よしなさい!
ビートきよし師匠がアメブロをやっている、というので覗きに行った。
問題は、通常「有名人ブログ」なんか見ない私が何故きよし師匠のブログを見に行ったか、ということである。
実は、四半世紀前、きよし師匠とはニアミス…ではなく、思いっきり「よしなさい!」とツッコミを入れられた経験を持っている。
そのあたり、「Wけんじの手話通訳をやったことがある」というのと並んで私としてはすんげぇ自慢なのだが、ほとんどの人が「え…たけしじゃなくてきよし?」という反応を示す。
確か、たけしさんが個別の活動を始めた頃だったと思う。
東京・西荻窪で開催された小さい福祉バザー。
銀行の駐車場を借りて、いくつかの障害者団体やボランティアサークルがリサイクル品やオリジナルグッズのブースを出していた。
私は手話サークルのメンバーとして、聴覚障害者協会と一緒にやきそば屋をやっていた。
仮設ステージで発表会なども行われていたが、その司会を務めたのがきよし師匠。
夏。
ちょうどその日24時間テレビをやっていて、たけしさんはそっちに出ていたような気がする。
ステージでは、売り出し中の若い女性の演歌歌手の歌も披露されていた。
で、各団体から一人ずつ出てその方とデュエットで歌うという展開になった。
手話サークルの会長から「お前、行け」と言われてステージに上がり、確か『銀座の恋の物語』を歌ったような気がする。
歌い終わると、きよし師匠がサービス・トークで「いや、お上手ですね~」と絡んで(?)きた。
…。
このシチュエーションで、何かボケなければバチが当たる。
私はとっさに「ええ、9月21日にポリドールレコードからデビューします」とかましかけた瞬間!
「よしなさい!」
私に最後まで言わせず、それでいて観客には私が何を言いたいのかがわかる…そのギリギリの一瞬を逃すことなく、きよし師匠からのツッコミが入ったのだ。
会場は笑いに包まれたと記憶しているが、私は愕然としていた。
「こ…このツッコミは…ただ者では無い!」と。
「これがプロのツッコミか!」と。
「笑い飯」みたいにダブルボケ・ダブルツッコミという例外はあるが、だいたい漫才(お笑い)コンビはボケとツッコミで成立している。
で、多くの場合「面白い」と評価されてなおかつピンで活動するようになるのはボケである。
もちろん、ツービートだとボケ=たけし&ツッコミ=きよし。
余談だが、爆笑問題は出始めの頃に立川談志師匠に見込まれて飲みに誘われた。
その時、談志師匠は太田に「お前さん、この男(田中)を切っちあゃいけないよ」と忠告をしたらしい。
※『笑うカドには~お笑い巡礼・マルコポーロ』(竹内真 小学館2003)
私もたけしや太田のセンスや才能は認める。
ただ、漫才という形で観客にその面白さを伝えるためには「ツッコミ」という、何と言うか観客との橋渡しみたいな存在が必要な場合が多いのだ。そのツッコミにも才能や技術が求められる。
ま、ボケっぱなし…ある意味で観客を突き放したまんまという芸風のコンビもあるとは思うが。
最近のたけしさんは、「コメント系ツッコミ」または「一人ボケ一人ツッコミ」をやっている。
まあ、『世界の北野武』でありながらもなおああいうノリを保っているのは偉いと思うんだが、ツービートの頃のような暴走は無い(年齢のせいもあろうが)。
ツービートがいかに過激に暴走しても許されたのは、きよし師匠のツッコミがあったからこそなのだ。
申し訳ないが、だからと言って私は「きよしファン」と言うほどのモンではない。
ってか、そもそも特定の芸能人のファンではない(クレージーキャッツは別格)。
しかし、「ツッコミ道」を体感させてくれたきよし師匠の存在はけっこう大きいのである。
高田文夫センセの責任編集による『笑芸人』Vol.5「世界の北野より、足立区のたけしが好き!」(白夜書房 2001)の中で、きよし師匠はたけしさんに「(人間は)年取ったらこどもに戻るっていうでしょ。だから、そろそろ、おれの元に戻ってこいよ~」というメッセージを入れている。
まあ、たけしさんが漫才…というより「芸人」に戻ることは無いような気がするが、この記事で面白かったのがメイン写真で、インタビューを受けるきよし師匠の右手がブレている。キャプションによれば「(ツッコミを入れる動きをする)右腕の動きは今だにおとろえず、目にも止まらぬ早さを維持。シャッタースピードを最速にしてようやく撮影に成功しました」と。
…どーでもいいが、上記のようにウチの書棚にはお笑い系の本がけっこうある。
私なりに勉強しているのだ(何をだよっ!)
問題は、通常「有名人ブログ」なんか見ない私が何故きよし師匠のブログを見に行ったか、ということである。
実は、四半世紀前、きよし師匠とはニアミス…ではなく、思いっきり「よしなさい!」とツッコミを入れられた経験を持っている。
そのあたり、「Wけんじの手話通訳をやったことがある」というのと並んで私としてはすんげぇ自慢なのだが、ほとんどの人が「え…たけしじゃなくてきよし?」という反応を示す。
確か、たけしさんが個別の活動を始めた頃だったと思う。
東京・西荻窪で開催された小さい福祉バザー。
銀行の駐車場を借りて、いくつかの障害者団体やボランティアサークルがリサイクル品やオリジナルグッズのブースを出していた。
私は手話サークルのメンバーとして、聴覚障害者協会と一緒にやきそば屋をやっていた。
仮設ステージで発表会なども行われていたが、その司会を務めたのがきよし師匠。
夏。
ちょうどその日24時間テレビをやっていて、たけしさんはそっちに出ていたような気がする。
ステージでは、売り出し中の若い女性の演歌歌手の歌も披露されていた。
で、各団体から一人ずつ出てその方とデュエットで歌うという展開になった。
手話サークルの会長から「お前、行け」と言われてステージに上がり、確か『銀座の恋の物語』を歌ったような気がする。
歌い終わると、きよし師匠がサービス・トークで「いや、お上手ですね~」と絡んで(?)きた。
…。
このシチュエーションで、何かボケなければバチが当たる。
私はとっさに「ええ、9月21日にポリドールレコードからデビューします」とかましかけた瞬間!
