Short course シーズン始まり
次男は左端。彼はいまだに真ん中のスピーカーだった選手の名前を知らないという。。。なのに一緒に写真撮って、持ち合わせていた「数独」の本にサインしてもらったという。名前も知らないのにサインもらうってなんて失礼なやつ。。。彼曰く、『V(今日これなかった女友達)はオリンピックをめざしてるから、彼女のためにサインもらったんだよ。僕にじゃないよ。』ってことらしい。抜かりないなこの子。
とにかく、嫌々ながらに緊張しまくりでも泳ぎとおしたって事が大事。よくやったよ。
わたしだけ空回りしないように
母のこと・II
離れていると自分の気持ちばかりが空回りして、日本にいる兄姉に一方的に押し付けていないか注意しなければと思った。こんなときでも兄や姉は「Schatziちゃんは容易に帰ってこれないからかわいそうに。ママのこと心配だよね」って私のことを気遣ってくれる。
あれこれ私が考えて一方的に考えを送り付けるのは迷惑だよなきっと、と、昨日は考えていた。兄と姉に任せておけばいいのかな。どうにかしてくれるのかな。
今朝は母に電話して様子をうかがってみた。彼女は「こんなことに負けちゃいけない気がしてね」って、突っ張りたいって吐露してたけど、実際問題80過ぎで体調崩して救急車で運ばれて点滴受けて帰されてってことをしたばかりじゃあなた、身体がいうこと聞かないのは当り前よ!って私らしく(?)厳しくいっといた。母は叱咤激励されないとだめなの。優しいのは姉にまかす。
「とにかく今は寝たいときに寝る、食べたいときに食べる、体力が落ちることを気にしないで寝なさい。そのうち気持ちがついてきて、あそこ拭き掃除しようかな、あれ食べたいな、天気いいから布団干そうかなって思うようになってくるから』って言っといた。
現実問題、80歳過ぎたら落ちた体力を戻すのは厳しい。でも、今私に言えるのは母を励ますことしかできない。私のオットがドイツで入院した時の回復に3週間かかったって話もきかせたら、「そうか、あの強靭な人でさえそんなにかかったのね。なんか勇気でるわ」って言ってた。まぁ、オットの場合は男性ってことで病気をしてぐにゃぐにゃになっちゃったってことだから母とは比べられないけど。こういう時は知っている人と比べることが大事かと。
とにかく、母はこれを乗り越えられるのか。これから寒くなるし。兄と姉に任すしかないかな。ごめんね、私は何もできなくて。
母のこと
先日姉からLINEが入った。母がめまいで倒れて姉が救急車を手配し、でも、もう病院から帰されてきちゃって今はウチにきてるのよ~ってことだった。すぐにLINEでFacetimeして話したけど、まぁママはまだまだ大丈夫だなってとりあえず安心した。
母は40代のころに職場で一度倒れたことがあり、その時の検査でメニエール氏症候群と診断され、それ以来自分なりに生活習慣に気を配り、81歳の今まで生きてきた。この病気って、三叉神経が作用するものらしく、要はストレスをためない、生活習慣にも気を付ける・・・ってことをしていれば発作を起こさないものらしい。原因不明のめまいで、CTスキャンでも脳に問題がないって場合はたいてい「はいっ、メニエール氏病かメニエール氏症候群ですね」って診断が下されるようだ。それはいいとして…
今回母はラッキーだった。ちょっと疲れていてベッドで昼寝をしようと思ったが、目をつむってもめまいがしている状態で、なんか冷や汗をかいてきた。これは危ないなと思い、近所に住む姉に電話をし、姉が駆け付けてから「トイレに行くわ・・・」といってトイレに行き、そこで吐き気がしてトイレで吐き、しゃがみ込むように倒れたらしい。ここで姉が急いで救急車を呼んで運んでもらったってのが事の流れらしい。姉は「初めて救急車に乗っちゃった~」って浮かれてたし。。。
CTなどをとった結果、脳に異常はないので、しばらく点滴をして体を落ち着かせ、数時間後には家に帰されてきたらしい。まぁそれだけ大丈夫ってことなんだろうけど、姉としてはせめて一晩入院させてもらいたかったそうだ。アメリカも同じだな、きっと。
姉は仕事を休んだので、母はそれがすまないと思ったのか、今日はもう自宅に戻っていた。私はこれからも邪魔しないように電話して生存確認していくつもり。
で、兄もいるんだが、これからは姉だけには任せられないなって思ったので、訪問介護をしている幼馴染にこういう場合どうしたらいいか聞いてみた。
1.(母の場合)介護サービスはまだ認定されないだろうけど、「生活支援サービス」といいうのは受けられるはず。
2.それにはかかりつけの医師に「意見書」を書いてもらい、最寄りのシニアサポートセンター(地域包括支援センター)に相談に行く
3.するとケアマネージャーが一人一人にあったサポートを仕切ってくれるらしい。
彼女によると、介護保険を義務で払っているのに、使わない人が多いのがこの国の問題点らしい。しかも、介護の度合いによってサービス上限額があるのに、その月々の上限を使い切る人も少ないそうだ。つまり、いまだに介護は他人に任せられない、任せたくないっていう人が多いからだそうだ。
