データ美容の基本であるデータ分析は 「フェイスマップ」という絶対バランスを基本にしています。絶対バランスというのは 理想的な仕上がりを実現するためのスケールです。

 

 これが「フェイスマップ」です。これは 音楽でいう「楽譜」と同じ働きをします。無意識に任氏恋される音程をドレミファソラシドという音階にして視覚化しています。音程というのは 無意識に認識されていたので このように視覚化するとだれにでも同じようにドレミファソラシドという音階を判別することができるのです。つまり、データの共有ができるので 曖昧であった音程を同じように理解できるのです。

 

 フェイスマップも同じように 卵型という球体を視覚化し、曲線で成り立つ頭部骨格や目、鼻、口、眉毛といった各要素の位置や大きさを具体的に比較することができます。

 つまり、「フェイスマップ」を使えば それぞれの人の欠点が一瞬にして明確になるので どこをどのように修正すればよいかがはっきりとわかるようになるのです。

 これは 地球儀に緯度と経度があるように 顔のパーツの距離や大きさ、方向をはっきりと示すことができるのです。

 

 「フェイスマップ」を使うことによって 曖昧だった距離、位置、大きさなどを正確に計測することができます。実は 今まではこの距離や位置、大きさが曖昧にしか示すことができませんで叱咤。その理由は 「ゲシュタルト崩壊」という脳の働きが邪魔していたのです。簡単に言うと 約29秒で「見慣れ」てしまうために変化が解らなくなってしまい、曖昧にしか認識できなかったのです。

 「フェイスマップ」を使えば 曖昧にしか認識できなかった視覚データをはっきりと認識できるのです。誰が見ても同じように理解できるようにすることができるのです。

 

 つまり、「フェイスマップ」を使えば 理論化することができるようになり、簡単に短時間で技術習得ができるようになるのです。

 デジタルカメラとパソコンの出現によって、データ美容が可能になり、今まで不可能とされていたオーダーメイドができるようになったのです。そして 施術過程を体験することによって 曖昧にしか理解できなかった「感性」がはっきりと理解できるようになるのです。料理に置き換えていうと、計量スプーンやカップを使うことによって 調味料の量を数値で表すことができ、データの共有を可能にしたことで レシピを見れば誰にでも同じように知らなかったメニューを再現することができるのです。

 データ美容のデザイン方法が建築デザインや服飾デザインと大きく違うのは 立体にするためにつなげることができないという物理的な理由があるのです。つまり 立体変換という技術が必要になるのです。見えている視覚情報に錯誤が起きているので 3倍の数値をかけて採寸結果を修正します。だからこのシステムを使えば 教育課程は 技術者なら 1か月で理論を習得し、実践教育に移ることができます。

 この実践に入ることによって 従来の美容技術とは 全く違うことがわかるようになります。そして視覚化したデータが見えることによって その変化がどのように見えてくるのかを確実に理解できるようになるのです。

 

 データ美容は 年を取ってからの年金代わりの重要の収入源になるのです。固定客のありがたさをしみじみ感じます。

 

私の育った家庭は 貧しかったが幸せな過程でした。父親は真面目一辺倒の人でした。母は 良妻賢母を絵にかいたような人でした。コメがなくなったときには お好み焼きにしようと提案し、貧しさを感じさせることはありませんでした。おもちゃも手作り、切るものも作る様な家庭でした。なければ作ればよいと考えるような家でしたから 心は豊だったと思います。

周囲の人たちも 優しい人たちばかりでした。

 

私が自分の結婚が間違っていたことを痛感したのは 高校生の長女が学校から呼び出しを受けた時でした。母親に来てほしくない娘は 私に来てほしいと懇願してきたのでした。その意図が理解できたので 出かけることにしましたが、娘が来てほしくないと思っていた妻が ついてきたのです。

そして その場で妻は けなげな母親を演じ始めるのです。涙を流すようなふりをして下を向き、娘が言うことをきかないと訴え、自分自身が手を空いて困っていると演じるのです。

 

(これ以降は 人間の裏側になりますので 気分の悪い方はスルーしてください。)

 