「よしなさい!」
私に最後まで言わせず、それでいて観客には私が何を言いたいのかがわかる…そのギリギリの一瞬を逃すことなく、きよし師匠からのツッコミが入ったのだ。
会場は笑いに包まれたと記憶しているが、私は愕然としていた。
「こ…このツッコミは…ただ者では無い!」と。
「これがプロのツッコミか!」と。
「笑い飯」みたいにダブルボケ・ダブルツッコミという例外はあるが、だいたい漫才(お笑い)コンビはボケとツッコミで成立している。
で、多くの場合「面白い」と評価されてなおかつピンで活動するようになるのはボケである。
もちろん、ツービートだとボケ=たけし&ツッコミ=きよし。
余談だが、爆笑問題は出始めの頃に立川談志師匠に見込まれて飲みに誘われた。
その時、談志師匠は太田に「お前さん、この男(田中)を切っちあゃいけないよ」と忠告をしたらしい。
※『笑うカドには~お笑い巡礼・マルコポーロ』(竹内真 小学館2003)
私もたけしや太田のセンスや才能は認める。
ただ、漫才という形で観客にその面白さを伝えるためには「ツッコミ」という、何と言うか観客との橋渡しみたいな存在が必要な場合が多いのだ。そのツッコミにも才能や技術が求められる。
ま、ボケっぱなし…ある意味で観客を突き放したまんまという芸風のコンビもあるとは思うが。
最近のたけしさんは、「コメント系ツッコミ」または「一人ボケ一人ツッコミ」をやっている。
まあ、『世界の北野武』でありながらもなおああいうノリを保っているのは偉いと思うんだが、ツービートの頃のような暴走は無い(年齢のせいもあろうが)。
ツービートがいかに過激に暴走しても許されたのは、きよし師匠のツッコミがあったからこそなのだ。
申し訳ないが、だからと言って私は「きよしファン」と言うほどのモンではない。
ってか、そもそも特定の芸能人のファンではない(クレージーキャッツは別格)。
しかし、「ツッコミ道」を体感させてくれたきよし師匠の存在はけっこう大きいのである。
高田文夫センセの責任編集による『笑芸人』Vol.5「世界の北野より、足立区のたけしが好き!」(白夜書房 2001)の中で、きよし師匠はたけしさんに「(人間は)年取ったらこどもに戻るっていうでしょ。だから、そろそろ、おれの元に戻ってこいよ~」というメッセージを入れている。
まあ、たけしさんが漫才…というより「芸人」に戻ることは無いような気がするが、この記事で面白かったのがメイン写真で、インタビューを受けるきよし師匠の右手がブレている。キャプションによれば「(ツッコミを入れる動きをする)右腕の動きは今だにおとろえず、目にも止まらぬ早さを維持。シャッタースピードを最速にしてようやく撮影に成功しました」と。
…どーでもいいが、上記のようにウチの書棚にはお笑い系の本がけっこうある。
私なりに勉強しているのだ(何をだよっ!)
ウルトラ一族〜その複雑な事情
ウルトラセブンに息子がいた、というニュース
で世の中(の一部)が大騒ぎとなっている。
12月12日公開の映画『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説』の情報である。
さあ、困った。
何か言わずばなるまいが、私のリアクションは「絶句」だったので、何と言うべきか。
リンクしたニュース記事には“その姿をひと目見ればピンとくる(中略)ウルトラセブンの実の息子だったのだ”と書かれているが、ピンと来ねぇよっ!
