビビッて先生の部屋に行くと、これは本当にあなた一人で作成したの?9月始めのテストの時とは雲泥の出来だし、誰かに手伝ってもらったとか?と聞かれたそうです。そして娘の返答。

それはムリです。他に利く人いませんし、家族だって誰一人しっかりとした英語は出来ないですから(爆)↑よく言った、娘!

すると、先生は彼女の努力を褒めちぎってくれたらしく、とっても喜んで帰ってきました。本人曰く、

『勉強の仕方はドイツの方が断然好きだけど、こうやって褒めてくれたり、リサーチの多い授業はやる気がもっとでるね。うれしいもん』

だそうです。

この子はこのままマイペースで階段をあがっていく子だと思います。植木にたとえると、


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娘は右のほうですかね。その名も、スタンダード仕上げ(爆)下の葉っぱをどんどんとって、横の芽を一切ぬいて真中一本にしてあげ、ある程度成長したら伸ばし放題(笑)こんな感じでしょうかね。

左の様に早くから分け芽を付け、瞬く間にこんもりと早くに仕上がる子もいますが、右の様な子もいますよね。

因みに、長男は左のタイプですがスカスカです(爆)またの名を、器用貧乏といいます。




ほんと、子供は十人十色でおもしろいです。

そろそろ娘の進路を真剣に考える

我が家では滅多にスポットライトの当らない

親を悩ませる、またはがけっぷちに追いやるという行為をするや、ハデなパフォーマンスを繰り広げるとはまったく別モノで、常に一定の「ゆっくりと」としたペースを保つ我が家のお嬢(←私の母が彼女が小さい時からこう呼びます・苦笑)。

現在彼女は公立ハイスクールの11年生(junior)で、来年はいよいよ卒業学年(senior)となります。

そんな彼女、彼女には大きな夢があります。それは、高校を卒業したら、同じくドイツのギムナジウムを卒業する親友と、ある国のある大学にて落ち合うという事です。

彼女Sちゃんは竹馬の友。ギムナジウム入学当時に直ぐ知り合い、毎日親よりも長い時間を共用し、お互い切磋琢磨し合っていたところ、私達が彼女達の仲を引き裂いてしまったのです。娘が今アメリカでがんばっているのは、彼女との志を果たす為、アメリカ脱出を試みるためなのです。

こちらに越してきてから、娘と私達の間には葛藤はかなりあったのですが、この夏辺りから落ち着くようになりました。そして先月私がドイツに行ったとき、私はこの友達Sちゃんと彼女の母親に会って来ました。娘達の決心が固い事を確認したので、もっと具体的なこともいろいろ話し合ってきました。

そして、娘達にも私達からある条件を出しました。それは、奨学金をもらえるよう努力する事です。これは、娘達が国外からの入学となることによって、学費が物凄い額になるからです。アメリカもそうですが、在州納税者→他州納税者→国外の順で学費が高くなりますから、この事実は承認はせざるを得ません。なので残る手は一つ、娘達自身にもがんばってもらうことしかないのです。

しかし、ドイツのギムナジウム一本でくるSちゃんと、ギムナジウムを中途半端で投げ出してアメリカに渡り、公立ハイスクールに通う私の娘を比べると、私の娘の方がかなり茨の道を歩んでいることになります。

☆ここでアメリカの一般公立高校の仕組みをちょっとご紹介☆

どの教科もレベル別で自分の能力に合ったクラスを取れ、一般→Honor(優秀クラス)→AP(※カレッジカリキュラム)の順に3段階で難度があがります。高校1年生であれば、ミドルスクールの通信簿に寄ってランクを振り分けられますし、在校生は、教科毎の先生の判断で、来期のレベルを上げたり落としたり、再履修という事もありえます。
(※APクラスは、ハイスクールでは3教科しか取れないことになっています)

教科毎に難易度をかえることができ、こうやって早くから得意分野だけに打ち込む/偏るというのは、アメリカの教育の典型だと思います。(良し悪しがありますね)



さてウチの娘、彼女の得意分野/興味はといいますと、語学と自然科学ですかね。どちらも育ったドイツという環境によるものかと思われます。彼女の通っていたギムナジウムではラテン語(※)、もしくはフランス語が第一外国語として必須だったのですが、親がヘタに手伝えないラテン語を取るという賭けに出たのが功を奏したのか、自分でなんとか始末するというワザを得、その後のスペイン語へと(今現在履修中)目覚しい発展に至っています。ラテン語はいまのハイスクールでも続けていて、来期は独自で論文にとりかかるAPクラスをとることになっています。

(※ラテン語はその他の系統言語の基礎--フランス語、スペイン語等--となるものなので、これをしっかりと学ぶと、他系統言語の習得がラクなようです。娘は軽々とスペイン語のhonorにいってしまいました。アメリカレベルではあるのでしょうが…orz)

現在AP environmental(環境学)についての研究/論文のクラスをとっているので、このクラスを良い成績で終わることができれば、先生に推薦を貰い、来期のAP biology(生物学)にいくことができるようです。生物がとれることになれば、APクラスが3つになるので、奨学金候補としてなんとかくい込む事ができそうです。そして、彼女にはもう一つやらなければいけないことがあります。それはドイツ語が母国語だという証明を取る事です。

彼女の母国語(読み書きの完璧)はドイツ語ですが、今通っているハイスクールではドイツ語は学べないので、ここに来て以来一切ドイツ語を学んでいないことになります。ドイツ語を『外国語』として学んでいる学生であればドイツ語検定を任意で受けられますが、彼女の場合は違います。しかし、いくら読み書きが完璧でも、それを証明するものがありません。なので、ドイツ語を外国語として教えている高校(※違う学区ですが地理的にはウチから近いのです)に、その時間だけ特別通わせてもらえないか交渉する事にしました。いまは教育委員会の指示待ちです。

晴れてドイツ語の授業に通えることができれば、アメリカのハイスクールのモノではありますが、一応「彼女のドイツ語は使い物になる」ことの証明になるので、この価値は大きいですね。


こういう面倒な環境に子供達を置いてしまったのは親のせいなので、こちらもあの手この手で出来るだけのことはするつもりです。

しかし、スイスにお住まいのしずさんも仰っていましたが、来世もし、また私が子育てをすることにでもなったら、その時は絶対にモノリンガルでいきたい、と真剣に思います。

『一つの言語、国に集中したい!』、これは夫(※)を抜かした私達家族の願いでもあります。


(※印の夫。彼はこの辺はちっとも感じてないんじゃないかなぁ…)


PS.娘がどうやって一人でここまでがんばれる子になったのかは、夜にでもかいてみますね、しずさん!