そして その時です! 下を向いて泣くふりをしながら、私の方をちらっと見てニタリと笑ったのです。

この時はぞっとしました。妻は 虐待していることをわかってやっているということと 勝利者であることを自慢しているのだと知りました。

 

そして この内情つまり、すべてのことに反論し、子供たちの自主性を否定し続けていることを先生方にお知らせしたのですが、 常識的に考えてあり得ないことだと返されました。おまけに そう言って訴えてきた私に問題があるようにとられてしまいました。

 

確かに常識的に考えたら自分自身の産んだ子を虐待しているなんて言うことは考えられなかったのです。私自身その時の「ニタっ」と笑った顔を見るまでは 心の中では 絶対にそんなことはないと思っていたことに気づいたのですから 先生方がそう思っても仕方のないことでした。

 

こうして私の視点は大きく変化してゆきました。常識的な人たちからすれば 「思いやり」だと考えられえてきたことが、子供たちを追い詰める虐待に変化し、孤独に追いやってしまう家庭環境だと気づくようになったのです。

 

「あなたのためだから。」と言って母親自身の価値観を押し付け、思い通りにならないときには 怒り、支配しているのです。

 

そしてこんなことがあったのです。行き詰った長女は 助けを求めて私の実家に実情を訴えに行ったのですが、虐待の実情を知らない親は 常識的に考えて「あなたのことを考えてしていることだから」と言って 理解してもらえなかったのです。娘の気持ちを考えると胸が張り裂ける思いでした。娘はもっと絶望感に襲われていたと思います。

こうして 実情を知らない常識的な人は 無意識のうちに加害者にされてしまうのです。

 

先日 東大の近くの駅で傷害事件が起きました。その原因が 熱心な親たちによる教育虐待が原因だと書いてありました。 良かれと思っていることが 度を越してわが子を追い詰め、虐待になっていることに気づかないのです。

行き過ぎた「思いやり」が 支配につながっているのです。

 

皆さん!子供たちの置かれた環境は 「常識」というものが大きく変化しています。常識外れの「間違い」や「嘘」、「ケンカ」から学ぶことがたくさんあるのです。間違えることによって正解を知ることができるのです。嘘をつくことによって責任を学ぶのです。けんかをすることによって分かり合うための会話が生まれるのです。

子供たちの間違いから多くの可能性を発見することができますよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美容室を経営して40年経ちます。結婚を機に独立し、スタッフに接することになりました。

 

結婚するまでは 恵まれた人間関係でしたが、結婚してからは 驚くことばかりでした。

 

ここからは 人間の裏側について書きますので 気分の悪い人は 即刻、スルーして次のページに行ってください。

 

この頃から 人間の裏の顔を見せられることが多くなりました。

 

その中でも一番気になったのは 子供たちに対する妻の接し方に疑問を持つようになりました。子供を叱るとき、常に大げさにふるまっているように感じたのです。大げさにふるまえば 子供たちが悪いということが目立つのです。

 

私の育った環境では 母親は常に子供を守る役目をしてくれていたので 驚きました。

 

これは 15年ぐらいたった時、代理のミュンヒハウゼン症候群であると分かりました。子供に尽くすけなげな母親を演じていることだと分かりました。同じ職場で働いていたので 毎日妻の子供に対する接し方に違和感を覚えていました。だから気が付いたときには 必ず注意していました。

 

しかし、母親が わが子を虐待しているといっても 誰も信じませんでした。誰も信じていない現実に驚くとともに、昭和の母親なら、考えられないことだと思いました。

 

だから 信じてもらえなくても仕方がないと諦めていました。ただ、子供たちが傷ついているにもかかわらず、どんなに訴えても「いうことを聞かない仕方のない子なのだ。」と思われることが悔しかったのです。

 

この悔しさのはけ口は 毎日、矛盾した出来事を書き綴ることでした。誰にも理解されないことを 書くことによって解消していました。

 

そして そうした矛盾を感じている人たちが 結構いることを知りました。私の顧客は 固定客が多く、長年通ってくださっていますので そういった話をちょくちょく耳にする機会があるのです。

 

そして 子供たちのおかれた家庭環境が 昔とは大きく違っていることに気づかされました。

 