実の息子よりも従兄弟の(←後設定ですが)タロウの方が「セブン似」ってのはどういうわけか。
それどころか、出身星も異なるレオやアストラの方がセブンに似てると思うのだが。
先に結論を書いてしまおう。
ウルトラマンゼロは「ウルトラセブンとメトロン星人との間にできた息子」である。
ここだけの話だが、M78星雲・光の国のウルトラ一族は色々とややこしい血縁関係にあるのだ。
光の国には「シルバー族(ex.ウルトラマン、ウルトラマンA)」と「レッド族(ex.ウルトラセブン、ウルトラマンタロウ)」がいるらしい。
で、セブンの実子であるウルトラマンゼロのボディには青い部分がある。この青というのは「シルバー族」「レッド族」にも該当しない。
『ウルトラマンメビウス』に登場したウルトラマンヒカリによって青いウルトラマンの存在も確認されていて、“宇宙警備隊所属のウルトラマンは赤系、それ 以外は青系”という新設定も作られたようだ。
しかし、「恒点観測員」という立場だったウルトラセブンも赤だったし、映画『ウルトラマン物語』で幼少期のタロウの ボディも赤だったことと矛盾するので、この設定は無視する。もちろん、ウルトラマンキヨタカも無視する。
で、他の星の住人との間に出来た息子ではないかということになる。
大航海時代以降あっちこっちに植民地を作ったヨーロッパ列強国の軍人や外交官は、赴任先で「現地妻」を持つということをわりとフツーにやっていたらしい。
光の国は、宇宙において相当な勢力を持っているものと思われるので、当時のヨーロッパと似たような倫理観なのではないか。
ウルトラセブンも、あっちこっちの星に「現地妻」がいたのである。
しかし、ウルトラマンたちはそれぞれの星の流儀に従うようだ。
地球では、異星人と結婚する習慣はあんまり無い。
だもんで、セブン(=ダン)はアンヌに手ェ出してないし、メビウス(=ミライ)もリュウとプラトニックな関係(笑)を築いている。
ってコトは、少なくともアンヌとの間にできた子どもではない。
我々が知る限り、ウルトラセブンが出会った宇宙人の中でわりと友好的(?)だったのはペガッサ星人とキュラソ星人(地球に来たのは囚人だった)とマゼラン星人マヤとメトロン星人である。
そんな中でウルトラマンゼロとの外見上の共通点が多いのは何と言ってもメトロン星人。
地球にやってきたメトロン星人とは別個体であろうが、一応はヒューマノイドだし、セブンとのコミュニケーションが成立することはドラマを観ても明らかだし。
また、『ウルトラマンマックス』第24話で、「アイスラッガーで身体をまっ二つにされても、縫い合わせれば復活する」という生命力の強さは立証されている。
▲今年のウルフェスで。縫い目があるウルトラマンマックス版メトロン星人…ピンぼけはお許しを。
メトロン星も光の国と同じような結婚(&恋愛、出産)倫理を持つ星なのだろう。
で、無事にウルトラマンゼロが生まれたわけだが、困ったのはウルトラの父だった。
少なくとも地球人にそんなことがバレると信用が失墜してしまう。
これまでもウルトラの父は地球のメディアで様々な情報操作を行って信用を保ってきた。
『帰ってきたウルトラマン』の頃、最初はウルトラマン&ゾフィ&セブン&帰ってきたウルトラマンは「本当の兄弟」と(小学館によって)設定されていたのだが、どうやら地球の倫理観にはそぐわない兄弟関係だったらしい。
それに気づいたウルトラの父は、「兄弟のように固い絆で結ばれている」という形に設定変更をさせた。
ウルトラの父がつい油断しちゃったのは、実子のタロウである。
「私とウルトラの母の子どもだから、地球人も納得してくれるだろう」と親子関係を明らかにしてしまったが、上記のようにタロウは「レッド族」。ウルトラの父もウルトラの母も「シルバー族」である。
これを怪しんだ地球人は多い。ハズ。
で、慌てて「レッド族は劣勢遺伝」とか「地球人とは遺伝の仕組みが異なる」とか、比較的最近だと「ウルトラ一族はDNA操作によって子孫を作る」とかいった情報を流すようになった。
が、ウルトラマンゼロについてはもう情報を隠蔽するしか無かった。
セブンと地球を侵略…しなかったけど侵略しようとしたメトロン星人との間で生まれたヒーローを地球人が信頼してくれるわけはない。
まず、命名からして地球人を意識している。
何かでバレたときのために敢えて「ウルトラセブン」との関連性に気づかれないように「ウルトラマン」ゼロという名前にした。これなら地球人も「ああ、そんなウルトラマンもいたんだ…」と思ってくれるだろう。
まあ、父親のセブンとしては「ウルトラセブン21」や「ULTRASEVEN X」みたいに「マン」が付かない名前にしたかったところであろうが、ウルトラの父の命令には逆らえない。
「ゼロ」という数字を入れたのはせめてものウルトラの父の情けである。
その後、ウルトラの父とセブンは涙ぐましい努力をする。
本編の放送が終わってから、ウルトラセブンほど続編が作られたヒーローはいない。
1968年に全49話の放送が終わったが、1994年に特番で『太陽エネルギー作戦』と『地球星人の大地』が放映された。
さらにビデオで『ウルトラセブン誕生30周年三部作』('98)、『ウルトラセブン1999最終章6部作』('99)、『ウルトラセブン誕生35周年“EVOLUTION”5部作』('02)、そして深夜帯で『ULTRASEVEN X』('07)。
ここまで何度も地球に送り込めば、セブンへの信用は完璧だろう。ちょこっと隠し子がいたとしてもそのポジションは揺るがないはず。何たって『ULTRASEVEN X』なんて“異なる世界の地球”まで守ったのだ。
ちょうどゼロも戦士として活躍出来る年齢になってきた。
…そう判断したウルトラの父は満を持して今回の映画でゼロのお披露目をすることにしたというわけである。
しかし、今回のセブンとゼロの件は、ウルトラ一族の複雑な血縁関係を示す氷山の一角に過ぎない。
上記の「ウルトラ兄弟」というのも、一体どんな関係なのか…。
映画『大決戦!超ウルトラ8兄弟』の中でのヒビノ・ミライ(=ウルトラマンメビウス)が、D4の皆さんに呼びかけるシーンがある。
(モロボシ・ダンに)「セブン兄さん!」
(郷秀樹に)「ジャック兄さん!」「新マン兄さん!」「帰りマン兄さん!」
(北斗星児に)「A(エース)兄さん!」
ところが、ハヤタに対しては「ハヤタ兄さん!」と人間体の名前で呼んでいるのだ。明らかに不自然である。
空気が読めないことに関しては他のウルトラヒーローの追随を許さないメビウス君であるからして、“言ってはいけない何か”をポロッと口に出しちゃった可能性は否定出来ない。
恐らく、今後のウルトラシリーズは、横溝正史のような世界が描かれるはずである。
12月12日公開の映画『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説』の情報である。
さあ、困った。
何か言わずばなるまいが、私のリアクションは「絶句」だったので、何と言うべきか。
リンクしたニュース記事には“その姿をひと目見ればピンとくる(中略)ウルトラセブンの実の息子だったのだ”と書かれているが、ピンと来ねぇよっ!