私の姉も、「ママはまだ大丈夫よ。私が家に行ったり買い物だってもっと私がすればいいんだから」っていうけど、これじゃ姉がダメになっちゃう。私の姉はパニック症候群があるのか、車の運転は怖くてできないし、あらゆることに対して恐怖心がある。昔は頑固なだけかと思ってたけど、いや、これは病気なんだと思う。なので、周りの家族か姉がいっぱいいっぱいにならないように操作しているんだが、去年姉自身、婦人科の手術をしてから体調がベストでないし、50歳過ぎている姉にこれ以上母のことでストレスを感じてはもらいたくない。
母は母で、第三者に生活をサポートしてもらうことを受け入れる時がきたんだって受け入れてもらいたい。誰にもたよらなくて人生を全うするのは素晴らしい事けど、少しのサポートを受け入れて、転ばぬ先の杖をつくのも悪いことではないってことを受け入れてもらいたい。誰もいないところで気を失ったらそれこそ取り返しがつかない。
昨日、私は姉と兄をいれた「xx家三兄妹」のグループをLINEで作った。これで、いつも私と姉、私と兄と別々に会話していた関係から、3人で連携していく体制をまずは作った。兄と姉はどうもお互いにズバッと言わないんだもん。だから今まで私が汚れ役や伝言オペレーターをかってでていたんだけど、時差があるし、やっぱりあちらもつながってもらいたい。第一弾は、地元の地域包括支援センターの電話番号とサイトを添付して送った。私の姉はこういったネット検索は大嫌い&苦手な人なので、ピンポイントで伝えといた。
とりあえず、私の考えがあちら二人にいっぺんに流すことができるのはこれからスムーズにいくだろう。遠くにいてもどかしいけど、私にできることは何なのか、これからも模索していかなくちゃ。
ハリケーンの爪痕
先週、ハイチからフロリダ、そしてカロライナ両州に大被害をもたらしたハリケーン・マシューの被害は、本日火曜日でもまだ後始末が終わらない。
改めて、私たちの住む地域はほんのタッチの差で被害を免れたんだって昨日月曜、仕事先で立ち話したいろんな人の話を聞いて確信した。
ハイチの悲惨な状況をTVでみて胸が痛い。アメリカはまだ避難場所があったからマシだ。逃げ場がないハイチ。どうしてハイチばかりが惨事に見舞われるのか、世の中不公平だって気が滅入る。
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日曜の朝は文字通り台風一過の素晴らしい天気でとても皮肉を感じた。自然って時に残酷だって思った。我が家はほんとうに不幸中の幸いで木も倒れず屋根も大丈夫だった。オットと次男が庭に落ちてる枝をかたして、隣近所もみな旦那さんはBlowerで庭にある残骸を吹き飛ばしていた。私は家の中の床掃除。早起きなオットが昨夜の宴あとのキッチンをすべて片しておいてくれたので、私は床だけで楽させてもらった。
オットはウチの庭が終わった後は、隣の通りに住むテニ友の家に倒れた大きな木の後始末を手伝いに出かけて行った。野次馬なんじゃない?って思ったけど。彼曰く、「樹齢100年以上の大人が二人手をつないでぐるっとできるぐらいの大木が家とは逆方向に根こそぎ倒れていた。あれが逆方向の家側に倒れていたら家は真っ二つになって大惨事になっていたに違いない」って代物だったそうだ。こういう場合は自分で処理せず、保険屋が処理する業者を手配するらしい。よって手ぶらで帰ってきた。
次男の学校は、カウンティー(郡)全体の学校が月曜は休校だと日曜に連絡が入った。多くの学校周辺が停電なのと、インターネット環境がダウンしている地区が多くて勉強ができないから。(※ 授業で生徒個人がGoogle Driveを使うから、ネットがないと話にならない。
火曜日。次男に聞いたところ、学校周辺の電気は夜中の2時に復旧して授業には間に合ったが、あいかわらずネットがないのでテストができない。ネットの復旧は今週いっぱいかかるらしい。昨日お迎えに学校へいったところ、横道ではケーブルが歩道にむき出しで、スクールバス、一般自動車、お迎えのカープールの列、自分で運転して帰る子供たちの車、徒歩の生徒などなど、お巡りさんとケーブル会社の関係者とみられる人たちが交通整理していて、文字通りChaosだった。殺気立っていた。
火曜の朝。私はカイロプラクティックに予約が入っていた。あっち方面は大丈夫かな?いつもならReminderのテキストが入るけどない。とりあえず行ってみると、開業はしていたが電話回線とネット環境が周辺一帯ダウンしているそうで、故にRemindもなければ支払いもできなかった。
病院や大企業は独自の回線や電源を確保してるので問題ないようだが、中小企業へのダメージは計り知れない。
これだけではない。ハリケーンが去った今も川の水位が日に日に上がり、昨日火曜日はピークに達した。海から圧されて水が逆流してきているらしい。昨日に入ってから避難を強いられた世帯がかなりいる。
月曜の段階でこの州だけで約44万世帯が停電。ハリケーンが去った後は急に寒気が入ってきて、昨日火曜の朝は6度だった。日中は晴れて過ごしやすいが、放射冷却でまた朝が寒い。電気がない家庭は暖がとれなくてきつい。復旧が徐々に進んでいるが来週までかかる見通し。水が引くのも来週半ばらしい。
倒れて道を遮断している木を片付けている方々、電気やケーブルの復旧に不眠不休で従事している方々へ心より感謝します。そして、被害に遭われた方々へお悔やみ申し上げます。