簡単に言えば 被害妄想に陥っている人が多いということです。私たちの時代は いじめられることは当たり前で、いやなら喧嘩に発展していました。いじめらっれて悔しかったら、何とかして勝とうと考えました。勉強で頑張るとか、運動で一等賞を取るとか、得意なものを身に着けて勝つ方法を考えました。

 

ところが現代は 被害者になることによって 加害者を作ってしまうというはたから見ただけでは ちょっとわかりにくい環境になっているのです。

 

そんな環境になかで起きている人間関係は 不透明な部分が多く、わかりにくいのです。ハラスメントが起きるのはこうした環境が創るのではないでしょうか?謙虚なふりをして 本人(わが子や、妻、夫)の悪口を言ったりするのです。

 

警察官の奥さんと子供たちが殺されて事件があり、警察官が死刑の判決になりましたが、話をよく聞いてみると 奥さんの行動にも疑問が残ります。出世しないことに不満をぶつけていたとか、GPSを使って旦那さんの行動を監視していたということに違和感を感じます。

 

もし、そのようなことがあれば 支配的虐待であるように思えます。

見方を変えてみれば 戦後、パンパン(売春婦)を使って上前を撥ねる「ポン引き」と同じように見えます。家庭の中がこのようになっているのであれば 家に帰りたくないのではないでしょうか?

 

これと似たことが 実際の家庭にも起きているのです。 いつも働きが少ないと不満をぶつける裏で 自分の貯金通帳にため込んでいる主婦がいました。また義母に「家計が苦しい」と泣きついて 親の通帳から金をくすね、挙句の果てに子供を連れて逃げてしまったという事件もあります。

 

こんな醜いことを書いているのは 子供たちへの影響が大きいと思うからです。実は 子供たちは人間としての「善悪」の基準をはっきりと持っているのです。

 

私の体験ですが、2~3歳の子供でも間違ったことを指摘された時、はっきりと反抗するのです。言葉では言えないので態度で示します。この時から 一層妻の行動に注意するようにし、子供が孤独にならないように気を配りました。

 

常識的な恵まれた家庭環境の人たちには 考えられないことかもしれませんが、昨今、家庭内での殺人事件が起きている一因ではないかと考えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の話題は 非常に暗い話です。なぜそんな暗い話題を出すのかというと、 子供たちの世界観が狭められているような気がしているからです。実際の経験を基にしてお話ししてゆきます。

 

私自身の経験ですから 不快感を覚えたら すぐにこのページを閉じてください!

 

それでもこの話題を持ちだしたのは 子供たちの「目に見えない悪い環境」を改善したいからです。

だから 嫌われること覚悟です。

簡単に言えば 現在の「母親」、「妻」が昭和の時代とは大きく変わっていることを認識してほしかったからです。

 

私自身、その変わりようが信じられませんでしたが、目の前で起きている事実を受け入れるしかありませんでした。

 

「代理のミュンヒハウゼン症候群」という言葉をご存じですか?

 

今から30年ほど前、入院しているわが子の点滴に泥水を混ぜて 母親が殺してしまうという悲惨な事件がありました。

 

これは 「子供に尽くす、けなげな母親」と思われたいがために 回復途中の子供の点滴に泥水を混ぜ、死なせてしまうという不可解な事件がありました。

 

私は この時、びっくりし、自分の妻に重ね合わせていました。実は 妻と同じ傾向の考え方であると感じたからです。

 

とにかく私の前でもけなげな母親を演じようとしていました。ほんの些細な間違いに対しても 大げさに感情をあらわにしていました。はじめのころは ちょっと大げさだなと思う嫌いでしたが、 日に日にその傾向が強くなり、そのたびごとに注意していましたが 度を超すようになりました。

 

つまり、他人の前では 些細な間違いに対しても大げさに嘆き悲しみ、まるで常に反抗しているような錯覚を演出していました。

 

これは 結果的に何をしているかというと 自分を被害者に仕立てることによって 「加害者」を創り出しているのです。つまり、濡れ衣を着せているのです。被害妄想の人は 常に 自分自身の回りに加害者を創り出しているのです。

 