実の息子よりも従兄弟の(←後設定ですが)タロウの方が「セブン似」ってのはどういうわけか。
それどころか、出身星も異なるレオやアストラの方がセブンに似てると思うのだが。
先に結論を書いてしまおう。
ウルトラマンゼロは「ウルトラセブンとメトロン星人との間にできた息子」である。
ここだけの話だが、M78星雲・光の国のウルトラ一族は色々とややこしい血縁関係にあるのだ。
光の国には「シルバー族(ex.ウルトラマン、ウルトラマンA)」と「レッド族(ex.ウルトラセブン、ウルトラマンタロウ)」がいるらしい。
で、セブンの実子であるウルトラマンゼロのボディには青い部分がある。この青というのは「シルバー族」「レッド族」にも該当しない。
『ウルトラマンメビウス』に登場したウルトラマンヒカリによって青いウルトラマンの存在も確認されていて、“宇宙警備隊所属のウルトラマンは赤系、それ 以外は青系”という新設定も作られたようだ。
しかし、「恒点観測員」という立場だったウルトラセブンも赤だったし、映画『ウルトラマン物語』で幼少期のタロウの ボディも赤だったことと矛盾するので、この設定は無視する。もちろん、ウルトラマンキヨタカも無視する。
で、他の星の住人との間に出来た息子ではないかということになる。
大航海時代以降あっちこっちに植民地を作ったヨーロッパ列強国の軍人や外交官は、赴任先で「現地妻」を持つということをわりとフツーにやっていたらしい。
光の国は、宇宙において相当な勢力を持っているものと思われるので、当時のヨーロッパと似たような倫理観なのではないか。
ウルトラセブンも、あっちこっちの星に「現地妻」がいたのである。
しかし、ウルトラマンたちはそれぞれの星の流儀に従うようだ。
地球では、異星人と結婚する習慣はあんまり無い。
だもんで、セブン(=ダン)はアンヌに手ェ出してないし、メビウス(=ミライ)もリュウとプラトニックな関係(笑)を築いている。
ってコトは、少なくともアンヌとの間にできた子どもではない。
我々が知る限り、ウルトラセブンが出会った宇宙人の中でわりと友好的(?)だったのはペガッサ星人とキュラソ星人(地球に来たのは囚人だった)とマゼラン星人マヤとメトロン星人である。
そんな中でウルトラマンゼロとの外見上の共通点が多いのは何と言ってもメトロン星人。
地球にやってきたメトロン星人とは別個体であろうが、一応はヒューマノイドだし、セブンとのコミュニケーションが成立することはドラマを観ても明らかだし。
また、『ウルトラマンマックス』第24話で、「アイスラッガーで身体をまっ二つにされても、縫い合わせれば復活する」という生命力の強さは立証されている。
▲今年のウルフェスで。縫い目があるウルトラマンマックス版メトロン星人…ピンぼけはお許しを。
メトロン星も光の国と同じような結婚(&恋愛、出産)倫理を持つ星なのだろう。
で、無事にウルトラマンゼロが生まれたわけだが、困ったのはウルトラの父だった。
少なくとも地球人にそんなことがバレると信用が失墜してしまう。
これまでもウルトラの父は地球のメディアで様々な情報操作を行って信用を保ってきた。
『帰ってきたウルトラマン』の頃、最初はウルトラマン&ゾフィ&セブン&帰ってきたウルトラマンは「本当の兄弟」と(小学館によって)設定されていたのだが、どうやら地球の倫理観にはそぐわない兄弟関係だったらしい。
それに気づいたウルトラの父は、「兄弟のように固い絆で結ばれている」という形に設定変更をさせた。
ウルトラの父がつい油断しちゃったのは、実子のタロウである。
「私とウルトラの母の子どもだから、地球人も納得してくれるだろう」と親子関係を明らかにしてしまったが、上記のようにタロウは「レッド族」。ウルトラの父もウルトラの母も「シルバー族」である。
これを怪しんだ地球人は多い。ハズ。
で、慌てて「レッド族は劣勢遺伝」とか「地球人とは遺伝の仕組みが異なる」とか、比較的最近だと「ウルトラ一族はDNA操作によって子孫を作る」とかいった情報を流すようになった。
が、ウルトラマンゼロについてはもう情報を隠蔽するしか無かった。
セブンと地球を侵略…しなかったけど侵略しようとしたメトロン星人との間で生まれたヒーローを地球人が信頼してくれるわけはない。
まず、命名からして地球人を意識している。
何かでバレたときのために敢えて「ウルトラセブン」との関連性に気づかれないように「ウルトラマン」ゼロという名前にした。これなら地球人も「ああ、そんなウルトラマンもいたんだ…」と思ってくれるだろう。
まあ、父親のセブンとしては「ウルトラセブン21」や「ULTRASEVEN X」みたいに「マン」が付かない名前にしたかったところであろうが、ウルトラの父の命令には逆らえない。
「ゼロ」という数字を入れたのはせめてものウルトラの父の情けである。
その後、ウルトラの父とセブンは涙ぐましい努力をする。
本編の放送が終わってから、ウルトラセブンほど続編が作られたヒーローはいない。
1968年に全49話の放送が終わったが、1994年に特番で『太陽エネルギー作戦』と『地球星人の大地』が放映された。
さらにビデオで『ウルトラセブン誕生30周年三部作』('98)、『ウルトラセブン1999最終章6部作』('99)、『ウルトラセブン誕生35周年“EVOLUTION”5部作』('02)、そして深夜帯で『ULTRASEVEN X』('07)。
ここまで何度も地球に送り込めば、セブンへの信用は完璧だろう。ちょこっと隠し子がいたとしてもそのポジションは揺るがないはず。何たって『ULTRASEVEN X』なんて“異なる世界の地球”まで守ったのだ。
ちょうどゼロも戦士として活躍出来る年齢になってきた。
…そう判断したウルトラの父は満を持して今回の映画でゼロのお披露目をすることにしたというわけである。
しかし、今回のセブンとゼロの件は、ウルトラ一族の複雑な血縁関係を示す氷山の一角に過ぎない。
上記の「ウルトラ兄弟」というのも、一体どんな関係なのか…。
映画『大決戦!超ウルトラ8兄弟』の中でのヒビノ・ミライ(=ウルトラマンメビウス)が、D4の皆さんに呼びかけるシーンがある。
(モロボシ・ダンに)「セブン兄さん!」
(郷秀樹に)「ジャック兄さん!」「新マン兄さん!」「帰りマン兄さん!」
(北斗星児に)「A(エース)兄さん!」
ところが、ハヤタに対しては「ハヤタ兄さん!」と人間体の名前で呼んでいるのだ。明らかに不自然である。
空気が読めないことに関しては他のウルトラヒーローの追随を許さないメビウス君であるからして、“言ってはいけない何か”をポロッと口に出しちゃった可能性は否定出来ない。
恐らく、今後のウルトラシリーズは、横溝正史のような世界が描かれるはずである。
決めポーズは「東映ヒーロー」
「足を大きく広げ、腰を落とす。上半身は斜めに構えて、腰の捻りとともに肩から大きく腕を動かす」
…まあ、かなり乱暴な表現だが、この一文を阿波踊り関係者が読んだら「暴れ踊りの特徴やな」と思い、特撮好きが読んだら「東映ヒーローのイメージだな」と感じるのではないだろうか。…そういうコトにしといて下さい。
阿波踊りには 「暴れ踊り」と言われる流派がある。徳島だと阿呆連とか殿様連、高円寺だと(阿呆連の姉妹連である)江戸っ子連あたり…。これが実にカッコいい。踊りそのものも元気いっぱいで迫力があって魅力的である。
が、その決めポーズ(一瞬だが)に、仮面ライダーや戦隊モノに通じるものを感じるのだ。
トシがトシなので例が古くなってしまうが、右手から戦闘員が現れる。
「出たな! ショッカー!」と構える藤岡弘、さん。
すぐに左手からも戦闘員…今度は左右逆に構える藤岡弘、さん。

…いや、藤岡さんでなくても中屋敷鉄也さんでも中村文弥さんでも新堀和男さんでもいいのだが…って全部大野剣友会系かいっ!
とにかく、この動きをリズムに乗って繰り返すと、「暴れ踊り」な雰囲気になる。
私は暴れ踊りのカッコよさの秘密の一つがここにあると睨んでいる。
この「暴れ踊り=東映ヒーロー理論」(“理論”か?)は、自分の連の中で何度か主張してきた。しかし、私自身は踊りではなく鳴り物だし、主張しただけ。
苦節?年。
ついにウチの連で振付けに「それ」を取り入れる後輩が現れた。
今年の踊りを観て「お!」と思った部分があって、男踊りのリーダーに聞いたらやはり「仮面ライダーとか、研究しました」との回答。
せっかくなので、ビデオで撮った映像から該当箇所をチョイスして加工してみました。
…ん~、踊ってる連中は今一つヒーローなノリになっていない(振付けを考えたヤツはこのグループにはいない)…。
もう少し東映ヒーローのポーズを練習するように。
「その前に阿波踊りそのものを練習しろ」というご意見は、今回は却下します。
…まあ、かなり乱暴な表現だが、この一文を阿波踊り関係者が読んだら「暴れ踊りの特徴やな」と思い、特撮好きが読んだら「東映ヒーローのイメージだな」と感じるのではないだろうか。…そういうコトにしといて下さい。
阿波踊りには 「暴れ踊り」と言われる流派がある。徳島だと阿呆連とか殿様連、高円寺だと(阿呆連の姉妹連である)江戸っ子連あたり…。これが実にカッコいい。踊りそのものも元気いっぱいで迫力があって魅力的である。
が、その決めポーズ(一瞬だが)に、仮面ライダーや戦隊モノに通じるものを感じるのだ。
トシがトシなので例が古くなってしまうが、右手から戦闘員が現れる。
「出たな! ショッカー!」と構える藤岡弘、さん。
すぐに左手からも戦闘員…今度は左右逆に構える藤岡弘、さん。

…いや、藤岡さんでなくても中屋敷鉄也さんでも中村文弥さんでも新堀和男さんでもいいのだが…って全部大野剣友会系かいっ!