こうした話をしても 多くの人は 「そんな馬鹿な、そんな母親いるはずがないよ!」と考えます。

おまけに その話をした人を軽蔑します。そして 被害者を演じた人を受け入れているのです。

 

私自身 学校の先生にこの事実を説明し、子供をかばおうとしても 全く理解してもらえませんでした。

 

そして こうしたことが通用することがわかると、更に 故意に被害者を演じるようになるのです。

 

こうした事実が 子供たちにとって悪影響があることは明白です。被害者になれば 相手を追い詰めることができると!いう知恵がつくのです。

 

長年女性スタッフを扱っていると いろいろなことを勉強させてもらいます。被害妄想の人がいると 周囲の人たちも巻き込んで被害者意識をまき散らしてゆくのです。

 

そして 繰り返しこうしたトラブルを起こすのです。そのたびに その理由を説明し、辞めてもらうのですが、しばらくすると戻ってきたいというので、改心したかと思い働いてもらうのですが、 結局、繰り返すので 辞めてもらうのです。

 

データ美容は 理論と計算に基づいた技術ですので 曖昧な結論ではなく、はっきりとして明確な指導ができるのです。リーダーを育成するために重要な働きをしますよ!

 

 

 

 

「被害妄想」をご存じですか?

スタッフを使っていると かなりいます。仕事を回すと「できません。」とか「わかりません」と言って仕事から逃げる人です。

責任を回避し、叱られることなく、平穏な毎日を送ることが得来ます。

 

最近よく言われる「コンプライアンス」と言われ、社会問題になっていることです。

社会における倫理やルールを順守し公正かつ透明な経営を行うことです。

 

コンプライアンスを利用すれば 自分のやりたい仕事をやりやりたくないことはやらないという考え方を持つことができます。

しかし、こうしたことを繰り返していると 重要な仕事が回ってこなくなるし、期待されない人材に成り下がってしまいます。

 

スタッフを使っていると こうしたことに多々出会います。そのために わがままなスタッフが何年も務め、優秀な人材をつぶしてゆくのです。

被害妄想というのは 無意識に自分自身を被害者だと認識するために 他者がすべて加害者であるという妄想を抱くのです。

こうした考えに陥ると たとえ有利なチャンスを与えたとしても そのチャンスから逃げてしまい 無意識のうちに後れを取るようになり、不幸になってゆくのです。

こうした人が先輩にいると やる気のあるスタッフは 離れてゆきます。

人材育成のためには 悪い環境になり、店を大きく成長させることができなくなるのです。

 

この弊害をなくすために 視覚化し、データにしています。

 

データ美容は こうした人材は自然に淘汰されてゆきます。なぜなら できない人は お客様を獲得できないからです。はっきりと違いが出てきます!

その理由は 間違いを起こしたとき、必ず、「なぜ?間違ったのか。」がはっきりと出るし、如何すればよいかを明確に学ぶことができるからです。

 

こうすることで 失敗を恐れなくてよくなるし、失敗することによって 成長できることがわかるのです。データ美容は 視覚化したデータから 間違いを確実に指摘できるし、解決策を確実に理解できるのです。

 

つまり、失敗すればするほど 知的財産」が増え、技術力が向上するのです。

 

こうすることで 無駄に年数を過ごしている技術者は 居場所がなくなり、意欲のある人は どんどん固定客を獲得できるようになるのです。

 

おまけに データ美容は見ただけでは 何がどう変化しているのかを見極めることができません。脳の働きを理解しなければ その変化が 視覚情報にどのように影響したのかは理解できないのです。

 

失敗することによって 「知的財産」がドンドン増えてゆくのです!

 

 

 

 

 

生き抜く上において 誰もが勝ち組になることを目指すでしょう。人生というのは 必ず勝ち負けがあります。

 

しかし、勝つことだけに基準を合わせると、負ける意味に気づつことだけ

 

実は 勝つことと、負けることを繰り返すことによって 勝つことの大切さ、負けることの喜びに気づくことができるのです。

 

そして負けた時こそ、気づくことがたくさんあるのです。

 

例えば 「いじめ」られた時、誰もが嫌な思いをします。

その時、勝つためにはどうしたら良いのだろう?と考え始め、負けないためにはどうするべきかを考え始めます。ケンカしてやっつける?勉強していじめたやつより、偉くなってやる?争うのではなく、みんなを笑わせて人気者になる?いろいろな勝ち方に気が付くようになります。

 

私の親は いじめられて泣いていた時、「悔しかったらやり返して来い!」と怒鳴り、背中をポンと押しました。その時は 親の非情さに愕然と押しました。なぜ助けてくれないのだろう?なぜ、慰めてくれないのだろう?と思いました。

 

親が突き放したときから 子供は考え始め、成長しなければいけないことを学ぶのです。

 

昔から「子供の喧嘩に親は口を挟まない!」というように ケンカしたときに、とことん自分で、責任を負わせることが重要だということを教えてくれるのです。

 

勝った経験よりも、負けた悔しさを体験する方が、学びが大きいと思います。

 

データ美容は 基本的に「負けるが勝ち!」という信念に基づいて学びます。誰でもそうですが、勝てばうれしいのです。自分の望みをかなえてくれる人が 望まれるのです。サービス業の極意だと思います。

 

だから お客様が不満を言葉にして吐き出し、その不満をどうしたら解決できるのかを学ばせてもらうのです。

 

毎日がその繰り返しです。視覚化されたデータを見て学ぶことができるので、確実に成長できるようになります。

 

そのレベルを過ぎると 不必要なところや無駄なところに気づくようになるので、早く、合理的な仕事ができるようになるのです。データ美容は 固定客が多くなりますから、常にハイレベルの技術を提供しなければいけないのですが、不必要なところがそぎ落とされて合理的で手早い技術が身につくのです。

 

つまり、処理能力が増し、効率の良い仕事が身につくのです。難しい困難な仕事が楽にでき、「匠」と呼ばれる存在になれるのです!

 

 

「辞める」という決心は 執着心を取り除いてくれました。

 

ある意味「どうでもいい!」と感じると同時に、「好き、嫌い」がなくなり、目にすることすべてに「違い」を感じるようになりました。好奇心が旺盛になり、視野が広くなり、物事の全体像が見えるようになったのです。

 

勝つことに興味がなくなったおかげで 負けることに抵抗がなくなり、負けることのメリットが見えてくるようになりました。

この時、勝つための方法が見えてくるようになりました。「負けるが勝ち」というしたたかさが身に付きました。

 

ハッキリ言って! どうやったら「手抜きができるか?」、どうやったら「誤魔化せるか?」が見えるようになり、好き嫌いを捨て去り、言われたことをにっこりと笑って、「はい!」と返事をするようになりました。

 

仕事を選ばなくなったので、ドンドン仕事が入ってくるようになりました。暇なときには ニコッと笑って「手伝います!」と言いながら、すぐそばで技術を盗み、仕事場で遊ぶことを覚えました。

 

職場に好き嫌いを持ち込むと 仕事を覚える効率が悪くなることを実感しました。嫌いでも やらなければいけないことはやらなければいけないのです。

 

職場は 給料をもらうところです。「好き嫌い」を持ち込めば 仕事が入ってこなくなります。とくにこの美容業は 相手の希望をかなえるのが当たり前の仕事なのです。にっこり笑って「はい!」と元気よく返事をすれば こき使ってくれます!

 

 

 

「3年経ったら絶対に辞める」という目標は 「自由」がどういうものであるかを体験させてくれた!

 

どっちみち辞めるのだから責任もないし、夢を持つ必要もない。善も悪も怠惰も勤勉も選択する必要がないのです。

言い換えると 言われたことをしていれば毎日が過ぎてゆくのです。そして そうすれば給料がもらえるのです。

 

つまり 自分の好き嫌いを捨てれば 「苦難」や「苦痛」を感じることはないのです。私的感情を捨ててしまえば 楽になれるのです。

 

自分の思い通りにしようと思わなければ どんなことも受け入れることができることに気づいたのです。そして 受け入れることによって今までの自分自身の価値観と違ったことを体験できることに気づいたのです。

 

具体的に言うと 辞めるまでは 友人との連絡を絶つことにしました。それまでは 休みが違うことによって会うことができないという敗北感があふれ、恨みの感情が湧き出ていたのです。

自分自身の価値観を捨てることによって 体験したことのない「自由」を感じました。

 

これは 皆さんが思っている「自由」とは大きく違っていると思います。一般的な自由は 自分の思っていることを思っている通りに実現できること」だと思っているのではないでしょうか?