とにかく、この動きをリズムに乗って繰り返すと、「暴れ踊り」な雰囲気になる。
私は暴れ踊りのカッコよさの秘密の一つがここにあると睨んでいる。
この「暴れ踊り=東映ヒーロー理論」(“理論”か?)は、自分の連の中で何度か主張してきた。しかし、私自身は踊りではなく鳴り物だし、主張しただけ。
苦節?年。
ついにウチの連で振付けに「それ」を取り入れる後輩が現れた。
今年の踊りを観て「お!」と思った部分があって、男踊りのリーダーに聞いたらやはり「仮面ライダーとか、研究しました」との回答。
せっかくなので、ビデオで撮った映像から該当箇所をチョイスして加工してみました。
…ん~、踊ってる連中は今一つヒーローなノリになっていない(振付けを考えたヤツはこのグループにはいない)…。
もう少し東映ヒーローのポーズを練習するように。
「その前に阿波踊りそのものを練習しろ」というご意見は、今回は却下します。
高張りカメラ&ウソ編集による阿呆映像
諸般の事情で、私は高円寺の阿波踊りに「参加」はしなかった。
悔しいので(?)またビデオカメラを携えて「観る阿呆(撮る阿呆)」と化す。
東京高円寺阿波踊り振興協会のサイトによれば、「参加連188連」「踊り手(多分鳴り物を含む)12,000人」「観客120万人」だそうで。
私は29日に観に行ったのだが、とにかく人出が凄くて思ったように移動できない。
「報道」でも無いし「連の正式カメラマン」でも無いので撮影場所などの条件は厳しい。
自分の連を追って撮影することは不可能である。
そんなこともあって、結局マトモに撮影出来たのは9つある演舞場のうち「ひがし演舞場」の一カ所だけ。
ラストとなった「桃園演舞場」では終了時間ギリギリで、待機していた連が一斉に踊り込むという乱舞状態だったのでウチの連単体での撮影が出来るシチュエーションでは無かった。
さて、そんな人ごみの中で、軽量なご家庭用ビデオカメラならではの「撮影技」がある。
名付けて「高張りカメラ」。
阿波踊りでは、連の名前を入れた「高張り提灯」を持った踊り手が先頭で踊る。
この「高張り提灯」については、阿波ヲタの知人である“なみへい”君のサイトに解説&写真コレクションが紹介されているのでそちらをご覧下さい。
三脚の脚を延ばし、この高張り提灯と同じようにカメラを構えるのだ。
ちょっと、ウチの執事・アルフレッドに実演してもらおう。

「高張りカメラ」によって、人ごみに妨げられることなく、やや俯瞰気味の絵が撮れるのである。
恐らく、業務用の大きくて重いカメラだとこの技は使えないのではないか。
ただし、当然ファインダーは覗けないし液晶画面もすんげぇ遠くになるので、「ちゃんと写っているかどうか」はバクチみたいな部分もあったりする。
リモコンを使えばズームも出来る。が、何が写っているか確認が出来ない状態でンなことやっても仕方がない。
編集でも工夫…というより、思いっきりウソをつく。
延々と長回しでは観ている方が苦痛(今回、そういうカットもあるが…)。かと言ってやたらとズームを使ったり左右に振ったりするとウザい。
細々とカット割りすりゃあ良いかと言うと、阿波踊りには鳴り物(お囃子)…つまり音楽があるので、細かいカット割りにすると音楽が途切れ途切れになってしまうので避けたい。
で。「複数のカメラを使っているフリ」という技(技か?)を使う。
図で説明すると↓こんな感じ。

これで、音は連続しつつ絵が切り替わる映像が出来上がる。
「複数のカメラを使っているフリ」は、撮影の時から意識しないと難しいかもしれない。
音は一定の長さをきちんと抑えておかなければならないし、図のように「全景をメインにアップなどを挟み込む」のか、逆に「アップの中に全景を挟み込むのか」といった計画も立てておく必要があるからである。
まあ、今回はそのあたりの意識が緩かったので、今後の課題ということで…。
ただ、音と絵のタイミングが合ってないと不自然になってしまう。踊りはもちろんだが、動きの大きいおおど(大太鼓)はズレると目立つので“重ねどころ”は必然的に限定される。
本当ならフレーム単位できっちり合わせたり必要に応じて動きのスピードを変えるべきなのだろうが、そこらへんはアバウト。
これで何となく記録映像っぽいものが出来上がることになるが、おバカ映像が私の芸風なのでそのまんまでは収まらない。しかも今回は上述のようにマトモに撮影出来たのが一カ所だけなので、相応のネタを入れないことには何とも面白く無い。
なので内輪ネタ(主にキャプション)やら不必要なエフェクトを入れ込む。
いや~、今回、「阿波踊り」の映像なのに特撮班(これも私だが)が頑張りました。
さ・ら・に!
音楽が無いと寂しい箇所がいくつかあったので、簡単なものではあるが音楽を新たに二曲作った。
いずれも「阿波踊り風だけど阿波踊りではない」もの。
これに、以前作った曲の流用も含めて何とか完成。
え~、ここまで色々とごたくを並べてきたわけだが、そうやって作った映像を貼り付けておく。
ただ、連のメンバーは「記録」だと思って観ると裏切られるであろうし、それ以外の方はこの9分の動画を観るくらいならその9分で他の有益なことをすべきであろう。
…と、これだけ言い訳しときゃいいかな。
そんな覚悟を持って、興味がある方はご覧くださいまし。
悔しいので(?)またビデオカメラを携えて「観る阿呆(撮る阿呆)」と化す。
東京高円寺阿波踊り振興協会のサイトによれば、「参加連188連」「踊り手(多分鳴り物を含む)12,000人」「観客120万人」だそうで。
私は29日に観に行ったのだが、とにかく人出が凄くて思ったように移動できない。
「報道」でも無いし「連の正式カメラマン」でも無いので撮影場所などの条件は厳しい。
自分の連を追って撮影することは不可能である。
そんなこともあって、結局マトモに撮影出来たのは9つある演舞場のうち「ひがし演舞場」の一カ所だけ。
ラストとなった「桃園演舞場」では終了時間ギリギリで、待機していた連が一斉に踊り込むという乱舞状態だったのでウチの連単体での撮影が出来るシチュエーションでは無かった。
さて、そんな人ごみの中で、軽量なご家庭用ビデオカメラならではの「撮影技」がある。
名付けて「高張りカメラ」。
阿波踊りでは、連の名前を入れた「高張り提灯」を持った踊り手が先頭で踊る。
この「高張り提灯」については、阿波ヲタの知人である“なみへい”君のサイトに解説&写真コレクションが紹介されているのでそちらをご覧下さい。
三脚の脚を延ばし、この高張り提灯と同じようにカメラを構えるのだ。
ちょっと、ウチの執事・アルフレッドに実演してもらおう。

「高張りカメラ」によって、人ごみに妨げられることなく、やや俯瞰気味の絵が撮れるのである。
恐らく、業務用の大きくて重いカメラだとこの技は使えないのではないか。
ただし、当然ファインダーは覗けないし液晶画面もすんげぇ遠くになるので、「ちゃんと写っているかどうか」はバクチみたいな部分もあったりする。
リモコンを使えばズームも出来る。が、何が写っているか確認が出来ない状態でンなことやっても仕方がない。
編集でも工夫…というより、思いっきりウソをつく。
延々と長回しでは観ている方が苦痛(今回、そういうカットもあるが…)。かと言ってやたらとズームを使ったり左右に振ったりするとウザい。
細々とカット割りすりゃあ良いかと言うと、阿波踊りには鳴り物(お囃子)…つまり音楽があるので、細かいカット割りにすると音楽が途切れ途切れになってしまうので避けたい。
で。「複数のカメラを使っているフリ」という技(技か?)を使う。
図で説明すると↓こんな感じ。

これで、音は連続しつつ絵が切り替わる映像が出来上がる。
「複数のカメラを使っているフリ」は、撮影の時から意識しないと難しいかもしれない。
音は一定の長さをきちんと抑えておかなければならないし、図のように「全景をメインにアップなどを挟み込む」のか、逆に「アップの中に全景を挟み込むのか」といった計画も立てておく必要があるからである。
まあ、今回はそのあたりの意識が緩かったので、今後の課題ということで…。
ただ、音と絵のタイミングが合ってないと不自然になってしまう。踊りはもちろんだが、動きの大きいおおど(大太鼓)はズレると目立つので“重ねどころ”は必然的に限定される。
本当ならフレーム単位できっちり合わせたり必要に応じて動きのスピードを変えるべきなのだろうが、そこらへんはアバウト。
これで何となく記録映像っぽいものが出来上がることになるが、おバカ映像が私の芸風なのでそのまんまでは収まらない。しかも今回は上述のようにマトモに撮影出来たのが一カ所だけなので、相応のネタを入れないことには何とも面白く無い。
なので内輪ネタ(主にキャプション)やら不必要なエフェクトを入れ込む。
いや~、今回、「阿波踊り」の映像なのに特撮班(これも私だが)が頑張りました。
さ・ら・に!
音楽が無いと寂しい箇所がいくつかあったので、簡単なものではあるが音楽を新たに二曲作った。
いずれも「阿波踊り風だけど阿波踊りではない」もの。
これに、以前作った曲の流用も含めて何とか完成。
え~、ここまで色々とごたくを並べてきたわけだが、そうやって作った映像を貼り付けておく。
ただ、連のメンバーは「記録」だと思って観ると裏切られるであろうし、それ以外の方はこの9分の動画を観るくらいならその9分で他の有益なことをすべきであろう。
…と、これだけ言い訳しときゃいいかな。
そんな覚悟を持って、興味がある方はご覧くださいまし。
バスを作った
まあ、色々あって、その、大学の「事前Web授業」をしくじった(受け忘れた…)関係で、29日・30日に予定していた通学授業が無くなってしまった。…来年度、再履修…。
で、何だか「前向きな姿勢」が萎えてしまったので「後ろ向き」になって自分の過去作品を眺めはじめる。
世紀末から21世紀に入った頃にかけて、3DCGにハマっていた。
今でもやるっちゃやるが、使い慣れたソフトとパソコン(OS?)との相性が悪くなってフリーズしまくりなので少し離れ気味。
いや、ホントは別の3DCGソフトをiMacにインストールしてあるのだが、まだ使い勝手がわからず宝の持ち腐れ状態なのだ。少しずつ研究していかねば。
で、2000(平成12)年…。私が広報紙編集の仕事に携わった最後の年。
東京都杉並区では、普通のバス路線を補うために、「コミュニティバス」を走らせることになった。
車両デザインが決まって、区民の皆さんからこのバスの愛称を募集するための告知を広報紙1面カラーで行うことになった。
…のだが。
「1面カラーだからね、どど~んと写真を載せたいので…」と担当部署に伝えたら「いや、まだペイントされてないので、デザインの四面図しか無いんだよ」と担当者。