 

これは ただの「わがまま」でしかないことに気づいたのです。『自由』というのは 社会に出たときに自分自身を認められるための創意工夫することに自由だと気づいたのです。自分の価値観を最優先していても成功はできません。他者に認められてこそ、成功することができるのだと気づいたのです。

 

これは データ美容の基本的考え方になります。

自分自身の存在を認めさせる手段として お客様の希望を叶えるためのデザインシステムを提供しています。自分自身のできる、できないに関係なく、お客様の希望を叶えることを最優先することによって 自分自身の可能性を開発することができることに気づいたのです。

 

デジタルカメラで写真に撮り、仕上がりを確認したとき、ドンドン自分が成長していることを確認できます。そして 自分自身に足りない部分に気づくことができるようになります。

 

 

 

一日に31人施術したことに対する反応は 私には 意外でした。

 

おまけに冷たい目線に囲まれたことが 驚きでした。

 

カットコンテストの予選で1位だったり、インターンになると同時に店長になったり、その私が一日、31人施術したということは すべてあり得ないことだったようです。

 

そのことにはっきりと気づいたのは スクーリング授業から10か月ほどたった春でした。テレビに映っていたのは カットコンテストで優勝した人でした。そのインタビューの中で「一日にどれぐらいこなしますか?」という質問に対する答えは 「そうですね、一日10人こなすのが限度ですね。」と答えたのです。私はその3倍の人数を言っていたのだから ほら吹きだと思われても仕方がなかったのです。

 

これがあの冷たい目線の意味だったのです。自分の身に起きていることは 「普通では考えられないことなのだ!」と実感しました。

 

当時の私には こうした現実は 幸運ではなく、苦難でしかありませんでした。

店長というのは こんなに忙しく、思ったよりハードワークなのだということを身をもって体験しました。

 

ところが その反面、「できるところまで頑張ってやろう!」という意欲もわいてきたのです。自分の中に今までにない、「欲」がわいてきたのです。「もっと何かできるかもしれない!失敗してみる価値はある!失敗してみれば 自分の限界をしることができる!」と考えるようになったのです。

 

この頃から 私は 更に無謀なチャレンジをするようになりました。ヘアメイクの仕事をしたいと考え、モデルクラブにヘアメイクとして登録し、ファッションショーや撮影の仕事にかかわるようになりました。そんなわがままを原田先生は認めてくださり、外部の仕事をするようになりました。

 

いま思い返してみると、原田先生には 本当に感謝しています。かなりかわいがっていただいていたことに気づき、この頃から 自分自身が恵まれた環境に置かれていることに気づき始めました。

 

「辞める」という決心は 狭い世界にいた私を「どうにでもなれ!」という

 

そして 人の上に立つということの苦しさをいやというほど味わいました。どんなに忙しくても、どんなに困っていてもスタッフを怒ることができないと思いました。怒ってしまえばスタッフが辞めてしまい、ますます自分を苦境に立たせることになることが分かったのです。

 

皆さん! データ美容は 仕事量が約3倍になります。かなりハードワークですし、施術内容も知識もかなりの量を学ぶ必要があります。

その反面、手にするギャラも多くなります。また、ほとんどの人がくせ毛であり、体格が良い外人を相手にすればより可能性が増します。決心すれば 海外進出も可能です。日本人の接客方法とこのデータ美容を重ねれば 強力な美容システムになるのです。

 

今までにない美容業界を創りたいと思います!

 

 

 

 

データ美容が神様からの贈り物というのは どういうことでしょうか?