私も先方も、メインのビジュアルが四面図では寂しいという点では意見が一致したものの、とにかく実車が無いのである。
困ったことに、その担当者は友人で、私がお絵描きが趣味であり、最近はパソコンを使っていることを知っていた。
「ねえ…CGで何とかならない?」
そりゃ、何とかはなる。
だが、広報課のパソコンに3DCGソフトなんて入っていないし、建築課のCADなんか使えないし、「何とかする」ためには私が自宅で作業をしなければならない(まあ、いつものことなのだが)。
しかも、「テキトーなバス」ではなく、「日野リエッセ」という実在する車両をCGで作るとなると、私のスキルだとけっこう大変。さらに、自宅作業だと残業手当も付かないしなあ。
無下には断れないので「デザインの四面図だけじゃなくて、寸法が入ったきちんとした縮尺の車両図面を用意してもらえれば…」と軽い無理な条件を付けたつもりだったのだが、彼はあっさり図面を用意してきた。
もう引き下がれなくなってしまった。デザイナーさんに全ての素材を渡すその日までに作り上げなければならない。
結果としてさすがに「車内」までの作り込みは出来なかったが、外観は何とか納期に間に合わせ、無事にそのCGが1面を飾る広報紙が刷り上がって来た。ツッコミどころは満載だが、車両とデザインの雰囲気はそれなりに伝わるだろう。
3DCGが1面のビジュアルになるなんて、『広報すぎなみ』始まって以来のことである(中の面に3DCGを使ったことはあった…それも私が作ったもの)。
ま、それは良かったのだが、その広報を見た契約担当者が血相を変えて広報課に飛んで来た。
「車両の契約がまだ済んでいない段階で、既にペイントされた車両の“写真”が載っているはどういうわけだ?」と。
ん~、よっぽどCGを見たことが無い人だったんだろうなあ(笑)
「これ、コンピュータ・グラフィックスですよ」
「ああ、コンピュータ・グラフィックスですか、へー。………。“絵”なんですか?」
「そんなもんだと思っていただければ…」
かくして、公募の結果、このバスには「すぎ丸」という愛称が付いた。
Wikipediaには「元々は杉並区のまち作り振興のイメージキャラクターであり、利用者や運転手のなかには、親しみをこめて「すぎ丸君」と呼ぶ人もいる」との記載があるが、それは間違い。
まち作り新興策“すぎなみ知る区ロード”にはたしかに「すぎまる」というイメージキャラクターが使われていたが、全部平仮名の名前だし、別物である。
まあ、同じ「音」の名前を同じ自治体の別キャラに付けるというのがちょっとアレなのだが。
で、何だか「前向きな姿勢」が萎えてしまったので「後ろ向き」になって自分の過去作品を眺めはじめる。
世紀末から21世紀に入った頃にかけて、3DCGにハマっていた。
今でもやるっちゃやるが、使い慣れたソフトとパソコン(OS?)との相性が悪くなってフリーズしまくりなので少し離れ気味。
いや、ホントは別の3DCGソフトをiMacにインストールしてあるのだが、まだ使い勝手がわからず宝の持ち腐れ状態なのだ。少しずつ研究していかねば。
で、2000(平成12)年…。私が広報紙編集の仕事に携わった最後の年。
東京都杉並区では、普通のバス路線を補うために、「コミュニティバス」を走らせることになった。
車両デザインが決まって、区民の皆さんからこのバスの愛称を募集するための告知を広報紙1面カラーで行うことになった。
…のだが。
「1面カラーだからね、どど~んと写真を載せたいので…」と担当部署に伝えたら「いや、まだペイントされてないので、デザインの四面図しか無いんだよ」と担当者。
私も先方も、メインのビジュアルが四面図では寂しいという点では意見が一致したものの、とにかく実車が無いのである。
困ったことに、その担当者は友人で、私がお絵描きが趣味であり、最近はパソコンを使っていることを知っていた。
「ねえ…CGで何とかならない?」
そりゃ、何とかはなる。
だが、広報課のパソコンに3DCGソフトなんて入っていないし、建築課のCADなんか使えないし、「何とかする」ためには私が自宅で作業をしなければならない(まあ、いつものことなのだが)。
しかも、「テキトーなバス」ではなく、「日野リエッセ」という実在する車両をCGで作るとなると、私のスキルだとけっこう大変。さらに、自宅作業だと残業手当も付かないしなあ。
無下には断れないので「デザインの四面図だけじゃなくて、寸法が入ったきちんとした縮尺の車両図面を用意してもらえれば…」と軽い無理な条件を付けたつもりだったのだが、彼はあっさり図面を用意してきた。
もう引き下がれなくなってしまった。デザイナーさんに全ての素材を渡すその日までに作り上げなければならない。
結果としてさすがに「車内」までの作り込みは出来なかったが、外観は何とか納期に間に合わせ、無事にそのCGが1面を飾る広報紙が刷り上がって来た。ツッコミどころは満載だが、車両とデザインの雰囲気はそれなりに伝わるだろう。
3DCGが1面のビジュアルになるなんて、『広報すぎなみ』始まって以来のことである(中の面に3DCGを使ったことはあった…それも私が作ったもの)。
ま、それは良かったのだが、その広報を見た契約担当者が血相を変えて広報課に飛んで来た。
「車両の契約がまだ済んでいない段階で、既にペイントされた車両の“写真”が載っているはどういうわけだ?」と。
ん~、よっぽどCGを見たことが無い人だったんだろうなあ(笑)
「これ、コンピュータ・グラフィックスですよ」
「ああ、コンピュータ・グラフィックスですか、へー。………。“絵”なんですか?」
「そんなもんだと思っていただければ…」
かくして、公募の結果、このバスには「すぎ丸」という愛称が付いた。
Wikipediaには「元々は杉並区のまち作り振興のイメージキャラクターであり、利用者や運転手のなかには、親しみをこめて「すぎ丸君」と呼ぶ人もいる」との記載があるが、それは間違い。
まち作り新興策“すぎなみ知る区ロード”にはたしかに「すぎまる」というイメージキャラクターが使われていたが、全部平仮名の名前だし、別物である。
まあ、同じ「音」の名前を同じ自治体の別キャラに付けるというのがちょっとアレなのだが。