 

今、思い返してみると 私が美容師になってからお驚くような幸運がめぐってきました。今は それが幸運だったと思えるのですが、 当時の私は なぜこのような事態に陥っているのかが全く分からず、「辞める」という目標に向かって必死に頑張っていました。

 

入店して 11か月たった頃 カットを覚え始めた私は 早く覚えるためにカットコンテストに出ることにしました。カットコンテストに出るという名目があれば グラデーションカットを教えてもらえるのではないかと考えたからです。3年経ったら、国家試験に合格し、免許を取ってから辞められると思っていたのです。生意気だと思われようが、傲慢だと思われようが気にしませんでした。

 

とにかく3年経ったら「辞める」という固い決心が 私を驚くほど前向きに動かしていました。

 

そして コンテストに出場した時、驚くような結果が出たのです。

 

人数が多かったので 前後に分かれ、予選が行われたのです。そしてその予選で私は トップになってしまったのです。

偶然にも私は 採点の集計係だったのです。だから その結果を確認することができたのです。偶然にしてはできすぎです。なぜこの余殃な間違いが起きてしまったのかと考えましたが その理由は全く分かりませんでした。

 

その時から なぜこのような’まちがい’が起きたのか理由を知りたくなりました。

 

そして 1年たった頃、スタイリストデビューしました。その頃心に決めていたのは 絶対に基本通りにはしないということでした。

 

なぜなら、私は基本通りにしているつむりでも 全く思い通りの仕上がりを実現できなかったからです。自分自身の才能のなさに気づきながら、「辞める」という決心はますます強くなり、自分竹の施術方法にトライしていったのです。

とにかく思い通りにできないことに驚き、自分の頭の中が壊れているのかと落ち込んでいました。

 

そして あと1年すれば国家試験を受けることができるというインターン期間に突入しました。あと1年我慢すれば 辞められるという喜びにあふれていました。

 

ところが その頃、笠寺店をオープンするから そちらに移らないかという話になりました。どっちみち辞めるのだから 環境が変わる方が楽しいかなと考え、誰が店長なんですか?と聞いたところ、原田先生がトップに立つお教えられ、先生の仕事が見られるならと考え、移ることにしました。

 

ところが 決心したときから 大きく話が変わりました。私に店長をやらないかという話に代わったのです。

 

そんな馬鹿な話はありません。免許も持っていないインターンがなぜ店長になれるのですか?

原田先生と岡村マネージャーが強烈にプッシュしてきました。

 

「辞める」ことしか頭にない私には 「この人たちは何を考えているのだろうか?」失敗することが目に見えているのに 何をかんがえているのだろうか?

 

とにかく断ろうとしましたが、とうとう説得され、どっちみち、1年経ったら「辞める」のだから 「失敗させてもらおう!」とお決心しました。

 

当時の私は このことをチャンスだと解釈することはできませんでした。とにかく、失敗させてもらうという開き直りの心構えでした。

 

この時も、頭の中は なぜこんな間違いが起きているのだろうか?という疑問符しかありませんでした。「怖い」という恐怖心を抱く暇もありません。「辞める」という開き直りの決心が 小心者の私を変えていったのです。

 

失敗するチャンスを与えられたと考えれば いい経験になると思いました。

 

インターンになったばかりの私は 自分の予想とはかけ離れた 3人の見習いを使う立場になってしまったのです。

 

今思えば 周囲の人たちの温かい目線に包まれていたことが理解できますが、当時の私には 目の前に来たお客をこなすことに必死でしかありませんでした。

 

そして オープンして11か月目に一日、31人をこなさなければならないほどお客様に恵まれました。

 

当時、7月に1か月間インターン講習があり、通信で一緒だった仲間が集ったのです。その中で一人の友達が 「この前の日曜日、俺の先生は 一日に32人もこなしたんだぞ!」と自慢げに話したのです。

 

その話に乗って 私も『俺もこの前一日に31人やったよ!」と言ったところ、その場の空気は 突然冷ややかになったのです。

私には その理由が全く理解できませんでしたが、言ってはいけないことを言ったのだということは感じました。

 

この頃から 私はこうした仕事の話はしないようにすることにしました。コンテストで予選をトップで通過したことも、インターンになると同時に店長になってしまったことも、オープン後、11か月で一日、31人こなしたことも 口外しないことに決めました。

 

その後も 強烈な運命に引きずり回されることになるのです。悲しいことに 私には そのことを幸運だと思う余裕はなかったのです。とにかく仕事に追いまくられていました。